シンプルな政府:“規制"をいかにデザインするか
キャス・サンスティーン
エヌティティ出版
2017-10-30

 行動経済学で売れっ子の経済学者。

 実際にオバマ政権時に規制についての評価、費用対効果分析などを行って規制の必要性の有無や是正について豪腕を振るったという経歴を持つ。

 実はこの本を以前読んだと気がつかずに再度購入してしまった。読んでいて、一度読んでいたことに気づいた。

 前回のコメントは以下のとおり。http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1069398803.html
  
 わずか8ヶ月前に購入したことをすっかり忘れてしまったことには少しがっくり。

 ちょっと違う観点からコメントしてみる。

 「第9章 いかにして政府は世話をやくべきか」という部分で指摘されている、ナッジの手法への基本的な指摘。

 一つは、米国では反感の強い「温情主義ではないか?」「政府は口だしをしすぎ」「個人の自主性を害する」というもの。
 もう一つは、「ナッジは透明性がないのではないか?」というもの。

 米国ならではの政府の活動を抑制的であるべきとの考え方に対して著者は、より議論の範囲を絞った形で反論をしている。

 自分なら、むしろ価値観が背景にあることを正直に示して反論するのではないか?

(1)ナッジという手法で一定の行為(喫煙、肥満を誘発する食事など)を抑制すること自体は一定の価値観に基づいている。その価値観の正しさを論理的に証明することは困難だし、歴史的にみても、大きく世論も変化してきている。(喫煙など、まさにそう)

(2)しかし、政府がナッジという手法で、一面では個人の無意識(システム1)に働きかけてでも一定の行為の抑制を求めることが是正されるのは、その価値観について、公益に合致すると判断されているから。

(3)昨日読んだ『もうモノは売らない』http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1071986157.htmlも市場ベースで個別企業が個人の無意識(システム1)にいかに働きかけて、一定のものに恋して、購入させるかという手法。市場がそこまで無意識に働きかけた手法を用いているのだから、政府が一定の公益に合致する目的のために、ナッジを用いるのは対抗措置として重要だし、むしろ、もっと行うべき。

(4)以上の議論の前提としての公益に合致する「価値観」を、(できるだけ)間違いなく構築する手法としては、「多様な市民の多くの意見を聞くこと」、そして「理性脳(システム2)を機能させることに習熟した専門家の判断を聞くこと」の双方を踏まえて、政府のトップが判断することだと考える。(この本では専門家の判断はほとんど触れられていないが、やはり重要な要素と考える)