インド発・文学日記

今のヒンディー文学が映し出すインド社会、日本とインドの文学や翻訳などについて書き残しています

演劇「rani kamalapati」(アビギャンナティヤアソシエーション)

デリーのアートの拠点マンディーハウスには、演劇、舞踊、音楽、文学などなどたくさんの芸術関連機関が集まっています。

シュリラムセンターもその一つ。一年中さまざまな舞台公演があります。

 

sahitya kala parishad, delhi(文学芸術協会、デリー)”は、ヒンディー語の戯曲作品の推進のため現代ヒンディー文学を代表する戯曲作家「モーハンラケーシュ」の名を関したプログラムを数年前から展開していて、今年は72戯曲作品の中から4作品が受賞しました。

 

1位 「hastinapur ki ek nirvasit stri(ハスティナプルの追放女性)ghanshyam kumar devansh

2位 「morfosis(モーフォシス)」hrishikesh vaidya

3位 「samar shesh hai(戦いはまだある」」harish B.sharma

参加賞 「rani kamalapati(カマラパティ王妃)」indira dangi

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今年は上記4作品が舞台化され、10月15日~18日までシュリラムセンターで上演されました。

私は18日午後6時からlokendra trivedi監督、アビギャンナティヤアソシエーション劇団による「rani kamalapati」を観戦。

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インド最大のお祭りディワリの前日小ディワリと呼ばれる日にも関わらず、約200人の会場はほぼ満席。

 

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この招待状は、ゴンド画芸術の著名な画家jangad sinha shyamの作品「jangad kalam」に描かれたもの。

rani kamalapati」は18世紀の史実に基づいた話。kamalapatiはゴンド族出身の絶世の美女。13歳の時に70歳の王に嫁がされ、彼女の悲運な人生は始まる。

 

kamalapatiは、自分の心を口に出すことはできないとすべての感情を押し殺して生き、悲劇な人生を終える。自分の美貌に翻弄された人生ともいえる。実母までがその美貌に狂い70歳の王に娘を売り渡すほどなのだから。

 

女に自由は無いと言うkamapapatiに、乳母は言う。

「女にはなぜ自由が与えられないのか、だって?社会、家族、宗教、全部女の肩にかかっている。もともと自分が中心なんだから、そこからどうやって自由になるというの?指輪が宝石を必要とするのであって、宝石が指輪を必要とするわけじゃないでしょ。」

 

私の未来は平穏無事かと尋ねるkamalapatiに妖気漂う女神バイラヴィは予言を与える

「人生の真実は流れだ。平穏、無事、すべて幻だ。」

 

1時間半があっという間の作品だった。

舞台はやっぱり独特の雰囲気と魅力がありますね。
また通ってみたくなりました。

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平和教育プログラム「原爆の話」

10月10日、今日は100人の中学一年生に原爆の話をしてきました。

ヒロシマとナガサキの原爆投下について教科書で学んだ後、
子供たちにたくさん疑問質問があるのでお話してくださいと先生から依頼を受けました。

原爆について描いた絵本「ひろしまのピカ」マンガ「夕凪の街桜の国」写真絵本「さがしています」、それぞれヒンディー語版の朗読などのプログラムをしてきましたが、「ヒロシマ、ナガサキ、原爆」について、というプログラム依頼は初めてです。

学校の子どもたちに紹介できるのは私としては念願叶ってなので、ありがたい機会でした。

今年の4月、アーサー・ビナードさんにお会いして、私の視点や考え方はガラッと変わりました。原爆について考えるとき、語るとき、伝えたいとき、何が大切なのか教えていただきました。
人々に何が起こったのかということが一番重要なのです。

今回は1時間のセッションでとの依頼でした。
短い時間の中でどうまとめようか苦心しましたが、
「原爆の情報や事実」「なぜ投下したのか」「人々に何が起こったのか」「今何ができるか」について、特に3つ目に重点を置いてお話しました。

まずは、もう授業でひととおり勉強しているはずなので、
どのくらいみんなが知っているのか聞いてみると、
「原爆から放射線がでる」
「ヒロシマとナガサキの原爆投下は実験だった」
という認識もありました。

ひとつめ、ふたつめのお話では、特にきのこ雲についてみんなで考えました。
上空から撮った写真は誰が何の目的で撮ったのか、
その時原爆の被害にあった人はきのこ雲など知らず、その下で苦しんでいたことなども話しました。

だんだん子供たちの注意も散漫になってきたところでしたが、
3つめのお話としては、「ひろしまのピカ」「夕凪の街桜の国」「この世界の片隅に」「さがしています」から抜粋して紹介しました。
「ひろしまのピカ」で、女性が必死に抱いて守ってきた赤ちゃんに乳をあげようとしたら腕の中で死んでいたこと、
「この世界の片隅に」で、幼い女の子の隣で座ったまま死んでしまったお母さんが、そのまま腐敗していったこと
そんなお話のときは、水を打ったように静かになり集中していました。
そして子供たちからは「それは本当の話?それともだれかが作った話?」との質問がありました。
「本当の話だよ、すごくたくさんの人が死んで、けがをしたのだから、同じ目にたくさんの人があったんだよ」というと、実話で、しかも一例ではないことにとても驚いていました。

NHKスペシャル「きのこ雲の下で何が起きていたのか」で取り上げられていた写真も紹介しました。写真の中央で中学生くらいの女の子が幼子を必死にあやしている写真です。
写っているのはみんなと同じくらいの年齢で、みんな治療に油を付けていることなども話ました。
最初の子供たちからの質問は「それは本当の写真?」というものでした。
そうですよ、というと「だれが撮ったんだろう!」とみんな驚いていました。

4つ目の話ときに、ちょうどICANがノーベル平和賞を受賞した直後だったので、ICAN制作のビデオを紹介しました。
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セッション後、先生に感想をお聞きすると「ICANの動画はちょっと(インパクトが)強すぎたかな。アニメで目の落ちるところとか。まだ中学一年生で幼いし、敏感な子もいるので。」
とのことでした。

事前に先生にICANの動画のURLを送り、子供たちに紹介することを知らせてありました。
何も返答なかったので差支えないのだと判断し紹介しました。問題あるようなら、事前にお知らせいただけるとよかったのですが。

私はちょっとだけ反省して、帰宅。
「どうだった?」と聞いてくれた中3の娘に上記を言ってみると、
「強い?怖い?、当たり前じゃん!そういう話なんだから、何言ってんの。」と少し怒っています。
娘に勇気づけられた感じです。

小六の娘は、上級生から噂を聞いたのか「泣いてた子もいたって」と教えてくれました。

みんなの心に届いたかな。
反省点を生かして、これからもひとりでも多くの子に伝えることができるようがんばります。

劇団 アビギャン ナティヤ アソシエーション

アビギャン ナティヤ アソシエーションはロケンドラ・トゥリヴェディ氏を中心にした劇団。数百人のメンバーが集う。同氏は長年演劇界で活躍し、NATIONAL SCHOOL OF DRAMAで教べんをとり、現在も役者の育成に貢献している。


