首都大学の歴史の先生が書いた本。

 日中戦争、日米開戦の概略を押さえている。ただし、開戦のプロセスなどの事実分析については、『日本はなぜ開戦に踏み切ったのか』http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1070755182.htmlの方が詳しい。

 この本でもそれほど詳細には扱っていないが、いわゆる戦時体制における法制度の内容についてメモ。

(1) 京大憲法学の教授だった黒田覚の国家総動員法に対する主張「総動員法は正常的状態の規定に基づく法律だが、これが制定されたことで帝国憲法の立憲主義的構造を、非常事態に適合させることになったと解釈できる。つまり先の非常的状態に関する規定(第八章の緊急勅令、第14条の戒厳布告など)とは無関係であるものの、総動員法のような非常時を想定して制定された法律が大きく意味をもち、帝国憲法全体の適用に重大な変革をもたらすのである。例えば、帝国憲法第二七条に規定されている所有権は、従来は自由主義的資本主義を前提として解釈され、その絶対性が強調されてきた。だが現在は、自由主義的資本主義を修正し、国家が上から統制をはかる「国防国家」体制のもとにある。そこでは、以前は許されなかった所有権の侵害が認められる。すなわち同条文の後段にある「公益の為必要なる処分は法律の定める所に依る」という文言中の「公益」の内容が、大きく変化するのである(『国防国家の理論』)(17頁)

 比較的リベラルであった黒田氏の主張を現時点で安易に批判するのは適当ではない。ただし、憲法よりも下位の法律によって憲法解釈が変更されるというかなりアクロバティックな議論、さらに、制限される国民の基本権が財産権ではなく、生存権や精神的自由権などの関わった場合にどう考えるべきか、など多くの論点を含むと考える。

(2) 「一九四〇年九月一一日、内務省訓令第一七号が発せられ、①万民翼賛の本旨に従い地方共同の任務を遂行させること、②国民の道徳的錬成と精神的団結の基礎組織とすること、③国策の国民への徹底と、国政全般の円滑な運用に役立たせること、④国民生活の安定と統制経済の運用に用いることを目的に、全国的に町内会・部落会・隣保班(隣組)を組織・整備することになった。だが、これは単ある伝統的組織の利用にとどまるものではない。むしろ、新しい国民支配機構の創出に他ならなかった。町内会・部落会・隣保班には常会を設けて行政からの伝達を徹底し、住民相互の間での意思疎通をはかることになった。(『戦後自治史(隣組及び町内会、部落会等の廃止)』)(98頁-99頁)

 現在の自治会が行政の下部構造的な役割を担っている歴史的背景の一つ。

(3) 一九四一年一二月、言論出版集会結社等臨時取締法が制定され、事実上許可をえなければ言論活動ができなくなっていた。(169頁)

(4) 一九四二年三月に公布された、灯火管制時や敵襲の危険がある状態での刑法犯を厳罰に処す煎じ刑事特別法は、一九四二年末召集の第八一議会で、従来から規定されていた殺人以外に、傷害、逮捕、監禁、致死、暴行、脅迫、騒擾が追加され、さらに治安を害すべき事項を宣伝することも処罰すると内容に改正された。(169頁)