我々の世界には真打という制度があり、真打昇進の際には披露宴、つまりパーティーを開催することが通例となっている。今日、私が所属する落語芸術協会の真打昇進披露宴があった。素晴らしく楽しい会だったが、いつもパーティーでドキドキすることがある。それは、沢山関係者やお客さんが来るのに、結構な割合の人の顔と名前を覚えていないことです。
披露宴にはいつも大体500人以上の列席者がいる。今500という数字を書いて眩暈がした。500人もの落語家、業界関係者、昇進する噺家のお知り合い、お客さん。皆様本当に律儀で、私などの席にもわざわざお越しいただき挨拶をしてくれる。本当に恐縮である。私は乾杯の前に腹が減りすぎて膝掛けをかけて待機してしまったり、パンをボロボロこぼすような大人なのに。それに本来なら私から挨拶に行かねばならないのに。でも私は行かない。なぜなら挨拶したくても誰だか分からないからだ。
会ったことはある。顔も知っている。でもそれ以外わからない。世の中に人の顔と名前が覚えられない人はごまんといるが、私はその先頭に立ち「人の顔と名前が覚えられない代表です!」と言いたい。一度会ったくらいじゃ無理で、何度か会っても覚えられない。忘れるもんか!と思っても忘れる。どのくらい覚えられないのかいうと、高校のとき1年間ともにしたクラスメイトの名前が覚えられず、修学旅行の際に班が一緒になった女の子に「名前なんだっけ?」ときいてしまったことがある。今思い出しただけでも恥ずかしく申し訳ない。それに厄介なのは一度覚えてもしばらく会わないと忘れてしまうことだ。十数年この世界にいて知っている師匠でも、しばらく会っていないと、えーと、、となってしまう。亭号なんかあやふや。披露宴だとほとんどの方がしばらくぶりに会うもんだから、結構な割合の人の顔と名前がわからない。
一応言っておくが場所が変われば分かる。例えばどこどこのテレビ局の何さんとかどこどこの落語会のなんとかさんなど、その場にその方がいればすぐ分かる。披露宴という場と礼服という姿形が名前と素性を隠すのである。
しかし厄介なのは、私の脳の回路がこんがらがっているのか、いちいち文字に色が見えてしまうことである。例えば春という字はピンクだし、風という字は青く感じる。全てのひらがなカタカナ漢字数字アルファベットにである。それをいうと「すごい!共感覚っていうんだよ!」と言われるが全くすごくない。むしろそれによって記憶が曖昧になってものが覚えられない。例えば4と7は黄色に見えるせいで、ホテルに泊まっていても「あれ?407だっけ?704だっけ?」などとなってしまうし、田中と内田という苗字はどちらも緑に見えるので、よく内田さんに「田中さん」と言ってしまったりする。
とにかく挨拶に来てくださった方に失礼があってはいけない。向こうはわざわざ私のテーブルに来てくれたんだから。パーティーの雰囲気も相まって「私のこと覚えてないでしょ〜」などと気さくに話しかけてくれる。このときに、この方がどこの誰だか分かればよい。しかし分からないときがある。そんとき私の脳内はワニワニパニック。「失礼無きようすぐ思い出せ!」と神経ネットワークに電気信号ビビビビだ。しかし私の脳みそ検索エンジンはWindows95以前のMSDOS以前のポンコツ。画面上にぐるぐる矢印が回った挙句「見たことある顔ではあります」との役立たずの文言を出すだけだ。お前あとでお仕置きな!と自分のオツムに怒るのは置いておいて、とりあえず「ご無沙汰してます、お元気ですか?」と他愛もない会話をする。そして頭をペコペコさげて今後ともよろしくお願いしますとこの場を取り繕う。もう冷や汗もんである。
そんな行程を経てお客様が去っていった後、同じテーブルの噺家に「あの人誰だっけ?」と聞く。すると「ああ、寄席によく来るお客さんだよ」。、、、????!!!!じゃあわからない!無理ゲーすぎる!だって話したことないんだから!オツムお仕置きなんていってごめん!お前のせいじゃなかったわ!
なんてこともあるが、厄介なのは、そういった方と思ったら実は昔ものすごくお世話になった落語会の席亭だったりすることがある。そういうときは大概その方が去ったあとに気がつく。しかし時すでに遅しだ。背中に向かってまた呼んでくださいと唱えるしかない。あんなぼんやりとした会話じゃ、もう二度とあの落語会には呼ばれないだろうが。
だから私は開宴から終宴までトイレに行かない。トイレに行こうとすれば道中で、すごくお世話になった方なのに思い出せず挨拶をしないorちらっと会釈的なことしかしないというド失礼をやらかす可能性が高くなるからだ。席からトイレまでの道中は長い。どこで誰に会うか分からない。ならじっとしてるのが懸命だ。だからビールはちょっとしか飲まない。本当は飲みまくりたい。いくら飲んでもいいんだから。
そんなこんなで一人杞憂もあった披露宴であったが、それ自体は素晴らしく楽しい明るいものだった。是非是非五月から始まる真打披露にもお越し下さい。こんなことを書いたが、やはり人が集まる場というのは良い。普段話せない人とも沢山話せたし、疎遠だった方ともまた繋がれた。というわけで私が本当に書きたいことを最後に書かせていただく。
あのとき私に「また高級寿司行こうね」と言ってくれた名前の分からない貴方!これを呼んだら是非私にご一報下さい!お待ちしております!
