革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2015年05月

ファイジズ『クリミア戦争 CRIMEA 上』を読んで、最近なにかと物騒なクリミアの歴史のお勉強開始。

クリミア戦争(上)
オーランドー ファイジズ
白水社
2015-02-27

      The writer is a professor of London University, studying Russian history. CRIMEAN WAR is a kind of a hot issue, because of Putin's recent invasion. This war is called as the beginning of modern war in several points.
      First, newspapers in Britain and France stressed the governments starting this war.
      Second, the Russian emperor, NICOLAY strongly complained the double standards; Britain  and France criticized Russian invasion to Balkan peninsula, regardless of British invasion to India and French invasion to the north Africa.
      These two phenomena happened in Japan just before the world war second.
 
 プーチンが強引にウクライナから奪い取ったクリミア。

 クリミア戦争ってあったけど、なんか全然知らないな、と思って購入。

 ロンドン大学のロシア・ソ連研究の先生の本。

 まだ、下巻が手元に届かないので、上巻だけで再勉強した点。

(1)1854から1856年の間に、バルカン半島と黒海のクリミア半島で行われた、ロシア対オスマントルコ・フランス・イギリスの戦争。

(2)背景には、ロシア正教会とカトリックのエルサレムの教会をめぐる争い、ニコライ一世の狂信的なロシア正教会に基づく拡大思考とトルコ領内のロシア正教会教徒を守るという信念がある。

(3)同時に、ナポレオン3世のナポレオンに負けない戦勝をあげたい欲望と、イギリスに先を越されたくない見栄。

(4)イギリスとフランスの新聞がかき立てた反ロシア感情とロシアへの参戦を求める論調が政治を動かした。

(5)ロシアからみると、イギリスはインドで、フランスは北アフリカで植民地化を進めながら、ロシアがバルカン半島にでていくと非難するという、ダブルスタンダードに強い不満を持っていた。

 この(4)とか(5)は、日本が第二次世界大戦に突入した背景ともよく似ている。人間は歴史を学ばないと同じ過ちを繰り返すものだな。 

嶋田洋平『ぼくらのリノベーションまちづくり』を読んで、建てない建築家の説得力あるre-inovationの提案。


      The writer, Mr. Shimada is a young architect. He is aiming to a renovation specialist of the architect, covering building finding, owner persuasion, selecting tenants, bank negotiation, architectural drawing, actual renovation constructed by DIY  and projects' financial management.
      Because of the small scale of renovation budgets, he plays many roles by himself. In addition to that, he appealed renovation projects don't need many experts.
      This is a new role model of modern architect in the periods of new building construction' extinction in Japan. 

 著者の嶋田さんは、友人の青木さんが本にサインしているのをみて、うらやましくなって本書いたと言っている。ゴーストライターまで紹介している。

 これでも十分はちゃめちゃだが、建物を建てないことを推奨して、なんとか飯を食べている嶋田さんの話は迫力あり。

 いつものように本の後ろから、気になるフレーズの抜き書き。

(1)建築物があまり建たない時代になると,専門家の分業が不効率になってくる。(中略)そもそもリノベーション工事は新築に比べて規模が小さい。そんな現場に専門の職人を入れていたら、人がだぶついてしまう。(p284)

 アダムスミスは分業が生産性の向上といったけど、小さな生産だったら、まとめて自分でつくるのが一番効率的。その意味でも常識の見直しが必要だね。

(2)(普通の歴史的価値のある建築物)をうまく活用しながら収益をあげながら維持管理をまかなう方法を提示する。それはぼくたち建築家に求められている仕事だと思う。(p280)

 「建てない建築家」だね。

(3)災害が起こったときに大事なのは耐震性ではない、どうやってにげるかだ。(p246)

 耐火性能なんか、一番わかりやすい。ぐしゃって建物がつぶれたらどうする?隣の若者が助ける?少なくとも、永久に建て変わらりそうもないところで、生存確率を高める手法として、逃げ方から入るのは合理性があると思う。

(4)(行政には)民間がインフラをつかって稼ぐ仕組みをつくりやすいよう、規制を緩和すること。(p223)

 は~い、頑張ります。続け、後輩。

(5)都市計画の新しい姿として、市民が考え、プロジェクトを立ち上げつつ、さらに姿を考えていくという、ボトムアップ型の方法をとるべき。偉い人がトップダウンで絵を描いて市民との対話の場をつくるのではない。(やや意訳ぎみ)

 ぼくもそう思います。 

レムー・コールハース『S,M,L,XL+』を読んで、よくわかんないけど、都市計画の人間も読む意味ありそう?


