革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年03月

『最新新幹線事情』を読んで、採算がとれない路線が建設され続ける仕組みを考える。


 役所の本屋で購入。

 北海道新幹線が函館北斗駅までつながって盛大に式典とかやっていると同時に、最初から年間48億円の赤字とかJR北海道が発表していたり、新函館空港のLCCが値段を下げないとかいっているので、こりゃ、赤字を垂れ流す路線になりそうだなと思って、新幹線の勉強をしてみた。

 なるほどなと思った点。

(1)新幹線の父、十河信二氏は、新幹線は、東海道と山陽の広島まで、それ以上つくったら大変なことになる、と発言していたこと。(p43)

(2)今の整備新幹線は、国と地方公共団体が整備を負担し、JRは貸付料を30年間支払う。また、赤字になる在来線をJRから切り離して良いこととしている。(p66)

(3)北海道新幹線は青函トンネルをJR貨物と共用しているため、140kmしか速度がだせず、時間短縮効果が乏しい。その一方で、石北線維持のためのJR貨物で北見市はタマネギなどを出荷している。(本当は船舶の方が運賃や安い)(p139)

(4)九州新幹線の西九州ルートは整備負担の3分の1を負担する佐賀県がフル規格の整備を拒否した。(p159)

(5)中央新幹線は、同じJR東海の東海道新幹線の客が移動するだけで、JR東海の収益改善に役立つのか疑問だという声が多い。(p169)

(6)鉄道・運輸機構は、Jr社から毎年徴収している譲渡代金のうち、724億3100万円を事業資金として建設勘定に繰り入れている。これが事実上建設費にあたるとしたら、本来JR3社が新幹線を購入した資金は国鉄の長期債務にあてるべきで、本来の目的と違う使途にあてられているのではないか。(p252)

 本来、鉄道大好きな著者の本だが、いろんな論点が垣間見られる。引き続き要勉強。

 

『過疎地域の戦略』を読んで、鳥取県での具体の取り組みは都市政策の参考に非常になる、有益。

過疎地域の戦略: 新たな地域社会づくりの仕組みと技術
鳥取大学過疎プロジェクト
学芸出版社
2012-11-01

 役所の図書館で借りてきた。非常に有意義な本なので座右の著とするため、アマゾンでも購入した。

 過疎の進んだ鳥取県での各地域の生き残りのための戦略は、変に過大で楽観的な予想をしたり、補助金に頼ったりするのではなく、貧しい財政の中でどうやって地域の自立を続けていくかという真剣なもの。

 都市政策の立案に非常に参考になる。

 以下、優れている取り組みと感じたものを列記。

(1)境港市では、末端の市道については、一定の予算を自治会等の住民組織(小学校区単位の組織)に与え、どの道路を維持管理するか決定権を住民にゆだねている。(p205)

 自分で決めれば、管理をやめても納得感が住民にでるよね。

(2)遠隔地医療について「対面診療」の解釈が見直され1997年12月24日の通達、2011年3月31日の健康政策局長通達で、慢性病など一定の条件で認められたこと。それをうけて、日野町の日野病院で実験。(p149)

 投薬がどうなっているのかな?投薬まで宅急便でやれれば、団塊の世代はスカイプとか使えるから、もっと
大規模にできそう。しかし、この手のことを通達で済ませるのも厚生労働省らしいやり方だな。

(3)八頭町では、空き家をケア付き共同住宅として5人程度が居住して、従来の人間関係を生かしたままで、かつ、訪問系のサービスのコストダウンをはかっている。鳥取県も地域コミュニティホームとして1件あたり1200万円の補助をしている。(p100)

 この仕組みは福祉サービスの枠外と記述しているが、この手の共同住宅は都心ではたくさんあって、普通の介護保険でやったいるけど、それではだめなのかな?

(4)生活排水処理については、統合して合理化できる部分と、切り離して合併浄化槽にする部分があることが、コスト計算で明らかになったこと。(p86)また、合併浄化槽の汚泥処理を下水処理施設でできないかを提案している点。(p87)

 下水道や水道なども規模の利益が働く範囲は統合していけばいいし、むしろ分離して、地域での井戸による簡易水道や合併浄化槽にした方が安上がりなら、そちらで対応すればいいと思う。 

『無理の構造』を読んで、組織論の核心をついているけど、あんまり救いがないな。


 なんで購入したか失念。

 あんまり緻密な議論ではないが、物理原則のように、人間の組織にも原則がいくつかあって、それに無理に逆らおうとすると不満もでるし、理不尽だと思う。しかし、それは人間の組織原則に気がつかない自分たちの頭が理不尽だと気づこうという話。

 例えば、革新的で理想を求める人は組織のトップの1割、残りの9割は保守的で変化を考えない。そして、組織が大きくなり、成熟するほど、小さな組織のときのように、理想を求めて改革しようとしても改革できない。それをしたければ、大きな組織の外にでるしかない。(p70)

 組織はエントロピーの法則のように劣化する。社員は没個性化し、判断は独裁から民主化し、初めは少なかったルールがやたらと多くなる(性悪説化)。これを不満に思ったら、古い組織から飛び出して別のものを新しく立ち上げるしかない。(p58) 

 公平の基準は人ひとりひとり違う。結果として評価は不公平になる。しかし、不公平になるからといって努力をしないのではなくて、「努力しないときの自分」と比較してより進歩するよう努力をする。他人と比較するのは無意味。(p12)

