指名をしなかったのが全ての始まりだった。
なぜ私は指名をしなかったのか。初回と二回目で担当が変わるなんてことはないと思ったのだ。しかし違った。私が席に座ると、全然違う女性が来た。え?違う人なの?って思った。まさか違う人が来るとは思わなかった。
私はこの美容室をホットペッパービューティーで予約したのだが、その際、前回担当の彼がこの時間空いているのを確認していた。もちろん指名料500円をケチろうと思ったからだった。いや、ケチろうというのは語弊がある。払わなくてもいいお金をわざわざ払いたくないだけだごめんなさいおんなじことだ。指名しなくても、店に彼がいればどうせ彼が担当するはずなのだからわざわざ指名料を払う必要などない。お金は大事だ。
だけど全然違う人だった。人が違うのはもちろん、タイプが真逆だった。前回の担当してくれた彼は今流行りの眉毛が前髪で隠れるほわっとへあーで白いトレーナーを着ていて、シナモロールの雰囲気を醸し出していた。それに対し彼女は、髪が金色と黒が混ざったボブで、チョッキもある執事みたいな全体的に黒い服を着ていてまるで隙がなかった。その佇まいに私は動揺した。彼女は明らかに年下だったが、私は心の中で彼女を「お姉様」と呼ばなければならなかった。
そんな私をよそに、お姉様は何事もない感じで「今日はどうしましょう」と聞いてきた。私は前回担当の彼に、事細かく自分の理想を伝えていたから、まさかもう一度説明することになると思わず、言葉が詰まってしまった。それにお姉様の自信ありげな、わかりやすく言えば高圧的な雰囲気が私を萎縮させた。「ええと、なんていうのか、あの、上短く下長くですあ違うます」
もうここまで来たら「お姉様のお気の召すままに!」と首輪をひかれながら四つん這いになりたかったが、私はまだ夢半ばだった。その夢とは可愛いマッシュルームヘアーになることだった。そのためには頭を地球に見立てた場合、こめかみ周囲以北の髪を今よりももう少し伸ばさなければならず、そしてこめかみ周囲以南は刈り上げずとも短めにせねばならなかった。これがうまくお姉様に伝わらなければ、理想を目指してきた今までの道のりが無駄になってしまう。私は緊張でふわつきながらも、なんとか意向を伝えた。
彼女が髪を切り始めると私は目を閉じた。ここで私の考える癖が発動した。私は電車の中や歩きながら、○○はなぜ△△なのかということを考えてしまう癖があった。今回の議題は「なぜ店側は担当を変えたのか?」だった。私は良い理由を探った。そして、店側はこう捉えたのではないかと思った。
(前回担当した者をこのお客様はお気に召さなかったのですね。それならば今回は担当を変えましょう)
これは一見ありそうな理由に思えたが、すぐに却下された。なぜなら、普通担当が気に食わなかったのであれば客は店自体を変えるはずである。村に一軒しかないならともかく、日本の美容室はコンビニより多い。同じ店であれば前回担当してくれた人と顔を合わせて気まずいことになるかもしれない(現に私はそうなった。すぐ隣には別の客を担当している彼がいた)。そう考えれば同じ店に行く理由などないのだから、店側だってそんなことを考慮する必要なんてないのである。
そしてもう一つ考えられたのは、指名料を払わない客に対して同じ担当をつけてはならないというルールが存在することだった。そしておそらくこれは正解だった。なぜなら指名料を払わない客に同じ担当をつけてしまえば、指名料を払った客に対して不公平だ。それにそんなことをすれば指名料を払う客だって減ってしまう。
私は自分の顔がかあっと赤くなるのを感じた。お姉様の心の中から(こいつ、いい大人のくせして指名料ケチってるよ)という声が聞こえた。絶対バレてる!私は後悔した。たった500円をケチったがゆえに恥ずかしめを受けることになったのだ。ごめんなさいごめんなさい指名料をケチりました僕はダメな大人です社会のバグです!目を瞑りながら心の中でそう唱えた。しかし、そんな私を無視するようにお姉様は淡々と仕事をこなした。シャキシャキというリズミカルな音と共に、お姉様が私の髪の一本一本にダメの刻印を刻んでいる気がした。
