サブマージ 県警捜査一課・城取圭輔 (角川文庫)

あらすじ

 警部補、城取圭輔は刑事部長から代議士の柳平の身辺調査を依頼される。秘書が二人とも立て続けに死亡しているのだ。スキューバダイビングに溺死したらしい。しかし、秘書の実家に謎の手紙が送られてきていた。さらに葬式には正体不明の女性が来ていたという……。

サブマージの意味

 サブマージはsubmergeと綴り、「沈没させる」、「〔感情・秘密などを〕見えなくする」という意味です*1。おそらく、沈没すると、見えなくなることから同じ言葉なのではないでしょうか。
 このように英語のタイトルを付けると人目を引く反面、読者に不親切だという欠点が指摘できます。しかしこの「submerge」は下記のダブルミーニングになっているのです。
(1)証拠品、ビデオカメラの「沈没」
(2)犯人が見えなくなること

どう展開するのか

 いかに次を読ませるかが、推理小説などの娯楽小説では肝心となります。物語の内容ではなく〈語り〉の話。

冒頭

 例えば、『サブマージ』では「ひとつ、お前に頼みたいことがある」という刑事部長の台詞が始めに出てきます。ここで読者は何の頼みだろうと思うでしょう。ちなみに冒頭一行目からこの台詞で幕を開ければ、より印象的なのですが、今度は季節・時刻はいつか、語り手がどこにいるか等の基本的な情報を読者に提示する頃合いが図れません。
 台詞から始めるのは、勇気がいるのです。その点、情景描写から始めれば、強烈なインパクトは与えられないものの、自然な形で読者を物語へと引き込むことができます。
 この情景描写はたった二行ですが、工夫されています。
 刑事部長室の窓は開け放たれ、片隅に追い遣られたレースのカーテンが、時折、裾をひらめかさせていた。その度に、一陣の風が城取圭輔警部補の頬を撫でて行く。
 実にこの二行で刑事部長室にいて初夏の昼と仄めかしているのです。まず初夏ですが、窓を開け放していることから、少なくとも秋の終わりから冬場ではないと解ります。次に真夏なら冷房を入れるでしょう。頼み事をしているのなら、仕事をしている昼間だと推察できます。少なくとも夕方の可能性は低いでしょう。
 ついで、主人公の職業が警察官、しかも刑事部だと解ります。

5W1H

 このように5W1Hが早く出すことで物語を解りやすくなりますが、事件においても例外ではありません。端緒では(when)二○一四年、(Who)柳井代議士の秘書二人が、(Where)沖縄と和歌山で、(How)スキューバダイビング中に(What)死んだことが示されています。
 特にこの物語ではWi-Fiが重要な鍵を握りますので、早い段階で物語内容の時間を示さなければ、アンフェアに感じてしまうでしょう。
 また、柳平の事件の概要だけでなく、小説の概要をも示しています。つまり、(Who)城取警部補が(What)柳平の秘書が死亡した件を(How)非公式に捜査する筋だと読者に示しています。

捜査が困難な状況

 推理小説に限らず、娯楽小説は一般的に苦難を乗り越えてこそ面白いと言えましょう*2。近代捜査が入ると犯人がすぐに解るので*3、クローズドサークルなどの手法が編み出されてきました*4。今回のように、非公式の捜査も近代科学捜査を排し、娯楽性を高める工夫と言えます。
 しかも他県で起きた殺人で、もう送致が済んでいる案件。
 いまさら余所者が何を企んでいるのかって勘繰られるでしょうね。穏やかに〔捜査〕資料を提供してもらえるとは思えません
 本部長を介して、和歌山・沖縄の本部長に掛け合ってもらおうとするのですが、まあ、話はしてみる。あまり期待するな」という返事。
 また不正献金の資料請求も同様の返事。物語を面白くするため、遠藤武文が人間関係に軋轢を作っているようにすら思えました。

推理小説としてみたときに

 推理小説として見たときに、中途半端な印象が拭えません。暗号の謎と社会問題を絡めているのですが、暗号の謎はすぐに解けてしまいました。もちろん難易度は個人差があるのですが、問題はこれがログインIDとパスワードだということです。しかも、現実的な話をコンセプトとしているらしく、社会問題も出てきます。したがって、暗号の謎も現実的な解決を提示しなければなりません。
 現実的に、ログインパスワードはランダムな文字列が基本。高齢者などならいざ知らず、ログインパスワードを簡単なものにはしないでしょう。
 また、社会派の要素も取ってつけたような印象です。前半部で靖國参拝の「や」の字も出てこない上に、日中関係もあまり深く考察されていません。動機の中心となっているので、余計に違和感が残るのです。

*1 英辞郎on the WEB「submerge
*2 三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)など
*3 科捜研の女、CSIなど、科学捜査で犯人を見つけるというコンセプトなら話は別である。
*4 アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』(早川書房)など



にほんブログ村 小説ブログ 小説読書感想へ