新編 宮沢賢治詩集 (新潮文庫)

概要

 「銀河鉄道の夜」「風の又三郎」などの児童文学で有名な宮沢賢治は、自費出版で詩集「春と修羅」を刊行した。この詩集は斬新だとして生前から高くされている。その一方、文語体でも書いていた。この草稿、創作メモ、宮沢賢治の作詞などからも幅広く収録している。
 いずれも児童文学同様、仏教色や地方色の濃い作品となっている。児童文学作家の天沢退二郎による解説。

創作活動の動機

 さて、創作活動の動機として「内的要請に従っている」ことがあると、河合隼雄は分析しています。無意識に内面を吐露したがっているのです*1。
 心理療法を受けている人が(中略)童話を書いてきたり、絵を描いていたりすることがよくある。(中略)そして、そこに表現されたものが、その人の心の状態をあまりに如実に反映していて驚かされるのである。
 つまり深く悩んでいる時、傷ついている時、絶望しているときなどに創作活動が必要となってくるのです。

訣別の朝

 それでは宮沢賢治はどうなのでしょうか。例えば「訣別の朝」では「ああとし子/死ぬといふいまごろになつて/わたくしをいつしやうあかるくするために/こんなさつぱりとした雪のひとわんを/おまへはわたくしにたのんだのだ」と病死寸前の妹を詠んでいます。しかも「けふのうちに/とほくへいつてしまふ」とあるようにかなり病状が思わしくないことも解ります。
 この直前の段落には「蒼鉛いろの暗い雲から/みぞれはびちよびちよ沈んでくる」とあります。蒼鉛は鉱物でビスマスとも言うのですが、漢字で書くことで、「蒼」からは病人の表情、「鉛」や「沈」からは賢治の心境が思い浮ぶでしょう。
 賢治はとし子に「あまゆじゆととてきてけんじや」とあまゆきを取ってきて欲しいと頼まれます。とし子の心境が描かれていません。真偽は解りませんが、ここに詩の核があります。
 もし「あまゆじゆととてきてけんじや」を「あまゆきとつてきてください」と解釈しただけでは、方言を標準語に直しただけ。東北に住む人なら、ほとんどの人がそのように解釈するでしょう。つまり宮沢賢治の独自解釈ではありません。
 しかし、自分を慰めるために、「あめゆきをとつてきてください」と解釈したときには、宮沢賢治ただ一人の解釈。作者だけの「真実」が描かれ、読者は兄妹愛を読み取ることができるのです。
 また雪もみぞれもすぐに溶けます。「そらからおちたさいごのひとわん」という一文はこの印象をさらに強めています。そして雪やみぞれが儚く溶けるように、とし子の命も儚いことが示唆されているとも解釈できるでしょう。

もうはたらくな

 さて、「もうはたらくな」という詩も心の動きを現しています。農学校の教員として、農民たちの指導に当たっていたのですが、不作に終わってしまいます。
もうはたらくな
レーキをなげろ
この半月の曇天と
今朝のはげしい雷雨のために
おれが肥料を設計し
責任のあるみんなの稲が
次から次と倒れたのだ
働くことの卑怯なときが
工場ばかりにあるのでない
(中略)
さあ一ぺん帰って
測候所へ電話をかけ
すっかりぬれる支度をし
頭を堅く縛って出て
青ざめてこわばったたくさんの顔に
一人づつぶっつかって
火のついたやうにはげまして行け
どんな手段を用ゐても
弁償すると答へてあるけ
  「〔雨で〕ぬれる」と「火」、「青ざめた」と「火」の赤という言葉が対となっているなど、技術的な工夫も見られます。
 それよりも何より宮沢賢治の胸中。天候で不作になるなど、宮沢賢治の予想外だったでしょう。しかし、自分の責任だと痛感し、あるいは農民たちの胸中を推し量り、大雨の中を一軒一軒回って歩く姿が目に浮かんできます。
 法律的なことはもちろん、農民たちの胸中も関係ありません。ここでは宮沢賢治がどう思っているかだけが問題なのです。

