有沢翔治のlivedoorブログ

 wikipediaや「解説」に書いてあることをそのまま書いても余り意味がない、を信念に書評もどきを書いています。大事なのは自分がどう思ったのか。そしてそれはどうしてか?

 同人ゲームシナリオやボイスドラマの脚本を書いています。過去には、
ゲームシナリオ
天地争像伝奇
ましろいろ
白い焔
怪奇探索少年隊
こころのかけら
戯曲
『めぐる季節の中で』より「ラブラブパニック」他(企業依頼
ハシを直す(有償依頼)
視線を感じて
 などを作ってきました。
 また文芸同人誌『TEN』に作品を発表。ご依頼、ご注文はholmes_jijo@hotmail.comまで。基本無償でお引き受けします。

ジョージ・バイロン『バイロン詩集』(新潮社)

バイロン詩集 (新潮文庫)

概要

 18世紀末から19世紀にかけて活躍した詩人、バイロン。彼は理性よりも情熱を重んじ、ロマン主義の代表的作家となった。詩人のパーシー・シェリーとも親交が深く、ディオダディ荘で怪談を作り合ったことでも知られている。
 またイギリスを離れ、スペイン、ポルトガルなどを放浪した。最終的にはギリシャ独立戦争に加わり、病死した。この詩集はそんなバイロンの作品を年代順に集めたものである。

バイロン初挑戦

 僕の中で詩人と言えばバイロンだったのですが(そもそも詩人の名前は余り知らない)、それにもかかわらず、読んだことはありませんでした。 たまたまどこかでニーチェがバイロンの『マンフレッド』という戯曲から影響を受けている、と知ったり、マイミクが『海賊』の紹介をしているので興味を持ちました。
 もう一つ、文学の勉強として読みました。表現技法、そして文学史の。
 文学作品は結局は好みの問題です。僕は率直に言って、恋愛を歌い上げた詩は余り好きではありません。この本にも恋愛をテーマにした詩がいくつか収録されています。そして全て失恋の痛みを詠んでいます。
 例えば「MSGに」という詩はその名の通り、MSGというイニシャルの女性への恋心を読んだ詩です。「君のあの唇がわが眼にしむとき/その色は熱いくちづけをさそう」という冒頭で始まります。そして終始、こんな感じで、恋愛をテーマにしているのです。
 「メアリー・チョワースに」は女性が忘れられなくて綴った詩です。「悲しみに悔恨はつみかさなる/悔みも憧れも、ともにかいないものであり/私がこいねがうは──ただ忘却」という文言で締めくくられているのですが、書き起こしてる時点で忘れる気ないと思います。
 ただ題材とはまた別の話で、詩として見た場合に素晴らしいものを感じます。だから古典として今も残っているんでしょうけど

詩とは何だろう

 詩とは何だろうかと考えるとき、これまた詩人の数だけ解釈があるのですが、比喩などの表現だと僕は考えています*1

恋と情熱

 例えば「若い山人のさすらい」では、第1連の最後、「ただひとつ、胸にいだいた思いは/わが美しいメアリ、といまさら告げるまでもない」という言葉で締めくくられています。したがって、ここまで読むと、失恋を描いた詩のように思います。
 ところが第2連まで読むと「あれは恋ではなかったろう──私はその名を知らなかった」と続きます。じゃあ、何なのかと思って次の行を読むと、「おさないものの胸に、棲んだのは何の情熱だったか」という風に続きます。
 年上の女性に抱く、恋い慕う気持ちや憧れ……、そんな甘酸っぱい気持ちがあったのでしょう。そんな淡い初恋を、「何の情熱であったか」と表現しているのです。
 恋と情熱は似たイメージがあるものの、違う感情です。しかもこの言い回しは「情熱だ」と断定はしていません。情熱かもしれないけど、よく解らない、という気持ちが現れています。

情熱と郷愁

 この詩からは「同じ想いがいまもわがうちに燃える(中略)/私ほ、あのさびしい国を愛し、新しい国に憧れず、(後略)」とあるように、バイロンはホームシックに罹っているようだと感じました。しかしこの時期、バイロンはまだ放浪の度に出ていません。
 どうやらバイロンの生い立ちと勝手に結びつけてしまったようです。

放浪の旅

 詩人としては『チャイルド・ハロルドの巡礼』で大成功を収め、また上院議員となったのですが、女性問題などで失脚します*2。
 それがきっかけで放浪の旅に出るのですが、それをテーマに詩もたくさん書いています。例えば「イーネスに」では自分と放浪の民、ユダヤ人を重ね合わせています。
それは、遠い世のヘブライの漂泊人がもったという/身を噛んでやむことのない悒鬱/墓のかなたのやすらぎの望みもなく、/生きつづけつつ、憩いの思いもないのだ、
 しかし、この詩が発表されたのは1812年、バイロンが絶頂期の頃なので、解釈に戸惑うところです。
 確かに、1809年から1811年までの間も旅はしているのですが、これは追放されたというよりは卒業旅行でした。てっきりこの内容から追放されてるときに書いたと思ったら違ったようです。

対比

 この詩は「しかし人はみな、快楽の美酒に酔いしれて/私が棄て去ったものをたのしんでいる」という第7連が、他の連といい対比を作っています。この連があるからこそ、他の連がいっそう鬱々と感じられるのです。
 政治の場から失脚すること、そして周りが宴を開く中、自分は孤独だということなどから杜甫『登高』を思い浮かべました。

*1 現代の詩は表現技法の面ばかり追求していてあまり好きではない。例えばT・S・エリオットの『荒地』は語り手が突然、変わるので気付かないと混乱する。
*2 阿部知二「あとがき」(バイロン『バイロン詩集』)




冊子・DVDを送るときの注意。

 『TEN』を友人たちへゆうメールで送っています。冊子・DVDを送るときはゆうメールを使ったほうが微妙に安いんです。ただし中に冊子が入ってると証明しなきゃいけない上に、私信を入れれないという制約がありますが。
 ところが先日、発送した『TEN』109が戻ってきました。
 原因は料金不足。20円不足? 待てよ? もしかして普通の郵便物と勘違いしちゃった? 一応、角を切って、冊子と解るようにしたし、それで今まで問題なかったのに。
 でもまぁ、ゆうメールと書いていない僕も僕だったわけで。誤解を与えるような文章を書いた側にも責任はあります。文章を書くものとして……。
 というわけで皆さま今後は、同人誌を送るときは「ゆうメール」と書きましょう。


種村季弘『食物漫遊記』(筑摩書房)

食物漫遊記 (ちくま文庫)

概要

 ドイツ文学者の種村季弘が古今東西の小説家、哲学者のエピソードを引用しながら食をテーマに書き綴る。といってもグルメリポートではない。例えば絵に描いた餅を食べる話、延々たどり着けない焼鳥屋、はたまた鮭を使った民間療法など奇想天外な話ばかりである。
 他にもお茶会の様子を自虐的に描く「気違いお茶会」など。

エッセイは苦手です

 エッセイは苦手です。理由は解らないけど、何か苦手なんですよね。好きな作家、科学者ならエッセイも読んでみようという気になりますが、知らない人の日常なんて知っても別になんの興味も沸かないというのが本音。
 種村季弘はドイツ文学者で、黒魔術、錬金術などをテーマにした小説を研究しています。他にも作家、マゾッホについての評伝『ザッヘル=マゾッホの世界』、錬金術師、パラケルススの評伝『パラケルススの世界』などちゃんとした研究書も書いています。また、フランス文学者、澁澤龍彦とともに日本に幻想小説を紹介しました。

