春風亭昇々ブログ

落語家、春風亭昇々のブログだよ!ゆっくりしてってね♪お知らせ、ネタなどいろいろあります。

プロフィール
LINE公式アカウント

昇々壁紙!無料!
あなたは無料カウンター番目の訪問者です。キリ番ゲットしたあなた!どこかの記事のコメント欄に何か書いてってね!

テレビにて。お笑いにも、自分が好きでやってる人、他人に認められたくてやってる人、何にも考えずやってる人、色々いる。本当に面白いのは好きでやってる人?好きだし認められたいしそのために何にも考えないようにやってる人がいたら最高でしょうね。

なんでも元は面白くて好きで楽しいからやってたんでしょう?サッカーだって敵の頭蹴るのがただ面白かったんでしょ?バレエだって描くのだって音楽だってただ興奮する、心が震えるからやってたんでしょう絶対。

型にハマったらそれこそドツボにハマるでしょう。行き止まり。ゴールでおしまい。型というのはある一つの道程に過ぎない。

トレラン用のリュック買いました。

結果同じことをしてても、気持ちが大事ではないか?気持ちが行動を決定する。こんなこと言ったらなんだけど、人間顔に気持ちって出る。どこに目があって鼻の高さがどうで、、とかじゃない。優しい人は優しそうな顔してるし、意地悪な人ってそういう顔してる。表面的におんなじことしてても細かいところに気持ちが出る。だから普段から人に優しく人が見てないとこでもきちんとした行動をしないといけない(まっったくやってないけど)。

真面目!

愛がないと。人やモノを慈しむ気持ち、人の喜びを喜び、悲しみに寄り添えるか??モノを表現するってその根本が原動力?芸は人なり。その気持ちが爆発したものは笑いとプラスアルファ、それはそれは凄いものになるんじゃないか。

全くできない!!!でもでもいうのは自由、目標があることもいいことですね。



    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

なんでもやりたいやりたい言ってみるもんで、トレイルランしたいって言ってたらトレイルラン友達が2人できた。今月末行ってきます。

繰り返しますけど、ランニングってほんといいですよ。まず、いつでもどこでもできる、努力に際限がない、お金がかからない、気分爽快、持久力集中力がつく。

最近は昼走ってる。暑い中持久力つけたいってことなんですけど、昼だと周りにお昼休みで出てきてる人がいるんですよ。勝手に応援してもらってる気分になって(頑張りますっ)って勝手に思ってにひひにひひしてる。辛いから眉毛ハの字にして大汗かいてにひひにひひしてます。

ソーゾーシー#9のネタほぼできました。毎回思うけど、最高傑作なんで是非お越しください。

やっぱり新作、創作と言いたくない。絵を描くように、音楽をやるように踊るようにやりたい。楽しく、遊んで、ふざけて、自由にやりたい。そして自分の思い通りに作ってやるのが一番楽しい。申し訳ないんだけど、今日古典落語をやってやっぱりそう思った。






    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

風邪が治ったらその年は風邪ひかないと思ってるんですけどそうでしたよね?免疫ができるからひかないよね?違った?

人としては何もできない。落ち着きもないし頭の回転も遅いしコミュニケーションもできないし体も弱いし。でも大事なのはそこじゃない。見えない魂の力。魂の力はすごい。魂の力でなんでもできる。与えられた脳と体で人の心を動かすことができる。魂の力で人から人間になる。

れるとかられるとかどうでもいい。細かいことにとらわれず常に真実を見る。真実って?自分の選んだものがただ一つの真実でしょう。だから風邪引いたらもう風邪ひかないって思ったら絶対風邪ひかない。




    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

落語を作るのは難しいというのは落語家だけで、作ってみたら案外できますよ。だからみんなも落語を作りましょう。

難しいのは作り続けること。これには作る力以外にも持久力がいる。でも暇な時、作りたい時に作っていいんだったら誰でもできます。

だって最近思ったんですが、ルールなんてないもん。ルールがあると守ろうとして自由なものができない。オチもない説明もないただただガラクタのくすぐりを集めてお話にしたようなものがあったっていい、まあ結果的に受け入れられないかもしれないけど、そういうものがあっていいという風に思っておくことで色んなものができますよね。

