昨日と同じ本を取り上げているが、昨日メモしきれなかった、有益だと思った情報を追加してメモする。

(1)(いわゆる「一万時間の法則」に対する反論データとして、プリンストン大学のマクナマラ准教授他のグループの研究の紹介)
   興味深いのは、同論文がまとめた各分野についての練習量の多少によってパフォーマンスの差を説明できる度合いです。
・テレビゲーム26%
・楽器21%
・スポーツ18%
・教育4%
・知的専門職1%以下(位置No2506)

    最近の遺伝学の知見から、1万時間やれば誰でもプロになれる、というような指摘はもともと違和感があった。このデータによれば、特に、知的な作業についてはその傾向が強いように思われる。

(2)(大企業のネットビジネスの失敗事例の類似例として)
   また、これは単一企業による取り組みではありませんが、経済産業省は2007年に「情報大航海プロジェクト・コンソーシアム」と銘打ち、グーグルを凌ぐ国産の検索エンジンを作るという壮大な計画をぶち上げました。
    50社ほどの民間企業を巻き込み、300億円の国家予算を投入して3年以内にグローバルスタンダードに匹敵する検索エンジンを開発すると言う壮大な計画でしたが、下馬評通りというべきか、残念ながら150億円ほどのお金を投じた3年目の段階で中止となりました。 (位置No2599)

    これは、大企業の将来見通しや技術開発に関する能力の低下だけでなく、国の機関が技術開発の将来を見通ししたり、音頭を取ったりすることの問題点を表していると思う。   

(3)(事業撤退の重要性について)
    人の持っているリソースには限りがあります。そのリソースを用いて、どんどん新しいことを試していくためには既にやっていて、これ以上伸びしろが望めないということをやめる必要があります。(位置No3010)

(4)(経済学者のエリノア・オストロムによるコモンズの悲劇に対する反論について)
    すなわち「動物を放牧する牧草地、漁場、灌漑設備、森林などの共有資源を管理する上で、個人は自らが逼迫した状況にあっても、大抵の場合はコミュニティーの利益を個人的な利益よりも優先し、また短期的な状況の改善よりも長期的な共有資源の保全を優先する」というもので、本書の枠組みで言えば「本来、コモンズはオールドタイプの思考様式ではなく、ニュータイプのそれによって支えられてきた」ということです。(位置No3273)

    コモンズの悲劇の分析が一方的であり、歴史的にはコモンズが維持されてきたことは事実だと思う。ただし、コモンズの利益を守ってきた思考様式が、果たして、わがままで新しいことを考えるニュータイプのそれであるかについては、あんまり説得力がないように思う。

(5)(ペンシルバニア大学ウォートンスクールの組織心理学者アダム・グラントの中期的にはテイカーよりも、ギバーが成功するという論文の中で)
    ちなみにグラントの研究によると、簡単にテイカーを見抜く方法がある。それはFacebookのプロフィール写真を見ること。グラントによればテイカーの写真はナルシスティックで明らかに実物以上によく見える写真をプロフィールに用いていた。また友達の数が多いのはテイカーの特徴だった。頼みごとをするための人脈をせっせと築いているということらしい。(位置No3343)

(6)(肩書きに関係なくフラットに付き合うことが大事なことの説明として)
    しかし、過去の航空機事故の統計を確認すれば、副操縦士が操縦桿を握っている時よりも、機長自身が操縦桿を握っている時の方がはるかに墜落事故が起こりやすいことがわかっています。(位置No3987)
(7)(よくある言い訳として)
    日本企業の組織診断を行っていると「自分には権限がないので」ということを口にする中間管理職がよくいるのですが、ではその人は権限を手に入れたら何か始めるのでしょうか。筆者はそうは思いません。今日、自分の判断で動き出さない人は、明日、権力を手に入れたとしてもやはり動き出さないでしょう。(位置No4060)

(8)(まとめとして)
    結局のところ、この劇の脚本を書き換えるためには、舞台の上で適切に振る舞うことでしたたかに発言力・影響力を高めながら、脚本そのものへの批判的な眼差しは失わないという二重性を持った人によるしかありません。そして、そのような二重性を破綻なく持った人物こそが、システムの改変を担うニュータイプだと言うことになります。(位置No4202)

    まとめてみて感じたことだが、この筆者の主張は橘玲氏の主張に似ているな。