春風亭昇々ブログ

落語家、春風亭昇々のブログだよ!ゆっくりしてってね♪お知らせ、ネタなどいろいろあります。

プロフィール
LINE公式アカウント

昇々壁紙!無料!
あなたは アクセスカウンター 番目の訪問者です。キリ番ゲットしたあなた!どこかの記事のコメント欄に何か書いてってね!

落語会等の最新スケジュールはこちら

事実上のオリンピック選考会を兼ねたフルマラソン大会の35km地点、残りの距離7キロ強という地点で、地元出身の優勝候補である柴田はしゃがんでいた。しゃがみながら、ふーっふーなんて息をして顔を歪めていた。
オリンピック男子マラソンで久しぶりにメダルを取れそうとまで言われていた柴田のアクシデントに、沿道のギャラリー達はざわついた。
そこへすかさずコーチである小泉が走り寄って来た。
「柴田!どうした!」
柴田はうずくまって下を向きながら答えた。しかしそれは小泉の意表をつくものであった。
「俺・・・乳首が・・・・痛えっす・・・」
「ちくび?」
思わぬ単語が出て来て、流石に何人ものオリンピック選手を輩出し、メダル請負人と言われた小泉も戸惑った。
しかし刻一刻と時は過ぎていく。とにかく事態を改善し、走れる状態を作ってやることがコーチである小泉の勤めであった。だから結構戸惑っていたけど、戸惑っていないふりをした。
「どんな痛みだ?走れそうか」
「ちょっと、激痛っす・・擦れるっす・・・」
柴田は乳首を抑えながら岡本太郎の絵みたいに口を3にして顔を歪めた。
「擦れるってシャツに?」
「はい。汗の塩分が染みて痛えっす」
だからいったろうと小泉は思った。何が起こるのか分からないのがマラソンだ。念には念をといってニップシールを勧めていたのだ。
しかし柴田はそれを断った。プロランナーとして5年やってきた自負があったのだ。「今まで一度もアクシデントがねえおとなしい乳首ですから大丈夫っす」というと、小泉が差し出したシールを受け取り「これ、家でAKBのポスター貼るのに使っていいっすか?」などとほざいたのであった。
しかしそんなことを今思っても仕方がなかった。小泉は、何がなんでも柴田を優勝、そしてオリンピックに導かねばないと思っていた。柴田はそれだけの逸材だったのだ。だから冷静にたずねた。
「どちらが痛い?」
「左右とも・・・」
“左右“という言葉を聞いて、ギャラリーから「きゃあああ!」と悲鳴が起こった。片ならまだしも両とは。それは結構痛いに違いない。柴田はこの時点で2位に5分差をつけていたが、両であれば優勝は無理かもと思われた。
しかし小泉は違った。自信満々に立ち上がり叫んだ。
「左右の乳首が同程度痛いということは!左右均等に腕が振れてるということ!状態は良い!」
この言葉を聞いたギャラリーから、今度は「おおおおおおお!」と歓声が上がった。小泉が右手をグーにして胸を張って大声を出すときは、いつもめちゃくちゃ良いことを言うという事実も歓声に拍車をかけた。
「とりあえず立ちあがろう。そして乳首を見せてみなさい」
柴田は、ここで?と思ったが、小泉に絶対の信頼を置いていたので、言われた通りに立ち上がり、シャツを捲った。
柴田の乳首が露わになると、小泉はそれの状態を確認した。確認したが、やったことがないのでよく分からなかった。でも分かっているようなふりをして考えを巡らせた。仕方なく触診でもしてみるかと思ったその瞬間、柴田が叫んだ。
「触らねえでくだせえ!例え乳首でもコーチが選手に触れたらリタイアになっちまいます!」
小泉はハッとした。気が動転していたせいで、初歩的なミスを犯すところだった。このレースには彼の人生がかかっているのだ。このチャンスを逃せば次は4年後、そうなればいくら柴田といえども若手の台頭に立ち向かえるかどうか分からない。
とにかく冷静になれと自分に言い聞かせ、深呼吸をした。そしてしばらく観察していった。
「原因がわかったわ」
「なんすか」
「お前もうオリンピックのこと考えてたろ?」
柴田は小泉の真意が分からず戸惑った。しかし小泉に絶対の信頼を置いていたので、素直に考えて素直に答えた。
「そうですね。たぶん、そうっす」
小泉は腕を組み、ため息をついた。
「お前なあ、マラソンに大事なのは平常心だっていつも言ってるだろ?昂ったらストライドは大きくなるし心拍数だって上がっちまう。乳首だって立っちまうよ。だから今この瞬間だけに集中するんだ。ゴールのこと、ましてやまだ決まってもいないオリンピックのことなんて考えてどうする?」
「いや、でもそれに向けて頑張ってきたから」
思わず言い訳をしてしまった柴田であったが、そんな教え子に小泉は微笑みを返した。そして再び胸を張り、今度は両手をグーにした。その仕草を見て、ギャラリーも息を呑んだ。
そして空に向かって高らかにいった。
「表彰台立つ前に乳首立たすな!」
この言葉によって、ギャラリーから今日一番の「おおおおお!」が出た。小泉は満更でもない顔でギャラリーを横目で見た。カメラも意識していた。翌日には己の写真と言葉がスポーツ紙各一面を賑わすだろうと思った。
すると柴田が驚きながらいった。
「コーチ!見てください!乳首が!」
小泉の鼓舞のおかげか、立っていた柴田の乳首は、するするするーとネット広告によく出てくる、あの伸縮式の椅子のように縮んでいった。
乳首が体内にすっかり収納されると、柴田はその場で腕を振り、走る格好を試みた。
「擦れねえっす!痛くねえっす!」
その言葉を聞いて小泉は黙って頷いた。お前、やることは分かってるな?の顔だった。
柴田はコーチに向かって深々と一礼をすると、再びゴールに向かって走り出した。
活気を取り戻したスターに対して、まるで土砂降りのような大声援が送られた。

