革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年08月

『武器としての人口減社会』を読んで、この中で引用されているOECDのデータや報告書が素晴らしい。


 OECDの日本センター長が書かれた本。

 主張は全うなものだが、その前提として使われているOECDのデータが非常に興味深い。

 小生は、リアルな本で購入したので、関係するページをスキャンして、URLにアクセスしようかなと思っているが、キンドル版がでたら、たぶん、URLに直接アクセスできるので、その方がいいと思う。URLを手でうっていくのはちょっと大変そう。

 先進国比較データで興味深かったもの。

(1)年齢別にみた読解力と数理的能力について、若者でも日本は上位にあるが、特に55歳から65歳の年齢でもあまり水準が下がらず、グラフでみる限り世界一の水準にあること。(p44)

 55歳から65歳だとばりばり日本では働いている時期だが、それでも、読解力や数理的能力が高いということは、前期高齢者が、地域での互助組織などで働くという観点からも高い能力の人的資本になりうる可能性を示していると思う。

(2)現在の仕事内容に比べて採集学歴が過剰と考える割合が30%以上と世界最高。(p56)

 これは今の雇用環境が年功序列で優秀な人材が最適なポストにいないということ。もしくは、修士や博士がうまく仕事につけないということかもしれない。マクロの人が減っていくときに、優秀な人材が力を発揮できないということは、非常に残念なこと。

 建前抜きに、本当に能力主義にやったら、誰がどのポストにいるべきか、自分は今のポストに相応しいのかなど考えるとともに、それを可能とするよう、総合職の流動性を高めるしかないと思う。
 あと、大学の研究室には、今のような極端な競争資金重視ではなく、もう少し安定的な資金供給による、腰を落ち着けた研究環境が必要。

(3)北欧やオランダ、フランスなどでは、女性の社会進出は出生率にプラスに働く。(p103)

 保育環境、保育所だけでなく、ベビーシッターなども含めた、柔軟な保育サービスの提供があれば、女性も働き続けて二人の所得が増えた方がたくさんの子どもを育てられるというのも納得がいく。
 なお、日本の場合には、保育環境改善=保育所増設と保育士の給与増と短絡的に結びついているが、もっと柔軟な保育サービスの形態が海外ではあるし、多様なサービスをもっと提供できるような環境整備や規制緩和、既存団体の既得権打破が必要なのではないか。

 その他、データやグラフをみるだけでも価値あり。 

『中山間地域の買い物弱者を支える』を読んで、事例集ながら刺激される点多し。


 なんかの雑誌の書評で発見。

 具体的な社会的弱者対策、移動販売者、店舗経営、送迎バスなどのなどの事例紹介。

 いろいろ気づく点多し。

(1)買い物弱者対策では、地域の社会関係資本、絆が充実しており、かつ、問題が切迫していた中山間地域が先進地。しかし、現状では、マスとしての高齢者数が減少になってきており、経営が厳しく、新しい展開が求められている。

 この点から、実は、社会的関係資本が中山間地域より乏しく、一方で、問題が深刻化しつつある住宅市街地の買い物弱者対策と連携して対応する可能性があるのではないか。

(2)宮城県丸森町大張地区の「大張物産センター」の住民共同出資では高齢者の負担能力を考えて、一口2000円にしたとのこと。(p174)

 住宅市街地で例えばローンを返し終わった戸建て住宅街ではもう少し大きな額を集めることが可能ではないか。

(3)島根県松江市の野津積氏は「真空調理法」で介護施設の厨房コストを5分の1にして、それを核にして、配食サービス、買い物代行サービスに展開していった。(p293)

 新しい技術イノベーションが今までサービスできなかった地域への可能性を高めた事例。

(4)雲南市では廃校を活用して地域の活性化センターとし、その指定管理料を受け取りつつ、マイクロスーパーを運営。(p323)

(5)岩手県北上市口内町では、店舗は「直売センター北上協同組合」、過疎地有償運送と福祉有償運送は、「NPO法人くちない」が実施。しかし後者は経営が苦しい。(p193)

 これらの事業の総合化を阻む原因を検証する必要がある。総合化すれば持続可能性がでてくる可能性もあるのではないか?

 実例を丁寧に紹介してあり、いろいろinspirationが湧く。 

『強すぎる自民党の病』を読んで、社会保障についての冷静な議論と情報提供が今一番大事だと思う。


 タイトルは、要は民進党がだらしないという話だが、それ以外で、著者が指摘している点で、自分なりに原典を当たってみたい点がある。

 それは社会保障制度の持続可能性の問題。

 小生もこのブログで、きちんとその持続可能性を議論してほしいと何度か書いている。http://blog.livedoor.jp/shoji1217/search?q=%E9%88%B4%E6%9C%A8%E4%BA%98 

 この本でも、2005年年まで内閣府の経済財政白書にのっていたとされる世代別の受益と負担のグラフ(p31,要検証)や、総合研究開発機構の賃金が年率1%上昇しても、GPIPが運用している年金積立金は2038年にはなくなるとの推計(p36)がでている。 

 自分が生きている間に年金積立金がなくなるという推計は非常にショッキング。

 その一方で、政府は100年安心年金を標榜している。

 この違いは、要は前提となる実質と名目の経済成長率にあると思われるので、例えば、政府の楽観的な実質3%,名目4%のほかに、過去5年間の平均の実質、名目の経済成長率で推計したらどうなるのか、など正確な情報提供と、有識者のオープンな議論が必要だと思う。

