インド発・文学日記

今のヒンディー文学が映し出すインド社会、日本とインドの文学や翻訳などについて書き残しています

ロバート・キャパ写真展 MUSEO Camera

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久しぶりにMUSEOCameraに行ったら、偶然ロバート・キャパ写真展の初日でした。

戦場の人間と市井の人間を映した写真の配置とコントラストから思いが伝わってきます。

戦場では戦士の表情を間近からとらえ、彼が兵士と一緒に見ている戦場、その銃の先にある景色が見えてくるようです。

避難中の民、難民キャンプの民。彼彼女らが見ている、その前に広がる景色も見えてきます。

写真に映っていないフレームの外にある景色から、メッセージが送られているようです。

彼はベトナムで地雷被爆し40年の短い生涯を閉じました。

その日に撮った3枚の写真は、

地雷で爆死した市民の死体とその横を歩く兵士

地雷探知機を手にした兵士

畑を歩く牛

隣り合わせの日常と戦争は
戦争はいつでも起こりえると教えてくれているのかもしれません。

彼の名言は

「良い写真が撮れないのは充分に近づいていないからだ」

名言通りの写真と人生が展示されていました。

彼の短い生涯を無駄にしてはいけないと心から思いました。

 

1月31日まで開催中のようです。
お近くの方は是非。

Bookaroo 絵本フェスティバル 紙芝居「ちっちゃいこえ」

BOOKAROOフェスティバルは、絵本の読み聞かせやアクテビティ、作者と子供たちが直接触れ合うイベントです。毎年この時期に開催されます。
今回の会場はRAIL MUSEUM。大使館のたくさんあるチャナキャプリにあります。
もう10年近くになるでしょうか。開催当初私が参加した頃とは、くらべものにならないほど大規模なイベントに成長しました。
いつも感心するは、若者や学生のボランティアが、てきぱきと笑顔で頑張っていることです。
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入り口はこんな感じです

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ブックストアや、小さい子供たちのアクテビティも敷地内何か所かで開催されています。

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入口には巨大なプログラム表。

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たくさんの絵本作者や読み手が参加します。

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イベント会場には26,27日の予定表があります

BOOKAROO代表はswati とvenkatesh。国内外の絵本作者を招待し、ここまでの大イベントに育ててあげたのは本当に快挙。

今年は、アーサー・ビナードさんの紙芝居「ちっちゃいこえ」のヒンディー語版を紹介しました。この作品を紹介するのは2度目。いつもジャパンファウンデーション・ニューデリーの皆様にお世話になっています。
一度目はコロナ禍の中、オンラインイベントをしました。
今回は念願の野外イベント。本当にわくわくしました。野外でインドの子供たちの前で、紙芝居舞台のかみしばいを披露。
いつ終わるかもしれないコロナ禍を過ごしていたころからすれば、夢のようなイベントです。

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たくさんの子供たちで大賑わいです。学校単位での参加もたくさん!
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今回も紙芝居を披露するのは、ワスンダラーさん。
さらにパワーアップ、レベルアップして、圧巻の紙芝居でした。
子供たちのこころをぎゅっとつかんで離さない「語り」は本当に素晴らしい。
愛くるしい微笑み、おどけた表情、きりっと悲しくなる声。
今回は、おじいさんの子守歌や、細胞の呪文も子供たちと一緒に歌いました。

前半楽しそうに紙芝居を見ていた子供たちも、
後半になると、ハラハラし始め、悲しい顔になっていきました。
最後の 「サイボウの声がずっときこえていたら きみはきっといきていけるんだ」をきいた子供たちはほっとしたような表情をしました。メッセージはしっかりと子供たちに届いたようです。

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紙芝居の最前列には補聴器をつけた子供たちが座って待っていてくれました。家庭で学習するこの2人は指導員と参加してくれました。

おじいさんのこもりうたの様子は
こちら

サイボウに魔法をかけるはこちら

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ありふれたインドⅡ #4「はやく元気になってほしい」

ガーンディー・ジャヤンティ(生誕日)

マハートマー(偉大な魂)の尊称をもつ、国民の父、ガーンディーの誕生日(1869年)です。

世界平和を祈る日です。

 

