革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年07月

『さい英文 新時代の台湾へ』を読んで、この女性総統の知的能力は高く、ただものではないと思う。


 日本では報道されなかったが、ワシントンポストでさい英文氏が、南シナ海問題で中国と共闘しない、台湾は国際法と自由航行の原則を尊重する、というインタビュー記事がでて、あれっと思って、さい英文氏が書かれた本を読んでみた。

 ちなみに、さい英文氏が総統に選出するまでの、前回の総統選で敗れてから後の政治活動、下野した時代の地方回りの話が中心。

 政治的な活動の紹介が大部分だが、それは政治キャンペーンだと理解し、その合間にでてくる、さい英文氏の経済への見方や提言を紹介したい。

 これが、少なくとも小生がみる限り、ものすごく優れている、高齢化時代の最先端、グローバル社会の最先端の切り口をちゃんと捉えていると思う。

 例えば、

(1)「私が提言する託児、長期ケア、就業がセットになったケア政策はまさに人びとのニーズに応えるものだ。ケア事業を地域が共同参画する産業とし、地域密着型の在宅ケアおよび組織によるデイケア・夜間ケア、食事宅配、ショートスティ、リハビリ、健康維持増進などハードの整備と経営を行う。また、地元のケアマネージャーやソーシャルワーカー、幼児教育、調理師、保育士などの就業機会を創出することで、地元経済の生産額を拡大し、地元での就業を促進、また、暮らしを改善すうることもできる内需型産業となる。」(p181)

 このような地域をベースにした産業モデルを、互助、地域人材を地域から見つけるという視点をちゃんと踏まえて、提言できるところは、本当の現場の問題を分かっていないと、なかなかできない。

(2)インドの女性起業家を訪ねて、「彼女は理想を持って、都市計画とコミュニティ福祉の概念を融合させ、社会企業コミュニティをつくりだすことに成功していた。彼女の成功はそれほど複雑な過程を経たものではなかった。都市計画の多くは、トップダウンで決定し、政府は優先的に都市の発展について考え、市民の要求を必ずしも取り入れるわけではなかった。しかし、彼女の政府とは正反対で、先に村が求めていることを調査し、人々のニーズから都市再開発の方法を考え出したのだ。(中略)都市は人のために存在している。」(p74)

 日本の政治家でこれだか正確に都市計画を語れる人がいるだろうか?

(3)2015年の総統選挙の立候補表明で「私たちは『天空たちからの招待状』(台湾で人気になった台湾国土を空撮して台湾の自然破壊を指摘した映画)で今の台湾の姿を知り、傷だらけとなった国土を知りました。私たちは、国土の保全や農業の発展が犠牲となっていることを放ってはおけません。進歩的な法規を整備し、積極的に行動することで、人々が安全に生活できるこの土地を守っていきましょう。」(p122)

 これだけ明確な国土政策を語れる日本の政治家はいるだろうか?

(4)「次世代の経済成長の主な原動力は、イノベーション力、研究開発(R&D)、技術力を備えた中小企業だと考えている。中小企業には富の再配分や就業増大の効果がある。一方で、台湾の中小企業は産業高度化とモデルチェンジに努めなければ、より厳しい世界での競争に立ち向かうことができなくなるだろう。」(p159)

 産業政策をこれだけ端的に分析し、そして課題を明確に発言するのは見事。

 さい英文氏は、イギリスのLSEで法学博士もとっていて、学歴も十分ながら、実際に下野した時代に台湾の各地の中小企業や現場を歩いて、さらに、インド、イスラエルなど訪問して着実に経験を増やしている。

 もちろん、選挙前の本だから宣伝部分もあると思うが、小生が読む限り、宣伝くさくない部分でも、きちんとした信念と分析、そして将来展望を示していると思う。

 これは、なかなか普通の政治家にはできないこと。さい英文はこれからも要注目だと思う。 

『今さら聞けない経済教室』を読んで、過去と現状の分析は的確、今後の経済政策はみんなで考えよう。

今さら聞けない経済教室
池田 信夫
東洋経済新報社
2016-04-29

 経済学は大学でも貝塚先生の講義をとったし、役所に入ってからも2ヶ月間みっちり研修所で勉強したから、昨日話題にした経営学よりは、まだ、正統的な理論の枠組みが分かっているつもり。

 経済って、ものすごく多数のプレーヤーが、不確定な将来を対象に、かつ、非合理的な判断も交えて行動するから、短期的に予測することは不可能だと思う。

 ただし、過去起こったことや今起きていることを、マクロデータに基づいて、分析する技術はかなり安定的になってきていて、これをベースにして、個々人が将来への経済政策の適否を判断していくしかないと思う。

