内村鑑三が明治27年、1894年に箱根で二日間行った講演をまとめたもの。
洒脱でざっくばらんな話し方で、内村の著作とは印象だだいぶ違う。
「後世に何を置いて逝こう」という問題について
(1)後世へわれわれの遺すもののなかにまず第一に大切なもの、「金」。(位置No146)
「神の正しい道によって、天地宇宙の正当なる法則に従って、富を国家のために使うのであるという実業の精神」ということ。(位置No230)
(2)「金よりもよい遺物は何であるかと考えてみますと、事業です。」(位置No272)
「ドウいう事業が一番だれにもわかるかといえば土木的事業です。」(位置No280)
(3)「また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。なんであるかというと、私の思想です。」(位置No372)
「私は青年を薫陶して私の思想を若い人に注いで、そうしてその人をして私の事業をなさしめることができる、すなわちこれを短くいいますれば、著述をするということと学生を教えるということであります。」(位置No372)
(4)「最大の遺物とはなんであるか。私が考えてみますに人間が後世に遺すことのできる、ソウしてこれは誰にも遺すことのできるところの遺物で、利益ばかりあって害のない遺物がある。それはなんであるかならば勇ましい高尚なる生涯であると思います。」(位置No617)
(講演の最後の言葉)「われわれは後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アノ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを後世の人に遺したいと思います。」(位置No833)
遺物が金や土木事業から始めるのは、やや意外な感じがするが、「真面目」に生涯を送ること自体が最大遺物だという内村の講演の主張は、凡人である私にとって大きな励みになる。
その他、感銘を受けた点。
(1)有名なる天文学者のハーシェルが二十歳ばかりのときに彼の友人に語って「わが愛する友よ、われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか」というた。実に美しい青年の希望ではありませんか。(位置No129)
(2)キリスト信徒の実業家が起りまして、金を儲けることは己れのために儲けるのではない、神の正しい道によって、天地宇宙の正当なる法則にしたがって、富を国家のために使うのであるという実業の精神がわれわれのなかに起らんことを私は願う。(位置No230)
(3)たといわれわれがイクラやりそこなってもイクラ不運にあっても、そのときに力を回復して、われわれの事業を捨ててはならぬ、勇気を起してふたたびそれに取りかからなければならぬ、という心を起してくれたことについて、カーライルは非常な遺物を遺してくれた人ではないか。(位置No684)
(4)メリー・ライオン女子が自分の女生徒に遺言した言葉
他の人の行くことを嫌うところへ行け。
他の人の嫌がることをなせ(位置No767)
(5)われわれに邪魔のあるのはもっとも愉快なことであります。邪魔があればあるほどわれわれの事業ができる。勇ましい生涯と事業を後世に遺すことができる。とにかく反対があればあるほど面白い。われわれに友達がない、われわれに金がない、われわれに学問がないというのが面白い。われわれが神の恩恵を享け、われわれの信仰によってこれらの不足に打ち勝つことができれば、われわれは非常な事業を遺すものである。(位置No808)