半身 (創元推理文庫)

あらすじ

 ミルバンク監獄へ慰問に訪れたマーガレット・ブライア。そこで彼女はシライナ・ドーズと出会う事になる。シライナは霊媒師として独特の空気をまとっていた。
 マーガレットは母親とのいさかい抱えたまま、彼女に会いに行っていたが……。ドーズ曰く「霊的なものには半身というものがあり、引きつけられる」そうだ。果たしてドーズの半身はシライナなのか?
 ジャンルが解らない、分類不可能な小説。

ジャンルは?

 恐らくは読み手が気にするのは小説のジャンルだと思います。一応は幻想小説、というくくりにさせてもらいました。というのも雰囲気がヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』に似ています。いちおう、初めの意識としては創元推理文庫から出てるし、『このミステリーがすごい!』に紹介されてたので、推理小説として読んだんですが、どうも途中からなんか違うぞと思い始めました。
 というのも事件第一部で解決するべき謎らしい謎が出てこないんですよね。加えて、この雰囲気どこかで読んだことあると思ってたんです。ヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』、それから『ハムレット』とも。
 一番似ていたのはやっぱり『ねじの回転』かな。『ねじの回転』に登場する家庭教師、「わたし」と『半身』に出てくるマーガレットはちょうど対比されていると思います。
 『ねじの回転』でも子供たちを連れ去る場面がありますし、『半身』でもシライナを連れ去る場面があります。結局はジュリア看守の手引きで脱獄したんですが、看守たちは彼女が霊に連れ去られたのだと噂しています。ただ『ねじの回転』が子供たちだという点に対し、こちらは霊媒師という大人という点が違っていますが。
 もちろんシライナの脱獄、シライナの過去など謎は出てきますが、それも中核となる謎ではありません。
 むしろジャンル分けに挑戦した小説といってもいいかも知れません。既存の小説は、SF、推理小説、幻想小説という島宇宙化*1が進んでいるんですが、この『半身』はそういったものを拒んでいるかのようです。
 そういった意味でも、この小説は面白いなと思います。

ミシェル・フーコー

 この小説は監獄を題材にとっているだけあってやはりパノプティコンが重要な位置づけとなっています。詳しくは解説に書いてありますが、ミシェル・フーコーが『監獄の誕生』で論じている監視システムのことです。
 「敷地の中央に立つ六角形の建物からそれぞれの獄舎にいたる門」とあるように一望して囚人たちを監視できます。そしていつの間にか囚人たちは見られていると錯覚し、一人でに規範に従うようになるのです。このような見られているかどうか解らない視線を作ることで近代社会は支配を確立できたのです。
 具体例を言うなら、自室で全裸にならないのはどうしてか、です。これは〈誰か〉の視線を意識することで、自室で全裸にはなれないのです*2。
 このパノプティコンと家族の目による監視がちょうど重なっている、と解説で巽正章氏は指摘しています。
 それに加えて僕は『狂気の歴史』との関係で論じてみたいと思います。シライナが牢獄に入れられたのは、殺人罪ですが、これは「霊がやったものだ」とシライナは主張しています。彼女が精神分裂病*3かどうかはここでは問題でありません。
 むしろ問題なのは彼女が近代の社会に合わないという理由から監獄に入れられていると解釈できる点です。もしこれが古代だったら、シャーマンとして崇められていたのかもしれません。ミシェル・フーコーによればルネサンス時代には精神分裂病患者は「神の論理に近づいた病気」とされてきました。
 またミシェル・フーコーによれば、貧しい人も皆、精神病院だったと記述されています。つまり「狂気」は医学によって決まるのではなく「社会」によって決まるのだというのです。そしてそれは「監禁」、つまり「監獄」でもありました。『半身』でシライナが逮捕されたのは単に殺人を犯しただけでなく、ヴィクトリア朝の科学主義に合わなかったのかもしれません。
 またヴィクトリア朝は、一方で霊的な存在を科学で解明しようとした時期でもありました。霊的な言説が科学的な言説に回収される時期でもあったのです。
 父親がもう他界しているという記述の裏があります。父親を倫理付けの象徴としてとらえるなら、既存の倫理、つまりキリスト教の教えは消滅し、パノプティコン型の倫理付けの到来を予感させるものとして解釈できませんか?
 もう一つ。極めて同性愛的な関係が強いな、と思いました。ミルバンク監獄には女性ばかりが収容されていますし、ブライア家も母娘、降霊術の場面でも女性ばかりが登場しています。監獄だけならまだ解るんですが、男の臭いが排除されているように思いました。

*1 この間のSkype集会で話題になったこと。
*2 ただし神原駿河を除く。
*3 僕は統合失調症という言い方は嫌いである。ドイツ語がSchizophrenie(シゾフレニー)であり、Schizo=分裂、phrenie=精神だから大元の意味を曲解していることになる。そしてそこから感じられるのは名前を変えれば物事が好転するという逃避的な態度である。

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書誌情報
著者:サラ・ウォーターズ
タイトル:半身
出版者:東京創元社
国籍:イギリス