革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

2017年07月

『西洋の終わり』を読んで、結局、西洋的価値観以外に将来に希望をもてる世界のあり方がないことを知る。

「西洋」の終わり 世界の繁栄を取り戻すために
ビル・エモット
日本経済新聞出版社
2017-07-06

 知日家の国際ジャーナリスト。元は英国の「エコノミスト」の記者。

 宗教対立を克服したウェストファリア条約以降の西洋社会のもつ、開放性と権利の平等という基本理念に基づく、西洋社会しか、結局のところ、人々をより幸せにするための世界のあり方を提示できていない。

 もちろん、ISの問題、トランプ政権の閉鎖性と俗物性の問題など西洋社会に対する危機も多く存在する。その中でも歴史的にみて西洋社会がもつ特性と有利性を理解して、それをいかにして維持し、改善していくかを考えていくべき。
  
 これが著者の主張。

 ちなみに、著者は西洋社会を維持するための8つの原則を最後に整理している。(位置No4411)

(1)人、もの、資本の開放性
(2)平等、特に機会の平等
(3)あらゆるレベルと年代の教育
(4)社会階級間、民族集団間に加え、世代間の平等
(5)法の支配
(6)言論の自由
(7)退屈なこと(文字通り台無しになるような一か八かの勝負を避けること)
(8)国際的な法の支配と国際協調

 当たり前のことだが、その当たり前の価値観が危機になっている現実を見据えて、この価値観を将来につなげていくのが我々世代の役目。

 以下、抜き書き。

(1)それは西洋という理念の根底をなす強みである。西洋社会が生き延び、栄えてきたのは、開放性と平等にきわめて重要な特質が備わっていたからだ。それは、内外の新しい脅威や状況に対して進化する能力だ。西洋の理念を守り、保ち、必要なときに復興するのを怠らないようにすれば、そこには他のどんな形の社会構造よりも優れていることを実証してきた進化の力が秘められている。(位置No147)

(2)利益団体が民主主義というゲームに勝ち、ゲームのルールが壊され、ゲームの選ばれた管理人――つまり政府――がその場の政治的満足を得るために目の前の出来事に見て見ぬふりをするとき、民主主義の脆弱性が大惨事を引き起こすのだ。(位置No401)

(3)福祉国家は、それ自体が目的なのではない。むしろ目的は、安心感と帰属意識を損ねずに変革を行なえるようにし、国全体が進歩をつづけられるように、信頼、公平性、社会正義が充分に存在するという意識を醸成し、財政のバランスを図って求められる公共財と私的財を提供することだ。福祉国家がその目的に沿わなくなったときには、再考し、徹底的に作り直す必要がある。目的そのものが時代遅れになるようなことは考えられないが、そうなった場合を除き、福祉国家を放棄してはならない。(位置No476)

(4)日本、イタリア、フランス、ドイツ、その他の欧州諸国の多くで分断が顕著なのは、無期雇用契約の労働者(多くは年配)が固執する強力な保護と権利を政府がそのままにしているからだ。そういった保護を減らした場合に票を失い、デモが起きるのではないかと政府は怖れている。だから、ほかの労働者(多くは若者)の権利を犠牲にして、労働市場の柔軟性を維持してきた。そういう政策をつづけていると、結婚できず、子供を持てず、家を買えず、教育資金をまかなえないというように、生活のあらゆる面に影響が及び、不平等が固定化してしまう。これは労働法のような法律問題ではない。社会全体に亀裂がひろがっているのが問題なのだ。そして、それが次の世代へと受け継がれてゆく。(位置No998)

(5)人間や企業を利益団体にまとめあげるのは容易ではないが、利益に抵抗するインセンティブよりも、団結するインセンティブのほうがずっと強いと、オルソンは指摘している。農家が農業補助金を受け取ったり、医師やタクシー運転手が新規参入を制限したり、ウォール街の投資銀行がゆるい規制を受けつづけたり、公共のセーフティ・ネットや低税率が維持されることで、それぞれが絶大な利益をこうむるいっぽう、その利益のコスト負担は無数の人間や法人に薄められる。団体を結成するのは容易ではないが、結成されると解散させるのは容易ではない。(位置No1254)