タイムロスがあったにも関わらず、柴田は超速かったのでぶっちぎりの1位でゴールした。
もちろんそのあとオリンピックにも出た。オリンピックではもちろんニップシールを張っていた。そしてぶっちぎりでの金メダルだった。
この偉業に対して、小泉はインタビューでこう答えた。
「乳首の痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

なにしろ俺の左肩の力は強大すぎる。どれくらい?と問われればパッとは思い浮かばないので、TV番組アンケートよろしく「特になし」と返答するしかないのだが、例えばメジャーでも大活躍間違いなしの力だといえば分かりやすいだろう。もしも俺がドジャース所属選手だ仮定すれば、俺の年俸は200億を有に超えるに違いない。ピッチャーの俺が投げた球はキャッチャーミットを突き破り、キャッチャーもバックネットもバックネット裏の人も球場も何もかも突き破り、大気圏を越え宇宙の彼方へと飛んでいく。これじゃ野球にならないから、やっぱり球団から雇われないかもしれない。そのくらい俺の左肩の力は強いかつ危険なんだ。

みたいなことにした。

ことの発端は、大学のゼミの飲み会だった。そこで話題になったのが俺の普段の振る舞いである。自分では分からないのだが、どうも俺の喋り方やプレゼン時の姿勢などがおかしいらしい。我らは社会学のゼミであり、俺の研究テーマは「我が国でアニメがどのように社会と関わり社会の変革に寄与してきたか」というものなのだが、そういえば俺がプレゼンするたびに周囲から笑いが起こっていたのを思い出した。

具体的にどういったところがおかしいのかということを聞いてみると、まず喋りの語尾が上がっているということだった。文字で書けば「それでぇ?」とか「だということでぇす?」のようだという。
それとプレゼン時の姿勢が斜に構えられていて、それでいて右肩が前に出ているらしい。だからお前はアニメオタクの河村隆一って呼ばれてんだよと言われ、河村隆一ならカッコいいじゃんと思ったが、彼らの顔を見ると不敵にニヤついていたのでバカにされているのは明白だった。

俺は恥ずかしさでたまらなくなり、そのとき咄嗟に、まるで何かのアニメの設定のように「実は強大な力を有している左肩を守っているのだよ」という説明をした。

 一瞬の静寂があり、俺は念を押した。「だからぁ?俺の左肩はドジャースにいた場合ぃ?・・」
次の瞬間、「ドッ」という音が我々のいる個室に響いた。皆が同時に皆笑ったのだ。文字通り爆笑というやつだった。発言の真意を聞かれないのはいじられているものの宿命である。酔っ払った種田に「そんな力があるんだったら左手で俺のこと殴って爆発させてみろよ」と言われたが俺は黙っていた。俺は平静を保っている必要があった。なぜならこのとき「俺の怒り=左肩の暴発=この世の終わりを意味する」という設定を瞬時に頭に思い浮かべたからだ。

その日は飲み会が終わるまで皆にさんざんいじられたので、俺の怒りは帰ってからも収まることがなかった。なかなか寝付くことができず、ゼミ生ら、特に種田をなんとかしてやらねば気が済まなかった。その具体的方策を練ったが、どうしてもいい案が見つからず、俺はいつまでも布団の中で悶え続けた。

