春風亭昇々は、これまで何度もブログを更新しようとしたが、筆が(タイプが)全く進まなくなっていた。
それはスランプなどではなく、しばらく書いていなかったからに決まっている、と彼は思った。
彼が書いていなかったのは、5月に生まれた子供をあやしていたからである。
決してサボっていたわけではない。
継続は力、という言葉を頭に思い浮かべた。
例えば夏の暑さにかまけてサボっていたランニングを久しぶりに再開したときのこと。
彼はたった10キロで膝を痛めた。
去年の今頃はフルマラソンを走れたのに、この体たらく。
改めて継続の力強さには恐れ入った。
いや、何かのYOUTUBEチャンネルで聞いた。「継続“のみ“が力である」。
彼は改めて、ランニングには全てが詰まっていると思った。
お金がほとんどかからない、いつでもどこでもできる、やればやるほど成果が出る、副作用がない。
この全てに当てはまるものを追求できれば、幸福であるというのが彼の持論である。
それに則れば、ランニングを追求することは幸福である。
落語をやることも、幸福である。
そして文章を書くことも、幸福である。
ともかくリハビリをせねばならない。
ということで、彼は家の近くの図書館にきた。
そしてパソコンを取り出して何かを書き始めた。
書き始めてすぐ思った。
これはおそらく取り止めもない文章になるなと。
本当に何も思い浮かばないのである。
しかしここで言いたい。
彼は今、幸福である。
ランニングもままならないし、文章も全く書けないのに幸福なのである。
なぜならたった今、彼は床に落としていた図書カードを隣の美女に拾われるという僥倖に巡り合ったのだ。
美女はにっこり笑った。
彼に微笑みを投げかけたのだ。
彼の心臓は高鳴った。
どっどっどっど。
彼女の心臓はどうだろうかと思った。
彼は自分が置かれた状況を俯瞰した。
俯瞰するのは彼の癖である。
なんて幸福で、そしてここはなんて快適な空間だろうと思った。
彼は図書館の学習席というものを初めて利用したのだが、ガラス張りで木を基調としたなんとも小綺麗な空間であった。
空調も完璧。
平日の昼下がりで人はまばら。
そして隣には美女・・・。
彼は、いかんいかんと思った。
お前は何をしにきたんだ。気を散らしてどうする。ブログのリハビリだろう?真面目に書くんだ。ネタを1000書くんだ。本にしたいんだろう?時間は有限だぞ。と思った。
しかしどうしても隣の美女が気になった・・・。
考えまいとすればするほど考えてしまった。
彼女は何を勉強しているのだろう。仕事をしているのだろうか。だとすればなんの仕事だろう。おそらくデスクワーカーではあるまい。喫茶店経営とかか?ケーキとか作るのかな?子供の時の夢はケーキ屋さんだったのかな?どんなパソコンを使っているのだろう。何を書いているんだろう。などという疑問が次々に思い浮かんだ。
また、彼女のタイプ音は優しかった。
その優しさも彼の妄想を掻き立てた。
くとくとくとくと・・・。
まるで母さんの肩を叩く幼児のお手手だ。
その柔らかさが彼の思考をぼやけさせた。
気がつけば、書いているのはふりだけで、ひたすら柔らかなタイプ音に耳を集中させていた。
柔らかな陽光の中で奏でられるタイプ音。それはピアノで奏でる昼下がりのノクターンであった。
彼は思った。
その優しさで僕の頬をつついてほしい。
彼はもはや彼女のキーボードになりたかった。
できれば「F」か「J」になりたかった。
「F」か「J」になれれば、彼女の人差し指に半永久的に触れられるのだった。
いや、「A」も捨てがたかった。なぜなら「A」は小指であり、母音であるから頻繁にタップされる。
頻繁なタップは魅力的だった。頻繁なタップ?と思った。なんて猥雑な響きなんだろう。まさに声に出したい日本語。頻繁なタップ、頻繁なタップ、ひんぱんなたっぷ
ひんぱんなたっぷ・・・
ぼいんにひんぱんにたっぷ・・・
妄想上の彼女の声が、彼の耳元で囁いた。
彼は改めて思った。いかんいかん。この席を借りれるのは2時間までだ。時間内に絶対に何か書ききるって決めて来たのだ。何をしてる。なんでもいいんだ。ネタを書く。書き切って宣伝する。Xにアップするまでをやり切るんだ。Xにアップするっ・・Xにアップえっくすにあっぷえっくすにあっぷ・・・
えっくすたっぷたぷ・・・・たっぷたぷなえっくす・・・・
やめろよと彼は冷静に心の中でいった。
しかし彼女は離れてくれなかった。
こうなったら自分で彼女を引き剥がすしかなかった。
彼は立ち上がった。
トイレにいくふりをして、彼女のパソコンの画面を見るためだった。