     The writer is a famous American architect and city planner. He criticized NY, Singapore, Tokyo and Dubai. Generally, his critics are negative, but he overestimates Japanese metabolism movement in my understanding.
            In this book, residents and workers in the cities aren't mentioned at all. I recently try to build the city planning policies, based on citizens and workers' viewpoints, therefore his highbrow criticism is not necessarily persuasive. 

 藤村さんが、真剣に対談をされていたので、つい、この本を購入。

 この本は、もとの『S,M,L,XL』 を簡単にして別のエッセイを加えた本。

 刺激的だが、刺激的すぎて、逆に論理的ではない。都市とか建築に対する批評は、ぼくのような普通の市民に語りかけているはずなのに、なんとなくの印象しか残らないのは、自分の勉強不足か?それとも市民に語りかけている本ではないのか。

 まったく、気になったフレーズの乱雑な列記。いつもどおり、後ろから。誤解もあるかもしれない。

(1)物質的な量は圧倒的なのに、シンガポールはポチョムキン・メトロポリスとして存続する運命にある。(p306)

(2)60年代前半に起こった運動で最も胸躍るものは、日本の運動である。スピードが加速し不安定な状況のなかで膨大な量をこなす責務があると気付いたことが、メタボリズム運動を後押しする。丹下、黒川、槇、磯崎ら日本の知的エリートがゆるやかに連携し、有機的、科学的、物理的、生物学的、ロマン主義的な(崇高な)語彙を融合した。丹下健三の「東京計画1960」はあたかもまったくの新説が即座に説得力を持ったかのような衝撃を与えた。(p283)
  
 正直、ちょっと褒めすぎかな?へえーっていう感じ。

(3)(中東湾岸地域を対象にして)都市が一枚の設計図から生まれることはもうない。今の都市は開発事業者による増殖のパッチワークになっている。(p252)

 ドバイがそうなら、日本はなおさらそうだね。

(4)(アトランタの記述で)建築がもはや都市を建築することではなく、物理学の新しい支流のような、すなわち、絶え間なく移動する磁場に働く力学のような状況では、インスピレーションの霊妙なひらめきなどという、建築家が尊ぶ職業上のアリバイなど明らかに時代遅れだ。(p224)

(5)ビックネスに理論がないことが、ー建築にできる最大のことは何かー建築にとって最大の弱点になっている。ビックネス理論がない以上、建築家はフランケンシュタインの生みの親と同じ立場に立っていることになる、(p57)

 全体を通じて、建築物を使う市民の視点、それを使う労働者の視点というのがほとんど感じられない。そこには造形をつくり、みて、批判する批評家の立場がある。そこでうごめく人間の視点、そこでの苦痛感や逆に幸福感など、そういうボトムにある視点について、どう著者は考えているのか、最近、そのボトムから都市計画理論を構築すべきではないか、とずっと考えているので、特に気になった。 

松村秀一『団地再生』を読んで、古いURや公社住宅に低所得者高齢者が住んでいる実態の対応が必要と痛感。


       The writer, Dr. Matsumura is the professor of architecture in Tokyo University. He is very frank and he thinks that the future architect role is existed in renovation projects.
                 After reading this book, I sincerely worried the low income housing policies in Japan. Public housing projects are unpopular for governors and mayors, because the residents have tendency to vote against the current governors and mayors.
               To supplement these weak low-income housing policies, UR, the semi-national housing and urban development organization, maintains old rental housings, where many low-income elder persons live, without any governments' subsidies.
              If UR try to renovate these old rental housings, the rent will increase and low-income tenants  will not be able to live the former housings.
             Housing for low-income tenants is a kind of income reallocating policies, therefore without no subsides, UR cannot sustainably maintain rental housing programs for low-income households.  
 
