革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2015年12月

村瀬信一『帝国議会』を読んで、戦前の議会のいいところ、悪いところを知る価値はあるね


 タイトルで購入。

 戦前の議会のトピックがやや散漫に語られている感じがする。

 小生が印象に残った点。

(1)戦後の議院制度、常任委員会中心制度などアメリカ式の制度導入は、GHQ民政局立法課長のジャスティン・ウィリアムという将校の母国の制度による思い込みによる。また、議員歳費をあげる、各議員に事務所を与える、国会図書館と法制局をつくる、などもウィリアムの提案に基づいている。(位置No3467)

 今のように、法律案がたくさん上程されるようになると常任委員会制度でやむをえない感じもするが、戦前の、本会議での第一読会、逐条で審議する第二読会、最終審議をする第三読会という仕組みも、逐条で審議したという点では、見るべきものもあると思う。

(2)宮沢喜一先生のお父さんの宮沢裕氏は、歳費が3000円なのに、選挙には一回あたり1万円近くかかり、貧乏だったとのこと。(位置No1423)

 今は、歳費は事務次官以上で年額2000万円以上、三人まで雇える秘書用の経費2600万円、立法事務費月額65万円、交通費・通信費・文書費ほか月額100万円と随分充実している。さらに政党助成金もある。でも、政治と金の問題が解決しないのは、選挙に金がかかるからだなと思う。

 政治家になるのが金銭的に非常にリスクが高い、二世議員でないと政治家になれない、なりにくいというのが現代的な課題か?

(3)反軍演説で有名な斉藤隆夫氏の演説は、聖戦、新東亜秩序といっても中身がないのではないか、蒋介石をあいてにせずといって、どうやって日本に有利なかたちで中国での戦争をどう終結させるのか、といった点を論理的についたものだった。その論理性に軍部は激怒したのであって、戦争を一方的にやめろとか軍部を一方的に非難したものではなく、「反軍」かもしれないが、「反戦」ではなかった。(No2159) 

(4)戦前の本会議では、事前の質問とりがなく、官僚は想定問答をつくって大臣にわたしていた。しかし、逓信大臣の野田卯太郎氏は、「僕にはそういうこまかなことはわからんたい」「(質問者である)植原君、君が逓信大臣になったとき、よろしくやったらよかろうたい」と答弁した。(位置No2475)

 今だったら、懲罰動議もの。質問は河川使用権の発電事業者への付与一般論なので、発電事業を所管していた当時の逓信大臣が知らないというのも、大胆な答弁だと思う。

(5)大正3年の第31議会のシーメンス事件から、院内の乱闘が始まり、民衆の不満に引きずられて、議員が微温的妥協的な行動をとれず、暴力に走った。それが、政党政治を傷つけ、国会の実態的な機能停止の引き金になった。(位置No2792) 

 日本の国会運営は、その意味では成熟しているし、意見が分かれる法案でも、国民の視線があるので、乱闘騒ぎにならないのは、英米並みに進化したということかな。 

『棟梁』を読んで、宮大工の一見非効率にみえる徒弟制度にもいいところがあると個人的には思う。


 宮大工の棟梁で、鵤工舎を主催していた小川氏の話をまとめたもの。

 本当に超一流になると、言葉に蘊蓄がある。これも連続して個人的趣味。個人的にこういう古くからの職業や名人芸に関心がある。

 なんか、効率一辺倒の経営学とは違う、鋭い視点があるような気がする。何の学術的な裏付けもないけどね。

(1)その人が完成してから任せたらだめなんだよ。未熟なうちに任せなければだめなんだ。(p187)

(2)(自分は曲がっている材でも芯を押さえれば使えるという話の次ぎに)人間の社会でもいえることや。芯を決めて使うというのがなくなった。面のいいやつだけ集める。同じ規格を集める。これでは癖のあるやつははじかれる。癖をいかしてやれば、強くおもしろい物ができるのに、そういうのは捨ててしまうんだな。結果的に独創力がなくなって、競争に負けることになるんだ。(p196)

 おー、経営学の真髄だね。 

(3)不器用の一心に勝る名人はない。(p127)

(4)全体をみわたせて棟梁だ。(p94)

 なんか、別に学問のある人ではないけど、徹底的に宮大工を追求した人生からは、こういう言葉がでるんだね。地道に来年も努力しよう。 

内田樹『困難な成熟』を読んで、政治主張ではなく人生相談への回答文なので誰でも素直に共感できるはず。


 内田さんの本は以前はむさぼるように読んでいたが、自分がだんだんリアリストになってきて、若干距離が離れてきたかなと思っていた。

 なんのきなしに注文して購入。

 若者からの人生相談というか、働くことの意義とか、死についての考え方とか、哲学的な質問に真摯に答えているのがいいと思う。

 全く個人的なものだと思うが気に入ったフレーズ。

(1)どのような社会的な概念も、人間が幸福に、豊かに、安全に生き延びるために考案されたものです。「責任」という概念もそのひとつです。(p26)

(2)危機を事前に直感しながらそれを回避したり予防するためには、「慌てないこと、後手にまわらないこと」(p75)

(3)現場でおきることについて最終責任を負う覚悟でいる人間の眼にだけ「床のゴミ」がみえる。(p77)

(4)アメリカの海兵隊の戦闘能力が群を抜いているのは、あの組織では何があっても前線に戦友を残していかないというルールが徹底されているから。(p127)

(5)努力できるなんて、私はなんて幸運なんだろうと思う、そう思うことができたら、もう結果の半分ぐらいは手に入ったわけです。
p165)

