革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2014年04月

ルーマン『信頼』を読んで、本文も解説も難解。社会学ってなんでこんなに小難しいの?

信頼―社会的な複雑性の縮減メカニズム信頼―社会的な複雑性の縮減メカニズム
(1990/12/10)
ニクラス・ルーマン

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 美濃部くんが購入していて、さらに、先日よんだ「建築のサプリメント」の120ページでも引用されていた。   ドイツ社会学者のルーマンという人の本。  読みにくい、趣旨がわかりにくい、政策へのimplicationがわからない、ないないづくりの本。  信頼が社会の複雑性を緩和するメカニズムというのはなんとなくわかる。  人間関係でも、人的信頼関係がないと、まともに生活もできない。  貨幣とか法制度とか、一種の社会システムもみんなが信頼してそれに従うという信頼がないと複雑な社会がまわっていあない。  また、信頼というのは地理的に一定の限界があるように思う。日本人であれば、日本の国内は一定の信頼関係を前提に行動できるが、いきなり地球の人たちみんな友達としって、信頼して世界中を旅できるのはごく限られた人だろう。  また、信頼は過去の歴史に支えられて、未来に向けられたもの。これから起きることに対して信頼がないと、怖くて外にもでれないし、何も判断できなくなる。  社会システム、政治制度、法制度などがすべて、人的信頼から発展して支え合っている社会システムへの信頼に基づいていること、一面では、第一次世界大戦直後のドイツのように社会システムへの信頼が破壊されると、貨幣制度、経済制度、政治制度がすべて機能しなくなる、という歴史を思い出したらいいのかな。  でも、社会学ってなんでこんなに難しいのだろう。  経済学者がいう、安全は、確率かけるハザード、安心は心理的現象、という指摘のほうがずっとわかりやすいし、政策立論の時には常に前者のはかれるリスクと安全を大切にする、そして粘り強く国民の安心感を醸成していく、といった方向性に自分はすっきりしたものを感じる。  まあ、要はどう政策立論に役立てたらいいか、この本ではよくわからなかったということです。

『建築のサプリメント』を読んで、都市計画や建築計画のアイディア満載、知的刺激を受ける。

建築のサプリメント―とらえる・かんがえる・つくるためのツール建築のサプリメント―とらえる・かんがえる・つくるためのツール
(2014/04)
小野田 泰明

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 FBのタイムラインで鈴木先生が流していたので、購入。  ぼくは、建築設計はまったく素人だが、素人でも、いろんな政策へのアイディアが換気される本。  まったく、ばらばらだが、あれっと思った点。 (1)p60の広場設計の議論。そもそも日本は広場の法制度的な位置づけがあいまい。このような広場の利用状況などの分析を通して、広場、都市のオープンスペースのための制度設計ができるといいと思う。都市公園とか道路よりももっと自由に活動ができ、屋台とか仮設の施設が自由につくれる空間として制度設計してみたい。 (2)p104の天空率規制の問題。これは規制緩和の流れの中で、建築基準法の世界でできたが、やはり、都市計画は周囲と調和しない突飛なものを、住民手続きなしに突如として造るということには、本来抑制的でなければいけない。問題意識を強く持った。 (3)p127の従前の民家をつかった宅老所、グループホーム。新しい施設をつくるより、既存の建築物を活用して、そのまま地域のなかで高齢者や身障者が暮らせる空間づくりを進めたい。このような空き家をつかった福祉施設化は、厚生労働省にまかせてもだめなので、国土交通省側で事実上どんどん進めたらいいと思う。  サプリメントというより、アイディアの種という感じの本です。

早川和男『災害に負けない居住福祉』を読んで、趣旨はわかるがこれではイデオロギー、政策のたねがない。

災害に負けない「居住福祉」災害に負けない「居住福祉」
(2011/10/21)
早川 和男

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 確か、越村先生から、早川先生の本どう、と言われて購入して読んでみた。  役所に入ったころに「空間価値論」とか読んだ記憶がある。  全体を通して、居住環境を改善するという意欲がかうが、居住権とか、大上段な議論が多くて、これではイデオロギーだなと思う。  現実には、どんどん公営住宅を閉鎖していく動きがでていて、一方では、あまり過去の反省も活かさずに中高層の災害公営住宅ができている。  また、厚生労働省系の施設が既得権と予算の枠にがんじがらめになっていて、かえって市場で供給しているサービス付き高齢者住宅が爆発的に供給されている。  市場メカニズムを活かして、供給すべきところは供給して、ナショナルミニマムとして支えるところは税金で対応する。それも国も地方公共団体も財政赤字で住宅福祉にまわせるお金が少なくなっているときに、どう対応したらいいのか。そういう具体的な問題意識に根ざした対応策を提言してほしいし、住宅政策に関心のある学者にも議論をしてほしい。  自分はいくつかアイディアがある。  第一は、厚生労働省所管の施設が既得権と予算でがんじがらめになっているのであれば、別に認可保育園でなくてもいいので、大都市にふさわしい規模の保育所まがいの空間を都市開発に伴い誘導したらどうか。小規模な事業者への補助金でもいいし、金融支援でもいいと思う。制度が長続きするのはお金が循環する金融支援だろう。  ほかの特養とか障害者用の居住施設なども、類似の施設を国土交通省側で支援したらどうだろうか。そうしないと厚生労働省の施策はかわらないと思う。  第二に、シェルターや公営住宅不足については、大都市問題なので、大都市で目立っている空き家を市町村又は都道府県が借り上げて、各個にかぎをつけるぐらいの最低限の改修をして、シェアハウスのように居住してもらったらどうか。最初からシェアハウス形態であることを前提に募集して、事実上、相互の見守りにもなる、ただし、料金徴収事務が、あちこちに散在して大変なので、最初から口座振替を義務づける、というのはどうだろうか。  別に一戸建てでなくても、マンションの開いているいくつかの部屋を地方公共団体が借り上げてもいいと思う。  第三に、UR賃貸住宅ですでに実態として公営住宅化している地区は、たまたま古いから公営住宅化しているという整理ではなく、そもそも国営の光栄住宅として位置づけ、改修をしても家賃上昇分はURに補助する仕組みにして、正々堂々と古い賃貸住宅を維持したらどうか。  稚拙なアイディアだが、いろんな改善策を今の現状からどうよくしていくかという観点で考えるべきだと思う。

