春風亭昇々ブログ

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夏が来る、いや来た。五月だというのに毎日暑い。こう暑くちゃ敵わないと、毎日半袖短パンで過ごしている。仕事に行くにも半袖短パンだ。私は世間にやんちゃ坊主をアピールしたいのではない。私は暑さにめっぽう弱く、炎天下で歩いているとすぐに熱中症のような状態になってしまう。そうなると高座にも影響が出る。高座前は少しでも快適な状態でいるべきだという考えから、普段から元気っ子でいるというわけだ。(でも季節としての夏は好き、皆が明るくて開放的な感じが大好きまじ愛してる)

で、そういう格好で電車に乗ると気づくことがあるんですが、五月に半袖短パンの大人って一人もいないですね(子供もあんまりいない)。ちょっと恥ずかしい。だから「なぜ皆は半袖短パンじゃないんだろう」という疑問は「5月だし大人は仕事をしてるんだから当たり前だ」という答えを生成AIばりにシャッと出すことで即解決され「なぜ自分だけ半袖短パンなのだろう」に切り替わった。

私が言いたいのは「僕って常識を無視できちゃう型破りな人間なのさ」ということではない。こんなことをぼんやり考えていたら、あることに気がついたのである。マジカルバナナ的にいえば、半袖短パンといったらなーつ!夏といえば8月!8月といえば夏休み!だ。8月といえば夏休み?ここで自分の中で物言いが入った。8月は夏休みか?子供じゃないんだから夏休みってことはないだろう。いや?夏休みだよな?あれ?なにこの感覚?

私は8月を夏休みとして捉えている。

どういうことか説明したい。8月は学生にとっての夏休みだ。当たり前だ学生は学校が休みなのだから。そして私は社会人なので休みではない。なのにも関わらず、感覚として8月を夏休みとして捉えているのである。これは「学生さんらはもう夏休みだなあ」という感覚ではない。私自身も学生と同じように夏休みヒャッホウになっているということだ。

今まで当たり前すぎてなんの疑問も持たなかったが、これはおかしいことである。私は連休をとっているわけでもないのに、大学を卒業して以来約20年間ずっと、8月を夏休みとして感じていた。テンションが上がってしてしまっていたのである。夏だから花火大会とかバーベキューに行くわけではない。むしろ混んでるから絶対行かない。ただ、心がウキウキしているのである。そして9月になると(ああ夏休みが終わってしまったなあガッカリ)と思う。

じゃあ8月のやってる落語会は休み感覚でやってるの?と言われればそうではない。もちろんいつもの高座として頑張っている。この、夏休みだというのに高座を頑張っているというところに2つ目のビツクリを見つけてしまった。

「私は日々、仕事をしているという感覚がない」

誤解しないでいただきたいが、私はきちんと仕事をするという感覚を知っている。それは学生時代にアルバイトをしていたときのものだ。あれは確かに仕事という感覚だった。いや待てよ、仕事というとちょっと違うかも。正確にいえばまさに「アルバイト」だ。なぜ「仕事」とは違うのかというと、アルバイトに対して、普通仕事をする上で持つであろう「大人として当たり前にやらねばならない」とか「社会との繋がりを持つためだ」という感覚がなかったから。アルバイトはお金を稼ぐためにやるという要素が大きく、大人としてとか社会と繋がりたいとかそういう動機でやるものじゃない。アルバイトはアルバイトでしかないのだ。じゃあ会社に就職したことがないからやっぱり仕事という感覚を知らない?いやいや噺家という職業が仕事だろう。と思ったが、あれ?なんか違う。そういう感覚ではない。仕事ではあるはずなのだが、世間一般でいう「仕事」が持っている意味とは違う。じゃあなんだ?私は心の中を見つめ、今までの様々な経験の中から、今やっている落語をはじめとした様々なこと(テレビ、ラジオ、物書きなど)に似た感覚を探した。そして一番近い感覚を見つけた。

「部活」

ぶかつ。

そうですそうなんです。それがこたーえーだーbyウルフルズ。ってなにそれ。でも事実だ。だから怖がらずに書いてみよう。それによって何か発見があるかもしれない。

「私は落語を部活感覚でやってます」

めちゃくちゃ不真面目な気がする。でも一生懸命やっているからよし(部活を)。部活かい。
いや、私は真剣である。だから部活とは何かということから考えたい。部活とは、学校での「楽しく一生懸命やる勉強以外の活動」だ。だから大人である私にとって落語とは「楽しく一生懸命やるもの」である。なるほど。なんの発見もない、だからなんだという結論がすぐ出ました。