エッセイは苦手、と言っても

 種村季弘と澁澤龍彦のエッセイは例外です。特に澁澤龍彦のエッセイは『黒魔術の手帖』『エロティシズム』など結構好きです。
 基準は個人のことを語っているのかではなく最終的に個人のことに終始しているか、一般的なことがらにも適用できるかだと思います。例えば、ガンの闘病記。友人が見舞に来てくれて嬉しかった、などではなく抗癌剤の副作用、髪の毛がなくなる切なさなど、その人個人の体験でありながら普遍性・一般性があるものが好きです。
 あと読んでて楽しいか、これがすごく大きい。
 絶対の探求は美味い焼鳥屋があると聞いて、岡山の街をさまようも結局は見つからず、という話。案内人の友達も「わたし」と同じ道をたどったらしいです。
 岡山の日本一の焼鳥屋はほんとうにあるのだろうか。実在するにしてもおそらくそこへ辿りつくことはできそうにないのではあるまいか。
 最近、友達とカフカの話をしたせいか、『城』を思い浮かべました。
 これって日本一の焼鳥屋って聞かされてるから、余計に気になるという心理が働いているのでは?
 「狐の嫁入り」は白昼夢を見たというエッセイで、江戸川乱歩が書いていそうな話です。また「気違いお茶会」もお茶会に呼ばれた理由が……。
 「狐の嫁入り」、「絶対の探求」、「気違いお茶会」なんかは短編小説としても通用します。物語として読んでて楽しいエッセイ集でした。



ギー・ド・モーパッサン『モーパッサン短篇集』(筑摩書房)

モーパッサン短篇集 (ちくま文庫)

概要

 『TEN』という文芸同人誌に短編小説を発表しているのですが、その参考資料として読みました。実を言うと、モーパッサンにかぎらずフランス文学はそんなに読んでいないんですよ。どこの国を多く読んでるかといえば、イギリス、南米文学、でしょうか。あと他に村上春樹の影響でアメリカ文学も多く読んでましたが。
 フランス文学はどうしても恋愛物が多くどうしても好きになれないんです。別に手痛い失恋をしたとかいう理由ではないのですが、こればかりは嗜好の問題なので仕方がありません。モーパッサンに限って言えば、『女の一生』*1『脂肪の塊』*2を学生時代に読んだきりです。エラリイ・クイーンの『ミニ・ミステリ傑作選』に収録されている短編を読んだだけです。
 このモーパッサン短篇集ですが三部構成になっています。第I章には運命のいたずらを、第II章には女性を、第III章には死をテーマにした小説が集められています。

短編の名手?

 南米の作家、オラシオ・キローガは優れた短編小説作家の一人としてモーパッサンを挙げていますが*3、確かに面白いものもあります。
 ですがそこまで絶賛するものか、と言われたら首を傾げてしまいます*4。

趣味の問題

 もちろん、最終的には趣味の問題に行き着くので、僕が面白かったと思った作品をあげておきます。「みれん」「首飾り」「ジュール叔父さん」の雰囲気が好き、「水の上」は最後の一行が好きです。
 逆に「宝石」はイマイチ心を動かされませんでした。宝石に関して言えば「え? そういうラストなの?」と肩透かしを食らってしまったほど。
 結構、「宝石」にはストーリーの上で疑問が多いんですよね。
1.イミテーションの宝石がどうして高く売れたのか。
 もしランタン夫人が、「これはイミテーションなのよ」と言っているだけでしたら、彼女がランタンに嘘をついていることになって、納得が行くのです。しかし、地の文には下記の記述があります。
 彼が不満に思っていたのは、ただ二つのことだけだった。芝居好きと、イミテーションの宝石好き。
 三人称視点であることを踏まえると、イミテーションの宝石だというのは事実だとしなければなりません。言うまでもないことですが、地の文には嘘を書くと、物語が成立しなくなります。
2.プレゼントしていたのは誰か。
 もし仮に浮気相手からの貢物で、ランタンに嘘をついていたと解釈するとして、その相手は誰でしょうか? 僕のこじつけではないのか、という意見もあると思いますが、伏線が張られています。
 妻〔ランタン夫人〕があんな高価な品物を帰るはずがない。
 ──絶対ない──するとあれは贈り物なんだ! 贈り物! 誰からのだ? なぜなんだ?
 この部分はランタンの独白なので、もちろん彼の勘違いだという可能性も残されています。しかし、それだとしても伏線は回収しないといけません。
 この二つの疑問が頭から離れず、物語に違和感を覚えました。あと最大の疑問はどうして再婚したのかです。しかも半年のうちに再婚しているので、ランタン夫人の愛情はどこに行ったんだろう?
 ランタン夫人の遺産で一生遊べるんだったら、再婚なんかしなくてもとか考えちゃうんですよね。だから、フランス文学は肌に合わないんだろうな……。

イミテーション

 イミテーションというキーワードをもとに「宝石」と「首飾り」を読んでいこうと思います。

イミテーションの愛情?

 「宝石」のランタンが半年後に結婚したことを踏まえると、ランタン夫人への愛情はイミテーションだと解釈ができます。つまり本心ではなく愛している自分を、愛していると。そう考えると演劇鑑賞も本心ではない、という点でイミテーションと類似点があります。
 それによく考えれば、ランタンの生活が苦しくなるわけがないのです。家を買ったという記述もなければ、子供が生まれたという記述もありません。つまり支出も収入も独身時代に戻っただけです。そして独身時代は上手くやりくりできてます。
 ということは身の周りにある「イミテーション」を処分したかったのではないかと考えられます。自分の心を投影しているようだったのでしょう。ここで注意していただきたいのは、ランタンは宝石がイミテーションだと思い込んでいるという点です。
 そして本物の宝石だと鑑定された途端に、全部売り払います。まるでランタンの心がイミテーション、つまり虚飾に満ちていて、売り払うかのように。しかし贅沢な生活はイミテーションであったため長くは続かなかった、という風に僕は解釈しました。

「首飾り」

 「首飾り」は同じ宝石を扱っていますが、ラストが秀逸です。僕の好みの問題ですが、こういう人生の皮肉を描いた作品は大好きです。
 夜会に着けていく首飾りがないので、友達の宝石を借りて紛失。それを一生懸命、働いて弁償するのですが、実はイミテーションだったと解る……という結末なのですが、イミテーションに振り回されていたのです。
 モーパッサンの科学知識がどれだけだったのかは解りませんが、そもそもダイヤモンドは炭と同じ物質です。これは18世紀初頭の実験で解ったのでモーパッサンの時代にはすでに知られていました*5。同じ炭素であるにもかかわらず、かたや無価値であり、かたや高値で取り引きされる。
 カール・マルクスは価格は「物の価値」ではない、と資本論で言いました。人間の社会関係の中で決まるのだと。
 労働諸生産物の価値関係は労働諸生産物の物質的本性、および、それから生ずる物的諸関係とは絶対になんの係わりもない。それは人々そのものの一定の社会的関係に他ならぬのであって、この関係がここでは、人々の眼には物と物の関係という幻影的形態をとるのである。
 科学と経済学を参照しましたが、この二つはまるで同じ首飾りでも18000フランの価値があると思ったら実は無価値だった、という結末と似ています。
 また「ジュール叔父さん」も「首飾り」と同じくイミテーションの人生と言えましょう。


*1 モーパッサン『女の一生』(新潮社)
*2 モーパッサン『脂肪の塊』(岩波書店)
*3 オラシオ・キローガ『野生の蜜』(国書刊行会)
*4 ちなみに僕が短編の名手だと思うのは、ロアルド・ダール、エドガー・アラン・ポー、サキなどである。日本人作家も含めるなら、星新一は当然含まれる。
*5 http://jewelry-jouhou.com/diamond/diamondnokeisei.html



夏目漱石『坑夫』(新潮社)

坑夫 (新潮文庫)

あらすじ

 恋愛の揉め事で、足尾まで逃げてきた「自分」。そこで周施屋に坑夫にならないかと持ちかけられた。誘われるままに坑夫になったはいいが、「自分」は痩せている。その体格を、他の坑夫たちから馬鹿にされながらも地獄のような鉱山で働いていた。しかし、やがて気管支炎にかかり、現場は無理だと医者から告げられる。
 全文口語体はもちろん、構成の面でも、漱石の実験的な小説。

そもそものきっかけ

 夏目漱石が『坑夫』という小説を書いている、ということは古本屋で見かけたので知っていました。しかし読もうと思ったのは、村上春樹『海辺のカフカ』*1で取り上げられていたから。
 確か村上春樹は田村カフカの口を借りてオイディプス王と並ぶ、と評していましたが、正直そこまでとは思えないんですけど。オイディプスと並ぶような小説……『行人』?
 ついでに言っとくと、夏目漱石って言うと「今さら読むのもな……」と思ってたんですが、最近になって読んでみようと思ったんです。学生時代に『三四郎』をゼミの課題本として鑑賞し、その流れで『それから』『門』を読んだんです。そして、柄谷行人の影響で、『行人』を読み……。
 なんだかんだで漱石はあと『坊っちゃん』『吾輩は猫である』『硝子戸の中』『明暗』の4つ漱石は一応、コンプリート。別にコンプリートしたからって自己満足にしかなりませんが^^;

