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有沢翔治の読書日記

 同人小説家、有沢翔治のブログ。  いいものを書くためにはいいものを、幅広く。

【こんな小説を書いてます】

二人であることの問い

 双子の姉、亜衣の様子がおかしい。何かあったのではないかと真衣から萌は相談を受ける。やがて亜衣の部屋からバタフライナイフを買った痕跡が見つかり……。亜衣は何を考えているのか?

文芸評論

大塚英志『キャラクター小説の作り方』(講談社)

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キャラクター小説の作り方

僕がこの本を読んだ理由

 僕は趣味で小説を書いているのですが、なんか昔から人物の作り込みが弱いんです。それを克服しなければいけないと思い、買いました。『キャラクター小説の作り方』という割には余りキャラクター作りについて触れられていないのが残念でしたが、参考になる部分はありました。
 ただキャラクター小説というよりは「私」小説の書き方というタイトルの方がしっくり来るんですが、このタイトルだと売れない、と判断したんでしょうか。文体こそ「ですます体」で書かれていて、読みにくいですが、それを除けば小説作法というよりは文芸批評です。ただし偏っていることは否めませんが。

僕の課題

 上に参考になる部分があったと書きました。それは例えばどういうところなんでしょう?

パターン

 キャラクターとはパターンの組み合わせだと大塚英志は指摘します。手塚治虫の画風について語った著作を題材に取り、身長やリアルさなどの項目に分けて「オリジナリティ」について言及した上で下記のように語っています。
 こういった手塚の、キャラクターとはパターンの組み合わせである、という考え方は「画風」という絵の水準に留まりません。キャラクターそのものの特性さえ、手塚はパターンの組み合わせだと考えていたように思います
 とした上で3つの水準があるとしています。
1.キャラクターの基本形を決定するパターン
2.髪型・服装・小道具などでキャラクターの性格付けを具体化するパターン
3.キャラクターを演技させるときのパターン
 例えば、富豪ならスーツで、ワインを飲んでいて、貧しい人ならユニクロの服で若葉やゴールデンバットを吸っていて、カップ酒を飲んでいる、という類の話です。このスーツ、ワインなどで表されるキャラクターの性格を記号といいます*1。でも大塚英志の方法論だと確かに「キャラクター」の特徴、同じ時刻、どんな職業で、何を持って行って、何を飲んでいたかは決まります。
 しかし、どのような生い立ちでそのような職業になっていったのかは大塚英志の方法では決まりません*2。僕が精神分析に強い関心を示しているせいかもしれませんが、どのような経緯でそのようなキャラクターになったのかを決めないと魅力あるキャラクターは生まれないと思います。自戒を込めて。

データベース

 大塚英志は「物語は組み合わせである」と述べています。これは大塚英志の代表作『物語消費論』*3に詳しく出てきますので、そちらを参照してください。
 それで、僕の最大の問題は、人物のデータベースが圧倒的に少なかったことにありました。人物のデータベースを増やすにはどうしたらいいのか、と考えた結果、二つの方法が浮かびました。
1.人と積極的に話すこと
2.自伝、あるいは評伝、あるいはルポルタージュを読むこと。
 この二つが圧倒的に不足していました。具体的な対策としては読書会やオフ会への参加などを検討しています。あるいは評伝やプライベートな資料を読むこと。

文芸評論としての問題

 田山花袋の「布団」を俎上に載せ、近代によって「私」が見直されたと指摘しています。これについて僕は異論があるのですが、問題点はそこではありません*4。大塚英志のオリジナルの考えであるかのように書かれていますが、柄谷行人『日本近代文学の起源』*5にあるのです。
 いくらデータベースを持ちだしたとしても、これは剽窃。

私小説批判

 もう一つの問題は私小説の呪縛をものすごく大雑把な枠組みとしてしか捉えていないことです。
 この〔ルパン三世のような小説を書きたかったという〕新井素子さんの試みは、実は日本文学市場画期的なことだったのです。誰もが現実のような小説を書くことが当たり前だと思っていたのに、彼女はアニメのような小説を書こうとしたのです。だから大袈裟に言ってしまえば、彼女は自然主義リアリズムという近代小説の約束事の外側にあっさりと足を踏み出した人だったのです。
 ともあれ、ひとまずこの大塚英志のテクストだけに目を向けてみましょう。この文章は後の江戸川乱歩について言及した一文とも矛盾します。
 かつて自分たちのジャンルは写生文的なリアリズムに基づかないと言い切ったのは、日本の探偵小説の祖とも言える江戸川乱歩ですが(後略)
 だとすれば、「近代小説の約束事の外側にあっさりと足を踏み出した人」は江戸川乱歩だということになります*5。
 また近代リアリズム小説の約束事を無視する試みは戦前にもすでに行なわれていました。泉鏡花がその代表例ですが、稲垣足穂、芥川龍之介の河童、そして漱石でさえも「夢十夜」「吾輩は猫である」など現実のような小説を乗り越える試みが行なわれてきました。
 もちろんこの小説は現実を描写するべきである、という考えは今でもあります。だからこそリアリティの問題が取り沙汰されるのでしょう。その意味では大塚英志の文章は嘘とはいえません。嘘とは言えないのですが、大雑把すぎて、誤解を招く可能性があります。


*1 この記号について論じたのがウンベルト・エーコである(wikipedia「ウンベルト・エーコ」)。しかし僕は記号というと「A⇒B」などの論理学を思い浮かべる。むしろ属性、あるいはプロパティといった方がしっくりとくるが、キャラの属性というとまた誤解を招きかねない。
*2 このキャラクターの記号化については、現代文学、例えば村上春樹などにおいて特徴的である。
*3 大塚英志『底本 物語消費論』(角川書店)
*4 例えばマルクス・アウレリウス『自省録』、アウグスティヌス『告白』など、自伝は近代以前でも見られる。
*5 この探偵小説の祖という言い方にも違和感を覚える。谷崎潤一郎の「途上」(谷崎潤一郎『犯罪小説集』集英社)、横溝正史の『恐ろしき四月馬鹿』(角川書店)などがあるからである



ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』(講談社)

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ドイツ悲哀劇の根源 (講談社文芸文庫)

概要

 ドイツ悲哀劇の手法は古代ギリシャ悲劇の手法と同一視されてきました。しかし、ベンヤミンの『ドイツ悲哀劇の根源』で、アレゴリーという差異を見つけます。またアレゴリーという概念はドイツ悲哀劇を始めとするバロック期の根源でもある、とも。
 ヴァルター・ベンヤミンはアレゴリーというキーワードでバロック期の演劇を論じ、現代をも視野に入れているように感じました。

いくつかの用語について

 いくつかの誤解を招きそうな言葉について整理します。

バロック演劇

 『ドイツ悲哀劇の根源』ではバロック演劇について論じています。wikipediaのバロックを見ると代表的な作家として、コルネイユ、モリエール、シェークスピア、カルデロンなどが出てきます*1。シェークスピアやカルデロンは『ドイツ悲哀劇の根源』の根源でも論じられていますが、ドイツの作家は全く知らない人ばかり。
 解説によると、「グリューフィウスを筆頭に、ローエンシュタイン、ハルマン、ハウシュヴィッツの四人」*2であり、彼らはシュレジア派と呼ばれています。ベンヤミンは『ドイツ悲哀劇の根源』で「北」の演劇と読んでいますが、ポーランドのシュレジア地方で活躍していたからなのです*3。
 なお、これらの翻訳ですが出回っていません。
 さて、このシュレジア悲哀劇ですが、古代ギリシャ演劇の形式を踏襲していました。なので当時は古代ギリシャ演劇の復興運動とされてきたのですが、ベンヤミンはそれに異を唱えたのです。

根源(Urprung

 ここで根源という言葉の意味についても注意が必要です。ベンヤミンは教授資格論文申請としてこの『ドイツ悲哀劇の根源』を提出するのですが、要旨には下記のように書かれています*4。
 根源は、あくまで歴史のカテゴリであるとはいえ、ただし成立起源とは何の関係もない。この根源で念頭に置かれているのは、すでに湧き出たものの生成ではなく、むしろ生成消滅の流転から湧き出てくるもののことである。
 バロック演劇は新たに生まれ、そして消えてなくなっていきます。その流れの源泉はどこから来ているのかをベンヤミンは論じているのです。
 まるで川の流れのようですが、このUrprungという言葉には起源・由来の他に水源という意味もあります*5。

アレゴリーとシンボル

 さてドイツ悲哀劇の根源としてベンヤミンはアレゴリーを挙げています。アレゴリーは狐と言ったら狡賢いイメージであり、また狡賢いといったら狐です。このように相互にイメージが置き換えられるものがアレゴリーです。しかも狐とは他の動物と比べて知能が優れているという科学的根拠はどこにもありません。
 一方、その文脈に依存するものをシンボルといいます。例えばキリスト教では、蛇はアダムとイブをたぶらかした悪魔の手先として描かれています。しかしギリシャ神話では医神アスクレーピオスが持つ杖に蛇が巻き付いています。そこから蛇は医学のシンボルなのです。
 このように、シンボルは文脈依存性が高いのに対し、アレゴリーは文脈依存性が低いのです。

トラクタート

 ヴァルター・ベンヤミンは十九世紀の哲学を論ずる中で──それが『ドイツ悲哀劇の根源』の執筆動機とも関わってくるのですが、哲学は形式を先取りしてはいけないと述べています。むしろ哲学の形式を鍛える修練こそ大事だと述べているのです。
 スコラ哲学では、哲学(つまり当時は聖書解釈学を含む神学)の入門書をトラクタートと読んでいたのですが、このトラクタートとは「哲学的に論ずること」全般を指しており*6、まだ教義として固まっていない議論を指していました。
 哲学は「教義のように(中略)権威にもとづいて自説を主張できるといった説得力」や「数学な強制手段も欠けている」として、ただ一つ「権威ある引用しかない」とベンヤミンは述べています。これはどういうことかというと、過去の哲学者の軌道を参照しながら、自説を展開していく方式です。例えばアリストテレスはプラトンを、プラトンはソクラテスを……そしてこれは今でもなお受け継がれています。ジャン=リュック・ナンシーやガヤトリ・スピヴァクはデリダ*7を、デリダはフッサール*8を、フッサールはハイデガーをそれぞれ参照しています。
 そして現にヴァルター・ベンヤミンも『ドイツ悲哀劇の根源』においてアリストテレスやシェイクスピア作品に言及しつつ、研究しています。しかしこのベンヤミンの考えは危うくすると、哲学史や哲学者の生涯の解説になってしまうという脆さを含んでいます。そしてその結果、哲学者の問題意識が明らかにされないまま、解った気になるのです。もちろん、僕も含めて。