 リスクをとるプレーヤーは仕事を進めるために妥協もいる。それをリスクをとらない観客は批判する。この批判は後出しじゃけんだから必ず勝つ。しかしそんな批判は不毛。観客の立場とプレーヤーの立場の構図をわきまえて始めて建設的な批判ができる。(p116)

 「見えている人」(自分の価値観や見方に閉じこもっている人)と「見えていない人」が世の中にはいて、見えていない人は何を批判されてもわからない。批判するだけ無駄。むしろ、自分が見えていない人になっていないかを考えるべき。( p128)

 わかりやすく書かれている短い本で、自分の悪戦苦闘の状況を反省する意味がある。

 ただし、血液型による性格分析がウソのように、あるある、そういうこと、という感想だけで信じ込むのもやや問題があるような気がする。きっといろんな知識を著者は整理しているはずなので、もう少し関係の本を読み込む必要はあるな。 

『マーケット進化論』を読んで、これは進化論とは関係なく、日本の「いち」「いちば」「マーケット」のわかりやすい歴史本。


 HONZの推薦。

 経済学者がわかりやすく日本の「いち」「いちば」「マーケット」の歴史を紹介している。

 まず、基本的知識。

 マクミランによる市場が機能する5要件。ア 情報が円滑に流通していること、イ 人々が約束を守ると信頼できること、ウ 財産権が保護されていること、エ 第三者への副作用(騒音とか乱獲など)が押さえられていること、オ 競争が促進されていること。(p19)

 なんか、エは市場の外のメカニズムのような気がするな?

 面白い論点。

(1)鎌倉、室町までは、(たぶんイの信頼性の確保のため)、寺、神社という宗教的権威をもって市が運営されていたこと。(p42)

(2)戦国時代になると、まず定期市のルールを定める戦国大名による「市場法」が多数発出されたこと。さらに、既存業者の既得権を廃して、だれでも商売が安全にできるようにする観点から、各所で楽市楽座が設定されたこと。これは一種の「特区」。(p56)

(3)江戸時代は株仲間という業種ごとの団体を通じて業者を統制して市場を機能させようとしたこと。(p85)

(4)関東大震災の国富被害総額は55億638万円で前年GNPの35.4%。この復興は物的資産の普及により長期的には日本経済にプラスとなった。(p141)ただし、震災手形は、1927年の昭和金融恐慌の引き金になった。(p145)東電の前身の東京電灯は、東京以外にも多くの資産を有していたため、関東大震災を比較的軽微な被害で乗り越え、その後もM&Aを繰り返して発展した。(p148)

(5)高橋是清財政の景気回復の要因は、ア 金本位制離脱による為替ショック、イ 技術進歩(発電が水力から電力に代わり、製造業の電化が進んだこと)、ウ コーポレートガバナンスが機能していたこと(配当の低水準の企業ほど経営者交替が進んだこと)(p170)

 ちょっと意外と思える情報もあり、有意義な本。 

『文化進化論』を読んで、進化生物学で使われている系統処理の統計モデルを言語学や考古学に当てはめるのは成功しているみたい。

文化進化論:ダーウィン進化論は文化を説明できるか
アレックス・メスーディ
エヌティティ出版
2016-02-08

 HONZの推薦。

 いろいろ、なるほどと思う点多し。

 第一に、スペンサーの社会進化論のような単線的に未開から先進に進化するという議論ではないこと注意。

 そもそもダーウィンの進化論は、単線的ではなく、樹形図的、系統図的であり、かつ、進化は進歩ではなく、進化には価値観は含んでいない。この点はこの本はきちんと注意して分析している。(p66)

 第二に、ダーウィンの進化論は、三つの条件、個体の変異が存在すること、生き残るための競争があること、生き残りやすい個体は自らの形質を子孫に伝えやすいこと(遺伝)が前提である。
 さらに、ネオ・ダーウィニズムは、追加の三つの条件、遺伝は遺伝子でおきる(ゼロか一の原則を含む)、遺伝は非ラマルク的(経験は遺伝しない)、変異は自然選択に対して無目的。(p69)

 著者の結論は文化進化は、ネオ・ダーウィニズムの条件は満たさないものの、ダーウィンの進化論の条件は満たすと指摘している。確かに、文化はゼロか一でない連続的な変化をするし、経験は次世代に伝わるから、納得感あり。

 第三に、著者の文化進化論の主張のうち、考古学での各種の石器の特徴、言語学での各種言語の変化の具合、昔からの写本の異本の状況などを、生物の系統学で使う、統計分析手法で、樹形図にしたところの主張は非常に説得力がある。(第4章、第5章)

 だいたい、考古学者や言語学者の主張と一緒の結論だが、一定の規則に基づいて統計的に処理すると、意外な近接する石器のグループとか写本とかが明確になるというのは、科学的分析にまさる生物進化学の威力だなと思う。

 第四に、ヨーロッパの帝国の盛衰を生物の細胞分裂のモデル(人口増加と資源、生息環境の限界+集団の結束力)で、波打つ曲線として説明する試み(p190)は、読んでみた限りあまり説得力がないように思う。

 しかし、全体としては、生物進化学の特に、数学、統計モデルを使った推計は、かなりの社会科学、人文科学が扱っている分野について適用可能性がありそう。これは、学者には脅威かもしれないが、役人にとっては、より明確な政策効果の把握とかできそうなので、喜ばしいこと。

 しかし、やっぱり数学と統計ができないと、これからの社会科学もやっていけないね。 
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