革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2016年09月

『土木学会誌 第101巻第3号 想定外への挑戦』を読んで、なんとなく自信たっぷりの論考が多いが、もうちょっと制度内容を勉強して対談してほしいな。

 土木学会誌の最新号で東日本大震災の復興の記事が薄いとFBで書いたらhttp://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1061069544.html、こちらの号では充実していると教えて頂いたので、役所の図書館で借りてきた。

 確かに、東日本大震災5周年の特集ではある。

 また、防潮堤について、平野勝也先生ほかの「津波総合減災を目指して」では、社会的な合意と防潮堤でまもる安全性についての悩みや試行錯誤の状況がわかり、共感が持てる。

 ただし、対談の特集は、なんとなく、お気楽な感じ、不勉強な点が感じられ、ちょっといただけない。

 例えば、p40からの「東北復興の5年から考える」で国土交通省の清水氏、岸井先生、家田先生の対談については以下の点で、どうかな?と思う。

(1)p42上段の岸井先生が、「東日本大震災のときと同じ枠組みでいくなら、復興交付金の制度を首相がいつでも発動できるように考えておけばいい」との発言。

 大規模災害復興法の制定の際には、財務や与野党の先生とも議論をし、今後の巨大災害においてどの程度の規模でどの割合で国が復興事業を支援するかは、その時の国民が判断することと整理した。そのため、大規模災害復興法第57条で、大規模災害が発生した場合には、法律で特別の財政措置を講じると規定している。その事実をだれもしらないのだろうか?

(2)p24の家田先生の災対法が基礎自治体主義だということを踏まえて、復興の場合には、被災規模に応じて市町村でなく都道府県に復興権限を与えるべきとの発言について

 まず、災対法は市町村が機能を発揮しなくなった場合には、都道府県が、それでも足りない場合には国が直接でてくる仕組みになっている。次に、復興の権限配分は災対法は参考にならない。復興の権限配分は、大規模災害復興法で、国と都道府県は復興方針を策定し、市町村が総合的な復興計画を策定する、個別事業はそれぞれの法律に基づくが、インフラと都市計画は、国の代行規定を恒久的なものとして措置している。
 その事実を知らない?

(3)復興にあたっての将来像についての三者の議論。清水氏が人口減少時代を踏まえた将来像が必要と指摘したのに対して、岸井先生がまず動き出したのは郊外開発だったこと、家田先生は、復興の過程では理想を考えている余地はほとんどないとの発言。

 ニュアンスが正確に伝わっていない感じもするので、言葉尻をとらえるつもりはない。しかし、大規模災害復興法制定時に、きちんと国が人口フレームに沿った復興計画を策定するという方針を出せなかったことを反省して、国及び都道府県の復興方針に将来人口フレームを示すことを法律で義務づけ、通知で、社会保障・人口問題研究所の推計を参考にする、地方公共団体に示しているという、事実自体を誰もしらないのだろうか?

 これだけ、恒久的に措置された大規模災害復興法に関する知識なしに、現時点で、復興関係の大家が議論していることに驚くし、それが周知されていないことに個人的な責任も感じる。

 もっと、ちゃんと復興制度の内容を広く世に説明する努力をしようと思う。

  

『いま世界の哲学者が考えていること』を読んで、現代の社会問題や経済問題に海外では哲学者が議論していることにちょっと驚く。


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 予想よりもずっと読み甲斐のある本だっった。

 まず、著者が扱っている現代の哲学者とは、かなり幅がひろく、「リスク社会」を書いたウィリアム・ペッグなどは普通は社会学者と思われている。その意味では、人文科学、社会科学全般の学者が社会問題、経済問題に対して、演繹的に突っ込んで議論している、欧米の若手の学者の紹介と思った方が誤解がない。

 扱っている論点としては、ア IT革命と監視社会、AIと雇用問題、イ バイオテクノロジーと人間の遺伝子改変問題、ウ グローバル化の先にある資本主義の姿、エ 多様な宗教の共存、など、多岐にわたる。