(6)もうひとつ重要だったのは、他の国とは異なり、アメリカの法律では鉱業権と採掘権が国ではなく土地所有者に属していることだった。それが、土地所有者がフラッキングを受け入れ、奨励する、直接の強い誘因になった。懸念される環境問題――フラッキングに使われる化学物質による地下水汚染、住宅の水道からガスの泡が出てくるというイメージ、地震――によって、欧州ではフラッキングが進まず、ニューヨーク州でも同じだったが、人口密度が低く、実験精神の旺盛なアメリカの西部諸州では、そういう懸念はたちまち打ち負かされた。(位置No1556)

(7)長期的思考委員会は、カリフォルニア州の偉大で高潔な人々の集まりだった。共和党政権の元閣僚ふたり(ジョージ・シュルツとコンドリーザ・ライス)、民主党政権の元CEA委員長(ローラ・タイソン)、元州最高裁首席裁判官(ロナルド・ジョージ)、グーグル会長(エリック・シュミット)、委員会を結成して資金を提供しているフランス生まれのビジネスマンで現在はフィランソロピスト(ニコラス・バーグルエン)、アーノルド・シュワルツェネッガーの前の州知事(グレイ・デービス)、労働組合幹部(マリア・エレナ・デュラゾ)、その他、ビジネス、法律、政治の賢人が名を連ねている。こうした集まりが、大衆や現在の議員たちの決断を左右したり、影響力をあたえたりするという保証はないが、州民発案改革では大きな成果をあげたし、さらなる改革を進めようとしている。(位置No1878)

(8)ウィンストン・チャーチルはかつて、アメリカ人は「正しいことをやるとつねに当てにできる。ただし、ほかの選択肢が尽きたときに」と述べた。冷笑的な見方かもしれないが、それがいまの日本にぴたりと当てはまるかもしれないと思えてきた。日本は方策が尽きかけている。利益団体に対処し、経済全体に及ぶほんとうの規制緩和を行ない、移民を自由化し、エネルギー、メディア、広告、マーケティング、卸売など、カルテル化している数多くの分野に全面的な競争を、すこしでも持ち込めば、静かではあるが画期的な変容がもたらされるはずだ。それが開放性へのほんとうの動きを示すことになる。それには、雇用契約を統一し、労働者の立ち位置をそろえる労働関連法改正が伴わなければならない。そういう開放性は、大幅な権利の平等によって均衡が保たれる。(位置No3175)

(9)その結果、高齢化への適応は、気候変動への適応という責務と似たような感じになる。将来世代のことを考え、遠い未来の利益という大目的のために、犠牲と調整を行なおうと人々を説得するのは容易ではない。だから、もっと漸進的な方法で徐々に進めることが求められる。法律、機構、その文化に特有の前提に固着したものを、すこしずつ改善して、可能な限り前進させる必要がある。引退年齢を引き上げ、公的年金の受給資格を得るのを遅らせるにあたって、多くの国でこうしたやり方がなされている。貯金と年金制度が不充分だという個人の意識が徐々に根付いていて、退職せずに働きつづけたいという意欲を強めている。(位置No3778)

『中国政治からみた日中関係』を読んで、対日政策は実は中国国内事情で揺らいでいることを知る。


 慶応大学の政治学の先生で、かつ、防衛大学校長の方の論文を整理した本。

 中国の国内事情から、対日政策の変化を説明できることを主張している。

 前提として、中国は常識として議会制民主主義がないので、常に指導者は権力闘争に明け暮れていること。

 そして、国内の権力闘争が勝って地盤が安定化していない間は、対日政策が強硬側に傾くこと。

 また、周恩来や鄧小平などの大政治家の時代には、ある程度の中国国民の不満にかかわらず大局的な対応ができたが、江沢民以降、そのような大局的な対応が難しく、中国国民の不満や暴発にも影響を受けること。

 それらを踏まえて、著者の習近平氏が行ってきた対日政策の分析は以下のとおり。

(1)習近平氏の対日政策がやや緩和して、福田元首相と谷内局長を北京に迎えて戦略的互恵関係など四項目同意をした2014年7月は、習近平氏が周永康の立件を終え、江沢民派との権力闘争に勝利した時期であること。(p231)

