革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2017年03月

『会社を変える分析の力』を読んで、会社経営のためのデータ分析と政策立案のための調査研究は似通った課題があるな。


 なんで購入したか失念。

 大阪ガスのデータ分析のセンター長をしている著者が、データ分析で大事な点、見落としやすい点を整理している。ちなみに、データ分析自体はソフトを使えばいいからといって、特段説明をしていない。

 一番の主張は、データ分析は、会社経営の意思決定に役立つことが大事なので、単純にデータ分析をするだけでなく、それが、どう意思決定に反映できるように説明するか、そのための費用対効果があることをどう説明するか、さらに現場の社員がそれに取り組めるような説得材料をどうつくるか、が大事ということ。

 ほとんど、政策立案のための調査研究も同じ。単に研究するだけでなく、それがどのような政策を推奨するのか、その政策を実施した場合の費用対効果や、その政策ツールを使う現場の職員がどう使ってくれるか、といった側面までちゃんと考えて研究する必要がある。

 その他、役立つ視点。

(1)分析に役立つスタイル。ア 現場にでる、イ データをビジュアル化してみる、ウ 他人のデータを使うときは疑う、エ 単純なほど素晴らしい、オ ざっくり計算、カ 文章に書き起こす、キ うまくいかなければ目的に戻る(p195)

(2)課題発見力や仮説力を高めるためには、ア ビジネスに関連する専門知識を身につける、イ 世の中にあるデータを知る、ウ よい人脈を大切にする、エ オリジナリティを大切にする(p223)

 当たり前のことだが、これらをきちんと実践することが、研究者としても不可欠だと思う。 

『働きながら、社会を変える』を読んで、児童養護施設の貧困の問題を知るだけでも意味がある。


 金融関係に努める著者が、休日だけ社会貢献のための起業を仲間として、児童養護施設を支援するまでのプロセスを綴った本。

 そもそも、休日に社会貢献事業をビジネスとして行うという実践例自体が素晴らしい。
 次に、著者が児童養護施設に泊まり込んでいろんな子どもたちや教員の厳しい環境を体験したうえで、結局自分たちの得意な資金集めとビジネス経験の情報伝達という、ビジネスモデルに落ち着いていくことも納得感がある。

 親の虐待などで児童養護施設に入った子どもたちが、うまく学習経験をつけて大学にいって自立できるかどうか、そのためにいろんな精神的な傷を負っている子どもに接していくために苦労をする各種の教員たちの現実を知ることだけでも意味があると考える。

 セーフティネットの話は、経済の効率性とか生産性とは関係のない話しだが、社会が安定し、市民一人一人が幸せに暮らせる社会インフラとして、極めて重要。セーフティネットが必要ではない市民も常に関心を持つべきだと思う。

 以下、抜き書き。やや古典の引用などあり、「くさい」感じもするが、私はそれも面白いと思ったので、ひいておきます。

(1)マザー・テレサが来日した際に言っていたことを思い出す。「豊かそうに見えるこの日本で、心の飢えはないでしょうか。だれからも必要とされず、だれからも愛されていないという心の貧しさ。物質的な貧しさに比べ、心の貧しさは深刻です。心の貧しさこそ、一切れのパンの飢えよりも、もっともっと貧しいことだと思います。日本のみなさん、豊かさのなかで貧しさを忘れないでください」(位置No347)

(2)努力できる強い心は、自分自身の気質や自己決定だけでなく、自分以外のだれかとともに過ごす日々によって育まれるものだ。多くの場合は親がそれを育む。場合によっては、コミュニティだったり、学校の先生だったりもする。 しかし、児童養護施設に来る子どもの多くは、そういった大人に接する機会にめぐり合えなかった。(位置No892)

(3)社会の一つの役割は、人の運命が神の偶然に翻弄されることを防ぐことにあると思う。保険の仕組みや、協同組合などがそれだ。子どもの成長は、国や共同体の未来をつくる重大事項であり、その土台となる環境は可能な限り公平に提供されるべきではないだろうか。(位置No940)

