革新的国家公務員OBが語りたいこと・伝えたいことー自由と民主主義を信じ国益を考えるーAiming at an innovative official of the national government

36年の公務員生活で培った「防災・復興法制」「都市計画法制」の知識を広く共有するため、書評を通じて、関係する新しい論点を示します。なお、意見にわたるものは個人的なものであり所属する(した)組織の意見や立場ではありません。

私的なことがら

為末大『諦める力』を読んで、今の自分には響く言葉が多い。


 アマゾンの日替わりセールで購入。

 400mハードルで世界陸上で銅メダルをとった為末のエッセイ。やっぱり、苦労もするし、体力の衰えにも悩むし、引退の決意など、心に響くものがある。

(1)世の中には、自分の努力次第で手の届く範囲がある。その一方で、どんなに努力しても及ばない、手の届かない範囲がある。努力することで進める方向というのは、自分の能力に見合った方向なのだ。(位置No244.)

(2)最高の戦略は努力が娯楽化することである。そこには苦しみやつらさという感覚はなく、純粋な楽しさがある。苦しくなければ成長できないなんてことはない。人生は楽しんでいい、そして楽しみながら成長すること自体が成功への近道なのだ。(位置No295.)

(3)さらに言えば、今自分が走っている人生とその横に走っているいくつかの人生は、俯瞰してみれば、同じゴールにつながる別のルートである可能性もある。直線的にゴールに向かう最短ルートもあれば、少し回り道かもしれないが、確実にゴールに到達するルートだってある。このことを意識しているだけで、何かをやめたり、諦めたりすることに積極的な意味を感じ取ることができるだろう。(位置No490.)

(3)やめることは、一人に耐えることと関係している。でも、やめてまた新たに何かを始めれば、そこで新たな人とつながることもできる。(位置No726.)

(4)どんな分野においても「あの人はすごい」と言われるような人は、無意識と意識のバランスが普通の人に比べて格段にいいように見える。勘にゆだねるときはゆだね、論理的に詰めるときは詰める。無意識にその塩梅を判断しているところが「すごく」見えるのだ。(位置No845.)

(5)どこまで引いて俯瞰で考えるか。どこまで大きく勝ち負けをとらえるか。このことによって、日常の勝ち負けの基準も変わってくる。そう考えると「どこで勝つか」より「何が勝ちか」をはっきりさせておくことが、自分が本当に勝ちたいフィールドでの勝利につながるのだ。(位置No162.)

(6)日本人は、金メダルやノーベル賞といった既存のランキングを非常に好む。これは他者評価を重んじる、日本人の気質をよく表していると思う。それはそれで目指してもいいとは思うけれど、多くの日本人は、あまりにも人から選ばれようとしすぎてはいないか。人に受け入れてほしいと思いすぎていないか。(位置No1136.)

 ノーベル賞とか世界遺産になると、とたんに評価があがるのは、なんとなく僕もいやな感じがするな。

(7)僕も自分の限界を認めることに対しては、激しい抵抗を感じた時期があった。しかしやがて気づいたのは、どこかのタイミングで「自分はこんなものでしかない」ということを一度受け入れなければならないということだ。「このぐらいが自分なんだ」ということを知る、といってもいい。(位置No1276.)

(8)むしろ、ある段階がきたら「もうこれはいらない」と手放していくことで、幸福が近づいてくるのではないだろうか。最近の僕はそんなふうに思うようになった。(位置No1707.)

(9)ある心理学の実験で、子どもが自発的にやっていることに報酬を与えると、モチベーションが下がることがわかった。報酬というのは、義務を果たしたことに対するご褒美だ。ご褒美がもらえなくても面白いからやっていたことが、義務として強要された瞬間につまらなくなってしまう。(位置No1764.)