(2)その一方で、2014年2月27日に突然9月3日を抗日戦争勝利記念日、12月13日を南京事件国家追悼日に決定するなど、対日改善に逆行する動きがあった。この背景について、著者は、この決定は、習近平氏が入っていない全人代常務委員会で決定され、この常務委員会委員長は、江沢民とのつながりが強い、張徳江であることから、事前に習近平氏の了解を得ずに行った可能性を指摘している。(p232)

 以上のように依然として江沢民派の動きもあり、反日的な政策の可能性も残っている。

 なお、江沢民氏は中国の指導者の中で特に反日的な政策を推し進めてきたが、その背景には、中国で広く伝わっている、江沢民の実父は汪兆銘政権の幹部であったことから、個人的にも強く反日の政策を打ち出さざるを得ないことがあるとされる。(p190)

 中国政治が権力闘争に明け暮れ、その権力闘争の状況によって突如対日政策が変更されるという不安定な大国に隣接していることを、一国民としても理解しておく必要あり。

『自由民権運動の夢と挫折』を読んで、建前としての民選議院論争の背景に不満都市住民や農民の暴発による過激化があることを知る。


 1873年に征韓論に破れた板垣退助や後藤象二郎が民選議院開設を求めた運動が自由民権運動というのが通常の歴史的理解。

 著者は、そういう理念的な側面とは別に、戊辰戦争以降、社会的な集団が壊され、また、松方財政によって貧窮した都市下層民や農民の暴発運動として、自由民権運動の中での、福島事件や秩父事件を分析している。
  
 この二つの側面があってはじめて、1882年の板垣、後藤の外遊という、現実逃避的な行動も理解できる。

 なお、1874年の民選議院設立の建白書を受け、政府側が、1878年には地方三新法をつくって県会を設置、さらに、1881年には国会開設の勅諭をだして、政府側がリードして制度設計(著者は「新しい舞台」といっている。下の(3)参照)を行い、自由民権運動の建前としての目標をつぶしている。
 この時勢をみる力と時代を先駆ける度胸については、やはり、政府側にも見るべきものがある。

 このような時代を先駆ける度胸や判断を、最近の日本でみることがあるだろうか。
 
 以下、抜き書き。

(1)一人ひとりの人間が、身分的な社会集団という「袋」にまとめられ、支配者から集団を通じて賦課される「役」を果たす。これが近世身分制社会の基本的な構造である。 このように、近世社会の身分とは「士農工商」というような単純な上下関係ではない。近世身分制社会を構成する基本単位である「袋」にもいろいろな種類の「袋」がある。そのうえ、近世後期には、「袋」に入りきらない人びとも、都市を中心に多数発生していた。(位置No536)

(2)一八七三(明治六)年からは、地租改正が開始される。地租改正はすべての私有地に対し地価を記載した地券を発行し、その三%(のち二・五%)を「地租」という税として徴収する税制改革であるが、その意義は単なる税制改革にとどまらない。地租改正によって、税の納入責任は、村ではなくて土地所有者個人に設定された。近世の村請制は廃止されたのである。つまり、地租改正は、近世の百姓身分の人びとが所属していた村という集団の解体をも意味していた。(位置No560)

(3)政府が新しい舞台を着々とつくり上げているとき、そうした民権家の運動についていったのは、できあがりつつある社会の枠組みからこぼれ落ちつつある人びとであった。新しい舞台に乗ることができそうな地方の有力者たちは運動から離れていった。運動の資金源は当然涸渇する。そして、民権家とそうした周縁的な人びとの共鳴は、成功の見込みのない、いくつかの武装蜂起事件を引きおこし、自由民権運動は終わりを迎える。(位置No3090)

『リニア新幹線 名古屋の挑戦』を読んで、どうせリニア整備するならちゃんと都市計画をやれるよう国も応援すべき。

リニア新世紀 名古屋の挑戦 (ディスカヴァー携書)
奥野 信宏
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-07-13

 名古屋市内で話しをする予定があり、事前勉強として購入。

 リニア新幹線には、エネルギー消費の問題などいろんな指摘がある。http://blog.livedoor.jp/shoji1217/archives/1020936386.html

