インド発・文学日記

今のヒンディー文学が映し出すインド社会、日本とインドの文学や翻訳などについて書き残しています

【ありふれたインド】#29「インドで本格的テコンドーを習う」

インドの子育ては、社会性と自尊心が重要なポイント。日本なら、嘘をつかないとか人に迷惑をかけないとかくらい大切だ。ちなみにインドでは注目されない。

二人の娘はとても内気で、もう少し人前で話せるようにしてくださいと学校の先生に私が指導され続け、かれこれ10年くらいたつ。
この娘たちがテコンドークラスに通い始めた。
テコンドー、柔道、空手は、今インドで人気のお稽古事だけれど、どうも質がいまひとつ。
初日から取っ組み合いで生傷が絶えないクラスもある。ここでは基礎や柔軟、準備運動などをあまり重要視しないので、しっかり見極めないと危険。

しかし、韓国人のママ友に教えてもらったこのテコンドークラスは、韓国に本部があって、先生はもちろん韓国人で本格的だ。生徒は韓国の子どもたちがほとんどで、インド人がすこしと、日本人はうちの娘たちだけ。今やデリー近郊の韓国人人口はものすごく、インド人の子どもを対象にしなくても経営が成り立つ。先生は韓国語しか話せない。「韓国のテコンドークラスだから韓国語で話します!がんばってね!」と潔い。テコンドークラスがますます本物に見えてくるから不思議だ。私も自分の日本語クラスで試してみよう。
ママ友の娘のカナちゃん(小2)は、日本語と韓国語が流暢で、娘たちと先生の間に入って通訳してくれる。頼もしい。娘たちは日頃のKポップ熱のおかげで韓国語は耳慣れていて、私よりずっと語彙力がある。

クラスは、礼、声出し、柔軟、稽古と、内気な娘たちの矯正にはぴったりで、護身術は一生ものだし、今のインドに暮らす女性に必須のアイテムを身に着けることができる。
ママ友の通訳によると、先生は「英語は難しいなあ」といいながら娘たちのために英語での指導に挑戦されているようだ。壁には道場のロゴや名前がハングルで大きく美しく描いてある。韓国とインドの国旗もある。「ヒロミとナオミが来たから、日本の国旗も描かないとね。」本当に心ある先生だ。この先生は40代で、さらに60代の師匠もいる。師匠となら漢字で筆談できるかもと思ったが、娘のほうが漢字をあまり知らないから難しい。

日頃、韓国の人は強いなあと思うことが多々ある。自分を通す強さがある。自分を大切にしながら、インドと共存するのが上手で、異文化との交じり方に慣れている。
一方、私たちは周りを大切にするあまり、100%インドと同調するか、100%日本的な環境を選ぶか、二者択一になりがちだ。
同じくはなれず、混じり合うこともできないのだから、そのまま一緒に暮らす包容力とバランス感覚が必要だ。
素晴らしい先生のいるこのテコンドー道場は、印韓日の文化が共存していて本当に幸せな気持ちになる。


###########
taekwondo

ベルトテストに合格した子供たちとインド人女性先生と韓国人先生。白いベルトから黄色いベルトにグレードアップしてみんな笑顔だ。

【ありふれたインド】#28「まずくて食べられない」

一時帰国の日本で食べたもの。うどん、ラーメン、寿司、焼き肉、卵ごはん、コンビニ弁当。どれもこれも美味しかった。食べて呑んで遊んで、あっという間に時は過ぎた。
帰りの飛行機ではいつも肥えた口の中がネバネバする。インドに戻ってきてしばらくは現地食がまずくて食べられない。出国前は美味しかった自家製のパンまでまずくて食べられない。仕方ないので、何のお祝いでもないのに寿司桶まで出して寿司太郎を作ったり、買い込んできたカレールーやうどんをどんどん使う。普段では考えられない豪華な食事が続く。

日本人だから日本食が美味しいのだろうか、それとも、誰にとってもえらく美味しい料理なのだろうか。でもインド人が日本から帰ってきて、日本食が恋しくてたまらないとは聞いたことがない。インド人だって、日本へ行く時はマサラや豆や粉まで持ちこむ。
お国料理の魅力はすごい。

長い夏休みも終わり、子供たちをバス停へ送る。日本でさんざん歩きまわったのに、足元の靴はまだ新品のようにきれい。「日本は何処もアスファルトばかりで、土が無いもの。あっても草(芝生)が生えてる。」と娘が言う。小雨が降りだして、やっと来たバスに乗り込むまで靴はもうドロドロになった。