 この本は、過去及び現在の経済分析をわかりやすく分析していて、ちまたにある誤解とかをただしているので、有益。

 例えば、

(1)日本での所得格差は、ピケティの欧米の分析のように高所得者の割合は増えていない。その意味で所得格差は大きくなっていない。ただし、グローバルル化で単純労働者の賃金は新興国と同じ水準まで下がってきている問題がある。これは新しい格差。(p80)

(2)今の日本の格差で一番大きいのは世代間格差。現在の高齢者(自分の両親を含む)と、ゼロ歳児では1億円以上の 格差になっている(内閣府推計)。これは増税でなく国債という形で負担がわかりにくくなっているだけ。(p86)

(3)特定の産業に補助金をだすターゲティングポリシーは、80年代の第五世代コンピューターやシグマ計画、2000年代の日の丸検索エンジンなど成功したことはない。政府は成長を促進することはできないが、邪魔をやめることはいくらでもできる。(p102)

(4)日銀は300兆円以上の国債を持っているが、自己資本は5.7兆円。金利があがると膨大な評価損がでて債務超過がでる可能性があり、それは結局、税金で資本注入することになる。(p160)

(5)景気がよくなるとインフレになるのは事実。しかし、インフレになると景気がよくなるというのは錯覚。また、インフレになると売り上げや消費が増えるのも錯覚。(p12)

(6)内部留保は、会計上は利益剰余金。利益剰余金は賃金など費用を払った後の純利益から配当や設備投資を引いたもの。よって内部留保があるから賃金をあげるというのは誤り。ただし、そもそも本来投資を行う主体である企業が設備投資を行わないのは課題であり、その原因は、企業にとって有望な投資機会がないということ。(p123)

 基礎的な経済分析でした。 

『ビジョナリーカンパニー』を読んで、20年前の時点のビジョナリーカンパニーが今見る影もないのをみると、より論点が明確になる。


 自分の知識で弱い経営センスを磨こうと、経営学の本を乱読しているうちに、これは、そもそも経営学の古典的な本を読まないと、うまく、頭が整理できないなと思って、有名なこの本を読んでみた。

 時代を超える生存の法則と副題で書いているが、扱っている企業のうち、既に勢いを失った企業として、ヒューレットパッカード、ソニー、IBM、フォードなどがあり、後知恵で考えると、やや修正が必要な点がある。

 第一に、基本理念を明確にするという点は揺るぎないと思う。ビジョナリー、基本理念を明らかに未来志向であること、そして、それが継続するように、組織の中に埋め込むこと(著者は「時を告げるのではなく、時計をつくる」と表現している)の重要性が明らか。

 例えば、ソニーはそもそも」「日本の復興と技術進歩」という基本理念が、失われたからこそ、技術の会社ではなく、単なる金融会社になってしまったのだろう。

 第二に、社運をかけた大胆な目標設定というところは、現代で通じるか疑問。ボーイングが747開発で失敗したら会社が倒産する危機まで自社を追い込んだが、現在のように世界経済が不透明な時にそんな極端なことをすれば企業が継続できない。むしろ、最近いわれる「リーンスタートアップ」の方が現在企業の生き残り戦略だろう。

 第三に、大量に試して、うまくいったものを残すという戦略は正しいと思う。後知恵であたかもイノベーションを最初から最短距離で目指していたように説明するが、その時点、その時点ではどれがものになるかわからない、だからこそ、いろんなことをたくさん、リーンに試してみて、ものになるものを見つけていく、そういう戦略は今でも十分通用すると思う。

 第四に、生え抜き経営陣の話は、要は後継者づくりをうまくする話。日本でもセブンイレブンの鈴木会長の話題になっているが、後継者を社内であれ、社外であれ、基本理念、組織に埋め込んだ時計を活かすトップをどう育てるかという課題で、そこまで課題設定を一般化すれば、現代でも通用する。

 第五に、これは、この本では記述していないが、社会的に正しいことをする、社会に役立つことをする、というのもビジョナリーカンパニーに重要な要素だと思う。
 具体的には、フィリップスモリスのように公衆衛生局と闘ってタバコを売り続けるのは今では社会的に正しくないと評価されるだろうし、海外の発展途上国でシェアを伸ばすことも社会的に望ましいこととは思えない。
 企業は、すべて社会に貢献する社会的企業であるべきだと思う。そういう理念と、消費者からの正しいこと、良いことをしているとの評判がないと事業の継続性は難しいのではないか。 

 以下、抜き書き。

(1)ビジョナリー・カンパニーとはなんだろうか。ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的な企業であり、業界で卓越した企業、同業他社の間で広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業である。(位置No176)

(2)あとから見れば、じつに先見の明がある計画によるものに違いないと思えても、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」方針の結果であることが多い。この点では、ビジョナリー・カンパニーは、種の進化によく似ている。(位置No410)