この小説の斬新さ

 この小説の斬新さは二つあります。

全文口語体

 この小説は全文口語体で書かれています。「さっきから松原を通ってるんだが、松原と云うものは絵で見たよりも余っ程長いもんだ」と冒頭部はこんな感じです。これは台詞じゃなくて、地の文です。
 つまり『坑夫』は地の文も口語体で書かれているんです。この表現方法は今でもこそ当たり前となりつつあるのですが、漱石自身も恐らく初めての試みだったことでしょう。
 少なくとも『坑夫』以外にこんな文体で書かれている小説を、僕は知りません。

小説らしくない小説

 さて全文口語体の他に、もう一つ斬新性があります。それは小説らしさの否定、メタフィクションとも受け取れる文章が散見しているということです。
 例えば、
 もっと大きく云えばこの一篇の「坑夫」そのものがやはりそうである。纏まりのつかない事実を事実のままに記すだけである。小説の様に拵えたものじゃないから、小説の様に面白くはない。その代り小説よりも神秘的である。凡て運命が脚色した自然の事実は、人間の構想で作り上げた小説より無法則である。
 あるいは「その証拠には小説になっていないんでも分る」と締めくくられています。この最後の一文は、小説という形式になっていないのか、それとも小説として発表されていないのか、という二通りの解釈が成り立ちます。
 小説という形式になっていない、と僕は考えました。小説として発表されていないと考えたら、事実と反しますよね。ということで形式の問題だと考えました。
 では漱石はどのような小説の形式を考えていたのでしょう? それは「筋らしい筋立てはない」*2と解説に書かれているようにありますが、プロットを放棄しています。つまりストーリーの因果関係は全く見えないのです。例えば、なぜ「自分」は足尾の山で働かなければならないのか、なぜ、気管支炎になって帳附にするのか(別に退職させばいい話です)。またどうしてこの命令に「自分」は従ったのか。『坑夫』において描かれているのは時系列順のストーリーだけです。

因果関係を追い求める近代

 つまり漱石は意図的に因果関係を描かなかったのです。漱石はこのことについて「人間の性格は一時間毎に変っている」*3と述べていますが、ここは漱石の弁を置いておいて独自に解釈してみました。漱石に登場する多くの登場人物は、近代的自我で苦しんでいます。近代的自我というと硬く聞こえてしまいますが、平たく言ってしまえば、選択する自分です。
 江戸以前は結婚も職業も住居も決められていました。しかし、明治は職業選択の自由、恋愛も自由になりました。例えば『それから』の代介は職業を探しに行きますし*4、『三四郎』は学問を取るか恋愛を取るかで揺れ動いています*5。
 この葛藤は因果関係によるものです。例えば、鹿児島から勉強する<ために>上京した。<だから>恋愛にうつつを抜かしてはいけない、という因果関係が『三四郎』では成り立っています。
 したがって、葛藤を断ち切るためには原因と結果という考え方から抜け出さなければなりません。実際、『坑夫』の「自分」は一人称小説なのに迷う素振りは見せず、あっさりと決定していくのです。


*1 村上春樹『海辺のカフカ』(新潮社)
*2 三好行雄「解説」(新潮社)
*3 同上
*4 夏目漱石『それから』(岩波書店)
*5 夏目漱石『三四郎』(岩波書店)




柴田稔彦[編]『シェイクスピア詩集』(岩波書店)

対訳 シェイクスピア詩集―イギリス詩人選〈1〉 (岩波文庫)

概要

 一時期、イギリスではペストが蔓延し、劇場が閉鎖されていました。そのころシェイクスピアは貴族に詩を書いて、食い扶持をつないでいたのです。
 詩を書いたのにはもう一つの理由があります。それは当時、一流の作家である条件として詩が書けることが求められたのです。シェイクスピアは大衆演劇としては知られていましたが、やはりそれだけではシェイクスピアの野心を満足させることはできなかったのでしょう。
 当時の文壇ではソネット*1という詩の形式が流行していたのですが、シェイクスピアはソネット形式の詩を書いています。そして現代ではソネットの詩人としても有名になっているそうです。日本では、というか僕は劇作家としてのイメージが強いのですが。
 他にペトラルカやダンテがソネット形式の詩を残しています。僕はソネット形式の詩といえばまずペトラルカが思い浮かぶのですが……。イギリス国内ではジョン・ミルトン、エドマンド・スペンサーなどがソネット形式の詩を書いています。
 今の文壇にたとえて言うならライトノベル作家が純文学でも通用できるのだと証明したかった、そんなところでしょうか。

比喩について

 詩とは何でしょうか。詩とは比喩の世界だと僕は思っています。この作品はソネットという形式なので、定型詩になります。しかし僕は作品の表現の参考にするために詩を読んでいるわけですから、ぶっちゃけそんなことはどうでもいいんです。
 というわけで比喩表現について見ていきました。

ソネット18番

 ソネット18番はもっとも有名なソネット……らしいのですが、恥ずかしながら知りませんでした。さて、この詩は「君と夏の一日とを比べてみようか」という冒頭部から始まります。そして「君という夏は永久に頽れることがない」と言っています。つまり夏という季節を「君」に見立てている、平たく言えば「夏のような子」と言っているようなもの。
 しかし名古屋の夏と比べてはいけません。そんなことしたら「だが君のほうがずっと暑苦しく、もっと過酷だ」、とこんなことになるでしょう。
 冗談はさておいて、この夏が「温和」というイメージは日本人、いや、名古屋人からは想像できないのですが、イギリスは日本と違って湿度が高くないので、カラッとしているとのこと。恐らく、日本海側の気候に近いのではないでしょうか。
 さて五月という季節の限定があることからも解るように、恐らく「暖かな半年間」*2程度で用いられているのではと思いました。冬は生命の活動が休んでいますが、夏は逆に活発になる季節です。
 「夏はあまりにも短いいのちしかない」とあるように夏はやがて冬になりますが、これをシェイクスピアは「declines(減少する)」と表現しています。まさに活力が減少すると捉えれば、見えてくるものがあると僕は思うんですがねぇ。つまり僕が受け取ったイメージは、朗らかで、活気にあふれる女の子です!
 ……試しに正解を調べてみたら、「ソネット18番から126番まで、つまり『ソネット集』の大部分は、さきほどの美男子に対する作者の愛が歌われている」*3。え、美男子……。世の中色々な愛の形がありますね。

ソネット20番

 ソネット20番はかなりエロティックな詩です。
君は当初、女として造られたのに
自然の女神は細工の途中で君を溺愛するようになり、
余計なものを追加してぼくから君を奪ってしまった。
ぼくに余分な一物をくっつけることによって。
 その突き出たものは女性を喜ばせるのだが
 心さえぼくにくれれば、そちらは女性に重宝させてやろう。
 言うまでもなく「女性を喜ばす」「突き出たもの」は男性器ですが、「心さえぼくにくれれば、そちらは女性に重宝させてやろう」とあるように、同性愛をあからさまに歌っています。ちなみに1533年〜20世紀半ばまでイギリスで同性愛は犯罪でした。オスカー・ワイルドが同性愛の罪で投獄されているのですが、他にも数学者のアラン・チューリングなんかが投獄されています。特に1861まで同性愛者は死刑となっていました。
 このような状況下でも、同性愛をテーマに詩を書いています。しかも半分以上。これはかなり勇気がいることです。
 また性倫理について。19世紀のヴィクトリア朝でも貴婦人はくるぶしを見せていけませんでした。したがって、シェイクスピアの生きたテューダー朝はさらに性倫理が厳しかったのではと思います*4。
 このソネット20番では美青年の顔を「女神の細工」に例えているのですが、斬新とは感じられません。現代の我々から見たときにシェイクスピアの表現を評価するとどうしても、使い古した印象が拭えないのは仕方ないのでしょう。しかし、おそらく「創世記」以来何度も似たような比喩が作られてきたと思うんですよね。
 逆にソネット30番は今も目新しく映ります。「静寂につつまれた快い瞑想の法廷に/過ぎ去ったことどもの記憶を呼び覚まそうとするとき」とあるようにシェイクスピアは瞑想を法廷に例えているのです。その理由は「以前に払ったはずの借金をもう一度返す」というくだりで後で明らかになるのですが、もちろん文字通りの借金ではありません。「求めたが得られなかった多くのこと」これはいろいろな解釈があるでしょうが、失恋だと僕は解釈しました。後悔の念の他にも屈辱などがあげられると思います。
 そう言った負の感情を借金という法律用語に例えているのです。

