藤原親安が写したという日蓮聖人の画像。1281年、日蓮聖人60歳の姿であるといわれています。
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日蓮についての本を読んでいる。原典にも少しくあたっている。

いままで、日蓮関連について折節考えることもあった。

1.日蓮宗関連の葬儀参列(他宗と異なる独特のものがある)
2.鎌倉仏教について考えるうえで不可欠な人物
3.法華経関係の本の系譜から

3.については、聖徳太子、空海関係の本を読んできて、法華経についての本は当然ながら、多く眼にすることになる。法華経は、文章が華麗で、内容は深遠。難解さはあるものの、凝縮された「知」の書としても超一級。

4.石橋湛山との関係において

さて、今回の切っ掛けはこれである。石橋湛山の屈強なリベラリズムを考えるうえでは、湛山の日蓮への深い帰依は避けて通れない。

日蓮といえば、まず誰でもが連想するのは「立正安国論」である。しかし、それは前年に書かれた「守護国家論」を再考したもの。
手元にあるのは戸頃 重基 , 高木 豊 (編著) 『日蓮 守護国家論・報恩抄 (原典 日本仏教の思想 9) 』(1991年、岩波書店)。ここでは日蓮の主要著作を収めているが、その〈書目〉は、守護国家論,顕謗法抄,観心本尊抄,撰時抄,報恩抄,下山抄,本尊問答抄,諫暁八幡抄,南条兵衛七郎殿御書,法花題目抄,金吾殿御返事,転重軽受法門,四信五品抄他であり、「立正安国論」は独立では掲載されていない。

さて、「立正安国論」にせよ「守護国家論」にせよ、文書の性格としては宗教的政策提言である。その内容のエッセンスは、次のとおり。

 近時、地震、暴風雨、飢饉、疫病などの天変地異があり人々は苦しんでいる。何故か?その原因は人々が正しい法である法華経よりも、法然の浄土宗などの邪法を信じているからである。よって、このまま浄土宗などを放置すれば国内では内乱が起こり外国からは侵略を受けると唱え、逆に正法である法華経を中心とすれば(「立正」)国家も国民も安泰となる(「安国」)とする。

 正法たる法華経の根拠は別に考えるとして、当時の為政者や一心に念仏を唱える信者が怒り、日蓮を排撃するのは理解できる。それまでの価値観を根底からくつがえし、浄土宗よりも日蓮のほうがよい、という「相対観」ではなく、日蓮の教え(法華経)を「絶対」として、浄土宗を信仰すれば無間地獄に落ちるという一神教的な裁断を下したわけだから、その衝撃は大きかった。「あれもこれも」ではなく、明確に「あれか」「これか」を迫り、かつ、そこには曖昧さを許容しない強烈さがある。