革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2017年06月

『経済成長主義への訣別』を読んで、大きな主張よりも細かな経済学への論点が役立つかも。


 著者は経済学者ながら近年は最近の米国流の新古典派経済学を厳しく批判している。

 また、人口減少社会のなかで、無理に経済成長を追い求める発想や考え方に警鐘を鳴らしている。

 それ自体は、先日読んだ、「反脆弱性」http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1066456118.htmlの議論に関連づけて考えると、無理に背丈を伸ばして成長を追い求めると、まれに生じる大きな経済変動(例えば急激な金利上昇など)によって、大きな被害を受けるという脆弱性を持っており、むしろ小さな変化に柔軟に対応していって経済構造を強くしていく方がいいという考え方と共鳴するところがあると思う。

 ただし、この本は、そういう概念的、思想的な部分以外にも経済学を知悉している著者が、経済学の主張の前提について、注意をしている部分があり、その部分の方が個人的には有益だと思う。

(1)グローバル化は特に金融市場の不安定化をもたらし実体経済に悪影響を及ぼす可能性があること。(p184)

(2)イノベーションは消費需要を喚起するルートから総需要を増やして経済成長に結びつくが、イノベーションがどの程度消費需要を喚起するかについて、現在は全く不明。(p190)

(3)自由貿易論を支える比較優位論は、それぞれの国の得意分野が決まっており、それが比較的固定されていることが前提。しかし、現代では、資本は瞬間的に、技術を速やかに国際間を移動するので前提が成立していない。(p285)また、絵に書いたような比較優位論などは現実にはどこにも存在していない。(大なり小なりそれぞれの国で自国産業保護をしているということ)(P297)


『L70を狙え』を読んで、高齢の女性の消費動向はすごい!


 新聞の書評でみつけて購入。

 L70とは70歳以上の女性のこと。このL70の方々の消費動向をデータで分析した本。

 興味深いデータ多し。

(1)男、女も含んだデータで70歳以上の世帯が、全世帯と比べて、最も高い牛肉、豚肉、鶏肉や、ソーセージなどの加工肉を食べている。(p40)

(2)海外旅行は女性の1991年から2011年の間に、行動者率が女性の70歳から75歳で、124%、75歳以上で45%伸びている。また、女性でも学歴の高い女性ほど海外旅行に行っている。(p77)

(3)L75は、印刷物の出費は全年齢平均に比べ34%高いが、書籍はマイナス18%。筆者はこれは、出版社がL70のニーズにうまく対応した書籍をだしていないからと分析している。(p103)

(4)70歳以上では、女性は全世帯平均より高い服を買い、男物は全世帯平均より安い服を買っている。(p129)

 ちょっと悲しい現実だが、たぶん自分の親をみてもそんな感じか?

(5)L70は、買い物のときの雑談などのコミュニケーションを求めるので、コミュニケーションが不可欠で上手な化粧品店などは商店街でも残りやすい。(p167、211)

『反脆弱性 下』を読んで、新しい主張はないけど、都市計画の批判があったのでメモ。

反脆弱性[下]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
2017-06-22

 昨日の本を最後まで読みました。

 単に固くなる、強くなるという剛直性というよりも、むしろ変化を進化や成長につなげる反脆弱性が大事で、それは生物など有機体では自然と行われていること。
  
 この発想を社会システム、経済システムでも応用できるのではないかという主張が反脆弱性(antifragile)。

 下巻はそんなに新しい主張はないけど、都市計画に関する指摘があったので以下列記。

(1)規模にはもうひとつの側面がある。大企業が地域を脅かすこともあるのだ。私は次の理由で、メリットばかりを掲げる大型チェーン店に反対してきた。ある超大型チェーン店が、私の家の近くの地域一帯の土地を購入しようとし、大騒ぎになった。地域の性質が一変するからだ。賛成派は、地域の活性化とか、そんな感じの主張を繰り広げた。でも、私は次の理由で提案に反対した。会社が破綻すれば(統計学的に見れば、いつか破綻するのはわかりきっていることだ)、地域は激しい交戦地帯になるだろう。イギリスの政策顧問のローハン・シルヴァやスティーヴ・ヒルトンも、「小さいものは美しい」という詩的な理由で、小さな商店を支持している。破綻の可能性を考慮せずに、便益を計算するのは完全に間違っているのだ。(位置No882)

