室生犀星詩集 (新潮文庫)

概要

 北陸の詩人、室生犀星は自伝小説の「幼年時代」などの作品で述べられているように、幼少期、養父母に引き取られた。その後、寺へ出入りをして、住職の養子になる……。
 室生犀星の詩には彼の生い立ちが現れているのであろう。生涯24編の詩集を出しているが、孤独、生老病死、慈しみなどが表現されている。

詩とは何か

 詩とは何でしょうか。一般的なイメージはリズムや押韻など音読が前提の作品を詩、黙読が前提の作品を散文、と分けていると思うかもしれません。そして、これは近代以前の詩ではおおむね合致しています。

リズム

 例えば「はたはたのうた」を見てみましょう。「はたはたといふさかな、/うすべにいろのはたはた、/はたはたがとれる日は/はたはた雲といふ雲があらはれる、/はたはたやいてたべるのは/北国のこどものごちそうなり。/はたはたみれば/母をおもふも/冬のならひなり」はたはた、という音が軽妙で愉快な印象を与えますね。
 他にも「上野ステエシヨン」の「汽車はつくつく/あかり点くころ/北国の雪をつもらせ/つかれて熱い息をつく汽車である/遠い雪国の心をうつす(後略)」などは、「つ」を多用していると解ります。

異化

 さて、現代では異化作用によって詩が決定づけられると考えられています。異化とは、事物を認識する過程を描き出す手法です*1。例えば、石があっても見た瞬間には「灰色のゴツゴツとした物体」としか映りません。そして例えば石の形を見てカタツムリのようだと思ったり、灰色を鼠にたとえたりするかもしれません。
 そしてこれがまさに事物を認識する過程につながるのです。石だと思うよりも先に、「灰色のゴツゴツした物体」を見たり、石だと解った後もカタツムリみたいだと感じているわけですから。
 これを踏まえて次の詩を見てみましょう。
「子守唄」
 雪がふると子守唄がきこえる
 これは永い間のわたしのならはしだ
 窓から
 子もりうたがきこえる。

 だがわたしは子もりうたを聞いたことがない
 母といふものを子供のときにしらないわたしは
 さういふ唄の記憶があらうとは思へない。

 だが不思議に
 雪のふる日は聴える
 どこできいたこともない唄がきこえる。
 一言でいえば「雪の音が子守唄のように聞こえる」という内容なのですが、雪の音だと解るまでを描いているのです。認識の過程ばかりではありません。一言で言わなければ、当然ながら読者の読む文字の量も増えます。その結果、〈わたし〉の時間をも表せるのです。例えば時間がゆっくりと流れているように感じているのなら、独白を多くすれば表せますし、あっという間だったら短い字数で書けば表現できます。
 それゆえ、「くちぶえ」という詩は下記のように短い詩です。
 「くちぶえ」
雪のふるばん雪のなかから
 口笛が鳴る。
 あんへん、来たぞ。
 あんへん、つめたかろ。
 口笛が鳴っているように聞こえたのもわずかだったことが解ります。

象徴

 もう一つの詩の特徴は象徴です*2。象徴は目に見えないものを目に見えるもので置き換える技法。例えば、公平性を天秤でよく表しますが、公平性は目に見えません。一方で天秤ならはっきりと見えます。他にも価値観を物差しで表すなどさまざまな方法で象徴は使われています。他にも富と金塊、知識と本、病と細菌の関係にも言えます。
 『室生犀星詩集』収録の作品も象徴が使われています。「けふといふ日」は「時計でも/十二時を打つときに/おしまひの鐘をよくきくと、/とても大きく打つ、」という冒頭から始まり、「けふ一日だけでも好く生きなければならない」と締めくくられています。
 この時計は時間の象徴です。時間〈そのもの〉は実体がないので目に見えず、時計という実体のあるもので表現されています。そして十二時という時刻も一日の終わりを象徴するものとして使われているのです。
 そして、さらに一歩進めるとこれは自分の時間、つまり人生を象徴していると解釈しました。

独自の視点

 もちろん、異化や象徴を効果的に発揮するには、独自の視点が欠かせません。例えば室生犀星「子守唄」なら、恐らく養母に引き取られたことで*3、雪の中でも子守唄が聞こえているような錯覚を抱いたのでしょう。
 そのような視点で見れば「はたはたのうた」の「母をおもふ」という言葉にも室生犀星の思慕が感じられるでしょう。