軟水のシャンプーで柔らかくなった髪も、硬水でまたごわごわになり、白くなったなぁと思っていた手も、ちょっと片付けしたくらいで薄汚れて黒くなる。

日本の惣菜や弁当のようにお手軽な食べ物は無いので、食事の準備に時間がかかる。半調理品や出前、宅配もあるけれど、季節によっては食中毒の心配がある。安全なものをとなれば、それなりの値段を払ってレストランで食べるしかない。

日本の食事は本当に便利で、空いた時間にいろいろできる。日本の食事は本当に美味しくて、もっともっと美味しいものが欲しくなる。
インドの食事は手がかかるけれど、口はネバネバにならない。たまに美味しいものに巡り会えるととても嬉しい。

なんにでも時間がかかるとみんな知っているから、怒らない。インド人の口癖は、ノープロブレム(問題ない)、ノーウォーリー(心配ない)、コーイーバートナヒーン(たいしたことない)。
すこしくらい遅れても、できなくても、大丈夫だ。

###########

securedownload

お腹を壊さない食事なら、高級レストラン街「サイバーハブ」へ。

【ありふれたインド】#26「私が悪い」 

「露出が高ければ乱暴されて当然」世界中の社会がそう思っている。被害者は「あなたが悪い」と言われ、本人は「私が悪かった」と悔やむ。この現実に釈然としない。
ならば理想は、女の子に呪いをかけないことか。娘の服装には口出ししないほうがいい。あなたがどんな服を着ようと自由だ。被害にあってもそれはあなたの服装のせいではなく、加害者のせいなのだから。

インドの女優が出演する「Its your fault(あなたが悪い)」のYouTube再生回数は現時点で660万回以上。皮肉たっぷりに抗議している。
露出度の高低はレイプに関係するのだろうか。レイプや性的暴行の被害者が事件当時来ていた服装の展示「what were you wearing(あなたは何を着ていた)」は、服装は関係ないと強く抗議する。

こうあるべきという性規範のレッテルから自由を求めることはとても大切だ。そんなものに縛られる必要はない。
しかしこの国のような社会状況に暮らすとき、どうしたら身や命を守れるのか。それは何よりも大切だ。

先日娘のお友達のバラティが遊びに来た。夕方、別の友人の誕生会へここから出かけると、着替え始めた。高校1年生。露出度のかなり高い服を着て、きれいなオトナに変身した。
その後バラティの母親に会った。「あの服素敵だったね、何処で買ったの?」と聞くと、やっぱり困った顔がもどってきた。「本当に心配だけど、自分で考えなさいとしか言えないわ。近所の店へ行くにもノースリーブ、ミニスカートだから、男が何人もじろじろ見てるのに、気にしないのかしらね、困ったわ。」

インドでは伝統的に女性の肌の露出はタブーだ。肌どころか、村なら家族であっても極力男性に顔や姿を見せないようにする。インド女性の両足を飾る小さな鈴のついたアンクレットも、家庭内での不慮のハチアワセを防止する警報機で、歩みに可愛くシャンシャン響く鈴の音を楽しむものでは本来無い。そういう社会から、たくさんの男が仕事を求めて大都市デリーに集まってくる。

日本なら近くのコンピニにどんな格好で行こうと構わないだろう。あからさまに性的な視線をぶつけてくる男性もいないだろう。直接被害に結びつくことも少ないだろう。しかし、社会背景、経済状態、階級などが格段に違う人々が狭い地域に一緒に暮らすインドの日常の隙には、日本よりも高い確率で暴行や盗難などの犯罪が潜んでいる。高級住宅街なら、居住者は教育も収入も意識も高い。しかし真逆の人々が、使用人としてその家族を支え、清掃、ゴミ収集、小売りなどをして地域を支えている。彼らに「性規範のレッテルからの自由」を理解してもらうのはかなり難しい。夏は50度近い暑さの中、冬は5度近くにもなる寒さの中、生活を繋ぐためだけに働き、ろくな休みも無く、過酷な環境に寝起きする人生。彼・彼女らの人生のどの時点にそれを考える余裕を作れるだろうか。

###########

ちょっと前ですが、インド映画「Oru Adaar Love」女子高生役、若手新人女優のウィンクがツイートで大騒ぎになったのは有名です。
以下、同映画のティーザーから今どきインドのティーンエイジャーの様をお届けできるかと。。。