(2)そこで、ツカえる手法を紹介しよう。その「脆弱性(反脆弱性)検出ヒューリスティック(fragility (and antifragility) detection heuristic)」という名前のシンプルなヒューリスティックの仕組みは次のとおりだ。たとえば、ある町が過度に最適化されているかどうかを確かめたいとしよう。測定の結果、自動車の交通量が1万台増加すると、所要時間が10 分延びたとする。ところが、さらに1万台増えると、所要時間はもう30 分延びた。所要時間がこのように加速するということは、その交通システムが脆く、自動車の台数が多すぎることを意味する。したがって、加速が緩やかになるまで、交通量を減らす必要がある(繰り返しになるが、加速というのは急激な凹性であり、負の凸効果を引き起こす)。同じように、政府の赤字は経済状況の変化に対してきわめて凹だ。政府に債務がある場合は特にそうだが、たとえば失業率が悪化するたびに、財政赤字は加速度的に膨らんでいく。企業の財務レバレッジについても同じことがいえる。同じレバレッジ効果を得るのに必要な借入額はどんどん増えていく。ネズミ講と同じ理屈だ。(位置No1107)

 前段の交通量と所要時間の議論は異論がありそう。これを守るためには相当に交通容量の余裕があって渋滞が生じない道路計画が必要になるのではないか。今の道路計画は1年で一定の期間は渋滞することを前提にして設計している。要は交通量は日によって変動するので、このように加速的に所要時間が増える状態をどれだけ許容するかの判断の問題ではないか?

(3)私は、意思決定をするとき、「少ないほど豊か」の考え方を直感的に使っていたことに気づいた(コンピューター画面にメリットとデメリットを並べて比較するなんてことはしない)。たとえば、医者や獣医の選択、庭師や社員の採用、結婚、旅行など、何かをする理由がふたつ以上あるなら、それはしないほうがいい。理由はふたつよりひとつのほうがいいと言っているわけじゃない。ふたつ以上の理由を見つけるということは、そうするべきだと自分に無理やり言い聞かせているのだ。絶対の決断(間違いに対して頑健な決断)には、そもそもふたつ以上の理由なんて必要ない。(位置No1442)

(4)都市計画には、いわゆるトップダウン効果の中心的な性質が表われている。トップダウンはたいてい不可逆なので、間違いがいつまでも残るのだ。一方のボトムアップは、段階的で漸進的なので、途中で創造と破壊を繰り返す。だが、たいていは右肩上がりだ。さらに、都市であれ個々の家であれ、自然な方法で成長するものには、フラクタル性がある。あらゆる生物と同じで、肺や樹などの有機体は、自発的ながらも穏やかなランダム性の中で成長する。(位置No1848)

 日本の都市計画は土地利用規制が緩いので意外とフラクタルか?

(5)人間がトップダウン型の指揮統制的な科学を通じてしてきたことは、そのまるきり反対で、負の凸効果をもたらす干渉だ。つまり、巨大な潜在的損失のリスクを負う代わりに、ちょっとした利益を得るわけだ。複雑系(生物学、経済、気候)に対する人間の理解はひどいもので、後付けの歪曲に満ちている(私たちは被害が起きてからようやくリスクを理解するが、同じ間違いを繰り返す)。しかも、私たちはリスク管理が上手になっている兆しがまったくない。この例の場合、間違いはいくらでも拡大しうるので、人間はいちばん野蛮なランダム性にさらされることになる。ひと言でいえば、人間には原子爆弾、金融デリバティブ、生命を創造する道具のような、爆発性のあるおもちゃを手渡すべきではないのだ。(位置No2426)

 財政赤字がまさにこの事例か?

