革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年04月

『人が集まる建築』を読んで、幼児や子どもの遊びの環境づくりのための建築は費用対効果が悪くないか?


 役所の本屋の平積みから購入。

 仙田先生の本は、30年くらい前にある県の都市計画課長時代に、『あそび環境のデザイン』という本を読んで、幼児教育施設や公園設計に参考になるなと思って、 今でも自分の本箱に入っている。

 久しぶりに仙田先生の本を読むと、自分が担当していた尼崎の森公園のPFI事業にもかかわってきたことを知る。

 子どもや幼児の養育環境や教育環境に現世代が特別の配慮をすべきことは当然。

 しかし、これからやることは、スポーツ施設や保育園、遊びの施設、図書館などの建築物をつくることでは、あまりに費用対効果が悪すぎると思う。建築物をつくるとなれば、最低でも10億円単位、ちょっと大きければ100億円単位のお金がいる。

 それを仮に税金でまかなうのであれば、それと同等の効果を、人やサービスに投じれば、100万円単位でずっと高い水準のサービスが提供できるはず。

 その意味で、収支を自分で確保できる施設以外で、税金をつかって行う政策は、既存の建築物や空間、広場、公園などを使って、人にお金を支払う、サービスを提供する民間事業者に対して助成をするという方向に転換するしかないと思う。

 仙田先生の本を読んでも、最近は、中国のプロジェクトもでてきているが、仙田先生が経験したような、運動施設とかスポーツ施設、水族館、ドーム、図書館など、県や市町村が発注者の仕事は、今後ほとんど、案件がでてこないと思う。また、その方がぼくは、次世代のためにも望ましいと思う。

 これらの案件は、そもそも建物をつくること自体に意義があるけど、県民、市民のニーズにダイレクトに応えていない。
 これからは、住民のニーズ、介護ニーズ、子どもを預かってもらいたいニーズ、認知症の高齢者を一時的に預かってほしいニーズなどに直接応える政策に方針を転換せざるを得ない。
 その費用対効果の高い政策としては、ものではなく、人、さらにサービスに着目して乏しい予算をつかうようになるはず。

 その動きにきちんと対応できないと、建築家は食べていけないと思う。

 遊環構造に理解のない、財務省の役人の話がでてくる。しかし、厳しい財政事情のなかで、抽象的な遊環構造の意義の説明で予算がとれなかったことは当然だと思う。その構造をとることによって、子どもたちの知識や知能、あるいは安全性が具体的に改善し、それを金銭換算すれば、追加費用にまさる効果になる、それが次世代のつけにならないという説明ができなければ、予算がでない時代になっている。

 それは、それだけ役人というより、国民、住民の目が厳しくなっていることだと思う。

 その点は、仙田先生の建築以外の部分の指摘、都市公園とプレイリーダーの話などが、予算も少なくて、今の経済財政状況にあった話だろう。それを収益施設を公園施設として立地させ、それと同時にプレイリーダーを収益事業者の社員が行うような提案があれば、すぐに市町村職員だってやる気になると思う。

 先生は建築物のライフサイクルコストが大事とはいう。しかし、行政が求めているのは、国民、市民への必要なサービスの提供。
 建築物の新築は一つの選択肢であって、そもそも作らない、リノベーションで対応する、民間企業に公的不動産を貸して、より質の高いサービス提供を安価に行う方法がないか、を全市町村や国でも必死に模索している、そういう危機感との乖離が気になる。

 仙田先生はこのような過去のプロジェクトが、これからの若手建築家に行えるチャンスがあると思っているのだろうか。
 仮にそう思っているのであれば、費用対効果はもとより、収益事業化によって、いかに財政負担を軽減し、もしくは稼ぐ公的不動産化するのか、という視点が全くないのはなぜなのだろうか。

