インド発・文学日記

今のヒンディー文学が映し出すインド社会、日本とインドの文学や翻訳などについて書き残しています

【ありふれたインド】#25「そうかなあ」

日本大使館から注意喚起メールがきた。
在留邦人男性が、路上にたむろしていた三輪タクシー運転手らによる客引きをを拒否し、進路妨害する運転手らをかき分けて前進しようとしたところ、不意に暴力をふるわれた。金品の被害はないが、突然集団で暴力をふるうという悪質な事件なので、周囲の状況に普段以上に注意を払い身の安全を確保するように、とのこと。
夫(日本人)とも意見が一致したが、これはちょっと腑に落ちない。男性は運転手集団をどのようにかき分けたのだろうか。横暴な態度で臨んだのであれば、このような結果になるのは目に見えている。当然いかなる理由であれ暴力は認められない。現場を目撃したわけでもないので無責任には言えないが、日ごろ見聞きする日本人のインド人に対する態度から想像してしまうのも事実だ。
今デリー近郊には駐在員とその家族の日本人が猛スピードで増えている。コンドミニアムまるまる日本人ばかりという場所もある。スクールバス停に日本人のママたちが集まっているのも不思議な光景だ。この人たちが付き合うのは、会社の部下、使用人、ドライバーなどなど目下のインド人が多い。インド人は日本人のように時間に正確ではないし、日本人のスピード感や価値観と合わないことが多い。イライラしてしまうのは分かるが、ぞんざいな態度、馬鹿にする言葉に悲しくなる。決して日本人がみんなそうだというわけではない。しかし全体数が上がれば、そういう人もおのずと増えてくる。

話は飛ぶが、インドにはきちんと朝食をとる文化が無い。だから学校で食べる10時のおやつを持たせなければならない。面倒なことに、市販のお菓子などではなく手作りメニュー奨励。サンドイッチ、チャーハン、スパゲティ、パンケーキなどの繰り返しになる。ある日、パンもスパも小麦粉も適当な野菜も無い!という恐ろしい朝を迎えた。これはもう禁じ手のおにぎりしかない。日本なら最高の軽食になるが、娘が入園した10数年まえから一度も持たせたことが無い。「黒い紙付きのご飯ボールなんて奇妙なおやつ、肩身が狭いに違いない」とずっと思い込んでいた。ところが帰宅した娘たちには大人気。「また作って!」とせがまれた。みんなに笑われなかった?と心配する私に「みんな知ってるよ」との冷めたお返事。そうだった。いま娘の仲間たちはみんなKポップに夢中だった。先日、メトロ車内でもインド女子が携帯でKポップスターのバラエティを見て肩を震わせ笑っていた。インドのティーンエイジャーの心がわしづかみにされている。…完全なジェネレーションギャップだ。今や世界中で日本や韓国の食べ物はトレンドだというのに。
kpop

画像:もうすぐデリーでこんなイベントもあります。Korean cultural center主催。韓国政府も力入れてますね。

舞台 ヒンディー語版「さがしています」

写真絵本「さがしています」のヒンディー語訳「main dhoondh raha hoon」の舞台化をめざし、本日は二回目の打ち合わせ。

 

一回目は4月の終わり。劇団アビギャン ナティヤ アソシエーションの代表で監督のロケンドラ氏とミタリさんと三人だった。晴れて必要経費の助成が降りたので、まずはやっと本格的に事をすすめられる!とほっと一息したのだった。

 

本件は去年の7月より長い間暖めてきた企画。本当は昨年の8月に実現したかった。

そう考えると、0回目もマイナス一回目の打ち合わせもあった。

マイナス一回目は昨年7月頃。8月にできない事が確定して本当に悲しく悔しかった。ロケンドラ氏に、だいじょうぶだいじょうぶいそがずに実現しようと優しい言葉を頂いた。

0回目は昨年末くらい。資金助成を受けるためにいろいろ相談し、詳細を確認した。

 