詩とは何か

 もちろん、気持ちを言葉で表現しているのですが、これだけなら散文や日記にも当てはまります。詩に限って言うなら音韻や異化作用*2が挙げられます。異化作用とは事物を認知する過程を表現するということ。例えば「蠕虫舞手」という詩は、ミミズ、尺取虫などの蠕虫を「アラベスクの飾り文字」に喩えています。アラベスクはモスクの飾り文字。
 蠕虫だと思うゼロコンマ数秒前までは「アラベスクの飾り文字」に見えたのでしょう。そして宮沢賢治は蠕虫が何に見え、何に喩えるかが詩的な要素だと言えるのです*3。

科学用語と詩

 さて、このように考えていくと、客観性を重んじる自然科学と相反するように思います。例えば詩人のキーツは「科学、哲学の発展が文学の詩情を破壊した、と激しく非難」しました。
 しかし、科学用語も詩の要素となりえると宮沢賢治を読めば解るでしょう。宮沢賢治は農学部出身ですので、自然科学が専門です。鉱物学に至っては、子供のころから採集が趣味でした*4。
 そんな宮沢賢治の教養は詩にも現れています。例えば「春と修羅」の序文で自らの詩集を地質に喩えているのですが、まさにこれも宮沢賢治ならではの視点、宮沢賢治ならではの比喩だと言えるでしょう。
 このような例は枚挙にいとまがないのですが、「暁穹への嫉妬」の冒頭では、「薔薇輝石や雪のエッセンスだけを集めて、/ひかりけだかくかがやきながら/その清麗なサファイア風の惑星を/溶かさうとするあけがたのそら」と、明け方の空を鉱物に喩えています。また薔薇の赤、雪の白、サファイアの緑などの色のイメージも取り合わせも美しく表現されていると言えるでしょう。とりわけ赤と緑は補色の関係にあり、この色彩感覚も鮮やかな印象を生み出しているのかもしれません。また「輝石」、「ひかり」、「かがやき」などからは光のイメージを、「けだかく」、「清麗」などの言葉からは崇高なイメージが感じられます。

地方色

 さて、「風の又三郎」などで地方色を豊かに表現していますが、詩にも地方色が現れています。このように郷土の自然を書くことで、地方にも価値を見出していたと言えるでしょう。

地名と詩

 例えば、「くらかけの雪」では岩手県の鞍掛山を詠んでいます。「酵母のふうの/おぼろなふぶき」と評しているのですが、形状だけではなく、役割も酵母に似ているのだとも解釈できます。
 明治時代にビールの製造技術とともに酵母の概念も一緒に入ってきました*5。酵母がないと発酵ができず、食品も美味しくなりません。また酵母の母という文字からも鞍掛山などの自然を連想させています。自然崇拝は文字通り「古風な信仰」ですが、「ひとつの古風な信仰」と書くことで、現在にも通じるような古風な信仰だという意味合いが読み取れます。この場合、古風な信仰のひとつ、と書いては数ある中の古風な信仰という意味にしかなりません。
 他にも「岩手山」という詩があります。
 そらの散乱反射のなかに
 古ぼけて黒くゑぐるもの
 ひかりの微塵系列の底に
 きたなくしろく澱むもの
 試しに「岩手山」の写真を探したところ、「古ぼけて」いるかはともかく、真ん中が少しくぼんでいて「黒くゑぐ」られているようになっていました。また万年雪を頂き、これを「きたなくしろく澱むもの」だと表現したのでしょう。
 僕は「万年雪」は綺麗に見えるのですが、1929年か2020年か、有沢翔治か宮沢賢治か、愛知県民か岩手県民か、暖房の効いた部屋でモニター上の写真を見ているのか、直に見ているのかなど違いがあるのかもしれません。