 それぞれが簡単に結論がでる話ではないが、自然科学の発展や経済のグローバル化など現在社会が抱える変化に対して、政治思想や倫理という観点から何を注意しなければいけないか、について、哲学者が活発に議論していることが理解できた。

 日本も人文科学系の学部はいらないなどという議論があるようだが、このような社会問題、経済問題について、突っ込んで深く考える学問分野は、短期的に成果があがるものではないが、日本の経済社会の発展のために不可欠だと思う。

 著者も淡々と様々な議論を紹介しているが、結局、この手の議論は結論があるわけではない。より、各国の国民や住民が、自由、平等で幸福を感じることのできる社会をつくっていく場合に、どういう考え方に沿った方が望ましい方向にいくか、というプラグマティックでリアリスティックなアプローチをするのが一番適切だと思う。

 例えば、宗教問題については、近代、世俗化という観点から、宗教を政治から遠ざける考え方が主流であったが、米国で福音主義が活発になり、イスラム国家の各種の活動も活発になってきている。これらの世界各地に生じている潮流とそこから生じているきしみを緩和するためには、単に世俗化一辺倒では、うまく関係国の調和をとることはできない。
 むしろ宗教の復権を前提にしつつ、その多様性を受け入れられる思想や考え方を構築すべきなのだろう。

 こういった現実を率直に見つめて、国民、住民の安全や生活の水準、幸福感がますための政治思想、哲学思想を作り上げていく、といった発想が、哲学者には求められると思う。

 また、そういう哲学者の主張をもっと経済社会の中で大切に扱うべきだろう。 

『世界最強の女帝 メルケルの謎』を読んで、メルケルは、情報を大量に入力して冷静に判断できる、国益第一主義のリアリスト?


 FB友達が紹介していたので、なにげなく購入。

 メルケルは、いまや欧州を引っ張るドイツの主張として、欧州第一の政治家。フランスのオランド大統領とか影が薄い。

 メルケルは、東ドイツのプロテスタント牧師の娘で、才女だが運動音痴、犬ぎらい、物理学者から、政治家に転身、沈黙を守り、じっくり考えて果敢に行動、マキャベリスト。

 例えば、自分を引き立ててくれたコール首相を199年12月に、不正献金疑惑でコールに反対する檄文を「フランクフルター・アルゲマイネ」紙に載せ、コールを党首から引きずり下ろすという、慎重居士でありながら、一気に党内政治を転換させたリアリスト。(第4章)

 経済的には、中国との貿易を重視し、日本をいらだたせるほど、訪中を繰り返す。(第5章)

 米国は東ドイツ出身のメルケルを信用せず、NASは、メルケルの携帯をずっと盗聴していた。(2013年の「シュペーゲル誌」報道)

 ロシアが堪能なメルケルだが、ベルリンの壁が崩壊した時にKGBでドイツに駐在していたプーチンとうまくいくわけもなく、メルケルが体質的に嫌悪する犬を会見場に突然つれてきたりすることで圧力をかけている。メルケルがロシア語で話せば、プーチンがドイツ語で応えるという、複雑な関係。

 個人的に、日本の政治家にはない特質で痛感したのは、「メルケルは徹底的な情報収集をする。また、よく勉強をする。膨大な、しかも場合によっては退屈な資料を読破することに喜びを見いだすことがメルケルの最大の強みだ。メルケルは喜々として官僚や専門家の用意した資料、文書に目を通す」という点。(位置No2394)

 最近の日本のトップ政治家は、時間もないので、複雑な事象や判断であっても、A4の1枚にまとめて説明をして、判断を仰ぐのが常識になっている。役人が情報を隠しているのではなく、説明が長かったり、情報量が多いと説明者が怒られるので、端的な説明をせざるを得ないのが現状。

 これに対して、もとの精密な分析や具体のデータに直接目を通すという能力がメルケルにあるのだとすれば、普通の日本の政治家では、知力においては、太刀打ちできないかもしれない。
 また、そこまで分析をきちんとできているから、ちょっと前には原子力政策を、最近では難民政策を変更すると明言しているが、そのような大胆な判断も可能になるのかもしれない。