「It’s your fault」

セミナー「ロマンティシズムとヒンディー文学」inケララ・コチ、maharajas college

Mahatma Gandhi university, maharajas college のヒンディー学科による第一回国際セミナー「ロマンティシズムとヒンディー文学」に出席するため、ケララ州 コチを3年ぶりに訪れた。

 

Kochi airport は、2年くらい前から完全ソーラー発電になった国内初の空港。空港周辺の広大な土地にソーラーパネルがズラッと並んでいる。

先日の大雨災害でコチ空港はずっと閉鎖していたが、再開して今日で一週間。空港付近も街中も元どおりのようだがあちこちにまだ跡が残っている。このソーラーパネルたちの復旧の速さに驚く。

あの建物のあそこまで、この辺はずっと向こうまで、橋のすぐ下まで川が増水して、と道中聞くたびに信じられないと思う。

 

空港から渋滞にまきこまれ、夜7時、宿泊先のガバメントゲストハウスに到着。その名前を聞いた時から予想はしていたものの、予想以上に何も無い。ベッドがあるだけ。ただ無駄に広い。私はタオルからシーツまでもってきたけれど、一緒に到着したMumbai universityのヒンディー学科長カルナシャンカル・ウパディヤエ教授は予想外の展開に驚いていた。受け入れ大学担当は教授のために石けんの果てから準備に走っていた。

NYBV6863


当然レストランなど併設していないので近くの美味しい南インドレストランで夕食。同じドーサなのにデリーと全然違う。ものすごく美味しい。

 

各地セミナーに参加しての醍醐味は、教授や学者のこぼれ話を聞く事。こういう時の皆さんの話はいつも面白い。休憩中の雑談で興味深い話題がどんどん飛び出す。

 

教授曰く、

ヒンディー話者は今、実は世界一とのこと。同テーマで著書を出版したばかりで熱く語ってくださる。

マンダリンを話せない中国人がじつは38パーセントもいるので世界上位ランクに着くのは難しく、一方 ヒンディーは、第2言語 第3言語話者も入れると凄い数になるそう。話者が増え、最近UAEがヒンディーを公用語にしたそうだ。

 

大学の主催者 ビンドゥ氏も本当に良い人だった。あれもこれもと真心でお世話してくれる。彼女の奮闘ぶりをみていると、ガバメントゲストハウスになったのも予算のせいで仕方ないと察する。彼女はアシスタントプロフェッサー。 3年生と1歳児を抱えるママでもある。コチは使用人の相場が高いとこぼす。終日のベビーシッター料は、月15000ルピー。ちょっと高いかな。デリーなら教育レベルにもよるが5千〜1万くらいだろう。全体的に相場が高いので、デリーより自分で食事を作る主婦もおおい。出来合いロティやカット野菜の使用も中流層に広がっている。

 

話題は戦争に移り、カルナシャンカル教授が、カーマーヤニーで、戦争は対話の欠如が原因だとプラサードが先見の明で分析していると指摘。一流の人は誰もが同じ事を言う。

 

その後宿舎に戻り、どうにか 一晩を明かす。

昨晩から教授は朝のお茶が心配で落ち着かないご様子。宿舎には無いので、朝7時に外にお茶に行こうという。

私は起き抜けの甘いミルクティーなど勘弁してもらいたいが、インド人には死活問題なので、付き合う事にした。

7時にレストランが開くものか懸念していたが、やっぱりどこも開いていない。いろんな人に聞いて、いろんな間違った情報を提供され、途方にくれる。英語もヒンディーも通じないのが原因の一つだ。

IMG_5809
早朝コチ。 

早朝 7時、お茶を求めて歩き回り、やっと二人が見つけたのは南インド料理食堂で 英語もヒンディーもあまり通じない。店主にワダひとつかと聞かれ yesと言ったくせに、後で追加注文して、偉い教授なのに食堂の主人にものすごく怒られる。職人気質なレストランだ。ワダはできたてふわふわで物凄く美味しい。これから仕事に出かける人たちが、急いで食べている。目の前の若者が伝統アルミカップでブラックコーヒーをとても美味しそうに飲んでいたけれど、また変更したら更に主人の機嫌を損ねそうなので我慢した。悪い人ではなさそうなので帰りがけに英語でとっても美味しかったですと親指を立てて見せた。ちょっとだけニヤッとした顔は、やっぱり人が良さそうだった。少し離れたところにいた教授は、何を勘違いしたのか私がミネラルウォーターを欲しがっていると思い込み、注文してしまった。これをキャンセルしたために、また主人はご機嫌ななめになってしまった。

