ニッポン放送での特番にて、水道橋博士と青山繁晴さんが語っていた。

独立総合研究所の青山さんって小学4年生の頃から親がやってた自動車学校で車の運転をしていて、
そのおかげで免許をすぐに取れてレーサーまでなってしまうという奇特な運の持ち主。
しかも還暦なのに視力は3.5!現役のレーサー!
なんちゅうやっちゃ!!

でも青山さんは自分の息子二人に「車の免許なんか取るんじゃない!」
と教えたという。
息子は二人とも30歳過ぎても免許を持っていない。



俺も昔から親父から「免許取るな!」
と言われてて、
その理由が「運転手をつけるような人間になれ!」ってことだったんだけど、
運転手つくまでにはどうしたらええねん!というアルコール依存症にありがちな無茶苦茶な無理難題だった。

親父は免許を持ってない、家には車が無い、自分は車に興味がない、一々教習所へ通って免許取るのがめんどくさい。
だいたいそんな高額な自動車学校に通うお金なんかあったら、
他に欲しい物を買うわ!と思っていたので自然と免許を取る気は無かった。
それに免許をとって車に乗ったら、
俺はどこまで行くのか自分自身よくわからないような気がしていた。

しかし、働くには免許が必要な仕事が世の中には多い。
いつかは取らなきゃいかんのかな?と思ったこともある。

そう思っていたある日、自分が自転車に乗ってて、自動車とぶつかり交通事故の被害者になったことがある。
怪我自体は骨折程度でそんな大したことなかったが、
保険屋との話し合いに親父が出てきて超めんどくさい思いをした。
急性胃炎になったほどだった。
しかも最初の病院の検査が杜撰で、
数ヶ月後に再度別病院で検査したら別の部分が骨折していてまだ治っていなかった。
結局完治まで1年かかった。

なんといっても「誠意を見せろ!」と言ってカネをたかるアル中親父の姿と、
頭を下げる一方の加害者・上司まで連れてこられて頭を下げっぱなしの保険屋。
全員がもうなんだか惨めに見えた。

俺はもうお金はいらんから早く鬱陶しい話し合いなんか終わらせてくれ、ゆっくり寝させてくれ、と思うだけだった。

リハビリに通いつつ、ほぼ寝てばっかりの一年間だったけど、
全然寝た気がしなかった。
機能不全家族の環境では、寝てるだけでも鬱が悪化するということを実証した。
とにかく、嫌な出来事だった。
保険屋からもらったお金は結構な額だったが、すぐに一人で使い果たした。
お金ってこんなものなのか…こんなものに振り回されて生きていることに違和感を感じて、すぐに使い切りたかった。
風俗はマンヘルに一回だけ行ったな。
増やす理由がないからギャンブルに使うことはなかったけど。



青山さんの話に戻そう。
青山さんは息子にこう言った。
「たまたま僕は小学4年生から車乗ってて運命で自動車が身体の一部になっちゃったけど、
君達は幸いたまたま教えたスキーが上手になったんだからそれだけで我慢しておきなさい」
青山さんはその具体的理由を番組でこう言った。
「車なんか危ない、乗らないほうがいい、乗らないことにこしたことはない、
車はステアリングをちょっと間違っただけで人様の人生を壊してしまう」


そうなのだ、車は自分だけでなく他人の人生を簡単に壊してしまう恐ろしい乗り物なのだ。
もっと単刀直入に言えば、
「最も身近な殺人兵器」
だと思う。

そんなものに自分が乗ったらどうなるか、
想像するだけで恐ろしい。
ちょっと自分の頭のネジが一本外れただけで、
どんなことを起こすか…。
自分は自分の脳を信用していない。
だからこそ慎重に考える。

さらに、被害者という経験を経て、交通事故絡みの刑事裁判をいくつか傍聴して、
これだけめんどくさいことになるのか…と思い、
自分は車の免許を取るのを完全にやめた。

だから他人が運転してるところなんてじっくり見たことがない。
自動車会社の知識は少しくらいあっても、車の運転知識はほとんどない。持ちたくない。

よくみんな気軽に免許を取るなぁと思うし、
企業も営業やなんらかの移動などで、仕事中に社用車で運転させてもなんの手当も出ないのが凄いな、と思う。
「運転できて当たり前、安全運転して当たり前」という考えが蔓延りすぎるからこそ、
自動車事故が減らないのだと思う。

いっそのこと、自動車の保険で人身事故に関しては適用外ぐらいにしたほうがいい。
保険でカバーできるくらい人様の人生は軽いものじゃない。
運転者の責任はもっと重くするべきなのだ。

そこまでしないと、車を運転する重みという意識は出てこないだろう。

車を運転する方には絶対安全運転を心掛けてほしい。
それでも事故が起きる時は起きるんだから。