 将来に対する心配や閉塞感の大きな部分として、現在の社会保障制度、年金だけでなく医療や介護も含めて、それらが持続可能なのか、という点があり、それが、現役世代の慎重な消費活動にも影響していると思う。
 まず、正確な情報提供が一番必要だと思う。

 仮に、現在の保険料と支払額のバランスがかけているのであれば、マイナンバーなどを使って、所得だけでなく資産もきちっと把握して、自分の貯金など資産でなんとかやっていける高齢者には社会保障給付を削減していって、現役世代の負担を軽くするといった、常識的な対応がまず必要だろう。

 ちなみに小泉進次郎先生が事務局長をしている、自民党の「2020年以降の経済財政構想小委員会」の「レールからの解放」という中間報告http://jimin.ncss.nifty.com/pdf/news/policy/131960_1.pdf では、「年齢ではなく、所得や資産などに応じた、給付、負担とすべき」と言っているが、これが筋なのではないか。

 財政破綻してしまえば、韓国やギリシャのようにIMFなど国際的な通貨機構の管理にあり、無理矢理、公的年金などの削減など緊縮財政を求められる。
 そういう屈辱的な事態に陥らないためにも、社会保障制度についての情報提供、有識者のオープンな議論と、今の高齢者世代でも前期高齢者時代に最悪の事態になる可能性があることを踏まえて、高齢者、現役世代共通の利益のために議論をするという姿勢が大事なのではないか? 

『情報の帝国の興亡』を読んで、世界システム論の復習になるが、やや情報を強調しすぎか?


 役所の本屋でタイトルをみて購入。

 ウォーラスティンの世界システム論を前提にしつつ、ヘゲモニー国家であった、オランダ、イギリス、米国の前提として、印刷技術、電信、電話の情報革命があったという主張。

 著者も丁寧に書いているので誤解はしないのだが、ヘゲモニー国家になる一番の前提は、経済力と軍事力。

 その中で一番、情報が効いたのはオランダで、プロテスタントで寛容な国であったことから、ユダヤ教徒など多数の商人があつまり、情報交換が進んだ点で、「情報」の切り口が説明しやすいと思う。

 それに対して、電信のイギリスへの影響は、確かに植民地を運営するのには役だっただろうが、やはり、名誉革命などを経て、議会のコントロールが財政に効いていたので、フランスなどに比べて国債で軍事費を調達しやすく、海上覇権を握ったという点が大きいのではないか。

 米国の電話の影響はもっと少なく、明らかに第一次世界大戦で地政学的に有利であったため経済力をつけそれを前提にした世界一の軍事力、さらには第二次世界大戦後につくった国際秩序を牛耳ったことが大きいと思う。

 この本を読んでも、実は、そのあたりの多面的な要素は丁寧に書かれているので、誤解をすることはない。世界システム論の復習に役立つ。

 今後のことは、よくわからないと著者も言っているが、将来を語る理想像、ソフトパワーを持たない、中国がヘゲモニー国家になることはないだろう。たぶん、ヘゲモニー国家が存在しない、一国で支配的な国のない、混乱とバランスが入り乱れた世界秩序になるのだろう。

 まあ、現状もそうだが。 

『宗教を生み出す本能』を読んで、採集狩猟時代の闘いに勝つために宗教は有利だったという説明に説得力あり。

宗教を生みだす本能 ―進化論からみたヒトと信仰
ニコラス・ウェイド
エヌティティ出版
2011-04-22

 米国の科学ジャーナリストの本。

 論旨は非常に明確。

 第一に、ホモサピエンスは10万年前に生まれ、そして5000年前まで採集狩猟時代。その長い採集狩猟時代には集団相互の争いが絶えなかった。

 第二に、争いに勝つためには集団秩序を維持することと、抜け駆けを防ぐ、フリーライダーを防ぐことが重要。その手段として宗教が生まれ、それを活かした集団が勝ち残ったことによって、集団としての宗教が生まれた。

 第三に、その過程を最近まで残っていた採集狩猟民族への人類学などを前提に考えると、言葉、踊り、音楽によるトランス状態に集団的になるという行動が宗教の原点。

 以上のところまでは、非常に分かりやすい。

 そこから現代の宗教の分析については、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の分析に限定されていて、仏教とかヒンズー教とかの分析がないのがちょっとおしい。

 その中でも、ユダヤ教、キリスト教は、その教典や儀式内容について、歴史科学的な観点からほとんど丸裸にされていて、ものすごく聖書なども後世の手が加えられていること、他の聖書に取り入れられなかった文書が発見されるなど、分析が進んでいる。

 それに対して、イスラム教については、歴史科学的な分析が非常に遅れていて、本当にマホメットは存在したのか、そもそもイスラムはメッカやメディナで生まれたのかといった基本中の基本から議論がようやく始まったばかり。

 絶対的に完結な文書というような宗教的な前提が科学的な分析を妨げているという説明を聞いて、なんとなく、特定の分野の権威を一切疑うことができないという発想を持っていることが、中世まで歴史の最先端を行っていたイスラム世界が、産業革命以降の技術革新について行けない原因だったのかなと、ちょっと妄想した。

 特に、現代のように進歩と競争が激しい時代は、すべてのことを疑って、再挑戦していくことで、新しい分野や新しい技術、知識が生まれてくるので、そういう発想力に無意識の悪影響を与えているのかもしれない。
 日本にもそういう大胆な発想を妨げている無意識のタブーはないかな? 

 ちなみに以前読んだ『モラルの起源』http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1018058208.htmlともシンクロするところがある。
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