『反脆弱性 上』を読んで、変化に耐えるだけでなくむしろ変化で強くなるという反脆弱という視点は重要かも。

反脆弱性[上]――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方
ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
2017-06-22

 「ブラックスワン」を書いた著者の本ということで購入。大著でまだ上巻しか読んでいない。

 反脆弱性とは、antifragileの訳語であまり日本語としてはこなれていない。
 脆弱な部分を物質的、固いものでまもって頑健にするよりも生命が変化に対応してどんどんつよくなるような反脆弱性が大事だという主張。

 これは生命が進化の中で生き延びてきた、さらに、いろんな外からの衝撃に対してそれを糧にしてより強くなるという意味では身の回りによくあること。この発想が、実は社会システム、経済システムでも重要というのが著者の主張。

 例えば、文化人類学のプロコラージュ(様々な変化に対していろんな道具をつかいまわせて対応すること)や、企業が小さな失敗を早めにして生き残るシリコンバレーの哲学、システム設計でのランダム性を受け止める分散システム、科学も理論ではなく経験的、実践的な知恵を重視する考え方など。

 下巻まで読んで、再度整理するが、意外と納得感ある指摘。

 個人的には、組織やシステムが生き残るには、いろんな変わった人材やアイディアを抱えていて、環境の大変化に対して、いままで非本流だった人材や知識が活かされるというシステムは、反脆弱なのではないかと思う。若干、日本のシステムはその意味での考え方や人的資質の整合化が進みすぎている感じがする。

 以下、抜き書き。

(1)本書ではそれを「反脆い」または「反脆弱」(antifragile)と形容しよう。反脆さは耐久力や頑健さを超越する。耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする。この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的イノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化しつづけてきたどんなものにも当てはまる。地球上の種のひとつとしての人間の存在でさえ同じだ。そして、人間の身体のような生きているもの、有機的なもの、複合的なものと、机の上のホッチキスのような無機的なものとの違いは、反脆さがあるかどうかなのだ。(位置No222)

(2)ブラック・スワン問題には、困った一面がある。稀少な事象の確率はずばり計算不能であるということだ。これは実はとても大事な点なのだが、たいがい見落とされている。100年に1回の洪水は、5年に1回の洪水よりもはるかに予測しづらい。微小な確率となると、モデル誤差は一気に膨らむ。事象がまれであればあるほど、とらえづらくなり、発生頻度は計算しにくくなる。(位置No303)

(3)イノベーションを起こすには? まず、自分からトラブルに足を突っこむことだ。といっても、致命的ではない程度の深刻なトラブルに。私は、イノベーションや洗練というものは、最初は必要に迫られて生まれると思っている。いや、そう確信している。最初の発明や何かを作ろうという努力が思ってもみない副作用をもたらし、必要を満たす以上の大きなイノベーションや洗練へとつながっていく。(位置No932)

(4)経済全体が反脆く、〝進化〟するためには、個々の企業が脆く、破綻の可能性を持っていることが欠かせない。進化が起きるには、生物(やその遺伝子)が死滅し、別の生物で置き換えられる必要がある。そうでなければ、いつまでたってもシステム全体は改善しないし、適応度の低い生物が繁殖してしまう。したがって、上位の反脆さを実現するためには、下位の脆さ(つまり犠牲)が必要なこともあるわけだ。(位置No1679)

 ゾンビ企業を無理して行き残させると経済システム自体が衰退するということ。

(5)「安定のため」と言って他国に干渉すればするほど(緊急性の高いケースは別だが)、状況は不安定になるということを、アメリカの政策立案者は今こそ理解するべきだ。いやむしろ、政策問題における政策立案者の役割を、減らす時が来たのかもしれない。変化なくして安定なし。それが人生の摂理のひとつなのだ。(位置No2398)