IMG_5811


大急ぎで宿舎へ戻り 大急ぎでサリーを着付けた。

定刻に迎えに来たビンドゥ氏たちと改めて朝食へ向かう。場所は夕食と同じレストラン。昨晩はグラスの色だろうと思っていたのだが、朝日の中で確認するとやっぱり出された水はピンク色だ。なんとか言う木の皮で煮出した水でこの辺では普通のことらしい。

IMG_5812


更に美味しいウタパンを食べて出発。食べてばかりだ。次に何時ありつけるか分からないので、食べられるときにどんどん食べておくのは鉄則。

大学の門には、ビンドゥ氏による労作のセミナーの垂れ幕がかかっている。

QNBJ5426
 

160年歴史誇る大学で、珍しい木造の校舎が今も大切に使われている。その名のとおり、maharaniもいたので、お姫様お出入り用のらせん階段もきれいだ。

IMG_5815


すぐに開会式がスタート。私も含め十人くらいがそれぞれ話す。途中で壇上にお茶とクッキーが供される。ゆるく進行して行く。そのうち会場にも配られ、ざわざわ落ち着かなくなる。開会式のお話はあっても無いようなものなので、これでいい。失礼にはならない文化だ。

IMG_5817


セミナーのテーマは「ロマンティシズム(swachchandatavad)とヒンディー文学」チャーヤーワード100周年を意識してのテーマだ。私は与謝野晶子とマハデヴィの共通点などの発表をした。みなさん真剣に聞いてくれる。特に女性は。男性は気マズそうに席を立つ人もいた。ほぼ想定内。

日本語で朗読。ヒンディー訳を紹介。

終了後 女子大生が感銘を受けましたと駆け寄ってくれた。本当に参加してよかった。

DUDZ1375


三年前お世話になったワナジャ教授(右端)にも再会。彼女に会うとなんだかホッとする。開会式と第1部で発表後すぐフライトなので、彼女の発表が聴けず本当に残念。

IMG_5821


フライトが迫っているので 壇上から途中退場。これもあんまり失礼にはならない。いちばんのりで大学内でランチを頂く。バナナ葉のお皿に少しづつ丁寧におかずやご飯を盛ってくれる。これまた物凄く美味しい。手で完食しようと奮闘したが途中で時間切れ。南インドのみなさんは汁物も本当に上手に手で食べる(飲む)。確かに手のひら全体がベッタベタになるけれど。素晴らしいケータリングを供してくれたランチ担当の学生に美味しい感動を伝えてきた。

IMG_5822
IMG_5824


垂れ幕と同じデザインの入った参加証明書を私も頂いた。これから続く3日間のセミナーで沢山の研究者が発表する。皆が手にする国際セミナーの証明書は、今後の就職活動その他で大活躍するそうだ。

 

【ありふれたインド】#25「そうかなあ」

日本大使館から注意喚起メールがきた。
在留邦人男性が、路上にたむろしていた三輪タクシー運転手らによる客引きをを拒否し、進路妨害する運転手らをかき分けて前進しようとしたところ、不意に暴力をふるわれた。金品の被害はないが、突然集団で暴力をふるうという悪質な事件なので、周囲の状況に普段以上に注意を払い身の安全を確保するように、とのこと。
夫(日本人)とも意見が一致したが、これはちょっと腑に落ちない。男性は運転手集団をどのようにかき分けたのだろうか。横暴な態度で臨んだのであれば、このような結果になるのは目に見えている。当然いかなる理由であれ暴力は認められない。現場を目撃したわけでもないので無責任には言えないが、日ごろ見聞きする日本人のインド人に対する態度から想像してしまうのも事実だ。
今デリー近郊には駐在員とその家族の日本人が猛スピードで増えている。コンドミニアムまるまる日本人ばかりという場所もある。スクールバス停に日本人のママたちが集まっているのも不思議な光景だ。この人たちが付き合うのは、会社の部下、使用人、ドライバーなどなど目下のインド人が多い。インド人は日本人のように時間に正確ではないし、日本人のスピード感や価値観と合わないことが多い。イライラしてしまうのは分かるが、ぞんざいな態度、馬鹿にする言葉に悲しくなる。決して日本人がみんなそうだというわけではない。しかし全体数が上がれば、そういう人もおのずと増えてくる。