まとまらない考えを巡らす中で、眠気と酒と怒りとで俺の意識は朦朧とした。俺は子供の頃から、現実と幻想の違いがわからなくなる妄想癖を有していた。頭で考えたことを実際には起こっていないにも関わらず現実と信じ込んでしまうのだ。それは大学生である現在も続いていた。朦朧とする意識の中で、左肩の力を信じるには容易かった。この左肩の力があればいつだってやつを塵と化すことができる。それはつまり、種田は俺に生かされているということを意味している、いやむしろそうなのだ。そう思うと、俺の心に安堵と余裕が生まれ、そうしてやっと安心して寝付くことができたのだった。

だから俺は思い込んだ。思い込むのは容易かった。
次の日の朝、この思い込みを強固にするため、ある決心をしていた。普通は躊躇うところだが、俺はすっかり左肩の妄想に囚われていた。思い込むことで安心感が得られるのであるから、そうしない理由はなかった。その決心が揺らがぬうちにと、夜にはそれを実行に移した。

自分の左肩にタトゥーを入れたのだ。

お父さんとお母さんには内緒だった。もちろん妹の綾にだって。ゼミ生らには言わずもがなであった。
絵柄は酒呑童子だった。酒呑童子とは日本の三代妖怪に数えられ、中世時代、最強の鬼として恐れられていた妖怪である。
このタトゥーで己の力を封印するため、あまりにも強大な力で天地を破壊しないための刻印、酒呑童子もやれやれと難儀しているだろう、だって自身の力に匹敵する力を昼夜抑え続けなきゃならないのだからなどと思うと、俺の心は安らかな気持ちで包まれた。強大な力を有している自身を思えば、あんなに憎かったゼミ生らが逆に愛おしく感じられた。彼らは未熟なのだ、俺から見れば虫も同然、そう思うといくらいじられようとも、彼らを神の視点で見守ることができた。

そして今である。
俺はゼミ合宿で温泉にいた。

発表が終わって飲み会が終わってみんなで温泉に入るというのはごく自然な流れだ。キャンパスライフという判を押したような青春の一コマ。ただ一つ不自然だとすれば俺の左肩に酒呑童子のタトゥーが入っていること。
脱衣所で浴衣を脱ぎながら、酔っ払った奴らは周りの客に構うことなくゲラゲラと大声を出していた。相変わらず種田は俺をいじり「河村〜、左肩が強えとかとか中二病こいてて〜」などと言いながら左肩をパンチで殴ってくる。酒が入ったせいでいつもより力が強い。すっぽんぽんだから殴るたびに己のアレがちんぶらしている。
そこに他のゼミ生である畑本も加勢してきた。
「お前もしかして桜吹雪でも入れてんじゃねえの?」
「こいつにそんな度胸ねえよ」
種田がそういうと、畑本と二人で温泉へと入って行った。

他の皆も温泉に入り、他のお客もいなくなり、俺は脱衣所で一人になった。全くこれだからお子ちゃまは困る、と俺は不敵な笑みを浮かべた。桜吹雪なんかじゃダメなんだ。そんなんじゃ俺の左肩が花見をしてしまうよ。そう思いながらふと鏡を見ると、なぜか涙が少し出ていた。ああこれは噴水的なやつか、火山が大爆発しないようにたまに噴火して力を発散させる的なやつか、そう思いながら、鼻を啜った。

酒呑童子を皆に見せるのは躊躇われた。驚かれるとか恥ずかしいとかそんな下世話な理由ではない。神はそんな気持ち持ち合わせていない。ただなんとなくだ。言葉にできぬ感情が俺に浴衣を脱がすことを躊躇わせていた。俺はしばらく浴衣のまま立っていた。
そこで気がついた。心臓がドッドッドッドと波打っていたのだ。おやおやこれは何だい?と思った。今までこのような事象は経験したことがないぞ?と思った。思ってみた。あったかもしれないというか絶対あった。だけどなかったことにしてみた。俺は未だ浴衣を脱げずにいた。

しかしこのままでいるわけにはいかなかった。ここは温泉だ。温泉に来たら入らなければ。入らぬなどという道理はない。入るためには浴衣を脱がなければ。
俺は平静を装い「風邪ひかないようにあったまらねえとな」と言いながら浴衣を脱いだ。すると、当たり前だが、酒呑童子があらわになった。

およ?およよ?と思った。足がなぜが震えていたのだ。前を向くと鏡に、不運にも神から現世の存亡を己に託されし力を宿した男が映っていた。その男は左肩に酒呑童子を携えてガクガク震えていた。その震えは、21年という年月を経て蓄えられし贅肉をブルブルと震えさせるほどであった。
力が暴発する?酒呑童子をもってしても俺の力を抑えることはできないのか?そう思うとなんだか怖くなり、俺は再び浴衣を羽織ろうとした。
とそのとき、温泉の引き戸が開き、種田と畑本が現れた。奴らは俺を視界に入れると「ぎゃははは!やべえ!」という下品な笑い声をあげた。

