砂の器〈上〉 (新潮文庫)

あらすじ

 扼殺された上、顔を殴られた死体が線路の上で発見される。被害者はバーでカメダ、という言葉と東北弁のような言葉を口にしていた。その証言を手がかりに今西巡査部長は東北へ飛ぶが、犯人の姿はつかめない。
 帰りにすれ違った前衛芸術家集団、ヌーボー・グループと事件との関わりはいかに?

過大評価

 高校生に一度読んで、再読です。カメダと東北弁の意外性やら業病(癩病)がやたら鮮明に残っていたのですが、再読してみると過大評価されている印象を強く受けました。今西が推理を次の推理へと積み重ねていく段階に穴がありすぎ、とか偶然が多すぎ、とか問題は百歩譲って目を瞑るとして、超音波で殺害するという方法が非現実的すぎます。さすがに映画版ではみなカットされています。最初、モスキート音で撃退したのかと思ってたんですけどね……。
 殺害方法よりも癩病に焦点を当てて欲しかったです。
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世代交代

 さてこの小説では二組の世代交代が描かれています。一つは今西巡査部長と吉村の世代交代、二つ目はヌーボー・グループと既存の芸術家の世代交代です。今西と吉村は一緒に酒を酌み交わすなど、仲がいい。そして逮捕状を見せる役は今西から吉村に引き継がれます。「ぼくはいいんだ、これからは、君たち若い人たちの時代だからな」と言って穏便に席を明け渡すのです。
 対して、ヌーボーグループは旧世代の芸術を軽蔑しています。
 あらゆる既成の権威を、この若い連中は、否定していた。規制の制度やモラルを破壊してやまないのが“ヌーボー・グループ”に所属する青年たちの主義だった。
 こちらは権威を破壊することにより、既存の権威に取って代わろうとする野心が窺えるのです。世代交代と言えば聞こえはいいのですが、僕は階級闘争を思い浮かべました*1。

科学が人を殺す

 この小説では科学が人を殺します。単に超音波に依る殺人だけでなく、二重、三重の意味で。

戦争

 科学による殺人の二つ目は戦争です。この話は戦災で戸籍が消失したことで初めて成立します。そして、B-29を作ったのは感情ではありません。間違いなく理性であり、科学です。その理性が戦争を生み出し、戸籍を焼失させ、生死不明の状態にしたのです。つまり、肉体的には命を奪わなくとも、「戸籍にはない人物が実在する」という点で社会的な殺人です。
 そればかりではありません。日本は近代化を迎え、学校教育も整いました。つまり、人々は無知蒙昧な時代から文明へと踏み出し、理性を獲得したはずでした。そういう民衆が生み出した戦争だったのです。

業病

 三つ目の科学による殺人は業病です。業病とは今で言うハンセン病という皮膚病で一昔前は癩病とも言いました。たしかに見た目こそ恐ろしく変わりますが、感染力は高くありません*2。ハンセン病は本来、らい菌によって引き起こされます。しかし、業病という名前で登場することから解るように、ハンセン病は前世の報いによって引き起こされると考えられていたそうです。
 なお、小説の舞台になった昭和10年ですが、国家を挙げてハンセン病の隔離政策が取られていた時期でした。無癩県運動と呼ばれ、各県警がハンセン病患者を追い出したのです*3。
 父親がハンセン病にかかっていた犯人はその差別を怖れて、戸籍を捏造します。戦争で戸籍は焼失していたのです
 このような背景を踏まえると、ロケットを視察する場面は皮肉めいて映りませんか? つまり最先端の科学の一方で業病という迷信がいまだ根強いのですから。
 ああいうもの〔ロケット〕を見ると、観念がいかに便りないものかということがわかったね。自然科学の前には、観念ははなはだ薄手のものだよ。ぼくら、日ごろから、いろいろと理論を言っているだろう。だけどね、ああいうものを見ると、一切の観念的展開も科学という重圧の前にひしがれて行くような気がするよ。
 ヌーボー・グループの一人、関川がこう感想を漏らします。彼は頭の中でだけ考えていたのですが、いざ現実を見て、その相違に驚いたことを示しています。もちろんこれは小説の流れからすると、科学への賛辞なのですが、小説全体を通してみるとハンセン病の差別という文脈に置き換えても通用します。つまり、ハンセン病の差別がいかに観念的であり、つまり現実に即していないものかということがこの文章からも読み取れるのです。

大量死の中で

 さて、『犬神家の一族』*4は戦争でスケキヨが帰ってきたのか、もしかしたら他人が入れ替わって財産を横取りしようと企んでいるのではないか、という話です。
砂の器〈下〉 (新潮文庫) この『砂の器』でも戦災の混乱を利用して、ある種の入れ替わりが行われています。『砂の器』はもっと自覚的に。
 なぜなら『犬神家の一族』は犯人のアイデンティティに触れられていませんが、業病の父親というアイデンティティから逃れるという目的があったのですから。


*1 「カルネアデスの舟板」ではもっと直接的に世代交代と階級闘争を描いている。(松本清張『カルネアデスの舟板』角川書店)
*2 Wikipedia「ハンセン病
*3 横溝正史『犬神家の一族』(角川書店)
*4 荒井裕樹「文学にみる障害者像-松本清張著『砂の器』とハンセン病-」『ノーマライゼーション 障害者の福祉』(2004年9月号)および、Wikipedia「無癩県運動