破片のブログ―ECCE HOMO―

自分(破片)が書いた詩や、読んだ本の感想など、文学について少しずつ書いていくブログ。たまに日記とかも書きそうなのでよろしく。

休日

透徹した光晶が
垢にまみれた
路面をとかす。
やけに濃く、硬い
凝固した日陰に
枯れ果てた数が寄りつく
狭い小春日和。
休養の日。

陽射しは
石灰質の棘を展開し、
棘皮動物の
ゆるやかな動きで
一日を食む。
大勢の環視があれば
そっと
空を書き換えて
点在する角に注釈の
色を塗る。
もう慣れてしまった人々に
そのうつくしいまでの
機能映写を
見たい者はいない。

結実しなかった
数式だけが生長し、
追い縋る怨念に
時間と名付けた、
上昇していく航空機は
その想いに押し上げられて
ふっと消える。
潤いを失くした
数の埃が
そこから降り注ぎ、
人々の血液に比重を与える。

記すのも、もどかしいほど、輪郭は薄れている。それぞれの辺がほどけたら、一体として連結され、溶質となるべき、帰還される事象を数えることができなくなる。この指から離れていってしまったその数を、永遠と間違えないように、優れた数え手を捜し当てなくてはいけない。
繊 毛の生えそろった咽頭のように、毛羽立つ地平線の向こうから、温度のない想念が弧を描いて飛んでくる。頭上を通り過ぎる鋼の翼に、いっさいの悪意はなく、 安心しきった表情で人々はその行き先へと振り返る。そう、右へと。あらゆる物体をも抱擁する眠りが待っている方へと。沈む太陽の反対側からは、同じ右へ行 き先を見据えた夜が、新しく、誕生しようとしている。

休養の日。
静かな賛美歌に
満たされる日。
雨の降らない日。
寒さに凍えない日。
たとえば五千九百二十二日目の日。
思い返されることのない、
境界を失い
取り出せなくなった、快晴の青い日。

生存報告

 お久しぶりです。先の記事で済ませた感じはありますが、破片は生きていますという報告を。

 文学極道で、拙作は相変わらず微妙な評価しか与えられませんが、ときどきは投稿しています。選考の匿名性に不満を感じますが、しかし一方で守られるべき当然の性質じゃないか、とも思っていて、もうめんどくさいから思考停止することにしました。

 普段、俺は詩を読みません。現代詩をはじめとしたネット上の文学に疎いです。世に出て出版された本であれば多少は読むのですが、結局「詩」を読んでいない。そのことが俺の詩作にとっての枷になっていることも、もしかしたらあるかもしれない。
 他の詩書きを尊敬したり、他の人が書いた作品を好きになったり、そういったことは俺には殆どありません。その性格はここ数年でとくに顕著になりました。
 長い前置きでしたが、何のための前置きだったかというと、今年に入って初めて読んで、今現在でも繰り返し読んでいる一つの詩があります。自分でも信じられないくらい、俺はその作品に惚れこんでいるようです。

『エミリー・エミリー』
著者は文極の発起人でもあるいとうさん。

 俺がこの作品を最初に見つけたのは現代詩フォーラムでした。確か2005年に投稿されていますので、日々変遷していくネット詩という世界にあっては、言ってしまえば古い作品にあたるかもしれません。本文をここに転載することはできませんので、興味がある方は一度現代詩フォーラムで読んでみてください。
 あまり長々と所感や批評を書き連ねるつもりはありません。殆ど完璧な作品だと俺は思っています。単純かつ明快に上手いです。苦しく狂おしいぶ厚い抒情、破綻スレスレな文脈を使ってみたり、背景の設定に気を配ったり、いろいろなテクニックを盛り込みつつ、どっかりと太い芯がある。難しい語彙は一つとしてないのに、気の利いた詩句が並ぶ。どう読んでも、作品のどの側面から見ても、これほどまでに完成度が高い作品を俺は読んだことがない。

 俺の考えている理想形に限りなく近いと思ったのです。小手先の技に振り回されず、また情熱だけが先走らず、より多くの人が認めざるを得ない作品。そんな俺の目指す場所の辺りに、この作品は存在している。そんな気がしてなりません。

言いたいことだけ言って、今回は筆を置くことにします。次回以降の更新がいつになるかは正直わかりません。明日明後日とかかもしれないし、数年後とかになるかも。

孤独

 虫の音だけが静かに転がる夜の床で、死んでしまった後を想像している。社会という名の人間性は変わらずに、淀みなく循環しつづけ、文明はさらなる発展を遂げ、浪費されるためだけに天然資源は掘り出されている。たぶん繰り返しずっと。その世界に似た営みには主体が無い。少しずつ厚くなっていく布団の中で、さみしさを丸くこねると海になる。
  もう少しだけ生きていたいと思った。
―――
 ぼくはつぎのぼくになる。
 ほんとうはぼくをつぎのぼくへとてわたすというのがただしい
 でもぼくにはいうことができない
 いってください、どうか
 幾億ものぼくたちよ
―――
 夜、まんじりともせず、一睡もできなくなってしまったぼくは時刻を摂取している。頭の中に鳴り響くどこまでも正確な一分一秒があなたを殺す。ぼくはそうして死ぬことを忘れている。
 夜じゃない時間、ぼくは死んだように眠る。人々が生きていこうと活気づいてもがく隙間に身を横たえて、大地と融けあうこともできず、ただ聞こえない心音を追いかけて目を閉じている。

 生きている友だちのために。死んでしまったロックミュージシャンのために。生きている少年少女のために。きみのために。朝は現れると思います。それは決まり切っていることのように、予見せられた、とてつもなく強固な偶然。ありがとう、は言わなくていいので、心を閉ざさずにただ、死にたくないとだけ囁きあっていてほしいのです。
 少しずつ細くなっていくにつれて、鋭く研ぎ澄まされていく光の矛がそこかしこに突き立っている。旋律は軽やかに間を縫って飛び交う。ときどきは老いた猫のようにその身を擦りつけて、静かに、遠くまで届く、生命を吹き込まれたことのある音楽となって、きみたちを繋ぐ。漆黒のグランドピアノがあたたかく紅潮するまで、音楽は鳴りつづけることができるのだから。
 夕景を千切る黒いひび
 彼岸花の海
 眠る時間が増えた太陽
 突然冷たくなった雨
 空の高さ
 上昇していく銀翼の鳥
 晴天と曇天だけの紙芝居
 収縮する血管
 聴いたことのない音階
 ゆびさき
 砂埃
 満ち潮
 組織の中で踊る人格
 お腹に寄生する悪意
 触れあうくちびる
 渇き
 夜の砂丘
 陽だまりにだけ咲く路傍の花
 落ちるあなた
 ぼく
 ぼくは次のぼくになるので、あなたも、次はあなたになるでしょう。海は狭くなっていますか? 大気はまだ摂取できますか? 太陽は落ちてきませんか? 月は真円を描きますか?  あなたがいた場所には名も知れぬ花が咲く。ぼくがいた場所にはぼくじゃない誰かがいる。膨らみつづける歴史の海の中では、今でもまだ、ぼくたちのさみしさが丸くこねられている。
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