(3)ビジョナリー・カンパニーは、自らに勝つことを第一に考えている。これらの企業が成功し、競争に勝っているのは、最終目標を達成しているからというより、「明日にはどうすれば、今日よりうまくやれるか」と厳しく問い続けた結果、自然に成功が生まれてくるからだ。そして、この問いかけを生活の習慣にして、ずっと続けてきた。百五十年以上も続けているケースもある。(位置No321)

(4)一言でいえば、企業として早い時期に成功することと、ビジョナリー・カンパニーとして成功することは、逆相関しているのだ。長距離レースで勝つのはカメであり、ウサギではない。(位置No718)

(5)息子を後継者として育成していたころ、ガルビンは「会社を動かし続ける」ことの重要性を繰り返し教えている。方向はどうであれ、活発に動いているほうが、じっとしているよりはるかによく、いつも目標を決めておくべきだと助言した。(位置No2569)

(6)ビジョナリー・カンパニーでは、もっとも大切なことは、「どこまでうまくいっているのか」でも、「どうすればもっとうまくやれるのか」でも、「競争に対応するために、どこまでやらなければならないのか」でもない。もっとも大切な問いは、「明日にはどうすれば、今日よりうまくやれるのか」である。(位置No4238 )

『東京どこに住む?』を読んで、都市経済学の定説通りの実態が東京都心で起きている。


 タイトルは、家探しの本のようだが、中身はな東京都市論。

 前半は、東京の最近の人口動態や住宅購入状況など。

(1)マンションは駅徒歩5分以内物件が人気。ユーティティ重視になってきている。(p9)

(2)人口集中は、都心3区の次には、墨田、文京、江東と都心の東側の区が続く。(p41)

(3)島原万丈氏の分析では、官能度が高い地区は、谷根千(谷中、根津、千駄木)。(p67)

(4)最近は食では横町が人気。(p79)

 後半は大都市論。

(1)人が大都市に引っ越すのは、職業の幅広い選択、他者との出会いの機会、生活の質を求めるため、それに ふさわしい場所を選ぶから。(p125)

(2)都市部は浮動票が大きく、利益誘導型政治が通用しないこと、いわゆる一票の格差があることから、政治問題として都市一極集中は不人気。(p139)

(3)『都市は人類の最高の発明である』では、都市に住むだけで3割ましの給料が得られるという。これは、都市に優秀な人が集まり、生産性があがるという説明と、そもそも、都市に住むと頭がよくなる(ハーフォード)という説明がある。(p155)

(4)ヤフーは、在宅勤務によりスピードと品質が失われるとして、2013年に在宅勤務を禁止した。(p165)

(5)IT系のベンチャーがシリコンバレーからサンフランシスコの都心に、2010年代から拠点を移し始めた。(p168)

 都心に優秀な人が集積して生産性をあげるということは、日本が国際競争力を持つために必須。狭い国内政治メカニズムでそれにバイアスをかけると、結果として、世界から取り残されることになる。その意味では都市政策が一番の成長戦略かもしれない。 

『金持ちはなぜ高いところに住むのか』を読んで、高層建築物に関するトリビア満載。


 新聞の書評でみつけて購入。

 あんまり論理的な本でなく、高層建築物に関するトリビアをまとめた本。

 自分なりに面白い、知らなかったと思った点。

(1)アメリカで最上階が重役フロアーで最高級のスペースになったのは、1870年のニューヨークのアメリカ最大の保険会社「エクイタブル生命保険」の8階建て本社ビル。(p171)

(2)1933年に発効した「シェリダン・クラーカウ規格」で、8階より上のフロアーは1階あがることに賃貸料が1%上乗せされた。(p177)

(3)ドイツでは、1921年1が1月3日 、オフィス建築を5階建てまでに制限する規制が撤廃された。しかし、1920年代は重役フロアーは最上階ではなかった。1957年から1965年までに建てられた、BASF、メルセデスベンツ、バイエル、クレックナー=フンボルト=ドイツの本社ビルでは重役室はすべて上層階に置かれた。(p186)

(4)ドイツでは、集合住宅の階段室は住居外の空間として把握されていた。例えば、1902年に刊行された『建築ハンドブック』シリーズの『住宅』の巻では、「 階段は、玄関口とともに街路のつづきであり、それに応じて構成されなければならない」と述べられている。(p232)

(5)アメリカでは、階段室で不適切な遭遇をふせぐためにも街路のつづきとは考えなかった。ふさわしくない隣人からの影響をさけるという観点から、ニューヨークでは1980年代初頭には最初の「協同組合住宅」が生まれた。(p243)

(6)1913年のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の皇女ヴィクトリア・ルイーゼの結婚式の際、ロシア皇帝ニコライ二世は礼法にないからといってエレベータに乗らず、直前にホテルの部屋を2階に変更した。(p283)

 以上、トリビア。ドイツが最上階に重役フロアーを持ってくるのに抵抗があったことと、ヨーロッパの皇族たちがエレベータを忌避したことはなんか関係がありそうだが、どうなんだろうか? 
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