悲劇について

シェイクスピアとカルデロン

 ご存知、シェイクスピアはマクベス、ハムレット、リア王、オセロ、ロミオとジュリエットなど、数々の悲劇を書いています。
 カルデロンは僕もこのベンヤミンの著作で初めて知ったのですが、調べてみたらスペインの劇作家でした。1600年だといいますからちょうどシェイクスピアと同時代を生きたことになります。
 さてこの二人とドイツのバロック劇作家をベンヤミンは比較しています。カルデロンはベンヤミンによれば、主に名誉の問題をモティーフにしています。ベンヤミンはスペイン演劇を評してこう述べています。
 名誉を毀損された者がたどる受難の道は、ちょうどその〔有沢注:殉職者が受ける〕拷問にあたる。そして、カルデロン演劇の最後では、名誉がどれだけ傷めつけられても、王の鶴の一声か、それとも詭弁によって名誉は再び立ち直ることができるのである。(中略)ひいては世俗的な一宇宙を発見したのだった。
 一方、ドイツのバロック作家や文芸評論家は、こうした問題に無頓着だったのです。

ショーペンハウエルの演劇論

 ベンヤミンによると、ショーペンハウエルもギリシャ演劇について言及しています。「世界、生は真の充足を与えることができず、したがって我々が執着するに値しない、という認識」が悲劇的精神の本質であり、したがって諦念へと向かわせる」と。 そして、ギリシャ悲劇の主人公たちは毅然として運命に服従しますが、キリスト教悲哀劇の主人公たちは嬉々として運命に服従する、とも。
 ショーペンハウエルがこのように考えたのは仏教の影響があったんじゃないのかな、と。というのも解らないなりにショーペンハウエルの『意志と表象としての世界』*9を読んだ時に、これまた解らないなりに読んだ『ブッダの言葉』*10に似ているように感じたんです。Wikipediaで調べてみたら、「仏教精神そのものといえる思想」と書かれていました*11。
 仏教の基本姿勢はいかに心の平穏を保つかであり、究極的に何も執着しなければ心の平穏が保たれるという考えなんです。そして究極的には生そのものに執着しなければ、死の苦しみから解放されるという考えです。現に苦しみを代表する言葉に「生老病死」というものがあり、その中に生きることが苦として挙げられているのが興味深い。
 さて、生きることが苦悩かの真偽はさておいて、こうした考えのもとにショーペンハウエルの論理が打ち立てられています。
 もう一つ重要な点はキリスト教は正しい行いをしていれば、全知全能の神が天国へと連れて行ってくれる可能性があるという考えに対し、ギリシャの死生観だとハデスが冥府の王として恐れられていました*12。
 こうした死生観の違いも「毅然とした」態度で望むギリシャ悲劇と楽観的な態度で死を迎えるキリスト教悲哀劇の違いと言えましょう。ベンヤミンは「ショーペンハウエルは不十分ながらも、〔ギリシャ悲劇とキリスト教悲哀劇という〕問題のありかを(中略)特徴づけた」と述べています。
 今まで同じと見なされてきたドイツ悲哀劇とギリシャ悲劇の違いを明示しようと、ベンヤミンは『ドイツ悲哀劇の根源』で考えました。したがってショーペンハウエルのこの評論は、差異について言及された数少ない考察として貴重だったのではと思います。

*1 wikipedia「バロック
*2 岡部仁「ドイツ悲哀劇の配置」(ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』講談社)
*3 同上
*4 ヴァルター・ベンヤミン「参考資料(1)本書の概要」(ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』講談社)
*5 「頑張れドイツ語 〜1日1単語運動〜
*6 ヴァルター・ベンヤミン『ドイツ悲哀劇の根源』(講談社)岡部仁の訳注による
*7 ガヤトリ・C・スピヴァク『デリダ論』(平凡社)
*8 ジャック・デリダ『声と現象)』(筑摩書房)
*9 Wikipedia「意志と表象としての世界
*10 中村元訳『ブッダのことば』(岩波書店)
*11 Wikipedia「アルトゥル・ショーペンハウアー
*12 Wikipedia「ハーデース


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高野史緒『ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』(東洋書店)

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ミステリとしての『カラマーゾフの兄弟』―スメルジャコフは犯人か? (ユーラシアブックレット)

概要

 ミステリとして「カラマーゾフの兄弟」を読解した時にど果たしてスメルジャコフは犯人なのだろうか。江戸川乱歩賞の受賞作家が「カラマーゾフの兄」の謎を解く。
 純文学の名作をエンタメ作品として読むのは、文学ファンから怒られそうです。しかし乱歩はドストエフスキーの愛読者で、またスリル作家としてドストエフスキーを読んでいました。
 また『罪と罰』を下敷きに「心理試験」を描いたのは有名な話です。

透明な批評

 僕は推理作家の高野史緒がミステリとして読んだ時、ここが優れているなどと、創作法(ドラマツルギー)の観点から語ったものを期待して読んだのですが……透明な批評でした。
 透明な批評とはテクストがあくまでも現実に起こったものと仮定して分析する、という方法なのですが、僕はあまり好きじゃないんですよね。どうも遊んでいるように思えてしまって。それよりももっと大事な点があるだろうと思ってしまうんですよね。
 もちろん、読解の糸口としてはありだと思います。小説を楽しむ一つの方法として、あるいは本格的にテクストを議論する土台として。例えばピエール・バイヤールは『アクロイドを殺したのはだれか』*1は透明な批評を用いて、精神分析、さらには推理小説というジャンルの限界まで示してくれています。
 ところがこの本は「カラマーゾフの兄弟」というテクストから余り広がらない感じがしました。確かに伝記的な記述、精神分析的な記述はあるのですが。その原因の一つを考えてみたんですが、おそらく参考文献、読書案内が示されていないことがあげられると思います。
 できれば伝記的記述はこの本が望ましい、などというブックガイドがあった方がいいのではと思いました。

ケアレスミス?

 さて、高野史緒さんは序文で「畢竟の大作において(中略)ケアレスミスをしたと切って捨てるより、はるかに実りの多い読解が得られるのではないだろうか」と言っています。僕もこの考えには賛成……なのですが、その論で読み進めていってるのに、時刻を間違えた理由をドストエフスキーのケアレスミスだと言っているのです。ケアレスミスと結論付けること事態を悪いとは言いませんが、それ以上、議論の広がりを見せない書き方が問題なのです。
 例えばケアレスミスにしてもどうしてケアレスミスを犯したのか、八時半という数字はどこから出てきたのか、どうしたらこのケアレスミスを防げたのかなど、いくつも論点を作れたと思うんですよね。
 また63ページという短い論考の割に、第一部は伝記的研究、第二部は透明な批評などと論点が少しずつずれていません? これは議論の幅を持たせるため、高野さんがわざといろいろな論点を持たせたのかもしれませんが。
 透明な批評でスメルジャコフ犯人説を覆したいのなら、他のテクストやドストエフスキーの伝記的研究を参考せずに、もうちょっと丁寧に「カラマーゾフの兄弟」というテクストについて記述してもよかった気が……。ちなみに第一部ですが、フロイトの「ドストエフスキーと父親殺し」*2に依るところが大きいのではと思いました。僕は作家の生涯と結びつける研究はあまり好きではないのですが。
 ちなみに本格的な論考としては江川卓の『謎解き「カラマーゾフの兄弟」』などが挙げられます。

*1 ピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのはだれか』(筑摩書房)。ちなみに『ロジャー・アクロイドはなぜ殺される?』という本もあるが、こちらは未読。
*2 フロイト「ドストエフスキーと父親殺し」(フロイト『ドストエフスキーと父親殺し/不気味なもの』光文社)



小林秀雄『Xへの手紙・私小説論』(新潮社)

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Xへの手紙・私小説論 (新潮文庫)

文学部卒業の学生でありながら

 日本の文芸評論は小林秀雄によって確立された、と言われています*1。それにも拘らず僕はまとまった著作を、つまり本一冊を読んだことがなかったんです。もちろん、一つ一つの随筆は読んだことがあったのですが。理由は何となく肌に合わないから。しかし、これでは余りにも恥ずかしい、と勝手に思い込んで読んでみました。
 ミクシィで「あと文芸評論を学んだ人間が言うのもあれなんだけど小林秀雄はあまり好きじゃない」、と呟くと、「どこが好きじゃないです」とマイミクさんから言われたこともあり、読んでみようと思った次第。でもお勧めして頂いた『モオツァルト』ではありませんでした。

小説家、小林秀雄

 この単行本の前半は小林秀雄の創作活動が、後半には「私小説論」などの文芸評論が収められています。
 創作として面白かったのは「おふぇりや遺文」。『ハムレット』のパロディ作品で、オフィーリアのスピンオフとなっております。
 今頃は何処で何をしていらっしゃるか。なんでもイギリスの方へお立ちになったと聞きました。それなら、今頃は船の上で(わたし)の事を少し位は考えていらっしゃるのか。妾の事なぞ考えなくともいいのに。妾はあなたの事など考えてはおりません。
 この辺り大宰に書かせたらどうなるのかと思いながら読みました*2が、残念ながら「新ハムレット」*3以外に彼はハムレットのパロディを書いていません。いやぁ書いて欲しかった。
 上で引用した文は改めて言及するまでもなく、矛盾しています。「妾はあなたの事など考えてはおりません」と言ってるなら、ハムレットに手紙を書いていないのです。この手紙の宛名は自分の意識です。