私はじっとしていられず目を開き、目の前に置かれたiPadで雑誌を読むことにした。選んだのは週間SPAだった。私は普段から世間の興味関心をネタに生かすためSPAを読んでいた(決してエッチな記事を読みたい訳ではない)。そこにあったのは最新のSPAだった。私は安堵した。SPAを読むのは好きだから、これで余計なことを考えなくて済む。しかし、SPAの表面をタップし表紙をめくった瞬間、私は凍りついた。事もあろうに、水着のおっぱい母音母音のグラビアが全画面にどでかく表示されてしまったのだ。そのときなんとなく、お姉様のカットのリズムがワンテンポずれたような気がした。
私はなんでもない風でページをめくろうとした。しかしこんな時に限って画面がフリーズ。わしゃ追手内洋一か!スワイプしてもスワイプしても次のページにならない。それどころかのスワイプする指がちょうどグラビアの母音と重なってしまい、私が何度も母音を擦っているような感じになってしまった。私は焦った。高座で次のセリフが出てこないときより焦った。どうやっても動かないので縦にスワイプしたり、終いには親指と人差し指で大きくしたり小さくしたりをしようとした。その仕草が母音を掴もうとしているようで、より卑猥だった。やがて画面は制御不能となり水着の女性がぶるぶる震え出した。震えたいのはこっちだった。
私の髪は20分で切り終わった。人生で最速だった。指名料未払いが原動力となった速さであるような気がした。「一度シャンプーしてからもう一度見ますね」といってお姉様はどこかへ行ってしまった。それから10分くらい誰も来なかった。この放置プレイも指名料未払いが原因だと思われた。
そのあとアシスタントと思われる別の女性が来てシャンプーをしてくれた。シャンプーをする前、仰向けになった私の顔にガーゼをすごく丁寧に乗せてくれた。その丁寧さに私は申し訳なさを感じた。(あなたは知らないんですね。私が初めて来たお客さんじゃなく二度目の客だということを。それにも関わらず指名料を払っていないということを。それにエロというオプションがついていることも)私はそのあとの優しい洗髪に対しても、ただただごめんなさいと思うしかなかった。
シャンプーが終わって髪を乾かしてもらうと、また10分待たされた。iPadは調子が悪いということで持っていかれてしまった。何もすることがなく、私はただ鏡に写る自分をぼんやり見続けた。右側が左側よりももっこりしているように思えたが、言えそうになかった。指名料を払っていなかったし何よりあんな母音事件の直後に「もっこりを取ってください」なんて言えるわけがなかった。そして私はハンバーガーの絵柄のトレーナーを着ていた。ハンバーガーには無表情の顔がついており、上になぜか「beautiful」という表記があった。何がbeautifulかわからなかった。私は全然beautifulじゃなかった。ひげも剃っていなかったし拡大すれば微量に鼻くそがついている気がした。一分の隙もないお姉様にこんな状態で対峙してしまった自分を恥ずかしく思った。もう帰りたかった。
やがてお姉様が戻ってきた。お姉様は鏡越しの私を見ながら、バランスを調節するために私の髪を撫で続けた。そしてなんとも衝撃的な一言を放った。
「右がちょっともっこりしちゃってますよね」
ええええええええええええええ。お姉様!今もっこりって言いました?もしかして私の心が読めるのですか?いや違う!わかったぞ!この人はプロなんだ!モノホンのプロ!思えば20分で切り終わったのもお姉様の技量の成せる技!シャンプーのあと10分待たせるのも人気者ってこと!お姉様は指名料云々なんてどうでもよくて、ただプロとして職務を全うしていただけなんだ!すごい!