思わぬことに俺の心臓はキュッとなった。奴らがなぜ笑っているのかが分からなかった。しかし次の瞬間理解した。いや、理解したというより俺の妄想癖が発動した。酒呑童子を眼目に写ししとき、つまり世界を無にしてしまうほどの力を目の前にしたとき、人は畏怖のあまり笑ってしまうのだと。そして、そんな力を目の前にさせてしまったことに対する恐縮至極の想い、さらには彼らに対する慈悲を想った。

しかし次に種田が発した言葉は意外なものだった。
「こいつ!ちんぽたっとる!」

一瞬何を言っているのか分からなかった。ちんぽたっとるとは何だろう。チンポタットル。俺は訓を音に変えて理解しようとした。チンポタットル。チンポタットル。
ふと下を向くとそこには、己の秋の大根収穫祭、もしくはゼミで教授が全体に質問したとき答えが分かったときよろしく、己の第三の手がハイと元気よく挙手をしていた。

おいおいこれはなんだ?どういうことなんだ?自分でも何が何だか分からず困惑して「これは一体ぃ?」とつぶやいた。
「やばい!腹いたい!おいみんな!河村隆一がやばい!」
種田がそう言って他のゼミ生を脱衣所に呼んだ。すぐに全員が風呂から上がり、俺の目の前に集まった。
俺は危険を感じ自身の体内に非常事態宣言を発令させた。
「まずい、それ以上は、俺と酒呑童子をもってしても、、、」とうずくまり、下を向き、体を丸め、自身の心と体を暗闇の中へと誘った。




どれくらいであったろう。それからしばらく静寂が訪れた。このしじまが何を意味しているのか、俺は理解することができなかった。
しかし幸運にも、その静けさは俺の体はもちろん心をも冷やした。俺は困惑しながらも、理性的にこの状況を把握することができた。それはおそらく、何が何でも世界の滅亡を食い止めなければならない己の責務のため、非常事態宣言発令に伴い、脳が強制的にシステムを遮断させた結果であった。

そして俺は、最終的に全てを悟った。悟りは安心感を生み、世界を安寧へと導こうとしていた。
ああよかった、とりあえず終末の危機は去ったのだ。世界は俺を代表として、喜んで未来へと進んで行ける。まだ人類は生きることができる、そう思った。

俺はそのことを皆に説明せねばならなかった。下民にもわかりやすい言葉で、もう恐れるものはないんだよと伝えねばならなかった。希望を持って進もうと前を向かせねばならなかった。安心させてやらねばならなかった。

俺は閉じていた目を開き、ぐっと立ち上がった。
「ちんぽたっとるのはねぇ?、酒呑童子でも抑えきえぬ行き場を失った力が下半身へと流れたのだのだよぉ?もう安心・・・」

俺の周りには誰もいなかった。あれ?みんなどこ行ったの?と思って周りを見渡すと、一人だけ脱衣所の隅に男が立っていた。彼は柱に寄りかかり、足をガクガク振るわせていた。それは種田だった。種田は目を見開いて俺を見ていた。
「お前・・・・その刺青・・・・やばくない?」
そう言われたとき、急激に意識が逆回転し、あの世から現世に戻ってきたような感覚に襲われた。時間がぐるぐると逆戻りし、自分の体に自分が戻った、というか我に帰ったのだ。おそらく無意識で心底憎んでいた種田が驚愕しているのを見た結果だった。もう妄想する必要がなくなったのだ。

現実はシンプルだった。ここはただの脱衣所であり、裸の自分と種田がいるという、ただ当たり前の空間だった。唯一当たり前でないのが、酒呑童子だった。

だから俺は泣いて「やばいぃ?家族になんて言おうぅ?」といった。
秋の収穫祭は終わり、冬が訪れようとしていた。
    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

