有沢翔治の読書日記

 同人小説家、有沢翔治のブログ。  いいものを書くためにはいいものを、幅広く。

【こんな小説を書いてます】

二人であることの問い

 双子の姉、亜衣の様子がおかしい。何かあったのではないかと真衣から萌は相談を受ける。やがて亜衣の部屋からバタフライナイフを買った痕跡が見つかり……。亜衣は何を考えているのか?

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『詩と真実』(岩波書店)

詩と真実 (第1部) (岩波文庫)

概要

『若きウェルテルの悩み』で有名なゲーテがその幼年期から青年期を振り返る。幼少期のいたずら、青年期の交友関係、リスボン地震、ヨーゼフ二世の戴冠式の様子、初恋などの恋愛……。そして、結婚間近だった恋人との破談を経験する。自然と宗教の関係、文学・絵画などの芸術について、当時の市民社会について。

はじめに

 今年は長編作品を読もうと思ってます。加えてゲーテを踏破したいと考えて、図書館から借りてきました。アウグスティヌスなど思想の内容に興味があったり、ルソーなど波乱万丈な人生だったりするなら話は別ですが、自伝は余り好きではありません。『詩と真実』自体はフロイトが精神分析をしていたので、興味がなくもありませんでした。またゲーテも自然科学と文学の学問の垣根なく活躍しており、この点でも僕は興味を持っていました*1
 しかし、『フランクリン自伝』のように短いならいざしらず、『詩と真実』は想像以上に長く躊躇していました。抄訳にしようかとも迷ったのですが、中途半端に済ませたくありません。全訳を借りてきました。
 あとは植物学などの自然科学系の論考だけだと思ってたら、イタリア旅行全三巻を見落としていました。紀行文もあまり好きではないので、躊躇しています……。創作家に偏食は大敵なんですけどね。

恋愛

 元来、他人の恋愛には全く興味はありませんが、ゲーテの初恋がグレートヒェン。そして悲劇『ファウスト』でファウスト博士もまた同名の女性グレートヒェンに恋をしています。

グレートヒェン

 その上、彼女は居酒屋の娘なのですが、ゲーテは友達と酒を飲んでいたときに出会いいます。そして悲劇『ファウスト』第一部にも居酒屋が登場しているのです。つながりがあると推察できましょう
 もちろん魔術的な要素はともかく、違いもあります。悲劇『ファウスト』ではファウスト博士がグレートヒェンと知り合いったのは道端です。そしてファウスト博士が哲学・法学・神学・医学を修めているのですが、当時のゲーテは十四歳*2。もちろんファウスト博士のように四部門を修めてはいません。しかし文学の才能は当時から発揮していて、結婚式や葬儀のときに友達数人と詩を書いて金銭を稼いでいました。
 そして、『ファウスト』のグレートヒェンは妊娠するのですが、実際のグレートヒェンには諍いに巻き込まれ、騒動の前日に「額に軽くキスをしただけ」で「市を立去り、自分の郷里に帰」ります。ちなみにこの諍いですが『詩と真実』だけでは全容がよく解りませんでした。「君は某という人間をある地位の候補者としてお祖父さんに推薦したことはないか」とあるように本来、資格もない人を推薦したようなのです。結局この騒動は、勘違いだったのか利用されただけだったのか、ゲーテは無罪放免になりました。

リリー

 ルソーほど女性遍歴は激しくありませんが、『詩と真実』で僕がもう一人、印象に残った女性がいます。二十六歳の時に婚約した女性、リリー・シュネーマン。注釈によると彼女の家はカルヴァン派でゲーテの家はプロテスタント*3で「宗旨もちがえば、慣習もちがった」のです。リリーの家では財政上の理由からもゲーテとの結婚を反対していたのですが、彼女自身はアメリカで暮らしたがっていたと又聞きします。
 リリーは、(中略)私にたいする愛情から、現在の境遇も環境も一切投げ捨てて、私と一緒にアメリカへ行くつもりであるとのべたということである。当時アメリカは、おそらく現在以上に、当面の境遇に悩まされている人たちの黄金郷だったのである。
 結局、一七七五年に婚約を解消するのですが、ゲーテは後日、スランプに陥り、彼女の家付近に行きます。
 リリーの窓辺にも歩み寄った。(中略)やがて彼女が、ピアノを弾きながら唄を歌うのが聞えた。それは一年足らずまえに私が彼女によせて作った「ああ、いかなれば汝はかくもあがらいがたくわれを惹きよせるや」であった。
 本当に「心をこめて歌っていた」かはゲーテの希望的観測も大いに入っているのでなんとも言えませんが、リリーもゲーテが忘れられなかったのだけは事実なようです。
 ゲーテもまた彼女に詩を捧げています。
しおれゆくのか、甘き薔薇よ、
わたしの愛の足らざるがゆえに。
咲いてくれ、望みを失える者のために。
悲しみに心砕けたる者のために。
 ここでリリーへの愛情を甘き薔薇に託しているのは言うまでもありません。

宗教観

 さて、ゲーテの宗教観は純粋なプロテスタントでなく、それ以前に、おそらくキリスト教としても特殊だったと推察できます。スピノザは異端視されており、攻撃を加えられていたのですが、ゲーテは彼の著作に惹かれていたと書いてあるのです。その時の感想を下記の通り綴っています。
私はそれによって重大な影響を受けていた。あれほど決定的な働きを私に及ぼし、私は私の特異な本性を陶冶する手段わくまなく探し求めた結果、ついにこの人の『エチカ』に出会ったのであった。(中略)要するに私はこの書物に、私の情熱を静めてくれるものを見出したのであった。感性的、道義的世界にたいする大きな自由な展望が開けるように思えた。
 しばらくスピノザから離れますが、父親の蔵書の中で、スピノザを激しく攻撃している本に出会います。この本がきっかけとなり、スピノザの主張を再確認するために、彼の著作を再び読むようになったのでした。詩と真実 (第2部) (岩波文庫) スピノザの考えは汎神論といい、神が自然を作ったのではなく、自然と神は同じものだと考えました。しかしこれはキリスト教の教えに反するだけでなく、「自然こそが神」なら「自然」を解明すれば、同時に神を解明したことにつながるので、教会としては当然容認できなかったのではないでしょうか。
 しかしゲーテの一世代前から、スピノザの受容が大きく変化します。レッシングが最晩年、スピノザ主義者だとほのめかしたことを境に、論争が勃発しました*4。

自然

 この汎神論の考えは、「なんら象徴をも必要とせず、自然との対話からのみわれわれの胸に生れてくるものほど美しい敬神はけっしてありません」と書かれている通り、ゲーテにも見られます。他にも下記の文章にも反映されていると言えましょう。
自然は永遠の、必要的な、神自身でさえ、なんら変更することのできない神的な法則に従って働いている。これについてはすべての人間が、意識することなく、完全に一致している。悟性を、理性を、いや、時には恣意のみを暗示発といるかにみえる自然現象が、いかにわれわれに驚異の年を、いや、畏怖の念をもたらすか考えてみるがいい。
 ゲーテもスピノザも自然の中に神を見出してはいるのですが、ゲーテは神と自然を分離していると解ります。そして法則は神自身が変更できないと考えている以上はキリスト教の考えるような神ではありません。自然法則が、自然現象を生み出していると書いてあるように、自然法則・自然現象・神の三つで考えていると推察できます。この三つの物を完全に同一視すればスピノザに行き着くでしょう。
 この自然と宗教に対する考えは、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』にも現れています。ゲーテはこの小説で思想史をなぞりながら、自然への畏怖、哲学、啓示宗教の三つの宗教があると説き、この三つ全てが重要なのだと説きました*5。このように『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』は宗教観が主軸となっているのですが、この宗教観は『詩と真実』でも書かれています。
 普遍的、自然的宗教は本来信仰を必要としない。というのは、創造し、秩序をあたえ、指導する偉大な実在は、自己の存在をわれわれに理解させるために、いわば自然の背後にかくれているという確信、このような確信は各人の胸におのずと湧きでるものであるからである。よしんば人間が、彼の生涯のあいだ、導くこうした確信の糸をときとして見失うことがあっても、彼はまたすぐにいたる所で、それをとりあげることができる。
 ルネサンス以降は人間個人が芸術の主題として多く扱われるようになりました*6。そして究極は神と一個人の関係にまで行き着きます。ゲーテは汎神論の持ち主で、人間一人一人との自然との関係性が説かれているのです。リスボン地震の影響もあるかもしれません。つまりキリスト教のように神が慈愛に満ちているのなら、リスボン地震などがどうして起こるのか説明できないのです*7。
 またゲーテは「昼と夜、季節、開花と結実の交代、その他、我々が楽しむことができ、またわれわれを楽しませるように、季節ごとにわれわれに現れてくるもの、これらが地上の生活の本来の原動力であり」、この自然の営みを感じてこそ幸せになると考えていました。もちろん、「心が開かれていればいるほど、われわれはより多くの幸福を感じることができる」とあるようにつまるところ、好奇心に行き着きます。
 このように新しい宗教観の創造は当時かなり過激だったでしょう。さらに、「信仰においては、信じるということに一切が帰するのであって、なにを信ずるかはまったくどうでもいいことである」とまでゲーテは言っているのです。このような考えに至るのは様々な宗教を認めなければなりません。ヘルマン・ベックが仏典をドイツ語に訳したのは、1916年なので明らかに時代が合いませんが、同時代のショーペンハウエルからはインド哲学の影響も指摘されています。また、イスラム教の本をゲーテが読んでいたことは、『詩と真実』でマホメットの行動を引用している通り明らかといえるでしょう。また晩年にはペルシャの詩人、ハーフィズに影響を受け、『西東詩集』を作っています*8。
 そしてこれはゲーテも総括している通り、「最初は心ひかれるままに自然宗教へ目を向け(中略)一般的な信仰に喜んで身を捧げる」のです。

倫理

 しばしば『詩と真実』において本性という言葉が登場します。日本語に訳すと解りにくいのですが、ドイツ語ではNaturと言い、「自然」と「本質」「本性」などの意味があります*9。これに注目すると下記の文章も「Natur」とつながってくるのではないでしょうか。
 われわれがしたいと思うものは、われわれの外に、未来にあるものとして、われわれの空想力の前に現れる。われわれは、われわれがすでにもっているもにの憧憬を感じる。こうして情熱的に先取りすることによって、真に可能なものが、夢想された現実に変るのである。こうした傾向がわれわれの本性のうちにあれば、われわれが一歩々々発展するごとに、最初の願いの一部が実現される(強調は有沢による)。
 この頃、ヨーロッパはナポレオンが登場し、新たな市民社会の幕開けが期待されていました。またアメリカの独立も見逃せません。『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』では自由の土地として描かれており*10、リリーとの関係はもとより、市民社会の到来を予期していたのではないでしょうか。
詩と真実 (第3部) (岩波文庫)

芸術

 さて、芸術に関してはゲーテより少し前の時代に哲学者の間で議論されるようになりました。バウムガルテンやカントも美学では重要な人物なのですが、特に芸術との関係においてはヘーゲルが大きく関わってきます。バウムガルテンは詩を素材として美を体系的に論じ、ヘーゲルはこの理論を芸術全般に適用しました。
 これ以前には間接的にせよバークがゲーテと関わってくるでしょう。歴史家、政治哲学者以外にも美とはなにかについて考察しており、この中で崇高さという概念を用いているのです。そしてこの崇高さは恐怖によって支えられていると語り*11、これは『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』と関わってくると言えましょう。

絵画

 また、ゲーテの時代、劇作家レッシングが大人気で、ゲーテは友人と会いに行っています。恐れ多くなったのでしょうか。途中で引き返してきたのですが、彼は劇作家だけでなく、演劇評論家・芸術評論家も手掛けていました。厳密にいえば細分化されてなかったからなのですが、彼の芸術評論はラオコーン像を論じた『ラオコーン』。これは彫刻などの視覚芸術と、演劇などの言語芸術の根本的な差異を時間の観点から論じたもので、当時、大論争を巻き起こしました*12。
 レッシングの『ラオーコオン』がわれわれにいかなる影響を及ぼしたかを思い描くことのできるのは青年のみであろう。この作品は、貧弱な直観の領域から、思想の広々とした沃野へ引出してくれた。
 もちろんこのようにゲーテも影響は受けています。
 またゲーテ自身も、一時期は芸術家を目指しており、諦めるために占いめいたことをしています。結局、どちらとも取れる結果になりました。ゲーテは「この現象を都合のいいようには解釈」しませんでした。この現象が曖昧だったから「絵の訓練は次第に間遠になり」結果的に、「神託の意味が実現される」のです。
 才能がないから、芽が出ないからなど、人間はなにか諦めるには理屈が必要で、ゲーテの場合は神託だったのでしょう。

文学

 このようにゲーテは文学の道を志しますが、作風は『ファウスト』からも解る通り、民話・伝承に根ざしています。少年時代は乱読家で、ジョナサン・スウィフトなどを読んだと語っています。この本の中には当然ながら、民間伝承の本もあったと推察できるでしょう。このようにドイツの土着のものに心惹かれていました。
 この一方、ゲーテ自身は英語・フランス語・イタリア語・ラテン語に加え、旧約聖書を原文で読みたいと思い、ヘブライ語まで学んでいます。ラテン語は日本語の古文に、フランス語は文化と学問の中心地だったので、今で言う英語に相当すると言えるかもしれません。
 事実、ゲーテはフランスの大学に留学し、そこで多くの知己を得ます。特に重要な出会いは後の哲学者、ヘルダーもその一人。彼は言語哲学に大きな足跡を残しました。
 当時の文学についての状況を下記の通り語っています。
ある文学、それもとくにドイツの文学を考えてみるとき、ひとたびなにかの対象があたえられて、それをある種の形式であつかうことに成功すると、国民全体がそれにとらわれあらゆる手段を用いてくりかえそうとして、ついには山ほど模倣作ができああがり、原作そのものをおおい隠して、原作の息の根をとめてしまうのようなことがみられるのは、さして驚くにあたらないが、しかしいかにも奇妙なことに思われる。
 昨今の異世界転生ものを彷彿とさせますが、それこそ、繰り返しているのかもしれません。この繰り返しは苛立たしく思うかもしれませんが、ゲーテは四季になぞらえながら、下記の通り語っています。
「文学には季節があると、私に思えます。自然と同じように、次々と入れ替わって、その時々の現象をもたらし、それが順を追って繰り返されるのです。したがって私は文学のある時期全体をほめたりけなしたりできるとは思いません。とくに、時代によって呼び起こされるある種の才能を、ひどくもちあげて称讃したり、その反対に、他の才能をののしったり、けなしめたりするのを好みません。春がくれば、鶯は歌い出します。しかしかっこうだとて同じことです。目に快い蝶も、まことに嫌な蚊も、同じように夏の暑さに呼び出されます。このことをよく心にとめておけば、十年ごとに同じ嘆きを繰り返さなくてもすみますし、あれやこれやの不快事を根絶やしにしようとして、無駄な骨折りをしなくてすむわけです」
詩と真実 (第4部) (岩波文庫) もちろん文学史の観点から見れば、理性重視の啓蒙主義、感情重視の疾風怒濤からロマン主義に向かっていました。その後、また、写実主義が起こるなどで理性重視の文学運動が高まります。ゲーテ自身は疾風怒濤期の代表的な作家で、写実主義の勃興など知るよしもありません。しかし、このようにその後の文学運動を考えるとゲーテの文学観は的を射ていたと言えるでしょう。
 ゲーテ自身に限って言えば、四季の流れはあくまでも他人へ説明するための比喩であり、絵画の画風からヒントを得ていたのかもしれません。絵画の世界では、写実と誇張が繰り返されていました*13。
 
*1 ただし『色彩論』は物理学より色彩心理学に近い(wikipedia「色彩論」)。
*2 今でこそ、中学生が飲酒していると法律違反になるが、時代も場所も違う。法律はもちろん、倫理観も当然違ってくるだろう。
*3 wikipedia「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
*4 wikipedia「汎神論論争
*5 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代(上)』(岩波書店)
*6  例えばハムレットやドン・キホーテが挙げられる。
*7 この問題意識はヴォルテール『カンディード』にも見られる(ヴォルテール『カンディード』岩波書店)
*8 wikipedia「西東詩集
*9  ポケットプログレッシブ独和「Natur
*10 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代(下)』(岩波書店)
*11 エドマンド・バーク『崇高と美の観念の起原』(みすず書房)
*12 wikipedia「ラオコオン論争
*13 パノフスキー『イデア』(平凡社)



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ギルバート・キース・チェスタートン『世界の名探偵コレクション10(3):ブラウン神父』(集英社)

ブラウン神父 (世界の名探偵コレクション10) (集英社文庫)

あらすじ

 呪われた本を読むと、人が消えるという。その証拠に五人全員がテントの中から消えてしまった。インドの古書を巡る奇譚「古書の呪い」。
 マーン侯爵は決闘を人を殺してからというもの、出てこない。殺人を悔いて発狂しているのだ。しかし決闘には立会人がおり、不正は行われていないと証言した。白昼の試合で見逃すはずがない、とも。あの殺人は仕方がなかったと皆で慰めに行くが……(「マーン城の喪主」)