逆説に満ちた「おふえりあ遺文」

 この「おふえりあ遺文」ですが、逆説に満ちています。上の例はその顕著なんですが「妾のペンはちっとも慄えてなぞおりません。こんなにもしっかりと字を書いています」などの件もその例です。
 もし、本当にペンが「慄えて」いないなら、こんなことはわざわざ書かなくてもいいので。つまり「慄えていない」と書くことで「慄えて」ことを表しているのです。
 「悲しいなんて事はなんでもない、ほんとになんでもありますまい」という件に注目しますと、「ほんとになんでもありますまい」と二度繰り返しています。これは単なる繰り返しだけではなく、上記の効果をよりいっそう強める効果があります。

小林秀雄の関心事

 小林秀雄の関心事は「自分で制御できない何か」だと思いました。例えば、上で引いた一段落ですが、関心がないと思いながらもつい手紙を出してしまうというようなことがあると思います。まさに小林秀雄は「おふぇりあ遺文」でそんなオフェリアを描いています。「ああ、なんだか〔自分自身〕わけのわからないことを言っています」というくだりは、自分でも制御できない何かだと思っています。
 小林秀雄の奥さんが潔癖症だったらしいのですが、潔癖症(つまりは強迫性障害)は自分でも行動がコントロールできない病気です*4。フロイトが古澤平作に紹介された時期とも重なりますし*5、この「コントロールできない我」というモチーフはフロイトの影響なのかな、と。
 また「眠られぬ夜」の一文はフロイトを思わせます。
 現実と夢とは、大変違っているようだが、よく見ると、重なった二枚の窓硝子を透かしたように、おんなじもので、猶よくよくみるとほんのちょっぴり食い違っている。
 どうしてこれが「コントロールできない自分」とつながってくるんでしょう。
 フロイトによると夢にはその人の無意識が現れていると考えました。無意識の上に僕たちの意識が乗っていると考えたのです。つまり視点を変えただけで「現実と夢は(中略)おんなじもの」につながってくるのです。
 強迫神経症や鬱病なんかは無意識が「故障」した時に発症するとフロイトは考えました。ちょうど物を積み上げたとしましょう。下にある物が不安定だと上に重なっている物もグラグラするのと同じことです。精神分析医はこの土台を安定させることが目的なのです。

書く、ということ

 さてラカンは「手紙は必ず宛名に届く」と言っています。これは希望的観測でも何でもなく、書くということは自分の意識に残ります。その結果、自分の考えが整理され、患者の治療につながることを表現した言葉です。
 この「おふえりや遺文」もハムレットに手紙を書くことで、自分の考えが整理されてオフェーリア自身の癒しになったんじゃないのかなぁと。結局、オフィーリアは癒やされなかったけど。そして、これはこの小説を書いている小林秀雄にもそっくりそのまま当てはまると思います。

私小説論

 後半は「私小説論」が収録されていて、小林秀雄が文学に対しどう向き合っていたのかが解ります。ルソーの『告白』が冒頭に引かれていますが、彼は「私小説」が単なる個人を描いたものではなく「社会に於ける個人というものの持つ意味」、「引いては自然に於ける人間の位置に関する強烈な思想である」と述べています。
  これを読むに彼の問題意識は私小説は社会との関わりをどう持っていくかではないのでしょうか。単なる個人を描いたものではいけない、というのが彼の主張では?

海外の私小説と日本の私小説

 海外の私小説は社会化されているが、日本の私小説は社会化されていないと批判しています。そしてその原因は「文学自体に外から生き物の様に働きかける社会化され組織化された思想の力という様なものは〔田山花袋といった〕当時の作家等が夢にも考えなかったものである」と述べています。
 田山花袋は私小説のパイオニアなのですが、モーパッサンの短篇集に感銘を受けています。しかしそれはあくまでも技法上の問題にすぎない、と小林秀雄は分析しています。
 モオパッサンの何が花袋を目覚めさしたのか。モオパッサンの悲惨な生涯でもなかったし、作者の絶望でも孤独でもなかった。(中略)斬新な技法が花袋を酔わしたのである。
 つまり、文学作品が社会に与える影響について、まだ作家たちは自覚的でなく「技法上の革命」にすぎないと述べています。ちなみに漱石は自意識をテーマに作品を描いているのですが*6、あくまでも自分の問題を悩みを解決する手段として創作をしているような印象を僕は持っています。

なぜ技法上の問題なのか

 我が国の自然主義文学はどうして社会性が欠けたものになってしまったのでしょうか。小林秀雄はこう分析しています。
 ロシヤなどとは比較にならない長い文学の伝統をは持っていた。作家達が見事な伝統的技法のうちに、(中略)育つ地盤のない外来思想に作家等を動かす力はなかったのである。完成された審美感に生きている作家等にとって、技法のうちに解消する事より楽しい事はない。
 日本文学は形式美の文学だとして、海外文学も自分たちが作り上げた形式に当てはめようとした結果、社会性が失われたと小林秀雄は分析しているんです。
 例えば、北原白秋には落葉松という詩があります。「からまつの林を過ぎて、/からまつをしみじみと見き。/からまつはさびしかりけり。/たびゆくはさびしかりけり」という詩ですが、風景をそのまま描くという自然主義文学の五・七・五のリズムにこだわっています。
 海外の「風景をそのまま描く」という技法と、日本の形式美が融合してできた詩です。

歴史性の問題

 さて小林秀雄は書いていませんが、僕は政治史の問題も大きいんじゃないのかなぁと思います。海外、特にフランスでは『社会契約論』などの評論、そしてヴォルテールなど啓蒙思想の作家が社会改革を担ってきた。
 それに対し、例えば日本は勅撰和歌集が組まれ、また、『源氏物語』が藤原道長に献上されるなど*7文学と政治は対決しなかったんです。対決するとしても、精々皮肉をいういう程度で、正面切って文学と政治は対決しなかった。
 だから純文学は社会の問題を扱うのに慣れてなかったんじゃないのかなぁと思いました。

小林秀雄の問題意識は解るけど

 こういう評論を読むときは、問題意識をつかめるかどうかにかかってくると思います。経験上、つまらないと思う人は三タイプいます。
1.問題意識そのものが理解できない(僕の読解力がないせいで)
2.問題意識は理解できて、納得はするんだけど、問題意識を共有できない。なぜそこを問題にする?
3.問題意識は共有できるんだけど、構成や文体が納得できない(ハイデガーの『存在と時間』とかもっとスッキリ書けるでしょ)
 この評論に関しては2のタイプでした。それは結構、僕が小説を書く理由や僕自身の世界観とも関わってくるんです。僕は小説を書くときに、自分のために小説を書いてるんです。村上春樹の言葉を借りれば「自己療養のささやかな試み」なんですね。
 それはたぶん僕が結構、独我論の世界、つまり他者を余り感じられないからなんじゃないのかなぁと。

*1 三島由紀夫『文章読本』(中央公論社)
*2 大宰は『女生徒』(新潮社)などで女性の文体を意識して書いている。
*3 ハムレットがクローディアスたちを振り回すという(僕から見て)コメディになっている。しかし、ハムレットには振り回しているという意識は全くない(太宰治「新ハムレット」、太宰治『新ハムレット』新潮社)
*4 「強迫性障害って何ですか?(不潔恐怖・確認恐怖)」(『マンガで分かる心療内科』)より。
*5 ただし古澤が書いた論文はほとんどない(wikipedia「古澤平作」)。
*6 夏目漱石『三四郎』(新潮社)など。
*7 大津透『道長と宮廷社会』(講談社)



寺尾隆吉『魔術的リアリズム』(水声社)

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魔術的リアリズム―二〇世紀のラテンアメリカ小説 (水声文庫)

はじめに

 『百年の孤独』の副読本として借りてきました。水声文庫と書いてあったので、もっと小さい本を想像していたのですが、普通のハードカバーでした。
 内容はシュルレアリスムに始まる魔術的リアリズムの前史から、アストゥリアス、そして『百年の孤独』を経てイサベル・アジェンデ『精霊たちの家』などの現代作家に至る流れを平易に解説する。中南米文学史の研究書。なのでエルンスト・ユンガーとかあの辺りは全くと言っていいほど触れられていません。

魔術的リアリズム前史

 魔術的リアリズムの前段階としてシュルレアリスムがあります。これはフロイトの精神分析の影響を反映し、アンドレ・ブルトンなどがその代表です*1。これは夢の世界をそのまま描き出そうという考えで、文学のみならず絵画にも影響を及ぼしました*2。
 魔術的リアリズムはシュルレアリスムの縁戚だと、寺尾さんは述べています。ボルヘスは「科学的・合理的視点を相対化」しています。
 ホルヘ・ルイス・ボルヘスはウルトライスモ期に書いたメタファー論において「月」という事象に対する説明として、「地球の衛星」とする科学的見解と、「空に浮かぶ猫」とする非科学的見解の間に何ら変わりはない、と提起したことがある。どちらも目に見える現象を別の表現で置き換えているにすぎない
 しかし、本書との論点とはズレますが、これはかなり控え目な言い方です。文学、特に詩的表現においては「空に浮かぶ猫」の方が詩的に価値が高いのです。詩は日常を別な表現で置き換えることです*3。
 シュルレアリスムなどの前衛芸術(アヴァンギャルド)の目的は科学的・合理的視点への攻撃でした。「ラテンアメリカに大きな文化的変革をひき起こし、魔術的リアリズム誕生への道標となったのは、アヴァンギャルドが先導した価値観の刷新、非西欧文明への新たな視点の確立である」と言います。またこのころ活躍した民俗学者にレヴィ=ストロースがいますが、彼は西欧文明も未開の文明も優劣の区別はないと考えました*4。
 「彼〔アストゥリアス〕の興味は急速にマヤ文明の研究に移ってい」き、「インディオを未開民族と見做すのは大きな誤りだったと痛感する」とありますが、はからずもレヴィ=ストロースを含め構造主義と重なっているのです。

カルペンティエール

 初期のラテンアメリカ文学を代表する作家としてカルペンティエールがいます。カルペンティエールは『この世の王国』『失われた足跡』などで有名な作家です。いや、読んではませんけど。
 彼は「音楽への造形は卓越しており、その影響で早い時期からアヴァンギャルドにも接してい」ます。このことが「かえって西欧中心主義を脱脂、黒人文化の可能性に目を向けることができた」とあります。またこのころボードレールやヘミングウェイが絶賛した黒人ダンサー、ジョセフィン・ベイカーも登場していて、黒人文化は人種差別は根強いながらも段々とヨーロッパ人にも受け入れられていったのではと思います。