この瞬間、私はお姉様に全幅の信頼を寄せた。そんなことを指摘する美容師さんは今までいなかった。私の頭の形の欠点を一瞬で見抜くとは恐れ入った。もうこの人に任せておいたら一番良い髪型になる気がした。だったらもうどう思われてもよかった。良い髪型になるのであれば私はケチでもスケベでもなんでも成り下がってやらぁと思った。思えば41にもなってハンバーガートレーナーを着てしまう私のセンスのなんてどうでもいいのだ。お姉様の思うままにしていただくのがベストだ。お姉様が「頭頂部てっぺんから半径5センチの髪の毛は全部剃ったほうが良い」と言ったらする。いや流石にそれはしない。絶対にしない。
その後も手際よく私の髪の毛を微調整しカットは終わった。お姉様は私めにワックスの付け方まで指南して下さった。なんだか普段より良い髪型になった気がした。お会計の段になると、指名料なしのカットのみの金額4900円をいい渡された。指名しないでよかったと思った。安いしお姉様に切っていただけたのだから。私は「クイックペイで」と言った。お会計くらいスムーズにしたかった。するとお姉様がいった。「すみません、ペイペイしか使えないんです」そうか、それならば仕方ない。私は財布を取り出そうと鞄のチャックを開けた。風呂敷やら雪駄やらが乱雑に入っていて汚かった。旅人だと思われぬよう体で鞄を隠した。しかし、いくら探しても財布が見当たらなかった。探しても探しても財布がないのだ。「あれえ財布がないなー」などと呟きながら私は身体中に冷や汗をかいていた。心臓が体を揺らすほどドクドクしていた。このときすでに家に財布を忘れてきたということに気づいていた。
「ええと確かここら辺に入れたようなー」と言いながら私はマックススピードで頭を回転させていた。どうする?どうすればいい?ケチとエロですでにリーチがかかっていた。もはや一騎しか残っていなかった。「ノーマネーで(人生)フィニッシュです」というわけにはいかなかった。無駄だと分かっていても私は鞄を漁り続けた。もう正直に伝えるか?それか皿洗いのようにお客様の頭を洗わせていただくか?なんて思っているとお姉様がいった。「5000円以上であればカードが使えるんですが」
それだ!よかった!ならばワックスだ、ワックスを買おう!どうせ使うし!私は安堵し、動揺していたのを悟られないようお姉様に伝えた。「じゃあワックス買います」するとお姉様は後ろの棚からワックスをいくつか取り出した。店で使っているオリジナルのものとのことだった。私は今使っていただいたものと同じのを下さいと言った。するとお姉様が言った。「2500円です」
高っっか!2500円?たかが油の塊に?髪の毛を成型しそれをキープするだけの代物が2500円?え?それってもしかして油だから中東情勢が関係してる?そうとしか思えない!などという心情は全く表に出さなかった。それどころか、まあそれぐらいはするでしょうねの顔をした。「じゃあそれで」と伝えるとお姉様はレジを打った。画面には7400円の文字が表示されていた。たかが500円をケチっただけで私はとんだ散財をする羽目になった。
なぜ私は指名をしなかったのか。初回と二回目で担当が変わるなんてことはないと思ったのだ。しかし違った。私が席に座ると、全然違う女性が来た。え?違う人なの?って思った。まさか違う人が来るとは思わなかった。
私はこの美容室をホットペッパービューティーで予約したのだが、その際、前回担当の彼がこの時間空いているのを確認していた。もちろん指名料500円をケチろうと思ったからだった。いや、ケチろうというのは語弊がある。払わなくてもいいお金をわざわざ払いたくないだけだごめんなさいおんなじことだ。指名しなくても、店に彼がいればどうせ彼が担当するはずなのだからわざわざ指名料を払う必要などない。お金は大事だ。
だけど全然違う人だった。人が違うのはもちろん、タイプが真逆だった。前回の担当してくれた彼は今流行りの眉毛が前髪で隠れるほわっとへあーで白いトレーナーを着ていて、シナモロールの雰囲気を醸し出していた。それに対し彼女は、髪が金色と黒が混ざったボブで、チョッキもある執事みたいな全体的に黒い服を着ていてまるで隙がなかった。その佇まいに私は動揺した。彼女は明らかに年下だったが、私は心の中で彼女を「お姉様」と呼ばなければならなかった。
そんな私をよそに、お姉様は何事もない感じで「今日はどうしましょう」と聞いてきた。私は前回担当の彼に、事細かく自分の理想を伝えていたから、まさかもう一度説明することになると思わず、言葉が詰まってしまった。それにお姉様の自信ありげな、わかりやすく言えば高圧的な雰囲気が私を萎縮させた。「ええと、なんていうのか、あの、上短く下長くですあ違うます」
もうここまで来たら「お姉様のお気の召すままに!」と首輪をひかれながら四つん這いになりたかったが、私はまだ夢半ばだった。その夢とは可愛いマッシュルームヘアーになることだった。そのためには頭を地球に見立てた場合、こめかみ周囲以北の髪を今よりももう少し伸ばさなければならず、そしてこめかみ周囲以南は刈り上げずとも短めにせねばならなかった。これがうまくお姉様に伝わらなければ、理想を目指してきた今までの道のりが無駄になってしまう。私は緊張でふわつきながらも、なんとか意向を伝えた。