はじめに

 仕事の休憩時間に、そしてコロナウィルスワクチン接種の待ち時間に読み進めました。推理小説は10代前半から20代前半に掛けて、特に読んでいました。『世界の名探偵コレクション』は高校生の時に買いましたが、当時は余り面白く感じませんでした。エラリー・クイーン、コナン・ドイル、ヴァン・ダインなどが面白かったのです。
 しかし、三十代後半になって読み返すとシムノンやチェスタートンなどの味が解るようになってきました。高校生の頃は大掛かりな「ペンドラゴン一族の滅亡」が好きだったのですが、再読すると「マーン城の喪主」「古書の呪い」などに惹かれます。
 なお、この短編集には「ドニントン事件」が収録されており、他のどの短編集にも収録されていません。そのような意味でもこの短編集は面白いと言えましょう。

逆説

 さて、チェスタートンの特徴は逆説です。例えば「ドニントン事件」は子供が作った暗号だから、気付きません。小説内の論理に従えば子供は気まぐれなので、法則性も行き当りばったり、だから解けないのです
 もちろん、これはチェスタートンの修辞学的な要素も含んでいるのですが、先入観による問題もあるでしょう。つまり、大人は賢く、子供は愚かだと考えているからこそ「ドニントン事件」の逆説が成り立つのです。
 この他にも「ムーン・クレセントの奇跡」では、「人間を判定したがために殺された」と語ります。経営者御用達のホテル「ムーン・クレセント」で、大富豪ワインドが不思議な死を遂げます。高層階の一室で仕事をしている隙に、首吊死体なっていたのです。しかも、庭の木にぶら下がって。しかもドアには三人、立っていましたが、人影は見ていないと言います。
 過去にホームレス三人が施しを求めて彼のもとへ訪れたのですが、使えそうな人物だけ雇って、精神病院とアルコール中毒矯正施設へと送りました。3人は自尊心を傷つけられ、ワインドへ復讐を果たしたのです。ワインドの傲慢さが文字通り破滅を招いたのですが、チェスタートンはブラウン神父を通して科学万能主義の脆さを説いています*。

人間心理

 科学的にありえないと頑迷に主張していた証人たちがいとも簡単に、呪いを信じるのです。三人を代表して、アルボインはブラウン神父へこう言います。
 この世の裏にある大きなものに到達するにはその殻を破らなくてはならんと、もう気づいたのです。あなたはそうした偉大なものを体現しておられる……それについて超自然的な解明をされる立場にある……だからわれわれはこれをあなたの手に委ねなければいけないのです。
 ここで透けて見えるのは、自然は人間が制御できるという、ある種の科学万能主義に基づく工学万能主義です。科学で解明できるからと言って、制御できるわけではありません。ここで科学主義とは別に工学万能主義という言葉を使います。科学は原理を解明するだけで、それを実際に制御するのは工学の分野だからです。例えば新型コロナウィルス、原子力など科学的なメカニズムが解ったからと言って、制御できない例は枚挙に暇がありませんが、老化現象がその典型例だと言えましょう。老化現象は科学でテロメアの短縮など、かなりのところまで解っているのですが、だからと言って老化は防げません。また死もメカニズムが科学的に解っているのですが、だからと生命工学的に言って防げないのです。
 これは科学的なことがらだけではありません。ワインドは人間の行動も制御できると思っていたとブラウン神父は言います。ここに来て、ワインドが〈工学万能主義〉に陥っていたと明かされるのです。つまり、制御できると思っている点で、アルバインたちと変わりません。
 一方、ブラウン神父は人間がなぜ行動したかを暴くだけです。そこには処罰願望はありません。事象をただ見つめるだけの態度は、ある意味で本当の「科学的」な態度と言えましょう。
 そして森羅万象を神の被造物だと考えるなら、理屈を知っても無闇に手を加えてはならず、これは工学万能主義の批判と解することができるかもしれません。「ムーン・クレセントの奇跡」では、ホームレスへの無関心さが災いを招いたのですが、これは「古書の呪い」でも同じことが言えます。「古書の呪い」では心霊現象研究の第一人者、オープンショーが、宣教師のプリンクル師から古書を読むと失踪する話を聞かされます。実はこのプリンクル師は、大学事務員のベリッジの変装。一見、なんてことはないのですが、どうして気付かなかったかと言えば、オープンショーは単なる計算機としてしか見ていなかったからに他なりません。この話が皮肉なのは彼の自慢話を使っている点。関心の対象は簡単に見破れるのですが、関心の外に出ると途端に無頓着になるのです。対象が人間に向けられている点では同じなのに、です。
 一方のブラウン神父は、オープンショーを待っている間、雑談を交わしているので、変装だと解るのです
 「マーン城の喪主」は侯爵より証人たちの変化に重点が置かれています。侯爵は決闘で不正行為を行ない、ブラウン神父はこれを暴くのですが、侯爵が不正行為をしていたと知った途端、評価を一変させるのです。これまで勇敢だと讃えていたのに、卑怯者だと。
 決闘で人を殺した点で言えば、侯爵の行ないそのものは変わりません。ただ不正行為で行動の解釈を変えただけです。

東洋

「古書の呪い」は雰囲気を醸すべく、西アフリカ、アラブ、インドなどの地名が出てきます。これは東洋が西洋人にとって不気味で魔術的な印象を持っているからです。
 ここで西洋は科学的思考ができ、東洋は非科学的・魔術的だと単純な二項対立で考えるのは間違っています。なぜなら、「ムーン・クレセントの奇跡」ですでに見たように、僕たちの科学的思考はたやすく非科学的な思考へと反転するのです。そのような点で、オープンショーもまた科学から非科学へと容易く行き来する人物像と言えましょう。

*1 科学万能主義批判は「器械のあやまち」においても見られる。(G.K.チェスタートン『ブラウン神父の知恵』所収』)


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ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』(岩波書店)

七つの夜 (岩波文庫)

概要

 ボルヘスはダンテ「神曲」などについての講演を、ブエノスアイレスの劇場で七回に渡り行った。本書はその記録である。円環、無限はボルヘスの小説でも多く用いられているが、この講演でも取り上げられている。また、第四夜の仏教などは日本人に馴染み深いテーマであろう。この他、すでに視覚障害者となっていたので、「盲目について」という回もあり、そこからは彼の人生観が窺える。

はじめに

 創作では不幸すらも糧になると誰かが言っていたような気がして、たまたまボルヘスが引っかかりました*1。ボルヘスではなかったような気がしたのですが、図書館から借りることに。そもそも、このようなことを調べようと思ったかと言えば、Abbeyのブログが発端。読書週間企画で勝手に障害者と文学の関わりを紹介しようと考えて、掉尾を飾るテーマとして上記の言葉を紹介しようと思ったのです。
 ボルヘスも晩年は視覚障害になったので、企画の内容と合致しています。

読書

 さて、ボルヘスは本当に幅広く本を読んでいるだけでなく、独自の視点で文学作品にに相互の関係性を見上しています。通常ならロマン派の詩人はワーズワースとコールリッジに始まり、ロバート・サウジーに引き継がれ、パーシー・シェリー、バイロンなどが……云々などと文学史の教科書どおりに教えるかもしれません。しかし、ボルヘスは『千一夜物語』とチェスタートン『木曜日の男』の共通性を(強引ではありますが)見出します。確かにスティーヴンソンは『新千一夜物語』を書いていますが、チェスタートンがどこまで影響を受けたか疑問の余地があると言わざるを得ません。このような影響関係などを間テクスト性と呼ぶのですが、学問である以上は、それなりに比較検討を行ない、類似箇所を見つけ、あるいは作家の証言などから証拠を見つけ出さなければいけないのです。
 しかしボルヘスはこのような手続きを踏まず、完全に空想で関係性を指摘します。西欧の伝統的な文学研究にいい意味で縛られていないと言えましょう。それはまるでボルヘスが『続審理』で作り上げた、「中国の百科事典」を思わせます*2。
動物は次のごとく分けられる。(a)皇帝に属するもの(b)香の匂いを放つもの(中略)(n)とおくから蝿のように見えるもの。
このような分類体系が実際に行なわれていたかは問題ではありません。我々とは全く違った分類体系、そして知の枠組みが行なわれる可能性があることが重要なのです*3。
 分類の話ばかりをしていますが、知の枠組みは一つでありません。例えば物理は数学とある意味で、正反対の枠組みですし、特に近代文学は解釈学なので、解釈の妥当性が決め手となります。ボルヘスに立ち返れば、通常の文学史とはまた違った知の枠組みが存在しているのです。
 どうしてダンテの『神曲』に惹かれるのかも*4、この現代とは全く違う「知の枠組み」が関係しているのかもしれません。『神曲』ではプラトン、アリストテレスなどの実在の哲学者が登場し、当時の天文学が語られるなど、百科事典を思わせますが、当然ながら今の分類方法とは違います。そもそも、この『神曲』自身、ダンテがウェルギリウスを伴い、恋人のベアトリーチェを探しに、地獄へ行く話です。現代の知の枠組みなら、フィクションと百科事典ははっきりと区別されているでしょう。しかし『神曲』は物語性を持ちながら、百科事典のようでもあるので、知の枠組みをこの点でも揺さぶっているのです。
 これはボルヘス自身がアルゼンチン生まれで、西洋と非西洋、二つの知の枠組みに挟まれながら育ったせいも在るかもしれません。この西洋と非西欧については『千一夜物語』や『仏教』などで語られることとなります。アルゼンチンはスペインとアステカ帝国というだけではなく、スペイン自体も中世までイスラムに支配されていました*5。このせいかどうかは定かではありませんが、ボルヘスの作品にはイスラム文学を題材にしたものもあります。例えば「アベンハカーン・エル・ボハリー、おのれの迷宮に死す」*6もイスラム世界が関わってきます。「アヴェロエスの探求」*7のアヴェロエスはイスラム統治下のスペインの哲学者、イブン=ルシュドのラテン名。このアヴェロエスの表記自身、イスラム世界と西洋の二重性を表していると言えましょう。
 また知の枠組みと言えば数学でも当てはまります。例えば平面幾何学と球面幾何学はいくつかの小売を共有していますが、球面幾何学の世界では平行線は交わるのです。例えば、ボールの前後から「平行線」を引くと交わります。
 物理の世界でもニュートン力学が否定されたわけではありません。ニュートン力学は目に見えるほどの大きな世界を、量子力学は目に見えないほど小さな世界を扱っており、それぞれ共存しています。ただ前提条件が違うだけです。これはフーコーの「知の枠組み」とはまた違うのですが、前提条件を変えれば、相容れないと思えても共存するという点で重なってくると言えましょう。

迷宮

 さて『七つの夜』に限らず、ボルヘスの著作は書物の迷宮を思わせます。古今東西の文学作品など幅広く引用しているので、それらが迷宮の部屋のように思えてくるのです。事実、迷宮もボルヘスの作品に多く登場するテーマ。前述の「アベンハカーン・エル・ボハリー、おのれの迷宮に死す」は言うに及ばずバベルの図書館は迷宮のような図書館が、八岐の園では文字通り迷宮が登場します。
 例えば「千一夜物語」について「世界は様々な対応関係から成り立ち、魔法の鍵に満ちており、小さな事物のうちに大きな事物を解く鍵が含まれている」と語ります。バベルの図書館の世界観、特に「他のすべての本の鍵であり完全な要約である」という一文を思い起こさせるでしょう。要約はもちろん「小さな事物」であり、原典は「大きな事物」だと考えれば対応関係が見出だせるのではないでしょうか。そのように考えていくと、神曲もまたプラトンを要約しており、そしてボルヘスも神曲を要約しているだけではなくこの『七つの夜』もボルヘスの「バベルの図書館」を要約だとも解釈できましょう。
 そもそも言葉そのものが思考や感情の要約に過ぎないのかもしれません。

無限

 千一夜物語は迷宮だけでなく、「無限」もキーワードとなってくるでしょう。無限もボルヘスが好んで遣います。例えば日本では新興宗教団体のせいであまりイメージはよくありませんが、アレフ。数学用語で無限の大小を比較するために用いられる概念なのですが、ヘブライ文字に由来するそうです。そしてボルヘスは短編集『エル・アレフ』を書いています。数学的な厳密性を抜きにすれば、無数と無限はほぼ同義語で使われます*8。
 ボルヘスは『千一夜物語』について講演する中で下記のように述べています。
『千一夜物語』というタイトルには違う種類の美しさがあります。その理由は私たちにとって「千」という言葉は「無数の」とほぼ同意語に等しいからです。千夜というのは、無数の夜(中略)というのと同じです。「千一夜」というのは、無数に一を加えることです。英語に面白い表現がある。「永遠に」という意味でfor everというかわりに、ときにfor ever a dayということがある。
 何も英語だけではなく、千差万別の「千」はたくさんの差、千歳飴の千歳は本来たくさんの歳月ですし、「千年の恋も一瞬で冷める」などというときは、ずっと長い間という程度の意味です。
 しかも「この無数という概念は、『千一夜物語』の本質を成してい」ると指摘しています。千一夜物語は、ボルヘスによると下記の歴史をたどりながらヨーロッパに紹介されました。
 インドでまず中心となる一連の物語が作られ、それがペルシアに入った。そしてペルシアで形が整えられ、最後にエジプトに行き着くのです。
 つまり無限ではありませんが、無数の人の手を介して、改変を繰り返され、ヨーロッパに渡るのです。
 こればかりではありません。翻訳者の一人、バートンが引き合いだしている東洋学者によれば、ペルシャの古いテキストではスルタンではなくアレクサンダーに語っている体裁を取っているそうです。夜寝る前、王様に物語を聞かせる専門の召使いがいたそうで、しかも一八五〇年の段階ではおおよそ五十人の召使いたちが『千一夜物語」を語っていたといいます。この意味でも〈語り手〉は多く、つまり無数に存在していると言えましょう。

円環

 円環もまたボルヘスによく描かれています。空間的な円環と思いがちですが、仏教のくだりを読むと概念的な円環も含んで考えていると言えましょう。キリスト教にせよイスラム教にせよでは死後の時間を一直線だと説きますが、インド哲学では輪廻転生などからも解るように、死後の時間を円の一種だと捉えています。ボルヘスは仏教が輪廻思想を説いたかのように語っているのですが、正確ではありません。輪廻思想を解いたのはヒンドゥー教です。仏教はヒンドゥー教を母胎としながらも、輪廻思想からの脱出を説きました*9。したがって下記の記述は仏教とヒンドゥー教を混同しています。
 ショーペンハウアーの弟子、ドイッセンは仏教を大変愛した人ですが、インドで盲目の物乞いに出会い、意気投合したことを語っています。物乞いは彼にこう言いました。「私が盲目に生まれついたとすればそれは前世に犯した罪のせいだ。だから盲目になってもおかしくはない。」人々は苦しみを受け入れるのです。
 これは明らかにヒンドゥー教の考えですが、もちろんボルヘスが間違っているとは限りません。
 輪廻転生はインド哲学だけだと思いきや、古代ギリシャにもありましたし、19世紀の詩人、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティにも循環論は見られると指摘しています。
 もう一つセム系一神教と仏教との大きな違いは歴史性の懐疑を許しているかどうかが挙げられます。キリスト教にせよイスラム教にせよ、イエス・キリストやマホメットの実在性を信じなければいけません。しかしボルヘスの友人によると「良き仏教徒でありながら、ブッダの存在を否定することができる」、あるいは「歴史的なことを信じるのは重要なことではな」く、「重要なのは教義を信じること」だと言います。例えばブッダの存在を信じなくとも、あるいは意識しなくとも、仏教徒です。
 加えて「仏教は、宗教である上に、神話、宇宙論であり、形而上学体型、もっと正確にいえば、たがいに理解し合うことなく論駁し合う一連の形而上学体系である、というのです」。友人の手前味噌が入っているのを加味するにしても、仏教はインド哲学含め、唯識論など思想的な面が多く見られるのも事実。
 ここで『神曲』と重なり合わせて考えることもできましょう。ダンテの『神曲』は単なるフィクションだけでなく、百科事典のような網羅的知識を内包していました。ボルヘスが語る仏教も単なる宗教に留まりません。さまざまな要素を内包しているのです。

障害

 仏教はどうしたら生老病死などの根本的、実存的な悩みを克服できるか考えています。恐らくボルヘスの言う「八つの道」とは八正道だと思いますが、これ以外にも「人々は苦しみを受け入れる」と語ります。苦しみを受け入れるかはともかく、心が平穏な世界を目指しています。例えばマインドフルネスなどは仏教が起原*10です。そしてこの明鏡止水の世界は、ストア派の目標でもありました*11。
 ところで前述した盲目の物乞いへの言及は、ボルヘス自信の生い立ちを少なからず反映していると言えましょう。ボルヘスが光を失って以降も詩作に励んでいたと知ったとき、恥ずかしながら全盲で全く見えなくなったと思っていたのですが、「私には本の扉や背表紙さえもほとんど判読できない」状態です。しかしそれでも視覚障害を患ったことには変わりません。
 しかも独裁政権が終わり、晴れてアルゼンチン国立図書館の図書館長に就任したときのことだったのです。「私は天国を図書館のようなものでないかと想像していました」と語るほどの読書好き。まさに不幸と幸運が同時に訪れた瞬間でした。
 もっともボルヘスの病気は遺伝性のもので、父親も晩年は視力を失っています。ある種、運命のようなものを感じていたのかもしれません。前世、遺伝両方ともに自分の力ではどうしようもありませんが、災いをもたらす共通点があります。しかし、「私は盲目になったことでいじけるのがいやでした」と語る通り、口述筆記で詩作を作ります。
私にとって盲目はまったくの不幸を意味してきたわけではありません。盲目を哀れみの目で見てはならない。盲目とは人の生活様式の一つです。
 ウェルズのSF小説、「盲人国」*12を思い出しました。「盲人国」ではまさに、盲人が一つの生活様式として根付いていると言えましょう。そしてこの結果、「可視の世界を、耳で聴くアングロ・サクソン語の世界と取り替えることができました」と語っているように、言葉の意味だけでなく、韻などの音の重要性に改めて気づくのです。
 考えてみれば演劇にしろ歌にしろ、元を辿れば声と言葉は一体化していました。ボルヘスは視力を失った代わりに、より文学の根源に近づいたのかもしれません。