インドに来てからずっと、もう20年以上もお世話になっている方が入院しました。

集中治療室でもうすぐ一か月になります。

先週はしっかり目を見開いて、

人工呼吸器でふさがれた口の代わりに、

まばたきで応答してくれました。

今週は、目が少し疲れているようでした。

起き上がろう、話そうと無理に体を動かししてしまうので、

あまり長居せずに治療室を出ました。

 

まだまだ教えてほしいことがたくさんあるので、

早く元気になってほしいです。

元気になられたら、聞けるように、リストをつくろうと思います。

時間を無駄にせずに、今できることを、感謝しながら果たしていこうと思います。

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ありふれたインドⅡ #3「インド、現地校の15年間」

娘の通う学校には、スクールバス任務が2か月に一度あります。

保護者は、当番の日は朝6時過ぎに学校に行き、

スクールバスに同乗して生徒たちを見守るのが役目。

オンライン授業が続いたコロナ禍以来、2年ぶりの任務に行ってきました。

 

娘が保育園に入学してから15年。

スクールバス係もベテランです。

当初は学校設立5年で、小型バスが数台、児童数も少ないものでした。

今や大型バスが20台以上ずらっと学校正門に並んでいます。

校庭では大勢の生徒たちがサッカーやクリケット、朝の部活に励んでいます。

学校の方針や子供ひとりひとりの個性重視の素晴らしい哲学は15年間一貫して変わらず、

むしろ充実してきたように思います。

学校外のイベントや部活試合では入賞が多く、

高校生の統一試験結果も高レベルの成績を出しています。

かなりのゆとり教育ですが、

じっくり子供のやる気を育む教育システムが

15年かけて開花してきているようです。

 

インドの学校には、子供たちの身の回りの世話をするお手伝いさんのような女性職員がいます。

幼稚園や低学年の児童たちのトイレの世話や見守りなどが役目です。

この女性職員がスクールバスには必ず同乗します。

 

今日一緒になった職員さんは、職歴3年目でした。

2年生の娘が学校に編入できたそうです。

以前は娘を家に残して仕事に来ていたから心配だったけれど、

今は娘も職場の学校に一緒なので安心です、と笑顔。

彼女の収入では到底入学できない学校なので、

RTE枠(注参照)で入ったのでしょう。

外部から5名、彼女のような内部職員から5名、毎年RTE枠があります。

 

「娘さんは楽しく学校に通っている?」と聞くと、

「なんとかがんばってるようです」とのこと。

RTE枠の生徒はクラスに1名ほどなので、

家庭事情や経済事情の全く違うクラスメートと学校生活をおくるのは容易ではないでしょう。

当事者の子供の気持ちを考えると複雑ですが、

なんとか頑張って、良い教育環境に恵まれたたことを将来に生かしてほしいです。

 

早朝のバス任務はとても気持ち良く、

約一時間ゆっくり朝の景色を楽しむことができます。

といっても後半は乗車してくる生徒たちでにぎやかになります。

いつもは通らないルートでたくさんの発見もあります。

 

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路上に空気清浄機を発見したので調べてみたのですが、設置は2019年。

その後2年間、コロナで大気汚染は改善されていたので、

この路上空気清浄機の貢献度は微妙なところです。

ニュースはこちら


昨日、家政科の教科書を読んでいた娘が突然ゲラゲラ笑いだしました。

聞いてみると、

前の項では、「現代では、家事は女性だけの仕事ではなく男性も身に着けるべき仕事だ」 

みたいなこと書いてあったのに、

次の項では冒頭から「HOUSEWIFE(主婦)は洗濯、掃除、食事作りなど家事一般をします」って。

いきなり女性限定の仕事になってるし、「HOUSEWIFE」以外の単語ないかな。

とのこと。

 

分厚い教科書なので、項ごとに別々の専門家が書いているのでしょう。

編集者も大変ですが、論調に統一感を出さないと

生徒がやる気をなくしてしまいそうです。

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(注)二〇〇九年に「無償義務教育に関する子どもの権利法」(RTE)*⒖が成立し、社会的弱者層や社会的不利益層に属する子どもたちが差別による教育の機会を奪われないよう、無償の基礎教育を与えることが政府に義務づけられた。私立や政府の補助を受けている学校は少なくとも二十五%、社会的弱者層および社会的不利益層に属する子どもを受け入れなければならないと規定されている。