(4)「苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くかである。その人が自分のうちに持っている素質に応じて、どちらかになる」とカール・ヒルティはその著書である『幸福論』で説いた。子どもたちの前にある逆境は、それを乗り越えたときにはすばらしい力を与えてくれる。(位置No1635)

(5)「自ら正しいと信ずるものは王の万軍よりも強く、自ら疑うものはいささかの力も有せず」とイギリスの歴史家トーマス・カーライルは喝破した。自分の行動が正しいと信じられるとき、人は苦しみに耐えることができる。それがままならぬまま、肉体的にきつい仕事をこなすのは苦しいことだ。(位置No1912)

(6)特に、児童養護施設の場合、子どもたちが少数派であることに加え選挙権を持たないという事情があるので、社会全体の認知の高まりが果たすべき役割は大きい。 僕たちが小口の寄付を多くの人たちから集めようとしているのは、社会の認知を高めたいからだ。(位置No2265)

(7)最初から高く飛ぶ必要はない。地道な一歩から始められる。だれでも気軽にできるアクションにはたとえばこういうことがある。  ◆ 友人や家族、恋人に伝える  ◆ 本を買ってもう少し勉強してみる  ◆ 自分の感想をウェブ上に書き残す  ◆ 勉強会を開く(位置No2374)

(8)組織の多様性は意見形成の妥当性を高めるようだ。ある研究によると、似たり寄ったりのメンバーで構成される組織が内部で議論を重ねると、意見がどんどん過激で極端な方向に形成されていくという。ドストエフスキーは『悪霊』という作品で組織のそうした恐ろしい力学を描いてみせたが、同質の人ばかりの組織が独善的なアクションに陥ることは現実にも少なくないように思われる。(位置No2537 )

『建築雑誌2017.3』を読んで、被災地復興の関係で大事なことをメモ。

建築学会の最新号。

 特集は、「現代復興の地理学」。

 特集のタイトルはわかりにくいが、大家、中間の先生方の対談で大事な論点あり。

(1)牧先生「公費解体もおかしな制度です。災害で家が壊れたら無料で壊してもらえるのですから、建替えをするつもりがあるなら、耐震改修せずに壊れるのを待っていた方が得ということになってしまいます。」(p13)

(2)姥浦先生「今回地元の人たちが望んだものはそれなりに実現されたと思いますが、そもそもそれ自体が正しいのかという判断は難しいところです。」(p38)

(3)姥浦先生「ツールとしての事業に関する現在の最大の問題は、嵩上げをして区画整理をしたところで人が戻らないことです。事業に時間がかかること、所有権と利用権が一体となっていること、住民や所有者の意向がドラスティックに変化していることなどが原因です。」(p39)

(4)姥浦先生「まちづくりの説明会も仮設で開かれますし、情報を流しやすいのですが、みなし仮設は情報提供ができません。今後みなし仮設を増やしていくとすれば、そのデメリットの減らし方を考えていく必要があります。」(p40)

(5)姥浦先生「市町村合併に関しては、例えば、女川町と石巻市の違いは大きいと思います。行政的に女川町は石巻市に人を出したくないですが、石巻市にとっては雄勝などの半島部から市街地に人が動いても困らないという差があります。」(p40)

 大学の先生の意見も現実を直視して、単に非難のための非難ではなく、まじめな意見だと思う。次の大災害に備えて、制度も計画論も改善の努力を続けることが大事。また、それを後輩に伝えることが大事。
 

『kWh=¥』を読んで、いつも言われるけど大事がことを再確認した。


 先日、村上さんの「ドイツのコンパクトシティはなぜ成功するのか」を読んで、なかなか切れ味鋭かったので、その前にでた本も購入。

 もしかしたら、以前読んだことがある本かもしれない。でも、大事がことが書いてある。

(1)国土審議会の長期展望の中間報告で、国土の居住地の7割のメッシュが2050年には、人口半減するというデータは村上さんの指摘するとおり、極めて深刻。 (p22)

 逆に、これだけ深刻な予測をしながら、「コンパクト&ネットワーク」なんていうちゃらちゃらしたことしか提示できなかった、国土計画はやっぱり大きな問題がある。こういう人口減少で、集落や郊外市街地などが歯抜け、高齢化によって、居住不能になっていくことへの問題提起とそれへの解決策をきちんと提案すべきだったと思う。そういう厳しい現実を市民に示してさらに大変だけど解決策を考えるというのが国の役人の存在意義ではないか?