そこに彼女のイメージを壊すようなもの、それがなんだかわからないが、それが表示されていれば彼はもうネタに集中できるのだった。
彼は足早なふりをしてパソコンをチラ見した。
彼の目に入ったのは全く予想していないものだった。
それはドジャースのポストシーズン勝利の記事だった。
そこには佐々木朗希が抑えの役割をしっかり果たし、ガッツポーズする背中が写し出されていた。
彼は困惑した。
ケーキ屋さんの彼女は、昼下がりに図書館でドジャースの優勝記事を読んでいたのだ。
彼はトイレで思案した。
美女が平日の昼下がりにドジャースの記事を読んでいる、という事実から彼女という人物を推理せねばならなかった。
彼の乏しい推理力では確かなことは言えないが、頭に一字が思い浮かんだ。
「暇」
美女が暇を持て余している。
それは事実だった。
昼下がりに美女が暇を持て余している。
これもまた事実だった。
昼下がりに暇な美女が私ににっこり微笑んだ。
事実だ。
そして最終的な結論。
昼下がりに美女が暇を持て余し、私ににっこり微笑んだ。
もちろん彼にできることは何もなかった。
美女の気持ちを受け止めることはできないのだった。
彼は帰ることにした。
ここにいても気が散るだけだし、席の時間があと20分しかなかった。
しかし、彼は最後にもう一度だけ彼女に触れようとした。
物理的にではなく、彼女のパソコンとタイプ音に触れるのだった。
彼は席に戻った。
しかし彼女はもうタイプしていなかった。
もしかしたら、彼女のタイプは仕事などではなく、彼に向けてのものだったのかも知れなかった。
それは事実か分からないが、彼にはそう思えた。
そして相変わらずドジャースの記事を読んでいた。
そのとき私はハッとした。
ドジャースといえば、リーグ地区シリーズ4戦目で、フィリーズとのカードに勝利を決めていた。
勝利の立役者は8回から3イニングパーフェクトに抑えた佐々木朗希だった。
ピンチを佐々木朗希が救ったのだ。
フィリーズとのカードを落としそうになったのを佐々木朗希が救った。
カードを落としそうになったのを・・・・
彼は一瞬立ち止まった。
しかし何事もないように荷物をまとめて席を後にした。
その間も彼女は微動だにしなかった。
帰り際の最後の一目、彼女の背中と佐々木朗希の背中が重なったように見えた。
それはスランプなどではなく、しばらく書いていなかったからに決まっている、と彼は思った。
彼が書いていなかったのは、5月に生まれた子供をあやしていたからである。
決してサボっていたわけではない。
継続は力、という言葉を頭に思い浮かべた。
例えば夏の暑さにかまけてサボっていたランニングを久しぶりに再開したときのこと。
彼はたった10キロで膝を痛めた。
去年の今頃はフルマラソンを走れたのに、この体たらく。
改めて継続の力強さには恐れ入った。
いや、何かのYOUTUBEチャンネルで聞いた。「継続“のみ“が力である」。
彼は改めて、ランニングには全てが詰まっていると思った。
お金がほとんどかからない、いつでもどこでもできる、やればやるほど成果が出る、副作用がない。
この全てに当てはまるものを追求できれば、幸福であるというのが彼の持論である。
それに則れば、ランニングを追求することは幸福である。
落語をやることも、幸福である。
そして文章を書くことも、幸福である。
ともかくリハビリをせねばならない。
ということで、彼は家の近くの図書館にきた。
そしてパソコンを取り出して何かを書き始めた。
書き始めてすぐ思った。
これはおそらく取り止めもない文章になるなと。
本当に何も思い浮かばないのである。
しかしここで言いたい。
彼は今、幸福である。
ランニングもままならないし、文章も全く書けないのに幸福なのである。
なぜならたった今、彼は床に落としていた図書カードを隣の美女に拾われるという僥倖に巡り合ったのだ。
美女はにっこり笑った。
彼に微笑みを投げかけたのだ。
彼の心臓は高鳴った。
どっどっどっど。
彼女の心臓はどうだろうかと思った。
彼は自分が置かれた状況を俯瞰した。
俯瞰するのは彼の癖である。
なんて幸福で、そしてここはなんて快適な空間だろうと思った。
彼は図書館の学習席というものを初めて利用したのだが、ガラス張りで木を基調としたなんとも小綺麗な空間であった。
空調も完璧。
平日の昼下がりで人はまばら。
そして隣には美女・・・。
彼は、いかんいかんと思った。
お前は何をしにきたんだ。気を散らしてどうする。ブログのリハビリだろう?真面目に書くんだ。ネタを1000書くんだ。本にしたいんだろう?時間は有限だぞ。と思った。