ただ、ここからが本題である。一見どうでもいい結論だが、私はこの結論を得たとき思ったことがあった。それこそ新たな発見だったのである。それは「意味や感覚が人によって違う言葉って結構あるんじゃないか?」というものだ。例えば「かわいい」という言葉。これは使う対象によって感じている感覚が変わる。赤ちゃんを見て使うかわいいとアイドルを見て使うかわいいとでは含んでいる意味や表している感覚が全然違う(違くない人もいるかもしれないがそれはちょっと置かせて下さい)。

だから、ありとあらゆる言葉にそういう可能性があるし、そうであれば普段使っている言葉の感覚は自分だけのものであるかもしれない。というか多分多かれ少なかれそうだと思う。例えば「お化け屋敷が怖いの「怖い」の意味は体が震えるほどおののく様です」と言って皆がウンウンと頷いたところで、「体が震える」「おののく」という言葉の感覚は完璧に説明できなく、そしてそれがすごいネガティブな感覚の人もいれば、多少ポジディブな感覚も入っている人もいるかもしれない。ネガティブとポジティブの意味だってなんだという問題もある。意味や感覚のすり合わせは究極的には不可能だ。

例え言葉の感覚が同じだとしたって、感情のグラデーションを表現するのには限界がある。なぜなら「私にとっての落語とは楽しく一生懸命やるものです」と説明したところで、そこで使われている「楽しい」や「一生懸命」の意味ってなんだという話になり、その「楽しい」や「一生懸命」を説明しようとしたところで、また別の言葉を使わないといけないという無限階段が待っているからである。

て考えたらめちゃくちゃ怖くないですか?私は怖い。怖すぎる。世界に独りぼっちでいるのような気がする。いや、気がするんじゃない。多分本当に独りぼっちなんだと思う。だから人は人と触れ合いたいんだろう。私は人と触れ合いたいと思う。なぜなら今新幹線でこの文章を書いているのだが、私はやはり半袖短パンである。そして車内が冷房で寒い。温まりたい。誰か温めてプリーズ。えっと「温めて」というのは体温の上昇を・・・

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俺はスパイラルキャスター鉄。釣り師だ。
スパイラルキャスターとは何か。それについて説明する前に、まずはキャスターについて説明しよう。
キャスターというのはキャストにerをつけたもの。つまりキャストをする者ということだ。釣り界にそんな人はいないので、俺が作った造語だ。
キャストというのはディズニーで働いているスタッフのことではなく、釣りをする際、ルアーを投げる動作のことである。
つまり俺は釣りをする際、スパイラルキャストをする者である。

スパイラルキャストとは何か。

それは釣りで使用されるキャストの一種であり、タックルも含めて描かれる最も華麗なキャストの一つである。

ちなみにタックルというのは釣り道具のことで、俺のタックルは、スピニングリールの6フィートのミディアムロッド。このタックルで俺のスパイラルキャストは描かれるというわけだ。スピニングリールというのは、リールにはベイトとスピニングがあって、簡単に言えば、軽いルアーを投げるときに使うリールである(重いのを投げるとがベイト)。リールというのはラインを巻く道具である。ラインっていうのは糸のことである。
それから“6フィートのミディアムロッド”っていうのは竿のことで、まず6フィートというのは長さのこと。大体1フィート0.3メートルなんで、1.8メートルくらいの長さ。そしてミディアムロッドというのは、“ミディアム“っていうのが竿の硬さのことで、他にはハードとソフトがある。だからミディアムは大体中間くらいの普通の硬さってこと。ロッドは竿です。

以上がスパイラルキャストのためのタックルの説明。そんなわけで俺は、スパイラルキャストをするため、毎日朝マズメにこの野池にくる。


えっと出ちゃった朝マズメ。まずマズメっていうのは魚のご飯の時間です。つまり魚が釣れやすい時間帯のことで、朝マズメは朝のマズメってこと。ちなみに朝マズメっていうぐらいだから一日のうちに別のマズメもあって、それは夕マズメです。

こほん。そんなわけで俺は、スパイラルキャストをするため、毎日朝マズメにこの野池にくる。朝マズメの説明のせいで同じことを2回言ってしまった。グランダー武蔵のミラクルジムのようなスパイラルキャストを