今回お呼ばれしたのは、赤坂の老舗料亭での和食フルコースでした。
月に一度、異業種の方々と美味しい料理を囲んでお話をするというのは本当に楽しい時間です。
こういった場ではマナーが大事。当たり前ですが、皆が気持ちよくお食事をしてお話をする場所ですからね。
ただ私“今回も“予定より10分遅れでの参加となっております。これはマナー違反と言われればそうかもしれません。だけど私としてはマナー違反しないためにあえて遅刻している次第でございます。なぜかというと、恥ずかしい話、全ての料理を“牛丼食い“してしまう輩だからなのです。
牛丼食いとは何か。「出された食べ物を一緒くたに牛丼のようにかっ込んで一気食いすること」です。私、ゆっくり食べようと心がけはするつもりなんですが、どうしてもなんていうんですかね、人見知りの口下手でして、どうしたって手持ち無沙汰になり、気がつくと料理に手をつけてしまう、そのような男なのです。
ああ自分で言っていて恥ずかしい。これは止めたいんですけど、子供のときからの癖故、なかなかなのです。
あ、そうだ。実は念には念をで、1時間前にコンビニおにぎりを2つ腹に入れてきたという事実もお伝えしておきましょう。それはなぜかと申しますと、多少腹を膨らませることで牛丼食いを鈍化させるため、とでも言っておきましょうか。空腹だとどうしても牛丼食いが加速してしまいますものねえ。トホホ。

というわけで、到着した私の目の前には早速前菜が置かれております。今、中国の方でしょうか、お給仕さんが急いで持ってきてくださいました。遅れてきた私を、少しでも皆に追いつかせようという心配りでしょう。さすが一流料亭のホスピタリティ。こういったことも是非学びたいところです。しかし心配はご無用。なんたって私は牛丼食いですから。本気になれば周回遅れだってなんのそのでございます。

さ、食べましょう食べましょう。もちろん牛丼食いを悟られないようできるだけゆっくりと。今回の前菜は、胡桃豆腐に海老の旨煮に干し柿ですか。うんなるほど。なるほどですね。さて、これを見て皆さんなら何をお思いになるでしょう。「美味しそう」だとか「繊細」だとか「季節感」だとかなんでしょうか。私ならそうですね。どんな言葉を思い描きましょうか。パッと思い浮かんだのは「2秒」です。そうです、箸を手に取り、口に運び飲み込むまで本来なら2秒しかかかりません。(フリーザがあと2回変身残してるぜって宣言する感じで言ってます)。普通でしたらこれらのものを一つずつ、そして少しずついただくのでしょう。もちろん私も今回はそういたします。でももしもですよ。この場にいる全員がお手洗いに立ち、この場に誰もいなくなるようなことがあれば・・・「2秒一緒くた食い」を行います。まとめてポイです。はい。

さ、続いての料理は、お造りですか。鰆と鰯に季節のお野菜が添えられております。3秒ですね。まずお刺身は3切れずつとなっておりますが、これはもちろん箸をガッと、なんていうんですかね、コンパスなら一番大きな円を描くぐらい、柔軟なら股が裂けちゃうくらい、ガッと開いて掴んでまとめていっぺんにいただきます。もちろんそんなことしませんよ。全員お手洗いの場合です。でも正直言わせていただければお刺身はまとめて3切れをいただいた方がより味が濃厚で美味しいと思うのは私だけでしょうか。あと白身はどれも味が同じなのだから「6切れ醤油ビチャ漬けまとめ食い」が最も美味しく食せる方法だと思うのですがいかがでしょうか。

さてここまで順調です。誰のことも追い抜いてはおりません。続いてまいりましょう。煮物です。銀鱈の煮付けですね。これは多少骨がありますのでどうしたってゆっくりにならざるを得ないなんて思うのはまだまだひよっこでござんすよ皆さん。もっとゆっくり食べる方法があるんです。食べちゃいます。え?何言ってんだって?だから、骨、食べちゃいます。ホーネホーネ食べっちゃいますって歌えば風見慎吾です。つまり思いっきり噛むんですよ。何度も何度も何度も何度も根気よく。そうすると、細かくなりますよ。それにカルシウム、ありますよ。だって、口から出すの、大変じゃないですか。骨の周りの身も、あるじゃないですか。いちいち骨と身を分別するの、大変じゃないですか。だから、噛むんです。ゆっくりにも、なるし。これが、最もフィジカルで最もプリミティブでっていうやつです。ハリソン山中も恐怖に慄くほど、ゆっくりゆっくり、噛んでください。

えーと続いては、揚げ物ですね。蓮根と帆立の挟み揚げと枝豆のかき揚げです。ここまでくれば後半戦。もはや牛丼食いのことは気にする必要はありません。ただ味を楽しみましょう。すだちが添えられておりますがもちろん私は全がけです。絶対一番美味しいから。まずは何もつけずに、次につゆで、最後にすだちで、とかいりません。「すだち全がけのつゆドバ漬け」が最も美味しい。

ちなみにさっきから外国人のお給仕さんがサケミャスカーサケミャスカーと言っていたのをお酒を勧められたと思って断っていたら「(食器)下げますか」だったみたいで、私の周りだけ皿まみれになっております。トホホ。マナー違反ですかね。