彼女が髪を切り始めると私は目を閉じた。ここで私の考える癖が発動した。私は電車の中や歩きながら、○○はなぜ△△なのかということを考えてしまう癖があった。今回の議題は「なぜ店側は担当を変えたのか?」だった。私は良い理由を探った。そして、店側はこう捉えたのではないかと思った。
(前回担当した者をこのお客様はお気に召さなかったのですね。それならば今回は担当を変えましょう)
これは一見ありそうな理由に思えたが、すぐに却下された。なぜなら、普通担当が気に食わなかったのであれば客は店自体を変えるはずである。村に一軒しかないならともかく、日本の美容室はコンビニより多い。同じ店であれば前回担当してくれた人と顔を合わせて気まずいことになるかもしれない(現に私はそうなった。すぐ隣には別の客を担当している彼がいた)。そう考えれば同じ店に行く理由などないのだから、店側だってそんなことを考慮する必要なんてないのである。
そしてもう一つ考えられたのは、指名料を払わない客に対して同じ担当をつけてはならないというルールが存在することだった。そしておそらくこれは正解だった。なぜなら指名料を払わない客に同じ担当をつけてしまえば、指名料を払った客に対して不公平だ。それにそんなことをすれば指名料を払う客だって減ってしまう。
私は自分の顔がかあっと赤くなるのを感じた。お姉様の心の中から(こいつ、いい大人のくせして指名料ケチってるよ)という声が聞こえた。絶対バレてる!私は後悔した。たった500円をケチったがゆえに恥ずかしめを受けることになったのだ。ごめんなさいごめんなさい指名料をケチりました僕はダメな大人です社会のバグです!目を瞑りながら心の中でそう唱えた。しかし、そんな私を無視するようにお姉様は淡々と仕事をこなした。シャキシャキというリズミカルな音と共に、お姉様が私の髪の一本一本にダメの刻印を刻んでいる気がした。
私はじっとしていられず目を開き、目の前に置かれたiPadで雑誌を読むことにした。選んだのは週間SPAだった。私は普段から世間の興味関心をネタに生かすためSPAを読んでいた(決してエッチな記事を読みたい訳ではない)。そこにあったのは最新のSPAだった。私は安堵した。SPAを読むのは好きだから、これで余計なことを考えなくて済む。しかし、SPAの表面をタップし表紙をめくった瞬間、私は凍りついた。事もあろうに、水着のおっぱい母音母音のグラビアが全画面にどでかく表示されてしまったのだ。そのときなんとなく、お姉様のカットのリズムがワンテンポずれたような気がした。
私はなんでもない風でページをめくろうとした。しかしこんな時に限って画面がフリーズ。わしゃ追手内洋一か!スワイプしてもスワイプしても次のページにならない。それどころかのスワイプする指がちょうどグラビアの母音と重なってしまい、私が何度も母音を擦っているような感じになってしまった。私は焦った。高座で次のセリフが出てこないときより焦った。どうやっても動かないので縦にスワイプしたり、終いには親指と人差し指で大きくしたり小さくしたりをしようとした。その仕草が母音を掴もうとしているようで、より卑猥だった。やがて画面は制御不能となり水着の女性がぶるぶる震え出した。震えたいのはこっちだった。
私の髪は20分で切り終わった。人生で最速だった。指名料未払いが原動力となった速さであるような気がした。「一度シャンプーしてからもう一度見ますね」といってお姉様はどこかへ行ってしまった。それから10分くらい誰も来なかった。この放置プレイも指名料未払いが原因だと思われた。
そのあとアシスタントと思われる別の女性が来てシャンプーをしてくれた。シャンプーをする前、仰向けになった私の顔にガーゼをすごく丁寧に乗せてくれた。その丁寧さに私は申し訳なさを感じた。(あなたは知らないんですね。私が初めて来たお客さんじゃなく二度目の客だということを。それにも関わらず指名料を払っていないということを。それにエロというオプションがついていることも)私はそのあとの優しい洗髪に対しても、ただただごめんなさいと思うしかなかった。
シャンプーが終わって髪を乾かしてもらうと、また10分待たされた。iPadは調子が悪いということで持っていかれてしまった。何もすることがなく、私はただ鏡に写る自分をぼんやり見続けた。右側が左側よりももっこりしているように思えたが、言えそうになかった。指名料を払っていなかったし何よりあんな母音事件の直後に「もっこりを取ってください」なんて言えるわけがなかった。そして私はハンバーガーの絵柄のトレーナーを着ていた。ハンバーガーには無表情の顔がついており、上になぜか「beautiful」という表記があった。何がbeautifulかわからなかった。私は全然beautifulじゃなかった。ひげも剃っていなかったし拡大すれば微量に鼻くそがついている気がした。一分の隙もないお姉様にこんな状態で対峙してしまった自分を恥ずかしく思った。もう帰りたかった。
やがてお姉様が戻ってきた。お姉様は鏡越しの私を見ながら、バランスを調節するために私の髪を撫で続けた。そしてなんとも衝撃的な一言を放った。
「右がちょっともっこりしちゃってますよね」
ええええええええええええええ。お姉様!今もっこりって言いました?もしかして私の心が読めるのですか?いや違う!わかったぞ!この人はプロなんだ!モノホンのプロ!思えば20分で切り終わったのもお姉様の技量の成せる技!シャンプーのあと10分待たせるのも人気者ってこと!お姉様は指名料云々なんてどうでもよくて、ただプロとして職務を全うしていただけなんだ!すごい!