2回目の今日は、ロケンドラ氏を囲んで 10数人の役者や関係者と会った。みなさん すでに原爆や同著について学んできているようだった。

私は この本が他の原爆関連書籍と少し違った視点で作られている事、モノが語り部である事、一人ひとりの人生に注目している事、原作者アーサーさんの事、ピカドンの事、などなど話したり、何編か読んだりした。みなさん 20代後半~30代くらいだろうか。ジーっと私を見つめて、頷いたりしながら真剣に聞いてくれた。

監督がだいたいの流れを話して、これからは、みんなの意見も聞きつつ、時間をかけて仕上げていくやり方だ。すべてを一人が決めて、役者やみんながそれにならうというやり方では無い。若い役者自身がしっかりこの舞台すべてを自分のものにしていく。

練習スペースのアレンジが大変そうだが、明日からは 特別な状態を表現する特別な身体の動きの練習に専門家を招き、しばらく集中するそうだ。

私は7月にまた、もう少し形になったものを拝見する予定。

 

今日の打ち合わせ場所は氏の自宅だった。メトロで片道一時間半。メトロ車内はエアコンが効いていて快適だがその他の移動は、暑い。酷暑の盛り、去年よりはましな43度だが、暑い。昨夜の大嵐で湿度もあがってものすごく蒸し暑い。

 

実は、どんな進み具合なのか心配していたけれど、内容もみなさんも素敵で、思ったより細かな準備も進んでいて一安心。

まあ、いまや私が一安心することでも無いような気がしてきた。

次に会うのが楽しみ!

やっぱりみんなでいろいろ創るのは楽しい。素敵な企画に参加できて嬉しい。

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【ありふれたインド】#24「低所得層イクメン」

スクールバスの車内には必ず保護者がひとり同乗する。運転手や車掌による生徒へのレイプなど悪質な事件が相次ぎ、女性職員のスクールバス同乗が義務化された。娘の学校では、さらなる安全のため保護者も同乗する。月に一回、早朝6時、学校に集合して任務に就く。
私はもう任務歴11年。当初は下の娘が一歳で本当に大変だった。そのうち二人とも早起きして私と一緒に来るようになった。だんだん上の娘は行かないと言い出し、下の娘だけがしばらく付き合ってくれていた。今年で彼女も中学一年生。今朝は一緒に来なかった。11年ぶりにひとりで任務に向かう。早朝の車の音と朝靄の景色がどこかと似ている。フランスやタイ、夏休みに行った旅行先だ。帰途に着く朝の淋しい感じだ。ここの朝靄はスモッグで、排気ガスのにおいがする。
バス任務では話相手もなく、暇なので外を眺める。道の舗装はずさんであちこち土が見えている。工事の途中で放置されたり、敷石の並びが適当だったり、不完全で落ち着く。気楽にやろうとホッとする。インドはいいなあ。

車掌が突然下車して道端の屋台からビニール袋にお茶を買ってきた。よく漏れないものだ。ビニール入りは身体に悪そう。一緒についてきたこれまたプラスチックのカップに小分けして飲む。最初のバスストップもまだで、定刻もすぎているのにのんびりティータイム。連日待たされるわけだ。。。
女性職員は昼と午後のルートにも同乗する。それぞれ2時間くらいで、空き時間は帰宅する。月給4千ルピー(約7千円)。コックの掛け持ち仕事の副収入もある。朝9時~午後5時の常勤は5千ルピー(約8千5百円)だが、割に合わないので断ったそうだ。

いくつめかのバス停で、RTE*枠の幼い姉妹が乗り込んできた。可愛い二人は乗るやいなや窓を開けて「パパ~、バイバーイ !」すごく若いイケメンが外で手を振っている。お兄ちゃんにしか見えない。この若さで二人の娘をRTE枠に入れ、毎朝バイクでバス停まで送るイクメン度はすごい。低所得層が幼い娘を学校に入れるのは稀で、RTE枠の情報を手に入れることも容易ではない。しかし逆に、このイクメンパパの若さなら情報収集はお手のものなのかもしれない。インドは人口の半数近く、5億人以上がスマホをもつIT大国だ。 

*RTE (Right to Education教育を受ける権利)。私立学校の定員の25%が無償教育枠として弱者層に割り当てられる。
参考 http://righttoeducation.in/