フィスマンほか『悪い奴ほど合理的』を読んで、意外なデータを見つけると経済分析手法が光る。

悪い奴ほど合理的―腐敗・暴力・貧困の経済学悪い奴ほど合理的―腐敗・暴力・貧困の経済学
(2014/02/24)
レイモンド・フィスマン、エドワード・ミゲル 他

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 意外なデータから、経済学分析をしてみせた本。  一つは、インドネシアのスハルト大統領政権下で、スハルト大統領の健康悪化説が流れると、息子の関連会社の株が急激にさがる、それも対外公表の少し前から急激に下がるというデータ。  これは、市場は息子の関連会社は大統領のコネで収益をあげているので、大統領が退陣すると一気に収益構造が悪化すると判断していること。また、大統領の入院の情報などは、インサイダー取引であらかじめ差や抜きをしている投資家がいることがわかる。  二つ目は、香港から中国本土への輸出入で、中国本土への関税が鶏肉と七面鳥で後者が安いので、香港側からの輸出統計上の鶏肉の量が中国本土の輸入量とあわず、本土の輸入量が減っていて、かわりに七面鳥が増えている。これは、当然、中国本土に輸入する際に鶏肉を七面鳥と偽って密輸していることがわかる。  第三は、ニューヨーク市のマンハッタンでの外交ナンバーの自動車の駐車違反件数とその違反金の不払い実績が、原則は、その母国の腐敗係数と比例して駐車違反件数が多くなる。腐敗係数が高くても、親米感情の強い国、例えば、エクアドルとかコロンビアでは外交官一人あたりの違反件数は少ない。  これも、外交官ナンバーの自動車の駐車違反件数をニューヨーク市が詳細にデータ把握していたのでおもしろい分析ができている。  後半のアフリカの開発援助については、まだ発展途上の感じだが、人口衛星のデータで降雨量が詳細に分析できるようになり、干魃の翌年には内戦が起こる可能性が高いこと、そのために干魃に対して予防的に援助するプログラムが機能していることが報告されている。  開発経済学については、自分もよくわからない部分があるし、医学のような厳密な対象実験ができないところが課題だと思うが、この本では意外なデータを見つけてきて、スハルトの息子の会社のコネの問題、中国本土の密輸入、外交官の遵法意識と母国政府の腐敗度係数との分析をしていて、うまくデータがつかまえられると、おもしろい分析ができるなと思う。  ちょっと、タイトルが誤解を招く。これは、悪い奴らも合理的に私服を増やそうとしているということで、普通の人より合理的という訳ではないと思う。

河村和徳著『東日本大震災と地方自治』を読んで、社会科学の観点はなじみがあるのでかえって突っ込み不足を感じる。

東日本大震災と地方自治―復旧・復興における人々の意識と行政の課題―東日本大震災と地方自治―復旧・復興における人々の意識と行政の課題―
(2014/04/18)
河村 和徳

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 タイトルで購入。  社会科学系の先生が著者なので、自分としてはなじみのあるアプローチだが、なんか突っ込みがたりない気がする。  例えば、地方の不採算バスについて、住民が合意できるレベルの補填財源を考えるべきと言っている。(p73)  これはそのとおりだが、長い歴史の中で、道路の管理は税金、自動車の管理は個人負担、公共交通機関は独立採算という意識が日本人にできているなかで、著者が提案するような駐車場に法定外課税をするとか、簡単に実現するとも思えない。理屈はそうだが、簡単に市民が余分の税金を支払ってくれない現実の中で、例えば、バス専用レーンをつくってバスの定時性を確保するとか、社会実験として中心部を歩行者専用空間にして、自動車がない空間のよさを体験してもらうとか、いろんな努力を現場ではしている。  単なる理屈で、自動車利用が不便になるような税金をかけたらいい、と言われても、こちらはそれがうまくいかないからどうしたらいいのかを悩んでいるんだよという気分になる。  防潮堤の高さについても、大学の先生がそれぞれ教祖さまになって町を分断して困りますという住民の発言を引用している。(p31)  実態としてそういう発言はあったのかもしれないが、まず、制度的に国土交通省、農林水産省の課長通知があって、L1での防潮堤の高さを津波シミュレーションから県が計算して、それを原則、地元に降ろした。そこと、復興のまちづくりの調整が十分に議論されず、市町村と県の間でも意見のすりあわせがされず、相互に反映されるような計画であるとの理解が海岸仮者側になかったことが重大な問題だと思う。  ものごとの本質をつかまえずに、地元に入った研究者がいろんな高さをいうことを批判するのは、ちょっと論点が違うと思うし、ぼくは実態がよく見れていないと思う。  全体を通じて、政治学や社会学の論説から説き起こしていて、そういう学説も被災地につかえるのか、という感じはするが、別に外国人の政治学などの学説がつかえるかどうか、それで現状がクリアにみえるかどうかが問題ではなくて、どうやって、被災者の生活の再建につながる復興計画になるか、ということが大事だと思う。  学説をたれるだけなら、被災者支援などと偉そうなことをいわない方がいいと思う。
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