ありふれたインドⅡ #2「熱波と学校閉鎖」

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年々、酷暑期が前倒しになっている気がします。
私がインドに来た30年前くらいは5月末が45度くらいになる一番熱い時期だったと記憶しています。
今年は4月に熱波が吹きはじめ、インド各地で警報が出ました。

4月や5月は、熱波から子供たちを守るために学校閉鎖、オンライン授業に変更、授業時間短縮や午前中に変更、夏休み時期の繰り上げなどを要請する州政府が相次ぎました。
インドは広い国なので、気候や社会状況も州や地方によって異なります。
教育についてはインド中央政府よりも州政府の権限が強く、各地の学校は州政府からさまざまな要請や連絡を受けます。

インドにはさまざまな学校があります。
冷暖房完備の私立校から、扇風機すらない公立校まで。
全国的にみれば、冷暖房のない学校に通う生徒が圧倒的に多いです。
熱波だけならまだしも、今年はインド全土での石炭不足など、十分な電力供給ができず多くの地域で長時間の停電が続いています。
なので、扇風機があっても停電で使えない学校も多いでしょう。

デリー近郊の街グルガオンでは暑さのため生徒が倒れたり、コルカタでは暑さのため生徒がテストに集中できないとの声があがっています。
パンジャブ州の教育組合代表の数学教諭は、政府がやりがちな学校閉鎖の措置を、「安易なその場しのぎ」と批判し、「政府は学校授業の継続を最優先し、学校に電力と気候に左右されない施設を提供しなければならない」と指摘しています。

コロナ禍では、オンラインクラスが主流となりました。
この流れで、熱波による学校閉鎖をオンラインクラスで補うのは避けなければなりません。
オンラインクラスは多くの生徒の学力低下を招きました。
インドの大部分の人口が暮らす農村では、いまだに飲料水やトイレ施設すら整っていない学校が多い状況です。
このような学校に通う生徒たちには、インターネットやデバイスの用意はありません。

地球規模の気候変動の影響を受けているのはインドだけではありません。
世界中の子供たちの教育の機会が脅かされています。
2020年、ユニセフが南アジアの25000人の生徒を対象に行った調査では、
78%が気候変動により教育に影響が出たとし、
5%が気候のために学校が安全でなくなったとし、
19%が登下校に影響が出たとし、
25%が暑さや洪水で勉強に集中できなくなり退学せざるを得なかったと語りました。
暑い地方よりも寒い地方に住む生徒のほうが成績が良いとのデータもあります。
地球温暖化による気温上昇だけではなく、台風や自然災害も世界中の子供たちの教育の妨げとなっています。


参考
https://time.com/6174322/india-schools-heat-climate-change/

東北写真展・10人の写真家が見た東北


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4月22日午後6時、国際交流金ニューデリー日本文化センターで開催された東北写真展のオープニングに参加してきました。
1950年代から震災前までの東北の写真が並んでいます。
10人の写真家の見た東北。
50年代の写真は、福島の農家だった祖父母の家そのものでした。
幼い頃、年に2回、田植えや稲刈りに親戚総出でお手伝いに行きました。
私とたくさんのいとこたちは田の周りで遊んでいて、風景や稲のにおいまでよみがえってきました。
東北の祭りや美しい自然。
写真に切り取られたイメージを見ると、大切にしなければならないと心の底から思います。
今回は娘と一緒に鑑賞しました。
ふたりのお気に入りの写真は、仙台の街並みがモザイクのように並んでいる写真。
とても魅力的です。
インドの街もこんな風に切り取ったら、面白いかもしれません。

会場では、懐かしい知人にたくさんお会いすることができました。
コロナでなかなか会うことができなかったので、うれしい時間でした。

Tenshin Okakura ギャラリーが2年ぶりに再開。
東北の写真がたくさん並んでいる姿に感動しました。
5月21日までの展示です。
どうかこのままコロナが収まって、たくさんの展示が引き続き開催されますように。