2)bus stop

スクールバス停。バスはなかなか来ません。

【ありふれたインド】#23 「ツイてない日」

あんなにツイてない日は始めてだ。
4月から新学期、娘たちは7年生(中1)と10年生(高1)になった。
毎年次学年の教材は春休み中の指定日に親が購入しなければならない。
去年までは屋外販売で灼熱の太陽の下長い列に並ぶ重労働だった。
今回からは給食室ホールを使った快適な屋内販売になった。
どうして早くこうしなかったのか。
ノートや文房具を含む教材はかなりの重さになる。
私ひとりでは持ちきれない。
しかも今回は近所のママ友から娘のクラスメート分も一式頼まれている。
混雑を避け、開始時刻ぴったりに到着しようと前日から娘たちと打ち合わせした。

明朝、次女はいつものようにさっさと準備完了。
長女はいつものようにだらだらと起きない。
その上なにやら自分の備品を学校から持ってくるよう妹に頼んでいる。
2セットのずっしり重い教材ばかりか備品まで?とうんざりした。
学校には10分前に到着。
販売はもう始まっていて、私たちは列の3番目。
さて支払になると、事務員がカード決済のみだと言いだす。
事前通知では「カードを使えます」程度だったので、
私はいつものように現金持参で来た。
こんな重要事項はもっと強調して伝えてほしい。
支払を済ませないと教材は受け取れない、仕方なく列を離れる。
ツイてない。
そうだ!休暇中の夫に頼もう。
下の娘は「ママが戻ったほうがいいんじゃない」とポツリ。
夫に連絡するも寝ているのか案の定応答なし。
あきらめて駐車場へ向かうと、おりかえし電話がきた。
学校までは車で10分足らず。
夫にカードを持ってきてもらうことにした。
しばらくすると、車がパンクしたとの連絡が夫から入る。
ツイてない。
こういう日は娘の言うとおりにするべきだった。
家に戻ろうとすると今度は朝の大渋滞に巻き込まれる。
やっと家に到着すると夫から電話が入り、
「今パンク直ったからあと1分で学校に着くよ。」
すれちがいだ。
本当にツイてない。

どうにか教材購入を済ませ、ぐったりして帰宅。
洗面所の排水のつまりがずっと気になっていたので、
帰り道にパイプクリーナー洗剤を買ってきた。
洗剤を投入すると、つまりが大量だったようで排水口から汚水が噴出。
強酸なので、浴びたら大火傷するところだった。
びっくりしていると、なんの拍子か手からクリーナー容器が滑り落ち
洗面所中に強酸粉末が飛び散った。

危険なほどツイてない日だ。
家でじっとしていよう。
何もしないほうがいい。
と事情を語り、夫に夕食を作ってもらった。
garden
校庭の花。庭師が暑くても寒くてもきれいに手入れしている。

【ありふれたインド】#22「雀も少なくなりました」

その日は鳥に好かれる日で、雀のツガイが私にちょんちょんついてきた。
たまたま同じ方向に動いていただけかもしれない。
かわいくてずっと見ていたら、娘に何やってるのと笑われた。
毎朝よく見かける鳥は、モズ、ブルブル、ハト。
娘を送るスクールバススタンドまでは2分くらいの道のりだ。
家のベランダに毎年巣を作りに来ていた雀のツガイは一昨年あたりから来なくなった。
雀がずいぶん減ったなあ。
バススタンドに着くと、前の電線にブルブルが止まっていた。
久しぶりに空を見上げた。
きれいなメス。
おおきめのオスが羽をバサバサやってきて、その隣に止まった。
うるさそうに、チョンと距離を置くメス。
あきらめ悪くバサバサ近づくオス。
攻防戦が続き、メスはとうとう嫌気がさして飛んでいってしまった。
しばらくきれいに旋回して、少し離れたところにまた姿勢良く止まった。
もうオスは来なかった。

