革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2014年01月

モノー『偶然と必然』を読んで、フランスの生物学者が哲学に挑んでいるがいま一つわからん。

偶然と必然―現代生物学の思想的問いかけ偶然と必然―現代生物学の思想的問いかけ
(1972/10/30)
ジャック・モノー

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 昭和45年にフランスで発売されてベストセラーになった、ノーベル生物学者のモノーが書いた哲学の本ん。  日垣古典塾で推薦されていた、というか読んでいないと恥ずかしいとまでいわれので読んでみた。  分子生物学の最先端にいくと、生物と物質の差とか、恒常性と進化とか、気になってくるんだなとはわかった。また、時々、鋭い文章もある。  でも全体を通じて、論旨がわかりにくい。こういう難解な本への対応力が落ちてきている。それはそれで老化現象かな?  でも、もっとわかりやすく、言いたこと書いてほしい。  これっと思った点。   (1)すなわち、文化史のなかで比類をみないこの出来事(科学をつくりだしたこと)が、他の文明の内部ではなくて、かえってキリスト教を奉ずる西欧において生じたのは、おそらくひとつには、教会が聖なるものの領域と世俗的な領域とのあいだの根本的区分を認めていたという事実に由来していると思われる。(p206) (2)19世紀の科学的進歩主義は、この道程の行き先が間違いなく人類の非凡な開花にあると見ていた。それにたいして、今日のわれわれのいきてには、暗黒の奈落がぽっかりあいているのがみえるのである。(p200) (3)今日知られているもっとも霊妙かつ精密な分子適応現象の基礎に、偶然ということがあるということを発見するのはまことに注目に値する。(p145)  まだまだ、断片的には鋭いところがあると思う。こういう、全体を通じた著者の主張をよく理解できないと、ブログに書くのは恥ずかしいが、事実なのでしょうがない。  詳しい人が教えていたら、著者は結局何を言いたかったのか、教えてくだされ。

家入一真『もっと自由に働きたい、とことん自由に正直に生きろ』を読んで、若者の自由な発想を持った起業に将来の可能性をみる。

もっと自由に働きたい とことん自分に正直に生きろ。 (U25 Survival Manual Series)もっと自由に働きたい とことん自分に正直に生きろ。 (U25 Survival Manual Series)
(2012/10/18)
家入一真

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 いきなり、東京都知事選挙にでてきた家入氏。全然しらないのだが、本をだしているので、購入。  いわゆる、高校中退の落ちこぼれの若者が、WEBデザインで会社を起業して、株式の上場までいく。いきなり大金をもらって、ちょっと崩れかけたが、間違いを悟って、社長をやめ、退社して、もとのアイディアを一人で起業するスタイルに戻ったという経歴。  こういう、ちょっと世の中の常識からはずれた人間というか社会人を暖かく見守っていくというのが社会的包摂性だと思う。こういうはちゃめちゃな行動のなかから、もしかしたら破壊的イノベーションがうまれるかもしれないな。  言っていることも、ちょっとため口だが、なるほどと思う。 (1)僕は基本的に3ヶ月かけてもできないことはやらない。短期で勝負する。3ヶ月かけてできないことは、3年かけて準備をしてもできない。長期であればあるほどモチベーションもお金も時間も、多方面でのスタミナが必要になってくるからだ。(位置No. 186-188) (2)自分が今いる場所に対する安心感は、実は危険信号だったりする。安心感は思考停止状態をまねき、感性をゆっくりと殺す。(位置No. 226-227) (3)常識やルールに合わせるのをやめる。 むしろ、逆をいって自分だけのやり方を見つけ、個性を発揮していけ。(位置No. 309-310) ほかにも、イニシャルコストをさげ、ランニングコストも下げていつでも撤退できるようにする、自分にできないことは人に任せる、など、なかなかいいことというこか、現実に自分のリスクで最前線のビジネスをやっている経験がよくでている。  日本の若者は捨てたもんじゃない。むしろ問題は、ぼくら、おじさんとおじいさんたちだ。  追記 なお、このブログの趣旨は家入氏が行政のトップにふさわしいということではありません。若者のイノベーティブな発想を社会もできるだけ活かしていったらいいという趣旨です。

ダロン・アセモグルほか『国家はなぜ衰亡するのか 下』を読んで、政治制度の多元的包摂性のない中国は持続的に成長できないという。日本はどうか?