 以下、抜き書き。

(1) 今、首相としてのメルケルはあまり多くを語らない印象だが、過度な情報提供は自らの政治的権威を低下させ、力を弱めると認識したためかもしれない。メルケルは権威と情報の関係性に関わる「法則」を体験的に発見したと言えるだろうか。(位置No622)

(2)ドイツ経済の重要市場であるロシアと決定的な関係悪化を導かず、エネルギー分野で手を携え、かつアメリカとの同盟を維持し、欧州内部の争いで手立てを講じ、それでいて西欧・南欧に影響力を保つ。メルケルはその究極のバランスゲームに腐心し続けている。(位置No2096)

(3)メルケルの行動原理は案外、単純だという見方がある。首相就任の宣誓の文言に忠実な行動を心掛けているのだという。宣誓は「ドイツ国民の安寧のために献身し、国民の利益を増進し、国民の損害を防ぐ」とあり、ドイツ宰相たるものは、ドイツ納税者が損失を被るような事態を極力避けるために全力を挙げると誓約する。確かに、メルケルの政治家としての行動規範は、ドイツ国民の利益のために働くという契約上の義務に尽きると考えると分かりやすいかもしれない。(位置No2246)

(4)目前の現象を分析し、問題の解法を見出すことが責務であり、その解法を求めるプロセスにおいて自らの政治権力を強化するのがメルケルの政治手法である。したがって、科学者として解答を追求するメルケルは豹変する。途中で計算間違いをしたと思えば、計算し直し、新しい答えを出す。問題設定そのものが間違っていることもある。(位置No2382)

『社会学講義』を読んで、今の社会学の混迷ぶりがわかる本。

社会学講義 (ちくま新書)
橋爪 大三郎
筑摩書房
2016-09-06

 役所の本屋でなにげなく購入。

 橋爪氏や大澤氏など、最近売れっ子の社会学者が社会学の基礎中の基礎をわかりやすく語った本。

 社会学って、正統的な教科書とかないし、なんか、各人が勝手なことを言っている感じがする。

 その根っこの共通問題意識をちゃんと理解しようというのがこの本の趣旨。

(1)社会学は、社会全体をまるごと理解しようとする学問。その中でも、社会の中の人と人との関係を重視する。

(2)社会をまるごと理解する方向としては、一種の有機体と理解する考え方と、一定のルールで動くシステムとして理解する考え方がある。どちらも、成功しているとはいえない。(経済学は観察対象を限定することによって、システム理解を成功させている)

(3)現在の社会学は大量のデータを手に入れたが、それを理論構築して、どういう社会を実現するかという、方向感覚を失っている。

(4)都市社会学は、都市の実態を分析することを重視するシカゴ学派と、カステルなどのマルクス主義をベースにした新都市社会学がある。これからは、身体とメディアとテクノロジーが都市社会学のテーマ。

(5)社会学者には理論屋と調査屋がいる。

 現代物理学には理論屋と実験屋がいるという話もあるな。

 ざくっと、社会学の基礎を学ぶにはいい本。

 個人的には、社会学の本を読んでも、じゃあ、社会をよくするにはどうしたらいいのか、というインスピレーションがわかないのが残念だし、つまんない。やや大胆でもいいから、こう社会を変えるべきという意見を社会学者は、なんでもたないのだろうか? 

『海から見た世界経済』を読んで、海にまつわるトリビアがいっぱい。


 役所の図書館で借りてきた。

 簡単な入門本。

 以下、トリビア的に気に入った点。

(1)日本の造船業は、中国、韓国との差別化のため、高度な技術を必要とするLNGタンカーや省エネルギー船の建造にシフト。(p25)

(2)南シナ海を通過する貿易額は20兆円、日本の輸入する原油の8割は南シナ海を通る。(p53)

(3)北極海海路を前提にすると、中国や韓国の港に比べ、日本の太平洋側の港が有利になる。(p64)

(4)日本漁業の課題は、ア 企業体経営が少なく個人が競い合い、乱獲につながりやすい、イ 地域ごとに漁業協同組合があり、組合間で利害が対立、ウ 漁業集落や漁港が多く、維持管理面で非効率。(p113) 
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