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ありふれたインドⅡ #1「インドの人は助けてくれる」

娘がメトロで往復三時間の通学をするようになった。

メトロ通学が始まってまもなく、
乗り換えなどに慣れていない娘が、駅から電話をかけてきた。
迷ってしまったらしい。
私もかなり焦ったが、電話で指示するにも限界があるので、こう教えた。
「周りにお姉さんかおばさんがいたら、その人に聞きなさい」
親切なお姉さんに助けてもらい、無事帰宅できた。
娘は大学の教材等結構大きな荷物を抱えている。
それをみたお姉さんが、自分も同じような大学に行っていたらしく、
話が弾み、インスタまで交換したようだ。

今日も娘と出かけた。
帰り道でアイス屋さんのスムージーをお土産に買おうということになった。
私はすっかり疲れていたので、マーケット横に車を停めて待機。
娘一人で買ってきてもらうことにした。
15分ほどして娘が戻ってきた。
「店員さんにスムージーくださいって何度言っても通じなくて困ってたら、
横ににいたおばさんが、『シェイクのことだよ』と店員さんに言ってくれて助かった。
インドの人は助けてくれるね」

デリーという土地柄、
女の子を一人で外に出すのは、もう成人近いとはいえ心配になる。
何かあったら、と悪いほうに考えがちになる。
しかし過保護気味だと反省しているので、最近はなるべく娘ひとりで行動させるようにしている。

レイプや性的被害の報道が多いデリーだが、
一方で、大都会なのにまだまだ人と人の距離が近く、
困ったら必ず誰かが助けてくれる。
インドの人は助けてくれる。
どこにいても、大きな家族のような安心感がある。

娘は「インドの人」という言い方をすることが多く、「インド人」とあまり言わない。
「インドの人」のほうが優しい響きに聞こえる。
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親子の絵・インド国立近代美術館 National Gallery of Modern Art

家族でデリーのインド国立近代美術館 http://ngmaindia.gov.in/に行ってきました。

久しぶりに訪れたので、展示作品や配置もずいぶん変わっていました。
3階にわたって膨大な作品が展示されています。
じっくり鑑賞しようと思ったらかなり時間がかかります。

インド伝統技法の絵から始まって、西洋画の影響、ベンガル派、現代画の順に展示は進みます。
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イギリス統治時代ボンベイ、カルカッタ、マドラスに美術学校が作られ、西洋画教育始まりました。お金持ちの男子が通いました。
イギリス人や偉い人の肖像画がたくさんありました。
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18世紀後期にイギリスのインド支配が確立すると,インドの伝統文化は完全に頽廃しました。
ベンガル派の詩聖ラビーンドラナート・タゴール、アバニンドラナート・タゴールらは、インド固有の伝統に基づく独自の新しい美術様式を生み出すための運動をカルカッタを中心に興しました。
岡倉天心を通して日本絵画の影響も見られます。
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こうしてみてみると、インドの伝統に基づく絵画は古今を問わず、2Dの美しさが最高に表現されています。
西洋画の3D絵画は感覚的には奥行きがあるはずなのに、
この美術館で見るといまひとつその良さが発揮されていない気がします。

親子の絵がたくさんありました。
私の目に留まっただけかもしれません。
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母親と子供の目がとてもやさしい表情をしています。
手や足が二人をしっかり繋いでいます。
草色ベースなのですが、角度を変えてみると色も変わり、表情も少し変わって見えます。

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二人の眼が特徴的ですね。
じっと見られているようで動けなくなりました。
母親の足がとても可愛らしく、けなげさが伝わります。
この形からは女神も連想されます。
左半分が反射して映り込んでしまい残念。

ジャミニ・ロイのキリストを抱いたマリアの絵も必見です。
たくさんの近代画には、インドの伝統がしっかりと受け継がれていました。

インド古典舞踊カタック・巨匠ビルジューマハラージのご逝去

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インド古典舞踊カタックの巨匠ビルジューマハラージが1月17日逝去されました。

マハラ―ジの舞踊は、世界最高峰。完璧な美です。
カタックは、足首の鈴を激しく鳴らして、打楽器タブラとの掛け合いなど躍動感のある一方、
とても優雅で美しい動きで物語を表現します。
ビルジューマハラージの動きは、とても繊細で情感豊か。
からだ全体を使ったバランスが絶妙で、ポーズの静止画は芸術品のような美しさです。