 ね、なかなかいいでしょ。為末さん。きっと感性が鋭い人なんだと思うな。 

藤原てい『流れる星は生きている SHOOTING STARS ARE ALIVE』を読んで、自分の抱えている悩みなんか小さいもんだと痛感。


  The writer escaped from the east north CHINA with three children just after Japanese surrender to the United Nations. She lost all money and food in PYONGYANG, she begged food for north KOREANS, walked with her children up and down several mountains, and swung across the rivers holding three children across 38th Parallel. Finally, American army rescued them, and successfully, they returned Japan.

 なぜか、うちの本棚に積ん読になっていた。昨日、親父とお袋の世話で疲労困憊していて、何も本をよめそうもなかったが、なぜかこの本の背表紙が、「よんだら」といっている感じがして手にとってみた。

 世の中には、「本の神様」っているのかもしれない。

 藤原ていさんという著者が、満州の新京から、赤ん坊と子ども二人をつれて、ほとんど餓死寸前になりながら、日本に帰国した際の避難記。

 秩序が乱れた時の、日本人同士の争い、利己主義、平壌であしどめにされている間に、お金も食糧もなくなり、38度線も閉鎖されたときに、最後は物乞いをしながら、朝鮮の人からご飯をめぐんでもらい、生き延びる。

 貨物の貨車で移動して若干南下してから、38度線あたりは、歩いて、山を越え、川を子どもを抱いて渡って、開城までなんとかたどりつき、アメリカ軍に保護される。

 そののちも、子どもが下痢を続けて、帰国船でも意地悪をされ、最後に、長野の下諏訪の実家の駅で両親が迎えに来てくれて、意識を失う。

 この本の本文では書いていないが、気象台に勤めていた夫も1年後に帰国でき、こども3人も無事成人になったと書いてある。

 本当にお金もなく、子ども三人抱えて、満州から生きて引き上げてきた、藤原さんのパワーに圧倒される。また、人間の醜さ、自分の醜さもそのまま赤裸々に書いているところも本当に心を打つ。