題材について

 さてシェークスピアの戯曲では、ギリシャ・ローマ時代に着想を得た物語が多いです。例えばジュリアス・シーザー、アントニーとクレオパトラなどが有名ですね。

ルネサンスにいたる道

 実は一時期、ヨーロッパからギリシャ・ローマ文化は消えていました。どこへ行っていたかというと、アラビアです。アラビアではアリストテレスを始め、プラトンなど古代ギリシャ・ローマの著作が保存されていたのです。
 3世紀頃から蛮族が侵入し、西ローマ帝国は壊滅的な被害を受けます。もちろん図書館なども全て壊され、貴重な資料は焚書の憂き目に遭うのですが*5、それ以前にギリシア人たちは宗教上の理由からローマ帝国を追われます*6。イスラム帝国は彼らを手厚く受け入れますが、特に7世紀には国家プロジェクトとして、ギリシャ哲学をアラビア語へと翻訳していることを考えると、科学技術を軍事転用しようという意図もあったのではないかと僕は思っています。
 ともあれ一旦、ギリシャ・ローマ哲学は蛮族の手を逃れ、一旦は亡命者を通じてアラビアに逃れます。それに触れるきっかけとなったのが十字軍。ビザンティンや、アラビア世界に眠っていたギリシャ・ローマ文化に触れるのです*7。

ソネット集に見られる影響

 したがってこのソネット集もギリシャ・ローマ神話を題材にした詩が多く見られます。中でも、「君の実体は何なのだろう」という書き出しで始まるソネット53番はギリシャ文化の影響が強い詩。実体は解説にもあるようにプラトン哲学の用語です。
 他にもアドーニス、ヘレンなどの人物が登場し、いかにもルネサンス期の特徴を表しています。

*1 音楽形式のソナタとは関係がないようである。ソナタは「演奏されるもの」の意味であり、ソネットは「小さな歌」という意味である。
*2 柴田稔彦の語注参照。
*3 Wikipedia「ソネット集」より。
*4 この他にも「ヴィーナスとアドーニス」の「かきたてられた欲情に力を得て/ヴィーナスは強引に少年を馬からひき下ろす」などの描写がかなり大胆である。
*5 E・C・ヴィッカリー『歴史のなかの科学コミュニケーション』(勁草書房)
*6 E・C・ヴィッカリー『歴史のなかの科学コミュニケーション』(勁草書房)およびアイザック・アシモフ『化学の歴史』(筑摩書房)
*7 伊東俊太郎『十二世紀ルネサンス』(講談社)



スティーブン・ワインバーグ『新版 電子と原子核の発見』(筑摩書房)

新版 電子と原子核の発見 20世紀物理学を築いた人々 (ちくま学芸文庫)

概要

 ノーベル物理学賞を受賞した理論物理学者ワインバーグ。デモクリトスから湯川秀樹に至る電子と原子核の発見についての壮大なドラマを物語っています。また加速度、質量、力などの定義も解りやすく基礎から解説しています。
 それもそのはず、ワインバーグは既存の物理学の啓蒙書を「広大な砂漠を渡るようなものだ」と延べ、物理学の啓蒙書を改革しようとしているのです。

科学史

 電気の流れ方、重力についてというような科学そのものにも興味があります。しかしそれよりも科学史や科学思想・科学哲学に興味があります。
 例えばニュートンは何のために自然哲学を研究していたのか、ライプニッツはさまざまな分野で論文や政治的提言を行なっているが、彼はどういった世界観だったのだろう。というようなこと。

天動説と地動説

 中でも興奮するのは、パラダイムが次のパラダイムに移って行く瞬間です。
例えば、ガリレイにしろコペルニクスにしろ、天動説を否定したとは言いがたい。あくまでも地動説でも説明が可能だという説明にすぎません。ニュートンもかなり地動説に打撃を与えましたが、まだ地動説でも説明できる余地がありました。天動説というと宗教心に取り付かれて非科学的ではない、という印象を持ってしまうかもしれません。しかしよく調べてみると地球上の観測結果が(複雑ながらも)矛盾なく説明できるのです。つまり僕たちが思っているよりもはるかに観察に基づいていたのです。
 これが完全に打ち破られるのはフーコーの振り子。彼は振り子の動きから公転も自転も証明したのです。
 こういう科学者が試行錯誤を重ねていく姿を僕は見たいのす。

信念と信念のぶつかり合い

 往々にしてそれは科学者自身の信念と結びついているんですね。例えば、マッハは、熱を原子で説明しようとしたボルツマンを攻撃するんです。個人的な確執はあったかどうかは解りませんが、マッハは最終的な証明は五感によってなされるべきだ、という思想が根底にありました。要は原子を見られない以上、存在を認めたら神秘思想と変わらなくなるじゃないか! というものです。

ホイッグ史観

 ワインバーグはあくまでも現代の目から物理学者を評価しています*1。この態度には注意が必要で、当時はどのような価値観だったのかを考慮しないと、正しい理解が得られません。
 これをホイッグ史観といいますが、この欠点は歪めて理解してしまうことにあります。例えば 例えば、
 「電気とは物質それ自身に内在する性質ではなく、それ物質をこすることで生まれて作られたか、あるいは物体に移動してくるのではないか」という考えが自然に生まれた。
 とあります。しかし、実は自然に生まれたのではなく多くの間違った理論の中から正しいものが生き残ったのです。
 ウィリアム・ギルバートを物理学者と評していることからもそれは現れています。彼はギリシャ語の「琥珀electron」にちなんで、琥珀同士をこすって物質が引き寄せられる現象をelectricaと名付けたのですが、当時は「自然哲学」と呼ばれていました。
 これは単に名前の問題だけではありません。物理学者は自然現象に関して一般法則を見つけるのが目的ですが、自然哲学者は自然現象から神の意図を読み取ろうとしました。
 例えば例えばニュートンは聖書解釈学や考古学の研究も行なっているのですが、それは現代物理学者が趣味で行なうような性質のものではなく、神の意図を汲み取ろうとしていたのではないかと思います。

電子と原子核の発見

 ようやく本題です。デモクリトスとレウキッポスの考え方が最初に紹介されています。「すべての物質は『原子』と『真空』からできている」と。急いで補足するなら、万物の根源とは何かという問いかけは、タレスに遡ります。万物の根源は水であるときわめて素朴な考えでした。
 デモクリトスは原子という言葉を最初に使ったのですが、文献上で遡れる限り万物の根源を考えた人はデモクリトスよりも前にいたのです。

近代科学における「原子」

 さて、近代科学になると定量化され、数式の概念操作によって法則が記述されるようになります。それにともない、性質ではなく、量の問題を考える概念として使われるようになります。例えばワインバーグはアイザック・ニュートンを例に取りながら、気体の膨張を原子が真空へ広がっていくものと解釈しています。ここでいう「原子」も「真空」も現代的な意味とはほど遠いのですが。
 ドルトンになるとかなり説得力が強くなります。倍数比例の法則は化合物を作る際に、単純な整数比になるというもの。アイザック・アシモフ『化学の歴史』*2によれば、ドルトンの推論は下記のようなものだったとのこと。
 たとえば(質量で)水素1部と酸素8部と結合して生じた。もし水の分子が水素1原子と酸素1原子から成り立っていると仮定するならば、酸素原子は水素原子の8倍の重さがあるということになる。もし水素原子の質量を1に等しいと定めれば、この基準で酸素原子の質量は8となる。
 もちろんこれは相対的なものですが、例えば水素1gの体積は(1/2)*22.4=11.2Lとなります*3。
 一方、酸素1gの体積は(1/16)*22.4=1.4になります。11.2:1.4=8:1となり、この割合は常に一定です*4。つまりすべての物質は水素の整数倍で表せる……ようにも見えました。
 ともあれこのドルトンの発見が原子論に一歩近付いたのでした。もちろんイギリスでは原子論は受け入れられましたが、ドイツでは受け入れられませんでした。これのことについて、ワインバーグはニュートンとドルトンの功績と言っていますが、国民性の違いだと思っています。イギリス人はよく言えば.実用的ですが、ドイツ人は思索的な国民性です。