 今の建築家がこれまでどおり、国、県、市の税金や将来世代の借金で、建築物を作り続けられると考えているとしたら、相当な時代錯誤的時代認識だと思う。 

『超ヤバイ経済学』を読んで、前作同様、面白い。行動経済学の実験室内の結果が信用できないとの指摘は刺激的。

超ヤバい経済学
スティーヴン・D・レヴィット
東洋経済新報社
2010-09-23

 前作の「ヤバイ経済学」はアメリカでもヒットになったが、小生のまわりの後輩たちでも話題になっていた。一番衝撃的だったのは、相撲の八百長が問題にある前から、7/7で千秋楽の力士は不自然に勝つ確率が高いことから、星を譲っていることを統計的に説明した内容に衝撃を受けた記憶がある。

 後で抜き書きもするが、いくつか衝撃的な事実。

(1)テロリストを絞り込む手法として、銀行口座の出し入れの仕方や生命保険に入っていないこと(日本だと預金の時に生命保険の有無は記載しないが)、あといくつかの秘密の要件で、イギリスでは30人中5人がテロリストまで絞り込めたこと。このアルゴリズムのもとは、銀行が支払いをしない、要注意口座をリストアップする作業からうまれたこと。

(2)米国では、子どもの犯罪率にテレビの普及の影響があること。逆に、インドでは、女の子どもの出産時での殺害の抑制に効果があること。これらはいずれも、偶然、テレビの普及の時間的なずれが生じたことをつかまえて、比較研究してその影響を分析したもの。社会科学は二重盲検法は実験的にはできないが、にたような条件が自然と生まれた場合を見つけると、一定の効果の有無が統計的に分析できる。

(3)自動車事故へのチャイルドシートと普通のシートベルト(特に3,4歳以降)や、地球温暖化への対策など、費用対効果を考えると、政治的には費用がかかる政策がとられる傾向があること。安上がりな対策ととりあげられにくいこと。

 地球温暖化は世界規模の課題で、コストのかかる対策は、先進国と中進国、後進国との間の政治問題となり解決が事実上困難だが、やすあがりの方策が有効であれば、まずこれを試すという可能性もあると思う。

 その他、抜き書き。

(1)人はインセンティヴ(誘因)に反応する。ただし、思ったとおりの反応ではなかったり、一目でわかるような反応ではなかったりもする。だから、意図せざる結果の法則は宇宙で一番強力な法則の一つである。(位置No31)

(2)一般的に言って、「テロリスト5は、中流から高所得の家庭の出身で、いい教育を受けている傾向がある」とクルーガーは述べている。いくつか例外─ ─ アイルランド共和軍や、たぶんスリランカのタミルの虎(証拠が十分ではないから)やなんか─ ─ はあるけれど、この傾向は、ラテンアメリカのテロリスト・グループからアメリカで9・11 の攻撃を仕掛けたアルカイダのメンバーまで、世界中どこへ行っても見られる。(位置No1436)

(3)すばらしいお医者さんはランキングの高い大学の医学部に通い、一流病院で研修医を務めている。経験をたくさん積んでいるのも重要だ。職歴 10 年分で、一流病院で研修医をしていたのと同じだけの効果がある。 ああ、そうそう、 ER のお医者さんは女の人のほうがいい。頭のいい女の人たちが先生にならずに医学部に行ってしまい、アメリカの生徒たちにとっては残念だったけど、ぼくたちの分析を見る限りでは、そういう女の人たちは同じ道を進んだ男の人たちよりも、人の命を繫ぐのに少し優れた実績を出している。これは知っておいていい。(位置No1809)

(4)テレビを導入すると街の犯罪発生率に大きな影響があるんだろうか? 答えはどうやら yes みたいだ。実際、 15 歳までの若者たちがテレビに接している期間が 1 年増えると、彼らがその後起こす窃盗犯罪の逮捕件数が 4%、暴力犯罪の逮捕件数が 2%増える。(位置No2274)

(5)経済学者の言葉を借りれば、ほとんどの寄付は不純な思いやり、あるいはちょっとした満足感のための思いやりだ。助けたいから寄付をするというだけでなくて、見栄えがいいからとかいい気分になれるとか、ひょっとすると居心地の悪さが減るからとかで寄付するのだ。(位置No2683)

 以上のコメントは、実験室内で20ドルを二人で分ける実験で、1セントでも与えれば合理的な選択なのに、平均6ドルも与えるということで「おもいやりの実験」といわれるものが、実験室外で、かつ、だれもみてないという条件では、ちゃんと全とりしてしまうという反証実験をしたコトを受けてのもの。