一方、経済的にめぐまれない子供たちをサポートし、役者に育て、演劇を通した教育活動に取り組んでいる。極貧の家族の理解と協力を得ることは並大抵ではない。しかし氏はそれを実現している。
親の職種はオート運転手、屋台、掃除夫など。氏は演劇の活動とともに子供たちを学校に行けるよう、仕事に就けるよう、奨学金を受けられるよう、全力で支援する。ある少年はとても演劇の才能があるのにスラム暮らし。朝から晩まで廃品回収。それでもムンバイの演劇学校へ行きたい。まずは試験を受けてみろとの師の指導に従い、見事狭き門を突破。今度は年間60000ルピー学費を捻出しなければならない。師はご夫婦で自身の財をなげうち半額支援。4分の1は師の旧友の篤志が支援。残りは似たり寄ったりの境涯の同団体の若者達が支援。翌年分は自分で頑張りなさいという師の言いつけを守って頑張るがなかなかめどはつかない。そんな時、師の元に短期で若者向けの役者仕事が入る。彼は自分の手で見事明年の学費を稼ぐ。このような子供たち若者たちのサクセスストーリーは尽きる事がない。師はいつも見守っている。今もスラムに暮らす子供や若者たちが氏の元に集い演劇を学び、それ以外にも大切なことをたくさん学び巣立っている。今日会った若者たちの多くも、家庭環境は厳しく極貧の生活を強いられてきた。しかし皆師のおかげでしっかりと学校に通い、今は役者やそれぞれの仕事に従事している。凛とした若者たちだ。

同団体のメンバーには、それぞれの境遇を経て、現在活躍の場を勝ち取った役者も数多い。

子供たち若者たちは師を慕い、演劇を学ぶために遠くから歩いたり自転車で集う。多くは空腹だ。ある男の子の自宅はスラム小屋。自分の寝場所は棚の中。横になって入り込んで眠り、起きて這い出すのも大変だと笑う。廃品回収の仕事をしながら師の元に通う。氏は子供たちに交通費や食事の支援をする。氏の生活は非常に質素で、きっと全てを与えているのだと私は思う。
そうして、師が育て上げた役者、演劇好きの社会人は皆 輝いている。

氏の舞台作りは、演劇の背景や文化全般を学び、自分のものにする事から始まる。皆で集まり、話し合い、理解が深まるまでに相当の時間を費やす。実際の演技指導と同じくらい時間をかけているのかもしれない。この時間に子供たちや若者たちは人生の上でとても大切な事を吸収する。

 

先日、ビジャエダン・デタ作の「グナワンティ」を基にした舞台の最終リハーサルを見学させていただいた。芝居のクオリティが高いのはもちろんだが、このカンパニーの仲の良さ、信頼関係があふれ出ていた。次は是非本番の舞台を拝見したいと思っている。

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タイ王国・リぺ島の旅

2017年6月9日 午後11時30分デリー発のAIRASIAに搭乗。
翌朝7時半クアラルンプール着。時差2時間30分。インド時間では朝の5時。クアラルンプール空港は日本のようなにおいがした。
langkawi島への飛行機は午後4時半発。それまで空港で時間をつぶす。空港ビルにはフードコートやレストラン、コンビニなどがある。セブンイレブンとファミリーマートが懐かしい。日本のおにぎりまである。夫曰くあまりおいしくないとのことだが、値段は日本と変わらない。もしインドで売り出したら、もっと高くなるだろう。レストランには美味しそうなマレー料理が並ぶ。が、料理なのかお菓子なのか何が何やら分からず、空港なのに英語もあまり通じず、思ったように注文できない。
空港内のショップには色とりどりのヒジャブが飾られている。マレーシアの女性はみんなヒジャブをおしゃれに着こなしている。修学旅行中の女子生徒もヒジャブをまとっている。トロピカルデザインの制服に良く似合う。待合室のスクリーンに流れる子供向けアニメでもヒジャブをした可愛い女の子が悪と闘っていた。
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午後6時半、2時間弱のフライトでランカウィ島に到着。大きい島なので、あまり島という感じがしない。
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商店街の2階にあるホテルに入る。一部屋に4ベッドのファミリールームが一泊5千円と超お得。インドも日本もホテルは高すぎる。目の前には屋台やテーブルが広がり、たくさんの家族連れがお食事中。抜群の立地だ。美味しそうに食べているみんなを横目に、またまた私たちにはどこでどうやって注文するのか分からない。言葉が通じない。。。どうにか言葉の通じる店をみつける。ビールにぴったりの料理なのに、ここはムスリムの国。しかもラマダン中。すっかり忘れていた私は「ドリンクメニューください」と尋ねてしまい、「ムスリムレストランです」とウェイトレスに怪訝な顔をされる。商店街近くにはモスクがあり、夜中12時まで祈りの声が響き渡るが、あまり気にならない。眠れなーいと言っていた娘たちもいつの間にか眠ってしまった。

翌朝8時、港へ向かう。目的地のLIPE島へはフェリーで2時間だが、タイ王国なので出国手続きに1時間ほど費やし、100人乗りのフェリーに乗り込む。
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船内のスクリーンではアジア映画を上映。警察の爆弾処理班の話で、最後は大爆発で大悲劇な結末。途中で爆睡したので最初と最後しか見ていないが、なんとなく筋は分かった。あんまり船内では見たくないタイプの映画だ。リぺ島が見えてきた。フェリーは島に着けないので、小型船に乗り換え、デッキも無いビーチ沖に到着。船を下り、海をざぶざぶ歩き、服はずぶ濡れで上陸。

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ビーチにあるのんびりしたイミグレで入国手続き。金色に輝く国王の肖像画が掲げてある。6月7日にシーズンが終わったばかり、雨季に入りかけの頃。フェリーも一日一便になってしまった。今日は幸運にも快晴でフェリーも揺れなかった。観光客は少なく、真っ白なひろい砂浜は貸切。迎えに来てくれたホテルのジープに乗り込む。島には車がとても少ない。タクシーもバイクを改造したものだ。
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デリーのめまぐるしい生活から一転、大らかすぎる島の自然に戸惑う。美しい海と砂浜。目に着くプラスチックゴミ。のんびりした人々。美味しいタイ料理。ちぐはぐなレゲエ音楽。固い頭をひきずっていた私は「ここは西洋とも東洋ともつかず宙ぶらりんで身の置き場がない」などど感じていた。
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12日。疲れがどっと出たのか、朝なかなか起き上がれない。昼近くにみんなでマウンテンビーチへ。ヤシの木陰にシーツを引いてうとうとすると疲れがふっとんだ。
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マレーシアに近くてもここはタイ王国、微笑みの国。ホテルの人も、店の人も、タクシーの人も、女性も男性もみんな微笑む。クアラやランカヴィでは誰も微笑まなかったなあ。インドの女性は基本まったく微笑まない。「ありがとう」や「こんにちは」+笑顔 にすると、自意識過剰な男性に好意をもっていると誤解される。リぺ島では「微笑む文化」に癒され和んだ。観光島のリぺの物価は少し高い。バイクタクシーも初乗り一人50バーツ(約160円)。セブンイレブンもある。寒いくらい冷房がきいている。涼みに行くにはちょうどいいが、その分どの商品も割高だ。通りには素朴な店やレストランとセブンイレブンが一緒に並んでいる。