ごめんなさいね変なこと言って。忘れてください、もうスパイラルキャストについて説明しますね。え、グランダー武蔵とミラクルジムについて説明してほしい?グランダー武蔵は昔やってた釣りアニメで、ミラクルジムはそれに出てくるキャラです。村田基さんです。村田基さんは本当にいる釣り界では有名なすごいおじさんです。そのおじさんがミラクルジムのモデルなんです。なんでミラクルジムっていうのかは知りません。

さあスパイラルキャストいきましょう!スパイラルキャストというのは・・

と、説明しようとしたが言葉が出てこなかった。どう説明していいのか分からないのだ。言葉にすれば「ロッドの先をくるんっ」。それしかなかった。それは「どうやってピッチャーが投げた球にバットを当てるのか」という説明と同じだった。

これはやった方が早いと俺はスパイラルキャストの動作に入った。あの低木の障害物がある奥の奥めがけてルアーを投げる。そういう技だ。すると後ろから声がした。
「そこはスパイラルじゃない!ミラクルキャストだ!」

その声に驚いて振り返ると、そこにいたのはなんとミラクルジムだった。目の前にいることが信じられなかったが、そこに確かにミラクルジムは存在していた。そして真っ直ぐに俺を見つめながら言った。
「スパイラルではなく、ミラクルで狙ってみなさい」
俺は思い出した。ミラクルジムは子供の時の自分にとって神様のような存在だったと。彼に憧れてスパイラルキャストを始めたのだと。俺は足が震えて立っているのがやっとだったが、このチャンスを逃すまいと言葉を返した。
「ジム。私はスパイラルキャスターとしてその技を磨いてきました。ゆえにスパイラルキャスト以外のキャストができません。是非ミラクルキャストを学ばせて下さい」
その言葉を聞くと、ミラクルジムはこくんと頷いた。それだけで俺は涙が出そうだった。神様から直接指導が受けられるという気持ちだった。ミラクルジムは言った。
「その前にちょっとタックルを見せてくれ。おっとスピニングか、ベイトの方がいいがな。ラインはフロロカーボンの1号これならPEの方がいい。そしてルアーは常吉リグのシンカー0.5のガン玉にゲーリーヤマモトのカーリーテールグラブワームのライムシャートリュース4インチ。これだと軽すぎるからメガバスポップXでロッドアクションはトゥイッチポーズでトップゲームにしても・・・」
俺はその言葉を聞きながら空を見つめて、腹減ったなあと思った。

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初めてのデートでカウンターを選んだのは正解だった。この位置であればお互いの顔は見えないから、にらめっこの話題になる可能性は低い。俺はにらめっこに自信がないから、できればその話題は避けたい。おそらく彼女も、俺がカウンターを選んだということで、そのことを察しているだろう。もしかしたら(あ、この人にらめっこに自信がないのかも)とガッカリさせてしまったかもしれないが。

にらめっこに自信のある男なら迷わずテーブルを選ぶだろう。カウンター特有のデート然としているいやらしさを緩和することができて、尚且つ自分の武器を最大限に使うことができるのだから。

男が女を落とす流れはだいたいこうだ。まず、テーブルでビールでも飲みながら他愛もない話をする。内容はなんでもいい。しばらくすれば話題も尽きるだろう。そこで彼女ににらめっこの話題を出させる(今どきにらめっこに興味がない女なんていない)、そしてまあ別にいいけど的な何気ない感じで、用意していたお得意のにらめっこ顔を披露する。たったそれだけだ。そうすれば、酔いも助けて彼女が笑い、次のステップに進める可能性は高い。

「田中君、整形とかしてるの?」
唐突に彼女がそう聞いてきてドキッとした。いきなり顔の話題を振ってくるとは思わなかった。顔の話とくれば、流れでにらめっこの話題になってしまうかもしれないと内心ヒヤヒヤだった。俺はさらっと「してないけど?」と答えた(もちろんしていない)。すると「だってずいぶんにらめっこのポテンシャル高いなと思って」と彼女がいった。

"にらめっこ"という単語が出てきたので、心臓がボンッと弾けそうになった。まさかビール一杯目でこの話題が出てくるとは。俺は今日のデートの失敗を確信した。もうにらめっこをしなければならないのは必至だった。どうせ俺のにらめっこにがっかりするんだろう。俺は野球の消化試合のような気持ちで言葉を返した。「いやそんなことないよ、はっきり言って自信ない。よく整い過ぎだって言われるし」

