革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年01月

『地球の履歴書』を読んで、46億年という悠久の歴史を勉強する。

地球の履歴書 (新潮選書)
大河内 直彦
新潮社
2015-09-25

 地球物理学者?による地球に起きた様々な変動についてのエッセイ。

 長い地球の歴史を学んで自分を少し客観的にみるようにしたい。

(1)九州の南の海面にある鬼界カルデラの最近の巨大噴火はおよそ7300年前起き、当時の海岸沿いの縄文集落は全滅した。この鬼界カルデラからでた火山灰が積もった地層の上下で縄文土器の模様と形態が大きく異なっており、縄文文化自体にも大きな影響を与えた。(p76)

(2)今からおよそ600万年前、地中海は干上がり大量の塩が現れた。これは地質学者が「メッシニアン塩分危機」と呼んでいる現象で、地中海を1キロほど掘ると、どこでも厚い塩の層がでてくることから確認される。これはおよそ533億万年に地殻変動で再度ジブラルタル海峡が開くまで続いた。(p170)

(3)45億3000万年前、テイアという火星ほどの惑星が地球に衝突し、それによって生じた多数のかけらが集まって月ができた。できあがった月はわずか2万キロのところに浮いていた。(現在は38万キロ)今の20倍近くの大きさに月は見えていた。(p15)

 なんとも壮大で超長期の歴史。地球史も随分具体的にわかってきている。

 人間の一生なんかほんと一瞬だな。

  

濱田政則監修『耐津波学』を読んで、住民の視点がないなど、あまりにも土木技術に偏った内容に愕然とする。


 役所の図書館で借りてきた。

 副題が「津波に強い社会を創る」と書いてあり、まえがきには、「東日本大震災は防災分野の科学技術に対する国民の信頼を著しく低下させた」で始まり、総合的な津波対策は、「ハード対策」「ソフト対策」「まちづくり」が基本と書いてある。(p5)

 期待して読み出したが、内容が愕然とするもの。

 第一に、内容が偏っている。土木工学者が関心のある土木施設の設計技術、津波予測や避難シミュレーション、防災情報もいわゆる緊急地震速報などハードに基づいた伝達システムの紹介。あと、都市計画でも極めて限定した分野。これが耐津波学の総合的対策としてあげられる分野だろうか。

 避難活動の問題、防災教育の問題、などもっと総合的な論説をまず並べるべきだろう。

 第二に、一番憤ったのは、防潮堤などの設計の議論で住民の視点がまったくないこと。p49で、津波構造物の設計で、最大クラスの津波を設計したあとで、フロー図が防潮堤の設計の流れと復興計画や地域防災計画の流れが全く別のものとして流れているが、これがまさに、東日本大震災で生じた様々な問題の元凶ではないのか。
 確率論と一定の仮定で設定された津波高さ、その意味でかなり幅が本来あるものにもかかわらず、それを頑迷に守り、住民の意向や守るべき財産の価値を考えずに防潮堤の高さを設計したために、大変な地元との軋轢を生じたことについての、一片の記述や反省のきざしさえないのは、一体どうなっているのか。

 第三のまちづくりの章も問題が多い。
 最初に小生も都市局にいたときに委員会に参加していたが、市街地の復興パターン調査については、そもそもパターンをつくろうすること自体に当時委員から厳しい意見がでていたはず。
 直轄調査を財務省に説明するためにパターンをつくるように説明しただけで、実際は地元市町村の復興計画策定支援なのに、なぜか財務説明のパターン調査というものを引きずったのは、何故なのか。内部にいた人間としてもほとんど理解できないし、今の時点でそれを紹介するセンスもまったく理解できない。
 また、当時発表した浸水深2m以下だと建物全壊割合が減少するというデータも、当時、家田先生が誤解を招かないように注意すべきといったのに、技術的な検証もないまま、一歩きしてしまった。
 結果として、浸水深をどこまで許容するかについて、現実にばらついた設定になったことについてどう考えているのか。
 また、都市計画について、もっと記述すべきことがある。
 市町村総合計画が地方自治法の根拠がなくなった今、マスタープランとして法律に唯一位置づけられているのは市町村マスタープランである。その市町村マスタープランについて、復興計画の際にほとんど人口推計を無視して過大な、もしくは人口推計すら計画に示さずに、復興計画が策定されたことについて、なんらの言及がないのはなぜか。
 防災都市計画のマスタープランで触れるべきことはまさに人口フレーム、土地利用フレームをどう過大にしないように設定するかであり、コンパクトシティなんか二の次の話だろう。(p43)

