エロス論集 (ちくま学芸文庫)

概要

 エディプス・コンプレックスとは、息子が母親の愛情を独占したいと思う余り父親に抱く複雑な気持ちのことである。息子にとって、父親とはライバルであると同時に尊敬の対象なのだ。母親と一緒になりたいと願うエロス的な欲望は、ここで引き裂かれる。
 「性理論三篇」では性器いじりを分析し、幼児の性欲動を指摘。他、「フェティシズム」、「ナルシシズム入門」などフロイトの〈エロス〉概念を理解する上で重要な論文を収録。

フロイトの問題意識

 フロイトの問題意識は精神病の治療でした。例えば、フロイトがよく研究したヒステリーは今で言う概念とはかなり違い、ボーっとする、物忘れがひどくなるなど、今で言う抑鬱状態でした*1
 また、精神分裂病*2の患者さん、子供の異常行動*3、PTSD*4など今でこそ細分化されていますが、フロイトの時代にはそんなに細分化されていませんでした。もちろんパラノイアなどの概念はありましたが。
 しかも厄介なことに、生物学的な問題(細菌性でもなければ、脳の器質的な問題)には何の異常も見られません。したがって当時はわけが分からなかったのです。フロイトはシャルコーなどの催眠療法にヒントを経て、彼らを治療していきました。そして、抑圧していた記憶を思いださせ、症状を回復させるのです。
 もちろん、デパスやマイスリーなどの薬はありませんでしたので、フロイトはど今で言う臨床心理士の役割を果たしていたのではないでしょうか

性理論三篇

 この論考は「性的な逸脱」、「幼児の性愛」、「思春期における変化」の三篇から成り立っています。フロイトは神経症患者*6について「性目標倒錯が圧倒的に優位であ」*7ると述べています。
 「性的な逸脱」とは性対象の倒錯、および性目標の逸脱に分けて考えています。

性目標の倒錯

 性行為の最終目標は性器と性器を結合させることです。そこでフロイトはフェティシズム、窃視症(覗き)*5など性交為と関わりない目標を「性目標の倒錯」と定義しました。
 ただし、覗き(すなわち眺める)という行為は性行為において途中に発生するものです。フロイトは「片方の人の唇または舌が相手の性器と接触する場合」(つまりはフェラチオなど)ですら「性行為」の倒錯と規定しています。なぜなら口は性器ではないからです。うーん、納得がいかない。
 なぜこのようなことをフロイトが取り沙汰したかというと「ヒステリー患者(特に女性のヒステリー患者)が異性の性器を嫌悪することは、疑問の余地がない」からです。今日的な観点で言うと、ヒステリーとは今で言う抑鬱症状だと前述しましたが、抑鬱症状になると、性欲が低下することが知られています。
 フェティシズムは、「性器とは関係ない部位に性的魅力を感じる」ことです。
 性目標の代理として利用されるのは、一般に性的な目のためには非常に不適切な部位(足や頭髪)であるか、あるいは性的な対象となる人と(特に性的な面で)関係がある無機物(衣類の切れ端や白い下着)である。
なぜ白い下着限定なのか非常に気になりますが、他にも眼鏡フェチ、スーツフェチなどが挙げられます。
 ちなみにこのフェティシズムは現代医学の診断基準、DSM-IVにも「生命のない対象物に対する強烈な性衝動、妄想、行動が持続、反復する」とあります。なおフロイトの掲げた頭髪、足はDSM-IVではフェティシズムの定義から外れています。
 重要なのはフェティシズムにおいて対象が性的な象徴となっているとフロイトは指摘しています。そしてそれは幼少期の性的な経験と関係していると考えました。

幼児の性愛

 今でもなお「性欲動は幼児の頃には存在せず、人性の思春期と呼ばれる時期に初めて誕生する」と考えられています。
 ここで注意していただきたいのは性欲動と性欲は違うということです。性欲は子作りをしたいという欲求のことで、性欲動*8というのは、簡単にいえばだれかとつながっていたい欲求で行動を起こす源泉です。赤ちゃんの場合は母親とつながっていたいという欲動が働いています*9。だから母親と離ればなれになると泣くんです。
 さて何でもかんでも口に入れる時期があります。フロイトはこれについて下記の分析をしています。
 子供の最初の活動、しかも生命に関わる重要な活動は、母親の乳房(もしくはその代理物)を吸引する活動であり、その際にすでに快感が得られていたと考えなければならない。(中略)温かい乳の流れによって生み出される興奮が、この快感の原因だろう。
 ちなみに皮膚が薄いほど神経の伝達が早く刺激の伝わりやすくなるので*10、フロイトの指摘はあながち間違いではありません*11。
 さて男子は幼児期から性器いじりを初めます。フロイトの生きた時代は母親に「そんなことしているとお父さんに言いつけて、おちんちん切っちゃいますよ」などと言われ、禁止されていました。これが後の去勢不安となってエディプス・コンプレックスになるのです。
 一方の女の子は自分にペニスがないことで劣等感を感じるとフロイトは分析しています。この辺り、当時の男尊女卑の結果だと僕は思うのですが。
 母親とつながっていたいけど、母親は子供だけのものではありません。父親のものでもあるのです。このように、母親とつながっていたい欲動はいやでも途中で抑えつけられてしまうのです。これが潜在的に欲求不満隣、思春期に変化をもたらすとフロイトは指摘しました。