さ、そんなこんなで残り2品。お食事は筍と長芋の炊き込みご飯です。これまた外国人給仕さんがどのくらいに致しましょうかと聞いてくださったので「悟空が天下一武道会の試合前に食べるくらい」とお伝えしたらなんと通じました。ドラゴンボールは世界共通ですね。鳥山明先生にありがとうの合掌。

それにしても他の皆さんが残している料理の多いこと。「食わないなら下さい」と言いたいところですが、それはマナー違反。グッと我慢です。こういった場ではやはりマナーは一番大事ですから。

さて、ここで私の心にもやがかかりました。マナーという言葉に対してです。マナーマナーって。マナー?よく考えたらマナーってなんでしょう。皆様が気持ちよくお食事できることと言われればそれまでなんですが。世界には一日の食事にも困っていらっしゃる方がたくさんいる。そこでマナーとは何かと考えたくなりました。そういった環境ではもちろんマナーもへったくれもない。じゃあマナーってなんだと。私は分からなくなりました。子供のときまず教わること、それは食べ物を残さないことです。食べ物は神様が与えてくださったもので、お米一粒として無駄にしてはいけない。だから食べられる量を食べる。出されたものは残さない。これは当たり前だと思うのですがいかが思われますか皆さん。出されたものは葉っぱ一枚残さない。この最後に出されたアイスクリームの上に乗っかった見たことのない緑と紫の葉っぱですらも。口に入れたらバスクリンの香りがいっぱいに広がってうええとなっても私は飲み込むべきだと。

だから私は立ち上がりました。自分に対してイライラしたのです。雷に打たれたように、もうこんなのはたくさんだと思ったのです。個室で流れているテレビではNHKが能登半島の被害について伝えていました。皆が口々に大変だねえといっていました。そんな中「ああお腹いっぱい」なんてふんぞり返っておりました。私はふんぞり返ってなるものかと思いました。人の痛みを知り、人のために、少しでも自分が善いと思っている世界になるために、私は私の信じた道をゆかねばならぬと思いました。だから私はテーブルに乗っていた全員の残り物を全て平らげたのです。皆は唖然としていました。私が今思ったことを演説すれば彼らは納得したでしょうか。おそらく右から左だったと思います。それにこれは自分の問題でした。他人は関係ない自分のこれからの決意の問題でした。そうして私は皆に頭を下げてから店を出ました。せっかくの食事会に水をさしてしまい、この場の全代金を払おうとしましたが、女将に止められて仕方なく自分の分だけ払って帰りました。
帰りに思わずコンビニに寄りました。すぐに家に帰る気にならなかったからかもしれません。すると無意識におにぎり売り場の前に立っておりました。そこで否応なくおにぎりが目に入りました。おにぎりを二つ買おうと思っていました。そこで私はまたしても何がマナーだと思いました。くだらないマナーのために食事会前におにぎりを食った自分を恥じました。表面的な薄っぺらさに心底腹が立ちました。そして、その薄っぺらさの象徴として、そして逆説的に表れている腹の分厚い肉をつまみ、この元凶を引きちぎってやろうと思いました。でももちろんできませんでした。そしてあの有名な物理法則E=Mが真であるならば、この最低限この贅肉分をエネルギーに変えねばと思ったのです。そう誓ったのです。これが私のマナーなのです。


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

「ほらお新よ。あそこにあるのが月じゃて」
お新は草原でじじと空を見上げた。空にはまんまるの大きな黄色に光る玉が浮かんでいた。お新は、丸いだけで玉に見えるのは不思議だな、と思った。
涼やかな風が吹き、すすきが揺れて頬をくすぐった。
「月のおかげで我らはここにおる。水が流れ風が吹き花や木々が溢れるのも、つまり生まれたり死んだりするのも全部あの月のおかげじゃ」
じじはそんなふうにこの世のことわりのようなものをお新に伝えようとしていた。
じじはかつて俗世に生きた。人間の業にまみれ欲しいものを手に入れるのに必死だった。しかしあるとき何を思い立ったのか突然、財産や家族などを捨て、言うなればそれまでの生き方を全て捨て、こうして山奥にひっそりと暮らすようになった。誰に教わることもなく、小屋を建て、衣を縫い、食を培った。今では春夏秋冬花鳥風月を自在に操りーいや、自然に対して操るは誤りである。正確には流れ、または彩られであろうーここに暮らしていた。お新はその流れの中で自然に神から与えられた子供だった。
そのまま静かに月を眺めるじじを見て、お新はなんだか不安な気持ちになった。しかしこれまで酸いも甘いも噛み分けたじじは、そんな些細なことを気にするはずもなかった。
「どうじゃ、改めて見ると実に綺麗じゃろう。歩くにも、踊るにも、酒を飲むのにもあれだけで充分。他になーんもいりゃあせん。他を望むなんて贅沢なもんじゃ」