この瞬間、私はお姉様に全幅の信頼を寄せた。そんなことを指摘する美容師さんは今までいなかった。私の頭の形の欠点を一瞬で見抜くとは恐れ入った。もうこの人に任せておいたら一番良い髪型になる気がした。だったらもうどう思われてもよかった。良い髪型になるのであれば私はケチでもスケベでもなんでも成り下がってやらぁと思った。思えば41にもなってハンバーガートレーナーを着てしまう私のセンスのなんてどうでもいいのだ。お姉様の思うままにしていただくのがベストだ。お姉様が「頭頂部てっぺんから半径5センチの髪の毛は全部剃ったほうが良い」と言ったらする。いや流石にそれはしない。絶対にしない。
その後も手際よく私の髪の毛を微調整しカットは終わった。お姉様は私めにワックスの付け方まで指南して下さった。なんだか普段より良い髪型になった気がした。お会計の段になると、指名料なしのカットのみの金額4900円をいい渡された。指名しないでよかったと思った。安いしお姉様に切っていただけたのだから。私は「クイックペイで」と言った。お会計くらいスムーズにしたかった。するとお姉様がいった。「すみません、ペイペイしか使えないんです」そうか、それならば仕方ない。私は財布を取り出そうと鞄のチャックを開けた。風呂敷やら雪駄やらが乱雑に入っていて汚かった。旅人だと思われぬよう体で鞄を隠した。しかし、いくら探しても財布が見当たらなかった。探しても探しても財布がないのだ。「あれえ財布がないなー」などと呟きながら私は身体中に冷や汗をかいていた。心臓が体を揺らすほどドクドクしていた。このときすでに家に財布を忘れてきたということに気づいていた。
「ええと確かここら辺に入れたようなー」と言いながら私はマックススピードで頭を回転させていた。どうする?どうすればいい?ケチとエロですでにリーチがかかっていた。もはや一騎しか残っていなかった。「ノーマネーで(人生)フィニッシュです」というわけにはいかなかった。無駄だと分かっていても私は鞄を漁り続けた。もう正直に伝えるか?それか皿洗いのようにお客様の頭を洗わせていただくか?なんて思っているとお姉様がいった。「5000円以上であればカードが使えるんですが」
それだ!よかった!ならばワックスだ、ワックスを買おう!どうせ使うし!私は安堵し、動揺していたのを悟られないようお姉様に伝えた。「じゃあワックス買います」するとお姉様は後ろの棚からワックスをいくつか取り出した。店で使っているオリジナルのものとのことだった。私は今使っていただいたものと同じのを下さいと言った。するとお姉様が言った。「2500円です」
高っっか!2500円?たかが油の塊に?髪の毛を成型しそれをキープするだけの代物が2500円?え?それってもしかして油だから中東情勢が関係してる?そうとしか思えない!などという心情は全く表に出さなかった。それどころか、まあそれぐらいはするでしょうねの顔をした。「じゃあそれで」と伝えるとお姉様はレジを打った。画面には7400円の文字が表示されていた。たかが500円をケチっただけで私はとんだ散財をする羽目になった。
コメント
コメント一覧 (3)
お財布忘れる事たまに自分もあるし、500円ケチりたくなる気持ちも分かるし自分に起こりうる事件続出で他人事に感じないストーリーでした!!財布だけは忘れないように明日も出かけようと改めて思いました(笑)
なさそうでありそうな日常を切り取ってるところが毎回面白くて好きです♪
感想ありがとうございます。
ちなみに私は日高屋で注文して席についてから財布を忘れたことに気がつき、家まで取りに帰ったことがあります。日高屋に戻ってきたら、席にできたしょうが焼き定食が置いてありました。
渋谷のオシャレカフェで食い逃げ事件になりそうな時がありました。買い物済ませて家に帰るってなって気が着いて慌ててお支払いに行きました!
空白の数時間お店のスタッフさんすみません。。。。