晩秋の遊び

 さて、一九二○年代以降 、西洋がラテンアメリカの人にとっては羨望の対象ではなくなります。
 この時期ヨーロッパを旅行してその惨状に失望したアルゼンチンの作家、アドルフォ・ピオイ・カサーレスを筆頭に、西欧文化の不信を口にし始めた作家・文化人は多い。長くパリに滞在する〔カルペンティエール、アストゥリアス、ピエトリといった〕三人の作家にとっても「西欧の没落」は明白な事実であり、(中略)ウスラル・ピエトリの言葉を借りれば「晩秋の遊び」にほかならなかった。それに較べ、ラテンアメリカ世界は保証しているかのように見えた。
 とはいえ、彼らは「故国を代表する知識人としての役割を期待され」、「読書や文学活動に専念できる時間は限られてい」ます。
 初めは西欧の既存の小説を模倣していましたが、自分の力不足を痛感し、「黒人の世界観に根差した内部からの視点が必要である」と三人は気が付きます。このうち、アストゥリアスはマヤの神話を題材にとった『グアテマラ伝説集』で魔術的リアリズムで重要な役割を果たすのです。

ガルシア=マルケス『百年の孤独』

 さてラテンアメリカに一人の巨人が現れます。それはガルシア=マルケスです。『百年の孤独』は架空の村、マコンドを舞台に繰り広げられる百年の年代記なのですが、日常と非日常が入り混じっています。まさに魔術的リアリズムの代表とも言えるこの作品ですが、寺尾さんによれば長い間誤読されてきた作品でもあるといいます。

『ペデロ・パラモ』

 さて、『百年の孤独』の前にルルフォの『ペデロ・パラモ』について言及しておきましょう。コマラという村が舞台なんですが死者と生者が混ざり合う村なんです。「霊たちが、昼間は姿を隠しているが、日が暮れると続々と表に出てくる」というホラーじみた幻想小説です。
 『ペデロ・パラモ』の語り手は、生と死の区別がなくなった「異常な」世界を冷静な語り口で驚きも見せず創り上げる。「普通」を逸脱した語り手を設定するのが魔術的リアリズムの第一歩であることはすでに論じたが、ここではコマラという一共同体が作られ、異常が日常に溶け込んでいる。
 しかし『ペデロ・パラモ』以前の小説が「田舎町の静的状態を描こうとしている」のに対し『ペデロ・パラモ』は「作品内に多くの事件を効果的に取り込み、小説の線状性を生かして独自の動力を作り上げている」と寺尾さんは指摘しています。

魔術的リアリズムの完成

 さて、語り手に注目すれば、『百年の孤独』は「現実世界では起こりえない超自然的事件を次々と展開し、それが魔術的リアリズムを生み出す」という大きな誤解に満ちた作品だと分析しています。
 『百年の孤独』は三人称の文体なので解りにくいかもしれませんが、推理小説で一人称の語りを用いた作品*5なら真っ先に作者が〈語り手〉を使ったトリックを仕掛けていると疑ってかかるべきです。つまり「公平中立な語り手など存在しない」のです。ガルシア=マルケスは「小説=フィクションの原点(中略)に回帰したのだ」と寺尾さんは分析しているのですが、僕は『百年の孤独』、そして『ペデロ・パラモ』についてこう解釈しています。そもそもフィクションかノンフィクションか、言い換えれば現実的であるかどうかは科学的に起こりえる話ではありません。例えば、自分の脳は見たことがありませんし、自分の心臓も見たことがありません。
 それにも拘らず、僕は自分には脳があり、心臓があると信じています。むしろ科学というのも神話というのもボルヘスとはまた違った意味で、大同小異です。現に中世の人々は天動説を本気で信じていて、悪魔や魔女も本気でいると信じてたのです。
 そしてこれは現代の個人においても同じことが言えると思います。例えばUnicodeがコンピューターウイルスだと本気で信じている人々もいます。つまり「超自然的なことが起こっている」のではなく「超自然的なこと〈だとされる現象〉が起きている』のです。

ラプラタ幻想文学

 さてラプラタ幻想文学と魔術的リアリズムの混同こそ、ガルシア=マルケス『百年の孤独』を大きく誤解させている要因だと寺尾さんは指摘します。
 ボルヘスやフエンテスのラプラタ幻想文学と魔術的リアリズムの違いは論理性の違いにあるといいます。
 そこにいかに驚異的な世界が展開されようとも、語りの論理性は崩されず物語は終始、「論理的」に進行していく。『モレルの発明』の主人公は、時として自分の正気を疑うものの、最後まで理性を失わず、幻影の世界に同一化する決断も合理的判断に従っている。
 とあり、日常と非日常が混在する魔術的リアリズムに対し、「論理性」という観点で見た場合、一線を画す、と評しているのです。

魔術的リアリズムの今後

 ラテンアメリカ文学の「熱狂」は完全に冷めていて、ガルシア=マルケスやホセ・ドノソなどの成果を冷静に分析するときが来ている、と寺尾さんは序文で述べています。
 確かにラテンアメリカ文学はもう下火になっているかもしれません。僕の中では二○一○年にリョサがノーベル文学賞を受賞し、さらにラテンアメリカ文学の影響を受けた莫言が二○一三年にノーベル文学賞を受賞していることを考えると、まだまだ魔術的リアリズムの熱はまだ冷め切っていないと思っているのですが。
 またラテンアメリカ文学でもコエーリョなど大衆文学をどう解釈し、どう自作に取り込んでいくのかが僕の課題です。


*1 アンドレ・ブルトン「シュルレアリスム宣言」(アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』岩波書店)
*2 サルバドール・ダリやマックス・エルンスト、そしてルネ・マグリットなど。
*3 シクロフスキーは『散文の理論』(せりか書房)において、「異化」という概念を提示している。
*4 レヴィ=ストロース『世界の名著〈59〉 西太平洋の遠洋航海者/悲しき熱帯』(中央公論新社)など。
*5 特に折原一。ここで具体的な作品名を上げるのは避けたい。



青柳悦子『デリダで読む千夜一夜』(新曜社)

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デリダで読む『千夜一夜』―文学と範例性

概要

 「シンドバッドの冒険」、「アラジンのランプ」など、アラビア文学として有名な『千夜一夜』。実はデリダを軸に読むと新たな視点が見えてくるばかりでなく、実(に/は)デリダと相性がいいのである。
 例えば文学の規範性(example)などの決定不可能性を浮き彫りにさせてくれる。第一部では、デリダの問題意識や文学観をカフカの「法の前で」読解などを通して整理する。
 第二部ではそれにもとづき、「千夜一夜物語」を分析していく。デリダの解説書としてだけではなく、文学をどう読むか、テクストをどう読むかについても触れられる一作だ。

デリダの文学観

 デリダの文学観を僕なりに整理してみると「あらゆる言説は決定不可能的な二つの意味をはらんでいる」ということになります。

脱構築

 例えば、「障害者には優しくしなきゃいけない」という言説には障害者/健常者という前提があります。そしてこの前提条件自体すでに「障害者を見下している」言い方なのです。
 また、「私は日本人である」という言い方も日本人/外国人であるという前提で言われています。どういう文脈かにもよりますが、私は日本人である、と断る以上、日本人でないかもしれない、(日本人だと見れば解る!)可能性も視野に入れなければいけないのです。
 例えば空港でパスポートを見せて、「有沢翔治 国籍:日本」と書かれてて、この発話がなされたらどうでしょう? 私は日本人である、というのは単に事実だけの描写と思われるでしょうか。わざわざ言っているということそのものが、すでに日本人ではない、という可能性も考えられます。
 この二つの例が示すようにテクストは必ず二つの側面をもっているの持っているのです。これがデリダの脱構築の要点です。

自己の代替(不)可能性

 自分は代替不可能な存在である。それは妄想でも何でもなく、<私>の意識の主体だからです。例えばウィトゲンシュタインはこの問いかけについて、歯痛を例に取っています*1。しかしもし<私>が完全に代替不可能な存在だとしたら、近代文学に描かれている主人公、もっと言えば著者自身に共感することなどできません。
 例えば太宰治の『人間失格』*2などに共感することはできないのです。なぜならあそこには太宰治個人の体験──だと思われる出来事──が綴られており、完全に太宰の<個人的>な自分語りだからです*3。しかしながら、彼の命日である桜桃忌には多くの愛読者が彼を悼んでいます。そして何よりも注目するべきことはあたかも自分のことが語られているかのような錯覚を抱いていることです*4。
 <私>の二重性が浮かび上がってきます。つまり、<私>とは代替不可能な存在であると同時に代替可能な存在であるのだ、という二重性です。
 「自己」という代替不可能な特個的存在を土台にして普遍性への回路を開く装置が、まさに「例」という思考道具である
 今、「例えば」という言葉を使いましたが、「例」という性質こそが模範を示している、とデリダは、より正確に言えば青柳悦子の読解するデリダでは重要となってきます。というのは「例えば」、太宰、「例えば」キルケゴール、「例えば」ゲーテの『若きウェルテルの悩み』……。という風に<私>の普遍性はこうした例によってしか語れないのです。
 まさにツェランの詩を分析しながら、デリダが複数の<一>を見たように。
 「一」は「一」であって同時に「一」ではない──これが実は〔デリダの読み解った〕ツェランの詩のメッセージなのだ。
 ツェランは一つの詩にいくつもの言語を用い、『デリダで読む千夜一夜』に出てくる言葉に従えば「越境」しているのです。そしてこれが第二部のインド文学とアラブ文学の「越境」というキーワードの一つとなっているのです。

デリダの生い立ち

 このようにデリダの特徴として、「私」は特個的な存在であると同時に、代替可能な存在であるというような二重性が多く語られます。僕は著者の生い立ちと著者の思想とを結び付けて考えたくはないのですが、それでもデリダの生い立ちと深く関わっているので見ていきましょう。
 デリダはフランス人です。こういう場合、ある意味で危険性をはらんでいます。なぜならデリダはフランス人ではないからです、少なくとも普通の意味においては。
 デリダは当時フランスの一部だったアルジェリア出身のユダヤ人です。したがってフランス人なのですが、フランスはナチスドイツに降伏します。