13日。リぺ島は小さな島だけれど、もっと小さな島が付近に点在している。舟を借りるか、ツアーに参加すれば、島めぐりやシュノーケリングができる。値段は内容によって交渉可。私たちは2200バーツで舟を借りた。生き馬の目を抜くインドNCR(首都圏)標準で交渉していたら、だんだん自分が悪人に思えてきた。そうだ、ここはタイだった。Talak島には自然公園があり、滝やミニトレッキングコースもある。オフシーズンで雨模様だったので、ぶらぶら散歩をした。私は以前アンダマンでシュノーケリングに挑戦したが、うまく息もできないのにガイドに無理やり海に引っ張られて死ぬ思いをした。ここにはたくさんのシュノーケリングポイントがあり、舟を貸してくれたエージェンシーが、もしも気が変わったらやってみてとゴーグルなどを渡してくれたが、私は絶対やるつもりはなかった。が、せっかく来たのだからとだんだん気が変わってきた。天候が崩れ、雨が降り、波も高くなってきたが、ガイドと娘と一緒に思い切って入ってみた。アンダマン体験とは違い、ゴーグルの質が違うのか顔に全く水が入ってこない(当たり前?)。ライフジャケットに任せて浮いているとラクに息もできるし、かわいいきれいな魚やサンゴ礁が見えてきた。ガイドはしきりに「ニモニモ」と教えてくれる。本物のニモがたくさんいた。ここの海はきれいなエメラルド色で透明。きっとサンゴがあるから、空の色が反射して美しい緑色になるのだと思う。夕方はサンセットビーチへ向かう。曇り空だったが、とても美しい夕日が見れた。沈み際に色や光がどんどん変わっていく。ものすごい力強さ。
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中国人の観光客がたくさんいた。どの店も私たちを見ると中国語で客引きをしてくる。日本語は全く聞かなかった。私たちがサンセットビーチで過ごした2時間近く、中国人の女の子2人は、ずーーーーっと飽きもせずお互いを写真撮影。こんな光景はあちこちで目にした。カメラを前にモデルのような決め顔でポーズ。日本人はあまりしないけれど、もしかしたら、日本人だけしないのかもしれない。

14日。シュノーケリングで頭がガラっと切り替った感じ。朝から晩までずっとビーチでのんびり楽しむ。初日からこの「楽しむ」ができればいいのに。休日設定に切り替わるまで時間がかかる。追い立てられる生活を引きずっていて、何かしないと落ち着かない。娘に「もっとゆっくりできる所に行きたい」と言われるのも最もだ。やっと島のペースをつかんだ頃には帰らなければならない。
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のんびり起きてブランチ、海をながめて遊んで、店をぶらついて、またのんびりビーチで呑んだり食べたり横になったり。完全ストレスフリー。海はきれい、人は優しい、タイは良い国だなあ。世界でなにが起こっても、ここの人々の暮らしは変わらないような気がする。でも世界でなにか起こったら、観光に訪れる人もいなくなり、やはり暮らしは変わるのだろう。

15日。9時にビーチのイミグレで出国手続き。またざぶざぶ海を歩いて小舟にのり、フェリーでランカヴィ島へ戻る。ランカヴィは大きな島だ。海もリぺほどではないが青くてきれい。スカイブリッジを大急ぎで観光。夕方の飛行機でクアラ着。
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16日。夜7時発の飛行機まで時間があるのでクアラ観光。チャイナタウンへ。物凄く暑いアメ横という感じ。ツインタワー付近は警備がとても厳しい。ラマダンなのでテロ警戒だろう。
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夜中に着いたデリーは前日の雨のせいで、クアラよりも涼しかった。
さて通常業務に戻ろう。


「ガンガーサーガル」朗読会 アジャイ・ナーワリヤー

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5月29日夕方6時半からニューデリーのハビタットセンターで、アジャイ・ナーワリヤー作の短編「ガンガーサーガル」の朗読会が開催された。
「ガンガーサーガル」はガンジス川河口ベンガル湾に浮かぶ島、ヒンドゥー教徒の聖地。しかしこの物語では、ガンジスの聖水や飲み水を入れる「水差し」を意味する。

アジャイ・ナーワリヤー氏については、このプログで何度か紹介した。
ヒンディー語のダリト文学を代表する若手作家、ジャミアミリアイスラミア大学で教鞭をとる。

作家本人の朗読会は貴重。どうしても聞きたくなって行くことに決めた。

開始時間ぴったりに到着したら、催し前のティータイムがやっと始まるところだった。
200人席の広いセミナー会場に老若男女が集まっている。車いすの高齢者からお母さんに連れられた子供まで年齢層は幅広い。すごいなあ。彼が力ある作家としてどんどん成長している証だ。
「最近海外でもお忙しそうですね」と私が言うと
「向こうが呼んでくれるのに行かない手はないでしょ。ありがたいです」とのこと。
主催はヒンディー語書籍の大手出版社「BHARATIYA JNANPITH」。同社のヒンディー文学誌「NAYA GYANODAYA」が売っていたので、購入して読んでいるとアジャイさんにお茶に誘われる。一緒に飲もうとするものの、とにかくどんどんやって来る知り合いに対応しなければならない彼とはゆっくり話もできない。

やっと朗読会がスタート。
司会は同誌編集長LILADHAR MANDALOI氏。
話題はグローバリゼーションへ。世界中の人々が同じような服をまるで制服のように来て安心している世の中、ヒンディー文学も画一性に陥っていないだろうかと問題提起。