野良犬は相変わらず徘徊している。
ずっとまえ、後ろ足を負傷して半分のところから曲がっている野良犬がいた。
一本だけ長さが違うので歩きづらそうでとても痩せていて、
毎朝見る姿に今日も生きていたかとほっとした。
あるとき道端にその犬が死んでいた。
そのまま朽ち果てていくのはせつなくて、
ご近所のとても顔が広くてとても世話好きなおじいさんに相談すると、
役所に連絡するから大丈夫と言ってくれた。
私は泣きそうだった。
野良犬に服や食べ物を与えるのは無責任だと私は思っている。
その犬にも何もあげなかった。
でもとてもかわいかった。
実はその時犬は死んでいなくて、次の日よろよろ歩いているの見つけた。
あんなに気になっていたのに、その後何時いなくなったのか覚えていない。

以前はこの辺に、野良ぶた家族もたくさんいて、
野良犬と母ぶたがよく喧嘩していた。
ここ二、三年だろうか。
豚はすっかりいなくなった。
雀も少なくなった。
牛も見かけなくなって久しい。
ビルやマンションはどんどん増え、
メトロ路線もどんどんのびている。

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画像1)ブルブル。
画像2)朝徘徊する野良犬の群れ。
bulbul (2)
dogs


グジャラート文学祭

16日、グラジャート州アーメダバードで開催されたGujarat Literature Festival に出席してきた。

glf
 

半年くらい前に開催委員の方から依頼の連絡をもらい、GLFがあることを初めて知った。意外に今回が5回目の開催。

出席を依頼されても、いったい何について話せばいいのか詳細の連絡がなかなかない。最終的に決まったのは、一週間前だった。今回はトークショー形式とのことで、気が楽になった。

 

当日、午後3時半現地到着。空港に関係者のタクシーが迎えにきている。乗り込むと、6:30からのプログラムと事前連絡があったのに、430からだからとそのまま会場に連れて行かれる。ステージは私を含め3人のトークショーだというのに、全く打ち合わせ無し。会場の控え室で初めてお互い自己紹介。それもそこそこに誰かの事務室に連れて行かれ、大急ぎでサリーに着替える。みなさんをお待たせしてしまったが、やっとステージへ。

印日友好協会のムケーシュ・パテール氏が、アーメダバードと日本のさまざまな関係についてお話してくれる。アーメダバードと神戸は姉妹都市だそうだ。以前、バナーラスと京都も姉妹都市になった。アーメダバード在住の日本人は約150人とのこと。

 

そして

司会も話もグジャラート語満載で進行していく。素晴らしい。

 

実は、この話があったとき、私はまず「何語で話すのか?」と確認した。先方は「何でもいい、ヒンディーでも、英語でも」と答えた。

今までの経験上、この様子だと、せっかくヒンディー語で原稿を準備していっても、現地直前で英語で話してくれと言われるに違いないと思ったので、「ヒンディー語でしか話さない」と初めにお願いしておいた。私が外国人なので、担当とイベント全体の連携がとれておらず、先方の期待がヒンディーよりも英語になってしまうことが多い。ヒンディー文学関連のイベントでも、だ。

 

ステージのトークショーで、私は、マンガ「夕凪の街、桜の国」「わが指のオーケストラ」ヒンディー語訳について話した。一人は司会担当の男性。舞台や演劇を広くしている若者で、日本滞在経験やフランス語にも堪能だ。彼の話や進行も半分以上グラジャート語。もう一人は、カナン・ドゥル氏。彼女の本業は弁護士だが、lawtoonという法律を分かりやすく紹介するマンガを出版している。法律を子供たちに紹介し、興味を持ってもらいたいという情熱と心ある女子!だ。

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lawtoon


このフェスティバルは5日間にわたって開催され、3会場で一日中たくさんのプログラムが進行している。

自分のプログラム終了後、とても面白そうなイベントを拝見した。ステージにいる出版社の編集者約10名にむかって、会場の聴衆が自分の出版したい本のプロジェクトを提案するというものだ。事前にアイディアを募ってあり、提案者のほとんどは若者だ。このプログラムの基本目的は、グジャラート語の本の出版の後押し。楽しい、素朴な質問が多く、笑いが絶えない。

publisher
publisher2


「短編集を出そうと出版社に行ったら出版経費がかかると言われた。本のために私がお金を払うの?お金を稼ごうと思って本を書くのに??」

半分はグジャラート語で進行していくので、私は 予想 で話についていくしかない。

続いては、自分の作品の朗読をながながと始める女子。2,3人分の持ち時間を使い、ざわつく会場にも平気な様子だ。コンセプトは「人間ライブラリー」。壇上の編集者の反応は良くなかったけれど、私は良いアイディアだと思った。すごい“心臓”だし、頑張ってほしい。