30年前インド留学間もない頃、アグラでカタックを習いました。
カージャル氏はとても美しいカタックを踊る先生でした。
教室には彼女の師ビルジューマハラージの写真が飾られていて、
写真にご挨拶の踊りを捧げてからクラスが始まりました。
こんなに美しいカタックを踊る先生の師はどんなにすごい方なのだろうといつも思っていました。

デリーでビルジューマハラージのカタックを初めて拝見した時
「踊りの道に進むしかない」と思ってしまうほどでした。
当時の私は本当にそう決意していて、ビルジューマハラージに会いに行きました。

マハラ―ジは
僕はね、こんなに小さい頃からカタックを踊ってきたんだよ。
昔はお城の中で王様の前で踊るのが仕事だった。
まだちゃんと踊れなかったけど、
両手をぎゅっと握って胸の前にこうやっておいて、一生懸命踊ったら、
王様がとても褒めてくれた。
そうして踊って 生きてきたよ。

誇り高い人生に圧倒されました。

マハラ―ジのお弟子さんにはインド人も外国人もたくさんいます。
世界各国から一流のダンサーの方々がマハラ―ジに踊りを習いに来ます。
みなさん自国のダンスはもちろん、幼少からダンスに生きてきた方々です。
その方々に交じって、ビルジューマハラージの前でカタックを踊るという面接を受けました。
半年カタックを習っただけなのに、今思うとすごい勇気ですが、
それほどマハラ―ジのカタックが大好きでした。
もちろん私のカタックは初心者レベルで、他の方々とは比べものになりません。

それを見てマハラ―ジは
「踊りはまあ仕方ないとして、君の踊りにはハートがあるね」

私の宝物のお言葉です。

マハラ―ジのご冥福を心よりお祈りいたします。 

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カメラ博物館・写真集「IN SEARCH OF DIGNITY AND JUSTICE(尊厳と正義を求めて)」

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カメラ博物館「MUSEO CAMERA」に行ってきた。
カメラや写真家の歴史がきれいにわかりやすく展示されている。それにしてもものすごい数のカメラコレクション。古いカメラがたくさん並んでいる。

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ほんの100年くらい前までは、こんなレトロなカメラだったことに改めて気づいた。

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カメラと写真の歴史、インドや世界の写真家の説明も丁寧で、とても勉強になる。

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広島と長崎への原爆投下直後、アメリカ軍がきのこ雲を撮影した同機種のカメラもある。

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村の子供たちにカメラや写真の楽しさを伝えるワークショップも展開している。

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アジャエくんが撮影した鍵付きの古い電話にじっと見入ってしまった。
「写真はかけがえのない瞬間を残し、その人の人生を応援し続ける。言葉で表せない思いというものもあるんだ」
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スネーハさんの写真はきっと自分の家族だろう。みんなの笑顔から幸せが伝わってくる。
「写真撮影をとおして世界を新しい視点で見ることができる。」
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一階は企画展が定期的に開催されていて、現在はインド古典舞踊と音楽の写真展。インドの有名な舞踏家、音楽家の素晴らしい写真ばかり。
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インド人写真家の写真集も販売されている。

Sudharak Olwe氏の衝撃的な写真集「IN SEARCH OF DIGNITY AND JUSTICE(尊厳と正義を求めて)」に出会った。

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2014年5月13日、ムンバイで衛生労働者3名がマンホールの清掃中に死亡した事故は記憶に新しい。彼らはマスクも何の装備も無しにマンホールの中、地下10メートルにまで入り、毒ガス中毒のため亡くなった。

写真家Sudharak Olwe氏はこの事件の14年前から衛生労働者の劣悪な労働環境を写真で訴えてきた。同年2014年に写真集「IN SEARCH OF DIGNITY AND JUSTICE(尊厳と正義を求めて)」を発表した。衝撃的な写真の数々が事件の重大さを物語っている。