作者による「ガンガーサーガル」の朗読が始まる。
最近急に目の調子が悪くなって、聞きづらいかもしれませんがご容赦くださいと始めるアジャイさん。
短編は2007年作。だいたいのあらすじは以下だが、聞き違いがあるかもしれない。
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主人公ナハラーはダリトの男性。真冬も真夏も理不尽な環境で家畜のように働きづめ。雇い主マハラジは安い賃金でナハラーこき使い、飲み水にも金を取る。真夏のある日、仕事を終えて喉がカラカラに乾いたナハラーはマハラジの屋敷に戻る。飲み水の入ったガンガーサーガルが目にはいる。「誰もいない。あっちにも。こっちにも。誰もいない。マハラジの寝息が聞こえる。水にありつくには時間がかかりそうだ。マハラジが目を覚ますまでここに座って、起きてきたらもったいぶった話を聞かされて、挙句には金まで取られて、その上またなんだかんだとじらされるんだ。 …飲んでしまおうか。俺はなんて罪作りだ!恐ろしいことを考えてしまった!! …いいや、まて。俺が触ったらガンガーサーガルが穢れるって言うのか?俺もマハラジも、同じようにして産まれてきた。同じ人間だ。」さんざん迷ったあげく、ついにナハラーはガンガーサーガルに手をかける。ちょうどその時運悪くマハラジが目を覚ます。怒鳴りつけ、罵しり、今日は水を飲ませないと言い捨てる。処女のようにずっと大切に守ってきた最後の8アンナをポケットから出し、ナハラーは水を手に入れる。
舞台は1980年代インディラ・ガンディー政権の頃。ラジブ・ガンディーがナハラーの村の近くにもやってきた。グローバリゼーションの波が遠くに見える。村にはミネラルウォーター工場建設の話がもちあがった。土地も労働者も安い村は格好の餌食だ。村には水路がひかれ、ナハラーたちは大喜び。工場で働くことになり、マハラジから解放されて喜んだのもつかの間、労働環境は昔と変わらないことに気付く。搾取は続く。飲み水に囲まれているのに、一滴だって飲めない。

Jahan hak nahin, Vahan lut hai
Jahan sach nahin , Vahan chor hai
権利の無いところには強奪がある。(権利が無いなら奪うのみ)
真実の無いところには盗みがある。(真実が無いなら盗むのみ)

ナハラーたちは工場で盗みを働き、ミネラルウォーターを何本か手に入れる。
初めて飲んだ水の味は?
「ふつうの水とおんなじじゃないか」
「そんなわけないだろ。ちゃんと国産ギーが入ってるはずだ」
「ほんとだ。ギーの味がする」
「ギーなんて入ってたらすごいな。一週間も飲んだら喉が赤くなるぞ」

ミネラルウォーターの空ボトルはナハラーの水筒となり、出先で水に困ることは無くなった。もうマハラジのところへ水をもらいに行かなくてもいい。恐れる必要もない。
ある日ナハラーは、久しぶりにマハラジと出会う。顔も出さない、水も飲みにこない、そんなに偉そうにしてると地獄に落ちるぞと脅すマハラジ。ナハラーはいつものように心の中で悪態をつく。マハラジはひとしきり嫌味を言い、帰って行く。その背中を見ていると、ナハラーの口から言葉がこぼれた。「地獄に落ちるのはお前のほうだ」聞こえたのか、聞こえなかったのか、聞こえないふりをしたのか、そのままマハラジは立ち去ってしまう。
数日後の盛り場で村人は言う。「マハラジが悪口を言ってたぞ、お前は傲慢になったって。」
ナハラーはニヤっと笑う。「そんなのどうでもいい。もう俺は飲み水に困らない。水道の蛇口を持ち歩いているようなもんだからな。」 プラスチックの空ボトルを大切な宝物のように悠々と頭の上に掲げた。
村人たちの笑い声が響いた。
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朗読後は、ナーワリヤー氏と旧知のアナンタ・ヴィジャヤ氏による評論。
「ダリト文学は政治に利用されやすい。ナーワリヤー氏の作品も巻き込まれることが多かった。私はそのような状況は避けなければならないと考える。政治に使われないように、ダリト文学はもっと注意深くなるべきだ。ナーワリヤー氏の作品は以前よりも政治色が薄れてきたようで、嬉しく思っている。
“ガンガーサーガル”には‘処女のようにずっと大切に守っていた最後の8アンナをポケットから出し’という一節がある。どうしても気になる箇所だ。レイプで処女を失った人の気持ちや尊厳はどうなるのかと言いたい。女性の視点からしても、このような表現をすべきではなく、作者は言葉の選択に気を付けなければならない。」
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現代ヒンディー文学には、女性関連の文学とダリト文学という2つの潮流がみられる。女性の作家詩人たちは現代インド社会に生きる女性たちが直面する矛盾や差別、葛藤などを鋭く描写する。彼女たちの間にはアナンタ氏に信用を寄せる人も多い。

男性が処女性を特別視する要因が‘男性の本能’なのか‘思想や文化の影響’なのかは今だ判明していない。
女性側の要因は何だろう。‘処女を守る’のは‘誰かのため’だ。‘処女を大切にする’は‘自分のため’だろうか。

前述のアナンタ氏の‘処女’関連の批判だが、‘レイプ’を持ち出すのは論点がずれている。法律や文化で重さが決められているとしても、非処女のレイプ被害者の傷と尊厳は軽いのかと疑問が残る。

インドでも年々婚前交渉を可とする意見が増えている。2005年の調査によると、4人にひとりの女性が婚前に性交渉の経験をしている。

処女の価値は薄れてきている。日本の若者の間では、処女はメンドクサイという話も聞く。男性にとっても女性にとってもメンドクサイのだ。

‘処女’という言葉に過剰反応するのは、その価値にしがみついているからではないだろうか。

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「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版 朗読劇・教師編(4)

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本日11時より、職員室内の会議スペースで
教員4名による「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版朗読劇がスタート。

 

11時から準備を始めるのだろうと思っていた私はぎりぎりに到着。

予想外にもう会場は準備完了していた。

前方舞台には4先生が所定の位置に座っている。

観客の先生たちも大分集まっている。

国際交流基金ニューデリー文化センターから貸し出していただいた同著50冊を参加者に配る。

 

今日は先生たちの登校最終日。明日からやっと夏休みというリラックスした雰囲気で、朗読劇観賞にはちょうどいい。

イベント担当S先生の司会が始まる。ピリッとした方なので、簡潔に本日の趣旨を説明。
本日は朗読劇の観賞会であり、同時に教育現場で生かすための研修の一環でもある。

 

つづいて、SN先生による広島や朗読劇の説明。
いつも落ち着いている先生なのに、意外にも緊張しているご様子。

日本のマンガの読み方の説明のところで、参加者全員が一斉に本を開いて確認し始める。さすが教員。

本を直前に手渡され、逆から読み進めることをすぐに習得できるかどうか、私はそこが一番不安だった。積極的に読み方を確認している姿にホッとした。

 

舞台が始まり、私は後方から観賞。

会場は職員室内の広い会議スペース。ドアで仕切られた空間ではない。人が行き来したり、隣から話声が聞こえたり、集中するには少々難儀な場所だったが、全体で約50人というコンパクトさもあり比較的気にならなかった。観客に参加意欲が高かったので持ちこたえたのだろう。一般だったら難しい。