披露宴にはいつも大体500人以上の列席者がいる。今500という数字を書いて眩暈がした。500人もの落語家、業界関係者、昇進する噺家のお知り合い、お客さん。皆様本当に律儀で、私などの席にもわざわざお越しいただき挨拶をしてくれる。本当に恐縮である。私は乾杯の前に腹が減りすぎて膝掛けをかけて待機してしまったり、パンをボロボロこぼすような大人なのに。それに本来なら私から挨拶に行かねばならないのに。でも私は行かない。なぜなら挨拶したくても誰だか分からないからだ。
会ったことはある。顔も知っている。でもそれ以外わからない。世の中に人の顔と名前が覚えられない人はごまんといるが、私はその先頭に立ち「人の顔と名前が覚えられない代表です!」と言いたい。一度会ったくらいじゃ無理で、何度か会っても覚えられない。忘れるもんか!と思っても忘れる。どのくらい覚えられないのかいうと、高校のとき1年間ともにしたクラスメイトの名前が覚えられず、修学旅行の際に班が一緒になった女の子に「名前なんだっけ?」ときいてしまったことがある。今思い出しただけでも恥ずかしく申し訳ない。それに厄介なのは一度覚えてもしばらく会わないと忘れてしまうことだ。十数年この世界にいて知っている師匠でも、しばらく会っていないと、えーと、、となってしまう。亭号なんかあやふや。披露宴だとほとんどの方がしばらくぶりに会うもんだから、結構な割合の人の顔と名前がわからない。
一応言っておくが場所が変われば分かる。例えばどこどこのテレビ局の何さんとかどこどこの落語会のなんとかさんなど、その場にその方がいればすぐ分かる。披露宴という場と礼服という姿形が名前と素性を隠すのである。
しかし厄介なのは、私の脳の回路がこんがらがっているのか、いちいち文字に色が見えてしまうことである。例えば春という字はピンクだし、風という字は青く感じる。全てのひらがなカタカナ漢字数字アルファベットにである。それをいうと「すごい!共感覚っていうんだよ!」と言われるが全くすごくない。むしろそれによって記憶が曖昧になってものが覚えられない。例えば4と7は黄色に見えるせいで、ホテルに泊まっていても「あれ?407だっけ?704だっけ?」などとなってしまうし、田中と内田という苗字はどちらも緑に見えるので、よく内田さんに「田中さん」と言ってしまったりする。
とにかく挨拶に来てくださった方に失礼があってはいけない。向こうはわざわざ私のテーブルに来てくれたんだから。パーティーの雰囲気も相まって「私のこと覚えてないでしょ〜」などと気さくに話しかけてくれる。このときに、この方がどこの誰だか分かればよい。しかし分からないときがある。そんとき私の脳内はワニワニパニック。「失礼無きようすぐ思い出せ!」と神経ネットワークに電気信号ビビビビだ。しかし私の脳みそ検索エンジンはWindows95以前のMSDOS以前のポンコツ。画面上にぐるぐる矢印が回った挙句「見たことある顔ではあります」との役立たずの文言を出すだけだ。お前あとでお仕置きな!と自分のオツムに怒るのは置いておいて、とりあえず「ご無沙汰してます、お元気ですか?」と他愛もない会話をする。そして頭をペコペコさげて今後ともよろしくお願いしますとこの場を取り繕う。もう冷や汗もんである。
そんな行程を経てお客様が去っていった後、同じテーブルの噺家に「あの人誰だっけ?」と聞く。すると「ああ、寄席によく来るお客さんだよ」。、、、????!!!!じゃあわからない!無理ゲーすぎる!だって話したことないんだから!オツムお仕置きなんていってごめん!お前のせいじゃなかったわ!
なんてこともあるが、厄介なのは、そういった方と思ったら実は昔ものすごくお世話になった落語会の席亭だったりすることがある。そういうときは大概その方が去ったあとに気がつく。しかし時すでに遅しだ。背中に向かってまた呼んでくださいと唱えるしかない。あんなぼんやりとした会話じゃ、もう二度とあの落語会には呼ばれないだろうが。
だから私は開宴から終宴までトイレに行かない。トイレに行こうとすれば道中で、すごくお世話になった方なのに思い出せず挨拶をしないorちらっと会釈的なことしかしないというド失礼をやらかす可能性が高くなるからだ。席からトイレまでの道中は長い。どこで誰に会うか分からない。ならじっとしてるのが懸命だ。だからビールはちょっとしか飲まない。本当は飲みまくりたい。いくら飲んでもいいんだから。
そんなこんなで一人杞憂もあった披露宴であったが、それ自体は素晴らしく楽しい明るいものだった。是非是非五月から始まる真打披露にもお越し下さい。こんなことを書いたが、やはり人が集まる場というのは良い。普段話せない人とも沢山話せたし、疎遠だった方ともまた繋がれた。というわけで私が本当に書きたいことを最後に書かせていただく。
あのとき私に「また高級寿司行こうね」と言ってくれた名前の分からない貴方!これを呼んだら是非私にご一報下さい!お待ちしております!
コメント
コメント一覧 (4)
自分にしか分からないあだ名つけて覚えたりしますがそれで呼ぶわけないはいかないし……
トイレ行かないは笑っちゃいましたが我慢しすぎないようにしてくださいね(*^_^*)
パーティーお疲れ様でした〜!!
全てはスマホのせいです。あとやることが多すぎるせいです。
あとトイレに行かないのは、酔っ払ってるからどんな人に何をいうかわからず怖いっていうのもありますよね。