 一九三○年生まれのデリダは国籍としては「フランス人」の両親のもとで、「フランス人」として、この世に生を生けた。
 生活レベルでもフランス語を「母語」として育ったデリダは、だが、突然「フランス人」ではなくなる。(中略)ナチス・ドイツに降伏したフランス政府が〔ユダヤ人にフランス国籍を与える〕クレミュー法を直ちに廃止することになったからだ。
 また補足として付け加えなければならないのは一九六二年のアルジェリアの独立です。つまり、デリダの国籍はまさに同じ人物でありながら、フランス、無国籍、アルジェリアという風に変わっていったのです。また無国籍は「宙吊りになった」と解釈され、デリダが思想形成を展開していく中で重要な期間だったと言えます。無国籍で「無為の日々」あるが故に重要な期間! 逆説的ですがデリダの場合はその哲学からしてそうなのです。

エグザンプル

 さて英語のエグザンプルは日本語で翻訳できない概念を含んでいます*5。エグザンプルは「例」であると同時に「模範・規範」という意味でもあるのです。まさに模範となるが故に例なのですが、特徴的な要素を備えていると同時にあくまでも一つの例に過ぎません。
 例えば日付のエラーを確かめるために2月31日という日付を入れてみることがあるのですが、あるいは絶対に正の整数しか入らないところに0と-100を入れてみて、その数式の動きを確かめ(るようにし)ているのですが、この例は2月31日でなくても別にありえない日付であればなんでもいいのです。ただエラーデータだとさえわかればいいのであり、任意に選ばれた数字です。2月31日でも、4月31日でも、6月31日でも11月31日でも。4月31日だと紛らわしくありません? そういった意味で2月31日は見ただけでエラーのテストデータだと解る日付です*6。そういう意味において、模範的なデータなんですが、あくまでも一例に過ぎません。

千夜一夜

 さて上の例で明らかとなったように、デリダのテクスト論はある一つのテクストはいろいろなものが混ざり合った上で成り立っていると考えています。例えばすでに見たツェランの詩がその代表例です。

越境する物語

 『千夜一夜』はシェラザードが語るという枠物語です。その系譜はインドの伝統的な物語だと言います。つまり『千夜一夜』という物語はインドとアラビアの文学だと言えましょう。これがヨーロッパに入ったのは一八世紀。ナポレオンがエジプト侵攻をした時に起きた「中東ブーム」がきっかけだとしています。
 さて越境しているのは国だけではなく、相互の物語もある物語がある物語のセルフパロディになっているなど物語間にも越境が見られます。そもそも一つの完結した物語というのはヨーロッパの伝統的な観念だとしていしています*7。
 またハイカルチャーとローカルチャー、ポップカルチャーを越境するテクストである、と述べられています。しかしこれに関しては懐疑的です。例えば江戸川乱歩は今でこそ学術的研究の対象としての地位を確立しましたが、一昔前までは娯楽作品として見向きもされませんでした。
 あるテクストがハイカルチャー(つまり学術性を帯びた文化)になるのはその文化に親しんだ人、もっと言えば文化の中にいる人が自分のアイデンティティを求めて研究するようになるからだと思います。

偶然性・凡庸な主人公

 さて青柳悦子はホメロスの『オデュッセイア』と『シンドバッドの冒険』比較してこう述べています。
 一介の商人であるシンドバードはまったく凡庸な、その他大勢の中の一人にすぎない。彼はいかなる点でも、ほかの人たちよりも優れた特別な能力、資質を持っていない。とりわけ勇気・精神力に関しては、(中略)弱音を吐くだけの意気地なしである。
 シンドバードの冒険を初め多くの『千夜一夜物語』の男たちは、偶然性に便り、「なにもかもお膳立てしてもらう」主人公だと指摘しています。オデッセイアは機知に富み、計略の限りを尽くして、巨人のキュクロプスに対抗していますが、シンドバッドは偶然性に頼っています。
 青柳悦子はこれを彼らの宗教観に求めています。
 すべてがあらゆる瞬間に神の全能の意思によって決定されるものであるなら、人間には自由意志を持つ可能性もしたがった自己の行動に対する責任も存在しないことになる。実際、アシュアリーは人間が主体的に行為を行なうという可能性を否定している。行為主はあくまで神のみであり、人間は、神が創造し個々の人間をために用意した行為を、神のために獲得するにすぎない。
 例えば『ヨブ記』*8では悲惨な仕打ちを繰り返されながらも、神に帰依するヨブの姿が描かれています。教史的な側面で言うなら、イエス・キリストが安息日を解釈しなおしたことこそが主体が神から人への転換点であったといえます*9。
 偶然性に頼りきったシンドバードらの態度はイスラム教徒が何を普段怖れていたのかに由来しているんじゃないのかな、と。あるいはオデュッセイアの態度も普段、ギリシャ人が何を怖れていたかを表しているんじゃないのかと。
 イスラムは言うまでもなく砂漠の民で、まず怖れていたのは干魃だったろうと思います。そして干魃を乗り越えるにはひたすら偶然雨が降るのを待ち続けるしかないのです。また女性の占める地位が千夜一夜で高いのは、多くの文化で大地の女神です。これは実りというイメージが子宝と重なるのかもしれませんが、日本でも土偶として女性を祀りました。
 そして、周りのお膳立てがあって女性を手に入れる話は、農耕という「お膳立て」の元で作物を手に入れることを表していると思います。
 一方、ギリシャ人が何を怖れていたかというと侵略であり、それはアテネやスパルタとの戦いでもよく解ります。であるなら、オデュッセイアのような人物が英雄視されているのも想像に難くありません。

*1 ウィトゲンシュタイン『青色本』(筑摩書房)、および永井均『ウィトゲンシュタイン入門』(筑摩書房)。
*2 太宰治『人間失格』(新潮社)
*3 もちろんそういう面は否めないが。
*4 他にもキルケゴールの『誘惑者の日記』など読者自身と文学の主人公を重ねて読めるテクストはいくらもある。
*5 翻訳不可能性については『精神について』(ジャック・デリダ『
精神について』人文書院)参照のこと。
*6 なお僕はエラーデータを検証する際に絶対にありえない大きいデータを入力している。例えば10,000前後のデータなら1,000,000とか。これも別に1,000,000である必要は全くなく別に10,000でも構わないが、エラーが見つけにくい。
*7 この点に関しては疑問を持っている。ヴォルテールの『カンディード』(岩波書店)を見る限り、起承転結があるとは思えないのだ。そもそも起承転結という考え自体、中国の概念であり、起承転結にはthe four‐part organization of Chinese poetry(『新英和中辞典』研究社[on-line])という訳語が当てられている。
*8 作者不詳『ヨブ記』(岩波書店)
*9 柴田明彦『父親殺害
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ジャン=ポール・サルトル『聖ジュネ』(新潮社)

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聖ジュネ〈上巻〉―殉教と反抗 (1971年) (新潮文庫)

概要

 ようやく読み終わりました! 長かった……。そしてジャン・ジュネを全く読んでいない件。
 『泥棒日記』『花のノートルダム』などをジャン・ジュネの評伝なのですが、異様に分厚い。お恥ずかしながら評論だと知らずに初め『嘔吐』みたいな小説だと思って手を出してみたら……、OTL
 とサルトルが書いた評論を頑張って読んだよ、アピールはここまでにしておいて、内容をまとめてみようと思います。解らないなりに。

ジャン・ジュネについて

 さて、サルトルが取り上げているジャン・ジュネについて、詳しくまとめていくことにしましょう。

幼少期

 ジャン・ジュネは生後7ヶ月で売春婦であった母に捨てられます。サルトルはこれを、「子供であったが幼年時代から追放された」と表現しています。
 サルトルの問題意識の一つ「存在」がここで問題になってきます。「存在するとは、子供にとって、なにびとかに属すること」だからです。最初の共同体は家族であるのですが、僕はジュネが二重の意味で所属していないと解釈ました。
 つまり売春婦の子供だから公にはできない社会的なことと、7か月で捨てられたという物理的な側面において。そして、恐らくですがまるで『創世記』の楽園追放に出てくるアダムとイブのような気持ちをジュネは味わっていたのでしょう。
 その証拠に、幼児期の精神分析において、母は万能の神で絶対的なイメージとして捉えられます*1。通常の発達段階では反抗期などを迎え、だんだんと離れていくのですが、ジュネが捨てられたのはまだ7ヶ月です。
 だからこそ逆説的に、大人の反感を買いにくい子供へと成長していったのだと僕は思います。
 馬鍬や鍬のように忠実で、乳牛のように純粋な少年なジュネは敬虔に成長していく。(中略)要するに絵にかいたようなよい子なのである。このような〈善〉は簡単だ。
 大人から見捨てられたくないから大人の規範に従う……。
 しかし、ジュネは女性を「罪深い女たちを大勢書物の中で登場させる」とあるように、心の奥底では憎んでいたようです。そしてこれがサルトルの指摘する〈罪深い母親〉のイメージにつながっているのでしょう。

青年期──感化院時代

 成長するにつれ、ジュネは自己のイメージと周りの評価のギャップに苦しむようになります。これ自体は誰にでもありますが、ジュネの場合は嫡出子でありながらも敬虔なキリスト教徒であるというギャップです。
 一般的には清廉潔白である彼は、一個人としては怪しいものであることを予感する。(中略)ジュネには母もなく、遺産もない。どうして彼が清浄でありえようか。
 つまり、「姦淫するなかれ」という掟を破った不浄の関係から生まれた子供でありながらも、敬虔なキリスト教徒である、という自分に強い違和を抱くのです。
 そこで取った方法は、仮象の自分(つまり社会の目から見られてる自分)と〈本当の自分〉を区別することだったのです。「意識はそこで意識が現れること以外の存在、すなわち自らに現れる限りにおいてしか存在しないことを発見する」という一文があります。
 解説には「仮象とはつねに意識の実存の仕方にほかならず、つねになにものかの意識である人間の意識の存在の仕方そのものである」*2とありますが、見られているという自分の意識があるから「見られている」のです。当たり前のことですが、このように意識はつねになにものかに向いているのです*3。
 ジュネの意識は「見られている自分」に向いているのであり、経験なキリスト教徒である〈自分〉は〈本当の自分〉ではなくなります。