朗読劇は安定しているので、私は観客のほうを観察。ほぼ全員が、初めて日本の右綴じマンガに挑んでいる。にもかかわらず、ちゃんと朗読に合わせてページを繰り、イラストに見入っている。朗読の途切れるところでも、舞台の役者の方を見る人はほとんどなく、視線はマンガのコマの上だ。

今までの朗読イベントの観客は生徒が中心だった。子供だからすぐマンガを逆から読むことに慣れるのだと思っていた。しかし、今回大人でも朗読劇なら混乱することは無いことが分かった。

 

朗読劇が終わった。

静まりかえった会場。

 

「あれが舞台の成功の証だと思う」と後で役者の先生が私に言った。

確かに。あの悲しすぎるエンディングに拍手はできない。

 

舞台の後は、教師たちの間で活発な話し合いがもたれた。

まずは4人の先生方の感想。

SH先生;最初は物語を読むことに集中していたけれど、だんだんと役の人格を自分のものにして理解することが大切だと学んだ。

SN先生:物語も登場人物についても理解するのに時間がかかる。生徒の場合はなおさらだ。じっくり時間をかけて作り上げたいと思う。物語の背景、役の人格全体、役同士の人間関係などを理解するのが大切。

IS先生:普通の舞台と違って朗読劇には身体的な動きが無く、声だけで感情を表現する。現在授業で取り入れているロールプレイにも似ているので、これからは朗読劇も言語教育の現場で取り入れていきたい。声だけで何かを表現するというのは生徒たちにとって大切なことだと思う。

DE先生:私は今回みなみ役だったが、多くの脇役をこなすほうが大変だと思う。それぞれの人格を丁寧に自分のものにしなけれならないから。今回の朗読劇を通して私は一人の人格を自分のものにして声で表現するという貴重な体験ができた。

会場の先生からの声。

・朗読劇という声のみの演技に本当に感動した。特に主役の先生の声の演技は素晴らしかった。今聞き終わったばかりで胸がいっぱいで言葉がでない。こういう本を書いてくださって本当にありがとうと原作者に私は言いたい。すべての子どもたちに伝えるべき本です。

・本当に素晴らしい声の演技でした。イラストを見ないで、目をつぶって声だけを聴いていたいと思ってしまうほどでした。

・朗読劇を聞いていて、戦争は遠くにあるのではなく、身近な人が戦争の被害にあっているという感覚になりました。

・教師ではありますが正直言って、自分が生徒の頃は「広島」「長崎」はテストのための暗記事項(fact)でした。今回の朗読劇に出会う前まではそうでした。しかし、原爆のせいで亡くなった人、そして残された人がどんなに苦しい人生を送らなければならなかったのか。たった1秒の爆発のせいで、残された人々の人生はどうなってしまったのか。広島と長崎で起こったことを今日、本当に理解することができました。

・戦争は怒りとつながっている。原子爆弾という怒りが何をもたらすのか、本当に分かっていて使用したのでしょうか。たしかに「広島」と「長崎」はひとつの事実(fact)だった。しかし私たちは、“何故”そして“どんなふうに”それが起こったのか“すべて”を生徒たちに教えているでしょうか。サイエンスの授業ではウラニウムやプルトニウムについて学びます。それらとともに何がなされようとしているか学んでいるでしょうか、教えているでしょうか。

・私たちは根本的な問題提起をしなければなりません。朗読劇の技術を学ぶことは今回の根本的な目的ではありません。朗読劇で取り上げた問題の背景やその先にあることについて広く学んでいくことが本当の目的です。

 

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この先、教師から生徒へ受け継がれていく朗読劇が楽しみ。

 

そして、もっと多くの学校、教員、生徒たちにも朗読劇を紹介できないだろうかと考えている。





「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版 朗読劇・教師編 (3)

練習3日目。

今日はSN先生が舞台前発表のドラフトを作ってきてくれた。

広島、原爆、放射線、マンガ全三話のあらすじ、夕凪について、左綴じマンガの読み方、朗読劇とその観賞アドバイス。

約10分にきれいにまとまっている。

「夕凪」のヒンディー語訳は「neerav sandhya」。直訳はneerav=静寂、sandhya=夕方。先生は「夕凪」の説明の中でヒンディー語の「sandhya」について言及。sandhya は昼でも夜でもない時間。昼間と夜を繋ぐ48分間とされる。賛歌や祈りを捧げるとても神聖な時間で、食事、睡眠、性行為はタブー。神の機嫌を損ね、病気になったり経済的に苦しくなったりする。
つまりは、何もしない、してはいけない静かな時間。

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今日はマイクを使ってリハーサル。

会場のセッティングに30分かかる。

冒頭の説明に10分。朗読劇自体は20分くらい。

たくさんの脇役をこなさなければならないIS先生がとても上達していて全体的に締まった感じ。出番はとても少ないけれど、あちこちにちりばめられている役柄を丁寧に演じてくれた。
みなみ役の先生も間の取り方や声のトーンなどきちんとこなしている。
フジミ役の先生の声は母親役にぴったりだ。

昨日は練習が無かったけれど、今日のリハーサルの出来はとてもよかった。
マイクの効果もあるけれど、やはり
さすが先生。

普通の人だったら、この短期間でここまで仕上がらないと思う。

夏休みで生徒の登校もなく、先生に余裕があったのも功を奏したのだろう。

さて、明日の本番が楽しみだ!

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「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版 朗読劇・教師編(2)

練習二日目。
学校正門、かわいいヒマワリが並んで迎えてくれた。
酷暑期のなかやすみ、今朝は雨が降って気温が大分下がった。
雨のにおいとヒマワリで、日本の夏みたいだ。

初めての通し稽古。
演技慣れしてるのは、先生だから?インド人だから?
インドの子どもはみんな劇が大好き。学芸会などがあると、劇、歌、ダンスの中で一番人気はダントツ劇。その次がダンス。歌の希望者は少なくて舞台が成立せず困るくらいだ。

先生方はそれぞれ予習してきたようで、セリフに躓くこともなく、読む速度も良いのだけれど、セリフの無いコマを気にせずどんどん進んでしまう。
一回終わったところで、ひとつひとつ確認。
ひとコマの中や、コマとコマの間にある動作、時間、心の流れなどを細かくみんなで話し合う。
登場人物がその時どんな気持ちだったのか、をじっくり想像してもらう。
結局通しで2回しかできなかったけれど、それぞれが明日の練習までに自分の役について深く考えるきっかけになったと思う。