 松永先生の本で、欧米の団地再生が詳しいと紹介されていたので、読んでみた。

 少し古い本だが、示唆に富む内容。

 ちょっとずれるが、日本では団地再生について、実際には、償却が終わって安い家賃で低所得の高齢者世帯、独居高齢者が住んでいることを、政策的にちゃんと位置づけないと、団地再生は難しいのではないかと痛感した。

 要は古いからたまたま家賃が安いだけで、政策的には税金は入っていない、というUR賃貸。これを団地再生しようとすると、小規模な内装であれ、エレベータ設置や外装の断熱改修なり大規模であれ、居住サービスは向上するのだから、当然市場家賃で運営しているURとしては家賃をあげざるをえない。

 場合によっては、この本でも紹介されているように、高級化して、裕福な高齢者世帯に売却することだって、立地条件や改修内容によってはありえる。

 しかし、現実に、公営住宅階層がUR賃貸住宅に住んでいる、それも、ちゃんと政策的な支援なしに事実上、UR賃貸住宅に住めているという実態を前提にすると、居住サービスを向上する取り組みは、やっとのことで、住居を確保している高齢者世帯を追い出すことになりかねず、居住者の同意も得られないし、政治的にも反発を招く。

 本来、低所得者の住宅サービスは所得の再配分制度、社会秩序の安定を保つための基礎的なインフラとして、税金で対応すべきものであり、この点を不明確にしていると、いつまでも、UR賃貸住宅の団地再生は進まないのではないか。

 そんな感想をもちつつ、この本でおもしろいと思った指摘。

(1)高度成長期の乳歯型ストックから、最近の永久歯型ストックになると、コモンが重要になる、再生行為はくりかえし、最後は取り壊す、民間払い下げもあり、との指摘は的確だと思う。(p166)

(2)空間を公・共・私とわけ、共にも公共的要素を認めて税金を投入すべき。(p177)

(3)ワシントン団地再生NPOは、ボランティアではなく、利益を目的以外に使わないという意味では、日本と違い株式会社と変わらない。(p132)

(4)デンマークは会員制の住宅組合が公共住宅の42%。(p111)

(5)欧州で多い、バルコニーの室内化は、日本での二方向避難の考え方から難しい。(p72) 

黒川紀章『都市のデザイン』を読んで、高度成長期の議論だが、まとも、参考になる点あり。


       Mr. KUROKAWA, the Japanese famous architect imaged Japanese cites as the process of metabolism. He suppsed the theory of 'metabolism,' and using the deductive method, pointed out several urban policies.
                After reading this book, Japanese urban policies should be built by analyzing concrete urban problems, such as lonely elderly persons, young poor part-timers, decaying pubic transportation systems and so on. Though finding out the solutions for concrete urban problems, we can construct the comprehensive urban policies or programs, which can solve the problems certainly, and many people support these policies. This problems-oriented solutions are strongly required now in Japan. 

 先日、『メディアモンスター』という黒川氏の評伝を読んだので、最近、黒川氏の本を読んでいないなと思って、役所の図書館で借りてきた。

 都市を生物の新陳代謝にたとえるという話は、最近は、生物の新陳代謝が分子モデルまでわかってきているので、なんとなく違和感がある、というか、細部までみると、生物と都市の発展、衰退は違うよな、という意識は捨てきれない。

 1960年代の、ばくっとした生物学の知識を前提にすると、都市と生物も似ている点があるというぐらいの共感しかえられない。

 細部には、きらりとひかる文章あり。

(1)現代の都市のもっている問題点は、自動車、大量輸送交通機関といった新しい人の流れ、テレビ、ラジオなどによる新しいコミュニケーションの流れ、といった新しい流れの機能の発見と、第三次産業によって引き起こされている新しいものの流れの仕方である。(p189)

(2)共存する空間というのは、東洋の空間の特質ではないだろうか。(p135)

(3)都市は自分の体内から出す排泄物のために自滅するかもしれない。(p113)

(4)都市は開いた構造を求めているのである。(p71)

(5)都市を、住む、働く、通勤する、休養するといった人間のアクティビティおよびそれをささえているエネルギーの流動というアクティビティのパターンと、建築、道路、公園、自然といったフィジカルな形態との二つの側面からとらえるとすれば、都市空間の設計とはこの形態とアクティビティとの反応のなかに空間の組織化と意味づけるを行う作業だと考えられる。(p3) 
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