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絵のない絵本 (新潮文庫)

概要(あらすじ)

 お月さまが語る夜話。ポンペイからインド、中国……、とても幻想的な散文詩です。どれも四ページくらいのショートビデオを見てるようでもあり、一葉の写真を見てるかのような風景描写ですが、優しい感じのする散文詩です。
 著者は「月がわたしにかたってくれたことをそのまま文章にした」と書いてます。これは月を見ていると遠い世界のことがありありと想像できるということなのでしょう。

月が語りかける

 例えば遠距離恋愛の場合、同じ月を見ていることがある意味で恋人に思いを馳せるきっかけとなることがあると思います。同じこの月を見てるんだ、という風に。僕の場合は月を見ると天体の動きやインド神話のソーマを思い浮かべるのですが、ともあれアンデルセンは月を見て、遠くのインドやポンペイ、アフリカに思いを馳せたのでしょう。
 もう一つ、なぜ青空でも太陽でもなく月なのでしょう。それは月は夜に出るものだからでしょう。夜に出るということは辺りが見えなくなるわけですから、その分、心の目がとぎすまされるわけです。次々といろいろなことが想像できる。今とは違ってネオンサインなどがなかったからなおのこと。

比喩の巧みさ

 実際、比喩はこの『絵のない絵本』において豊富です。比喩は詩の命だと思っています。なぜなら本来なら全く無関係のものが自動車の部品のように、あるいは化学反応のように結びついているのですから。
 例えば第一夜「亀の甲のようにもりあがって」「カモシカのように身軽で、イブのように美しい」「空気のように軽やか」。解るだけでもこれだけの比喩が出てきます。そしてそれは直喩だけに限った話ではなく、ここでの松明は「もえつづけていれば、愛する人はまだ生きている、けれども、もしも消えてしまえば、もうこの世にはいない」という風に命の灯火としての比喩が読み解けるのです。こう考えると最後の「こだま」も比喩的な意味に思えてきます。つまりこの2ページ弱全体の物語が比喩になっているのです。
 第二夜はおそらく三、四才くらいの子どもです。もうちょい大きかったら、昨日おどろかせたお詫びに「めんどりにキスをし」ようとは思わないからです。ここに僕は詩の心を感じます。詩とは常識ではない発想であり、「その発想はなかった」の世界なのです。例えば子どもが三日月を見て、「お月様壊れちゃった」と言ったとします。僕はこの発想は素晴らしいと思います。常識にとらわれないものの見方で、純粋に功名心とか野心とかありませんからね。
 ロートレアモンの『マルドロールの歌』は「解剖台の上のミシンとこうもり傘の偶然の出会いのように美しい」と確かに詩的なことは詩的なんですけど、いまいち美しくない。なんか言葉では言い表せないけど汚い感じがする。いや、キレイなことはキレイなんですけど……なんかこのキレイさは好きになれない(笑)
 この第二夜も「めんどりにキスをしておわびをする」という発想が無垢で、ある意味では詩的です。第三夜の『死神が、わたしの胸の中にいる」という言いまわしも「肺病」や「肺結核」という言葉よりもずっと雄弁にこの「女」の状況を物語っているじゃありませんか。
 第二十六夜の「ガラス鉢が置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どりの美しい箸で水の中をそっとかきまわしていました。(中略)金魚はなんて豊かな金色の着物をきているのだろう」というくだりは着物を暗喩としてつかって実に美しい比喩を織り成しています。ガラス鉢、漆塗りの箸、そして、その前に出てくる「さらさらと音をたて」ているしゅす。そして「物思いにふける娘」……。男の子だったら絵として美しくないですし(失礼!)、うん、詩的としかいいようがないほど美しいですね。
 このことは
この〔アンデルセンが産まれた〕1805年という年には、のちにアンデルセンが童話作家になるにあたっての重要なことがおこっている。デンマークが誇りとし、「北欧の詩王」とよばれたエーレンシュレーガーが『アラジン』という詩劇を発表しているのである。
僕は不勉強なのでエーレンシュレーガーという人の『アラジン』までは知りませんでしたが、全体にわたって詩的なのはこのせいでしょう。

情景描写

 この情景はどれも絵として美しいですよね。まぁ野暮ですけど、死を扱っている第三夜も「髪にバラの花をさして」いますし(そしてこれが最後にもう一回登場する)、第四夜も「小さな鉄のシャンデリア」「色とりどりの色紙」などお洒落な光景が描かれています。
 全体的にすごく美しく、詩人の感性に嫉妬(笑)。『即興詩人』も読んでみたくなりました。調べてみたら『即興詩人』は鴎外訳で岩波ワイド版から出てるのかぁ。うーん。
 もしかしたら全体を通して貧しい人への眼差しが「アンデルセンは1805年にデンマークのフェーン島に生まれている。父親は貧しい小作人で、生計のために靴なおしをしていた」経験もあるかもしれません。
書誌情報
著者:ハンス・クリスチャン・アンデルセン