仏教的な世界

 もう一つ、室生犀星の特徴を挙げるとするなら仏教的な世界観です。これは寺の住職に養子へ行ったことが関係しているのかもしれません*4。

どう生きるか

 室生犀星はどう生きるかという題材を扱っています。「けふという日」は僕の解釈が入っていますが、「人」は直接、死を題材としています。
 帰り来つてまた我の去りなん
 哀し人を見ず
 愛し人もあらず
 人はやがて果つらん
 あの人もこの人も果つらん
 「果つらん」とは「果てる」の文語体、「果つ」に「推量」の助動詞「ん」*5が接続した形。つまり、「果てるだろう」という意味になります。
 また、「赤ん坊」は生を題材にしています。そして仏教は生老病死の苦しみからいかに逃れるかを考えたので、室生犀星の環境と無関係ではありますまい。しかし室生犀星はその環境に加え、詩と生が強く結びついていたと解ります。
 例えば「詩よ亡ぶるなかれ、/詩よ生涯の中に漂へ」で始まる「行ふべきもの」、「おれがいつも詩をかいてゐると/永遠がやつて来て/ひにひになにかしらなすつて行く」で始まる「はる」、そして下記の詩、「何万枚以前」は執念と悲哀すら感じさせます。
「何万枚以前」
 惨として僕は六十年も書き続けた
 一字一字の何万枚かの
 その涯に行停まりのもやがあつた
 僕はそのもやの燃えるのを俟ち
 もやが燃えると 僕も萌えて書き出した
 行停まりは随時に起り
 僕はそれに打つかつた
 いくら打つかつても
 いくら燃えても
 僕は何時も突き返され引き戻された
 僕の眼球はかすみ
 杖をついてやつと僕は歩いた
 杖は此の灰色のもやを払ふことが出来ない
 僕は骨だらけになり
 もやの中から呼びつづけた
 なくなつた僕を返してくれと
 何万枚も書いた以前の僕を返せと
 灰色のもやで呼びつづけた
 「杖をついて(中略)歩く」の杖とは精神状態が疲弊していることの現れでしょう。スランプなどという軽々しい言葉では言い表せないことが「何万枚も書いた以前の僕を返せと/灰色のもやで呼びつづけた」の一文から伝わってきます。

弱者への慈しみ

 さて、仏教では必要以上に生物を殺してはいけないと戒律にあります。ここから慈しみの思想が生まれたのでしょうが、室生犀星の『動物詩集』にも反映されています。 
「みみずあはれ」
 けふ はじめて
 みみずといふ生きものが
 めくらでることを知つた。
 この悲しい一つの出来ごとを知り、みみずを粗末にしてゐた僕自身を
 恥ぢるやうな思ひであつた。
 庭では
 何処にも彼の姿が見られた。
 めくらはめくららしい方向にむかひ
 生きて行かねばならず、
 また這うて何処かに行かねばならず、
 彼を見ることが苦痛になった。
 表面上こそ差別用語を使っていますが「みみずを粗末にしてゐた僕自身を/恥ぢるような思ひであった」ことからも解るように、みみずに対して哀れみの情が感じられるでしょう。そしてこれは視覚障害者に対しても、です。
 嫌われ者の動物に価値を見出している点で、エミリー・ディキンソンの「蜘蛛は銀の玉をかかえる」*6との類似点も指摘できるでしょう。
「蜘蛛は銀の玉をかかえる」
蜘蛛は銀の玉をかかえる。
目に見えぬ手に──
そして一人軽やかに踊りながら
真珠の糸を──くり出す──
 嫌われ者である蜘蛛に「銀の巣」、「真珠の糸」と美しい言葉で飾り立てていることに、この詩の魅力はあります。「みみずあはれ」と比べると、同じ慈しみを表していますが、室生犀星は慈しみの中に悲哀を見出していたように思います。

*1 Wikipedia「異化
*2 Wikipedia「象徴
*3 室生犀星「幼年時代」(室生犀星『或る少女の詩まで 他二篇』岩波書店)
*4 同上
*5 例えば枕草子「少納言よ、香炉峰の雪はいかならむ」の「む」などが挙げられる。
*6 エミリー・ディキンソン「蜘蛛は銀の玉をかかえる」(エミリー・ディキンソン『ディキンソン詩集』岩波書店)