 

宿舎は、お世話になった教授と一緒だった。彼の紹介で今回参加することができた。教授のお知り合いのHPラマ氏も同じ宿舎だった。明朝のプログラムなので、宿舎から会場まですごい高級車でご一緒した。

彼はアメリカに多くのホテルを持つ、グジャラート出身のホテリアー レジェンド。

彼のプログラム前のつなぎも司会も全部グジャラート語。彼の講演は英語だったけれど。

ラマ氏はアフリカ生まれ、21歳のときアメリカへMBA留学した。ポケットには2ドルしかなかった。レストランのウェイターのアルバイトで学費を稼いだ。そこから、大変な苦労を重ねてホテリアーとなった。今も彼のポケットにはいつも2ドル入っている。2ドルから始まる可能性を忘れないために。

人種差別の厳しいアメリカでつらい経験もたくさんされた。ホテル買収の契約を結んだ後、先方が突然断ってきた。ラマ氏がインド人と知ったからだ。ラマ氏は何も言わず、その話を受け入れた。「きっと相手はこの契約に 気が乗らない(uncomfortable)のだろう」と。この 傲慢のない確信(confidence without arrogance)が彼に勝利をもたらし、後に同じ相手は3倍の値段で同じ物件を買った。

ラマ氏は自身を偶発的な(accidental)ホテリアーと呼んでいた。そして今は偶発的な教育者でもあると。彼は近年スーラトにホテルの専門学校を開校し、たくさんの若者を育てている。

 

グジャラート文学祭は非常に大規模なイベントで、たくさんの人が訪れ大盛況だった。赤いユニフォームを着たボランティアはすべて学生や若者。スーラトのホテル学校からも多くの若者が駆けつけていた。みな献身的に動いている。それぞれが「自分のプログラム」という心意気で参加しているので気持ちがいい。イベントオーガナイザーやマーケットとは無縁なので、開催者も参加者も純粋にいろいろな形の文学を楽しんでいる。

毎年、同じことは繰り返さないという方針で、さまざまな実験的試みがプログラムに満載なので、飽きない。今年のテーマは「story is everywhere」。でもいわゆる文学に縛られてはいない。音楽、詩、さまざまな職種の人間のストーリー、などなど。

 

若者が文学に興味をもってくれることが嬉しい、いろいろな形の文学があっていい、との主催者の言葉が印象的だった。

音楽会「カビールの神秘を探る」 byヴィプル・リキ

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先日、朝10時から屋外劇場でヴィプル氏の音楽会に参加してきた。

詩人、作家、翻訳家、音楽家、と多彩な芸術家だ。

大学では文学を専攻、その後フリーランス作家となる。社会や環境の悪いところを探すのが得意、理論や思考が大好きだった。しかしあるとき、気づいた。あれも悪い、これも悪い、外には悪いことだらけだ。でも、もしかしたら悪いところがあるのは自分の中じゃないのか?
そしてカビールと出会う。

 

カビールはヒンディー文学(北インド文学)中世バクティカールを代表する15世紀の詩人。人生は秘密にみちていて、さまざまな論が文学界に飛び交っている。いまだにどれが本当なのか分からない。一応了解されていることとして、彼は不可触民の生まれで、読み書きができなかった。諸宗教家より学問を耳で学び、ヒンドゥー教とイスラム教両方の影響を受け、諸宗教の本質を追求した。カースト制を批判し、宗教改革者として有名になる。ドーハ―という音律の詩をたくさん残した。人生を深く考察したメッセージ性の高い作品とされている。

 