思えば昔からそうだった。俺は子供の頃から、周りに目が大きすぎるだの鼻が高すぎるだの輪郭がシュッとなり過ぎているだの、散々なことを言われ続けてきた。幸い親が俺を愛し、いつも「たっくんはとってもぶうです」と言ってくれていたので、かろうじて自尊心は保っていたが(「ぶう」とはにらめっこが映える顔ということだ)。
しかし、環境というものは性格に影響する。子供のときから“カッコイイ“という痛すぎるジャブを当て続けられてことで、俺のにらめっこに対する自信はすっかり失われてしまった。にらめっこは選ばれし男がするものなんだ、俺にはにらめっこの才能はない、俺ごときがにらめっこなんかしてはいけない。そう思って、小学校卒業時くらいには、すでににらめっこという武器なしで生きていく覚悟をしていた。それは仕方のないことだった。学歴や収入と違って、にらめっこは努力でなんとかなるものではない。顔の造作という、元々持っている才能なのだ。鏡の前で目をひんむいたり口をひょっとこにしたりするくらいの努力はできても、所詮ハリボテである。根っからの面白フェイスには敵わない。

そんなわけで、俺はいつもにらめっこから逃げた。高校時代など教室で、調子に乗った女子集団に「ねえねえ男子〜、各々のにらめっこ顔見せてよー」などと言われると何気ないふりをして教室を出たし、大学では、にらめっこの話になることを恐れてサークルには入らなかった。もちろん合コンなどには行ったことがない。

しかし、そう簡単に世間の常識に逆らえるものではない。「にらめっこは男のたしなみである」という風潮。今の世の中、誰だって自慢のにらめっこ顔の一つや二つ持っていて当然なのだ。だからメンズノンノに載っているにらめっこ特集は読んだし、YOUTUBEの「誰でも簡単、にらめっこ基礎」だって全部見た。そして、それを参考に何度も鏡の前で顔を崩してみた。だが、いつだって俺の顔は面白くなかった。はっきりいって俺の顔は綺麗すぎた。整い過ぎているのだ。にらめっこの武器として使える特徴が一つもない。悲しいことに何かの少女アニメの主人公の憧れの人みたいな顔なのだ。だから、どれだけ目をひんむいても、歯を出しても、ただのキュートなうさぎにしか見えない。ほっぺたを膨らそうものなら、まるでディズニーの人気キャラクターだ。俺は絶望した。

「そんなことないよ!」と、彼女がいった。語気が思いの外強かったので、俺は思わず彼女の方を向いた。「田中くんの顔はぶうだよ!ぶう!」
「え、ぶう?」
「うん、とってもぶう。あたしずっと思ってたんだ。ねえ、にらめっこしようよ」

ぶう、という言葉を久しぶりに聞いて懐かしさを覚えた。もしにらめっこが得意だったら、こんなにも嬉しいシチュエーションはないだろう。なんせ彼女の方から誘ってくれているのだ。
しかし、俺にとってはただの辛い状況だった。俺はにらめっこの後の、彼女のげんなりした顔を想像した。そして憂鬱な気持ちになった。
しかしここでにらめっこを拒否する訳にはいかなかった。そんなのは男の恥だった。

「にーらめっこしーましょー笑ーうと負ーけよー」
俺の返答を待たず、彼女がそういった。彼女の上目遣いの目を見て(うわっ、北川景子みたい)と思った。こんな美人だったら、残念ながらモテたことはないだろう。忖度なく言わせてもらえば、一万人に1人いるかいないかの、ただの美人で可愛いだけの顔だった。

「あっぷっぷ!」
その掛け声と同時に俺は顔を崩した。居酒屋メニューに例えれば、上唇に舌をグッと入れてのお猿さんフェイス〜寄り目を添えて〜だ。

俺はその顔のまま静止した。周りの音が聞こえなくなって時間が止まったような感覚があった。
俺は彼女の顔を見れなかった。理由は二つで、一つは彼女の残念そうな顔を見るのが嫌だったのと、もう一つは逆に彼女の顔を見た自分のリアクションによって、彼女にショックを受けさせるのが嫌だったからだ。
俺は彼女のにらめっこ顔に耐えるふりをして、しばらくその顔を続けた。そして、もう目の筋肉が限界と思った頃だった。