司会担当はSN先生に決定。
原爆や放射能の影響、マンガのあらすじや「夕凪」について、右綴じのマンガのコマの進み方、朗読劇についてなどを、舞台前に発表する。
事前にこれらが観客にしっかり伝わらないと、舞台全体が成り立たない恐れがある。一方で、舞台前にあまり詳しく説明すると観客の負担になる。難しいところだ。SN先生も頭を悩ませていた。
しかし、教師業は生徒の集中力を持続させるのが勝負。
きっと素晴らしくまとめてれるに違いない。

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「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版 朗読劇・教師編(1)

「夕凪の街、桜の国」ヒンディー語版発刊にともない、2014年、15年と朗読劇(リーディングドラマ)を3回にわたって開催した。役者の方々に協力いただいて、学校や大学、一般向けに、たくさんの方々に「夕凪の街、桜の国」を鑑賞いただいた。
過去ブログは以下。
ひろしまのピカ 夕凪の街桜の国 ヒンディー語版読み聞かせ
8月6日 夕凪の街桜の国ヒンディー語版朗読劇
夕凪の街桜の国ヒンディー語版朗読劇inデリー大学セントステファンカレッジ


今年は、この朗読劇を生徒が演じて生徒が見るという試みを開始。

ある学校の先生に話を持ちかけてみたら、かなり乗り気になってくださった。

でもまずは、教師が演じて教師が見るというのを作り上げたいという話になった。

この学校では、私が翻訳した「ひろしまのピカ」や「さがしています」を生徒たちに紹介するログラムを以前開催した。中学高校生担当の先生はこのような課外プログラムにとても意欲的だ。


インドの場合、モノゴトが進まないときはこちらがどんなに頑張っても先方は岩のように動かない。でも進むとなると俄然トントン拍子に話がまとまる。

今回もそんな感じだ。

先週突然担当のS先生から電話がきて、「夏休みに入る前、5月中に先生版を仕上げたいんだけど」

2週間しかない。私がうーんと言い淀んでいると、

S先生「明日から練習始められる?」

そんなに突然言われても準備無しには始められない。

前回の舞台のようにたくさんのプロがいるわけではない。一人でなんとかしなければならない。数日の準備期間をもらった。


本日、第一回目の練習。

この学校はそれなりに環境の整った私立校なのにエアコンが無い。(一般の私立学校には必ずある)小中学部は暑すぎるのでもう夏休みに入っている。5月の40度を超す暑さの中、1学期の最終週に高校生だけが登校し、外でバレーボールやバドミントンをしている。若いとはいえ本当にタフだ。インド人は世界で何が起こっても一番最後まで生き残るに違いない。

そんな生徒たちを見ながら私は職員室へ到着。職員室はさすがにエアコンが効いている。

この学校は校内で犬を2匹飼っている。いつも校内をうろうろしているのに最近いないなあと思っていたら、職員室にごろ寝していた。

自発的に参加希望してくださった先生4名と職員室の一角、床に車座になって座る。


まずはみんなで内容を確認したり、感想を話し合ったり。発刊の際こうの先生からいただいたメッセージも紹介した。みなさん事前にしっかり読み込んできている。

SN先生:このお話は本当に胸に迫ってくる。自分だけが生き残ったという罪悪感でみなみはがんじがらめになっている。自分だけが幸せになってはいけない、幸せになっていいはずがないといつも思っている。どれだけ苦しい人生だったことだろう。

DI先生:自分の母を亡くした体験とみなみが重なった。大切な人をある日突然失うという深い悲しみの記憶がまたよみがえってきた。たくさん共感する部分があった。

SH先生:放射線の影響が長い間人を苦しめるということをつくづく感じた。

IS先生:とても胸にせまるお話だ。昔の話だけれど、自分や家族や友人に起こったらと考えさせられる。


そして、朗読劇や演技などについてみんなで確認。

朗読劇は演ずる側にとっても、観客にとっても馴染みの薄いものだ。しかもインドではマンガも一般書籍ほど読まれてはいない。舞台を成功させるにはこの辺を両者にしっかり理解いただく必要がある。

この問題を解決するべく、以前のプログラムでは舞台が始まる前に観客のみなさんに観賞の手助けとしてお知らせした事項があった。これは作っていただいたものだが、今回再度読み返してみると、本当に分かりやすく細部にわたって説明されていて素晴らしい。


当日の進行内容も検討。

まずは、右閉じのマンガのコマの進み方、読み進み方を説明。そして、物語のあらすじや「夕凪」などキーワードの紹介が、舞台開始前に必要だ。このくらい前準備がないと観客は慣れない朗読劇に翻弄されてしまう。


配役の決定。

4先生は、私に配役を決めてほしいと言う。

2人はヒンディー語(文学)、2人は英語(文学)の先生。みなさん中高生担当だ。

もちろん全員演技の経験はない。でも、‘日々教室で生徒相手に演技しているようなものでしょ’と私が言うと、みんな笑っていた。たのもしい。

私も決めかねて「自分からこの役がやりたい!という前向きな意見が聞きたいですね」と苦し紛れにフってみた。

生徒の自発性創造性を大切にする校風。さすが先生の顔がパっと明るくなった。

「じゃあ私、みなみ役やりたいです!」とDI先生がすぐさま反応。「いいわよね、私やっても?」と一応皆さんにも確認。みなさん「どうぞどうぞ!」

続いてSN先生「私はふじみ役がいいな」

SH先生「私の声はうちこし向きだと思うのでやります」同時くらいにIS先生「私はふるたとその他の役をします」

とのことで決定。


台詞確認

最初から通しでそれぞれの台詞を確認。

DI先生、台詞の多さにちょっと心配そうなご様子。がんばれ!


今日は金曜日。土日はみっちり練習してきてくださいとお願いして解散。

本番は一週間後の金曜日。同校の全教員スタッフ約70名を前に発表する予定。


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「さがしています」作者アーサー・ビナードさん訪印プログラム

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やっと実現した。
やっと「さがしています」原作者のアーサー・ビナードさんがインドにやってきた。

4月24日夜、グルガオンのホテルでお迎えしたアーサーさんはとても楽しくて気さくで予想どおりのような予想外のような方だった。
以前電話で何度かお話した声は重い感じだったけれど、到着早々ホテルのレセプションでお話する声は笑顔で弾んでいた。