*1 tiny「言葉というメディウムをもつ盲目の人」(note)
*2 ホルヘ・ルイス・ボルヘス「中国の百科事典」(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『続審問』岩波書店) 
*3 ミシェル・フーコー『知の考古学』(河出書房)
*4 ボルヘスはダンテの『神曲』で講演をしている(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『ボルヘスのダンテ「神曲」講義』国書刊行会)。
*5 wikipedia「ウマイヤ朝
*6 ホルヘ・ルイス・ボルヘス「アベンハカーン・エル・ボハリー、おのれの迷宮に死す」(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『エル・アレフ』平凡社)
*7 ホルヘ・ルイス・ボルヘス「アヴェロエスの探求」(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『エル・アレフ』平凡社)
*8 数学の無限とは、例えば整数全体の個数などを数えるときの概念である。つまり数学的な概念を踏まえれば、可算である以上、無数は有限個になる。
*9 Wikipedia「解脱
*10 Wikipedia「マインドフルネス
*11 Wikipedia「ストア派
*12 H.G.ウェルズ「盲人国」(H.G.ウェルズ『タイムマシン 他九篇』岩波書店)


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マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』(光文社)

ハックルベリー・フィンの冒険(上) (光文社古典新訳文庫)

あらすじ

 前作、『トム・ソーヤの冒険』で大金を手に入れた宿無しハックルベリー・フィンことハック。トムと遊びながらも、ダグラス未亡人のところで学校生活を送っていた。しかし退屈で、窮屈でしかたない。そこで家出を決意。
 そのころ、ハックが大金を得たと風の噂に聞いて、飲んだくれの父親が彼のもとへ姿を現す。ハックは父親に殺されたように見せ、逃げおおせた。潜伏先で逃亡奴隷のジムと出会い、奴隷制のない州への逃亡を手助けする。しかし、当時の価値観では、奴隷を逃亡させることは犯罪行為に等しかった……。

はじめに

 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』を読んで、疲れていました。今年は長編を読もうと思っていたことや、Amazonでの評判もあり、児童文学の『ハックルベリー・フィンの冒険』を借りてきました。しかし、これは児童文学の体裁をとった社会批判・社会諷刺の小説だと確信するようになりました。事実、解説によれば、マーク・トウェインは児童文学として書いていないと語っているそうです*1。
 中心は黒人奴隷のジムを巡る話であり、言うまでもなく差別問題と白人社会の欺瞞を浮き彫りにしています。この問題は遺憾ながら、現代アメリカ社会にも根強く残っており、例えばBLM運動にもつながっていると言えましょう。

時代背景

 この『ハックルベリー・フィンの冒険』を語る上で、時代背景は書かせません。アメリカの多くで黒人奴隷の所有は合法的なものとなっていました。それどころか、奴隷の逃亡を手助けしたら、犯罪とされてきたのです。それだけではありません。「白人が黒人と親しくするだけでも世間から非難されていた」*2そうです。加えて、犯罪、道徳、そして宗教心の三つは切っても切り離せません。地獄に落ちるとまで言われていたようです。一方で、通報したら高額の報奨金をもらう権利が発生しました。
 特に南部を中心には黒人奴隷を使っており、トウェイン以外にもフォークナーが黒人奴隷を登場させています*3。これは南部が綿花などの農業で、その時に奴隷を使っていたせいです。ハックは砂糖の樽で生活しているのですが、これは砂糖のプランテーションを反映しているのでしょう。したがって、奴隷制の廃止を唱えれば白い目で見られていました。
 一方、北部の州は奴隷制を廃止してましたが、北部は工業中心。しかし黒人奴隷が地主の所有物であり続ける以上は、工場で働けません、そこで、奴隷制を廃止して、工場労働者を確保しようとしたのです*4。
 そして、辱めの刑、Tar and Featherも描かれています。「王様」、「公爵」と名乗り、詐欺を繰り返している男たちが民衆に捕まり、さらし者になるのですが、ハックはその様子を下記の通り描写しています。
 二人ともからだじゅうにタールをかけられた上、羽根まみれにされてとても人間にゃ見えなかった。軍人の帽子についてる羽根飾りを巨大にしたものがみてえなもんが二つ並んでいるだけにしか見えなかった。
 ナサニエル・ホーソーンの「僕の親戚、メイジャ・モリヌー」*5にも描かれています。何が恥ずかしいか文化、年齢、個人によって差があるのですが、下記のメカニズムで発生します*6。
人間には所属欲求があり、所属した社会から排斥されないために、公的な自己像からの逸脱をコントロールしようとする。羞恥心は、他者からの期待や信頼に背くなど、社会からの排斥を想像させる苦境場面に自己が置かれていると認識することによって喚起される、生得的な警告反応である。
 つまりアメリカ社会から排斥されそうな行動をとったときに羞恥心を感じるのです。そして、このTar and Featherがもう行なわれている時点で、少なくとも共同体には排斥されていると言えましょう。ハックが語る通り、遠目では本人だと解りませんが、すでに共同体全体で王様と公爵の排斥が決定している以上は、恥の感情が拭えないと想像できます。

黒人奴隷の問題

 このような物語の時代背景で、『ハックルベリー・フィンの冒険』では黒人奴隷の問題が扱われていますが、具体的に見ていきましょう。

大人社会

 この物語はアメリカ南部が舞台ですので、厳密を期すなら南部の大人が黒人奴隷をどのように見ていたかしか解りません。最終的にサイラス夫妻の家へ身を寄せ、二人は人の好い人物として描かれています。ハックは学校に通っておらず、文字の読み書きや掛け算がまともにできないのですが、二人はハックを歓迎しています。それでも船の事故について下記の通り、会話がなされているのです。
「黒ん坊が一人死んだだけです」
「ああ、よかった。けが人が出ることもあるからねえ(後略)」
 この会話が当時の価値観を雄弁に物語っていると言えましょう。他にも男たちからは、経済的に困っているなら黒人奴隷を捕まえるように助言を受けます。別にハックを困らせようとしているわけではありません。逆にハックを救おうとして「善意」から助言しているのです。

子供たち

 子供たち、特にハックが黒人奴隷を自分と同等に見ていたかは疑問です。確かに「他人から最低の奴隷制廃止論者って呼ばれても、通報しなかったからって軽蔑されても、そんなのかまうもんか」とジムの逃亡を助けようとしています。
 しかし、サイラスおばさんが船の被害を尋ねたときに、「黒ん坊が一人死にました」と答えてはいません。「黒ん坊が一人死んだだけ(太字は有沢による)」と答えているのです。
 加えてジムを騙したときは下記の通り描かれています。
〔逃亡奴隷のジム〕黒ん坊に謝りにいく決心をするのに一五分かかった。けど、おいら、謝った。そんで、そのあと、いっぺんだって、そのことを後悔しなかった。
 ジムを黒ん坊と呼んでいるのは時代柄仕方ないにせよ、一五分も掛かるのは長いように思えます。ハックは経済的に最下層といえども白人ですので、白人が黒人に謝罪をする際には、プライドを捨てなければいけなかったことが、この一五分から窺えましょう。
 それからもう一つ。ジムは自由州で貯蓄し、最終的に奴隷の家族を「買い取る」と言い、「奴隷廃止論者たちに頼んで盗み出してもらう」と打ち明けています。それを聞いてハックは「血が凍りそうになり」、ジムの行為を「寸を与えりゃ尺を欲しがる」とまで評しています。もちろんハックには家族がアルコール依存症の父親だけで、ジムの心理が理解できないかもしれません。しかし、トムの家にせよ周りの子供たちと遊んでいるので、白人が家庭を持っていると知っているはずです。一般論として白人が自由に家族を持てるのに、黒人奴隷のジムがそれを叶えようとすると、非難しているのです。ハック自身もジムに同情しつつも完全に対等ではないと思っているのかもしれません。
 トム・ソーヤも同じことです。確かに下記の台詞は正義感に燃えているように見えます。
「あいつ〔逃亡奴隷のジム〕を閉じこめる権利なんかないんだよ! 早く行って! いますぐ。放してやるんだ! あいつは奴隷なんかじゃない、この地上のどんな生き物とも同じ、自由なんだから!」
 しかしハックの言う通りにすれば、早く解放できるのに、遊びの延長線でしか捉えていません。子供だからかというとそうではなく、「四十ドル」手渡しているのです。つまり、トムもハックも完全に対等とは見ておらず、マーク・トウェイン、あるいは彼の時代の限界だと言えましょう。

倫理観

 そして、このような黒人奴隷への扱いは単に社会制度だけでなく、倫理観にも影響を与えているのは言うまでもありません。当時の倫理観はキリスト教と密接に結びついていたのです。したがって、ハックはジムを助けると決めたときに「いいや、おいら、地獄へ行く」と独白しているのです。
 その直前にハックの心は大きく揺れ動いています。
だって、〔奴隷の逃亡を黙認して〕自分が間違ったことをしたってことは、はっきりわかってたから。(中略)けど、ちょっと考えて、待てよって思った。もし正しいことをして、〔逃亡奴隷の〕ジムを突き出したとして、いまよりましな気分だっただろうか? ううん、ひでえ気分だっただろう──いまと同じ気分がするに違えねえ。だったら、正しいことを教わったとこで何の役に立つんだ? 正しいことをすりゃ、面倒なことになって、正しいことをしてりゃ、面倒にならねえんだったら? そんで、損得も同じだとしたら? おいら、そこでひっかかって、答えがわかんなくなった。そんで、もう、そのことは考えねえことにして、これからはいっつも、そんときそんときに都合がいいほうにしようと思った。
 ハックの学校嫌いも差別を肯定する倫理観に染まらなかった原因の一つだと言えましょう。
 もう一つは、倫理観は時代・土地の要請に応じて変わっていくからです。キリスト教の精神から演繹的に導き出していません。もちろん、本来弱者救済の宗教であり、ジムを助けないとキリスト教の精神に反するのですが、そう結論付けてはいないのです。
 この理由はハックが子供だからだけではなく、教育とは何かに関わってくると言えましょう。特に初頭教育で真理は教わりません。諸々の規則を教わっているだけです*7。読み書きそろばんも結局の所、その諸規則を教わっているに過ぎません。そしてこの諸規則の優先度は時代時代によって変わるのです。普遍的な真理を探求するはずの自然科学も、例えば第二次世界大戦中に原子爆弾の研究が盛んになるなど、時代時代を反映しています*7。
 もちろん、倫理の基礎となる宗教心や道徳観念も例外ではありません。南部の経済基盤と宗教と社会制度が結びついて、奴隷制を根拠付けています。つまり、結局、宗教の理念を持ち出しても、時代や土地の価値観に回収されてしまうと、マーク・トウェインは感づいていたのではないでしょうか。一方、「そんときそんときに都合がいいほうにしようと思った」という行動原理は大衆と一致します。

大衆への風刺

 さて、大衆への諷刺は戯画化という点で、ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』を思い起こさせました。『ハックルベリー・フィンの冒険』では、自称「王様」と「公爵」など三組の人物に分かれます。以下、引用文でない限り、作中人物は「王様」「公爵」、一般名詞は王、公爵と表記します。

「公爵」と「王様」

 詐欺師の一人が公爵の末裔だというと、もう一人の詐欺師がフランス国王、ルイの末裔だと言います。もちろん、ルーウィやマルリ・アントワネットなどと間違って、あるいは訛っていることからも解るように、嘘だとすぐに解ります。
 ハックは多少冷めた目で、詐欺師二人の言葉を聞いています。
王様だの公爵だのと呼んでほしいんなら、そうしてやるよ。それで筏の上が平和なら。
 ここで子供の視点が効果的に発揮されています。つまり不毛で幼稚な詐欺師たちの言動を、子供のハックがある種大人びた現実的な視点で眺めているのですから、大人と子供の転倒が描かれていると言えましょう。ハックは「王様なんて、みんなだいたい悪党なんだよ」とジムに諭していますが、この台詞も悪党が権力を握っている点で、転倒関係が読み取れます。特に中世まで警察権も絶対君主が握っていました。それどころか絶対君主も法律や宗派も作っていたのです。通常、この二つは善と密接に関わっている以上、絶対君主も善を行なっていると解釈されますし、また少なくとも表向きは正統性を維持するためそのように言われていたに違いありません。しかし、これはハックの口を借りるまでもなくまやかし。
 「王様」と「公爵」に関して言えば、猿芝居も挙げられます。シェイクスピアの名優を騙り、公演を行なうのですが、大真面目に「『ハムレット』『マクベス』『リチャード三世』のセリフをごちゃ混ぜにして、つなげて」*9いるのです。これは弔事の場面で言い間違いを誤魔化すために、出鱈目なヘブライ語などの知識を知識を披露する場面ともつながってくると言えましょう。虚飾にまみれた大衆を、この二人で諷刺しているように感じました。

観客たち

 さて、シェイクスピアの猿芝居は失敗に終わりますが、下品な芝居で公演で成功を果たします。名付けて、「やんごとなき逸物」、注意書きには「婦人と小人はお断り」。観客は激怒しますが、観客たちはただ自分が騙されたと感じるのも悔しいので、下記の提案をします。
このまま町じゅうの笑いものになりたくはないだろう? (中略)だから、こうしよう。きょうのところは、黙ってここを出る。そして、この芝居をほめちぎって、ほかの連中にも一杯食わすんだ」
 共感を求めているのでしょうか、同じ悔しさを他の人にも味わってほしいのです。

臆病者たち

 ハックは、シャーバーンとバック・ハークネスの諍いを目撃しています。ハークネスを筆頭に、シャーバーン宅へ押しかけるのですが、「臆病者」だと笑います。
北部では、他人からいいように踏みつけにされたあげくに、家に帰って、神様どうぞ耐え忍ぶ力をお与えください、なんぞと祈るのがせいぜいだ。(中略)新聞が勇敢だ勇敢だと書きたてるせいで、南部の人間は自分らがよその人間よりも勇敢だと思っているようだが、実際は並みだ。どこが勇敢なものか。南部の陪審員は、なぜ殺人犯を縛り首にしない? そいつの仲間に撃たれるのが怖いからだ。
 陪審員云々は違うにせよ、多かれ少なかれ我々にも当てはまるでしょう。例えばネット弁慶は臆病者であるばかりでなく、匿名性まで利用しています。当然ながらネットはこの時代ありませんが、大衆の匿名性は充分に発達していました。ハックルベリー・フィンの冒険(下) (光文社古典新訳文庫) その大衆が群がると、「王様」「公爵」ともにtar and fatherにする場面で描かれている通り、「ぞっとするような見せもん」をし、「人間ってのは、他の人間に対してずいぶんと残酷にな」るのです。もちろん、「王様」「公爵」に対してだけでなく、すべての黒人奴隷たちのことも含んでいると言えましょう。


*1 石原剛「解説」(マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険(下)』光文社)
*2 土屋京子「第8章、訳注3」(マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険(上)』光文社)
*3 ウィリアム・フォークナー『響きと怒り(下)』(岩波書店)。
*4 Try-it「【高校世界史B】5分でわかる!19世紀後半のアメリカは急速に成長する!
*5 ナサニエル・ホーソーン「僕の親戚、メイジャー・モリヌー」(ナサニエル・ホーソーン『ホーソーン短篇小説集』岩波書店)
*6 wikipedia「羞恥心
*7 ミシェル・フーコー『監獄の誕生』(新潮社)
*8 ミシェル・フーコー『知の考古学』(河出書房)
*9 土屋京子「第21章、訳注2」(マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険(上)』光文社)

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アガサ・クリスティ『世界の名探偵コレクション10(4):エルキュール・ポアロ』(集英社)

エルキュール・ポアロ (世界の名探偵コレクション10) (集英社文庫)

あらすじ

 エジプトのピラミッド発掘関係者が相次いで死亡した。 心臓発作、病死、自殺……、遺族の一人、ウィラードから調査を依頼され、ポアロとヘイスティングスはエジプトにまで赴いた。ポアロは呪いの効果を信じているようだが、その真意はいかに……。「エジプト王陵の謎」など八編を収録。

はじめに

 僕は小中学生から大学二年まで推理小説を中心に読んでいたんです。この『世界の名探偵コレクション10』シリーズは割と読書歴が浅かった頃に買いました。それで職場の休憩中や病院の待合室で少しずつ再読をしていました。職場は飲食店なので、まかないが出るのですが、30分くらい時間が開くんです。しかしマウントを取っていると思われても不本意なので推理作家を持っていっています。