あーやっぱりか、とお新は思った。こっちの方向性かーと思った。まあ言われれば確かに月は綺麗でこの世の何よりも神秘的に見えないこともない。今までそれに気がつかなかったのも事実だ。でもそっちじゃないんだよなあの気持ちの方が強かった。というかその気持ちしかなかった。

「あんな当たり前に見えるものなのに、だあれも見向きもせん。当たり前にそこにあるものこそ、本当は一番大切なんじゃ」
あーこりゃ軌道修正しなきゃかもとお新は思ったので、お新はじじの話を遮った。
「でもじじは昔」
「わしの話はええ!!」
突然じじが怒鳴った。その声に、息を潜めていた周りの人間もハッとした。こうなっては、誰もがじじの声を聴き続けるしかなかった。
「すまぬ、時間が決められておるんじゃったな。つまりだな、月というものに目を向けてそれのー」といってじじは月を見上げた。
「月について語る、月のチャンネルなんてどうじゃ」
ズコーー!と、お新はずっこけた。月って!そんなもの誰が興味あるんじゃいと思った。いや、興味ある人はいるが、バズるまで行くはずはない。だってそもそも、もうそういうのありそうだし!

フリが効いていたので激しくコケてしまい、お新は立ち上がるのに時間がかかった。よろめくお新に向かってじじは言った。「コメントはなんて来てる?」
お新は「いや、ええと」と口ごもった。どんなコメントが来てるのかなんて怖くてスタッフに聞けなかったし、自分も知りたくなかった。
じじは説明を続けた。
「ええと例えばな、月のライブストリーミング配信を基軸に起きつつ、満月、新月、上弦、下弦、三日月などなど。その他に季節ネタを織り込んで月に叢雲の如く様々な・・・」
ここら辺まで聞いてお新は話を聞くのをやめた。やっぱりそうだ。今のじじは昔の毒っ気が抜け切っている。この動画では、昔じじが貪るように配信していた、人々の心をかき乱すようなコンテンツについて聞きたかったのに。
じじは色々と思いついちゃったようで、一人で喋り続けた。
「名前はムーンチャンネル。相性はムンちゃん。月の神秘、裏側、潮の満ち引き、生命の誕生との関係まで・・・」

じじはかつてその界隈では名の知れたユーチューバーだった。そのじじに、子であるお新がバズる動画について指南を請うというのが今回の趣旨だった。滞ったチャンネルの刷新をすることと、あわよくばじじのキャラを生かして今後も自身のチャンネルに登場させようというのがお新の思惑だった。しかしこの様子じゃとても無理だ。なんたって月なんて言ってるのだから俗も何もあったもんじゃない。そんなテレビで朝3:30くらいに流れてそうな映像をすすめてくるようじゃ、YouTubeに出したところで面白くもなんともない。じじはお新にとって最後の切り札だったが、失敗だと思った。

ところがスタッフが配信用のパソコンを見ていった。
「お新さん!コメントが!」
お新があわててパソコンを覗くと、そこには大量に流れるコメントがあった。よく見ると「昔よくじじさん見てました!」「じじさん最高!」「さすが目の付け所が違う!」「じじさんがいうのなら!」などという肯定的な意見で溢れていた。コメント欄はかつてないほど盛り上がっていた。やはり昔取った杵柄は伊達ではなかったのだ。そう思うと、馬鹿にしていたこの月というコンテンツが磨けば光る原石のように思えてきた。月!なるほど!よく考えたらありかもしんない!縁起も良さそうだし!スピリチュアル系とかでもいけそうだし!
そう思ってお新が振り向くと、じじがニヤリと笑って親指を立てていた。
「か〜ら〜の〜野生的な、原始的な田舎暮らし動画なんていうパターンもあるよ!」

こうしてお新チャンネルは方向性を一新した。今までのゲーム実況を止め、月関係一本でいくことにした。じじに言われたとおり毎日の月のライブストリーミング配信はもちろん、月の成り立ちから歴史、形、世界の月、はたまた月占いまで、ネタに事欠くことはなかった。
じじの影響もあってか、みるみるうちに登録者は10倍に増え、動画の平均再生数はなんと100倍増となった。とくに再生数が多いのは毎月の満月ライブストリーミング配信で、その数なんと5000回再生にのぼった。YouTubeによる月の収入は1万円を超え、たまにカフェなどに行けるようになった。お新はじじに感謝し、このことを嬉しそうに語った。
「じじ!やったよ!5000回再生だよ!」
「よかったな、ちなみにチャンネル登録者数はどのくらいじゃ」
「8000人超えたよ!ゲーム実況のときは800人だったから!」
「何言っとるんじゃ、まだまだ甘いのう。わしなんか1万3000人くらいはいたぞ」
「すご!じじすご!」