泥棒時代

 さて、ジュネはありとあらゆる悪徳をしますが、その理由は「人間に対する恨み」です。
 捨子である彼は、人間に対する恨みによって非人間的なものに到達することを望んだのだ。ところが世人は彼をそういう非人間的なところに投げ込んだ(後略)。
 ここでいう捨子という意味は先に述べた二重の捨子──社会的に、かつ物理的な──であり、「人間に対する恨み」、「他者への恨み」は母親への恨みと同一視できると思います。
 母親は子供にとって最初の〈他者〉であり、感化院で出会った親代わりの女性も規則を植え付けるだけの存在でした。
 このようにジュネは人間へ敵意を抱いていたので、自分は「人間の条件を乗り越えて」、神になろうとします。だから泥棒、男色などとキリスト教の教義に背く行ないをしても許される、と思っていたのです。だって自分は万能の神なのだから、道徳を作ることくらい容易いことだとジュネは思ってました。
 しかし、世人はそんなジュネの要請を断わり、「人間性以下のところに彼を追いやった」のです。

作家時代

 さて、ジュネは『泥棒日記』を表しますが、それは「自分を理解させようとする企て」によるものです。散文(だけでなくあらゆる言語は)意志疎通の意図から生まれるのですが、ここで初めて〈独善的〉なジュネは〈他者〉との意志疎通を図ろうと試みます。
 彼は公衆の面前で自作の詩を読みあげるのですが、ジュネは〈他者〉を意識しない存在です。つまり「このような決断をするいかなる理由ももっていなかった」のです。サルトルはこの理由を次のように語ります。
 仕草以外のことに関心がない次期に、創造者としての最初の行為を果たしえたのは、それが彼にとってひとつの仕草として提示されたからにほかならない。
 つまり、ジュネにとっては「詩を読むこと」も詩作も一つの「仕草」であり、パフォーマンスにすぎないのです。
 しかし作品を書いていくうちに、具体的には『花のノートルダム』を書いていくうちに、「自分自身よりも読者本位」でなければいけないことを発見するのです。読者を〈他者〉と見なした場合、〈他者〉を正しく意識するようになったといいます。
 サルトルはジュネが書いた『花のノートルダム』の「混乱が生じないように」という部分を強調しています。この一文でサルトルは読者を気にするようになったと思っているようです。

サルトルの問題意識

 さて、サルトルの『聖ジュネ』は見てきたように、端的に言えばジュネが社会的に更生し、実存を回復するまでを追った評伝です。実存とは「現実存在」を短縮した言葉で、「今、現実存在している〈私〉」を扱う思想です。

人間は本質的に自由だが

 ジュネは生まれつき自由に生きていたが故に社会から疎外されています。その一方で人間は本質的に自由な存在だとされてきました。本質的に、とはジュネみたいな生き方ができるという意味です。
 しかし、人間は自分勝手に生きられません。それは他の実存(つまり〈社会〉や共同体)と生きていくために必要な要素だと思います。
 当たり前の結論なのですが、人間は本質的に自由なはずです。何でルールがあるのかという問いかけの一つの答えになると思います。どうしてルールがあるんだろう、という問い掛けに僕はあまり関心がないので、「で?」と思いました。より厳密に言えば僕はサルトルのように〈社会〉とか目に見えないものはフィクションだと思っています。
 僕は1対1の関係で考えています。人間は本質的に快楽を求める生きものですが、それは他の人*4が手伝ってくれる前提となっています。つまり人間は万能ではない、という当たり前のことが僕は前提となっています。つまり誰かの助けを求めるのです。
 さて、求めた方は腰を低くしなければいけません。だって断わられたら困るのは自分なのですから。これだと社会という概念を持ち出さなくとも1対1の関係で説明できます。 また社会倫理という可変(例えばアメリカでの倫理観と日本での倫理観は違います)的なものではなく、このように考えれば普遍性を持ったものになると思います。

社会参加

 僕は基本的に引きこもりなので、社会に参加して社会を変えようとする気はさらさらないのですが、というかそんな気力があるのなら本でも読んでますが、サルトルのテーマの一つに社会参加で実存が回復する、というものがあります。アンガージュマンと言います。ルサンチマンと区別がつきませんが。聖ジュネ〈下巻〉―殉教と反抗 (1971年) (新潮文庫) 具体的には投票したり政治運動に参加したりとかですね。サルトルは哲学者・思想家ではなく政治運動家だと思っています(だって後期は軸がぶれまくってますし)ので、社会参加云々はある程度納得がいくんですが。
 あと水いらずは面白いし、交友関係もいろいろと話題が尽きませんが、とにかく思想家としてのサルトルは苦手ですね……。というかなんで60年代にサルトルが流行したのかが解りません><

*1 ウィニコット『情緒発達の精神分析理論』(岩崎学術出版社)。またラカンの提示するファリックマザーなども万能の母というイメージにつながってくる。
*2 平井啓之「解説」(ジャン=ポール・サルトル『聖ジュネ 下巻』(新潮社)
*3 フッサール『デカルト的省察』(岩波書店)も参照。
*4 〈他者〉と書くと抽象的な概念になるので、ここでは具体的・個別的な人を現すものとして他の人ということばを用いた



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ミハイル・バフチン『ドストエフスキーの創作の問題』(平凡社)

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ドストエフスキーの創作の問題: 付:「より大胆に可能性を利用せよ」 (平凡社ライブラリー)

バフチンの問題意識

 何を思ったか急にバリバリの文芸評論に手を出した件。おかしいな、バフチンなんて縁がないと思ってたのに。雨で調子が狂ってたんだよね、きっと!
 文学部卒業なのにバフチン読んでない、というか縁がないとのたまう辺りどうかしてるけど。というか文学部卒業なのに「村上」という姓で春樹でも龍じゃなくて「村上陽一郎」を思い浮かべる辺り色んな意味で狂ってる。
 さて、そのミハイル・バフチンですが、ロシア・フォルマリズムを確立した人なんです。要するに内容なんてどうでもいいから、文体(フォルム*1)に注目するというもの。
ドストエフスキーの創作は、これまでは狭いイデオロギー的なアプローチと解明の対象であるドストエフスキー(より正確にはドストエフスキーの主人公たち)の宣言の中に直接表現されているイデオロギーのほうに関心が向けられてきた。(中略)とてつもなく複雑で新しい小説構成を規定しているイデオロギーのほうはいまだに解明されないままにある。
 「とてつもなく複雑で新しい小説構成」こそ『ドストエフスキーの創作の問題』で論じられてるポリフォニーです。

文芸評論の行き詰まり

 つまり、思想の分析は行き詰まりを見せていたのです。そこでバフチンたちは文体に注目したのです。「現代人の科学的意識は《蓋然性の世界》の複雑な諸条件のなかで自分を位置づけることを習い覚え、《不確定性》にもいささかも動ずることなく、それを算定する力を持っている。(中略)その計算体系の複雑さもとっくに慣れっこになっているはずなのに芸術的認識の領域にあっては依然として、あえて真実ではありえない粗雑素朴きわまりない確実さが要求されている」。この一文がバフチンの問題意識をさらに明確にしているかと思います。

弾圧

 ロシア・フォルマリズムはスターリン政権下で弾圧を受けるのですが*3、これは当然って言っちゃ当然なんですよね。だって、演説の内容よりも演説の語られ方が大事だって言ってるんですから! うがった見方をすればスターリン批判としても受け取れます。
 いや、不確定性云々言っている時点ですでにソビエト批判につながってくるのですから。というのも共産主義は必ず、共産主義社会が訪れるという思想で動いています。それを「蓋然性」、つまり起こる可能性が高いというふうにずらしてしまったのですから!
 スターリンを始め多くの共産主義の指導者は、自分が共産主義を導くんだという唯物史観で威厳を保っていました。しかし可能性で論じられては権威が失墜します。

ポリフォニー

 バフチンはドストエフスキーの文章をポリフォニーという角度から切り込んでいます。それではポリフォニーとは何でしょうか? バフチンはオットー・カウスを参照しながら、多次元的な対話と語っています。
 同等な権威をもったイデオロギー的立場が複数存在することや、素材が極度に非均質的であることが、ドストエフスキーの基本的特徴であることは、オットー・カウスもその著『ドストエフスキーとその運命』のなかで指摘している
 例えば『カラマーゾフの兄弟』では、無神論者のイワン・カラマーゾフ、敬虔なアレクセイ・カラマーゾフなど、大局的な思想をもった登場人物が登場します。しかも作中ではどちらか一方に肩入れすることなく同等に扱っている作品構成がドストエフスキー作品に特徴的だとバフチンやカウスは指摘しています。

プロレタリアートと資本家

 カウスは資本主義でのみポリフォニー小説は成立しうると考えているようです。「資本主義は、プロレタリアートと資本家への区分け以外にいかなる他の区分けも残さず、(中略)矛盾をはらんで生成していく統一体のなかで衝突させ、絡ませた」とあるように、ポリフォニーを資本家とプロレタリアートから生まれた、と解釈しているようです。
 この辺り、いかにもソ連もいうべきなのか、時代柄ともいうべきなのか、共産主義っぽさがカウスの説には漂ってくるのですが、バフチンは「もっとも説明すべき事実を明らかにしていない」と批判しています。「なじみのモノローグ的統一性を欠いた、こうした多次元的小説の構築上の特性」こそ明らかにするべきだとバフチンは語っているのです。

トルストイ、ゲーテとの比較

 バフチンはトルストイやゲーテとの比較を行なっています。バフチンによればゲーテは「なんらかの単一の発展をさまざまな段階ととらえ、現代の発展を過去の痕跡、現代の頂点あるいは未来の傾向を見てとろうとしている」とあります。
 これは例えば、『若きウェルテルの悩み』*4でウェルテルが最後、自殺してしまう現象を人妻との恋愛という過去の痕跡に見て取っています。一方、ドストエフスキーは物事を同時的にとらえ、相互関係を重要視しているといいます。
 一つ気になったのがバフチンはトルストイも同時性の中で捉えているわけではないと述べています。しかし『光あるうち光の中を歩め』*5を読むと、冒頭、「閑人たちの会話」は同じ権威を持ってる(つまり作者はどの登場人物にも肩入れしていない)点でポリフォニーとよく似てると思うんですけど。

他者の思考

 『カラマーゾフの兄弟』はイワン、アレクセイ、アリョーシャ、ドミトリーの四人が織りなす「多元的」で、「同時的」な四人の対話を浮き彫りにしていますが、登場人物が一人の場合、ポリフォニーはできないのでしょうか?