大衆

 推理小説の誕生には大衆の匿名性が大きく関わっています。犯人は大衆の匿名性に身を隠しながら、罪を犯すのです。ほとんどの住人が土地に縛られ、生活空間と労働空間が同じだったなら、誰もが顔見知りになり、不審者が入ってきてもすぐに解りました。家内制手工業もまた同じです。これが革命以前の社会でした。
 しかし、工業化が進み、工場制手工業の段階になると、市民たちは工場で働き始めます。この社会になれば、生活空間と労働空間の分離が起こり、不審者が現れても気付きにくくなるのです。

イギリス首相誘拐事件

 もちろんこれはアガサ・クリスティの作品にも反映されています。国家の一大事「イギリス首相誘拐事件」から、私事「クラパムの料理女の謎」にまで共通していると言えましょう。「イギリス首相誘拐事件」は替え玉トリックが使われており(実現可能性はさておくにせよ)、都市社会の匿名性を反映しています。加えて、オマーフィの存在もまた、匿名性が現れていると言えましょう。ロード・エスターは首相に気付かれないように、刑事にあとをつけさせますし、運転手もスコットランド・ヤードの人間です。
 首相の車のすぐ後ろには、もう一台、私服刑事を乗せた車がついていました。ただし、首相はこういう予防措置のことをまったく知りません。(中略)しかし警察は当然のことながら、独断で警備手配をしていました。事実、首相の運転手のオマーフィはスコットランド・ヤード刑事部の人間なのです。
 このように車内は見知らぬ者が顔を突き合わせており、都市社会の縮図だと言えましょう。
 興味深い点は、この匿名的な空間に言及した直後に「アイルランド人の名前ではありませんか?」とオマーフィの身元が割れていることです。アイルランド人の名前はエドナ・オブライエンの「O'Brien」、ダニエル・オコンネルの「O'Connell」、ダニエル・オリアリーの「O'Leary」など、先頭にO'がつく人が多いのです。そもそも、このO'は「O'」はアイルランド語で「〜の子孫」を意味しています*1。
 もちろん、ここはアイルランドの独立運動に注意を向けさているとも解釈することもできるでしょう。しかし、より深く読むなら、匿名的な車内の空間と対比させている効果を生んでいると解釈しました。
 加えて目先の利益を追求する姿勢を批判しているとも読めます。ダニエルズ大尉は素性が解らないにも関わらず七ヶ国語を操る語学力を見込んで首相に同行させました。しかし彼も犯人の一味だったのです

プリマス行き急行列車

 アガサ・クリスティは『パディントン発4時50分』*2『オリエント急行の殺人』*3『青列車の秘密』*4など、鉄道を舞台にしていくつか作品を書いています。列車の乗客は基本的に互いの素性の素性を知りません。その一方で、同じ空間に乗り合わせているのですから、列車などの公共交通機関は都市社会の縮図だと言えましょう。
 さて、これは使用人にも言えます。「プリマス行き急行列車」ではその名の通り、プリマス行きの急行列車で大富豪の娘、エピニーザ・ハリデイが殺されており、父親、ハリデイがポアロに真相の究明を依頼します。エピニーザの死とともに、十万ドル相当の宝石が消えていました。彼女は舞踏会へ赴くため、装飾品を持っていたのです。メイドが同行していたのですが、用事ができたからと予定を変更します。実は愛人、ロシュフールと密会するためだったのですが、ハリデイは彼を快く思っていません。女たらしで口説いては金を借りて回っていたのです。
 ここで重要な点はいかに親しく付き合っていたとしても結局はメイドもまた他人だということです。親近感だけでなく、どれだけ長い時間一緒に過ごそうが、他人には変わりません。当たり前のことだと思うでしょうが、一緒に過ごしている時間が長ければ親近感が湧きます。この親近感と現実との落差も近代社会の産物なのかもしれません。
 さらに興味深い点はメイドによる女主人の殺害です。これは労働者が雇用主を殺害しているので、ある種の反逆とも解釈できましょう

フロイト

 さて、エルキュール・ポアロの創造に当たり、明らかにフロイトを意識していたと解ります。「プリマス行き急行列車」でポアロはハリデイにこう説いています。
 足跡を探し回ったり、煙草の灰を見つけたりするだけでは、探偵としては十分ではないのです。同時に優秀な心理学者でなければいけません。
 もちろん、これだけではホームズの揶揄に留まっているだけだと解釈できるでしょう。実はホームズにも連想法から推理していく点でフロイトの影響が垣間見えるのですが、まだ物理的な証拠を中心に論じています。
 しかし、時代柄か男女差からかは定かでありませんが、アガサ・クリスティの至るところにフロイトの影響を見ることができるでしょう。「二十四羽の黒鶫」でポアロの友人、ヘンリーが彼の推理を先取りし、「笑って」こう言うのです。
 強い感情に支配されていて、それに心をかき乱されるあまり、自分が何を注文し、何を食べているのか文字どおり気がつかなかった。(中略)彼の胸のうちはすっかりお見通しだ。人殺しを決心しようとしていたに違いない。
 これこには時として感情が理性を支配する点でフロイトの理論そのものです。
 ヘンリーが「笑って」いるところを見ると、ポアロの、つまりフロイトの理論を揶揄しているのは言うまでもありません。しかし、ポアロは「笑わなかった」とあります。ここに当時の大衆とアガサ・クリスティ自身ががフロイトの精神分析をどのように見ていたかが解るでしょう。

自然科学

 さて、フロイトを「自然科学」と呼べるかどうかは議論の余地があるでしょうが*5、人の心を解明しようとした点では広義の科学、つまりソフトサイエンスの先駆けと言えるかもしれません*6。
 推理小説の誕生には大衆だけでなく近代科学の発展も重要な要素ですが、科学史を紐解くとオカルトと科学の境界は曖昧でした。例えばコナン・ドイルは息子の戦死を契機に降霊術を研究し始めましたが、彼の個人的な事情ではありません。ライプニッツからカント、デイヴィスにいたるまで霊魂の存在を理論化しようとしていたのです。キリスト教の影響もあるのでしょうが、日本でも少なからず影響を与えています。例えば明治から対象にかけて欧米の心霊研究が日本にも紹介されていました。
 逆も然りで、量子は今でこそ重要な概念ですが、ボルツマンが提唱した頃はオカルトだと学会から非難されました。このようにオカルトか否かを決めるのはのは、科学的な手順*7だけではないのです。
 オカルティズムと推理小説の融合ではディクスン・カーなどが挙げられるでしょうが、「エジプト墳墓の謎」もオカルトを題材にしています。もちろん推理小説である以上は、合理的な説明がつくのですが、「エジプト墳墓の謎」で興味深い点はいわゆる自然科学の「説明」ではなく心理学の「了解」*8による解決です。
 呪いは確かに自然科学でこそ否定されていますが、ポアロの語るように、「超自然についての本能的な思いは、(中略)根付いて」おり、「迷信は恐ろしい影響力を持ってい」ます。これはホラー小説「洋裁店の人形」*9などにもいえるかもしれません。「洋裁店の人形」の人形も店員には実害を与えておらず、迷信と人形の不思議な行動だけで怖がっているように思えます。

オリエンタリズム

 さて、アガサ・クリスティは考古学者と結婚したせいもあり、中近東が舞台になっています。例えば『ナイルに死す』*10『メソポタミアの殺人』*11等が挙げられましょう。クリスティの個人的な事情を抜きにすれば、東洋世界への恐れが感じられると解釈しました。
 この恐れは中近東だけでなく、アジア世界にも及んでいます。例えば「《西の星》盗難事件」では、盗難の予告状を中国人がマーヴェルの元へ持ってくるのですが、彼女は「中国人で、だからよけいに怖いんです(太字は有沢による)」と話しています。やや時代は異なりますが、1912四にはサックス・ローマーの『フー・マンチュー』*12が描かれており、アガサ・クリスティの個人的な事情よりは当時の社会背景に根拠を求めることができましょう。
 しかし、フー・マンチューが多少は同情の余地を残しながらも、基本的に冷酷非道で西欧世界の転覆を狙っているのに対し、「《西の星》盗難事件」では、西洋人が金銭欲を満たそうとして中国人を利用しています。この辺りに、クリスティがイギリス人またはヨーロッパ人と中国人またはアジア人をどのように捉えていたか一端を窺うことができます。

*1 wikipedia「オブライエン
*2 アガサ・クリスティ『パディントン発4時50分』(早川書房)
*3 アガサ・クリスティ『オリエント急行の殺人』(早川書房)
*4 アガサ・クリスティ『青列車の秘密』(早川書房)
*5 フロイトの業績だけに注目すると自然科学と呼べない。むしろ思想家だろう。しかし、フロイトは人間心理を自然科学として説明しようとしていた。例えばリビドーは自然科学のエネルギー保存則に対応している(wikipedia「ジークムント・フロイト」)。この点でいえばフロイトの試みは自然科学者の態度に近い。
*7 そもそもこの科学的な手順も突き詰めて考えていくと、非常に曖昧である。例えば計測機器が壊れていないとどのように証明するか、他の計測機器でも同様の結果でも証明にはならない。
*8。自然科学は定量化して扱うが。一部の人文科学・社会科学は解釈の根拠を積み重ねていき、その主張が納得できるかどうかで決まる。これを「了解」、あるいは「理解」と呼ぶ(wikipedia「了解」)。
*9 アガサ・クリスティ「洋裁店の人形」(アガサ・クリスティ『教会で死んだ男』早川書房)
*10 アガサ・クリスティ『ナイルに死す』(早川書房)
*11 アガサ・クリスティ『メソポタミヤの殺人』(早川書房)
*12 wikipedia「フー・マンチュー



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ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』(岩波書店)

ヴィルヘルム・マイスターの修業時代〈上〉 (岩波文庫)

あらすじ

 ヴィルヘルムは息子、フェーリクスを連れてあちこちを旅している。山で崇高な景色を見、友人のヤルノと理想の教育を巡って議論し、「教育州」へと赴く。「教育州」では畏敬への念を基盤に据えていた。これはゲーテの理想的な教育が施されていると言われている。アメリカへの言及が多く、ゲーテがアメリカをどのように見ていたか、垣間見える一作。

はじめに

 今年は長編の文学作品に挑戦しようと思い、最低でも上下巻の本を多めに読んでいます。『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』と『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』があるとは知っていましたが、訳の違いだと思っていました。しかし、続編だと解り、少し気圧されてしまったのです。幸いにもTENの原稿も早めに提出でき、比較的余裕ができたので、挑戦しようと図書館から借りてきました。
 なお便宜上『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』を『修業時代』、『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』を『遍歴時代』と略します。

さまざまな形式

 まずは形式的な問題から。『修業時代』でも歌詞などが挟まれており、多彩な形式が見てとれるのですが、『遍歴時代』ではさらに多彩な形式で描かれています。例えば、歌詞はもちろん、手紙や日記、アフォリズムと呼ばれる短文の警句などが挟まれています。アフォリズムは例えば下記のようなもの。
136 あらゆる事実がすでに理論であることを理解するのが最高であろう。空の青さは私たちに色彩論の原理を明らかにしてくれる。現象の背後に何者をも求めてはならない。現象そのものが学理なのだ。
 ひとつの番号で完結しているものもあれば、下記のように2つ以上の番号で意味を持つものもあります。
8 真の芸術に予備校はない。といっても準備ならいろいろとある。最良の準備はしかし、もっとも出来の悪い弟子でも師の仕事を手伝うことである。絵具なすりがすぐれた画家になったためしはいくらもある。
9 しかし猿まねは違う。人間が生まれ持った一般的な活動は、困難なことをらくらくなしとげる偉大な芸術家に偶然刺激され、猿まねをしがちなものなのだ。
 このように見ていくと、アフォリズム全体が連なり、そして、小説全体で一つをテーマが貫いていると言えるかもしれません。
 この他、本筋とは別に挿話が盛り込まれているのですが、残念なことに本筋との関係があまり見出せませんでした。確かに登場人物は重なっているのですが、それ以上の関係性があるかと言われると、首をかしげざるを得ません。しかし、ゲーテは様々な形式・挿話を一つにまとめあげたかったのだと解釈しました。

美と崇高

 アフォリズムを紹介するときに引用しましたが、「遍歴者たちの精神による考察」の8、9は芸術論で、136は自然の美しさに言及しています。つまり「美」という点で共通していると言えましょう。そしてこれは本筋でも現れています。物語の冒頭において、ヴィルヘルムと息子のフェーリクスが山を登る場面があるのですが、その際、こう言います。
思いもかけず壮大な長めを前にして、自分たちの小ささと大きさを感じるとき、目まいにおそわれるのは至って自然なことだ。実際、最初に目まいを感じるようなところでなければ真の喜びはないのだ
 もちろん素朴な感覚としても了解可能です。山登りとまではいかなくても、きれいな夕陽や真っ青な秋晴れを見たときに我々は少なからず感動を覚えますし、今日ならテレビで雄大な自然が映しされても感動します。

美学

 これとは別に、18世紀から19世紀初頭にかけて、「美」とは何かが哲学で論じられるようになってきました。例えば、1735年のバウムガルテン「美学」*1を嚆矢とし、「1818年10月、(中略)ヘーゲルは美学(中略)講義を担当し」*2ました。この際、芸術作品の美について言及*3。カントが1790年に『判断力批判』を行なっています。
 ドイツ以外に目を向けてみれば、エドマンド・バークが崇高について考察しています*4。このような状況を考慮に入れれば、下記の「遍歴者たちの精神による考察」12も時代の反映だと言えるかもしれません。
12 多くの美しいものは世界のなかで孤立している。しかしいろいろの結びつきを発見し、それによって芸術作品を生み出すのは精神である。花は、花を好む昆虫によって、花をうるおす露の玉によって、また花にどうにか最後の栄養をあたえる花瓶によって、はじめて魅力を得る。どんな藪も、木も、岩や声がそばにあれば意味を生じ、適当な距離をおくだけで魅力が増す。人間のすがたにしても、どんな種類の動物にしても事情は同じである。
 またゲーテは真善美を分離して考えていなかったのではないかと思わせる節があります。上述からも解るように芸術と美が結びついていると考えていたのですが、「美を解する者は珍しく、善をなしうるものはさらに少ない」とある通り、善と美を結びつけていたのです。
 恐らく新プラトン派のプロティノスが関係しているかもしれません。プロティノスは『美について』で下記の通り語っています。
美の源となすものを、善とみなすべきであろう。あるいは善と根源的美とを同一視すべきである。ただしいずれの場合にも、美はここにではなくかしこにある。
 そして、一般的に言って、プロティノスの考えは後にキリスト教へ引き継がれるのです。つまり、キリスト教(に限らず一神教)は真理を神と同一視しているのですが、ゲーテもまた、そう考えています。
 確かに『修行時代』も芸術の話題は出てきましたが、鑑賞者との関係でした*5。つまり、芸術と美ではなくあくまでも、鑑賞についてであり、考察の範囲は極めて限定的だと言わざるを得ません。還元すれば、『遍歴時代』では芸術作品を鑑賞者だけではなく、美との関係などのより広い範囲で論じているのです

精神の美

 しかし『遍歴時代』において、精神的な美を扱っています。精神的な美とは人間全体ではなく、人間一人一人の実存の美であり、「美しく生きる」にはどうしたらいいかと言い換えても構わないかもしれません。
 例えば、フェーリクスがヴィルヘルムと探検をしているときに、侵入者防止の罠に掛かるのですが、ヴィルヘルムはフェーリクスに下記の通り説いています。
人間は自分を守らなきゃいけない理由はいっぱいある。悪いことを考え、悪いことをする者はいやというほどいる。正しく生きるためには、慈悲を施すだけでは不十分なんだ。
 慈悲の考えはキリスト教に限らず多くの宗教で見られる考えであり、正しく生きるための条件と考えられてきたと、ヴィルヘルムの台詞からは窺えましょう。
 また、アフォリズムには下記の文章があります。
171 言語それ自体が正しいとか、すぐれているとか、美しいとかいうことはない。そこに具現している精神が正しく、すぐれ、美しいのである。それゆえ、個々の人間が彼の計算や語りや詩に望ましい性質を付与するかどうかは、彼個人の問題ではなく、これに必要な精神的、道徳的な資資を自然が彼に付与しているかの問題である。精神的質資とは、事物を直観し、洞察する能力であり、道徳法質資とは真実を大切にすることを妨げようとする悪霊たちを拒否する能力である(強調は有沢による)。
この文章からも精神の美が問題となっていると言えましょう。
 このように考えていくと、挿話「五十歳の男」とのつながりも見出だせましょう。この挿話は中年男性の少佐と若い娘、ヒラーリエとの恋愛を描いています。そして、マカーリエは彼女の妹なのですが、「困っているすべての魂の、自分を見失って、もう一自分を見出したいとおもいながら、どうやって見出していいのかわからなくなっているすべての人の聴罪師」だと評しているのです。これもまた。美しい精神の持ち主だと言えましょう。

自然と宗教

 美しい精神はつまるところ、宗教心とも関わっています。上に引用した「遍歴者たちの精神による考察」にも精神的資質と道徳的資質が述べられているのですが、宗教論はこれだけではありません。