話は飛ぶが、インドにはきちんと朝食をとる文化が無い。だから学校で食べる10時のおやつを持たせなければならない。面倒なことに、市販のお菓子などではなく手作りメニュー奨励。サンドイッチ、チャーハン、スパゲティ、パンケーキなどの繰り返しになる。ある日、パンもスパも小麦粉も適当な野菜も無い!という恐ろしい朝を迎えた。これはもう禁じ手のおにぎりしかない。日本なら最高の軽食になるが、娘が入園した10数年まえから一度も持たせたことが無い。「黒い紙付きのご飯ボールなんて奇妙なおやつ、肩身が狭いに違いない」とずっと思い込んでいた。ところが帰宅した娘たちには大人気。「また作って!」とせがまれた。みんなに笑われなかった?と心配する私に「みんな知ってるよ」との冷めたお返事。そうだった。いま娘の仲間たちはみんなKポップに夢中だった。先日、メトロ車内でもインド女子が携帯でKポップスターのバラエティを見て肩を震わせ笑っていた。インドのティーンエイジャーの心がわしづかみにされている。…完全なジェネレーションギャップだ。今や世界中で日本や韓国の食べ物はトレンドだというのに。
kpop

画像:もうすぐデリーでこんなイベントもあります。Korean cultural center主催。韓国政府も力入れてますね。

舞台 ヒンディー語版「さがしています」

写真絵本「さがしています」のヒンディー語訳「main dhoondh raha hoon」の舞台化をめざし、本日は二回目の打ち合わせ。

 

一回目は4月の終わり。劇団アビギャン ナティヤ アソシエーションの代表で監督のロケンドラ氏とミタリさんと三人だった。晴れて必要経費の助成が降りたので、まずはやっと本格的に事をすすめられる!とほっと一息したのだった。

 

本件は去年の7月より長い間暖めてきた企画。本当は昨年の8月に実現したかった。

そう考えると、0回目もマイナス一回目の打ち合わせもあった。

マイナス一回目は昨年7月頃。8月にできない事が確定して本当に悲しく悔しかった。ロケンドラ氏に、だいじょうぶだいじょうぶいそがずに実現しようと優しい言葉を頂いた。

0回目は昨年末くらい。資金助成を受けるためにいろいろ相談し、詳細を確認した。

 

2回目の今日は、ロケンドラ氏を囲んで 10数人の役者や関係者と会った。みなさん すでに原爆や同著について学んできているようだった。

私は この本が他の原爆関連書籍と少し違った視点で作られている事、モノが語り部である事、一人ひとりの人生に注目している事、原作者アーサーさんの事、ピカドンの事、などなど話したり、何編か読んだりした。みなさん 20代後半~30代くらいだろうか。ジーっと私を見つめて、頷いたりしながら真剣に聞いてくれた。

監督がだいたいの流れを話して、これからは、みんなの意見も聞きつつ、時間をかけて仕上げていくやり方だ。すべてを一人が決めて、役者やみんながそれにならうというやり方では無い。若い役者自身がしっかりこの舞台すべてを自分のものにしていく。

練習スペースのアレンジが大変そうだが、明日からは 特別な状態を表現する特別な身体の動きの練習に専門家を招き、しばらく集中するそうだ。

私は7月にまた、もう少し形になったものを拝見する予定。

 

今日の打ち合わせ場所は氏の自宅だった。メトロで片道一時間半。メトロ車内はエアコンが効いていて快適だがその他の移動は、暑い。酷暑の盛り、去年よりはましな43度だが、暑い。昨夜の大嵐で湿度もあがってものすごく蒸し暑い。

 

実は、どんな進み具合なのか心配していたけれど、内容もみなさんも素敵で、思ったより細かな準備も進んでいて一安心。

まあ、いまや私が一安心することでも無いような気がしてきた。

次に会うのが楽しみ!