 こんな苦労をしながら、戦後の日本を支えてきて頂いたことを考えれば、小生の苦労など、本当に小さなものだと痛感した。

 この時期にこの本に出会えて本当によかった。 

北九州・下関の出張をしてきて、公共インフラのあり方と再度考える。

 北九州と下関を、北九州空港と宇部山口空港をつかって日帰りで出張してきた。  先日の北海道の出張も夕張によったので一泊したが、釧路だけだったら飛行機で日帰りが可能。  地方空港を県や市町村が必死に誘致してきたが、その結果ビジネスは日帰りでできるようになり、東京の企業が支店をおく必要がなくなった。空港が東京一極集中を招いているのが、満席にビジネス帰りの客を見ながらよくわかった。  広域インフラで地方活性化って基本的に間違っていると思う。移動しやすくなったら、中枢機能のある方に各種の機能がひっぱられるのは当然。  その他、公共インフラで考えたこと。 (1)これだけ、国内飛行機の便が頻繁にとんで、なおかつ、新幹線網も充実しているのに、リニア新幹線って本当に必要なのか?JR東海のもうけでやるからいいといって、最後に税金で助けてくれといってくるのではないかと心配。 (2)北海道は高速道路をまだつくっていたが、地道で十分移動可能だし、宇部空港への移動もバスで非常にスムーズ。基本的には、高速道路ももう十分ではないか。また、遠くの集落への命の道とかいって無理して、管理費が膨大になる橋をいっぱいかけて、地方道をつくるより、ドクターヘリの発着とドクターヘリを購入した方が安上がりではないか。 (3)下関駅とかの前に巨大なデッキができていたが、デッキより高い建物があんまりなくて、見晴らしがよかった。そんなに地道の交通量が多くないのに無理して整備も高いし、維持費も高い歩行者デッキっているのか。タイル張りの豪華なつくりであちこち修繕していたが、つくることに意味のある歩行者空間になっていないか。 (4)つくっちゃった空間、道路でも公園でもデッキでも、その上を収益をあげる施設を誘導して維持管理をうかせることをもっと考えるべき。公園だって、健康のための空間ならフィットネスクラブを誘致してもいいし、病院も誘致してもいいじゃないか。道路だって中心市街地は道路が交通量にくらべてたくさんあるので、道路をはずして、都市計画広場にして、もっと屋台とかお店に開放するやり方とかあると思う。歩行者デッキや自由通路も同じ。管理者が別々になっているのと、自分で収益をあげる発想がないから、民間とコラボする発想がでてこない。維持管理費の一定割合は自分の空間でかせげ、ぐらいの指示を市町村長はしたらいいと思う。 (5)あいている公共建築物が多すぎ。それに加えて、さらに再開発をしたりして公共空間をつくろうとする発想がまったく理解できない。あいている公共建築物がある間は、所管をこえて、新しい公共建築物がつくらない、ぐらいの判断が市町村長ができないのか。補助金は作るときにはでるけど、あとの用途をしばったりして、困るだけ。その反省が市町村職員に乏しいのは驚くべきこと。 (6)地方の再生は、国のお金を使うのではなくて、北九州の家守のように民間の独自のリノベを動きを市町村がワンストップで支援するとか、せいぜい、ファナンスで支援して、民間がもうけてきたら、還してもらうという、起業支援で十分だと思う。あとは、東京での中枢機能のあがりでえた税収と国の信用で借金して集めたお金を、まるでただの金のように地方公共団体に配るのは段階的にやめた方がいい。東京だって海外の中枢拠点と戦うためには外国企業を誘致するためにいろんな支援措置が必要だし、東京のあがりで地方にお金をばらまいて成功した地方活性化策ってないと思う。あと、交付税も結局借金だから、金融危機がおきて金利があがったらいきなり国は面倒みれなくなる。その可能性を前提にして、自分の地域であがる税収で地域を運営しているという発想が大事。 (7)そういう竹馬財政であることを地元住民にも理解してもらって、地域でできることは自分たちがやる、地域共同体で助け合いでやるというのが、防災、福祉、医療、公共施設管理、など各方面で大事。その方向で国も政策を充実すべき。  甘い言葉で地方再生といって、最終的に都市財政の破綻に突き落とすのが今必要な政策ではないと思う。もっと、次世代に健全な財政、健全なインフラ、健全な生活環境を残すことをみんなで真剣に考えよう。

山本繁太郎先輩の冥福を祈ります。

 山本先輩は、建設省の10年先輩。  山本さんが都市計画課長時代、住宅局長時代、そして都市再生本部事務局次長時代に直接お仕えして、薫陶を受けた。  いつも、前向きに、相談すれば、前向きの指示をいただき、その頭の回転の速さと決断力、判断力にはいつも感服していた。  自分は夜の席は一切でないのだが、山本さんの席にお声がかかったときに、万難を排して出席した。酒の席でも昼間以上に明るく楽しい人だった。  山本さんが足跡を残した、都市計画、防災、復興などについては、課題が山積みだし、むしろ転換期に来ているともいえる。  自分は、山本さんのような生き方はできないかもしれないが、自分なりに、都市計画行政、防災政策、復興政策について、知識と経験を深め、山本さんの遺志を少しでも実現していくよう、全力で努力したい。  自分が自分としてできる限りの努力を続けることで、山本さんの薫陶に答えることになると考える。  そう決意して、山本さんのご冥福をお祈りしたい。

日垣隆さんの中読書会に参加して、将来の予測方法について有意義なアドバイスを受けた。

 今日は、日垣さんの新刊『情報への作法』をつかって、将来の予測方法についての中読書会。

 この本は、日垣さんの以前の情報本の復刻だが、初めての人であれば読む価値あり。今でも、十分通用する。

①原発問題などは、両極端の議論になっているが、両方の意見の本をちゃんとよむことが大事。

②過去のデータに依存しない。ただし、歴史と他の国の情報はきちんと押さえる。

③どんな分野でも70%のレベルまでは割と楽に到達できる。どんな政策でも、リスクとベネフィットを比較することが大事。

 その他、参考図書として、理科年表、エネルギー白書、中国年鑑を示された。

 他流試合をするようで、読書好きの人があるまる会も有意義。
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