三つの段階

 教育州の長老は自然への恐怖が哲学的な宗教を経て、キリスト教へ発展すると説いているのですが、彼の主張はゲーテ自身の価値観も大いに反映されていたと推察できます。当時、アメリカ大陸がすでに発見されていたのですが、アメリカ先住民は素朴な自然崇拝を行なっていました。
 また、哲学的な宗教とは下記の通り語られて、これはギリシャ時代のミレトス学派などを思わせます。
哲学者は、すべてのより高いものを、自分のところまで引き下げ、より低いものを自分のところにまで引き上げ(中略)賢者の名に価するからです。したがって(中略)、全人類に対する関係を、また必然的なものであれ、偶然的なものであれ、その他のあらゆる地上の環境にたいする関係を見出すことによって、宇宙的な意味において、彼のみが自然のうちに生きているのです
ミレトス派の問題意識は自然の探求にありました*6。そのような観点に立てば「自分のところまで引き下げ」たのは自然、もしくは自然法則であり、また、「より低いものを自分のところにまで引き上げ」たのは理性だと言えましょう。
 実際、ミレトス学派の一人、タレスは天文学の知識をもとにオリーブの豊作を予想し、圧搾機械を買い占め、機械のレンタル料で莫大な利益を上げたと伝えられています*7。またミレトス派以外にも、古代エジプトのヘロンは自動販売機や簡単な蒸気機関め作りました*8。このように、自然への恐怖から自然を探求し、利用するようになったのです。
 最後に「低劣、貧困、(中略)、死」への克服が挙げられ、これをキリスト教に見出しています。もちろんゲーテ自身がヨーロッパ人だからでしょう。仏教にも解脱などの考えがありますし、イスラム教のスーフィズムにもfanaと呼ばれ、無我の境地があります*9。

自然の中に神を見出す

 これは日本人だからそのように感じるのかもしれませんが、ゲーテは自然の中に神を見出しているように思いました。例えば上述の「三つの宗教のうち、どれを特に信奉なさるのですか」とヴィルヘルムが聞くのですが、「三つ〔自然への恐怖、理性的な思考、キリスト教〕がひとつになって初めて真の宗教をもたらす」と述べているのです。また「精神的に太陽系の欠くことのできない一部として、そこで動いている」という一文からも自然と人間との関係についてが窺えるでしょう。
 さらに文字についても考察がなされています。
文字というのは素晴らしいものかもしれん。しかし、文字で音を現すとはできない。音というものは、われわれには無くてはすまないものなのに。しかし、文字も音も、本来の意味をあらわすことはけっしてできない。われわれは文字や音にしがみついてはいるものの、文字も音もない場合とたいした違いはない。われわれが伝えるもの、われわれに伝えられるものは、つねにきわめて下らないもの、まったく骨を折る甲斐もないもないものばかりなのだ。
 ここでいう文字とは音も含んでいる以上、言葉と呼ぶべきかもしれません。いずれにせよ言葉は認識・感覚があって初めて生まれます。「本来の意味」とは我々の認識であり、言葉以前の段階だと言えましょう。言ってみれば生の現実であり、現実そのもの。例えば、ある体験をどれだけ言葉を尽くしても伝えられません。そのような意味で「われわれに伝えられるものは、つねにきわめて下らないもの、まったく骨を折る甲斐もないもないものばかりなの」です。
 こればかりではありません。すでに見た通り、自然の雄大さについて述べているのですが、キリスト教の世界観では、自然は神が作ったとされているのです*10。ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈中〉 (岩波書店) またゲーテ自身も動植物・鉱物についての論考を書いており*11、自然についての言及はこの影響が見られると言えましょう。また植物学ではカール・フォン・リンネ*12、動物学ではラマルク*13などがすでに登場し、自然についての考察も増えてきました。地質学は鉱物の採掘という実学的な側面も相まって、18世紀半ばから終わりにかけて発展していきます*14。
 さらに動植物・鉱物以外にも電気の性質が注目を集めていました。アフォリズム「ヒラーリエの文庫」93には「電気にしても最初は摩擦によってしか起こせなかった」が「いまは、電気の最高の現象もたんに接触するだけで生み出せる」とありますが、これは当時の科学的な関心を反映していると言えましょう。
 ゲルマン神話のトールは雷だけでなく雨、そして農耕と結びついていました*15。また科学的知見ではフランクリンの実験で1752年に、雷の正体が電気だと示しています*16。この後、電気と生命について様々な現象が発見されました。例えば、1780年代から1790年代にかけて、ガルヴァーニは蛙の死体に電気を流し、足が動くか確かめていますし*17、1803年にはイギリスで人の死体に電気を流して、筋肉が動くことを確かめています*18。このことから、ゲーテや当時の知識人の間では、雷は生命と密接に結びついていたのではないでしょうか*19。

教育について

 さて、『修業時代』ではヴィルヘルムが演劇修行で各地を旅して、人格形成をなしています。ヴィルヘルムが教育を受ける主体になっていると考えれば、教育論が全面に展開されている『遍歴時代』とも共通していると言えましょう。この『遍歴時代』では三つの教育論を軸に論理が進んでいきます。

多方面の教育から一面的な教育へ

 この『遍歴時代』の冒頭で、ヤルノとヴィルヘルムは教育について議論を深めます。ヴィルヘルムは「多面的な教養が有利で必要だと考えられていた」と語ります。一方でヤルノは「以前はそういうこともありえた」と反論します。
 多面性は、もともと、一面的な人間が、それによって働くことのできる要因を整えているに過ぎない。今こそ、一面的な人間には活動する場は十分に与えられている。そうなんだ。今は一面性の時代なんだ。
 つまり、アダム・スミスを引くまでもなく*20、分業が進んでいくと、一面性が有利になっていくのです。この二人の議論で重要な点はあくまでも経済に限った話だということです。つまり、人間の認識は議論の埒外。加えて、まだ手工業がメインだった点も考えなくてはいけません。手工業の時代では、熟練の職人は簡単に交換不可能なので、一芸に秀でていると有利に働くでしょう。しかし機械工業が進んでいくと、話はまた違ってきます。職人の作業は機械が効率的に行なう以上、用意に交換可能な存在になるのです。
 また認識の観点から言えば、大学教育において、教養課程と専門課程の問題につながってくるでしょう*21。また自然科学に関する一般的な教養のなさから、人文学で自然科学の用語を濫用したり*22、あるいは自然科学ばかりを研究すると自分の研究が社会でどのような危険性をはらんでいるのか認識できなかったり等の問題が出てきます。したがって理想は幅広く教養を積むことです。
 例えば、数学者の岡潔は俳句などにも造詣が深く*23、また安部公房は医学部出身です。もちろん全員が彼らのように文理にまたがって知識を獲得できるとは限りません。しかし、興味を持つことくらいはできるでしょう。また、幅広く興味を持てば、自分の研究分野に応用できるかもしれません。認識の面では多面的な興味を持つことに越したことはないのです。

工芸品と教育

 しかし、今はゲーテの論理を追うとしましょう。
下から始めて上へ至る、ということがつねに必要なんだ、とぼくはいいたい。手仕事だけに専念する。これがいちばんいいんだ。劣った頭脳にはいつまでたっても手仕事だ。もっとすぐれた頭脳にとっては、手仕事から芸術が生じる。もっともすぐれた頭脳にとっては、ひとつのことをなすことによって、すべてのことをなす、ということになる。もっと具体的に言えば、彼の正しくなすひとつのことのなかに、彼は正しくなされるすべてのことの比喩を見る、ということになる。
また、教育州の長老の言葉も同じことを言っています。
あらゆる生活、行為、技術には、限定されることによってのみ獲得される手作業が先行しなければなりません。ひとつのことを正しく知り、それを行なうことは、百もの中途半端よりもよく人間を形成します。
 さらにアフォリズムの「マカーリエの文庫」にも下記の通り述べられています。
154 これからののちは、何らかの技術や手仕事に努めない者は、みじめなことになるであろう。世界はめまぐるしく変転しているのであるから、知識はもはやなんの足しにもならない。あれもこれも知ろうとすれば、自己を見失ってしまう。
手仕事と芸術の違いは、当時の手工業中心の産業形態を考えると、いかに美しく服を織るかなどを考えれば芸術作品につながりますし、もっと言えば、雄大な自然を見ればこの美しさを服に反映させようかと考えます。つまり全てが服作りに結びついて考えるようになるのです。もちろん、服作りに限らず、家具職人だろうと料理人だろうと、同じです。ゲーテは時代柄、仕事だけに対象を絞っているのですが、趣味でも構いません。実際、絵師は全てのことがらがイラストに結びつくと語っていました。
 またボルヘスは晩年、視力を喪ったのですが、それすらも道具であると語っています*24。
作家あるいは人は誰でも、自分の身に起きることはすべて道具であると思わなければなりません。あらゆるものはすべて目的があって与えられているのです。この意識は芸術家の場合より強くなければならない。彼に起きることの一切は、屈辱や恥ずかしさ、不運を含め、すべて粘土や自分の芸術の材料として与えられたのです。それを利用しなければなりません。
 ボルヘスのこの言葉とゲーテの「彼の正しくなすひとつのことのなかに、彼は正しくなされるすべてのことの比喩を見る」という文言は近しいものを感じます。

歌と教育

 教育州では歌もまた重要な理念として語られます。
歌が教養の第一段階で、ほかのものはすべて歌に結びつけ、歌によって仲介されるのです。(中略)われわれの教育の基礎に音楽を選んだのです。音楽からは地ならしされた道が八方に通じているのです。
 ここでもまた歌を集中的に教育すれば、結局は全てに通じると考えています。ゲーテの言う通り、歌詞で文字と発音は取得できるかもしれません。
 ゲーテの思い描く教育像がどのようなものであったかはいまいち判然としないのですが、「また模写しなければなりませんので、彼らはほかのどんな方法によるよりも早く、測定と計算の業の価値を会得します」との主張は無理があるように思いました。
 しかし、音楽と物理学・数学を結びつけて教育はできます。例えば琴の弦の長さと音の高さはすでにピタゴラスが数学的に論じています。また現代の知見なら空気の振動が、鼓膜を刺激し、電気信号に変わり、脳に伝わるなどの生理学・脳科学的な見地から音楽を論じることができます。僕の説明にゲーテの意図がどこまで反映されているかは解りませんが、「八方に通じている」「地ならしされた道」を考えるとこういうことになりましょう。

ゲーテは果たして納得していたのか

 結末まで読むと、フェーリクスの行動に一つの戸惑いが湧きます。教育州に預けられたにもかかわらず、フェーリクスは粗暴な人間になってしまうのです。もし中巻の説明文にある通り、「ゲーテの教育理念が語られている」のなら、このような結末を選ばなかったに違いありません。
 しかし、かなり詳細に語られており、何らかの思い入れがあったと推察できます。下記の三つの可能性が考えられましょう。
1、途中で気が変わった。
2、当時の教育論への反論
3、ゲーテ自身が心から納得していなかった。
 このうち2は反論の根拠が示されていない以上、あまり考えられそうにありません。僕は3だと思いました。

市民社会

 教育論が盛んに論じられている背景には、市民社会の形成があるかもしれませゲーテの頃、「ドイツ」という国はまだ存在しておらず、いくつかの小国に分かれていました。ゲーテはザクセン=ヴァイマル=アイゼナハ公国にいたのですが、カール・アウグストが統治していました。当然ながらフランスでは革命が勃発し、市民社会の到来が目前にありました。
 ゲーテは「当初その自由を希求する精神に共感したが、その後革命自体が辿った無政府状態に対しては嫌悪を感じてい」*25ました。どうして登場人物の多くがアメリカに移住するか、フランス革命の複雑な感情が反映されているかもしれません。レナルドーは原初の状態を求めてアメリカへ移住するのですが、自由を求めて、無政府状態ではなく、自分たちの政府を作る野心が読みとれます。
 また、フランス革命のとき、ナポレオンは国民の選挙で皇帝になりました。この時に大衆が誕生しましたが、『遍歴時代』にはこれを意識するような言葉があるのです。マカーリエの文庫89には下記の通り書かれています。
88 哲学、科学、宗教の歴史がすべて示しているのは、意見が大量に広がっていくが、より理解しやすい、すなわち並の状態にある人間精神に適発と、都合のいい意見が、つねに優位を締めるということである。それどころか、より高い意味で修業を積んだ人は、多数を敵にまわすことをつねに前提としうるのだ。
ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代〈下〉 (岩波文庫) また『遍歴時代』でも機械工業のことが触れられていますが、これもまた大衆の形成と関係してきます。工場での労働は当然ながら出勤が発生し、生活空間と労働空間の分離を引き起こしたのです。





*1 Wikipedia「アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン
*2 Wikipedia「ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル
*3 カロル・タロン=ユゴン 『美学への手引き』(白水社)
*4 同文献
*5 ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(下)』(岩波書店)。
*6 イオニア学派でもあるが、ミレトスとは都市国家の名前であり、その一部分がイオニアである(Wikipedia「ミレトス学派」)。
*7 Wikipedia「タレス
*8 Wikipedia「アレクサンドリアのヘロン
*9 井筒俊彦『イスラーム哲学の現像』(岩波書店)
*10 『創世記』(岩波書店)
*11 ゲーテ『ゲーテ形態学論集・植物篇』(筑摩書房)、『ゲーテ形態学論集・動物篇』(筑摩書房)、および『ゲーテ地質学論集・鉱物篇』(筑摩書房)
*12 Wikipedia「カール・フォン・リンネ
*13 Wikipedia「ジャン=バティスト・ラマルク
*14 Wikipedia「地質学の歴史
*15 Wikipedia「トール」 
*16  Wikipedia「ベンジャミン・フランクリン
*17 Wikipedia「ガルヴァーニ電気
*18 同文献
*19 少なくともメアリ・シェリーの『フランケンシュタイン』は電気と生命についての関係が明確に示されている(メアリ・シェリー『フランケンシュタイン』東京創元社)。
*20 アダム・スミス『国富論(上)』(日本経済新聞社)
*21 Wikipedia「教養課程と専門課程
*22 例えばソーカル事件などが挙げられる(Wikipedia「ソーカル事件」) 
*23 岡潔『日本のこころ』(日本図書センター)
*24 ボルヘス『七つの夜』(岩波書店)
*25 Wikipedia「ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ


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アビ・ヴァールブルク『蛇儀礼』(岩波書店)

蛇儀礼 (岩波文庫)

概要

 美術史家、アビ・ヴァールブルクの講演録。テーマはアメリカ先住民族が絵画、舞踊などで蛇をどのように扱っているかについてである。蛇は雷の象徴として、信仰の対象となっていたのだ。ここに未開の地をどのように理解すべきか手がかりをヴァールブルクは提示する。その後、旧約聖書やギリシア神話などとも対比していく。

はじめに

 僕がヴァールブルクの名前を知ったのは、エルヴィン・パノフスキーについて調べていたときのことでした。イコノロジー研究のAmazonレビューを見ると、ヴァールブルクとの関係について言及していたものがあったのです。この理由から、地元の図書館でヴァールブルクの著作を検索し、一番ページ数が少ない本を借りてきました。

ヴァールブルクの方法

 さて、ヴァールブルクはアメリカ先住民族が蛇をどのように扱っているかを様々な角度から解き明かしていきます。絵画だけではなく、舞踊、儀式を通じて。

パノフスキーとの関係

 例えばオライビ村とワルピ村のモキ族の踊りについて下記の通り記しています。
 動物を通じて自然と一体化しようというこの魔術が最高に高揚した形態は、オライビとワルピのモキ族に見られる、生きた蛇を使った踊りです。(中略)この舞踊は動物を模した踊りで、同時に季節ごとの儀礼舞踊です。
 ゆえに「くねった蛇は時間的リズムの象徴」なのです。 300px-Durer_Melancholia_I 蛇は雷とも結び付けられ、雨乞いでも使われます*1。「蛇は地下礼拝所で飼われ、祭りの最後にの日には、紐で囲われた藪の中に置かれます」。この影響は根強く、当時の子供に雷の絵を描かせたところ、十二人のうち二人が蛇を書いたと言います。この数値をどのように評価するかは解れるのですが、ヴァールブルクは「消し去ることのできないもの」として見ています。
 パノフスキーもまた、様々な角度、例えば文学、哲学などから絵画の図像がどのような意味を持っているか考察しました。例えばデューラーの『メランコリア』を解釈する上で、憂鬱症と幾何学がどうして結びつくのかを考察しています。パノフスキー自身は「この人物の空を凝視する視線・力なく開かれた手のひらといった描写と、周囲にちらばる創造的な道具類との取り合わせが、高度な技術と知性を持ちながらも自らの限界に悩む人間の絶望感、とりわけルネサンスの美術家の挫折感の表現だとする解釈を提示してい」*2ます。ルネサンス期には自然学*3、形而上学などギリシア哲学が見直されました。このころの画家は数学の理論などを使い、遠近法を理論化しています*4。画家たちは解剖学を学んでいました*5。一方で現実の世界に目を向けると、世界的なペストの流行がありました*6。高度な知性を持ちながら、現実の問題には太刀打ちできなかったのです。まさにヴァールブルクがアメリカ先住民の蛇にまつわる考察の方法を、ルネサンスに当てはめたと言えましょう。