やっぱりみんなでいろいろ創るのは楽しい。素敵な企画に参加できて嬉しい。

IMG_5568

【ありふれたインド】#24「低所得層イクメン」

スクールバスの車内には必ず保護者がひとり同乗する。運転手や車掌による生徒へのレイプなど悪質な事件が相次ぎ、女性職員のスクールバス同乗が義務化された。娘の学校では、さらなる安全のため保護者も同乗する。月に一回、早朝6時、学校に集合して任務に就く。
私はもう任務歴11年。当初は下の娘が一歳で本当に大変だった。そのうち二人とも早起きして私と一緒に来るようになった。だんだん上の娘は行かないと言い出し、下の娘だけがしばらく付き合ってくれていた。今年で彼女も中学一年生。今朝は一緒に来なかった。11年ぶりにひとりで任務に向かう。早朝の車の音と朝靄の景色がどこかと似ている。フランスやタイ、夏休みに行った旅行先だ。帰途に着く朝の淋しい感じだ。ここの朝靄はスモッグで、排気ガスのにおいがする。
バス任務では話相手もなく、暇なので外を眺める。道の舗装はずさんであちこち土が見えている。工事の途中で放置されたり、敷石の並びが適当だったり、不完全で落ち着く。気楽にやろうとホッとする。インドはいいなあ。

車掌が突然下車して道端の屋台からビニール袋にお茶を買ってきた。よく漏れないものだ。ビニール入りは身体に悪そう。一緒についてきたこれまたプラスチックのカップに小分けして飲む。最初のバスストップもまだで、定刻もすぎているのにのんびりティータイム。連日待たされるわけだ。。。
女性職員は昼と午後のルートにも同乗する。それぞれ2時間くらいで、空き時間は帰宅する。月給4千ルピー(約7千円)。コックの掛け持ち仕事の副収入もある。朝9時~午後5時の常勤は5千ルピー(約8千5百円)だが、割に合わないので断ったそうだ。

いくつめかのバス停で、RTE*枠の幼い姉妹が乗り込んできた。可愛い二人は乗るやいなや窓を開けて「パパ~、バイバーイ !」すごく若いイケメンが外で手を振っている。お兄ちゃんにしか見えない。この若さで二人の娘をRTE枠に入れ、毎朝バイクでバス停まで送るイクメン度はすごい。低所得層が幼い娘を学校に入れるのは稀で、RTE枠の情報を手に入れることも容易ではない。しかし逆に、このイクメンパパの若さなら情報収集はお手のものなのかもしれない。インドは人口の半数近く、5億人以上がスマホをもつIT大国だ。 

*RTE (Right to Education教育を受ける権利)。私立学校の定員の25%が無償教育枠として弱者層に割り当てられる。
参考 http://righttoeducation.in/

2)bus stop

スクールバス停。バスはなかなか来ません。

【ありふれたインド】#23 「ツイてない日」

あんなにツイてない日は始めてだ。
4月から新学期、娘たちは7年生(中1)と10年生(高1)になった。
毎年次学年の教材は春休み中の指定日に親が購入しなければならない。
去年までは屋外販売で灼熱の太陽の下長い列に並ぶ重労働だった。
今回からは給食室ホールを使った快適な屋内販売になった。
どうして早くこうしなかったのか。
ノートや文房具を含む教材はかなりの重さになる。
私ひとりでは持ちきれない。
しかも今回は近所のママ友から娘のクラスメート分も一式頼まれている。
混雑を避け、開始時刻ぴったりに到着しようと前日から娘たちと打ち合わせした。

明朝、次女はいつものようにさっさと準備完了。
長女はいつものようにだらだらと起きない。
その上なにやら自分の備品を学校から持ってくるよう妹に頼んでいる。
2セットのずっしり重い教材ばかりか備品まで?とうんざりした。
学校には10分前に到着。
販売はもう始まっていて、私たちは列の3番目。
さて支払になると、事務員がカード決済のみだと言いだす。
事前通知では「カードを使えます」程度だったので、
私はいつものように現金持参で来た。
こんな重要事項はもっと強調して伝えてほしい。
支払を済ませないと教材は受け取れない、仕方なく列を離れる。
ツイてない。
そうだ!休暇中の夫に頼もう。
下の娘は「ママが戻ったほうがいいんじゃない」とポツリ。
夫に連絡するも寝ているのか案の定応答なし。
あきらめて駐車場へ向かうと、おりかえし電話がきた。
学校までは車で10分足らず。
夫にカードを持ってきてもらうことにした。
しばらくすると、車がパンクしたとの連絡が夫から入る。
ツイてない。
こういう日は娘の言うとおりにするべきだった。
家に戻ろうとすると今度は朝の大渋滞に巻き込まれる。
やっと家に到着すると夫から電話が入り、
「今パンク直ったからあと1分で学校に着くよ。」
すれちがいだ。
本当にツイてない。