しかしどうしても隣の美女が気になった・・・。
考えまいとすればするほど考えてしまった。
彼女は何を勉強しているのだろう。仕事をしているのだろうか。だとすればなんの仕事だろう。おそらくデスクワーカーではあるまい。喫茶店経営とかか?ケーキとか作るのかな?子供の時の夢はケーキ屋さんだったのかな?どんなパソコンを使っているのだろう。何を書いているんだろう。などという疑問が次々に思い浮かんだ。
また、彼女のタイプ音は優しかった。
その優しさも彼の妄想を掻き立てた。
くとくとくとくと・・・。
まるで母さんの肩を叩く幼児のお手手だ。
その柔らかさが彼の思考をぼやけさせた。
気がつけば、書いているのはふりだけで、ひたすら柔らかなタイプ音に耳を集中させていた。
柔らかな陽光の中で奏でられるタイプ音。それはピアノで奏でる昼下がりのノクターンであった。
彼は思った。
その優しさで僕の頬をつついてほしい。
彼はもはや彼女のキーボードになりたかった。
できれば「F」か「J」になりたかった。
「F」か「J」になれれば、彼女の人差し指に半永久的に触れられるのだった。
いや、「A」も捨てがたかった。なぜなら「A」は小指であり、母音であるから頻繁にタップされる。
頻繁なタップは魅力的だった。頻繁なタップ?と思った。なんて猥雑な響きなんだろう。まさに声に出したい日本語。頻繁なタップ、頻繁なタップ、ひんぱんなたっぷ
ひんぱんなたっぷ・・・
ぼいんにひんぱんにたっぷ・・・
妄想上の彼女の声が、彼の耳元で囁いた。
彼は改めて思った。いかんいかん。この席を借りれるのは2時間までだ。時間内に絶対に何か書ききるって決めて来たのだ。何をしてる。なんでもいいんだ。ネタを書く。書き切って宣伝する。Xにアップするまでをやり切るんだ。Xにアップするっ・・Xにアップえっくすにあっぷえっくすにあっぷ・・・
えっくすたっぷたぷ・・・・たっぷたぷなえっくす・・・・
やめろよと彼は冷静に心の中でいった。
しかし彼女は離れてくれなかった。
こうなったら自分で彼女を引き剥がすしかなかった。
彼は立ち上がった。
トイレにいくふりをして、彼女のパソコンの画面を見るためだった。
そこに彼女のイメージを壊すようなもの、それがなんだかわからないが、それが表示されていれば彼はもうネタに集中できるのだった。
彼は足早なふりをしてパソコンをチラ見した。
彼の目に入ったのは全く予想していないものだった。
それはドジャースのポストシーズン勝利の記事だった。
そこには佐々木朗希が抑えの役割をしっかり果たし、ガッツポーズする背中が写し出されていた。
彼は困惑した。
ケーキ屋さんの彼女は、昼下がりに図書館でドジャースの優勝記事を読んでいたのだ。
彼はトイレで思案した。
美女が平日の昼下がりにドジャースの記事を読んでいる、という事実から彼女という人物を推理せねばならなかった。
彼の乏しい推理力では確かなことは言えないが、頭に一字が思い浮かんだ。
「暇」
美女が暇を持て余している。
それは事実だった。
昼下がりに美女が暇を持て余している。
これもまた事実だった。
昼下がりに暇な美女が私ににっこり微笑んだ。
事実だ。
そして最終的な結論。
昼下がりに美女が暇を持て余し、私ににっこり微笑んだ。
もちろん彼にできることは何もなかった。
美女の気持ちを受け止めることはできないのだった。
彼は帰ることにした。
ここにいても気が散るだけだし、席の時間があと20分しかなかった。
しかし、彼は最後にもう一度だけ彼女に触れようとした。
物理的にではなく、彼女のパソコンとタイプ音に触れるのだった。
彼は席に戻った。
しかし彼女はもうタイプしていなかった。
もしかしたら、彼女のタイプは仕事などではなく、彼に向けてのものだったのかも知れなかった。
それは事実か分からないが、彼にはそう思えた。
そして相変わらずドジャースの記事を読んでいた。
そのとき私はハッとした。
ドジャースといえば、リーグ地区シリーズ4戦目で、フィリーズとのカードに勝利を決めていた。
勝利の立役者は8回から3イニングパーフェクトに抑えた佐々木朗希だった。
ピンチを佐々木朗希が救ったのだ。
フィリーズとのカードを落としそうになったのを佐々木朗希が救った。
カードを落としそうになったのを・・・・
彼は一瞬立ち止まった。
しかし何事もないように荷物をまとめて席を後にした。
その間も彼女は微動だにしなかった。
帰り際の最後の一目、彼女の背中と佐々木朗希の背中が重なったように見えた。