現代社会

 ちなみに絵画だけでなく、社会全体のなかで捉える考えは、広告やメディアにも広く当てはまると言えましょう。炎上広告の分析などにも使えます。例えば欅坂46がハロウィンに軍服を炎上しました*7。これも軍服の図像とナチスドイツとの結びつきはもちろん、ハロウィンは仮装の場としか表層的にしか考えていなかったことが挙げられましょう。つまりハロウィンにはなぜ仮装をするのかを理解していなかったのです。
 ハロウィンはケルトの祭りであり、死者が蘇る日。日本で言う盆に当たります。ところが死者の霊に混じって、魔女や妖怪まで来ると信じられていました。「時期を同じくして出てくる有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を」*8つけていたのです。もちろん、非科学的ですが、死亡率の高さが挙げられるかもしれません。また医薬品も薬草だけなので、疫病が発生すると、重症化していたと考えられます。アメリカでも現在はアニメのキャラクターに扮していますが、このような文化的背景の中でハロウィンの仮装を理解するべきなのです。
 これはまさにヴァールブルクが民俗学者の心構えについて言及しているくだりと重なってくるでしょう。
人間の文化的表現の根源を生物学的に探求しようとする民俗学者にとって、素朴でおもしろおかしい風俗を見て笑ってしまうほど危険な瞬間はないのです。民俗学をやりながら、おもしろおかしいものに笑ってしまう人は間違っています。そういう人には、まさにその瞬間に、悲劇的要素を理解する可能性が閉ざされてしまうのです。
 当時は民俗学者だけに限られていましたが、異文化への理解は国際化社会にとって重要です。そしてこの異文化理解の方法がまさにヴァールブルクが説いたことなのです。

 60px-Esclapius_stick.svgさて、蛇信仰は世界各地にあります。例えばギリシャ神話では医学と結びついて、アスクレピオスの杖はWHOのシンボルとしても使われています。これはギリシャ神話の医師、アスクレピオスがメドゥーサの血を飲ませて死者を復活させたという神話に由来しています*9。当時のギリシャでは蛇が知恵、治療、復活の象徴であり*10、さらには「古来よりヘビの体からは、薬が取られてきた」とあります*11が、両義性が見られます。ジャック・デリダは文字の両義性を解き明かしているのですが、その時に登場するのがパルマコンです。パルマコンは通常、薬と訳されるのですが、同じ言葉に「毒」の意味もあります*12。
 またヴァールブルクは「脱皮して、新たな皮をまとうこともあいまって(中略)病と死の苦しみからの再生のシンボルとなる」と分析しています。
 これは旧約聖書も反映されています。蛇といえばアダムとイブをそそのかした下記の逸話が思い浮かぶでしょう*13。
ヤハウェ神がお造りになった野の獣の中で蛇が一番狡猾であった。蛇が女〔エバ〕に向かっていった。(中略)神様は君たちがそれを食べるときは君たちの眼が開け、神のようになり、善でも悪でも一切が分かるようになるの御存知なだけのことさ」
 一方で旧約聖書の「青銅の蛇」には両義性を持って描かれています*14。
主は、火のへびを民のうちに送られた。へびは民をかんだので、イスラエルの民のうち、多くのものが死んだ。
  民はモーセのもとに行って言った、「わたしたちは主にむかい、またあなたにむかい、つぶやいて罪を犯しました。どうぞへびをわたしたちから取り去られるように主に祈ってください」。モーセは民のために祈った。
 そこで主はモーセに言われた、「火のへびを造って、それをさおの上に掛けなさい。すべてのかまれた者が仰いで、それを見るならば生きるであろう」。
 モーセは青銅で一つのへびを造り、それをさおの上に掛けて置いた。すべてへびにかまれた者はその青銅のへびを仰いで見て生きた。
 ここで蛇は生と死の両面を兼ね備えているのですが、アメリカ先住民族の文化でもこれは同じ。本来、両義性を持っていたと指摘しています。

東洋の蛇

 日本では姿かたちからか治水工事と関係づけられており、八岐大蛇退治にこの一端が窺えます*15。またインド神話のナーガでは蛇の姿をしていますが、雨と旱魃の両義性を持っています*16。水と結びついたのは、水蛇だったからかもしれません。また水そのものも溺死と脱水の両義的な存在です。
 このように両義性があるのですが、この理由についてはフレイザーの『金枝篇』*17が参考になりましょう。tabooは聖俗関わらず、「忌避すべきもの」*18の意味だったと言います。
神聖と汚穢の観念は未開人の間では区別されていない。彼にとってこのような人物〔神的な王、祭祀、漁師〕に共通する特徴は、彼らが他に危険を及ぼし、また危険な状態に在るということであって、彼らを包む危険と彼が他人に与える危険とは霊的あるいは資料的とも言うべきものであり、それゆえ想像的なものである。
 つまり両義的なのではなく、最初から区分がされていなかったのです。そうであるなら、蛇の両義性もこの理論が適用できるかもしれません。

時間と両義性

 ヴァールブルクは下記の通り語っています。
階段や梯子は、自然の生成や有為転変を視覚的象徴で表そうとする者にとっては、人間の根源的経験を示しています。それは空間の上昇と加工の関係を闘い取ることの象徴であり、また円環はくねった蛇と同じに、時間的リズムの象徴であります。
 ここでは個々のイメージよりも具体的なものから抽象的な概念へと変わっていく過程が重要だと言えましょう。ボルヘスの小説にも円環のイメージが登場していますが、時間的リズムの象徴だとみなすこともできるかもしれません*19。Ouroboros また、ウロボロスの蛇は時間の循環以外にも「循環性(悪循環・永劫回帰)、永続性(永遠・円運動・死と再生・破壊と創造)」*20とあり、これもまた両義性をはらんでいます。時間が進むということは二十四時間から春夏秋冬まで時間の循環にほかなりません。例えば春夏秋冬が解りやすいのですが、春の芽吹きは誕生に、夏は最盛期に、秋は衰退に、冬は衰えるなどと生から死へ向かって動いていると解るでしょう。もちろん冬の次は春が来るので、これは再生と結びつきます。

未開の土地

 未開の土地は劣っていると思いがちですが、二十世紀初頭にはアンリ・ユベールたマルセル・モースは呪術を「迷信や非合理とは見なさ」ず、ある種の「合理性な技法と考えてい」ました。「西洋側の構造でその他の構造に対して優劣をつけることなど無意味だと主張した」*21とある通り、のちにレヴィ=ストロースなどの構造主義へと発展していくのですが、ヴァールブルクもまたこのように、未開の思考とは科学的思考と同じ価値を持っていると考えていました*22。ともすると精神的な面では、アメリカ先住民のほうが優れていたと考えていたとさえ僕には映るのです。
自然の森羅万象はもはや人間や他の生き物に見立てられたりすることはなくなり、スイッチ一つで人間の思いのままになる波動でしかありません。機械文明の文化はこの波動を通じて、神話から生まれた自然科学が苦労して得たもの、つまり宗教的儀礼の空間を変じることによって得た思考の空間を破壊するのです。
 科学的・数学的な進歩は一つの理論で矛盾せずにより包括的に説明できたときに、「進歩した」と言えます。例えば、アリストテレスの理論だと地上の運動だけに留まっていましたが、ニュートンの力学は月と地球の間に働く運動まで説明できるようになりました。また量子力学は目に見えないほど小さな物質の運動を説明しています*23。しかし文化には優劣を測るような客観的な尺度はありません。また互いに影響を受けながら変化していくのです。
 例えばヴァールブルグと同時代にモディリアーニが創作活動をしていますが、「アフリカ、オセアニア、アジア、中世ヨーロッパなどの民族美術に影響を受けた彫刻作品を主に作ってい」*24ました。
 文学ではサマセット・モームが活躍しているのですが、彼は「エドワード・バーナードの転落」で現代の価値観に疑問を呈しています。エドワード・バーナードがタヒチに行き、婚約者に頼まれ〈語り手〉が連れ戻しに行くという筋なのですが、バーナードが「会社に急ぎ、夜まで必死に働き、急いで帰宅して夕食を取り、劇場に行く──それが人がこの世に生まれてきた目標なのか?」*25と語ります。
 もちろんモームの個人的な思いもあるでしょうが、控えめに言っても、タヒチにシカゴと同じ価値を見出しているのは確かだと言えましょう。そして個人も文化と考えられますので、究極、個人間にも優劣などありません。あるのはただ差異と個人にとっての有益性だけです。

*1 なお、ゲルマン神話のトールも雨と雷が結びついている。
*2 Wikipedia「イコノロジー
*3 自然についての全般的な記述。なお17世紀までscienceは広く学問全般を指していた(Wikipedia「科学」)
*4 エルヴィン・パノフスキー「「象徴形式」としての透視図法」(エルヴィン・パノフスキー『芸術学の根本問題』中央公論)
*5 Wikipedia「美術解剖学
*6 福田京一「シェイクスピア時代のパンデミック」(オンライン万葉集)
*7 辻田 真佐憲「欅坂46「ナチス風衣装」の世界的炎上、いったい何が問題なのか?」(日刊ゲンダイ)
*8 Wikipedia「ハロウィン
*9 Wikipedia「アスクレーピオス
*10 Wikipedia「Asclepius
*11 今井佐緒里「WHO(世界保健機関)のロゴにある蛇、あれは何?なぜヘビが?どういう意味?」(Yahoo!ニュース)
*12 ジャック・デリダ『散種』(法政大学出版局)
*13 『創世記』(岩波書店)
*14 wikisourse「民数記(口語訳)」からの引用。なおWikipedia「青銅の蛇」も合わせて参照。
*15 谷口雅博 「自然の驚異をうつす蛇への信仰」(國學院大學)
*16 Wikipedia「ナーガ
*17 フレイザー『金枝篇(二)』(岩波書店)
*18 Wikipedia「タブー
*19 一例として「円環の廃墟」が挙げられる(ボルヘス『伝奇集』所収)
*20 Wikipedia「ウロボロス
*21 ウルリヒ・ラウルフ「ドイツ語版解説」(アビ・ヴァールブルク『蛇儀礼』岩波書店)
*22 Wikipedia「クロード・レヴィ=ストロース
*23 平田寛『定理・法則をのこした人びと』(岩波書店)
*24 Wikipedia「アメデオ・モディリアーニ
*25 サマセット・モーム『モーム短編集(上)』(岩波書店)


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ドゥニ・ディドロ『絵画について』(岩波書店)

絵画について (岩波文庫)

概要

 どのような絵画・建築が優れているのだろうか。既存の作品を模倣するのではなく、自然そのものを模倣することが優れているとディドロは考えた。当時の美術アカデミーでは医学・解剖学と強く結びついており、生体模型を使って講義が行なわれていた。しかしディドロはこれを否定する。
 絵画を通して、真善美の正体に迫る。

はじめに

 僕は絵画などのアートにも興味を持っています。特にカンディンスキーなど抽象絵画、そしてピカソのキュビズム、ダリやエルンスト、マグリットのシュールリアリズムなどが好きです。特に好きなのはカジミール・マレーヴィチの『黒の正方形』*1。これを受けて、北園克衛が視覚的な詩を作っています*2。
白い四角
のなか
の白い四角
のなか
の黒い四角
のなか
の黒い四角
のなか
の黄いろい四角
のなか
の黄いろい四角
のなか
の白い四角
のなか
の白い四角
 その後、白の正方形なども作っているのですが、こちらはあまり評価していません。黒い正方形の発想一回で充分。また、今、写実的な絵画を書いても、練習ならいざしらず賛同はできません。
 写実性なら写真に勝るものはない以上、画家は写真ではできない画風を追求しなくてはいけないと思うのです。上述の画家は写真では撮れません。もちろん芸術家の目的によっても異なってきましょう。例えば自己療養の手段として描いている場合はこの限りではありません。ユトリロはアルコール依存症を治療するために絵を書いていました*3。彼らは自己の内面を意識化するために、絵を描いていたのであり、既存の表現に挑むため、絵画を描いていたのではないからです。
 このような事情から写真の発明以前の写実主義については評価もしています。例えばデューラーのやダヴィンチの人物画などが挙げられます。
 また、ポール・ヴァレリーがダヴィンチやドガについて考察するなど*4、詩人や哲学者が絵画について論じることも多く、その関係でも興味を持っています。

模倣の概念

 さて、ディドロに限らず芸術理論で模倣の概念が重要となってきます。美術史家のパノフスキーは『イデア』*5でルネサンスまでのイデアの概念がどのように変化していったかをたどるのですが、模倣の概念も登場しています。プラトンはイデアを模倣した結果が芸術作品だと考えました。イデアは観念と訳されますが平たくいえば、頭の中で思い描いているもの。それゆえ、芸術をホメロスなどは除いて、一段低く考えていました。
 他方のアリストテレスは文学論「詩学」において自然を模倣した結果が芸術だと主張します。この二つの対立は繰り返され、例えば印象派と表現主義の主張にも反映されています。
 ディドロは自然を模倣すべきだと強く主張ています。彫刻絵画アカデミーなどで人為的なポーズを前にするよりも実際の人物を前に描くように勧めるのです。
 場末の居酒屋に行きたまえ、起こっている人びとの真の所作が見られるだろう。人びとが生きている現場を求めたまえ。街の通りでも、公園でも、市場でも、家の中でも観察者となることだ。そうすれば人生の色々な行動の際の真の動作についての正しい観念について汲みとることができるだろう。
 生体模型で筋肉の様子を観察するなども否定しています。生体模型とは佐々木健一の訳注によれば、「人体解剖学に用いられる模型で、人体の皮膚を剥がして、筋肉や血管、筋などの仕組みを見せるようになっている」とありますので、人体模型でしょう。もっとも、理科の人体模型とももちろん違っており、主目的はあくまでも絵画で筋肉などをどのように描くか教えるためにありました。
 生体模型の研究には多分それなりの利益があろう。しかし次のようなおそれはないだろうか。すなわち、この生体模型が想像力の片隅に残りはしないか。
 つまり解剖学などの理論が先走り、先入観で絵を描きかねないのではないかと主張したのです。「他人の目でものを見る習性がついてしまい、自分の目が使えなくなっているのである」と誰かに絵を習い、また師の絵を模写することを拒否するのは当然の帰結だと言えましょう。LePrinceBerceauRusse
 ゲーテの『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』では「立派な彫像やすぐれた絵画をそれ自体として眺め〔るのは〕(中略)たいへん難しいことなのです」*6などとあるように、この姿勢を鑑賞者側に求めています。ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』では芸術作品、演劇、そして教育を結びつけており、これも一つの芸術観と言えましょう。
 僕の創作経験をもとにしていえば、自覚して何らかの形で欠点を克服するなど努めれば、構わないと思っています。写真技術が発達したからの視点かもしれませんが、自然をそのまま模写するだけでは独創性がありません。例えば、「ル・プランスを範として写す人は、赤っぽく煉瓦色になろう」とありますが、逆にこの赤っぽさを活かした絵を考えれば強みとなると思うのです。実際に画風を調べましたが、絵本や児童文学の挿絵にありそうな画風です。もしこの画風でハードボイルド小説の挿絵が描かれていたら、合わないでしょう。これは僕が同人ゲームを作っているからでしょうが、そもそも優劣などはなく適合か不適合かの差だと思います。
 芸術だけでなく、広く人間関係や業務の内容にも当てはまります。

文学と絵画

 ディドロの時代は文学理論を絵画に当てはめていました。

美学小史

 それゆえ、「文学者がその作品の中に自己を現すのと同じように、更にはそれ以上に画家もその作品の中に自己を現す」とあるとおり通り文学理論と絵画とが結びついていたのです。絵画理論は技法の本やどう向き合って絵画を作っていくべきかなどの本だけで、体系化されていませんでした*7。現にルネサンス期に絵画と詩は一緒に論じられます。ホラティウスの「詩は絵のように」*8が、ルネサンスにおいてもそのまま当てはめられていました*9。確かにアリストテレスも詩と美の関係について論じているのですが、あくまでも文学論止まりだったのです*10。
 ちょうどディドロの少し前にバウムガルテンが登場し、詩を題材としながら美一般を論じました。この際にaestheticsという言葉を用い、これが美学と訳されたのです*11。
 しかしディドロ自身は、「goût」と言っている上、真善美と結びつけています。
真、善、美は密接に結び合っている。最初の二つの質に何か稀で目覚ましい状況を加えてみたまえ。真は美となろう、善は美となろう。三つの物体に関する問題の解決が一枚の紙屑の上の三つの運動にすぎないのなら、それは何ものでもない。それは純粋に思弁的な真理である。しかし、これら三つの物体のうち一つが、日中にわれわれを照らしている天体であり、もう一つが、夜間にわれわれに向かって輝きかける天体であり、第三のものが、われわれの住んでいる地球であるならば、突如として真理は偉大で美しいものとなる。
 その後、ヘーゲルが美学を論じ、芸術と美学を再び接近させるのです。しかし、ディドロの先見性は美と快を結びつけているところにありましょう。そこだけを抜き出せばカントの「判断力批判』と結びつくのです。

詩人と絵画

180px-Guillaume_Apollinaire_Calligramme このような背景を踏まえながら考えていくと、詩と絵画は歴史的に見てつながっているのが解るでしょう。ヴァレリーや北園克衛以外にも、高村光太郎がロダンについて描いています*12。もっとも、高村光太郎の場合は父親が彫刻家だったからかもしれませんが、他にも村野四郎は現代詩の情景描写を絵画、韻律を音楽に喩えました。「もはや現代詩人は絵画を鑑賞するのに、音楽の伴奏を必要としないのである」*13。またアポリネールはキュビズムを論じるばかりではなく、視覚的な詩を作っています*14。
 そのような流れでダン・ブラウンや原田マハなどを捉えると面白いかもしれません。