(6)若い人が先行世代を批判したいと思うのなら、彼らは邪悪であるというふうに批判してもあまり意味がないし、効果もない。言うなら、おまえらは頭が悪いです。

 本当に、僕らは頭が悪いと思う。若者に申し訳ないな。

(7)死を思う、これが生涯で最後と思って経験をすると、経験の質は高くなる。(p282)

(8)教えることに必要なものは「おせっかい」と「忍耐力」なのです。(p320)

(9)弱い政治家は国内の世論が不満を抱く(けれど長期的には国益を増大させる可能性の高い)政策を実行できない。(p378)

 なかなか、いいでしょ。これらの言葉。 

古澤満『不均衡進化論』を読んで、昨日の「光と重力」よりは知的刺激があるな。

不均衡進化論 (筑摩選書)
古澤 満
筑摩書房
2010-10-15

 著者は、第一製薬の室長を経て、自分で研究所を立ち上げている。経歴は異色。

 不均衡進化論のベースには、カンブリア爆発のような一気に進化が進む過去の事例からすると、数学的にみて単純な突然変異とそれに基づく適者生存の理論では、突然変異の頻度が少なすぎるという数学的な仮説をたてた。

 そこに、1967年に発見された、DNAの複製過程で、DNAの親の鎖がほどけていく方向と新しい鎖が合成される方向が一致している側は問題なく、新生鎖が合成されるのに対して、もう一方の鎖の合成の進む方向は、親DNAがほどけていく方向と逆になり、齟齬が生じるため、逆向きに短い鎖を少しずつつくり後から合成するという「岡崎フラグメント」に着目します。(p70)

 そして、まとめて一本の新生鎖が合成される側には変位が生じにくく、もう一方の方は変位が生じやすいと仮定すると、 常に変異ゼロの子孫が維持されるとともに、逆向きの短い鎖側にずっとなると変位が蓄積するという、生物の安定性と変異の発生がダイナミックに生じることが数学的に証明されます。(p87)

 岡崎フラグメントは比較的定説っぽいですが、後半のこれを突然変異の蓄積の議論、突然変異の確率上昇の理論に結びつけるという理論はあまり定説ではなさそうです。

 しかし、数学的な発想と生化学の理論をリンクさせた不均衡進化論を考え方は、異なる議論のいわば「新結合」で、個人的には刺激を受けました。

 年末でないと、こういう理系のとっつきにくい本は読めないので、なんかためになった気分です。 

樋口範雄『超高齢社会の法律、何が問題なのか』を読んで、アメリカの事例は興味深い、役人がサボっている分野、政治問題など論点は様々。


 役所の本屋で購入。

 東大法学部の先生が「高齢者法」という講座で話した論点をまとめた本。東大法学部に「高齢者法」という講座ができたことに時代を感じる。

 問題点の指摘、アメリカの制度の紹介など有益なんだが、なんでそうなっているかを考えると、単純に役人がサボぼっている、縦割り組織で所管省庁がはっきりしない、政治的応援団がいないなど、理由は様々。そこまで議論ができると、可能性が見えてくる。法律だけみても、そこはわからない点。

(1)アメリカでは配偶者間の共同名義預金が可能で、一方の配偶者が死んでも、もう一方の配偶者が預金を引き出せる。(p162)

 これなどは、金融庁の役人がちょっと問題意識をもてば、簡単に解決すると思う。抵抗があるとすれば、同様の機能をもつ信託口座をやっている信託銀行グループか?しかし、田舎には信託銀行がなく、信託銀行のある県庁所在市クラスの都市まで高齢者はでていけないので、田舎にもある普通の銀行や郵便局で配偶者共同名義の預金があると助かるはず。

(2)空き家の公益信託(一定期間、市町村に信託、市町村は自由に空き家を使用、一定期間後に子孫に返す)はアメリカでは相続税の特例もあり盛ん。日本ではできない。
 できない理由として、信託法の問題と相続税の問題が指摘され、なんで制度改正がされないか、わからないと著者は記述している。(p138)

 まず、公益信託の税制特例は、いろんな角度から関係省庁が要望しているが、政治的応援団がつかないため、ことごとく財務省にはねつけられてる。空き家の公益信託の分野は所管省庁もはっきりしないから、ちゃんとした要望すら財務省にしてないと思う。
 ここは、政治力もある住宅局にがんばってほしいところ。
 税制の問題が片付いたら、信託法を所管している法務省も改正すると思うし、法務省がいやがったら、住宅局が高齢者居住法かなんかで、信託法の特例を書いてしまえばいいと思う。

(3) 任意後見人は、公正証書、登記、効力発行には家庭裁判所の認可まで必要なのに、法定後見人制度と異なり、クーリングオフすらできないのは、米国の持続的代理権と大違い。

 もっと後見人制度は、高齢社会で認知症の患者が増えるので、簡単に使えるようにすべき。詳細はよくわからないが、法務省の民事局の役人の共感性不足の問題か?

 その他、医療過誤に対するリスクを簡単に医者に負わせた結果、訴訟を恐れて医者が長時間の患者家族に説明をし、同意書を大量に署名させるのも、本来の筋ではないとの指摘ももっとも。これは法律というよりも、実態の仕組みとして、まず、患者本人の意思確認や第三者のアドバイスなどをきちんとして、患者家族が納得できる対応を、医者以外の第三者が行うような仕組みが必要な気がする。

 自分の経験からいっても、肉親が倒れたときに、次から次へと判断の難しい書類に署名させられるのは、素人である子どもには苦痛だし、心底納得していないので、トラブル防止にもならない。
 しかし、その対応を全部、多忙な医師に押しつけているのも無理があると思う。医療業界全体の問題として考えないと、医療過誤の訴訟は減らないし、医師への過大な負担は減らないと思う。 
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