大事なのは起承転結の転?話が転がっていくことにワクワクってある。どう転ばせるか?楽しく転ばせればいい。おもしれーなーと思う方向に行けばいい。

聴き手の想像力を使うわけだから、聴き手も信頼していいよね。そこも落語っていいところ。

大事なのは楽しいかってことですかね。ワクワクドキドキ爆笑、心が動くか?最近心動くかってうるさいですね、すみません。

誰でもできる作り方。登場人物に勝手に会話させればいいんです。普段の会話って別に台本があって話してる訳じゃないでしょう?普段だって何となく話しさせてると面白いやり取りが出てくるじゃないですか。そこには生きてる自分が反映されるんです。それをまとめればいい。終わりたいところで終わればいい。

一気に作ろうとすると難しいじゃないですか。普段の会話だって話したいときと黙ってたいときありますよね。だから話したいときに話せばいい。てか、話したいときに話さないと表面的な形だけの会話になっちゃう。

あと、人に相談しながら作るとできますよ。「こんな話作ろうと思ってんだけどさ〜」とか言って、設定だけ説明して相手に聞くんです。大喜利みたいに。これでくすぐりは二、三個いけますね。思わぬ方向に話が転んでいくこともあるし。

とにかく特別な才能いらない。会話を楽しめてればいい。

でもなんだけど、作るのは簡単、表現するのが難しい!落語が一番難しいっちゃ難しい。言いたいことも言えない世界。出る杭は打たれる世界で、少女のようにお花畑を飛び回るなんて。要は地獄でニコニコしろってこと。それには純粋さ内省信念がいるし、いらない執着を捨てねばならない。

↑だから頭で考えるのは簡単!やるのが難しい!あともうちょっとなんだけど



    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

明朝体って緊張を生むから、書いてることが面白ければ小説って笑えちゃう。想像させるってことでも小説って落語っぽいですよね。

陰惨なものなんかゴシック体で書くとより怖い気がする。ゴシック体の小説ってなんでないのかな?

舞城王太郎さんなんか読んでると自由で飛び跳ねてるようで小説って音楽のようにクラシックからヒップホップまであって本当に楽しいと思える。落語も、落語ラクゴRAKUGOみたいに、ただ座布団に座ってなんかやって見てる人の心を動かせ!みたいなものになればいいななんて思う。そこまで考えるとやっぱり周りを無視せざるを得ないっていうか、((勝手に遊んでる→人が集まってくる→みんなであーだこーだ遊ぶ→さらに人が集まってくるていう流れの中で、落語ってまだ最初にも達してない)だって、周りが集まってきてもいないからそもそも見る周りがいない))ほんとほんとに自分だけじゃなくてみんな伝統、既製品なものを無視してただシンプルに楽しく遊んで欲しい。前座二つ目真打がどうとか若手がどうとかの意味を取っ払ってただただ楽しく踊るように魂の爆発?みたいなものを見たい。脳で考えた理屈の大人の外に目を向けたものじゃなくて体で感じた本能の子供の内側の超新星爆発みたいなものって見れないですかね?自分がそうやりたいってのももちろんあるし、人がそうやってるのも見たい。狂気とか。いたって真面目に馬鹿なことをやる純粋さ。それって1人でやってたってダメなんですよ。みんなが頭で考えないでただシンプルにみんなで感動しようという。自分の心にいかに目を向けられるか?でしょう。そんなのなければその分野は廃れてく。頭でっかちになった感じなくなった大人の墓場でだけやられるものになる。魂の抜けた墓場の亡霊のための文化。亡霊が魂抜けてるっておかしいですね。


    このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

このページのトップヘ