思春期における変化

 では、幼児の欲動から思春期の欲動へどうやって移行していくのでしょうか。思春期は第二次性徴が現れるようになって「非常に複雑な装置が完成」します。「装置」と訳すると非常に即物的で女性を機械のように例えている感じがするのですが、多分メカニズムのことではないでしょうか。
 メカニズムという語のニュアンスはAという刺激でBが現れ、それによってC、Dが現れるという意味合いを含んでいます*12。
 さて、この思春期の女性の複雑な装置は、三つの刺激の経路を通って子供を宿すようになると言います:
1.性感帯からの刺激
2.生命体の内界からも複数の器質的な経路からの刺激
3.心的な刺激
 さて、フロイトの有名な仮説にリビドーというものがあります。
 「すべての心的な事象は、基本的な欲動の力の相互関係を基礎としていると解釈する必要がある」*13とあるように、欲動が抑圧された分、昇華したりしてその欲動を補っていると考えたのです。
 リビドー量という観念を想定し、その心的な代表を自我リビドーと呼ぶ。この自我リビドーの生成、増大と減少、配分、移動などを考察することで、性心理学的な現象を解明できるようになるはずである。
 つまり精神的なエネルギー(こう書くとオカルトチックな話になりかねないのですが)、を想定することで神経症の症状を解明しようとしました。
 思春期に入ると性的対象が変わってきます。幼児期は母親だったのが、女性一般にまでエロスの対象が拡張されるの拡張されるのです。性交の時には乳房を吸うものですが、これは母親の乳房を吸うことからきているとフロイトは分析しました。

フェティシズム

 主に「性理論三篇」(および「リビドー理論」「幼児期の性器体制」)を中心に読んできたのですが、面白かったのは鼻のフェティシズムに関して考察する「フェティシズム」。鼻は男性器の象徴なのですが、母親の男性器の象徴らしいです。
 はっきり表現すると、フェティシズムの対象は女性(すなわち母親)のペニスの代理である。子供は母親がペニスを持っていると信じ、これを諦めようとはしないのである。
 乳児は母親が万能だと思っています。したがって、母親も父親と同じようにペニスを持っていると信じて疑わないのです。
 ペニスを持つ母親をファリック・マザーと言いますが、精神科医の斎藤環はヘンリー・ダーガーの絵にこのペニスを持つ母親が描かれていることに注目しています*14。



*1 フロイト/ブロイアー『ヒステリー研究(上)』(講談社)
*2 フロイト『シュレーバー症例論』(平凡社)
*3 有名なのは「ハンス少年の馬恐怖症」であるが、他には『トーテムとタブー』(フロイト『フロイト全集〈12〉トーテムとタブー』岩波書店)に出てくる鶏になりきる少年などが出てくる。
*4 フロイトは第一次大戦に悪夢にうなされる帰還兵を治療することになる。そしてその成果をまとめたのが『エロスとタナトス』(フロイト『エロスとタナトス』光文社)である。
*5 某芸能人など。
*6 今で言う精神病全般のこと。
*7 フロイト「性理論三篇」の「結論」
*8 フロイト「欲動とその運命」(フロイト『自我論集』筑摩書房)
*9 ちなみにこの欲動が満たされない場合の一つの事例が糸巻き遊びである。フロイト「快感原則の彼岸」(フロイト『自我論集 *10 R25「唇は最も敏感な感覚器!?なぜ人間はキスをするのか?」より。
*11 もう一つ言うなれば、フロイトは医学部時代にカエルやヤツメウナギなどの神経の研究をしている(wikipedia「フロイト」)
*12 ちなみにフェリックス・ガタリは、社会の仕組みというニュアンスでメカニズムを使っている。
*13 フロイト「リビドー理論」(フロイト『エロス論集』筑摩書房)
*14 斎藤環『文脈病』(青土社)