 しかし、現実に工事に着手している現在、駅設置地区周辺の都市計画は真面目に考える必要がある。

 筑波エクスプレスを整備するために宅鉄法をつくって、開発利益の吸収手法や鉄道と都市計画の調整の仕組みを整備したのに比べて、リニア新幹線と都市計画の関係については、議論が盛り上がっていない。

 しかし、名古屋市のように、ものづくりの拠点を周囲に配置し、さらに日本第二、第三の経済規模を有する都市が、リニア新幹線の整備に伴い、その効果をうまく取り込んで、利用客に便利な駅と都市構造の整備や開発利益を吸収して都市経済の発展につなげるかは、日本の将来に係る、国家的な課題だと考える。

 この意味でも、2027年の名古屋までの開業について、もっと関心をもつべきだし、国として何をすべきかについても考えるべきだろう。
 特に、リニアについて、純粋なJR東海の資金調達だけでなく、国の財政投融資を導入することが決まったことからも、もっと国民の立場からも情報提供が必要だと考える。

 この本は、比較的バラ色の話しが多く描かれているが、名古屋駅の真下に浅深度で突っ込んでくるリニア新幹線が名古屋市という戦災復興で先人が苦労して整備したまちに大きな影響を与えることは避けられない。

 具体的な課題については、別途の情報収集が必要。ただし、名古屋市とリニアの関係についての調査の第一歩としてはふさわしい本。

 以下、抜き書き。

(1)このような居住の集約化は、コンパクト+ネットワークでは意図されていない。どこに住むのを幸せと感じるかは人次第である。特に地方都市や中山間地域では、居住地の移動は大都市におけるマンションの住み替えと同じようにはいかない。行政が街の中心部にアパートや住宅建設用の土地を準備し、移転を希望する者には補助金を出す等の措置を講じて居住の集約化を積極的に推進すれば、残る集落までも壊してしまいかねない。自然災害等の危険地帯は別だが、積極的に推進すべき政策ではない。花弁の周辺の集落は極力生かさなければならない。(位置No238)

(2)東日本大震災の後に災害の専門家から主張された「減災」対策の観点が重要である。「大規模災害が襲来したら、そのときには逃げろ」と言っているのでは、世界から各分野の一級の人材は集まらない。スーパー・メガリージョン圏域では、ハードとソフトの両面において、世界的に見て最高度の防災・減災の施策が実行されていることを世界に示すことが持続的な発展にとって大事である。(位置No326)

(3)ものづくり産業は今後、女性の価値観の多様化にも目線を転じ、意欲と能力のある女性を登用する産業へと進化していかないと、優秀な人材が圏域外に流出してしまう。ICTやデザイン分野などを含む人材の多様性は、名古屋の先進性を高める上で重要な課題といえるだろう。(位置No699)

(4)高速鉄道が来るタイミングを生かして街づくりを行い、その効果を持続させた唯一の事例として有名なのが岡山である。岡山までは昭和47 年に山陽新幹線が開業したが、昭和50 年には博多まで延伸され、岡山が終着点だった期間は3年間だけだった。しかしこの間に、立地条件を活かして、四国を含めた二次輸送網を整備し、駅前再開発や倉敷の美観地区指定などの街づくりを進め、博多延伸後も圏域の中枢拠点として、新幹線開業効果を持続的なものにすることができている。(位置No848)

(5)日本の都市計画の基礎を作った石川栄耀が、戦前の13年間、名古屋市の都市計画に深く携わっていたことも忘れてはならない。石川は、前述の組合施行の区画整理事業を名古屋市に定着させるとともに、名古屋市のそれまでの産業中心の実利的な都市計画に対して生活中心の都市計画の必要性を説き、商店街や盛り場も重視した「都市美運動」を展開した。今、名古屋市の街には魅力がないといわれるが、実は戦前から同じような悩みを抱えていたことがわかる。(位置No1064)