電気の発見

 静電気の性質は古代ギリシャ時代にすでに記述されています。プラトンの『ティマイオス』に琥珀を毛皮でこすると髪の毛を引き付ける現象が記述されています。小学生のころプラスティックの下敷きを服でこすり、髪の毛を立たせる遊びが流行りましたが、あれと同じですね。また琥珀の他にも石炭を圧縮した黒玉でも起こることが知られるようになります。
 中世というと自然科学が研究されなかったというイメージがありますが、実態はそうではありません。イギリスの修道士ベーデは潮の満ち引きを研究したり、100年間のイースターの日を計算するなど自然科学の研究を行なっていました。
 しかし、「黒球を摩擦して温めると(中略)どんなものでも引き寄せる」と書いてしまったのです。こすったことが原因だとわかるのは今の目線で見てるから。18世紀まで年に渡り、温めたことが原因なのか、こすったことが原因だったのか、区別がついていませんでした。
 琥珀だけでなく、ガラス、硫黄、ろう、宝石などもこすると引きよせる16世紀になるとわかってきます。ワインバーグは微粒子の流れだと解るまでの記述を一切省いているのですが、中にはたくさんの理論が生まれました。例えば、電気は糊であると考える人もいました*5。微粒子が動いているのではないかという説は当時はその中の一つにすぎなかったのです。

2種類の電気

 さてデュフェイはガラスをこすったときに出る電気と樹脂をこすった時に出る電気が違うものだと考えました。金属の小片を帯電させたガラス管に近づけたら反発したのですが、ガラス管を樹脂に変えたら互いに引き合ったのです。つまりガラス電気と樹脂電気の二つがあるのではないかと考えたのです。
 これに対して、ベンジャミン・フランクリンは、「電気は非常に繊細な粒子からなる1種類の流体である」と結論づけます。
 ガラス管を絹でこすると、絹の中の電気の一部がガラスに移動し、絹には電気が不足する。デュフォイが樹脂電気と読んだものはこの電気の不足である。同様に琥珀の棒を毛皮でこすると、電気が琥珀に移り、琥珀の中の電気が不足する。琥珀の中の電気が不足した分だけ毛皮の中の電気が超過する(後略)
 このようにフランクリンは粒子(=電子)の移動によって引き合うかどうかを考えたのです。
 電気の不足を「負の電気」、超過を「正の電気」と呼びました。また、電荷という概念を導入、これらは一定だと考えたのです。電荷が不足した物同士、あるいは超過した物同士は反発すると説明しました。
 またフランクリンは雷を研究し、避雷針を発明します。
 ちなみにこの電気ですが、化学にも大きな影響を与えています。キャベンディッシュは電気分解を使って水が化合物だと証明しました。こう書いただけではキャベンディッシュの功績が伝わってこないと思うので補足します。18世紀になっても、まだまだアリストテレスの影響が残り、万物の根源は水、火、風、土だと信じられてきました*6。こんな中、キャベンディッシュは水が万物の根源ではない、と証明したのですから当時の科学界にとっては衝撃だったわけです。同時に水を分解できる電気とは一体何ものなのか、と。これが電気が注目された理由の一つだと僕は思います。

磁気の発見

 磁気は古代ギリシャからすでに見つかっていて、プラトンの『ティマイオス』に記述があります。この鉱石は天然磁石で、リソスマグネティス(マグネシアの石)と呼ばれていました。マグネシアとは街の名前で、天然磁石の採掘地でした。
 また古代中国で紀元後88年には方位磁石として使われたという文献が残っています。中国では常に南を示すものだと書かれていますが、ヨーロッパでは北を示すという対比がなされています。西欧で磁石と方角の関係について知られたのは中国よりも遅れ、1269年に文献として出てきます。
 さて、電気と磁気はよく似ていますが、静電気はこすると発生し、しかも金属だけではなく、小さな物質なら何でも引きつける、という点が違ってきます。
 ウィリアム・ギルバートはこのように電気と磁気を区別するのですが、電気と磁気の間には関係性があると解ってきます。19世紀、エルステッド導線に電気を流すとたまたま近くにおいてあった方位磁石が揺れたのです。

電気と磁気の関係

 このエルステッドの結果についての講演が1820年に開かれるのですが、その聴衆にアンペールの姿がありました。この講演の後、アンペールは次の結論にたどり着きます。つまり「磁気とは電磁気現象であり、天然磁石はそれを構成している粒子の中の小さな回転電流が磁気の性質を与えてくれる」と。
 電流と磁石の相互関係だけでなく、電流同士にも影響を与えているのです。これで電磁気は研究しやすくなりました。なぜなら電気を研究すれば磁石の性質も解ってくるのですから。
 こののちマックスウェルがこの二つの力の関係を明らかにし、本格的に統一していきます。

*1 スティーブン・ワインバーグ『科学の発見』(筑摩書房)で、ワインバーグはあえてホイッグ史観を取っていると言っている。
*2 アイザック・アシモフ『化学の歴史』(筑摩書房)
*3 1気圧の場合。
*4 この理屈は計算過程を見てもらえれば推察できるが、計算方法が確立されたのはずっと後のことであり、当時は8:1になることしか分かっていなかった。
*5 ガストン・バシュラール『科学的精神の形成』(平凡社)
*6 アイザック・アシモフ『化学の歴史』(筑摩書房)



アイザック・アシモフ『化学の歴史』(筑摩書房)

化学の歴史 (ちくま学芸文庫)

アイザック・アシモフについて

 アイザック・アシモフはSF作家として有名で、『我はロボット』、『鋼鉄都市』などが有名です。また給仕長ヘンリーを探偵役にした『黒後家蜘蛛の会』シリーズなどの推理小説も書いています。
 しかし推理小説とハードSFを両方書く人なら珍しくありません。コナン・ドイルも森博嗣SFと推理小説を書いていますし。ただアイザック・アシモフは科学史にも造詣が深く『化学の歴史』『生物学の歴史』なども書いています。ここまでもまだ珍しくありません。例えば森博嗣は科学の啓蒙書も書いています。
 アイザック・アシモフはさらにシェイクスピアの研究、聖書解釈の研究書なども書いているのです。「デューイ十進分類法の10ある主要カテゴリのうち9つにわたる」解説書を書いていて、唯一の例外は哲学の解説書……なのですが。

古代

 科学史の本を何冊か読んできました。普通、このような解説書はデモクリトスの原子論、アナクシマンドロスの万物の根源とは何かという問い掛けから始まっているのですが、本書は遡って旧石器時代から始めています。

旧石器時代

 落雷による山火事のあとに、炭に変化したり、肉の腐敗、アルコールの自然発酵……これらの化学変化は石器時代にも当然起こっていたことです。つまり人類とともに化学(というか自然科学)はあったと言っても過言ではありません。
 火から生じた熱は次の化学変化を起こすために使用された。食物を料理すると、色や舌触りや味が変わった。年度を焼いて煉瓦や陶磁器を作ることができた。ついに陶器、それもうわ薬をかけたもの、さらにはガラス自身を材料にしたものまで作られた。
 このように火の発見とともに、「化学変化」をある程度、コントロールできるようになります。
 次に青銅器、鉄器など鋳造技術者へ話が移っていきます。金属は英語でmetalと言いますが、これはギリシア語の「さがす」という意味だそうです。Oxford English Dictionaryを調べてみたのですが「origin is Greek metallon ‘mine, quarry, metal’.(有沢訳:語源はギリシャ語の metallonに由来し、これは「採掘する」「さがす」「鉱物」という意味である)」*1とあります。
 重要な事は鉱物には他の素材にはない性質があるということです。熱して叩いたら伸びます。木や皮なら熱したら燃えてしまいますし、石は叩いたら粉々に砕けてしまうでしょう。