進化論と変化

 さて、すでに見た通り、ディドロは対象の観察を強く訴えています。これは自然科学と関ってくるといえましょう。自然科学との関わりは、冒頭の一文からも窺えます。
自然は間違ったことは何もしでかさない。美しくとも醜くとも、どのような姿かたちにもその原因があるし、ありとあらゆる人びとの中で、当然そうなるはずだというすがたをしていない者は、一人としていない。
 例えば「若い頃に両眼を喪った」女性の変化は、因果関係の連鎖により、「頸、肩、胸」にまで及ぶだろうと書かれています。
 もちろん対象の観察も重要なのですが、生命の哲学を語る上でも重要だと佐々木健一は指摘します。「すべてが自然のなかでほつながりあっている」と考えており*15、他にも『ダランベールの夢』などで展開されています*16。
 この影響としてラマルクが上げられるのではないかと予想していたのですが、動物哲学は絵画論の後に出版されており、影響を受けたとは考えられません。ただディドロとドルバックが交流があったことだけは確かです*17。ドルバックはラマルクよりも一世代前ですが、進化論にも通じるような主張をしました。

*1 Wikipedia「黒の正方形
*2 同上
*3 Wikipedia「モーリス・ユトリロ
*4 Wikipedia「ポール・ヴァレリー
*5 エルヴィン・パノフスキー『イデア』(平凡社)
*6 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(下)』岩波書店
*7 カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』(白水社)
*8 Wikipedia「詩は絵のように
*9 カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』(白水社)、及び岩崎宗治「解説 恋愛詩のなかのルネサンスと近代」『英国ルネサンス恋愛ソネット集』岩波書店)。
*10 カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』(白水社)
*11 Wikipedia「アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン
*12 高村光太郎『ロダンの言葉』(講談社)
*13 村野四郎「心象論」『村野四郎詩集』思潮社
*14 Wikipedia「ギヨーム・アポリネール
*15 佐々木健一「解説」(ドゥニ・ディドロ『絵画について』岩波書店)
*16 ドゥニ・ディドロ「ダランベールとディドロとの対話」(ドゥニ・ディドロ『ダランベールの夢 他四篇』岩波書店)
*17 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「ドルバック」[on-line]


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いわゆる「自己啓発書」について

はじめに

 この記事は「自己啓発書」、「ビジネス書」を擁護するべく書かれている。しかし、まず最初に述べておく。定義の仕方にもよるが、僕は自己啓発書がはあまり好きではない。それどころか一冊も読んだことがない。それでも弁明しなければならないと思ったのは、大げさに言えば僕の思想上の問題からである。
 先取りして言うと、
(1)多様性を認めなければ文化は衰退する
(2)あらゆるものに優劣はなく、差異だけがある。しかもその差異もスペクトルのように連続的なものであある。
(3)有益か無益かは個人によって違う。つまり万人にとって有益なものなどない。
 要するに自己啓発書否定派には「他人の趣味に口を挟むんじゃねえ」、自己啓発本の熱狂的なファンには、「てめぇの価値観を押し付けてくるんじゃねぇ」、そして両者には「何を読むかは人それぞれだろ!」、とだけ言いたい。本当にこれだけなのだ。

定義をめぐる問題

 さて、自己啓発書とは何だろう。一見自明なように思える。「主に人生について取り扱う分野であるため人生書の一種とも考えられ、人生指南書などの表現も存在する」*1。しかし、多くの実存主義、純文学、宗教などにもこれらの問題を取り扱っている。
 したがって何を持って自己啓発書と考えるか明確に定義できないと考える。例えば『死ぬ瞬間、5つの後悔』*2はキューブラー・ロス*3やトルストイ『イワン・イリッチの死』*4などに通じるところがあるだろう。また『明日、死ぬかもよ?』*5はハイデガーのdas manとも関わってきそうである。他にも人生論はミヒャエル・エンデの『モモ』*6、アウグスティヌスの『告白』*7などでも語られている。
じっさい、私はかの物乞いよりも学問があるからといって自分のほうがすぐれていると思うべきではありませんでした。なぜなら私はその学問からよろこびを得ていたのではなく、ただ人々の気にいることをもとめていたにすぎないのですから。
つまりいくつかの文学では自己啓発的な要素を含んでいる以上*8、線引きはできない。加えて、解釈次第で自己啓発的な要素が読み取れる時があることだが問題を複雑にしている。
 仕事で言えば、シャーロック・ホームズの「ぶなの木屋敷」では、下記のセリフが出てくる*9。
 データ! データ! 判断の材料がないよ! 粘土がないのに煉瓦が作れるか
 一見、ホームズのいらだちを現しているし、事実そうなのだが、プログラムのデバッグでは案外、この台詞を思い出すことがある。この他にも想像だけではなく実験で確かめながら考えていく大切さなどもホームズには描かれている。これはプログラムを組む際、実に重要な点となる。
 推理小説以外では荘子の「はねつるべ」の話が役立った*10。
仕掛道具が作られると必ずたくらみごとが行われるようになる。たくらみごとが行われるようになると必ず知巧を弄するたくらみ心が起ってくる。たくらみ心が胸中に生じると人間の純粋潔白な本来の心は害われ、本来の純粋潔白さが害われると霊妙な生の営みはかき乱されて不安定となる。霊妙な生のいとなみが不安定になれば、根源的な真理はもはや彼の生活を支えなくなってしまうのだ、と。
 もちろん、仕事柄、プログラムを組まないわけにはいかないが、プログラムに使われないようにしたい。具体的にはバグが起きたときには手作業でも業務ができるようにしなければならない。
 仕事のあり方について言えば、ジャック・フィニイにも出てくる。「おかしな隣人」は未来人が隣に越してくる話だが、未来は下記の通りになっていると語る*11。
人生は、ほとんど生きる価値がなくなってくる。だれもかれも、十二時間も、十四時間も働くんだ。収入の大部分が、税金に取られ、残りが、軍需品生産のため天井知らずに高騰する日用品を買うのに費やされるからだ。あらゆるものが、人工的に削減され拘束される。そうして人生に残された小さな悦びを台なしにするものがある──事実上の、死と破滅の確かさだ。ひとり残らず、自分のために働き、破滅のために我が身を犠牲にしているんだ。
 電通の事件や食品の高騰などを考えると、この台詞はリアリティがあるといえないだろうか。
 ジョブズなど成功者の自伝も含むこともあるが、『フランクリン自伝』*12などは恐らく自己啓発書と呼ばないだろう。それではこの本質的な違いとは何か?
 また『ブッダ 今を生きる言葉』*13などと、「スッタニパータ」は仏教を扱っている点では共通している。

読者の問題

 もちろん、熱狂的なファンの態度に辟易しているかもしれない。僕もそういう目にはオンライン・オフライン問わず何度か遭ってきた。しかし、非難されるべきはその読者である。読者全般でも、ましてや本でもない。
 もし、興味がないと断わっているのに、執拗に勧誘されたら、自己啓発書でなくとも嫌気が指すだろう。例えばサッカーの熱狂的なファンで、来る日も来る日もサッカーの話ばかり。この場合、サッカーに罪はないのは明らかである。
 もっとも、スティーブン・キングの名作映画「ミザリー」を見れば解るように熱狂的なファンはどこにでもいるのかもしれない。したがって頼まれてもいないにもかかわらず、何かを何回も勧めないことである。
 この辺りについてスペインでイスラム教徒は上手な対応をしていた。当時、イスラム帝国はスペインまで領土を広げていたが、コーランか剣か、つまり改宗か戦争かの二者択一ではなかったのである。非イスラム教徒には特別に人頭税を課していた*14。

あらゆるものに優劣はない

 あらゆるものに優劣はない。それどころか全てはグラデーションのように存在している。これが僕の根本概念である。例えば西洋と東洋はトルコを隔てている。東洋と西洋は地理的に言って、自明ではない。
 これはもちろん本においても言える。例えばマンガは低俗で、小説は高尚であると仮定したとき、まんがで読破シリーズは高尚だろうか、低俗だろうか。『漫画 君たちはどう生きるか』*15と吉野源三郎『君たちはどう生きるか』*16を比べたとき、一概に漫画が劣っているとも言い切れない。確かに原作に忠実ではないが、原作ではおじさんがどうしてコペル君を気にかけているのかの説明がされていない。一方、漫画版はそのエピソードも描かれている。こうのようなときに、どちらが優れているかは尺度によるだろう。つまりストーリー性と忠実さの二つの尺度である。
 加えて、漫画も近年では学術研究として扱われている*16。またシェークスピアも狂言も今でこそ高尚なイメージが強いが、当時の伝統芸能である。

有用性とは何か

 すでに見たように、何が有用かは時と場合によって違う。例えば小学校の先生なら鬼滅の刃などの話題のアニメをチェックしておけば、児童との話についていきやすいかもしれない。
 この文脈でファスト映画が問題になりがちだが、粗筋を見るのも、また粗筋だけを見るのも時には有用である。例えば、友達と話を合わせるときなどが挙げられるだろう。また、コヤニスカッツィなど前衛映画は粗筋を読んでからでないと挫折するかもしれない。また、誰かのリストを頼りにするのも悪くない。そもそもノーベル文学賞にせよ、直木賞・芥川賞にせよ誰かが選んでいるのである。世界の名著、世界の大思想などの叢書もまた然り。
 つまり熟慮せずに、価値を結びつけてしまうことに真の問題がある。その代表が有益性だ。有益性にとらわれすぎた結果が、やまゆり園の事件であり*18、メンタリストDaigoのホームレスへの発言*19にほかならないだろう。これは我々に置いても少なからず当てはまる。人間に有益な虫たちを益虫と言って大切にし、害を与える虫たちを害虫と言って駆除しているのだ。
 もちろん有益性も価値の尺度であるが、それ以外の尺度も常に考えなければいけない。無用の用である。これは学問の世界でも言える。数学者のガウスは整数論についてこう述べた。「整数論は数学の女王である」と。美しいが、何の役にも立たない、と自虐である。しかし、整数論は今日の暗号理論の基礎をなしているのだ。
 このような例は枚挙にいとまがないが、物理学の発見も然り。例えば光格子時計。300億年に1秒しか狂わないのだが*20、実用性は今のところ皆無である。しかし、時間の正体を探る上で貴重である。他にも重力波が観測できても物は落下する*21。
 読書論に近づけて言えば、「〈銀の匙〉の国語授業」が挙げられるだろう*22。中勘助の自伝小説『銀の匙』は岩波文庫で250ページにも満たない。これを橋本武は三年間かけて取り上げた。作中の菓子を食べ、凧が出てきたら実際に校庭で凧揚げを行うのである。いわく「早急に答えを求めてはいけない、すぐに役立つものはすぐに役立たなくなります」。
 もっとも、このすぐに解るものを欲しがるのは人間の習性だ*23。だからこそジョン・キーツはネガティブ・ケイパビリティ、つまり答えの出ない事態に耐える力を重視したのかもしれない。
 繰り返して言うが僕は自己啓発は否定もしなければ、積極的には賛同もしない。本の内容には関心がないのである。ただ多様な本が出版されることだけを願っている。
 というわけでみんな好きな本を読もうぜ! ライトノベルもマンガも読書!

*1 Wikipedia「自己啓発書
*2 ブロニー・ウェア『死ぬ瞬間の5つの後悔 』(新潮社)
*3 エリザベス・キューブラー=ロス『死ぬ瞬間』(中央公論)
*4 レフ・トルストイ『イワン・イリッチの死』(岩波書店)
*5 ひすいこたろう 『あした死ぬかもよ?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン )
*6 ミヒャエル・エンデ『モモ』(岩波書店)
*7 アウグスティヌス『告白(1)』(中央公論新社)
*8 どうして自己啓発書を取り立てて読まないかはここにある。つまり小説や哲学書を読んでいれば自然と自己啓発的な内容が目につく。アドラー心理学について知りたいならアドラーの著作、フローについてはチクセントミハイを直接読めば確実に知ることができる。
*9 コナン・ドイル「ぶなの木屋敷」(『シャーロック・ホームズの冒険』講談社)
*10 『荘子(外篇)』(筑摩書房)
*11 ジャック・フィニイ「おかしな隣人」(ジャック・フィニイ『レベル3』早川書房)
*12 ベンジャミン・フランクリン『フランクリン自伝』(岩波書店)
*13 六田知弘『ブッダ 今を生きる言葉 』(パイインターナショナル)
*14 シャルル=エマニュエル・デュフルク『イスラーム治下のヨーロッパ』(藤原書店)
*15 羽賀翔一『漫画 君たちはどう生きるか』(マガジンハウス)
*16 吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波書店)
*17 早川洋行「ジェンダーの知識社会学 : 人気マンガからみた日本社会」(『名古屋学院大学論集 社会科学篇』53-2)
*18 Wikipedia「相模原障害者施設殺傷事件
*19 常見陽平『メンタリストDaiGoの差別発言大炎上に見た「教祖ビジネス」の危うさ』(BizSpaフレッシュ)
*20 安田正美 『1秒って誰が決めるの?:』(筑摩書房)および、東京大学CAST『誤差「300億年で1秒」の光格子時計、何がすごい? どこに使う?』(日刊ゲンダイ)
*21 「重力波とは?」(Kagra)
*22 橋本武『〈銀の匙〉の国語授業』(岩波書店)
*23 帚木蓬生『ネガティブ・ケイパビリティ』(朝日新聞出版)



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カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』(白水社)

美学への手引き (文庫クセジュ)

概要

 美学では芸術作品などを題材に「美」を論じている。一般的には十八世紀のバウムガルテンによってaestheticaの語が用いられ、これにより美学、そして美が体系的に論じられ始めた。一方で芸術について、あるいは美についての考察自身はプラトンやアリストテレスの時代にも見られる。しかし、他の学問とどのような関係にあるかが示されないまま、自身の哲学を示すために補助的な役割を担っていたに過ぎない。またルネサンス期には絵画の技法論が多く見られ、これも美学との関係に大きく関わってくる。

はじめに

 もともと哲学だけでなく、芸術作品、とくにカンディンスキーやモンドリアンなど抽象絵画が好きです。バンクシーの展覧会を見に行ってきました。また、エルヴィン・パノフスキーを知り、そこから美術理論に興味を持っていました。またどこかの本でパノフスキーに言及されていた記憶があり、『イコノロジー研究』を読んでいます。
 それまでもメルロ・ポンティーの『眼と精神』*1でセザンヌについての言及を見たり、フーコーが『言葉と物』*2でベラスケス作「ラス・メニーナス」の論考を読んだりして、絵画と哲学の交わりを知っていました。美学という一分野を知ったのも間接的にはフーコーが原因です。フーコーの影響を受けた哲学者にアガンベンがいるのですが、彼のWikipediaを見ると美学の件が書いてありました。
 このような背景から佐々木健一『美学への招待 増補版』*3を読みましたが、トピックごとの話。もちろん興味深く、美学でどのような問題が扱われているのか、芸術的価値とは何かなどは面白かったのですが、歴史的な通史を勉強するには不向きでした。パノフスキーの『イデア』*4は通史的でしたが、芸術の間でイデアの概念がどのように変遷していったのかを示すもので、おまけにルネサンスまでしか描かれていません。その点、『美学への手引き』は全体的に現代まで順を追って説明しています。読みたい本のリストから引っ張ってきました。
 もう一つ、ルソーの『告白』が影響しています。ルソーと同時代で、親交があった哲学者にディドロがいるのですが、彼もまた絵画論を書いているのです。ルソーは『言語起原論』の著者であり、言語哲学にとって、またデリダが『グラマトロジーについて』で「言語起原論』に言及している通りフランス現代思想にとって重要な論考です。加えて、ルソーの芸術論が哲学史全体でどのような位置づけになるかを探るために読みました。

美学以前

 古代ギリシア人ももちろん「美」について考えていました。

プラトン(ソクラテス)

 実はソクラテス自身の著作は一切残っていません。当時の軍人で政治家のクセノフォンがソクラテスについて著書で語っている通り、実在の人物だったのは間違いないようなのですが、事実上*5、思想はプラトンの著書から判断するしかなさそうです。プラトンの著作はソクラテスの言行録なのですが、どこまで忠実に反映されているかは疑問の余地が残ります。ソクラテスの思想という場合にはそのような背景を頭の片隅に置かなければなりません。嘘はついていないにしても、プラトンが自説の都合に合うように抜き出している可能性は充分にありえます。したがって、ヒッピアスでもプラトンの描くソクラテスと読み替えるべきだと言えましょう。以下面倒なので区別が不要な場合はソクラテスと書きます。
 さて、対話篇『ヒッピアース』での対話でのヒッピアスとソクラテスとの立場は唯名論と観念論になります。つまり、ヒッピアスは唯名論で例えば「美」の概念はただの名前に過ぎず、実際は個々の物だけが存在すると考えており、ソクラテスは観念論立場を取っています。これは、「美」の観念、つまりイデアが予め人間の頭の中にあって、美しいものを見ると、このイデアが呼び起こされると考えています。
 ソクラテスの問題意識はこのように言い換えることができるかもしれません。柴犬、チワワなど形が全く違うのにどうして犬と認識できるのか。
 ヒッピアースによれば、人々が美しいと呼ぶものが美であり、美しさはものごとの性質であって、何らかの本質ではなく、美しさは美しい見かけの他に何ものでもないということになります。
 ここにヒッピアスとソクラテスの議論が噛み合わない理由があります。ヒッピアスはそもそも「本質」などないと言っているのですが、ソクラテスはこの本質を尋ねているのです。あるいは言い換えるならソクラテスは普遍的・一般的な美を尋ねているにも関わらず、ヒッピアスは個別的な美について答えているのです。
 ソクラテスは時代が下ると、感覚、つまり存在の奥には何か観念的な物があるのではないかと言い出し、「美は真や善とともに三つの不可分の原理を形成」すると考えます。この三つのイデアについてプラトンは「個々の美しきものから出発して、かの最高美を目指していよいよ高く上り行くこと、(中略)一つの美しき肉体から二つのへ、二つのからあらゆる美しい肉体へ、美しい肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれらの学問から出発してついにはかの美そのものの学問に他ならぬ学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになる」*6とあります。
 ネオプラトニズムの代表的人物、プロティノスもまたイデア論を引き継いでいます。プラトンのイデア論の欠点は真善美が他のイデアとどのように結びつくかが示されていないことにあります。「イデアは多数の物事を作り上げている部分を秩序づけ、それに全体なるものを与え、それらをひとつの全体とします」とカロル・タロン=ユゴンは総括しているのですが、これはプロティノスが哲学のために「美」を援用したと言えましょう。