(6)干渉に対する私の考えを端的に言おう。大事なのは、システムに干渉する場合とシステムに放任する場合を定める、体系的なルールを設けることだ。それから、現代性がもたらす医原病を抑えるための干渉も必要かもしれない。特に、環境に大きな害が及ぶのを防ぎ、(表面化していない)潜在的な被害が集中しないようにするための干渉が必要だ。気づいたときには手遅れだからだ。(位置No2663)

(7)私は当初、ある分野では安全策を取り(つまり負のブラック・スワンに対して頑健で)、別の分野では小さなリスクをたくさん冒す(つまり正のブラック・スワンの余地を残す)ことで、反脆さを実現する、という二重の考え方を表現するのに、バーベルのイメージを使った。この戦略では、一方で極端なリスク回避を行い、もう一方で極端なリスク・テイクを行う。一方、単なる〝中間〟のリスク・テイクや〝中程度〟のリスク・テイクは、実際には負け試合であることが多い(中程度のリスクには大きな測定誤差が生じうるからだ)。ところが、バーベル戦略は、その構造のおかげで、ダウンサイド・リスクを抑えるのにも役立つ。つまり、破滅のリスクをゼロにできるのだ。(位置No348)

(8)100パーセントの人があなたの仕事を「まあまあ」とか「可もなく不可もない」と考えているより、あなたの性格や仕事がほとんどの人に(激しく)嫌われていても、ほんの一部の人が忠実で熱狂的なファンになってくれるほうが、よっぽどよい。そうすれば、政治であれ、芸術であれ、その他の分野であれ、あなたの仕事や考えは反脆いということになる。(位置No3835)

 ちょっと希望が持てるね。

(9)(教育→富と成長ではなくて、富と成長→教育を確認する証拠として)ちょいワル経済学者のハジュン・チャンは、次のようなシンプルで説得力のある主張をしている。1960年、台湾の識字率はフィリピンよりもずっと低く、ひとりあたりの収入は半分だった。現在、台湾の収入はフィリピンの10倍だ。同じころ、韓国の識字率はアルゼンチンよりもずっと低く(アルゼンチンの識字率の高さは世界有数だった)、ひとりあたりの収入は約5分の1だったが、現在ではアルゼンチンの3倍だ。さらに同じころ、サハラ以南のアフリカでは識字率が急上昇したが、生活水準は下がった。同じような例はいくらでもある(プリチェットの研究が特に詳しい)。(位置No4353)

『ハプスブルク・スペイン 黒い伝説』を読んで、鬱屈したスペインの歴史の見方はなんか参考になりそう。


 新聞の書評でみつけて購入。

 アメリカを発見し、16世紀初頭のカルロス一世が神聖ローマ帝国皇帝になり、ハプスブルク家の当主としてオーストリア、イタリア北部と南部、スペイン全体を支配して、一種の覇権国家になってから、没落の一途をたどってきたという歴史的認識が前提。
  
 
 その上で、特にイギリス、フランスなどから、ピレネーより南はアフリカなどと侮蔑されたことをスペイン側からは「黒い伝説」と読んでいる。

 スペイン側からの主張では、インディオを虐殺した事実も、厳しい異端裁判も、ほかの国でもみんなやっていたじゃないか、という主張になる。また、それも一部は正しい。

 ただし、個人的には、紺碧の空のスペインがどんよりと曇ったイギリスよりも劣った国とは感じていなかったので、スペイン人の強いコンプレックスとそれへの反発に驚くとともに、この著者の繰り返す「これは伝説」「事実ではない」との主張にちょっとついて行けない感覚を持つ。

 むしろなぜスペインが衰退していったかの分析が重要かも。

 著者はあまり指摘していないが、南アメリカから金銀を輸入するだけで、自国産業の育成や技術開発を怠ったこと、新しい革新をもたらす寛容性がカトリック支配の影響もあって乏しかったこと、法の支配に支えられた市場主義、資本主義が根付かなかったことなどが考えられる。

 この本で日本人が学ぶべきは、スペイン人のコンプレックスを晴らす主張よりも、なんでここまでスペイン人が鬱屈するほど、英独仏に対して遅れたと感じる状況になったのかを歴史的に知ることにある。

 
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