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源
(2013/06/21)
ダロン アセモグル、ジェイムズ A ロビンソン 他

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 下巻を昨日の上巻に引き続いて読了。  予想どおり、中国の今後の持続的な発展の可能性について、著者は、政治制度の多元性、包摂性、法の支配がないことを理由に無理だという。 (1)私たちの理論は、中国に見られるような収奪的政治制度下の成長は持続的成長をもたらさず、いずれ活力を失うことも示唆している。(位置No. 3539-3540) (2)近年、中国ではイノヴェーションとテクノロジーに重点が置かれているものの、成長の基盤は創造的破壊ではなく、既存のテクノロジーの利用と急速な投資だ。一つ重要なのは、中国では所有権が全面的に保証されてはいない点だ。(位置No. 3598-3600) (3)第一に、中国の独裁的かつ収奪的な政治制度下での成長はまだしばらく続きそうではあるが、真に包括的な経済制度と創造的破壊に支えられた持続的成長には転換しないだろう。第二に、近代化論の主張とは逆に、独裁体制下の成長が民主主義や包括的政治制度につながることをあてにすべきではない。中国、ロシアをはじめ、いくつかの独裁政権がこんにち経験しているある程度の成長は、政治制度をより包括的な方向へ変革するまえに、収奪的成長の限界に達するだろう。(位置No. 3716-3720) 中国の持続的発展がないという見解には日本の右翼的な考えの人は喜ぶかもしれないが、自分はむしろ、日本も同じ指摘をされる部分があるのではないか、と思う。  もちろん、中国と違って、法律の根拠なしに、突然逮捕されたり、財産が奪われることは日本ではない。  しかし、社会的な多元性、包摂性という点ではどうだろう。財界とか重厚長大産業のトップがしめていて、新しいイノベーションが生まれるとは思えない。また、政治制度をみても、若手のジョッブスやビルゲイツのような人物が日本にいたとして、アメリカのようにスムーズに起業できるだろうか。このような新しい動きは政治の既得権を破壊することが多いが、それに対して寛容な対応を示せるような、政治構造になっているだろうか。  まず、選挙制度の一人一票をきちんと確立して、都市におけるイノベーションの動きをきちんと政策に反映できる、足をひっぱらない政治制度にする必要があるし、若者の起業や新しいアイディアにもっと寛容な制度にする必要があると思う。  また、役所が成長戦略と称して民間活動の競争や企業の誕生と衰退に口をださないことも重要。役人は産業の将来性を見極められるほど賢くはないことをきちんと認識して、自重する必要がある。  日本だって、まだまだ持続的成長のためには改革しなければいけない部分があると感じる。

ダロン・アセモグルほか『国家はなぜ衰亡するのか 上』を読んで、多元的な政治と経済のシステムが大事という指摘に納得感あり。

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源
(2013/06/21)
ダロン アセモグル、ジェイムズ A ロビンソン 他