「大都市ムンバイは毎日7千トンのゴミを作り出す。目に見えない労働者たちが、その大量のゴミの危険から街の住民の健康と安全を守っている。この38000人の衛生労働者たちは、自分の健康と命を引き換えに、最も劣悪で非人間的な方法で都市の衛生状態を維持している。労働者たちは自分の仕事が嫌いだと言う。毎日少しずつ尊厳を失い、とうとうそれが全部失われると、彼らは自分自身を何の価値もなく、何の尊厳もないゴミだと思い始める。この写真集は衛生労働者の知られざる物語を伝える。そして衛生労働者が、基本的人権とともに働き、尊厳とともに生きるために、大都市の組織や個人に何ができるのかを問う。」(写真集から)

インドの大都市は近代化して、その生活は非常に豊かになった。
一方で、その生活を支える衛生労働者の労働環境は本当に劣悪だと、この写真集を見て再確認した。非常に衝撃的な写真とともに彼らの現状が詳細に説明されている。
以下は写真集より抜粋。

38000人の衛生労働者雇用は、指定カーストに100%限定されている。かつて不可触民と呼ばれていた人々だ。つまり、劣悪な仕事を低カーストに与える伝統がまだ続いているとことは明らかだ。

下水道清掃員や衛生労働者たちは、自分たちが長生きできないことを知っている。定年退職の年齢までまず生きられない。2007年の4月から9月までの6か月間で122人の衛生労働者が死亡したとの統計がある。3日に2人が死ぬという労働環境だ。

手袋や長靴、マスクなど安全装備は、一応雇用元から配られるものの、すぐ使い物にならなくなる。例えばゴム長靴はすぐに破れて、汚水がしみこみ、重くなり、一歩も歩けなくなる。つまり、安全装備の担当は労働者の労働環境をまったくわかっておらず、気にもしていない。

2万から2万5千ルピー(約3万円~4万円)の月給は、すべて酒と借金に消える。酒無しには一日も働けないからだ。小さな社宅に一族郎党10~15人が暮らすのは珍しくない。そこはいつも悲鳴と怒号が飛び交う地獄だ。

「仕事をするときはいつも素手だ。自分で自分のことなんてどうでもいいと思っているのに、他人が自分たちの事を気にするはずがない。」(下水道清掃員の話)

労働者の夫が死んだら、妻が仕事を受け継ぐ。収入も住む場所も失うことになるから、再婚という選択支はありえない。性暴力から身を守るために、寡婦になっても既婚者の印として頭の分け目に赤い粉をぬり続ける。

仕事で体中汚れても、体を洗う設備などない。近くで水をもらおうとすれば、蹴りだされる。電車やバスには乗車拒否される。どんなに遠くても家まで歩いて帰るしかない。

悪臭を放つゴミ山に一人立つ衛生労働者。頭上をハゲタカが飛び回る。動物の死骸、生ごみ、針金、医療廃棄物、木片、パイプ、石、割れたガラス、カミソリ、すべてが彼を取り囲んでいる。立ち尽くす衛生労働者は死人のように見える。中身はもうとっくに死んでる、と語る労働者は多い。

数日でも彼らが仕事をしてくれなかったら、一日7千トンのゴミを出す都市生活は麻痺する。1,2か月彼らが仕事をしなければ、コレラ、赤痢、チフス、肝炎など恐ろしい疫病が蔓延することは必須だ。

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プロフィール

shraddha

1992年よりインド在住。アグラ、ジャイプル、デリーの留学を経て、ジャワハルラルネルー大学でヒンディー文学博士号を修得。
2012年 第9回世界ヒンディー語大会賞受賞(インド政府主催)
ヒンディー語の自著「महादेवी वर्मा की विश्वदृष्टि 」(MAHADEVI VARMA KI VISHVADRISHTI・マハーデーヴィー・ワルマーの世界観)をPARMESHVARI PRAKASHAN社より出版。絵本「ひろしまのピカ」、漫画「夕凪の街桜の国」、「わが指のオーケストラ」、写真絵本「さがしています」ヒンディー語訳。平和アニメ「つるにのって」ヒンディー語吹き替え版。
現地で平和や文学関連のプログラムを企画、インドと日本のヒンディー文学関係誌等に執筆。
https://about.me/indiatkikuchi/getstarted
indtmc@yahoo.co.jp

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