「あっはっはっは!ダメもう無理無理!」

俺は耳を疑った。それはどう考えてもにらめっこに耐えきれなくなったときに出る笑い声だった。
「ほら!ポテンシャル高い!その真顔からのお猿さんは反則でしょ!」

俺は安心した。俺のにらめっこがウケたことではなく、この場を取り繕うことができたことに対してだった。彼女は俺を気遣って笑ってくれたんだなあ、それにしても作り笑いがうまいなあと思った。

「いやいやマジで笑った。やっぱりすごいわ。周りも言ってたんだよ。田中くんのにらめっこは絶対面白いって」

そう言われても俺は信じなかった。それどころか、なんてこの子は感情を隠す演技がうまいんだと思った。俺の面白くないにらめっこを見てこれだけのことが言えるのは相当の人たらしだ。

しかしある異変に気がついた。店にいるお客の女性陣が、チラチラとこちらを見ているのだ。ちょっと声が大きかったかと思ったが、彼女がいった。
「田中くんのにらめっこが面白かったから、周りの女の子達が気になってるんだよ。いい男にあんな顔されちゃみんな本能で見ちゃうって」

はいはいもうそういうのいいよってと思った。俺はにらめっこを披露してしまったことによって、この後の展開の何もかもを諦めていた。それは自分のにらめっこに自信がないのと同時に、彼女のにらめっこに全く魅力を感じていなかったからだった。申し訳ないが、彼女は美人で可愛くていい匂いがした。それが相まって爽やかな大人の女性の色気を醸し出してしまい、にらめっこが全く面白くなかったのだ。俺は心の中で、彼女に同情した。おそらく相当不遇な人生を送ってきたのだろうなと思った。それは俺と同じだなとも思った。

「あのね、田中くんのにらめっこのいいところはね、、、」
そのあとも彼女は俺のにらめっこ顏について延々と語った。とにかくギャップがいいだの相当お猿さん然としているだのと。彼女は興奮しており、身振り手振りを加えて熱くなっていた。俺は彼女の顔を見ながら、どの角度でもただの超絶な美人なだけだなと思った。

もしかしたら、彼女は本当に俺のにらめっこを良いと思ったのかもしれないと思った。しかしそれまでだった。やはりこの付き合いは長くは続かないぞと思った。なぜなら俺はどうしても彼女のにらめっこがタイプじゃなかったのだった。

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我々の世界には真打という制度があり、真打昇進の際には披露宴、つまりパーティーを開催することが通例となっている。今日、私が所属する落語芸術協会の真打昇進披露宴があった。素晴らしく楽しい会だったが、いつもパーティーでドキドキすることがある。それは、沢山関係者やお客さんが来るのに、結構な割合の人の顔と名前を覚えていないことです。

披露宴にはいつも大体500人以上の列席者がいる。今500という数字を書いて眩暈がした。500人もの落語家、業界関係者、昇進する噺家のお知り合い、お客さん。皆様本当に律儀で、私などの席にもわざわざお越しいただき挨拶をしてくれる。本当に恐縮である。私は乾杯の前に腹が減りすぎて膝掛けをかけて待機してしまったり、パンをボロボロこぼすような大人なのに。それに本来なら私から挨拶に行かねばならないのに。でも私は行かない。なぜなら挨拶したくても誰だか分からないからだ。

会ったことはある。顔も知っている。でもそれ以外わからない。世の中に人の顔と名前が覚えられない人はごまんといるが、私はその先頭に立ち「人の顔と名前が覚えられない代表です!」と言いたい。一度会ったくらいじゃ無理で、何度か会っても覚えられない。忘れるもんか!と思っても忘れる。どのくらい覚えられないのかいうと、高校のとき1年間ともにしたクラスメイトの名前が覚えられず、修学旅行の際に班が一緒になった女の子に「名前なんだっけ?」ときいてしまったことがある。今思い出しただけでも恥ずかしく申し訳ない。それに厄介なのは一度覚えてもしばらく会わないと忘れてしまうことだ。十数年この世界にいて知っている師匠でも、しばらく会っていないと、えーと、、となってしまう。亭号なんかあやふや。披露宴だとほとんどの方がしばらくぶりに会うもんだから、結構な割合の人の顔と名前がわからない。