(6)意図せざる結果の法則は存在する中で一番強力な法則の一つだ。たとえば政府は一番か弱い立場にあるものを保護するための法律を作ることがある。でも、そういう法律がその一番か弱い立場にあるものたちを苦しめることになったりする。(位置No2942)

(7)ミアヴォルドは言う。彼が例として挙げたのは太陽光発電だ。「太陽電池の何が問題かっていうと、黒いことなんだ。太陽の光を吸収しないといけないからね。でも電気に変わるのはたった12%で、残りは熱として再放射されて─ ─ 地球の温暖化の一端を担うんだよ」。(位置No3918)

(8)ヘリウムを詰めた頑丈な風船を 100 ヤードから 300 ヤードぐらいの間隔でホースに繫ぐ(「真珠の数珠繫ぎ」、 IV ではそう呼んでいる)。風船の直径は地上近くのが小さくて 25 フィート、てっぺん近くのが大きくて 100 フィートだ。 液化した亜硫酸ガスを 100 ヤードごとに取り付けたポンプで空へ送る。これもそれぞれ 45 ポンドと軽めに作る。(位置No4046)

 これが安上がりな地球温暖化対策の例。ちなみアメリカをおそうハリケーンの発生を抑制するための安上がりな対策も提案されている。これの技術的な正当性もさることながら、そもそもこれらの対策の適否が議論されないという政策判断の基層を考えるべきだと思う。 

『公共空間としての都市』を読んで、都市計画関係の論考が多く、内容は納得できるが、刺激が少ない。


 岩波講座の3冊目。今回はほとんどが都市計画関係の先生。

 納得感はあるが、既視感もある。

(1)都市空間の居住、経済、統治の三原理の間には螺旋状に進展する相互掣肘関係とでもいうべき力学が存在する。(p15)

(2)最近のヨーロッパ各国でライジング・ボード(自動昇降ボラード)と呼ばれる、地区住民等のいわゆる特別あつかいをより明確にかつ確実に行う仕掛けが急速に拡がりをみせている。(p69)

 警察との協議を避けるためには、道路法の道路と都市公園の兼用工作物にすれば、ボラードやそれに伴う通行の料金収受も簡単にできそう。

(3)東京では、公園経営の方策を営繕会議所にはかり、浅草公園に公園経営地を設け、その地代を府下の公園経営に充当させた。寺社の犠牲の上に成立していた公園経営は戦後の政教分離政策により破綻し、浅草公園はすべて社寺地、民有地となり、今日に至っている。(p93) 

 寺社の犠牲だったのか。むしろ、公園部分を取得して寺社が現状では大きな収益をあげているとも見えるが?

(4)アレキサンダーの「都市はツリーではない」によって、従来の単純なヒエラルキーでは都市構造をとらえられず、複雑な要素の相互関係を明らかにしたことは、磯崎新の「プロセスプランニング」と共通認識にある。((p129) 

 ここで、磯崎先生との対比がでるのはちょっと意外?
 

『都市のアメニティとエコロジー』を読んで、脱自動車化は人口減少社会で再検証が必要か?


 連日の岩波講座で、都市計画、都市政策の復習中。

 10年程前の本なので、もう実現したものもあれば、再検証が必要なものもあると思う。

(1)室崎先生:地域防災計画は文字通り役立つものにすべき。計画書づくりをコンサルタントまかせにせず、自治体が地域住民とともにつくるべきである。(p123)

 2013年の災害対策基本法の一部改正で、地域住民や事業者が提案する地区防災計画をつくったのも室崎先生の問題意識から。

(2)植田和弘先生:環境的持続可能性、経済的持続可能性、社会的持続可能性という要件を満たす都市がサステイナブル・シティである。(p186)

 個人的には、経済的持続可能性が一番に追求すべき。都市の経済的な自立と都市財政の自立がないと、社会的弱者対策を行うことも、環境対策への誘導措置もできない。今は、貧すれば鈍するの瀬戸際に都市経済、都市財政がきている。そうなると、きれいごとは全部吹っ飛んでしまう。
 その根っこの経済的持続可能性をどう地域の住民や地域企業を元気にして実現するかが胆なのではないか。