方言で詩を書く

 さて、宮沢賢治は方言を積極的に取り入れました。例えば「風の又三郎」では「なして泣いでら、うなかもたのが」*6など、東北弁のセリフが出てきます。
 この詩集でも「永訣の朝」などは上述の通り、東北弁が使われています。また「高原」に至っては「海だべがど おら おもたれば/やつぱり光る山だたぢやい/ホウ/髪毛 風吹けば/鹿踊りだぢやい」と全編が東北弁で書かれています。訛りの再現だけでなく、鹿踊も東北の風習で、郷土色豊かな一編と言えましょう。
 他にも一戸謙三は「お麗日」などで方言を用いて、詩を書いています。確か小学校の国語で習いました。
口笛クヅブエ吹ェで. 
裏背戸カグチサ 出はれば. 
青空ね. 
タゴのぶンぶのオドアしてる。
大屋根サ. 
昼寝シルネコしてる三毛猫サンゲネゴ
──ああ春だじゃな! 
枝垂柳スダレも青グなた。
 このような訛りの再現には口語自由詩の影響があるのかもしれません。口語自由詩の開拓者は萩原朔太郎ですが、1919年に『月に吠える』を読んでいます*7。口語自由詩とは話しているまま書いた詩のこと。
 口語体に対しては文語体があります。この典型例は鴎外の舞姫ですが、このような書き出しです。
 石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと靜にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ來る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に殘れるは余一人のみなれば。
 一つ断っておきますが、平安時代ではありません。明治です。一見すると古典文学だと誤解されるかもしれませんが、近代文学です。例えば島崎藤村などは、この文体で詩を書いていました*8。
 しかし、この文章をそのまま話していたわけではありません。つまり、話し言葉と書き言葉が乖離していたのです。そこで言文一致の運動が起こりました。例えば福沢諭吉は自伝を口語体で書いています。この広がりを受けて、口語自由詩が誕生しました。できるだけ話し言葉と書き言葉を近づけようとしたのです。
 この口語体を極限まで推し進めると、方言で詩を書く発想に行き着くのは想像に難くないでしょう。

農村と詩

 さて宮沢賢治は農村を題材に詩や童話を書いていましたが、雄大な自然を歌ったものではありません。むしろ、「もうはたらくな」などのように厳しい生活を詠みました。
 一方で「あすこの田はねぇ」などでは下記の通りに綴られています。
 吹雪のわづかな仕事のひまで
 泣きながら
 からだに刻んで行く勉強が
 まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
 どこまでのびるかわからない
 それがこれからの学問のはじまりなんだ
 このように新しい学問を草木の成長に重ねてもおり、農学への期待が読み取れるでしょう。この他に「生徒諸君に寄せる」も新時代への到来を読んでいます。

前衛と保守

 宮沢賢治は学問だけではなく、詩も新時代の到来を予期していたのでしょう。今から見ても前衛的な詩を作っています。
 例えば、蠕虫舞手では、本当にアラベスクの文字を使用しているなど、視覚的な効果もあります。また、
鏡鏡
鏡鏡
 などの文字を創作するなど画期的な表現も特徴の一つでしょう。その一方で昔ながらの文語定型詩も作っています。自分の詩が受け入れられなかったときの予備として、文語定型詩は書いていたのですが*9



*1 河合隼雄『昔話の真相』(講談社)
*2 Wikipedia「異化
*3 高田敏子『詩の世界』(ポプラ社)
*4 Wikipedia「宮沢賢治
*5 Wikipedia「酵母
*6 宮沢賢治「風の又三郎」(宮沢賢治『童話集 風の又三郎 他十八篇』岩波書店)
*7 Wikipedia「宮沢賢治
*8 島崎藤村「初恋」など(島崎藤村『藤村詩集』新潮社)
*9 天沢退二郎「解説」(宮沢賢治『新編 宮沢賢治詩集』新潮社)