地下室の手記

 バフチンは『地下室の手記』*6を例示もポリフォニーになっていると語ります。「そうとも、八十まで、だって生き抜いてやる。いや、ちょっと待ってくれ。ひと息つかせてくれたまえ……(強調は有沢による)」とありますが、この最後の行は誰に向かって話しかけているんでしょうか? 『地下室の手記』では語り手が延々と地下室に閉じこもった理由を書き連ねています。
 なら誰も読者を想定していないはずですよね。なのに、「第三パラグラフの終わりには、もはや他者の反応のきわめて特徴的な先取りが存在している」とあるように、過剰にまで読者を気にしている文章だとバフチンは指摘しています。
 こんなことを言うと、諸君、何かこうぼくが諸君に向って悔悟している、いや、許しでも乞うているようにとられるかもしれない……、いや、きっとそう取られているだろう。もっともはっきり断言しておくが、たとえそうとられたとしてもぼくにはどうでもいいことなのだが……
この『地下室の手記』のくだりをフロイトの意識の流れでも、読者を意識したメタフィクションとしてでもなく、バフチンはポリフォニーとして読んでいるのです。

<自意識>

 言い換えれば、『カラマーゾフの兄弟』でのイワンたちの対話と、『地下室の手記』の分裂し、他人を気にしている<ぼく>の自意識は似ているとバフチンは指摘しているのです。『地下室の手記』は<ぼく>の肥大化した自意識を扱う物語はいうまでもありません。
 <ぼく>の意識は一つだと思われがちです。しかし、ポリフォニーをバフチンの定義する通り、同等の権威やイデオロギーの対話とすれば、<ぼく>の自意識そのものがたえざる対話を繰り返している、といえるのではないかと僕は思います。

*1 フォルム(form)はフォームのフランス語読みで「形式」を意味する。
*2 ジグムント・フロイト「ドストエフスキーと父親殺し」(ジグムント・フロイト『ドストエフスキーと父親殺し』光文社)
*3 Wikipedia「ロシア・フォルマリズム
*4 ゲーテ『若きウェルテルの悩み』(新潮社)
*5 トルストイ『光あるうち光の中を歩め』(新潮社)
*5 ドストエフスキー『地下室の手記』(新潮社)


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東浩紀『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社)4

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ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)

要約

 オタク文化を中心にライトノベル、美少女ゲームといった素材を分析して読み解いています。議論の土壌は大塚英志の『物語消費論』です。これは小説の消費者がその物語のキャラクターを使って新しい物語を作る、という理論。この大塚で俎上に上がってるのがビックリマンシールや都市伝説でした。
 しかし東はこれをライトノベル──ここでは具体的には桜坂の「All You Need Is Kill』や舞城王太郎の『九十九十九』──に当てはめて、メタ物語というポストモダン独特の文化を表わしていきます。
 メタ物語とは本書の重要な概念の一つです。本書のオタク文化についての東が述べている主張は、キャラクターや物語のデータベースの中から好きな組み合わせで新しい物語を作っているのである。そこが作家個人の体験を基盤においた自然主義文学との違いである、と。そしてそのデータベースをも含めた物語世界がメタ物語なのです。

ラノベの読み方

 本書での中心テーマである、ライトノベルの読み方は作者の意図とは関係なしに読まれることを前提として、話が進んでいくのです。
 作者の言葉を借りれば環境分析です。まず従来の文学論について東は「自然主義的な読解は作家がある主題を表現するためにある物語を制作し、そしてその効果は作品内で完結していると考える」としています。しかし、これは作品論的な読みです。このような読みしかできないのなら戦後の日本文学のほとんどが成立しえません*1
 確かに明治では「自然主義」の、つまり東が言うようにテクストは作者の悩みそを映し出す鏡である、と言う文学観が主流でした*2。それは西洋絵画の写実主義の影響なんですよ。
 だから東はライトノベルは読み方を「環境分析」に変えるべきと主張しています。しかしむしろ戦後の純文学においても通用する広い読み方で、別にライトノベル特有の読み方ではないはずです。
 もし仮にライトノベルを「作家のテーマとは関係なしに読まれるもの」だとしたら次のような反論が成り立ちえます。それは電撃文庫から出ている『キノの旅II』において、
「僕は……戦争に行きたくない……」
 小さな声で〔子供は〕言った。キノが両親に向かって、
「戦争に行かすかどうかもふくめて、もう少し三人で考えてみたらどうですか?」
 すると両親が、同時にキノに向いた。憮然とした表情でキノを睨みつけ、
「あなたねえ、他人の教育方針に首を突っ込まないでもらえます」
「そうですわ。これは私達の問題です。私達は子供の将来を真剣に考えているんです」(時雨沢恵一『キノの旅II』「過保護」角川書店)
 「戦争」の比喩で表わされることがらは読者の読みに委ねられる。しかし子供への過保護が余計に子供を不幸にする、という共通認識でもあり「作者の意図」であることは確かなように僕には思えます。つまり作者のテーマを読み解く「自然主義」のアプローチというが初期のライトノベルにおいては確保されていたのです*3。
 ここで彼の参照している大塚の論理も危うくなってきます。彼は、
 ライトノベル以外の小説をすべて、現実を「写生」するものだと捉えている。ミステリやSFは非現実的な事件を描くがそれはあくまでも現実の写生を前提としたうえで、そこに違和感をもちこむ手法だというのが、彼の考えだ。それに対して、ライトノベルは、アニメやコミックという世界の中に存在する虚構を「写生」する点に特徴がある。
 とありますが、明らかに前出の『キノの旅』は大塚や東の言う「現実の写生」に近くはないでしょうか?

ポストモダンとポストモダニズム

 本書ではポストモダニズムとポストモダンを明晰に区別してますが、ライトノベルはポストモダン的であって、必ずしもポストモダニズムを信仰しているとは限らないといいます。「オタクはポストモダン(という現象)が生み出した集団だと言えるが、それは必ずしもポストモダン(という思潮)を信じていることを意味しない」と東浩紀は言います。
 そもそもポストモダンと一口に言ってもその思想内容はさまざまですが、本書で扱っているのはリオタールを軸として展開されます。
ポストモダンにおいても、近代においてと同じく、無数の「大きな」物語が作られ、流通し、消費されている。そして、それを信じるのは個人の自由である。しかし、ポストモダンの相対主義的で多文化主義的な倫理のもとでは、かりにある「大きな物語」を信じたとしても、それをほかのひとも信じるべきだと考えることができない。
 つまり、ライトノベルならライトノベルを一つの「文化」として許容することで純文学との差異を発見しましょう、というのが本書のもくろみです。

ライトノベルの特徴

 さて僕は「ラノベ」と「ライトノベル」を明確に区別している。ライトノベルなどのサブカルチャーに長年親しんだ僕にしてみたら、先にあげたキノの旅や西尾維新の『化物語』と『ふるめたるぱにっく』や『まじかるあんてぃーく』と一緒にするのは大いに抵抗を覚えます。
 何の根拠もなしに、単なる印象を承知で言えば、スレイヤーズを一つの基軸として大きく変化したように思えます。それは東が分析しているような感情がむき出しの文章でも文体の稚拙さといった形式的な問題ではありませんし、東が語るような誰に向けてのメッセージか解らない、宛て先不在であるがゆえに乱反射しているようなあてさきでもありません。
 感情むき出しの宛て先不在のメッセージは、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』などにも見られる傾向です。
もしも君が、ほんとにこの話を聞きたいんならだな、まず、僕がどこで生まれたとか、チャチな幼年時代はどんなだったのかとか、僕が生まれる前に両親は何をやってたかとか、そういった《デーヴィッド・カパーフィールド》式のくだんないことから聞きたがるかもしれないけどさ、実をいうと僕は、そんなことはしゃべりたくないんだな。
 この君(you)が精神科医なのか友だちなのか、はたまた架空の相手なのかはっきりしていないまま、ホールデンの自分語りは進むんですけど、この君=読者だという読み解きも可能ですよね。その場合は東浩紀のライトノベル固有の特徴の一つとされている宛て先の乱反射はラノベ(もしくはライトノベル)以外でも起きていることになります。
 ラノベ(ライトノベルではなく「自然主義的な読解」が成り立たないラノベ)の問題意識は前述したポストモダンに生きていながらポストモダニストでない彼らの姿勢にあると思うんですよ。例えばラノベ作家の中で彼が基盤としているデリダやボードリヤールを読んだことがなくとも東浩紀や斉藤環の名前を知っている人がいるだろうか?
 しかしそれを差し引いてもなお、☆4つをつけるのはライトノベルを本格的に分析の対象にした試みだからです。ライトノベル研究の文献は非常にすくなく、彼が『ゲーム的リアリズムの誕生』を書く上で大いに参照した大塚やラカンに依拠している斉藤環を除いては本格的な研究成果はまだまだ本格的な研究はなされてないように思います。もしかしたら僕の探し方が悪いのかもしれません。何か適切な文献があったらご教授下さい。

ボーカロイド

 さて東が本書で述べられているいった背景を考慮に言れれば、オタク文化で初音ミクが受けるのは当たり前と言えると思います。東が議論の土台としている大塚は別の著作『「おたく」の精神史』でビックリマンシールやサンリオのキャラクター、あるいは都市伝説を分析しています。いわく、キャラクターが先にあって、消費の過程で物語が付加されていく、と。
 また大塚はアイドル、岡田有希子の自死も俎上に挙げて80年代を論じています。見られる自分のみが肥大化し、内面との区別がつかなくなった。というよりは内面がなくなったことを理由としてあげています。
 ボーカロイドは「ヤマハが開発した歌詞とメロディーを入力するだけで歌声を合成する技術、およびそれを応用したアプリケーションソフトウェア」*4で、当然、内面がありません。初音ミクというキャラクターのみがいて、そこにユーザーが「物語」を作りあげていくという構図になっています。したがって、大塚や東が指摘するようにキャラクターが存在し、物語はそのキャラクターが流布し、1.消費されていく過程で作られていく2.内面のないアイドルという二つの条件を満たしている、と思われます。