(3) 北村隆一先生:集積は都市を固定する特性の一つである。都市の交通需要は必然的に高密度である。一方、自動車は高密度、大量輸送には適さない。都市と自動車とは相性があわないのである。(p71)

 これは、一般論としては正しいが、実際の都市は市というレベルでも人口3万から370万の横浜市まである。すくなくとも、県庁所在市レベルでは現状でも自動車中心社会になっており、これを前提にどう今後の交通システムを持続可能なものにするかが課題。

 考慮しなけばいけないと思う点

 第一は、人口減少社会で特に、通勤人口、通学人口が減少してきて、近畿圏では既に定期利用者が減ってきている。このような現状を踏まえた時に、新しい軌道系の公共交通機関を考えるべきか。

 第二に、軌道系は、ルートを柔軟に変更できない。しかし、都市の人口配置は、5年、10年でみると、ランダムに人口が減少したり、高齢化が進みつつ支援する住民がいない地区が発生する。それに対して、バス交通やデマンド系に対して、柔軟に対応できない課題がある。

 第三には、地下鉄は政令市ではほぼ整備が終わり、赤字に苦しんでいるが、路面電車も古いままで運営しているごく一部の市を除き、経常赤字に苦しんでいる。いろいろきれい事をいっても、結局、都市財政上のお荷物を次世代に対してつくることにならないかの検証が必要。

 第四は、バスはデマンドタクシーを含めて公共交通機関のあり方は、道路を使った自動車の自動運転技術がどの程度実用化するかを見極める必要がある。実用化すれば、公共交通と自動車との区別はなくなってくる。

 以上、2004年の時点とはだいぶ交通技術や交通事情が変わってきているので、備忘録としてメモ。 

『都市とは何か』を読んで、立地適正化制度の制度分析のための都市計画理論の復習になるな。


 岩波講座の「都市の再生を考える」の第一巻。

 都市計画理論の基礎の復習にぴったり。「都市再生」とか言わないで「都市政策」とか言った方が、現時点では学生たちが手にとりやすいかも。

 役所の図書館で埋もれていたが、あまり職員が手に取った形跡なし。

 大事だと思った点の抜き書き。

(1)布野修司先生:ラテン語のキヴィタスはcityの言語。第一義的には自由な市民の共同体を示す。もう一つのウルブスはアーバンの語源。農村に対する都会を意味する。(p39)
 
 この前の三浦展さんのハードとソフトという意味の違いというのよりもこっちの説明の方が説得力あり。

(2)布野:都市計画、town planningという言葉が最初に用いられたのは、オーストリアに渡って活躍した英国生まれの建築家J・サルマンの「都市の配置」(1890)という論文である。(p44)

(3)中谷礼仁先生:広島の復興都市計画の道路計画は、被爆直前の道路計画よりも近世の町割を再現してしまった。(p86)

(4)斉藤純一先生:(アゴラのような)公共性は、共通の世界に対して相異なった立場を占める人々の間に交渉が生じる関係のあり方を指している。(p150)

(5)岡部明子先生:欧州都市史の第一人者L・ベネボロは中世的な都市の定常的な発展を支えた条件として、第一に通りや広場など人間的な公共空間の存在、第二に、宗教的・政治的・経済的など多様な主体が都市を運営していること、第三に市壁に囲まれていること、第四に、変化し続けるダイナミズムを持っていること、をあげている。(p158)

 経済的な観点、物資の流通の結節点と市場(マーケットの存在) という観点がやや弱いか?

(6)岡部先生:欧州委員会は1990年の都市環境緑書で、根源的な都市力をとり戻すために、機能別に都市を分断してきたゾーニング手法を脱し、用途を混在させ密度をあげるコンパクトシティ戦略を提唱。(p159)

 コンパクトシティの前提として用途混在があるのは、大事。この観点と、立地適正化計画の「居住誘導区域」と「都市機能誘導区域」をわけるという発想は、根っこのところで矛盾していると思うのだが。 
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