 さらに、都市計画法では防潮堤は都市施設に位置づけられ、防潮堤と土地利用計画、土地区画整理事業などの市街地開発事業との調整を図る仕組みになっているが、第二に述べたとおり、都市計画法が防潮堤と土地利用計画との相互調整や住民の意見反映に全く機能しなかったことについて、問題意識がなかったのはなぜか。

 今後の防災都市計画という節があるが、とても防災都市計画というべき、広く、そしてつっこんだ内容になっているとは言えない。

 関心のある方は是非、拙著『政策課題別都市計画制度徹底活用法』(ぎょうせい)をご一覧いたいだきたい。

 東日本大震災5年目で、きちんと復興計画を検証して、次ぎの南海トラフ巨大地震に備える必要があるのに、この程度の技術者の認識でいいのだろうか。

 防災技術者には是非、上述の二つの本を読みくらべてもらいたい。

『分断社会を終わらせる』を読んで、だれでも受益者にという志はいいが、制度設計の実現可能性は不明。


 役所の本屋でタイトルで購入。

 日本人が低所得者と中高所得者、若者と高齢者、正規と非正規となど意識が分断されているが、その
分断をつくろうためには、社会保障制度が、広く国民全体を受益者にして、支え合いとリスク分散という観点からの政策に転換すべきとの主張。

 その前段として、通常常識とされている議論について、様々な反論をしている。

 例えば、大きい政府は、経済成長のマイナスになるかどうかははっきりしないことを各国比較から分析している。しかし、経営学の常識からいって、純粋政府は付加価値を生まないし、国営企業など政府系企業がイノベーションを生まないのは、中国経済の現状からいっても明らか。
 単に、大きな政府であるスウェーデンだってノキアがあるというだけであって、大きな政府が民間企業による経済成長の阻害要因にならないという議論には全くついていけない。

 また、国債発行が国民からみて資産でもあるという議論も言い尽くされた議論だが、将来世代の予算編成時に大量の国債償還費用を計上しなければならず、将来世代の政策判断をその民主的参加もなく圧迫していることは明白。また、外国企業保有株の割合もあがってきていて、この議論も了解できない。

 政策提案の具体的内容もはっきりしない。

 保育所や病院、学校などの料金をさげ、最終的に無料にするということが提案されている。北欧諸国などはそう。しかし、その代わりに高い国民負担が求められているし、北欧ではかかりつけ医が風邪には薬をださないとか、延命治療は一切しないので、国民の寿命は70歳代という現実もある。
 今の日本で料金を無料にすれば、入居待ち、診断待ちで大渋滞を起こす。社会システム、国民意識及び施設供給から全部作り直さないと現物供給の低廉化や無償化はできない。

 また、日本国民の税負担に対する抵抗には、受益と負担との関係が不明確という指摘はそのとおり。
 しかし、受益と負担を明確化するというのは、地域共同体で料金で地域の病院とかインフラを支えるといった、地域の管理ビジネスに通じるのであって、低所得など社会的弱者への支援という制度設計に活用するのは難しい。
 例えば、みんなで将来のリスクを分散するための保険制度でも、結局、国民保険部分には税金を投入しなければいけなくなっている。この部分の税金は実際には、厚生年金部分の人が多く払っているはずなので、受益と負担の関係は壊れている。

 しかし、社会システムの安定と同胞意識という国民国家の共通意識に基づいて、税金で再配分を行うシステムができている。この再配分は一定の所得以上の人には直接お金をもらえる可能性はないが、社会の安定と同胞意識から当然支払うべきとの意識が高いと思う。
 だだし、ちゃんとマイナンバーとかで金融資産とかひもづけて、実は自分たちより金持ちの人にはらうことはやめてほしいというのも普通の国民意識だろう。
 その意味で、再配分については、みんなが受益者という議論ではなくても、税金をきちんとした用途とちゃんとした対象者に支払うという当たり前の議論になると思う。
 
 この議論まで、この本が否定しているように読めるが、それは議論に無理がある。

 その上で、できるだけ、地域共同体、企業共同体(やや古くさいが)など、共同体意識をもって、助け合いとリスク分散、いわば、共済、保険、地域ビジネスといった仕組みで再構築できる部分は再構築すればいいと思う。

 高知県の土佐町石原地区の農業のガソリンスタンドを地域の合同会社が買い取る事例を紹介しているが(p222)、これこそ地域の共助のモデル。決して、社会的弱者の「再配分」の議論ではない。