どうにか教材購入を済ませ、ぐったりして帰宅。
洗面所の排水のつまりがずっと気になっていたので、
帰り道にパイプクリーナー洗剤を買ってきた。
洗剤を投入すると、つまりが大量だったようで排水口から汚水が噴出。
強酸なので、浴びたら大火傷するところだった。
びっくりしていると、なんの拍子か手からクリーナー容器が滑り落ち
洗面所中に強酸粉末が飛び散った。

危険なほどツイてない日だ。
家でじっとしていよう。
何もしないほうがいい。
と事情を語り、夫に夕食を作ってもらった。
garden
校庭の花。庭師が暑くても寒くてもきれいに手入れしている。

【ありふれたインド】#22「雀も少なくなりました」

その日は鳥に好かれる日で、雀のツガイが私にちょんちょんついてきた。
たまたま同じ方向に動いていただけかもしれない。
かわいくてずっと見ていたら、娘に何やってるのと笑われた。
毎朝よく見かける鳥は、モズ、ブルブル、ハト。
娘を送るスクールバススタンドまでは2分くらいの道のりだ。
家のベランダに毎年巣を作りに来ていた雀のツガイは一昨年あたりから来なくなった。
雀がずいぶん減ったなあ。
バススタンドに着くと、前の電線にブルブルが止まっていた。
久しぶりに空を見上げた。
きれいなメス。
おおきめのオスが羽をバサバサやってきて、その隣に止まった。
うるさそうに、チョンと距離を置くメス。
あきらめ悪くバサバサ近づくオス。
攻防戦が続き、メスはとうとう嫌気がさして飛んでいってしまった。
しばらくきれいに旋回して、少し離れたところにまた姿勢良く止まった。
もうオスは来なかった。

野良犬は相変わらず徘徊している。
ずっとまえ、後ろ足を負傷して半分のところから曲がっている野良犬がいた。
一本だけ長さが違うので歩きづらそうでとても痩せていて、
毎朝見る姿に今日も生きていたかとほっとした。
あるとき道端にその犬が死んでいた。
そのまま朽ち果てていくのはせつなくて、
ご近所のとても顔が広くてとても世話好きなおじいさんに相談すると、
役所に連絡するから大丈夫と言ってくれた。
私は泣きそうだった。
野良犬に服や食べ物を与えるのは無責任だと私は思っている。
その犬にも何もあげなかった。
でもとてもかわいかった。
実はその時犬は死んでいなくて、次の日よろよろ歩いているの見つけた。
あんなに気になっていたのに、その後何時いなくなったのか覚えていない。

以前はこの辺に、野良ぶた家族もたくさんいて、
野良犬と母ぶたがよく喧嘩していた。
ここ二、三年だろうか。
豚はすっかりいなくなった。
雀も少なくなった。
牛も見かけなくなって久しい。
ビルやマンションはどんどん増え、
メトロ路線もどんどんのびている。

###########

画像1)ブルブル。
画像2)朝徘徊する野良犬の群れ。
bulbul (2)
dogs


グジャラート文学祭

16日、グラジャート州アーメダバードで開催されたGujarat Literature Festival に出席してきた。

glf
 

半年くらい前に開催委員の方から依頼の連絡をもらい、GLFがあることを初めて知った。意外に今回が5回目の開催。

出席を依頼されても、いったい何について話せばいいのか詳細の連絡がなかなかない。最終的に決まったのは、一週間前だった。今回はトークショー形式とのことで、気が楽になった。

 

当日、午後3時半現地到着。空港に関係者のタクシーが迎えにきている。乗り込むと、6:30からのプログラムと事前連絡があったのに、430からだからとそのまま会場に連れて行かれる。ステージは私を含め3人のトークショーだというのに、全く打ち合わせ無し。会場の控え室で初めてお互い自己紹介。それもそこそこに誰かの事務室に連れて行かれ、大急ぎでサリーに着替える。みなさんをお待たせしてしまったが、やっとステージへ。

印日友好協会のムケーシュ・パテール氏が、アーメダバードと日本のさまざまな関係についてお話してくれる。アーメダバードと神戸は姉妹都市だそうだ。以前、バナーラスと京都も姉妹都市になった。アーメダバード在住の日本人は約150人とのこと。

 

そして

司会も話もグジャラート語満載で進行していく。素晴らしい。

 