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 アマゾンの推薦で購入。キンドルで読んでいる。  最初にメキシコとアメリカのアリゾナとの国境の境のまちの経済的な繁栄の違い、そして、北朝鮮と韓国の繁栄の違いを指摘した上で、ジャンアレドの地理説とマックスウェーバーの宗教説が文明の反映をもたらしたことを指摘する。  確かに、この国境を境にした反映の違いは地理でも宗教でも説明できない。  著者は、司法や警察権限を独占した政治システムと多元的な意見を吸い上げる民主的な制度という政治の枠組みと、市場での競争にさらされるう自由な経済活動を支える、参入障壁や国家の独占企業のない、自由な経済システムが、国家繁栄の決め手という。  確かに、イギリスは、名誉革命で国家の権限を国王から議会に奪っていくとともに、比較的ゆっくりのペースながら、国民の各層の意見を反映する議会システムを早期に準備した。このような安定的で広い意見を反映させる、逆にいけば国王や独裁者の気分で法律がかわったり、つかまったりしない社会でこそ、個人個人が新しいアイディアでイノベーション、特に、破壊的なイノベーションを実施することができる。  東欧やロシアの絶対君主は、西欧ではじまった産業革命をきらい、鉄道は革命を運んでくるといって、できるだけ整備しないようにしたというのも納得感あり。  ぼくは、この政治システムのうちで、特に、特定の階層の意見に限定せずに、ひろく国民の意見をすいあげるシステムが大事という点にしびれた。  とかく、票集めのうまい既得権にしばられがちだが、それを打破していかないと、破壊的なイノベーションがおきない。その破壊的なイノベーションを政治システムが容認するためには、政治システムが多元的でひろく国民の意見を反映して、既得権のわがまま、時代おくれの発想をおさえる役目をしないといけない。  こう考えると、いまの中国とかで本当に破壊的なイノベーションができるのか、そんなことえらそうに言う前に、きちんと選挙制度の一人一票を実現して多元的な国民の意見を反映していく仕組みにしていかないと、日本でも政治が破壊的イノベーションを毛嫌いするようになりかねない。  下巻の展開が楽しみです。

佐藤信之『鉄道会社の経営』を読んで、新幹線以外の鉄道の経営はもっと厳しいとぼくは思う。

鉄道会社の経営 - ローカル線からエキナカまで (中公新書)鉄道会社の経営 - ローカル線からエキナカまで (中公新書)
(2013/12/19)
佐藤 信之

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 鉄道という公共交通機関の考え方は、都市計画のなかで重要だと思っているが、自分の考えがまだはっきりしていないので、タイトルで購入。  一言で言って、著者の認識はこんな感じ。「地方の財政が厳しくなっていくなかで、既成市街地の再生による土地利用の効率化のためにも、鉄道・軌道などの公共交通機関の整備が重要である。」(p310)    僕は、この結びの言葉自体、都市鉄道に対する認識が甘いと思う。  まず、東京、大阪などの大都市の都市鉄道についても、特に大阪では顕著だが、利用者数が減少してきており、鉄道施設に対する新規投資を抑制してきている。東京など、混雑度180を超える路線があっても私鉄やJRは根本的な対策はとらない。従前の貨物線などを利用したソフトの対策に終始している。それは、これ以上、旅客が増えないとかんがえているからではないか。あとは、他線との競争。  私鉄とJRの都市開発や駅なかビジネスも、明るい面というよりも、多角化して収益構造を安定させようという試みだと思う。阿倍野ハルカスなんかそのもの。  あと、中心市街地の活性化に鉄道や軌道が新たにいるかどうかは、かなり微妙。新しく軌道を整備し鉄道会社をつくることによる地方財政の負担が相当に重い。富山でも毎年運営赤字を財政から補填していると聞いている。  仮にやるなら、市内への交通規制と沿線への受益者負担制度の導入ぐらいのセットにしないと軌道はやっていけないのではないか。一つの選択肢ではあるが、大抵の市であれば、既存の道路インフラを活かして、バスレーンを設置していくのが手堅いのではないか。  そのためにも、交通規制権限と市内運輸業者の規制権限は市町村長に委譲すべきだと思う。そのぐらい、総合的に交通政策を実施しないと新しい鉄道とかLRTは難しいと思う。  これはまだ途中の私見なので、もっと勉強したいと考えている。いい文献があればご教示お願いします。
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