(2)新築戸数でみると、人口約8000万人のドイツで、15万戸から20万戸、日本は人口12000万人で、80万戸から100万戸。いかに新築に依存しているかがわかる。(p55)

 ただし、住宅戸数をマスタープランと都市計画で抑制しているドイツのような仕組みが日本でうまくいくかはよく検証が必要。特に、適切な地区に適切に配分して全体としては新築戸数を減らすような抑制的な都市計画を広域的に調整して決定できるかについては、まず、市町村、県の職員の専門性もあるし、そもそも仮にその時点時点で専門的には合理的に判断できても、変化の大きな市場メカニズムからみて効率的なコントロールができるかはよく検証する必要がある。

(3)日本の窓、サッシの断熱性能は、U値で2.33w/m2kで、ドイツでは新築、改築でも使用禁止。ドイツでは物置用のレベル(p163)

 最新のデータのチェック必要。ただし、窓とサッシの断熱性能をあげるのは緊急の課題だと思う。

『グリーンインフラ』を読んで、誰がどういう費用で整備するかの観点がないと、机上の空論だと思う。


 購入した契機は失念。新聞の書評だったかもしれない。

 生態系や自然を活用したインフラや土地利用ついての情報量は非常に多い。

 しかし、整備費用、維持管理費用、事業主体の費用負担などの観点の記述がほとんどない。

 そのため、実施する主体がいそうで実現可能なものと、財政負担が厳しくて、これから実施するのが大変そうなものが混在しているように思う。

(1)復興段階でのeco DRR(disaster risk reduction)は、復旧・復興段階では比較的予算がつきやすく行政主体が整備する可能性はあると思う。しかし、現実の東日本大震災での復旧・復興段階でそのような生態系重視の復興計画が立てられなかったことについて、関係者は度考えているのかについての言及は一切ない。なんか一言あってもよくないかな?

(2)公園の樹木整備による防災力の強化(p122)や、雨水貯留基盤材をつかった道路の植樹帯の整備(p129)、都市農地の活用(p146)、空地の暫定利用(p272)などは、民間事業者や行政が主体となって実現可能性がある提案も多くなる。しかし、都市内の提案のうちで、緑道については、「今のできるところからつくる方針を転換して、計画的に緑道を整整備すべき」(p161)といっているだが、市街地の中で新たな緑道など、一体誰がつくるのだろう。今の道路空間をうまくつかって緑を増やしていくぐらいがせいぜいではないか?

(3)後半のグリーンインフラとしての海岸や、河川整備、放置された集落の管理や森林管理については、財政が一層厳しくなっていく将来では、コンクリート護岸などの従前型のインフラの管理で精一杯で、生態系の保全とかより質の高い 整備が今後、なんらかの予算的手当なしに行われるとは到底思えない。仮に、行われるとした場合の財源や整備主体の話しがより突っ込んで議論されないと、説得力がないと考える。

(4)p368で中村太士先生が、「財政難でインフラが維持できないから、必然的にグリーンインフラになる」と述べているが、そもそも、一定の安全性を確保するために一番予算効率的だからコンクリート護岸という、景観にも自然にも優しくない施設整備が進んでいるのではないか?予算がなくなったから、コンクリート護岸による住民の安全確保をあきらめて、生態系保全に河川管理者や海岸管理者が重点をおくということはありえないと思う。 

 グリーンインフラという理念は誰も反対しないが、費用の出し手、事業の実施主体などの具体的イメージなしに議論しても、あまり説得力がないのではないか? 
ギャラリー
最新記事
記事検索
  • ライブドアブログ