『学び続ける力』を読んで、リベラルアーツと政策立案の関係を考える。



 東京工業大学リベラルアーツセンターで池上さんが講義した話を核にして、リベラルアーツを身につける価値について論じた本。 

 ちなみにリベラルアーツは、簡単にいうと自由に発想し、考えるための知識や技術。
 池上先生は、東工大の桑子敏雄先生の「与えられた問題の解をだすのではなく、自ら自由に問題を設定氏、新しい解を探していく」ための知識や技術と説明している。(位置No1441)

 私は、10年くらいは猛然と専門書と教養書を読み出した。特に教養書を読むことによって、自分に期待していたこと。

(1)最近は、政治側から官僚に政策立案や法制度立案の具体的なテーマが出されるが、そのテーマについて、もう一つ上の次元でそれを包含してより将来のために役立つ政策立案をする癖をつけること。 
 議会制民主主義のもとで、大臣など政治からの指示に従うのが官僚の義務だが、ミクロにそれに従うだけでなく、政策の基本的な使命、国民の生命と健康で文化的な生活を実現するという観点から、本来、どういう政策の枠組みがいいのか、という大きな視点から政策のフレームを考え直す力をつけること。

(2)行政が扱っている法律、経済などの知識は、学問の世界で必ずしも最先端のものではない。そもそも学問の世界で最先端といわれる進化論と分子生物学や、量子力学や宇宙物理学の発想や考え方を学ぶことによって、硬直的な発想を柔軟化すること。 
 特に、人間社会もそもそもは人間という生物が構築しているので、地球46億年、生物30億年の歴史のなかでどう生き残ってきたかを考え、それに反するような発想をしないことは、チェックリストとして重要と考える。

(3)行動経済学や心理学などの最近の人の非合理的な側面を扱う学問の進化は、政策立案の際にも単純にインセンティブだけではだめで、そこに一工夫いることを気づかせてくれること。

(4)哲学や歴史学などの人文科学は、大きな変革や混乱の時代に立ったとき、それが個人的なものであれ、世界的なものであれ、それを見通して、なんとかやりくりしてきた先人の知恵や経験を、なんとなくながら、自分の頭に思い起こさせてくれること

(5)これは最も些細なことだが、統計学や数学などは、相関関係と因果関係の区別、例えば、一時点で横断的に一定の傾向が見られても、それが因果関係でない限り、それを一つの個別地区が将来的にどうなるかを予測することはできないこと、など、多くの役所のパンフレットで犯しがちな間違いを気づかせてくれること。

 国家公務員や地方公務員の一部は激務で平日はもとより土日もほとんど教養書を継続的に読むことができない。これが結局、いろんな意味で政策を薄っぺらくしているし、海外と交渉する際にも、根っこのところで尊敬されない要素になっていると思う。もう少し、勤務を合理的にして、最低限、もっと幅広い読書を後輩たちにはしてほしいと思う。

 以下、抜き書き。

(1)一方で、連邦議会は丘の上にあります。キャピトル・ヒルという名前がついています。その丘から見下ろすと、低地の湿地帯に大統領官邸(ホワイトハウス)があります。キャピトル・ヒルは丘の上ですから議会はどこからでも見えます。ホワイトハウスは近くまで行かないと見えません。でも、キャピトル・ヒルからなら、離れていても見えます。 このように、そもそもアメリカは議会のほうが上として国家組織ができたのです。なので、大統領の就任式では、連邦議会の前で、連邦議会の議員たちに向かって宣誓が行われます。 そして、この宣誓のときの立会人は、連邦最高裁判所長官です。これが三権分立をあらわしています。……(位置No991)

(2)このときオバマ大統領は、(大統領再選の)選挙戦の遊説を中止してワシントンに戻り、ハリケーン対策に専念しました。テレビの生中継で国民に対策や避難を呼びかけ、連邦政府の各機関に非常事態態勢を取らせました。 テレビに出て国民に呼びかける大統領の姿は、「最高指揮官」の自信に満ち溢れていました。「この大統領なら、私たち国民を守ってくれる」 そんな安心感が国民の間に広がりました。(位置No1058)

(3)ちなみに、慶應では「先生」と呼ばれるのは福沢諭吉だけ。教授であっても、学内の掲示や発行物では「君」づけで呼ばれます。私たちも、ゼミの指導教授について、内輪では「君」で呼んでいました。(位置No1404)
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