日蓮像
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日蓮のもっともドラマティックな逸話といえばやはり「四大法難」を切りぬけてきたことではないか。その不撓不屈の意志力に感嘆し、連座して命をおとした弟子の悲劇に思いはいたる。また、日蓮の死後、その衣鉢をつぐ弟子たちの受けた弾圧、受難の凄まじさは師をしのぐものもあった。

【四大法難】
http://www8.plala.or.jp/bosatsu/nitiren.htm
【日蓮の弟子】
http://amigokamakura.sakura.ne.jp/ishibumi/606-nichiren-amagoi/deshi/deshi-keizu.html

鎌倉をそぞろ歩いていると、日蓮ゆかりの史跡によく遭遇する。この町を日蓮は歩き、他の流派の仏教徒や信者と軋轢をおこし、幕府ににらまれ迫害をうけ、しかし、幾度となくそれを撥ね退けて確実にみずからの地歩を固めていった。

なぜ、日蓮は生命を奪われなかったのか。法力というべきか、おそらく近くで接すれば、とてつもない生命力のオーラを発していて、この僧侶を惨殺した場合の強烈な祟りを為政者も執行者も畏れたからかも知れない。多くの日蓮像の屈強さには、「斬れるものならば切れ」といわんばかりの迫力ある精神的なバリアを感じさせるものがある。

聖徳太子は最高権力者であった。空海は当時の権力者を篭絡し(この言葉が不味ければ威嚇し)真言宗をたちどころに国教にまで高めたスーパースターだった。しかし、日蓮は市井にあって底辺から布教につとめた一介の僧であり、そこが現代にいたるまで、社会的に恵まれない人々、貧困にあえぐ人々にとっては自然に「共感」と「畏敬」の気持ちを抱かせるものがあるのだろう。

【空海論】
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しかも、権力に対して距離をおく立場ではなく、疎まれ弾圧されつつも、権力に向かって堂々と持論を展開し臆するところがない。三度、権力にたいして、その執政を叱り、これが受け入れられずと知るや決然として身延山に籠もる。その見事なる処世も「四大法難」と同じくらいに鮮烈な印象をあたえる。