一応言っておくが場所が変われば分かる。例えばどこどこのテレビ局の何さんとかどこどこの落語会のなんとかさんなど、その場にその方がいればすぐ分かる。披露宴という場と礼服という姿形が名前と素性を隠すのである。

しかし厄介なのは、私の脳の回路がこんがらがっているのか、いちいち文字に色が見えてしまうことである。例えば春という字はピンクだし、風という字は青く感じる。全てのひらがなカタカナ漢字数字アルファベットにである。それをいうと「すごい!共感覚っていうんだよ!」と言われるが全くすごくない。むしろそれによって記憶が曖昧になってものが覚えられない。例えば4と7は黄色に見えるせいで、ホテルに泊まっていても「あれ?407だっけ?704だっけ?」などとなってしまうし、田中と内田という苗字はどちらも緑に見えるので、よく内田さんに「田中さん」と言ってしまったりする。

とにかく挨拶に来てくださった方に失礼があってはいけない。向こうはわざわざ私のテーブルに来てくれたんだから。パーティーの雰囲気も相まって「私のこと覚えてないでしょ〜」などと気さくに話しかけてくれる。このときに、この方がどこの誰だか分かればよい。しかし分からないときがある。そんとき私の脳内はワニワニパニック。「失礼無きようすぐ思い出せ!」と神経ネットワークに電気信号ビビビビだ。しかし私の脳みそ検索エンジンはWindows95以前のMSDOS以前のポンコツ。画面上にぐるぐる矢印が回った挙句「見たことある顔ではあります」との役立たずの文言を出すだけだ。お前あとでお仕置きな!と自分のオツムに怒るのは置いておいて、とりあえず「ご無沙汰してます、お元気ですか?」と他愛もない会話をする。そして頭をペコペコさげて今後ともよろしくお願いしますとこの場を取り繕う。もう冷や汗もんである。

そんな行程を経てお客様が去っていった後、同じテーブルの噺家に「あの人誰だっけ?」と聞く。すると「ああ、寄席によく来るお客さんだよ」。、、、????!!!!じゃあわからない!無理ゲーすぎる!だって話したことないんだから!オツムお仕置きなんていってごめん!お前のせいじゃなかったわ!

なんてこともあるが、厄介なのは、そういった方と思ったら実は昔ものすごくお世話になった落語会の席亭だったりすることがある。そういうときは大概その方が去ったあとに気がつく。しかし時すでに遅しだ。背中に向かってまた呼んでくださいと唱えるしかない。あんなぼんやりとした会話じゃ、もう二度とあの落語会には呼ばれないだろうが。

だから私は開宴から終宴までトイレに行かない。トイレに行こうとすれば道中で、すごくお世話になった方なのに思い出せず挨拶をしないorちらっと会釈的なことしかしないというド失礼をやらかす可能性が高くなるからだ。席からトイレまでの道中は長い。どこで誰に会うか分からない。ならじっとしてるのが懸命だ。だからビールはちょっとしか飲まない。本当は飲みまくりたい。いくら飲んでもいいんだから。

そんなこんなで一人杞憂もあった披露宴であったが、それ自体は素晴らしく楽しい明るいものだった。是非是非五月から始まる真打披露にもお越し下さい。こんなことを書いたが、やはり人が集まる場というのは良い。普段話せない人とも沢山話せたし、疎遠だった方ともまた繋がれた。というわけで私が本当に書きたいことを最後に書かせていただく。

あのとき私に「また高級寿司行こうね」と言ってくれた名前の分からない貴方!これを呼んだら是非私にご一報下さい!お待ちしております!

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私の行きつけのそば屋に、いつもめちゃくちゃ怒っている店員さんがいる。私が今の家に引っ越したのをきっかけに通い始めた4年前もいたから、その前からいる。

そば屋は駅の改札内にある。腹が減っていると、仕事帰りにたまに寄るのだが、夕方以降であれば彼は大体いる。そして後輩にめちゃくちゃ小言を言っている。

内容はよくわからないが、テイストとしては「ねぇー毎回言ってるじゃんー」「だーかーらー、これはここに置いてこういう作業やっとかないとだめじゃんー」みたいな感じである。これが彼の独特な高音ボイスで発せられるので、非常に耳障りである。