ヴィプル氏は、カビールの詩を古典弦楽器タンプーラーと鈴を両手で奏でながら歌う。100年以上前から歌い継がれている貴重な音律だ。タンプーラーは、何人もが弾き継いできた大変な年代物だ。氏は歌を披露するだけではなく、詩についてもさまざまお話をしながら、観客も巻きこんでステージは進む。

今回の観客は生徒たちが数百名。1時間半のステージで、後半30分は子供たちからの質問がとめどなく続くという魅力たっぷりのステージだった。

 

करता रहा सो क्यों रहा, अब करी क्यों पछताए, बोए पेड़ बबूल का, अमुआ कहा से पाए

「また同じことをしただけなのに、今なぜ後悔しているのか?バブールの木を植えたのに、マンゴーが手に入るわけがない」

「ものごとは良く考えてからすること」がカビールのこの詩の教訓だと、学校では教わる。

しかし、ヴィプル氏は言う。

カビールはメッセージを伝えるために詩を詠んだのではない。自らの体験をとおして心に生まれたことを語っているだけだ。

 

他人が自分をどう見るかや他人から自分がどう見えるかなど全く気にしない人だった。何故なら、真実も幸せも自分の中にあり、他人がもたらすものではないと考えていたから。

ならば、真実は私たちの中のどこにあるのか?

 

カビールは言う。この世は私の体の中にある。高価な宝石、7つの海、あらゆる音声、自分の師匠さえも、私の体の中にある。それなのに人々は暗闇の中に何かを探し続けている。

 

木が大好きな鳥がいた。あるとき山火事がおこり、木に火がつく。動物たちが逃げる中、鳥はちいさな体を近くの池に浸し、木のところへ舞い戻っては、自らのわずかな水で火を消そうとする。動物たちはなぜそんな無駄なことをしているのかと問う。鳥は言う。「自分にできることをしているだけだ」

この話は世界中にあって、結末はそれぞれ違う。インドの場合、神様が登場する。小鳥をかわいそうに思った神様は涙を流し、その涙は雨となって、火を消す。

 

ヴィプル氏いわく、

カビールの神秘とは、人生の神秘であり、身体の神秘である。人はどこから来て、どこへ行くのか。そして何をするのか。

すべてがカビールの作品に語られている。

 

学校の授業では「教訓」のように扱われがちなカビールの作品。ヴィプル氏のステージで子供たちは新しいカビールを発見したようだ。歌、音楽、お話、シンプルに子供たちを引き込み、大切なことを伝えていく。

本当に素晴らしい芸術家にお会いすることができた。

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演劇「rani kamalapati」(アビギャンナティヤアソシエーション)

デリーのアートの拠点マンディーハウスには、演劇、舞踊、音楽、文学などなどたくさんの芸術関連機関が集まっています。

シュリラムセンターもその一つ。一年中さまざまな舞台公演があります。

 

sahitya kala parishad, delhi(文学芸術協会、デリー)”は、ヒンディー語の戯曲作品の推進のため現代ヒンディー文学を代表する戯曲作家「モーハンラケーシュ」の名を関したプログラムを数年前から展開していて、今年は72戯曲作品の中から4作品が受賞しました。

 

1位 「hastinapur ki ek nirvasit stri(ハスティナプルの追放女性)ghanshyam kumar devansh

2位 「morfosis(モーフォシス)」hrishikesh vaidya

3位 「samar shesh hai(戦いはまだある」」harish B.sharma

参加賞 「rani kamalapati(カマラパティ王妃)」indira dangi

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今年は上記4作品が舞台化され、10月15日~18日までシュリラムセンターで上演されました。

私は18日午後6時からlokendra trivedi監督、アビギャンナティヤアソシエーション劇団による「rani kamalapati」を観戦。

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インド最大のお祭りディワリの前日小ディワリと呼ばれる日にも関わらず、約200人の会場はほぼ満席。

 

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この招待状は、ゴンド画芸術の著名な画家jangad sinha shyamの作品「jangad kalam」に描かれたもの。

rani kamalapati」は18世紀の史実に基づいた話。kamalapatiはゴンド族出身の絶世の美女。13歳の時に70歳の王に嫁がされ、彼女の悲運な人生は始まる。