アリストテレス

 アリストテレスは『詩学』において、戯曲について論じています。ここでは模倣、つまりミメーシスが論じられているのですが、この概念自体はプラトンにありました。プラトンは絵画を真実の模倣としてしか見なしません。模倣である以上、真実から遠ざかっていると考えました。
 またプラトンはあくまで諸感覚とイデアの関係性、そして最終的に国家運営の技術に関心を抱いていました。したがって話術、動物の鳴き声の真似までも「ミメーシス」に含んでいるからです。
 このようにプラトンのミメーシスをいわゆる「芸術」の理論としてそのまま当てはめることはできません。ここで持って回った言い回しをしたのは「芸術」の概念は時代時代によって異なるからです。もしかしたら話術や鳥の鳴き声の真似までも「芸術」に含むような理論体系が構築されるかもしれなません。
 それでもアリストテレスは芸術を「規則とともに生産することのできる能力」だと定義しているので、考えようによっては「演芸」「パフォーマンス」なども含むと言えましょう。またプラトンは存在しているものを写し取っていると考えているのですが、アリストテレスは架空のものも含めて考えています。つまり実際の存在よりも幅広く創作できるのです。これによりミメーシスは存在そのものよりも、一段高い地位があるとアリストテレスは考えました*7。
 プラトンとアリストテレスは対立しているのですが、「イメージが人々に及ぼす影響に関して(中略)映画における暴力描写というきわめて今日的な問題に本いて取り得る立場を両者が先取りしており(中略)非常に現代的な議論の基盤を構成してい」るそうです。1024px-Goya_Maja_naga2 これは日本で問題となっている成人向け雑誌は目隠しするべきかどうか、あるいはドラクロワの「民衆を導く自由の女神」、ゴヤの「裸のマハ」などとポルノグラフィティの本質的な違いはどこにあるのかなどの問題と関わってくるでしょう。Delacroix なぜなら裸の女性、女神を描いているのですから、少なくともその次元では両者の差異はありません。要するにポルノグラフィティは「裸の女性を描いているから」だけがで忌避されているのではないと言えましょう。わいせつ物頒布等の罪では「いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し,善良な性的道義観念に反するもの」*8、とありますが、普通人の正常な性的羞恥心」「善良な性的同義観念」とは何かという問題が生じてきます。性欲を興奮させるかは人それぞれです。
 実際、絵画ではありませんが、文学の場ではD・H・ローレンス『チャタレイ夫人の恋人』の性描写を巡って裁判になりました*9。芸術作品を理由にすると、自己撞着に陥ってしまうます。まさに芸術作品とポルノグラフィティとの差異を問題にしているわけですから。法律的な境界に関して言えばについてはろくでなし子の裁判*10が参考になるかもしれません。

ルネサンスの絵画論

 ルネサンスには多くの絵画論が書かれます。例えばアルベルティの『絵画論』、ダヴィンチなどが挙げられていますが、画家のデューラーも絵画論をかいています。このデューラーですが、あまりに厳密を期するが故に自分自身ですら使いこなせなかったという逸話が残っています*11
 この時代の絵画論は、単にハウツー本だけではありません。それどころか筋肉をどう描くか探求するのに解剖を行い、あるいは遠近法を出すのに数学まで持ち出しているのです。そればかりではありません。図像は文学や哲学とも共有されていました。単に親方から口伝で技術を学んでいましたが、美大のように体系的に創作技術を教えていくようになります。絵画とが諸学問と結いており、エルヴィン・パノフスキーは当時の哲学・文学などの関係性において、絵画を解釈しようとしたのです*12
 またこの時期の絵画論は後代の詩人、ヴァレリーなどによっても論じられています。このように美術理論の種はルネサンスに蒔かれました。

十八世紀

 さて十八世紀以降、バウムガルテンが『美学』を現し、芸術作品の美が本格的に体系化されます。体系化とは、哲学者が自説を述べるために援用するのではなく、美とはなにかが諸学問の関わりの中で中心に論じられるようになることです。例えばアリストテレスのミメーシスは文芸評論のついでに語られるだけでしたし、ルネサンスの絵画論も「美」そのものではなく、美しい絵画を書くための技法でした。
 このことからも解るように彼らの問題意識は美とはなにかではありません。あくまでも文芸理論や絵画技法の域を出なかったのです。

バウムガルテン

 バウムガルテンがaestheticaを美学の意味で使ったのは一七三五年。絵画ではなく文芸評論ですが、バウムガルテンの重要な点は、詩を語るために「美」を語っているのではないことです。それならアリストテレスも行なっていました。そうではなく、「美」を語るために詩を使ったのです。その背景として、カロル・タロン=ユゴンは下記の通り述べています。
 十六世紀から十七世紀に移り変わるころ複合的な理由から私たちの感覚に与えられるものとして世界を考える仕方に変化が生じました、感性的なものは、いまや知性的なものに対して自律的なものになりました。
 このあとカントは純粋理性批判において、感性が悟性へと至り、理性へと到達する道筋を示しますが、感性それ自体で学問の対象となるのです。古代ギリシャでは存在と観念でしたが、存在と感覚は関係はあるもののかなり違うと言わざるを得ません。
 ところが、十七世紀に入ると感覚それ自体が考察の対象になっていきます。例えばデカルトは「遠くからは円形に見えていた塔が、近づいてみると四角に見えることもあったし、また塔の頂に据えられていた巨大な彫像が、地上から眺めると大きく見えないこともあった」*13と述べています。ニュートンなどが光の屈折を研究していますが、これはは目のどのようにして目が騙されるのかを論じていると言えましょう。このように感性や感覚が哲学の主題になり始めたのです。他にもイギリス経験論のジョン・ロックは感覚をもとにしながら経験を積んで、それが知識の蓄積につながっていると述べました。いずれにせよ、知識と感覚の関係を解き明かして、人間は物事をどのように認識しているか考察していたのです。これに伴い主体と客体の関係性が生まれ、「感性的な美は(中略)ひとつの主体とひとつの主体とが出会うことによって生まれる関係がもたらす質であり、あるいは物の何らかの諸特性とふれあうことで私たちのうちに生じる観念」として考えられるようになりました。これはルネサンス以降、一人の人間が段々と考察の対象となったせいかもしれません。

大陸

 ドイツ以外では趣味goûtと呼ばれており、ヒュームやハチスンが考察しています。goûtはaestheticaと違い、「神的なものを味わい、享受し、評価すること」の意味で使われてきました。例えばヒュームは経験する主体を考察しています。「権威、偏見、流行、羨望、嫉妬など」、あるいは教養の欠如により、「美」を正しく認識できないことがあるからです。
 意外なところでは政治哲学者のエドマンド・バークが崇高と美について考察しています。「美しさという言葉によって私が理解しているのは、それによって身体が愛や愛に似た情念を引きおこすところの性質である」。日本語でも花を愛でるといいますが、これと同じような感覚かもしれません。
 一方、崇高は荒れ狂う海原などが上がっており、日本語の畏怖などと近いのかもしれません。バークは恐れさせる反面、喜ばせるこの逆説について、「危険そのものではなく、危険の観念に直面するように」すると説明することで解決します。しかし、恐らく日本人が自然崇拝の観念に近いからでしょうか。人間業では到底できないような自然物にでくわしたとき、つまり神々しさを感じたときに崇高、と言う気がします。他にも正円の月、夕陽は人間が厳密な正円を描けないと知っているから、崇高と呼ぶのではないでしょうか。コロッセオやピラミッドは人によるでしょうが、「偉大」などと呼びます。
 もちろん、十七世紀の時点では、感覚と知識の関係性だけでした。しかしバウムガルテンはここから美とは何かを考察したのです。今日、バウムガルテンのaestheticaを美学と訳しているのですが、字義通りには感性の学問。
 プラトンはすでに見た通り、プラトンは「感覚的な美しさが、私たちを知性的な美しさに引き上げるための」ステップに過ぎないと考えていましたが、バウムガルテンは感覚的な美をそれ自体、知識の領域と考えました。しかし「バウムガルテンの美学は論理学の規範にとらわれたまま」だと言います。これは恐らく「論理学が従来範疇としてこなかった下位認識能力を扱う学である」*14という部分と関係してくるのかもしれません。

ドイツ観念論

 ドイツ観念論といえば、ヘーゲルとカントが挙げられますが、二人とも美学を論じています。中でもカントの『純粋理性批判』は「美学」という語が今日的な使われていますし、『判断力批判』は美について論じています。趣味判断、美、崇高、芸術、そして天才をも幅広く扱いました。カントは美的(astetich)を「表象と客体の関係」と定義し、美の経験自体ではなく、経験そのものはどような条件で成立しうるかを考えていきます。
 崇高の観念は理性や道徳性が関係しているとカントは考えます。例えばタロン=ユゴンは「山岳の嵐を例示し、「人間に、自分の本来的な対比によって自分自身の道徳的な価値を思い出させ」るとしています。この辺りはカントの関心である道徳律が多分に反映されていると言えましょう*15。
 一方、美は快と不快の感情と結びついており「論理的」判断ではありません。この快は快適さや合目的性と離れたところにあります。例えば快晴を見ても、快適ではありませんし、何の目的もありません。クーラーのつけて、プログラムを組んでいたほうががよっぽど快適で、理にかなっているといえましょう。しかし、青空を美しいといい、後者を不健康だと言うのです。
 しかし、プログラムに関して言えば美しいソースコードというとき少なくとも読みやすかく、拡張性が高いものを言います。もちろん、カントの時代にプログラムなどあるはずもないのですが、数学的な証明の美しさはありました。
 このようにバウムガルテンにせよ、カントにせよ、感覚と美について考察したのですが、ヘーゲルは芸術と美の関係について考察していきます。ヘーゲルは「芸術の哲学」と言っているのですが、芸術についての哲学か、芸術に属しているか、つまり芸術そのものを哲学的な対象にするか二つの意味が挙げられます。

現代の美学

 さて現代の美学についてはフランクフルト学派のベンヤミンとアドルノ、メルロ・ポンティの現象学、そして分析美学の三つが紹介されています。

フランクフルト学派

 芸術に関するベンヤミンの論考のうち有名なのは、『複製技術時代の芸術』でしょう。映画を論じているのですが、従来の芸術は一度きり、ただ一点しかありませんでした。例えばデューラーにせよダヴィンチにせよ世界にただ一つしかなく、それ故、貴重だったと言います。ベンヤミンはこれをアウラと呼び、芸術作品などの美はこの貴重性が関係しているのではないかと考えました。芸術作品だけではありません。聖地巡礼もこの貴重さが関係しているのだと指摘します。ところが映画など、複製が可能になるとこの貴重性は失われてしまいます。
 これが『複製技術時代の芸術』の論旨なのですが、僕は納得がいきません。ロートレックの版画などは複製しているのに貴重です。また僕が子供のころに書いた絵などは一つしかないにもかかわらず、一般的に芸術作品としてはみなされません。
 アドルノはホルクハイマーと並んで、フランクフルト学派の代表的な哲学者です。アドルノはヘーゲルやカントが芸術作品を理解していないまま、美学を書いていると考えました。芸術作品の評価は様々な社会背景のもとで生まれてきています。例えばピカソのゲルニカは第一次世界大戦の抵抗運動として描かれましたし、マグリットなどはフロイトの影響を受けています。またマルセル・デュシャンの泉は芸術規範への挑発として書かれました。単なる便器を置いても美術館に飾れば、芸術作品として扱われるのではないかと考えたのです。

現象学

 メルロ・ポンティとミシェル・アンリを挙げており、芸術についての哲学をあげています。つまりアリストテレス同様に芸術を題材にしながら自分の哲学を語っています。メルロ・ポンティは科学的認識以前の世界。つまり、僕たちが風光明媚な場所を写真などで見るとき、どの国か興味が湧くでしょう。グランドキャニオンならアメリカ、というふうに。最近ならグーグルマップなどで場所を確認するかもしれません。
 しかし、グランドキャニオンそのものの美しさを知るより、グランドキャニオンの周辺知識を仕入れているに過ぎない、とメルロ・ポンティは考えます。
 ミシェル・アンリは少し重なるかもしれませんが、感受性を重視しました。ヒッピアスとソクラテスの対話と同じような理屈で一つ一つの生は見えますが、生の本質は見えません。ミシェル・アンリが感受性と言う時、この生の本質を感じ取る力を指しており、カンディンスキーの絵画にはこの生命の本質が描かれていると論じています。

分析美学

 分析美学は分析哲学の方法論を使っています。つまり、どのようなときに美というかに注目して考察しているのです。
 ただ分析哲学がどこまで普遍的かどうか疑問の余地が残ると言わざるを得ません。英語のbeautyと日本語の「美」は完全に同じ概念ではないからです*16。解りやすくするために、goûtと趣味について考えてみましょう。確かに趣味が良い服などと言った場合、二つの概念は一致します。しかし、「わたしの趣味は読書です」という場合の趣味はhobbyです。さらに世代や個人によっても差が大きく出ます。例えば、可愛い、美しい、秀麗、端麗、流麗、壮麗、荘厳などと表現しますが、言葉を知らなければ、どれも美しいの一言で終わってしまいます。
 さらに語彙を知らないのではなく、世界そのものがそのように見えているのです*17。

これからの美学

 これからの美学について考えていることを僕なりの視点でまとめます。

美の普遍性について

 僕は哲学を一個人の実存と対象の関係を考えていると考えています。つまり、美学は〈僕〉にとっての美とはなにかで、普遍性などは最初から問題にしていません。普遍性なら科学に任せればいい、と思っているのです。
 それでも美の普遍性を探りたいのなら、脳波などを測定する方法が挙げられましょう。花を見たときにどこの部位が活性化するか調べると一定の成果が出るかもしれません。
 僕自身は経験論を支持していますので、美も経験によるものが大きいのではないかと思います。例えば「夕日がキレイだね」と母親に言われ、夕陽はキレイだと感じるようになると現時点では考えています。

芸術の対象について

 アニメはどうして芸術の対象としてなりえないのでしょう。確かに写実的な作品ではありませんが、モディリアーニもまた写実的ではありません。商業主義かどうかで一つの線引きができそうですが、浮世絵は商業主義のもとで大量に生産されました。
 多角的な視点を提供してくれるからと考えるかもしれません。しかし、アンパンマンもユング心理学を使えば、バイキンマンをトリックスター、ジャムおじさんをオールドワイズマンとして分析するなどできます。
 つまり、多角的な視点かどうかは受け手の鑑賞眼にも依存しているのです。また漫才などの演芸も芸術とは言い難いですが、狂言などは芸術として疑いようもありません。両者とも喜劇であるにも関わらず、です。

*1 モーリス・メルロ=ポンティ『眼と精神』(みすず書房) 
*2 ミシェル・フーコー『言葉と物』(新潮社)
*3 佐々木健一『美学への招待 増補版』(中央公論社)
*4 エルヴィン・パノフスキー『イデア』(平凡社)
*5 他にも喜劇作家のアリストファネスが『雲』でソクラテスを描いている。しかし、戯画化して書いているため、あまり参考にならない(アリストファネス『』岩波書店)。またディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列列伝』にも書かれているが、伝聞情報である(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝(上)』岩波書店)。
*6 プラトン『饗宴』(岩波書店)
*7 アリストテレス「詩学」(アリストテレス『世界の大思想〈2〉 ニコマコス倫理学/デ・アニマ/詩学』河出書房新社)。なお、パノフスキーによると、この優劣は歴史的に繰り返されている(エルヴィン・パノフスキー『イデア』平凡社)。
*8 Wikipedia「チャタレイ事件
*9 同上
*10 『「わいせつデータ配布が目的」最高裁判決 「ろくでなし子」有罪確定へ』(朝日新聞)
*11 エルヴィン・パノフスキー「様式史の反映としての人体比例理論史」(エルヴィン・パノフスキー『芸術学の根本問題』中央公論美術出版)
*12 エルヴィン・パノフスキー『イコノロジー研究(上)』(筑摩書房)、および若桑みどり『絵画を読む』(日本放送協会出版)
*13 デカルト「省察」(ルネ・デカルト『世界の大思想〈7〉 方法序説/省察/哲学の原理』(河出書房)
*14 Wikipedia「アレクサンダー・ゴットリープ・バウムガルテン
*15 カントは『道徳形而上学原論』などを現しているように、倫理学について興味を抱いていた(イマヌエル・カント『道徳形而上学原論』岩波書店)
*16 丸山圭三郎『ソシュールの思想』(岩波書店)
*17 同上

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