革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2014年08月

岸見一郎『アドラー 人生を生き抜く心理学』を読んで、自分は自己評価を少し高めた方が生きやすいなと思う。


アドラー 人生を生き抜く心理学 (NHKブックス)アドラー 人生を生き抜く心理学 (NHKブックス)
(2014/03/25)
岸見 一郎

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 キンドルの日替わりセールで安くなっていたので購入。  岸見先生は、哲学から心理学に入っているので、ソクラテスとかプラトンを引用しながら、アドラーを分析。  初めてアドラー心理学の関係の本を読んだが、フロイトのなんでも性欲と無意識で説明する学説よりも、受け入れやすい感じがする。前向きな感じがいいけど、ちょっと自己啓発本のようなところもある。 (1)(位置No. 182-183) これからどうしたいのかを考え、目を過去ではなく未来に向けること。これが、これから詳細に見ていくことになるアドラーの考えである。 (2)(位置No. 1314-1319) 人は一人では生きられないということでもある。このことの意味は、しかし人が弱いからということよりも、人はその本質において初めから他者の存在を前提としており、他者と共にあることで、人は「人間」になるということである。一人では人は人間になることはできない。人は一人でも生きていけるが、他者と共生することが必要であるというのではなく、人は最初から社会的存在なのである。社会や共同体から離れて生きる個人はありえないのである。 (3)(位置No. 1460-1465) アドラーのいうことはシンプルである。自分にしか関心を持たない人に、他者に関心を持つように援助することが重要であることを再三再四説いているのである。共同体感覚の英語訳を使って説明するならば、self interest(自分への関心)をsocial interest(他者への関心)へと変えていかなければならない。この「他者への関心」が「共同体感覚」である。教育は共同体感覚の育成である、とアドラーがいう時、自分にしか関心がない子どもの関心を他者に向けることを意味する。 (4)(位置No. 2506-2510)  健康なライフスタイルは、神経症的ライフスタイルの反対を考えればいい。神経症的ライフスタイルの特徴は、先に見たように、  1.私には能力がない、と思う  2.人々は私の敵である、と思う  であるから、健康なライフスタイルは、次のようになる。  1.私には能力がある、と思う  2.人々は私の仲間である、と思う (5)(位置No. 2637-2641) 課題を達成するためには当然努力が必要であるが、とうてい達成できないようなことでなければ最終的にはできるのである。アドラーはローマの詩人であるウェルギリウスの言葉を引いて「できると思うがゆえにできる」といっている(『子どもの教育』)。これは精神主義ではない。アドラーは、できないという思い込みが、生涯にわたる固定観念になってしまうことに警鐘を鳴らしているのである。   特に、(4)の私には能力があると思うというのは自分には堪えた。自分は自己評価を下げて、その部分、努力するという傾向があるが、これって悲壮な感じになる。人がなんといおうと、まあ、自分はちゃんとしているじゃないか、一応、物事を深く考えているんじゃないか、と少し自身の自己評価を高めてみたら、随分気分が楽になった。  ありがたいことに、他人は仲間という発想は子どもの頃から根強いので、これは大丈夫。  アドラー心理学は、原典にあたっていないけど、解説書でもなんだか、元気になりますね。

マッキンダー『マッキンダーの地政学』を読んで、ソ連の膨張を予測してあった本、自分にはドイツ語圏の拡大の話が貴重。


マッキンダーの地政学―デモクラシーの理想と現実マッキンダーの地政学―デモクラシーの理想と現実
(2008/09)
ハルフォード・ジョン マッキンダー

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 ライフネット生命の出口さんの推薦。  地政学の古典らしい。  地政学がマッキンダーは地理学者で、自分の理解では、地理学の素養を前提にして、大陸の海岸線と地形、海と河川の状況をきちんと押さえて、海軍の展開方向や陸軍の展開方向を大局的に議論する学問と思う。  若干、第一次世界大戦直後に書かれた本でそれ以降空軍が発達したので、地形や海洋の形に影響されないで、攻撃する方法ができたが、結局戦争を決着さえるのは、陸軍だし、物資や陸軍を運ぶ手段としては、大陸の地形や海洋の入り組み方、河川の状況や山脈の入り方などの重要性はかわらないと思う。  マッキンダーは、海軍の重要性、海軍は入り込める内湾的な海域の支配の重要性、それと海軍を支援する海軍基地の重要性を指摘するとともに、陸軍海軍を含めた軍隊を支える経済規模をもった領域の重要性を述べている。  イギリスの学者なので、視点はイギリスを常に意識しているが、ユーラシアとアフリカをおおきなハートランド、イギリスとアメリカ合衆国を島国と定義して、島国の海軍の優越性と、ハードランド、この時点では現在のソ連の地域のヨーロッパへの圧力を指摘している。この点は、第二次世界大戦でソ連の拡張の予言をした部分として評価されているらしい。  自分は、中世以降、ドイツ語を使う地域がどんどんと東へ拡大していったこと、プロイセンが結果として領土を東へ拡大していったこと、オーストリアとの関係は内戦のようなもんだが、スラブ民族との関係は、ドイツ語圏の東進とともに、ロシアとのビスマルク時代の連携から、摩擦へと展開していったという事実が興味深かった。(p147にドイツ語圏が拡大していってスラブ系の現地語がほとんど消滅しかかった絵がある。)  ドイツについて、ドイツ帝国から考えると、よく、今の小さな国土でドイツが満足して、EUを支えているな、とか、ホーランドが西に移ったため、大量のドイツ人が現在のドイツに強制移住をさせられたことに対する不満とか、ドイツ人にないのかな、と不思議に思っていた。しかし、もっと前のドイツがまだ分裂していた時代には、ドイツ語が東へ拡大していって、むしろスラブ民族が圧迫を受けていった背景もあり、現在のポーランドなどの意識にそれが根強くあるのかもしれない。  ドイツはメルケルがうまく収めているけど、なんとなく経済も悪くなってきて、EUを支える役をどこまで務められるのか、勤めていることへの国民の不満はないのか、など気になってきた。  その意味でも、まさに地政学上の問題として、ドイツ、フランス、そして、東欧諸国の歴史はきちんと学びなおす必要あり。