ミステリーもデータベース化されている

 さて僕が東や大塚の「データベース消費論」を無視できないのは、ミステリーもデータベース化されてしまっている、という点にあります。確かに、本書でもデータベースの例として清流院涼水の『コズミック』やら舞城『九十九十九』があがってます。また僕のミステリー仲間は、本書を参照しながら新本格全体がデータベース化しているという考えを発表しています*5。
 しかし僕はもう、コナン・ドイルの段階でポーやルコックといった既出の探偵が出てきて、データベース化は始まっていたと思うのです。そしてそのデータベースを完成させたのがディクスン・カー『三つの棺』の「密室講義」だと思うのです*6。
 そしてそれが行き詰まって東の言うところの「自然主義文学」に立脚しようとしたのが、レイモンド・チャンドラーなどのハードボイルドなのです。しかし、やがてハードボイルドも酒、セックス、麻薬などといった具合に記号化され、データベース化していきます。
 それをまた引き戻したのがロス・マクドナルドなんです。こういうわけで、自身のミステリという分野もデータベース化してますので、他人事のように思えないんですよ。大げさに言えばミステリをもう一度、自分の悩みに引き寄せて書く方法を模索中なんですよ。
 ここで一つ、瑣末ながら疑問が残ります。メタミステリを「推理小説そのものの形式を作中で利用したミステリ」と説明しています。そして一例として「作家自身が犯人だった」というものを挙げています。しかしこの定義ではメタミステリを十分に定義したとはいえません。もちろん東のここで述べられている論自体に支障はきたしませんが、これでは叙述トリックも内包されてしまいます。そして叙述トリックの起源は20世紀初頭にまで遡ります。また、谷崎潤一郎もある犯罪小説の中で叙述トリックを使用しています。
 ではメタミステリとは一体なんなんでしょう。その前にメタフィクションの説明をしなければいけません。それは小説の世界の外にまた世界があることを登場人物たちが自覚し、行動するフィクションのことです。メタミステリは謎解きの証拠に小説の外部の情報(例えば自分が小説の中の登場人物であること)を使うミステリのことです。

疑問点

 しかし、ここで疑問が残る。本格探偵小説がデータベースである点は笠井が『探偵小説序論』の中で述べている。しかし、東の主張だとデータベース消費はポストモダン以降に、つまり一九七〇年代に起こった潮流だとしています。
 またミステリー史においてコナン・ドイルが果たした役割はポオが発明した推理小説という分野の普及という面もあります。しかし、数々のパロディ及び二次創作の土壌になっています。しかもその初期の頃から、モーリス・ルブランが自身の作品『ルパン対ホームズ』でコナン・ドイルが生み出したホームズを転用しています。結局、これはドイル自身からのクレームで「ホーロック・ショルメス」としたのですが、事実上の二次創作、つまり本書の定義する「キャラクター小説」の条件の一つ「転用」を満たしています。
 つまり探偵小説では最初期のころから既にポストモダン特有の現象とされている「キャラクター小説」に片足を突っ込んでいるような作品群が現れていたんです

*1 「文学と現実の関係が「透明」だと信じられてきた」のなら安部公房の『砂の女』などのシュールレアリズム批評は成り立ちませんし、村上春樹の『羊をめぐる冒険』、『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』などがあれほどまでに絶賛されることはなかった、と思います。
*2 東が引いている田山花袋はその代表とも言える作家です。私を語ることで内なる「私」を見つける、という前提が「私小説」の前提としてあります。
*3  ここで確認しておきたいのが、そもそも『キノの旅』はライトノベルなのだろうかという点です。東の定義する「文学から少し距離を保った位置にあり」、「マンガ的なイラストが添えられていて」、「中高生を読者層に想定している」などの要件は全て満たしていますし、世間一般では恐らくライトノベルとして読まれているので、ライトノベルと扱って間違いないと思います。
*4 VOCALIDより引用。
*5 すみません。前は公開されていたのですが、今は公開していないみたいですね
*6 はからずもこの著作においてギデオン・フェル博士は自身が探偵小説の中の人物だと意識しています。なので東がオタク文化の特徴として指摘しているメタフィクションの構図は満たしています。

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大塚英志、東浩紀『リアルのゆくえ』(講談社)2

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リアルのゆくえ──おたく オタクはどう生きるか (講談社現代新書) 

要約

 サブカルチャー論(ゲーム、2ちゃんねる、ラノベなどのオタク文化)批評を代表する二人の対談。二人の考えの違いがよく現れています。批評の公共性、知識人の責任などを論点に議論を交わす。

すべてがサブカルチュアになる


 東浩紀は一世代前の批評家、大塚英志に「一種のエミュレート」として語る。
デリダ論でもそうだったんだけど、背景となる知識や大前提がなくても、ある題材が与えられれば、その内部で整合的に話がつながるように読み方を捏造するというか、そういう感覚がある。
 確かに彼の『動物化するポストモダン』を読むと、ボードリヤールなどの概念を「エミュレート」してきているような感覚である。つまりその本の中で完結してしまっているのです。
 しかしこれは果たして東浩紀だけの問題なんでしょうか。笠井潔も小森健太朗も、あるいは西田幾多郎もエミュレートしている感じがするんですよね。それこそコピーこそがオリジナルになっているという逆説を大塚が『「オタク」の精神史』で指摘しています。
 抽象論ばかりでもいけませんので、例えば仏教やキリスト教などを考えてみます。あるいは明治維新があんなに早くできたのは、東の指摘するエミュレートの才能が日本人にあったからだと思うんですよね。
 ただゼロアカ道場とか見てると、みんな自分の説をヘーゲルだとかで権威づけ──東の言葉を借りればエミュレーションしてるしてるだけの印象があります。これはすごい危険なことだと思うんですよ。言葉だけが浮遊してて自分でも何がなんだか解らない上にシロウトさんは東浩紀の、あるいはそこに登場する哲学者の権威、知名度でしか判断できない状態になってしまうと思うので。
 「僕の一〇才下の世代はずたずたになってしまう」と述べていますが、変に補強したせいで、まるでソーカルが指摘したのと全く同じ状況が起きてるわけです。一回、特にサブカルチュアなんかは作り手がサブカルチュア以外のものを読まなきゃいけない。僕の実感としてはサブカルチュアとハイカルチュアの区別なんかは等価とかは思いながらも、心のどこかではクラシック音楽や純文学をハイカルチュア、マンガやゲームなどはサブカルチュアという意識が働いています。
 その証拠として、それこそデリダではありませんが、言葉が分かれていること自体、もうサブカルチュア/ハイカルチュアのすみ分けがなされているような気がします。そりゃまあ僕だって基本的には赤川次郎もドストエフスキーも同じノリで語ってますけど。それは観点の違いによるものであってハイカルチュア/サブカルチュアの構造が未だに強く残ってるような気がします。

覇気がない東と苛立つ大塚

 なんか覇気がないんですよね。東に。『動物化するポストモダン』やエヴァ論の古典となった『郵便的不安たち』なんかは「エミュレート」してやろうという覇気は感じられました。またデリダの「つまづきの石」を探る試みである『郵便論的、存在論的』は難解でしたが、おもしろく読めました。
 しかし自分でなんとか新分野を開拓しようという意志が感じられないというか、自分の新しいテーマが見つからない、という印象を受けました。いや、案外早く新分野が開拓できたから、もうその必要はなくなったという印象を受けます。

責任

 社会的責任とデリダ的責任に分けてみようと思います。社会的責任は損害賠償なり謝罪なりの話。デリダ的責任というのは、道義的責任とはまた違うんです。一つの行動を起こしたのなら、それに関わった全ての人々の言葉。よく、僕なんかでもそうなんですけど、無自覚に人を傷つけてしまいます。冗談半分で言ったのに相手を傷つけてしまうことは学生時代はありましたし、今でもあるかもしれません。
 例えば悪意なく「貧乏臭いことしやがって」*1と言ったとします。それで数日後、それを根に持った彼が何か軽いイタズラを仕掛けたとします。この場合、社会的責任はありません。そして道義的責任もおそらくはお互い様ということになります。しかしデリダ的責任は間違いなく「貧乏臭いこと……」と言った方にあります。これが発端でイタズラが発生したのですからね。
 なんでこんなことを言うかと言えば、責任についてお互いの認識が食い違っているような気がするのです。しかも東浩紀は責任をどう果たしていくのかと詰め寄られたら……まぁ仕方ないのかもしれませんが社会的な責任を連想してますよね。デリダ的な責任ではなく。あんた、デリダで博士号もらってるんだから、責任についてもっと自覚的にならなきゃいけないよ、と思うんですけどねぇ。

議論は平行線

 さて、この二人の責任論や公民論は平行線をたどります。やっぱりこのあたりが大げさに言えばモダニスト大塚とポストモダニスト東の考え方の根本的な差異です。つまり大塚は、国を動かすのは国民であるというスタンスの元に話が展開していきます。リオタールの指摘した「大きな物語」を信じているのです。統一的な価値観と言っていいかもしれません。
 しかし、ポストモダニズム(フランス現代思想)はそれが崩壊して、「小さな物語」が林立しているのです。だから繰り返すように「技術論的な側面」を追及し、いかに再分配のシステムを構築していくかが鍵になるだろうと予見しているのです。じゃあ批評の意味ないよね? と挑発する大塚に「ええ、ありませんよ」と開き直るあずまん。そしてこう言います。批評はもう公的なものではなく私的なものになってしまったと。そしてそれは情報があふれる社会の中では仕方のないことである、と。
 大塚によればそれを先導していくのが知識人や批評家ではないのか、と言います。ここがポストモダンの東と知識人の「神話」を信じている大塚の違いだと思うんですよね。

*1 たぶん男同士ならこの程度のことは日常会話でしょう。

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有沢翔治について

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