鉄器時代

 また鉄器を使った最初の民族がヒッタイトと紹介されていますが、近年、トルコでヒッタイト以前の鉄器が発掘されています*2。
 トルコにあるカマン・カレホユック遺跡の紀元前2100〜同1950年の地層から鉄器が発見され、世界最古のものとみられることが26日、分かった。加工で出たとみられる鉄のかすなども同じ地層で確認。鉄の使用は、紀元前1400〜1200年ごろに栄えたヒッタイト帝国で始まったとされており、鉄器の調査・分析を担当した岩手県立博物館の赤沼英男上席専門学芸員は「通説を覆す結果だ」と話している。
 でも地図を確認すると今のトルコの一部もヒッタイトの勢力圏内なので、ヒッタイト人が作った可能性もまだ残されていますけど。

ギリシャ時代

 ギリシャ時代、イオニア学派は万物の根源について考えました。今日で言う科学理論だとアシモフは評していますが、自然哲学と言った方が素直な気がします。
 自然哲学で有名なのはタレスですが、「万物の根源は水である」と主張しました。またアナクシメネスは空気が万物の根源だと主張しました。空気というと誤解があるので、補足しておきますと、彼は息(呼吸)を万物の根源だと考えました*3。人間は死ぬと呼吸しなくなる、という理由から。アナクシメネスはこれだけに留まりませんでした。空気が薄くなると火に、濃くなると水や岩になると考えたのです。
 他の人は火、水、風など具体的にイメージできるものでした。レウキッポスとデモクリトスは少し他の人とは違って原子(atom)というものを考えます。もちろん原子を実際に見たわけでもなければ、今日の科学的な意味での証明とはほど遠いのですがデモクリトスとはこんなことを考えます。
 レウキッポスは、どんなに小さい物体の破片でも、さらに小さい破片に分割できるという、一見無理のない仮定を疑問視した最初の人である。レウキッポスは、これ以上小さくならないし、分割もできないという破片が最終的に得られると主張した。
 (中略)彼の弟子、デモクリトス(中略)は、この考え方を追った。彼はこの究極的な小粒子を「分割できない」という意味でアトモスと呼んだが、われわれはこれを原子(アトム)として引き継いでいる。
 自然哲学者たちは万物の根源をアルケーと呼びました。物理学のテーマは結局、このアルケーを探す長い旅路なのですが、タレスなどの文献はが余り残っていません3。
 アリストテレスの著書『形而上学』に記述が載っているのですが、このアリストテレスが後々まで強い影響力を及ぼすことになるのです。彼は元素を土、火、水、土と考え、これを天文学や鉱物学にも当てはめます。アイザック・アシモフが引いている例でいうとmercuryは水星の他に水銀という意味があります。

khemeia

 この天文学の知識を使って医薬品を作ろうという考えをkhemeiaというのですが、不幸に見舞われます。
1.khemeiaは方法を誰にも教えてはいけないとされ、学者間の交流はありませんでした。
2.khemeiaは曖昧な表現、多義的な表現でした。だから詐欺に使われたり、恐怖の温床となるのです。
3.khemeiaの究極目的は金の生成でした。したがって、成功すると通貨の価値が下落してインフレが起きるのではないかという危機感があった。
4.khemeiaの発祥はエジプトで、ほとんどはギリシア人やエジプト人でした。したがって異教の学問でした。
 2に関していえば、疑似科学に引っかからないようにするためにも重要だと思います。僕は小説を書く時、SFの要素を演出したければ、適当に科学用語をちりばめるのですが、案外、みんな本気にしてくれます。
 一応、Wikipediaや啓蒙書を呼んで、つじつま合わせを行なうのですが、新興宗教のパンフレットをそういった目で読むと大変参考になります。要するにわけのわからない言葉を適当に散りばめておけば、ほとんどの人は騙されてくれるんです。僕も含めて。
 考えても見てください。外国人がこっそり秘密の実験を行なって、万物の秘薬だと言って売りつけている様を。しかも贋金を作ろうとしているのではないかという噂まで飛び交っている状況です。
 錬金術もまさにそういった憂き目にあいました。しかし、決定打は三番。ついにディオクレティアヌス帝はついに錬金術の書物を焚書するのです。
 しかし、中にはもちろん学問的な追求でkhemeiaを研究している人もいました。彼らはペルシャに逃れ、その地で学問を行なうのです。

アラビア科学

 今のイラクは、7世紀〜13世紀頃まで学問の中心でした。アラビアに流れたkhemeiaたちはalchemist(アルケミスト)と呼ばれるのですが、アラビア語でalはtheを表します*4。実際、科学用語にはかなりアラビア語が入ってきています。間違いなくヨーロッパ科学の母胎だったのです*5。
 アルカリ、アルコール、ナフタ、ジルコン……。僕はアラビアの科学者というと、イブン=シーナーとイブン=ルシュド、詩人にして数学者のオマル・ハイヤームを思い浮かべるのですが、アイザック・アシモフはジャービル・イブン=ハイヤーンをあげています
 彼は塩化アンモニウムの精製法について研究し、水銀と硫黄を混ぜあわせて金を作ろうとします。彼らは金の生成よりも不老長寿の妙薬、エリクシルの開発を目指していました。……この言葉がヨーロッパに入るとエリクサーになるのです。もうファイナルファンタジーやDiabloなどのRPGなどで耳馴染みですね。
 ちなみに余談ですが、RPGでよく飲み薬として描かれますが、おそらく粉薬だったと思うんです
 (前略)乾いた粉であった。ギリシャ人は「乾いた」という言葉からとって、 xerionと呼んだ。アラビア人はこれをal-iksirに変え、ヨーロッパ人は最後にこれを“elixir”に変えた。
 ともあれこのエリクサーの開発が錬金術の大きな課題となるのです。

中世〜ルネサンス

 アイザック・アシモフは古代として分類しているのですが、どう考えても古代とは言いがたいですので、中世〜ルネサンスとしました。アラビア科学はイブン・シーナーを境にチンギスハンの侵略で衰退していくのです。
 そして舞台は十字軍を経て、ヨーロッパへと移っていきます。錬金術含め、アラビア科学ではアリストテレスの理論が重視されていました。これがヨーロッパで錬金術と結びつきます。このころ、錬金術はかなり化学に近づいてきました。アルベルトゥス・マグヌスによるヒ素の記述、ロジャー・ベーコンによる実験と数学(論理学)ととの結びつき、そして少し遅れてパラケルスス。
 当時は植物から医薬品を作っていましたが、パラケルススは鉱物による医薬品を開発しました。錬金術の理論を使って薬を使っているので、オカルトのような理論でした。しかもヒ素などを使うなど間違っていいましたが、化学的に合成した医薬品を作ったという点で「医化学の父」と評されています*6。
 また、、「当時梅毒の薬とされたユソウボク(癒瘡木、グアヤック)が梅毒に効果がないことを明らかに」*7するなど観察に基づいています。またアラビア科学を引き継いで錬金術の目標は医薬品の開発だと考えました。また、アリストテレスの四元素を否定し、液体、燃焼性、固体という分類にたどり着きました。今の目から見ると液体、気体、固体か、燃焼生か不燃性かどちらかでしょ、と思うのですが……。
 またこの頃、ギリシャ・ローマ文化の見直しが行なわれていました。ダンテは『新曲』*8でその様子を描いています。この一大長編詩は過去の哲学者を紹介、アヴィケンナことイブン=シーナーもイスラム教徒ですが、紹介しています*9。

科学革命

 16世紀になると、物理学や化学で科学革命が起きます。つまり、自然のものを数学の言葉で表そうと言う運動が起こるのです。
 ニュートンの『自然哲学の数学的諸原理』はその決定的な著作となるのですが、彼の前にもケプラーなどが数学の言葉で表しています。つまりアリストテレスの三段論法みたいに大雑把ではなく、厳密に関係性という動きですね。
第一法則:惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く
第二法則:惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第三法則:惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。
 第三法則は数式こそ登場しませんが、数学の言葉です。第一法則は正円軌道なら数学の言葉なのですが、長経と短径の割合が示されてない以上、どんな楕円かは解りません。