一坂太郎『司馬遼太郎が描かなかった幕末』を読んで、自分がいかに司馬氏のフィクションにだまされているか知る。


司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)
(2013/09/13)
一坂 太郎

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 司馬遼太郎の本って、小説なんですよね。でも、いかにもノンフィクションのように書いてあるから、思わず、幕末の志士なんかにあこがれてしまう。  よく、理想の上司像とか人物に、幕末の志士とかあがっているけど、ほとんど司馬遼太郎が書いたイメージ。  これを歴史学者が、実は、ものすごくフィクションとか意図的に司馬氏がかかなかった部分があることを指摘した本。司馬史観までいわれているぐらい、中堅以上の日本人に永久を与えているから、よく注意しましょう。 (1)(位置No. 357-360)  一方司馬太郎は松陰の天皇崇拝者としての言葉は引用しない。「天下は一人の天下なり」といった、有名な松陰の強烈な言もここでは出てこない。松陰の天皇観は、当然ながら浮かび上がってこない。司馬太郎は昭和四十年代の大衆小説の中に、天皇の問題を持ち込むことを、避けようとしているかのようである。 (2)(位置No. 440-443) 松陰はテロリストとして藩に危険視されて捕らえられ、テロリストとして幕府に処刑された。しかし司馬太郎は無味無臭の松陰を、テロに深入りさせることはしない。それは、司馬太郎がテロという行為そのものを認めなかったという、個人的な理由によるものではなかったか。  親父の出身地の長州では偉人としてあがめられている松蔭先生、実は天皇崇拝でテロリストの側面があった。 (3)(位置No. 1341-1344) 司馬(遼)太郎が言うように「晋作の『奇兵』構想」によって姓が許されたのではなく、民衆が強引に奪い取ったのだ。結局彼らを軍事力として利用する藩も、それを黙認せねばならなかった。それほど民衆のエネルギーが強いものに成長していたのだろう。  同じく騎兵隊について(位置No. 1352-1357)  後年、慶応元年(一八六五)一月六日、高杉晋作が大田市之進・山県狂介らにあてた手紙で、結成当時のことを振り返り、「新たに兵を編せんと欲せば、務めて門閥の習弊を矯め、暫く穢非の者を除くの外、士庶を問わず、奉を厚くしてもっぱら強健の者を募り」云々と、被差別民を除いたと明言している。  高杉晋作がつくった騎兵隊は四民平等ではなく、ちゃんと士族と農民との区別をしていた。また、被差別民は排除していた。知らなかったな。 (3)(位置No. 2553-2559)  「船中八策」の内容はこの後、京都で薩摩藩と土佐藩が結ぶ盟約(薩土盟約)、十月の大政奉還建白、翌年の五箇条の誓文、さらには自由民権運動にもつながるとされる。ただし、それほど重大な文書でありながら、「船中八策」は原文書が残っていないばかりか、当時の史料にもそれらしい存在が見当たらない、実は謎が多い史料だ。文中に「議員」「規約」「断行」「並立」など、慶応四年以前の用例が無い漢語が使われている点からも、後世の創作との説が有力だ(知野文哉『「坂本龍馬」の誕生――船中八策と坂崎紫瀾』平成二十五年)。  船中八策は後世の創作という説が歴史学者では有力らしい。  本当に、司馬小説をそのまま信じちゃいけないな。司馬遼太郎の本なんか、愛読書にあげる経営者とか政治家とか多いけど、やっぱり小説だから、知性が疑われちゃいますね。

建築学会『成熟社会の建築・まちづくり』を読んで、人口減少社会で今日本が転換点という危機意識が全然足りないと思う。


市民と専門家が協働する成熟社会の建築・まちづくり (日本建築学会叢書)市民と専門家が協働する成熟社会の建築・まちづくり (日本建築学会叢書)
(2014/03)
日本建築学会

