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 フィルポッツと言えば『赤毛のレドメイン家』が本格ものとしては有名ですが『闇からの声』はサスペンスです。なんか、ジョン・ディクソン・カーのような幕開けだなぁと思いながら読んでいると、畳み掛けるようで実にサスペンスフルな展開に。
 というのも、引退した探偵、リングローズは旧領主邱ホテルで幽霊の声を聞きます。館の女主人に聞くとルドー(ルドヴィック)少年という男の子が殺されたという話でした。犯人のアーサー・ビットン卿とブルーク卿は捜査の手を免れて、しゃあしゃあと暮らしているとのこと。リングローズは女主人の要請でアーサーを捕まえるようとします。まずはビットンに酒場で何気ない会話できっかけを作り、近づきます。そして象牙細工を持っていって売りに行き、信用を得ます。
 話していくうちに兄が崖から落ちて事故でなくなったことを知ります。しかしリングローズはそれもビットン卿の企てだと悟ります。ビットン卿はリングローズを兄の死んだ場所に懴悔話をしたいと言って誘います。しかしそれは罠だったのです……。

 えー、まず大きいところから。この小説は前近代と近代の二項対立によって成り立っています。一般的に言えば近代に価値を見出すでしょう。初めの舞台となる旧領主邱ホテルの描写は、
背後には休閑地や森のつらなる尾根をひかえ、海のほうに降っていっている斜面には点々と農園があり、下の谷下には小川が流れていた。その谷間を越すと、海岸線はまたもり上がって、起伏の多い一連の砂丘になっており、(中略)海綿色の切り立ったような断崖になっていた。
と自然、つまり前近代的な風景となっている。しかし観光という近代の考えから生まれたホテル業は明らかに「近代的」である。その様子は次の文からもうかがえます。つまり一般的にいえば前近代的な風景を売りにホテルは近代的ビジネスを行っているという点で、前近前と近代の「交差点」なのです。
 さてこの小説の場合も「狩猟客(中略)のおかげで経営がなりたってい」ます。つまり都市ではできない狩猟というスポーツで非日常を楽しむ(=異化)しようという動きがこの経営をなり立たせているのです。つまりもしもこの自然がなかったらこのホテルの経営は成り立たなくなり、前近代に価値を見出せざるを得ないんですね。前近代に価値を見出していることは直前の「吹きさらしの荒涼とした地帯」という一文からも解ります。
 ところでジョン・リングローズは近代を象徴する自動車でやってきます。この主人公はブレントにこう語ります。
こういう景色のいい場所で(中略)楽しくすごせるとなると、そういう機会を見のがすような人間じゃありませんからね。(中略)実は引退したのです。
 引退することは脱中央化することであり、脱近代化することにも繋がってくるのです。「欲ばりではない」というのも脱中央化してることをあらわす台詞だと捕らえて言いかもしれませんね。ただ事件の謎を解明するということでいえば近代の象徴でなのです。
 次に幽霊について。この物語で幽霊はリングローズに捜査を決めさせる重要な役割がある。と同時に前近代の象徴であることはいうまでもないことでしょう。しかし、リングワースは「感覚の限界」を認識している。
「われわれの意識している物質はほんの一部分にすぎないのです──おそらく物質世界のごくわずかな部分にすぎないでしょう。(中略)亡霊だってわれわれの目には見えなくても、『エーテル』か物質に包まれて、われわれを取りまいているのかも知れないのです。わたしはそれを否定しようなどとは思いません」
 以上のように幽霊はいる可能性があるという立場を彼は取っています。これは本来近代科学、近代法の象徴であった探偵が近代科学を疑いの目で見ていることを示しています。「理性を絶対視しているわけではない」ことからも解るでしょう。
 また、子どもを大人が殺すという意味についても前近代と近代の二項対立が読みとれます。子どもは世界を「近代知」的な枠組み──つまり科学主義的な枠組みで把握できていないという点で前近代の象徴だからです。(例えば多くの子どもは幽霊、UFOなどを信じています)そして「臆病な性格」で「空想癖がある」のも前近代的と言えるでしょう。
 一方のビットン卿は近代的暴力の象徴ともいえる人物です。例えば利己のために兄と甥を殺すことからみても、また毒殺という化学的知識を利用した殺害方法からみてもその一端をうかがい知ることができます。そしてその前近代的なルドー少年を殺すことは前近代的なもの消すことを示しています。
 しかし、ビッドン卿は結果的に前近代的と近代的な側面の両者を兼ね備えているリングワースにつかまってしまいます。
 カーはどちらかと言うとオカルティズムの要素が論理的に解明されていく課程を描くことでアンチオカルティズムを唱えているのですが、『闇からの声』は近代・前近代を内包した人物を探偵役に据えることで近代批判をしたのかもしれませんね。ニーチェを引き合いに出していることからもそうだろうと思いますよ。
 おまけに最後には老婆の思い通りに動かされていたのですけど、このことからも力関係の逆転が読み取れると思うんです。本来なら弱いはずの老婆が強いはずの男性……しかも「知」を示しているはずの探偵を操るという構図です。
 いずれこのことに関して『赤毛のレドメイン家』などとも比べて、本格的に取り組みたいものです。
 ではでは
書誌情報
著者:イーデン・フィルポッツ
著者:フィルポッツ
タイトル:闇からの声
出版者:東京創元社
分類:推理小説
分類:サスペンス
国籍:イギリス