 

kamalapatiは、自分の心を口に出すことはできないとすべての感情を押し殺して生き、悲劇な人生を終える。自分の美貌に翻弄された人生ともいえる。実母までがその美貌に狂い70歳の王に娘を売り渡すほどなのだから。

 

女に自由は無いと言うkamapapatiに、乳母は言う。

「女にはなぜ自由が与えられないのか、だって?社会、家族、宗教、全部女の肩にかかっている。もともと自分が中心なんだから、そこからどうやって自由になるというの?指輪が宝石を必要とするのであって、宝石が指輪を必要とするわけじゃないでしょ。」

 

私の未来は平穏無事かと尋ねるkamalapatiに妖気漂う女神バイラヴィは予言を与える

「人生の真実は流れだ。平穏、無事、すべて幻だ。」

 

1時間半があっという間の作品だった。

舞台はやっぱり独特の雰囲気と魅力がありますね。
また通ってみたくなりました。

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平和教育プログラム「原爆の話」

10月10日、今日は100人の中学一年生に原爆の話をしてきました。

ヒロシマとナガサキの原爆投下について教科書で学んだ後、
子供たちにたくさん疑問質問があるのでお話してくださいと先生から依頼を受けました。

原爆について描いた絵本「ひろしまのピカ」マンガ「夕凪の街桜の国」写真絵本「さがしています」、それぞれヒンディー語版の朗読などのプログラムをしてきましたが、「ヒロシマ、ナガサキ、原爆」について、というプログラム依頼は初めてです。

学校の子どもたちに紹介できるのは私としては念願叶ってなので、ありがたい機会でした。

今年の4月、アーサー・ビナードさんにお会いして、私の視点や考え方はガラッと変わりました。原爆について考えるとき、語るとき、伝えたいとき、何が大切なのか教えていただきました。
人々に何が起こったのかということが一番重要なのです。

今回は1時間のセッションでとの依頼でした。
短い時間の中でどうまとめようか苦心しましたが、
「原爆の情報や事実」「なぜ投下したのか」「人々に何が起こったのか」「今何ができるか」について、特に3つ目に重点を置いてお話しました。

まずは、もう授業でひととおり勉強しているはずなので、
どのくらいみんなが知っているのか聞いてみると、
「原爆から放射線がでる」
「ヒロシマとナガサキの原爆投下は実験だった」
という認識もありました。

ひとつめ、ふたつめのお話では、特にきのこ雲についてみんなで考えました。
上空から撮った写真は誰が何の目的で撮ったのか、
その時原爆の被害にあった人はきのこ雲など知らず、その下で苦しんでいたことなども話しました。

だんだん子供たちの注意も散漫になってきたところでしたが、
3つめのお話としては、「ひろしまのピカ」「夕凪の街桜の国」「この世界の片隅に」「さがしています」から抜粋して紹介しました。
「ひろしまのピカ」で、女性が必死に抱いて守ってきた赤ちゃんに乳をあげようとしたら腕の中で死んでいたこと、
「この世界の片隅に」で、幼い女の子の隣で座ったまま死んでしまったお母さんが、そのまま腐敗していったこと
そんなお話のときは、水を打ったように静かになり集中していました。
そして子供たちからは「それは本当の話?それともだれかが作った話?」との質問がありました。
「本当の話だよ、すごくたくさんの人が死んで、けがをしたのだから、同じ目にたくさんの人があったんだよ」というと、実話で、しかも一例ではないことにとても驚いていました。

NHKスペシャル「きのこ雲の下で何が起きていたのか」で取り上げられていた写真も紹介しました。写真の中央で中学生くらいの女の子が幼子を必死にあやしている写真です。
写っているのはみんなと同じくらいの年齢で、みんな治療に油を付けていることなども話ました。
最初の子供たちからの質問は「それは本当の写真?」というものでした。
そうですよ、というと「だれが撮ったんだろう!」とみんな驚いていました。