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 帯には、「未来のまちづくりと建築のあり方を大局的に展望する」と書いてある。  全然、大局的でない。もちろん、個々の論考については、いいものぞろいで、今までの建築学会のセンスからすれば良い感じだと思う。  しかし、この人口減少社会で、住宅も余っている、東京都心はグローバル経済で戦わなければいけないけど、それ以外の都市は、むしろローカル経済の中で、どうやって住民の生活環境を維持するか、悪くしないかが課題になってくる。  建築家に求められる専門家としての、知識としては、この時代の転換点にあるという認識が極めて重要だと思う。  もちろん、ちらっとふれてある、既存建築物のリノベーションとかコンバージョンが大事だと思うし、そうした時に大きく手をいれると法律に触れるのでほっておく、脱法的になるというインセンティブが働く、今の建築基準法の体系のあり方が大問題となる。  もっといえば、建築家が時代の転換点を理解していたら、どうして将来空き家になって困ることがわかっている東日本大震災の災害復興公営住宅にRCの中層建築物が建つのか。どうして、もともと衰退している石巻に複数の市街地再開発事業が行われるのか。建築家は単なる請負業者ではないだろう。もともと都市計画とか建築の知識のない市町村で被災した職員や首長に対して、なぜ、サステイナブルで将来負の遺産にならない建築物を建築家は提案できなかったのか。  そういう根本的な反省がないと、建築家は近代遺産になってしまうと思う。まだまだ危機感が足りないのではないか。  そう、ちょっと檄をとばした上で、ちゃんといい提言がたくさんあるんで列記しておく。 (1)柳沢さんがかいた部分で、従来の建築許可の提案から、建築物の種類は分けて、あるいは地域を分けて、認定制度を提案している点。(p111)  たぶん、都市計画家協会の提案で、許可制度のような裁量性のある提案から意見をかえたのだと思う。自分は、大規模な建築物や特定の地域に限定して、確認に代えてか、加えてかは別にして、市町村の都市計画・建築部局がチェックをするという仕組みは、私の持論の市町村の実務能力を踏まえるべき、という発想と合致していていいと思う。  ただし、これは法律事務官の仕事だが、認定というのは、許可と確認の間なんだが、法制的に羈束裁量的に考えられているはずなので、あんまり仕組みとしてはお薦めしない。むしろ、届け出・勧告・是正命令の仕組みにして、建築基準法の基準と併存する形で制度化するのが合理的だと思う。この点はよく考えてみる。 (2)集団規定は民間指定確認機関でなく特定行政庁(?建築主事)が確認すべき。(p78)  これは民間指定確認機関の創設時にいろいろ意見を個人的には住宅局にだしたが押し切られた部分なので、一筋縄ではいかないと思う。二日前に柳沢提言で運用ベースで協定を結んで、集団規定の特に土地に係わる部分は特定行政庁に民間指定確認機関に事前協議を求める大阪府方式から始めるのがいいと思う。  その他、不勉強で読んでいなかった、都市計画学会「都市計画」272号(2008.4)と日本地域開発センター発行「地域開発」(2008.7)の都市計画法抜本改正特集を読んでみる。この点は自分の不勉強を恥じるのみです。

周藤利一『韓国の都市計画制度の歴史的展開に関する研究』を読んで、韓国の総合的土地利用制度の現状と限界を知る。


韓国の都市計画制度の歴史的展開に関する研究韓国の都市計画制度の歴史的展開に関する研究
(2014/02)
周藤 利一

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 蓑原先輩が、国土利用計画法と都市計画法の統合を提案されていたので、おなじような改正をした、韓国の都市計画制度について、周藤先輩に相談したところ、献本いただいた。 韓国で行われたのは、2002年に都市計画法と国土利用管理法を統合して、「国土の計画及び利用に関する法律」となったこと。  日本との違いで注意しなければいけないのは、国土利用管理法は日本の国土利用計画法をまねて作った法律といわれているが、具体的な規制手法をもっていたこと。  このため、統合することによって、国土全体について、都市地域、管理地域、農林地域、自然環境保全地域と区分して、統一的な用途地域(開発制限区域、市街化調整区域、水資源保護区域)、都市開発事業、地区単位計画、全土の開発許可制度の創設を行った点が特徴的である。この法律の所管は、日本の国土交通大臣にあたる建設交通長官。(p147)  しかし、注意しなければいけないのは、同時に農地法、山林法、自然公園法など、農林部が持つ法律制度が存置されていること。(p141)イギリスの都市農村計画のように、開発規制が一本化されていないことに注意が必要。  この部分は、山林法の許可を、国土の計画及び利用に関する法律の開発許可をとることでみなす、といった統一化にむけた改善が2011年改正でなされている。(p216)  しかし、複雑な土地利用規制が重複しているため、外国企業から「規制の国」と思われているなどの問題があり、これ以上規制を増やさないように、2006年に土地利用規制基本法までできてきている。(p225)  周藤先輩の詳細な調査をまとめた本により、この韓国の改正をもって、別に国土利用・都市計画と農村計画、森林計画の制度が一本化されたわけではないことを知る。  蓑原さんの国土利用計画法と都市計画法の統合は一体何をねらっているのか、余計にわからなくなってきた。
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