物理化学

 さてこの時代には圧力の研究が盛んになります。ゲーリケは半球を真空にしてくっつけると、馬を使っても離れない、という実験をしています。この実験に触発されたのが、ボイルです。
 圧力をいくら変えてもものの性質が変わるわけではないので、化学変化を観察したわけではありません。しかし圧力が変わるとものに物理的な変化が起きます。そういった意味では化学と言えるかもしれませんし、実際、物理化学という物の体積、温度変化を扱う学問があります。しかし、この学問が本格化するのは、ボイルの200年後となります。
 しかしボイルの功績はボイルの法則だけではありません。衰退していた錬金術の時代を終わらせ、化学(chemistry)という言葉を正式に作ったのです。また演繹ではなく、実験によって「化学変化」も確かめようと提唱したのです。

フロギストン

 当時は物に火が付くという現象はフロギストンという物質が放出されているからだと考えていました。つまりこのフロギストンを捕まえれば、物がどうして燃えるのかが解ると考えられていたのです。
 例えば紙や木が燃えて、軽くなる。これはフロギストンという物質が出ていった、と考えれば説明ができます。しかし金属の燃焼は重くなります。フロギストン説ではこれを、負の質量として説明していますが、どういう時に負の質量になるのかが上手く説明できません。つまりフロギストン説は行き詰まりを見せるのです。
 そしてこのフロギストン説の代わりに現れたのが酸素説です。酸素は当時、脱フロギストン空気と呼ばれていました。プリーストリーは好奇心が強い牧師。人たまたま牧師館の隣が醸造所で二酸化炭素が自由に手煮入りました。水上置換で集めているうち、水に溶けることが判明しました。今で言う炭酸水の発明ですね。ちなみにプリーストリーは試しに飲んでみたそうです。
 この他にもさまざまな性質の気体が見つかっていきます。そこで統一理論としてまとめあげられないかと考える人が出てきます。万能の秘薬も、金への生成もできないので錬金術は完全に忘れ去られたのかと行ったらそうではなく、まだまだ水を火にかけたら土が残ったので、これを水から土に変わったと考える人もいました。
 これに疑問を唱えたのがラヴォアジェだったのです。彼はこの現象を質量という面から追いかけてみることにしました。まず密閉された容器に水を入れ、沸騰させます。水はなくなりますが内側が水滴でいっぱいになりますよね。さて沸騰させた後で質量は変わってるでしょうか、変わっていないでしょうか。
 当然、変わってませんよね。つまり見た目はなくなったように見えても、質量は変わらないという質量保存の法則を提唱したのです。つまり、質量の変化がないということはいわゆる「元素」*10は生成され新たに作られたのでもなけれれば減りもしないということです。
 そしてこれは新たに作られるという説と矛盾しています。このようにラヴォアジェは既存の学説に挑んでいったのです。
 またキャベンディッシュは電気分解によって水素を発見します。それに火を近づけると爆発した後、水ができることを見つけました。一見何気ない実験のようですが、これは当時としては決定的な発見だったのです。
 キャベンディッシュは可燃性気体と呼びましたがは、ラヴォアジェこれを水素と呼んで水を構成する物質だと考えたのです。つまり水は元素の一つではなく、すなわちアリストテレスの四元素説は間違いだったと証明したのです。
 ラヴォアジェは仲間三人とともに化学の元素をどういうシステムで名づけたらいいか考えます。錬金術士たちは好き勝手に名づけていましたが、それが混乱のもとだったのはお話しましたね。そこでラヴォアジェ化合物の名前を聞けば何からできているのかが解るようなシステムにしたのです。
 例えば二酸化炭素。これは酸素2つと炭素1つが結合していると名前を聞けば解ります。この命名法も含めた革命的な著作が『化学原論』です。しかし、本当に体系化されるためにはメンデレーエフの周期律表を待たなければいけないのですが……。

*1 Oxford English Dictionary「 metal」の項目。
*2 時事通信社(http://news.yahoo.co.jp/pickup/67785)
*3 これに関してはディオゲネス・ラエルティオスの『哲学者列伝』がよく参照される。
*4 アル・カイダ(al-Qaeda)、アル・ジャジーラ(Al Jazeera)など
*5 矢島祐利『アラビア科学の話』(岩波書店)、およびE・C・ヴィッカリー『歴史のなかの科学コミュニケーション』参照のこと。
*6 Wikipedia「パラケルスス」の項目
*7 同上
*8 ダンテ『新曲』(岩波書店)
*9 ダンテは医学者をランキングしているのだが、イブン=シーナーはヒポクラテスとガレノスの中間に置かれた
*10 ラヴォアジェの考えていた元素と、今日でいう元素は当然違ってくる。



ナサニエル・ホーソーン『ホーソーン短篇小説集』(岩波書店)

ホーソーン短篇小説集 (岩波文庫)

概要

 『緋文字』で有名なナサニエル・ホーソーン。彼はまた短編の名手だった。大衆社会の日常に潜むふとした心の闇を、幻想的に照らし出している「僕の叔父、メジャー・モリヌー」。ある時から黒いベールをするようになってしまった牧師の秘密が描かれる「牧師の黒いベール」、子供たちの想像が現実のものとなってしまう「雪少女」など12編の短編小説に加え、処女作の「アリス・ドーンの訴え」を訳出している。

大衆社会にひそむ闇

 ホーソーンの『緋文字』もヘスター・プリンが私的制裁を受けますが*1、「僕の叔父、メイジャー・モリヌー」は大衆による私刑をテーマにした話。古都ボストンにロビン青年が叔父を訪ねに降り立ちますが、私刑によって命を失っているのです。ここでロビン青年の描写を見てみますと、「名か性のどちらかをロビンといった」とあります。つまり、この主人公の名前もよく解らないのです。旅人であるという理由から街の人には名前を知らせないことはもちろん、〈語り手〉は読者にすら主人公の名前を完全には明かさないのです
 そして大衆はお互いの名前も素性も知らないのに、同じ都市に暮らしています*2。そしてその不安こそ私刑の心理となってしまうのです。

なぜ夜なのか

 さてこの物語の時間は「ある月の夜の、九時近くのこと」です。この夜という時間設定には、幻想的に雰囲気や物語づくりの矛盾点を解消する他にもいくつかの効果があります。
1.相手の顔を解りにくくする:これはもちろん、昼間だったら物語に不都合が生じてしまいます。すぐに一人で何人もの役を演じていると気付いてしまうでしょう。
 しかし顔が見えないということはそればかりではありません。大衆社会の匿名制を暗示しているように思います。
2.夜は魔物が出る時間である:急いで補足するなら、この魔物とは猫娘、ワーキャット、化猫などの化物ではありません。心の闇、心の暗部、とよく言うように人間の心には恐怖、欲望などが潜んでいるのです。
 そして大衆社会の闇に触れ、メイジャー・モリヌーは私刑になってしまったのです。さらに甥であるロビン青年は、彼を助けずにみんなと一緒に笑っているのです。
笑いは伝染性をもっていて、群衆の間にいまそれが拡がってゆくところだったので、ロビンもそれに感染し、ひと声大きな爆笑を挙げたから、それが町じゅうに響きわたった。
 そして街の人と別れる時、ロビンはこう言われます。「多分、適当に世間を渡ってゆけると思うよ、君の親戚メイジャー・モリヌーの助けがなくとも」。つまり、親戚の助けがなくとも、世間に合わせればいい。ロビンはその術を身に付けている……。ということを言っているのです。