それに加えてお客さんにも高圧的である。例えば「食券を出す前に席を取らないで下さーい」とか言うし、お客さんに「食券お願いします」と声をかけられると食い気味に「少々お待ち下さーい」と目も合わせずに答える始末である。そのせいで、彼が発する単なる「いらっしゃいませー」や「お待たせしましたー」などの声も煩わしくなってしまった。

私はここで、坦々つけ蕎麦を食べながら、電車の出発時刻まで将棋ウォーズをするのが楽しみなのだが、この高音小言のせいで、腹が減って力が出ないーのときでも、店の前を通り過ぎることが多くなってしまった。

そんなある日のことである。

私は夜の落語会を終え、22時過ぎに店の前を通りかかった。店内をチラ見するとやはり彼がいた。その日は高座で力が入りすぎたのか、かなり腹が減っていた。それに乗りたい電車の発車時刻まであと20分もあった。そこで私は久しぶりに店に入ることにした。
彼の小言は嫌だったが、そばを受け取るまでの我慢だ。カウンターを抜ければそこには楽しい坦々つけそばfeaturing将棋ウォーズが待っている。そう思って食券を買い、カウンターに渡そうとすると、何やら中の様子がおかしい。なんだか重苦しい雰囲気に包まれている。すると彼ではない別の女性の声が聞こえてきた。

「海鮮かき揚げまだ残ってたでしょうが!」

彼の声質を簡単に超えていく女性版の高音ボイスに、私はびっくりした。どうやら彼女はここの店長らしい。怒りの矛先は彼に向けられていた。彼はいつもの態度とはうって変わってしょんぼりとしていた。

「どうすんのこれ!もう閉店なのにこんなに余っちゃって!」

どうやら海鮮かき揚げはもう売り切れたと勘違いして、ずいぶん前に注文を止めてしまっていたらしい。この蕎麦屋は22時30分ラストオーダーの23時閉店だから、これから来るお客さんはほとんどいない。店には大量の海鮮かき揚げが残ってしまったということだろう。

私はなんだか彼が可哀想になってしまった。人間は普段よく見ているものに親しみを感じる性質があるらしいが、私もそれに倣って心のどこかで彼に親しみを感じていたのかもしれない、それとも前座修行で同じような辛さを味わったことがあるからかもしれない。どちらにしても誰かが誰かに怒られ続けている姿を見ていられなかった。

私は制限時間がカウントダウンされた将棋ウォーズの画面のままのスマホをテーブルに置き、カウンターへと向かった。そして

「あのー海鮮かき揚げって一つもらえます?」

と言おうとした。いや言った。言ったが、言い終わらなかった。言い終わる前に、彼が食い気味に

「少々お待ち下さーい」

と言った。

それはいつもの独特の高音ボイスであった。私は固まった。「そうですか、すみませんね助かります」の一言でも来ると思っていた。そんな予想は私の自己満の奢りであったが、とにかくそう予想していたから私は動揺した。

私は席に戻るタイミングを逃してしまった。「恥ずかし!」と思った。もう新しく来る客はいなかったからそこにいるのは私だけだった。私は放っておかれちゃっていた。

店長は相変わらずぷんすか怒っていた。今声をかければ「うるさい!」と言われかねなかったので、怖くて待つしかなかった。

食べ終わった客が次々に食器を返却口に置いて帰っていった。私も帰りたかった。でも帰れなかった。もう海鮮かき揚げをいただかないと帰れなくなっていた。

私はこの駅が最寄りであるかのように、そして時間などいくらでもあるかのように振る舞った。そしてすごく海鮮かき揚げを食べたい男のふりをした。そのあいだもカウンター内の小言は続いていた。今の彼らにとっては、接客することよりも大量の海鮮かき揚げをどうするのかの方がはるかに大問題だった。彼らにとって私は救世主でもなんでもなく、ただ海鮮かき揚げを食べたい人だった。

それでも電車の時間が近づいてきたので、私は勇気を出して「あのー海鮮かき揚げを」と言った。すると信じられない一言が返ってきました。

「海鮮かき揚げは売り切れましたー」

私は(なら仕方ないか)の顔をして席へと戻った。テーブルの上に置かれたスマホには「時間切れ負け」という文字が表示されていた。この時ばかりは情けは人のためならずということわざが、情けは人のためにならないからすべきでないという誤訳の方が正しいと思った。そしてなぜか本当に海鮮かき揚げが食べたくなっていた。食べなかったけど。

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