実は、この話があったとき、私はまず「何語で話すのか?」と確認した。先方は「何でもいい、ヒンディーでも、英語でも」と答えた。

今までの経験上、この様子だと、せっかくヒンディー語で原稿を準備していっても、現地直前で英語で話してくれと言われるに違いないと思ったので、「ヒンディー語でしか話さない」と初めにお願いしておいた。私が外国人なので、担当とイベント全体の連携がとれておらず、先方の期待がヒンディーよりも英語になってしまうことが多い。ヒンディー文学関連のイベントでも、だ。

 

ステージのトークショーで、私は、マンガ「夕凪の街、桜の国」「わが指のオーケストラ」ヒンディー語訳について話した。一人は司会担当の男性。舞台や演劇を広くしている若者で、日本滞在経験やフランス語にも堪能だ。彼の話や進行も半分以上グラジャート語。もう一人は、カナン・ドゥル氏。彼女の本業は弁護士だが、lawtoonという法律を分かりやすく紹介するマンガを出版している。法律を子供たちに紹介し、興味を持ってもらいたいという情熱と心ある女子!だ。

3
lawtoon


このフェスティバルは5日間にわたって開催され、3会場で一日中たくさんのプログラムが進行している。

自分のプログラム終了後、とても面白そうなイベントを拝見した。ステージにいる出版社の編集者約10名にむかって、会場の聴衆が自分の出版したい本のプロジェクトを提案するというものだ。事前にアイディアを募ってあり、提案者のほとんどは若者だ。このプログラムの基本目的は、グジャラート語の本の出版の後押し。楽しい、素朴な質問が多く、笑いが絶えない。

publisher
publisher2


「短編集を出そうと出版社に行ったら出版経費がかかると言われた。本のために私がお金を払うの?お金を稼ごうと思って本を書くのに??」

半分はグジャラート語で進行していくので、私は 予想 で話についていくしかない。

続いては、自分の作品の朗読をながながと始める女子。2,3人分の持ち時間を使い、ざわつく会場にも平気な様子だ。コンセプトは「人間ライブラリー」。壇上の編集者の反応は良くなかったけれど、私は良いアイディアだと思った。すごい“心臓”だし、頑張ってほしい。

 

宿舎は、お世話になった教授と一緒だった。彼の紹介で今回参加することができた。教授のお知り合いのHPラマ氏も同じ宿舎だった。明朝のプログラムなので、宿舎から会場まですごい高級車でご一緒した。

彼はアメリカに多くのホテルを持つ、グジャラート出身のホテリアー レジェンド。

彼のプログラム前のつなぎも司会も全部グジャラート語。彼の講演は英語だったけれど。

ラマ氏はアフリカ生まれ、21歳のときアメリカへMBA留学した。ポケットには2ドルしかなかった。レストランのウェイターのアルバイトで学費を稼いだ。そこから、大変な苦労を重ねてホテリアーとなった。今も彼のポケットにはいつも2ドル入っている。2ドルから始まる可能性を忘れないために。

人種差別の厳しいアメリカでつらい経験もたくさんされた。ホテル買収の契約を結んだ後、先方が突然断ってきた。ラマ氏がインド人と知ったからだ。ラマ氏は何も言わず、その話を受け入れた。「きっと相手はこの契約に 気が乗らない(uncomfortable)のだろう」と。この 傲慢のない確信(confidence without arrogance)が彼に勝利をもたらし、後に同じ相手は3倍の値段で同じ物件を買った。

ラマ氏は自身を偶発的な(accidental)ホテリアーと呼んでいた。そして今は偶発的な教育者でもあると。彼は近年スーラトにホテルの専門学校を開校し、たくさんの若者を育てている。

 

グジャラート文学祭は非常に大規模なイベントで、たくさんの人が訪れ大盛況だった。赤いユニフォームを着たボランティアはすべて学生や若者。スーラトのホテル学校からも多くの若者が駆けつけていた。みな献身的に動いている。それぞれが「自分のプログラム」という心意気で参加しているので気持ちがいい。イベントオーガナイザーやマーケットとは無縁なので、開催者も参加者も純粋にいろいろな形の文学を楽しんでいる。

毎年、同じことは繰り返さないという方針で、さまざまな実験的試みがプログラムに満載なので、飽きない。今年のテーマは「story is everywhere」。でもいわゆる文学に縛られてはいない。音楽、詩、さまざまな職種の人間のストーリー、などなど。

 

若者が文学に興味をもってくれることが嬉しい、いろいろな形の文学があっていい、との主催者の言葉が印象的だった。

サイト内検索
Loading
プロフィール

shraddha

  • ライブドアブログ