4月25日
朝9時から、グルガオンの学校(shikshantar school)で中高生250人と交流。
早朝に予約しておいたタクシーが全然来ない。ホテルにお迎えに行って学校に入る予定なのに、仕方なく自分の運転で出発。どうにか入り時間に間に合う。
250人の生徒たちが床にずらっと座っている。まずは私が「さがしています」ヒンディー語版「main dhoondh raha hoon」を全編朗読。30分くらい。ちょっと長かったなー、生徒の集中力は大丈夫かなあ、という心配は無用だった。その後、アーサーさんのお話に生徒たちはぐんぐん引き込まれ、あっという間に1時間以上経過。アメリカの学校で「原爆投下は戦争を終わらせるために必要だった」と繰り返し教えられたこと。日本に来て日本語を学んだこと。広島で語り部のおばあさんに出会ったこと。原子爆弾、ピカ、ピカドン、プルトニウム爆弾。「マッシュルームクラウド」が広島や長崎の人にとって、ありえない命名であること。広島よりも前に実験という名のプルトニウム爆弾が使用されていたこと。そして、その後も使用され続けていること。などなどマイク一つで歩き回りながら、分かりやすく興味深く、子供たちをぐんぐん惹きつけていく姿は圧巻。最後に大興奮の生徒たちは総立ちで大拍手。すぐに大きな輪がアーサーさんの周りに出来上がる。もう次の授業がとっくに始まっているのに質問を続ける生徒たち。終わりなく答え続けるアーサーさん。先生たちもめったにないチャンスと興味津々、笑顔で見守っている。
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プログラム後は校長先生や他の先生たちとお茶の時間。社会、政治、文化、生活などあらゆることが話題になり、アーサーさんと意気投合した校長先生は話がはずみ、大幅に時間超過(笑)。お茶の後は、校内施設や図書館などを丁寧に案内していただいた。

昼食はインド料理レストランへ。全4プログラム中、一回目完了のちいさなお祝いをしてエアポートへ。

ボーパール行きの飛行機は悪天候で出発が遅れていた。結局一時間遅れで小さなプロペラ機が出発。なんだか心もとない。予想どおり約2時間揺れっぱなし。隣席の同行の方は揺れがかなり苦手なご様子。私の恐怖は彼に全部吸い取られてしまったようで、全然平気だった。ちょっと揺れが収まったところでサンドイッチが出された。また揺れ始めたら逆流しそうで、食べようかどうしようかと迷っていると、お隣は非常に怖そうな様子だが、非常においしそうに食べている。私も食べてみたら本当に美味しかった。

かなり急いで飛行したのか予想以上に早く、夜10時前にはボーパールに到着。手配済みのタクシーに乗り込んでホテルamer palaceへ。国際交流基金ニューデリーのおかげで全てがスムーズに運んでいく。全行程が順調にアレンジされていて、どれだけ準備が大変だったことかと頭が下がる。
ホテル到着後、またまたインド料理の夕食。絵本などのお話に花が咲く。アーサーさんが翻訳予定の虫語の絵本を見せてもらう。とっても面白い。インド、ヒンディー語圏の虫語はどんな風だろう。

4月26日 
朝、ボーパールのガス工場爆発事故博物館 Remember Bhopal Museumに向かう。
道中、問題のUnion Carbide’s Pesticide Factory工場跡へ。敷地を囲う塀に穴が見える。市民はそこから入ってクリケットなどをしているらしい。私たちも入ろうとすると、突然警察の姿が。どこで見張っていたんだろう。クリケットバットがあればね、などと話しながら、あきらめて正面入り口に向かう。そこにも警察がいて、事前許可が無いと入れないなどのらりくらり。結局敷地内に入るのはあきらめる。

近くには女性と子供の像が立っている。赤ちゃんを胸に抱き逃げようとする母の服を後ろかもう一人の子が掴んでいる。「広島とボーパールを繰り返してはならない。私たちは生きたい。12月2日と3日の夜、多国籍殺人者ユニオンカーバイドの手で殺された多くの人々に捧げる。市民救援復旧委員会」との文面がヒンディー、ウルドゥー、英語で掲げてある。近くの壁には、事件当時の地獄のような街を描写した詩が綴られている。
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博物館に到着。私は2回目。(博物館詳細は前回のブログへ)何度来ても心に迫る。ここでは被害にあった人々の話がヘッドフォンではなく、電話の受話器から聞こえてくる。アーサーさんは丁寧にひとりひとり被害者の話を聞いている。「彼彼女らは僕に話すことができるけれど、僕からは話せないんだ」遺品の展示にじっと見入るアーサーさんといろいろ話す。私はどうしていままで気づかなかったのだろう。不思議なくらい共通項が多い。アーサーさんは、ピカは一瞬だったけど、ガスはゆっくりゆっくり来たんだね、この博物館をつくるのにどれだけの苦労があったことか、と何度も繰り返す。広島平和記念資料館を知るアーサーさんならではの言葉。私はこの博物館のモノたちの声を聞くことができるだろうか。

ホテルにもどり、本日夜のプログラムで対談予定のクマールさんを交えて打ち合わせ。アーサーさんの知識量にはかなわないけれど、クマールさんもいろいろなことに興味のある方で、いつものように話は尽きない。打ち合わせが終わらない。プログラム会場alliance francaiseの所長は朝から私たちと一緒にいる。ランチも一緒の予定で、彼女も打ち合わせが終わるのを長々と待つことに。アーサーさんは人との出会いをとても大切にされる方で、予定や周りよりも、その一期一会、大人でも子供でも、その人との時間と話を一番にする。相手によって話題は全然違い、面白くて、興味深くて、私の知らないことがどんどん話題に上がる。いつも隣で聞ける幸運に恵まれた私も、時間や予定はどうでも良くなってくる。いつもこんな調子なので、夜は同行者4名のテーブルの話は尽きず、どんどん遅くなる。

夕方6時からalliance francaiseギャラリーで「さがしています」展覧会開場。(5月10日まで)。展示写真とヒンディー語テキストの配置が美しくて見惚れてしまう。
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6時半からはアーサーさんとヒンディー語の詩人kumar ambuj氏の対談プログラム。会場は屋上野外で、夕方の風が気持ちいい。隣の丘の茂みから孔雀の美しい鳴き声が響いてくる。
今回のプログラムのテーマは写真絵本「さがしています」。もうひとつはkumar氏の詩「mritakon ki suchi」(被害者のリスト)。それなのにヒンディー語詩の原本を目にしたのは前日。もちろん英訳は無いので必死で訳してアーサーさんに伝えた。
司会はエクラヴィヤ出版社のTさん。彼女が一番好きだという「べんきょうしなさいべんきょうしなさい」ヒンディー語版朗読からスタート。
アーサーさんは、英語版が完成する前にヒンディー語版が発刊したことを喜んでくださった。驚いたことには「さがしています」の写真を撮影した岡倉禎志さんは岡倉天心の玄孫であることが発覚。昨年8月発刊の折には、国際交流基金ニューデリーの「岡倉天心ギャラリー」で「さがしています」展覧会は開催されたのだ。「さがしています」はインドもさがしていたのかな。
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不思議な縁といえば、1942年12月2日は初めて原子炉でプルトニウムが作られた日。1984年12月2日にはボーパールのガス爆発事故が起こった。
アーサーさんの電子辞書によると、ボーパールのガス爆発事故による死者は2500人。ゼロがひとつ足りない。
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2012年には国際交流基金ニューデリーで「原爆の図」複製画展を開催した。複製画は掛け軸のような画をいくつか並べる構造になっている。実は原画も同じ構造だったそうだ。何故か、というお話もしてくれた。また、「原爆の図」には原爆は描かれていない。人や動物、植物、犠牲になった生き物たちが等身大で描かれている。図を見る者を巻き込んでいく作品であると紹介された。
remember bhopal museumが話題となり、「さがしています」のアイデアをsteal (笑)ではなくshare もしくはborrowしてくださいと語るアーサーさん。対してエクラヴィヤは、「さがしています」ヒンディー語翻訳企画の話を聞いたとき、これこそボーパールに暮らす私たちが求めていた本だと思った、アーサーさんの提案を是非勧めたいと語った。