    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

ある朝目が覚めると、自分の体に違和感を感じた。重さがあり、普段より重く動かしにくいのであった。ふと顔に触れると、これまた奇妙なことに骨張っており、鼻は幾分高く感じられた。
私は頭を少し上げた。すると、目に入ったのは中年男性のような体躯であった。体は一回り大きくがっしりとし、だが腹は出ていた。膝から下は毛むくじゃらで、触れるとまるで他人のようだった。

私はこの異変を確認しようとベッドから起き上がった。そして部屋にかけられた姿見の前に立った。するとおよそ現実とは思えない光景が目の前にあった。
そこにいたのは私ではなく、一人の外国人男性ーしかも見たことがあるーだったのだ。

一瞬呆気に取られて思考が停止した。私はこの顔を知っていた。知り合いではないがよく知った顔だった。私が周りに宣言してなんの違和感もなく受け入れられるであろう名は、パンチェッタ・ジローラモだった。私は朝起きると、ジローラモになっていた。
「アレ?ナンダヨ!ナンダこれヨ!」
私は驚きで意識が飛びそうになった。そして再び別の異変に気がついた。声がジローラモのそれだったからではなかった。うまく喋れないのだ。イタリア人が日本語を覚えたという感じの独特のイントネーションが言葉尻に混じっていた。
「ナンジャコリャ!」
イライラとパニックで、私は再びベッドに横になった。乱暴に自身の体を横たえたせいでひどく体が痛んだ。思わず日本語ではなく「アウチ!」といったことにも苛立ちは募った。それでいて体が大きくなってしまったせいで、ベッドがやたら小さく感じられた。本当の私は25歳だったので、ジローラモの体は自分のものでないということを差し引いても動かしにくいものだった。私の倍以上生きている彼の体は老い過ぎていた。腰や体の節々が痛く、じっとしていられなかった。
それでも数10分横になった時、壁に目をやると、時計は6時30分を指していた。
「ああ!起きないと!ボクは今日出張ダッタンダ!」
「ボク」なんて10年以上言葉にしていなかったが、なぜか自然とそう出た。
しかし今やそんなことはどうでもよかった。私は現実を思い出した。私は会社員だった。今日は上野から特急に乗って出張だった。電車は7時30分に出る。昨日はひどく疲れていたせいで、まだ荷物を準備していなかった。今起きないと特急に間に合わなかった。
しかし私はどうしても起きる気がしなかった。朝の気だるさとジローラモとが相まって気持ちを陰鬱とさせた。あと5分だけ、そう思ったその時、ドアの向こうで声がした。
「けんた!朝だよ!起きないの!」
母親だった。しかし私はドアを開けるわけにはいかなかった。なぜなら私はけんたではなく、ジローラモであったから。息子の部屋からジローラモ出てきたら、驚き屋の母は卒倒してしまうだろう。
「もうちょっと待って!今行くから!」
しかし私の言葉を遮るように母は続けた。
「何やってんの?早くしなさい!お父さんも妹のリカコも朝ごはん食べてるよ!」
せっかちな母親は何をいっても聞かない性格だった。だから扉を開けなければならないのは時間の問題だった。
仕方なく私は起き上がり、シャツ着て、ズボンを履いた。シャツは小さく、浮き上がった胸筋がより一層ジローラモ感を強調した。そしてドンドンと叩かれるドアに向かい、恐る恐る開いた。とりあえずの時間稼ぎをするためだった。少しだけでもドアを開ければ、母親も納得して階下へ降りて行くだろうという算段だった。
私は息を呑み、顔や体を見せない程度に数センチ扉を開いた。そして悟られないよう小さく「オハヨウ」といった。この「オハヨウ」の中にも若干のジローラモがいることにイライラした。
するとドアが私とは逆、つまり廊下側に強く引かれるのを感じた。柔らかくノブを握っていた私とは対照的に母親の力は強かった。普段の母親はこんなことをしなかったので、おそらく母親としての勘が彼女をそうさせたのだろうと思った。みるみるうちに、私の姿、つまりジローラモは大きな窓から差し込む朝日に照らされた。
その状況に母親は驚いたに違いなかった。しかし母親以上に驚いたのは私であった。なぜならそこにいたのは母親ではなく、川崎カイヤであった。



    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このページのトップヘ