4つ目の話ときに、ちょうどICANがノーベル平和賞を受賞した直後だったので、ICAN制作のビデオを紹介しました。
図1


セッション後、先生に感想をお聞きすると「ICANの動画はちょっと(インパクトが)強すぎたかな。アニメで目の落ちるところとか。まだ中学一年生で幼いし、敏感な子もいるので。」
とのことでした。

事前に先生にICANの動画のURLを送り、子供たちに紹介することを知らせてありました。
何も返答なかったので差支えないのだと判断し紹介しました。問題あるようなら、事前にお知らせいただけるとよかったのですが。

私はちょっとだけ反省して、帰宅。
「どうだった?」と聞いてくれた中3の娘に上記を言ってみると、
「強い?怖い?、当たり前じゃん!そういう話なんだから、何言ってんの。」と少し怒っています。
娘に勇気づけられた感じです。

小六の娘は、上級生から噂を聞いたのか「泣いてた子もいたって」と教えてくれました。

みんなの心に届いたかな。
反省点を生かして、これからもひとりでも多くの子に伝えることができるようがんばります。

劇団 アビギャン ナティヤ アソシエーション

アビギャン ナティヤ アソシエーションはロケンドラ・トゥリヴェディ氏を中心にした劇団。数百人のメンバーが集う。同氏は長年演劇界で活躍し、NATIONAL SCHOOL OF DRAMAで教べんをとり、現在も役者の育成に貢献している。


一方、経済的にめぐまれない子供たちをサポートし、役者に育て、演劇を通した教育活動に取り組んでいる。極貧の家族の理解と協力を得ることは並大抵ではない。しかし氏はそれを実現している。
親の職種はオート運転手、屋台、掃除夫など。氏は演劇の活動とともに子供たちを学校に行けるよう、仕事に就けるよう、奨学金を受けられるよう、全力で支援する。ある少年はとても演劇の才能があるのにスラム暮らし。朝から晩まで廃品回収。それでもムンバイの演劇学校へ行きたい。まずは試験を受けてみろとの師の指導に従い、見事狭き門を突破。今度は年間60000ルピー学費を捻出しなければならない。師はご夫婦で自身の財をなげうち半額支援。4分の1は師の旧友の篤志が支援。残りは似たり寄ったりの境涯の同団体の若者達が支援。翌年分は自分で頑張りなさいという師の言いつけを守って頑張るがなかなかめどはつかない。そんな時、師の元に短期で若者向けの役者仕事が入る。彼は自分の手で見事明年の学費を稼ぐ。このような子供たち若者たちのサクセスストーリーは尽きる事がない。師はいつも見守っている。今もスラムに暮らす子供や若者たちが氏の元に集い演劇を学び、それ以外にも大切なことをたくさん学び巣立っている。今日会った若者たちの多くも、家庭環境は厳しく極貧の生活を強いられてきた。しかし皆師のおかげでしっかりと学校に通い、今は役者やそれぞれの仕事に従事している。凛とした若者たちだ。

同団体のメンバーには、それぞれの境遇を経て、現在活躍の場を勝ち取った役者も数多い。

子供たち若者たちは師を慕い、演劇を学ぶために遠くから歩いたり自転車で集う。多くは空腹だ。ある男の子の自宅はスラム小屋。自分の寝場所は棚の中。横になって入り込んで眠り、起きて這い出すのも大変だと笑う。廃品回収の仕事をしながら師の元に通う。氏は子供たちに交通費や食事の支援をする。氏の生活は非常に質素で、きっと全てを与えているのだと私は思う。
そうして、師が育て上げた役者、演劇好きの社会人は皆 輝いている。

氏の舞台作りは、演劇の背景や文化全般を学び、自分のものにする事から始まる。皆で集まり、話し合い、理解が深まるまでに相当の時間を費やす。実際の演技指導と同じくらい時間をかけているのかもしれない。この時間に子供たちや若者たちは人生の上でとても大切な事を吸収する。

 

先日、ビジャエダン・デタ作の「グナワンティ」を基にした舞台の最終リハーサルを見学させていただいた。芝居のクオリティが高いのはもちろんだが、このカンパニーの仲の良さ、信頼関係があふれ出ていた。次は是非本番の舞台を拝見したいと思っている。

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