桑名正博

「セクシャルバイオレットNo.1」(セクシャルバイオレットナンバーワン)は、桑名正博の4枚目のシングル。1979年7月21日にRVC(現:Ariola Japan)から発売された。

作詞:松本隆 作曲:筒美京平 編曲:桑名正博&ティアードロップス・戸塚修

1970年代中盤以降、日本のポップ・ミュージックのメイン・ストリームである(狭義の)歌謡曲に、いわゆるニュー・ミュージックと総称されるジャンルの人々がメイン・ストリームに向かって闊歩していた。そのニュー・ミュージック以外のニッポンのロック・ミュージシャン(広義のニュー・ミュージックなのだが)がメイン・ストリームの周辺で孤軍奮闘していたのが、矢沢永吉や上田正樹、そしてセクシャル・バイオレット桑名正博なのである。
当時バリバリの包茎野郎の中坊で歌謡曲以外のムーヴメントをひしひしと感じていたオレは、哀愁トゥナイト(1977年6月5日リリース)から、桑名正博を密かに注目していたのである。第2の矢沢は桑名に違いないと包茎のくせに思っていたのだ。
なんつって。
後付けも甚だしいのである。ただメイン・ストリーム周辺にはジェリー・ローラーのようなまだ見ぬ強豪が潜んでいるんだな、ということは感じていたのである。

当時の日本のロックはどんづまりで、"ロック界のヒデキ(西城秀樹)"を作ろうというコンセプトで楽曲が製作されたという。
Wikipediaより
つまり、

哀愁トゥナイト(1977年6月5日リリース)
薔薇と海賊(1978年7月5日リリース)
サード・レディー(1978年11月25日リリース)
スコーピオン(1979年4月21日リリース)

そして、

セクシャルバイオレットNo.1のまでの流れは(全て作詞:松本隆/作曲:筒美京平)、ロック界のギャランドゥを制作する行為だったわけだ。計画的だったのだ。る1977年9月に大麻とコカインの使用で書類送検されるという素晴らしいハプニングもあったが。とにかく「セクシャルバイオレットNo.1」で全国区になり、立派にロック界のギャランドゥとなったのである。

意味不明に思える曲のタイトル『セクシャルバイオレットNo.1』には、明確な趣旨が存在している。
化粧品のCMキャンペーンソングは多くが最初からタイトルが決められ、それに合わせて発注される形式だったが、この曲もその流れであった。
『セクシャル』と『バイオレット』については、当時カネボウが紫色系のアイシャドーやリップを売り出しており、その商品を強く意識させるため。
そして、『No.1』については、この曲をCMに使用したカネボウの野望が込められていた。
当時カネボウは資生堂と熾烈なキャンペーン合戦を行っていたが、ずっと二番手に甘んじていた。
カネボウの「次こそはNo.1になる!」という強い意志が込めて付けられたフレーズだったのだ。
作詞を担当した松本隆は、この三つを繋げたインパクトあるフレーズについて「(セクシャル)(バイオレット)(No.1)と、古臭くてダサい単語を3つ並べて 、あえてサビに入れてみた。ダサい言葉でも、サビで思いっきり歌い上げると、逆にかっこよく聞こえる。」とラジオで明かした。

で、「セクシャルバイオレットNo.1」は、紛れも無く歌謡ロックなのだが、では歌謡ロックを定義してみろ、おまえ、と言われても困る。大体歌謡曲自体定義するのが難儀だ。
歌謡曲はその時代に流行っているジャンル、ディスコやロックなどのPOP・ミュージックの上澄みだけすくって、歌謡曲というふりかけをまぶしたとしかいいようがないのである。歌謡ロックは8ビート強めにして歌謡曲というふりかけをまぶしたというわけだ。
というわけで、「セクシャルバイオレットNo.1」は大ヒット。
桑名はロック界のギャランドゥになれたのだろうか・・・・。

GOLDEN☆BEST桑名正博-MASAYAN 40Years-
桑名正博
ソニー・ミュージックダイレクト
2012-11-14


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