異端者を排除すること

 どうしてメイジャー・モリヌーが私刑になったか? それは序文にかかれているように、イギリス人の排斥運動が高まっていました。この他にも、ボストンという街にも鍵があります。ボストンは非常に保守的な街であり、よそものを受け付けません*3。
 しかし、ボストンは清教徒が占めていたのに対し、メイジャー・モリヌーはユーグノー教徒であること、フランス人であることが大きな要因を占めているのではないでしょうか。モリヌーはMolineuxと綴り、明らかにイギリス人の名前ではありません。キリスト教について細かいことは解りませんが、同じプロテスタントでも清教徒とユグノーがあるようです。
 また「ヤング・グッドマン・ブラウン」は黒ミサの話ですが、民衆は異端者をヒステリックに暴き立てています。この村には以前にも同じようなことがあったようで、「あのクェーカー追放騒ぎのとき、あのクエーカー女を「セーラム・タウン」の町じゅうで丸太棒に吊して引き回し、血の滴るまで鞭刑にした」と書かれています。
 この作品こそ異端者を裁判の名のもとに排除しようとしているように映ります。市民の暴力性という問題は恐らくウィリアム・フォークナーとも合致するように思いますが、どうでしょうか。

匿名性

 都市の匿名性というキーワードで見てみると、「牧師の黒いベール」は実に象徴的と言えましょう。あるときからフーパー牧師は人前に出るときに黒いベールで顔を隠すようになりました。信徒たちは何があったのだろうと噂し合います。
 やがて不気味だと恐れられたまま死を迎えることになるのですが、最後までベールを外しません。牧師はこう言い残して死んでいきます。
お互いを見合ってさえ怯えているではないか! 皆が私を避け、女たちが哀れみも示さず、子供らが泣いて逃げ出したというのもすべて私の黒のベールのせいだけだというのかね? (中略)いずれの時にか、友が親しい友に、恋人が最愛の人に、魂の真相の秘密を打ち明けられる時がくるとしたら、さらにまた、人が自分の罪を嫌々ながらも大切に仕舞いこみ(中略)その時こそ、私がそのために生きてきたし、いままたそのために死んでゆく象徴の怪物だったとかなんとかいうがいい。私のまわりのどの顔を見回しても、見よ! 「黒のベール」あるではないか!」
 これも「僕の叔父、メイジャー・モリヌー」と同じく、大衆を暗示しています

顔が見えない不安

 「僕の叔父、メイジャー・モリヌー」は月夜で顔が見えませんでした。顔が見えないということは表情が見えません。つまり相手の内面を知る手がかりが減るのです。フーパー牧師はそのことをベールを使って現しています。
 しかし、我々はベールをつけていないといえるのでしょうか。フーパー牧師が「お互いの顔を見合ってさえ怯えている」と言っているように、そして、「私のまわりのどの顔を見回しても、「黒のベール」がある」と言っているように本心、素性を隠して付き合っています。
 これは近代の都市部に顕著です。前近代の農村は生活する場所と労働する場所が同じでした。つまり同じ地域ですから、村民がみんな見知った顔だったのです。これだと秘密など生じ得ません。一方で近代都市は隣人がどこで何をしているか知りません。もしかしたら過激なテロリストかもしれないし、殺人犯かもしれない。
 また猫を虐待しているかもしれません。そういった都市生活者の匿名性をフーパー牧師の黒いベールは現しているのです。

幻想性

 さて、この『ホーソーン短篇小説集』を貫くもう一つの要素として幻想性が上げられます。『雪少女』は子供が少女の雪像を作って、それが動き出す、という子供ならではの想像をします。そして母親が子供の想像に付き合っているうちに、本当に動き出したのではないかとほのめかすような話です。
 明確には断言されていませんが、〈語り手〉は本当に動き出したと思っているようです。

宙吊り

 このようにどちらとも取れるような作品は他にもあります。その典型例が『ヤング・グッドマン・ブラウン』。これは魔女たちの集会が「果たしてグッドマン・ブラウンは森で眠りこけたすえ、夢を見ただけではなかったのか」というように、悪夢だったことがほのめかされています。
 安息日など、会衆が賛美歌を歌っているとき、彼はじっと聴いてはおれなかったが、それは罪の挽歌が彼の耳に割れるような音で突進してきて、すべての清い旋律を掻き消してしまうからだった。
 というくだりは、悪魔憑きとも解釈できますが、トラウマによるヒステリー症状とも解釈できます。このように狂気と理性の間、「夢幻と現実の間を揺れ動いてい」*4ます。
 そして、それは大衆の特徴なのかもしれません。

*1 ナサニエル・ホーソーン『緋文字』(岩波書店)
*2 ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論』(岩波書店)
*3 映画「スポットライト」でもボストン市民とよそ者の対立を見ることができる。
*4 「僕の叔父、メイジャー・メリヌー」の一節である。


ポール・ボウルズ[編]『モロッコ幻想物語』(岩波書店)

モロッコ幻想物語

概要

 自身も作家であるポール・ボウルズ。彼は優れた物語収集家でもあった。モロッコの作家が書いたものを翻訳したり、あるいはテープレコーダーで録音したものを書き留めたりして、本書の編纂に踏み切った。ボウルズがモロッコ文学の紹介に寄与した影響は大きい。
 神話や民話を読むような、素朴で幻想的な作品群がほとんどだが、虐待や冤罪などの悲惨な現状を映し出しているものもある。

モロッコの作品

 どこかで読んだことある雰囲気だなーと考えてみたら『ラテンアメリカ短編集』*1でした。悲惨な話、幻想性という雰囲気と、素朴な物語構成が『ラテンアメリカ短編集』に似てると感じたのです*2。モロッコはイスラム教の国らしく、ところどころにアラーの神に祈りを捧げる場面が出てきます。例えば「僕に言えるのは、ただアッラーの御心のおかげで、きみを発見できたということだけさ」などという台詞が出てきます。

キリスト教に対して

 またキリスト教に関する憎しみもイスラム圏らしいです。ラルビー・ライヤーシーの作品『異父兄弟』は自伝的小説なので義父がキリスト教徒を憎んでいただけなのかもしれませんが、三つのヒカーヤの一文にはキリスト教徒とユダヤ教に対する敵意が見てとれます。
 この物語はキリスト教徒とイスラム教徒とユダヤ教徒が天国について話しているところから始まります。そして行ってみよう、ということになり……。
 キリスト教徒はそれ〔ユダヤ教徒が嘘をついて中に入る姿〕を見ていましたが、嘘をついてまで中に入るのが怖かったのです。そこで国に舞い戻って、皆の者に天国などは存在しないと語るのでした。
 ユダヤ教徒は嘘をついてまで天国に入ろうとします。もちろんこの感覚をイスラム教徒やモロッコ国民全員が持ち合わせているとは限りませんし、アブドゥッサラーム・ブライシュの個人的な感覚かもしれません。

アッラーの神に対して

 この作品でアッラーは冷徹な神だという印象を、僕は持ちました。例えばアフマド・ヤアクビーの『ゲーム』という小説では、アッラーのために「十日間断食する」のですが、最後、断食を強行したがためにライオンに食べられてしまうのです。
 ライオンは立ちあがり、男のほうに向かいます。ライオンは笑い声をあげて言います。「やりすぎだ」と。
 また三つのヒカーヤでは一人の乞食が「アッラーの敬虔な愛のしるしに、パンを恵みたまえ!」と叫びますが「誰も気にもとめません」。やがてこの乞食は男の家に勘違いして押し入り、思い込みから彼の首を絞めます。そして男は首を絞められた挙句に、新妻からは見捨てられるのです。
 一方の「衣装箱」はアッラーの啓示を聞いて、大金を得る小説で、幸運をもたらしてくれる存在として描かれています。
 アッラーが〔大金を貯めこんだ〕衣装箱をハッダードから奪って、自分の家に運び込んでくれたのだ、と信じているのです。

素朴な物語構成

 さて口承文学ということもあり、物語構成がどれも素朴です。素朴というのは、前に起きた出来事が後から起きる出来事にあまり影響しない。純粋に時系列順だけで話が進み、因果関係はあまり気にしていないということです。
 因果関係に意識的なジャンルとしては推理小説があります。些細な一言が後々の伏線になっていることが推理小説ではあるのですが、『モロッコ幻想物語』ではそのようなことがありません。強いて上げるなら「衣装箱」ですけど……、これも因果関係、というよりは時系列を重視しているように思います。
 あとは物語が過去に移動したり、語り手が変わったりすることがないのも「素朴」と思える要因かもしれません。

*1 野々山真輝帆(編)『ラテンアメリカ短編集』(彩流社)
*2 もちろん南米文学が全て素朴な語り口ではない。例えばバルガス=リョサ『緑の家』などはかなり錯綜している。

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