 社会的弱者については、再配分モデルできちんと人間として最低限の生活ができるように支えることと、それ異常の所得や資産のある人はできるだけ、地域や企業など共同体組織で支え合う仕組みを作り上げていくということは両立すると思う。
 すべての受益者にという発想はこの後者に該当するし、「すべてを受益者に」なんて新しい言葉で言わなくても、地域やみんなでの助け合いの仕組みを構築する、それも料金や負担をはらってみんなで受益をするという仕組みといえばいいだけだと思う。

 発想の志はいいけど、再配分の議論、社会的弱者を共済や保険、地域共同体の支え合いと同じ議論で整理しようとすることには違和感と異論がある。 

『未来予測を嗤え』を読んで、数学者とプログラマーの視点はかなり異色。

未来予測を嗤え! 角川oneテーマ21
神永 正博
KADOKAWA / 角川書店
2014-12-10

 プログラマーでありブロガーでもある小飼さんのブログで見つけて購入。

 神永さんが数学者。数学者って、昔は岡潔先生とかいたけど、最近はあんまりアルトリーチ本はみかけない。

 対談本だが、おもしろい指摘多し。数学者の発想は特におもしろい。

(1)神永:カオスの話でいえば、未来がわからないのは事実ですが、確率的な予測は可能です。(位置No124)

(2)神永:予測できない現象について価値を最大化したいなら、手堅い商売をsつつ、確率は低いけど大当たりするかもしれないポジティブな結果をもたらすブラックスワンにも掛け金を積むこと。(位置No146)

(3)神永:統計データを使った場合、数学的な操作で結論をだしているようにみえても、そこには必ず分析者による解釈が入っています。(位置No245)

(4)神永:グーグル、アマゾンなどの勝ち組の企業は圧倒的に勝つでしょう。逆にそういう巨大企業が相手にしない小規模なビジネスは生き残るはずです。(位置No805)


 参考文献『ウソを見破る統計学』 、『錯覚の科学』、『子どもの貧困』

ギデンズ『揺れる大欧州』を読んで、ギデンズのようにプラグマテックにEUを修正できるかが鍵?


 ロンドンのLSEの学長もしていた、イギリスの社会学者ギデンズの本。

 EUは2000年代になってから、ギリシャを中心とした財政破綻問題、移民受け入れ問題などで揺れている。特に、経済的にはドイツ一人勝ちになって、これに反発するイギリスなどでは、EUの加入の是非を問う国民投票も予定されている。

 この本は、イギリス人の立場から、プラグマティックにEUがどうして維持できるかどうかを論じている。

 例えば,ギリシャ問題も、ドイツがユーロ安から輸出を伸ばしてることでドイツもメリットがあること、原発問題についても、たぶん、独自核をもつフランスやイギリスの立場も尊重して、 しぶしぶながら認める(p185)とか、よくいえば、柔軟でプラグマティックな意見をだして、欧州のまとまりを維持しようとしている。

 その一方で、EUの支持率が急激に各国で低下し、イギリスでは不支持が多くなっている。(p47)

 そもそも国民国家でさえ、「想像の共同体」であり、 EUのような人工の仕組みは、定着して時間がたち、ともに同胞意識がでてこないと維持できない。ヨーロッパの同胞意識も30年戦争ののちの、ウェストファリア条約で新教、旧教相互の寛容性の意識が生まれてからのことで、わずか300年ぐらいのもの。

 それまでEUが持つだろうか。

 一番のきがかりは、ドイツ国民やドイツ政府がプラグマティックではなく理念的なところ。筋は通っているけど、内部矛盾が吹き出したときに、システムを少しずつ変えながら続けていくという、理屈はないけど、歴史的にみれば成功する確率の高い、漸進主義って、ドイツは結構不得意だと思う。

 そもそも、現状では、金融政策だけ統一して、財政政策はばらならというゆがんだシステムだから、ギリシャのような、財政をばんばん赤字にしても貨幣価値はさがらないので、フリーライダーが生まれる仕組み。
 理屈からいえば、じゃあ、財政政策も統一しようという話になるが、それは各国ともドイツに全部仕切られることになってたまらない。だから、各国のフリーライダーを防ぐような、絆創膏貼り策を繰り返していくしかない。

 そういうかっこうわるい政策をドイツが耐えられなくなれば、EUはもともとの独仏不戦条約にもどるのかもしれない。NATOだけ残して。

 ギデンズの力説を読んでも、あんまりEUの明るい未来は描きにくい。それが日本にとって不幸かどうかはよくわからないけど。 
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