たくさんの出会いが新しいものを生んで、新しい事が始まっていく。不思議な縁に導かれている感覚がずっとあった。「“さがしています”in Bhopal」の英語訳・日本語訳まで実現したら本当に素晴らしい。どんどん夢はふくらむ。
france
eklavy

プログラム終了後は、いつものように観客とアーサーさんの対話が尽きることなく続いていく。
私たちの夕食はかなり遅い時間からスタート。JFのスタッフが一生懸命見つけてくれたおいしいイタリア料理レストランへ。正直ボーパールでこんなにおいしい本場?イタリアンが食べられるとは期待していなかった。しかもボーパールは物価が安い。ドラフトビールも美味しかった。かわせみやきつつきのヒンディー語名など話題は尽きず、明日は早朝から学校プログラムなのに、アーサーさんの楽しいお話に夢中になる。

4月27日
ぐっすり眠って、早朝8時半学校到着(kendriya vidyalay 1)。校長先生からのお誘いで、9時開始のプログラム前にお茶の時間。校長室に入ると男性の校長先生が迎えてくれた。グルガオンの女性校長先生とは真逆の雰囲気。同校の歴史は古く、インド全土にひろがる官僚子息専用の学校。官僚が国内のどこに移動になっても子息が同じ基準の教育を受けられるシステム。しかし近年は一般や貧困層の子どもにも門戸を広げている。「you are winner, success will follow you」という、なんとも言えないスローガンが校内あちこちに掲げられ、エリート主義が充満している。

前回の学校と同じく、私の「さがしています」ヒンディー語版朗読からプログラムは始まる。今回は3つだけ読んだ。時間も押していたし、生徒にアーサーさんの話をたくさん聞いてほしかった。アーサーさんの話は校長先生の価値観とは違った方向に展開していく。グルガオンの子どもたちのように直情的には反応しないものの、だんだんと話が染み込んでいく。終了後は、またまたアーサーさんの周りに子供たちの輪ができた。ひとりひとりの質問に丁寧に答えるアーサーさん。時間がいくらあっても足りない。日本のアニメが大好きで日本に行きたいという生徒とずっと話し込む。ひとつひとつの出会いが、子供たちにとってかけがえのない思い出になっていく。ひとりひとりと楽しく真摯に向き合う姿に、本当の文化交流を見せていただいた。
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学校からまっすぐ「sambhavna」に向かう。ガス爆発事故の被害者が治療に訪れる病院だ。私は前回に続いて2回目。(詳しくは前回のブログへ)長年ボランティアを務め、事情に詳しいsatyuさんからお話を聞く。作家、詩人、筋金入りの活動家。水俣を訪れたこともあるとのこと。大変な苦労をされている。アーサーさんは「いるべき場所にいる人」と呼んだ。

このクリニックの前ではおいしいラスクが売っている。小さなお店で焼き立てを2キロ!ごと袋詰めで売っている。前回ごちそうになってとっても美味しかったのを思い出し、お土産にみんなで4キロ! 購入。

デリーへ戻るフライト時間が迫っている。出版社エクラヴィヤ訪問の順番がやっと回ってきた。出版社併設のブックショップに座り込み、たくさんの絵本を手に取るアーサーさん。そして目の前には「さがしています」ヒンディー語版が山と積まれている。サインもどんどんしなくてはならない。あっという間にタイムリミットとなり、空港へ。
eklavya sing
eklavya saing

空港でも、みんなでお話に興じている間に搭乗時間。そこで私は、明日のプログラムの最終打ち合わせを全然していないことに気付き、ゾっとする!機内2時間で急きょ打ち合わせ。ヒンディー語朗読の後、アーサーさんが日本語で朗読してくださるとの嬉しい提案!さまざま細かく話し合い、どうにか時間内に準備完了。打ち合わせの話題から発展、たくさんの興味深いお話も聞くことができた。

4月28日
いよいよ最終日。4つ目のプログラムの場所は、本陣、国際交流基金ニューデリー日本文化センター。「さがしています」ヒンディー語・日本語の朗読とアーサーさんのお話。そして、メインは紙芝居「ちっちゃいこえ」。アーサーさんが英語で披露する。
朗読は6編を選択。時計、弁当箱、カギ、靴、帽子、階段。アーサーさんの日本語の朗読は、とてもあたたかく、心に染み入る。
お話は広島やピカのこと、原爆の図や2012年に国際交流基金ニューデリーで開催した同複製画展のことと続く。
紙芝居「ちっちゃいこえ」は、大きな「原爆の図」の中からいくつかの部分が切り取られて紙芝居ができている。
当日、舞台スクリーンには、原爆の図「水」の画が映し出された。その中には赤ちゃんを抱くお母さんの姿がある。その部分を切り取った一枚の紙芝居をアーサーさんが手にする。舞台スクリーン上の「水」の画の中、その一枚の紙芝居を近付けると、シルエットがぴったり重なった。おなじ大きさに映し出される確率はどれくらいだろう。やっぱり縁が深い。
紙芝居の題名は「tiny voice」。時には力強く、時にはささやくように、主人公の猫が語る。こころに深くズンズンズンと響く作品。子供のころたぶん幼稚園で何度か見た紙芝居。子供のためだけじゃない、大人になってから見ると紙芝居の魅力に憑りつかれる。

アーサーさんから飛び出す話題は尽きない。みんなで飽きもせず疲れもせず笑い、話し続けた。相手の気持ちにスッと入って話題を引出し何かを届ける。大勢を相手にするのではなく、いつも誰かと、何かと向き合っている。やさしく丁寧に生きる姿に大切なことをたくさん教えていただいた。私の人生で本当に貴重な時間だった。遠い遠いインドまで来ていただき、本当にありがとうございました!
eklavya minna

今回のプログラムは、エクラヴィヤ、編集者Nさん、そして国際交流基金ニューデリー日本文化センターのご協力ご尽力なしには実現できなかった。心より感謝申し上げたい。

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