インド発・文学日記

今のヒンディー文学が映し出すインド社会、日本とインドの文学や翻訳などについて書き残しています

インドのコロナウィルス事情(3)やっぱりやさしいインド人

先日、病院待合室でちょっと寂しい思いをした翌日。
朝からの大雨で、夕方帰宅しようとすると、オフィス前の道路は川と化していました。
いつものことですが、
最寄りのメトロ駅へ続く道が完全に水没、池に姿を変えています。

インド人はざぶざぶ歩いていますが、さすがに私は勇気がない。
いつも犬の糞やら、生ごみやらが散乱してるし、横のドブ川も氾濫して混ざってるし、どこにどんな穴が開いてるかも知れない。

立往生していると、横を通り過ぎようとしていたSUV車が止まり、中から運転手が手招きしています。
最初は私も遠慮していましたが、事態が事態なので、急いで乗り込みました。

「ここはもう海みたいになってるから、メトロ駅の前まで乗せますよ」
と言う親切な運転手は、コロナ対策のマスクをキチンとつけていました。
よく見ると車内に「Rajkuruma travels」と、日本人を顧客にするタクシー会社名のステッカーが貼られていました。

きっとお客さんにも人柄の良い日本人が多いのでしょうね。
本当に助かりました。

困っていると、手を伸ばしてくれるやさしいインド人って本当に多いんです。

インドのコロナウィルス事情(2)貧困層への感染拡大を阻止

前回は、ウィルスを気にして、私たちに近づかない人たちの話をしました。

でも、大多数のインド人は細かいことを気にしません。
メトロに乗ってもマスクしている人は、20%くらいです。
ニュースなどから正確な情報を得ているのは裕福層や知識層で、人口全体の半分もいないでしょう。

噂に振り回されるのも困るのですが、まったく知らずに感染を広げてしまうのは、もっと困ります。
特にインド人口の多くを占める貧困層は人口密度の高い生活環境で暮らしているので、感染拡大したら深刻な事態になります。
この人々は、裕福層の家庭で使用人として働いているので、その感染は裕福層にもすぐ広がるでしょう。両親が共働きで使用人が子供の世話をする場合も多いので深刻です。

今日、うちのお手伝いさんに電話すると、呼び出し音が鳴る前にヒンディー語でアナウンスが流れだしました。
いつもは、宣伝やセールスのお知らせで、途中で切ることはできず、呼び出し音が鳴るまで延々聞かされ、うんざりするのですが、
今日のは違いました。

「もしもあなたやあなたの周りの人々に熱、咳、呼吸困難などの症状が出たら、医療機関に行くか、******まで電話してください。くしゃみや咳をするときは口を覆ってください。手洗いうがいを頻繁にしてください。」

現在、インド人口の7割が携帯を持つとされ、私の周りにいる使用人や貧困層も含め、携帯を持っていない人に会う方が難しいくらいです。

携帯会社の対策なのか、政府の政策なのか、どういう規定で展開されているのか不明ですが、とても有効な対応です。
文字を読めない人が多いのでメールやメッセージの文字では伝わりません。
アナウンスという音声で、しかも絶対最後まで聞かないと電話がつながらないという設定が素晴らしい。
少し強引な方法ですが、インドの全国民に正しい知識を確実に伝えるにはベストです。
ヒンディー以外の言語バージョンもあれば完璧です。

インドのコロナウィルス事情(1)ウィルスと疎外感

あっという間に年が明けて、あっという間にもう年度末です。
昨年10月にめでたく就職して、時間が猛スピードで過ぎていきます。

世界中で脅威拡大中のコロナウィルス。
日本に暮らす方々は本当に心配な毎日かと思います。
現在、インド国内の感染者数は約90人。
とうとう日本人はインドに入国できなくなってしまいました。
日本のインド大使館が発行したすべてのインドヴィザは無効。
いったんインドを出国したら、そのヴィザも無効。
日本で取り直さないとインドに再入国できない。
でも今はその発行も止まっているようです。
在印日本人の家族がばらばらになってしまうこともあるかもしれません。
早く終息してほしいです。

3月は、日本人のインド駐在員入れ替わりの時期。
日本へ帰国する人はさっさと帰り、後任者はインドに赴任できない。
もともとの人材不足が更に加速です。
日本人が社内にいなくなって業務が回らなくなり、同業の他社に引き継ぐなんてことも聞きました。
私の周りだけ見ても、かなり混乱しています。

ところで今、インドの学校は学年末です。
中高生の中間・期末テストは1か月近く続き、その期間はお休みになります。
自分の試験日程の日だけ登校するんです。

なんと先日、うちの娘は期末試験の日程を勘違いしていたらしく、試験当日に登校しませんでした。当日の夕方、「え、今日テストだったの?」と気づき (遅い・・・)半泣き。

その後が大変です。
親は学校に事情説明(仮病にするしかない・・・)のメールを書き、医療機関から診断書を取らなければならない。
しみじみ思いました。働くお母さんは本当に時間がない・・・。

会社の方々も事情に同情してくださり、その日は早退することができました。
特にインド人の同僚たちは皆「すぐ、学校へ行け!」と顔色が変わってました。
インド人は教育ママパパが多く、試験は一大事です。

帰宅してすぐ、娘が生まれたころからお世話になっている小児科医に連れて行きました。
コロナウィルスの流行っているこの時期、病院にはなるだけ行きたくないのですが仕方ありません。
しかも仮病の証明書なんて、いくら懇意にしている先生とはいえ頼めないので、娘といろいろ仮病の口裏を合わせました。
教育上よろしくありません。

待合室には、乳児の双子連れと、1歳児とお母さん。うちの娘は16歳。
その後、乳幼児連れの家族がぞくぞくやってきます。
でもみんな、待合室では待たず、外や駐車場の車中で待っています。
受付の人は「今日はなんでみんな外で待つのかねえ、中に座ればいいのに」とのんきにつぶやく。

そう、それはきっとマスクして待合室に座っている私たちのせいかもしれない・・・。

巷では、中国人、日本人、韓国人、(そして何故か)イタリア人がインド入国禁止になり、連日ニュースで大騒ぎしています。
私は四半世紀インドに住んでいて、娘はインド生まれだけれど、インド人からすれば今インドに入れない国民にしか見えない。

最近はメトロ通勤時などにも、皆さんにちょっと距離をおかれてるかなーと感じる時があります。

この感じ、以前流行った豚インフルエンザの時とそっくりです。
差別とは言えないまでも、自分の容貌のせいで、社会から疎外されている感じ。

豚インフルのときはかなりショックでした。
それでも、豚インフルの後からは、私の中で何かが本当に理解できたような感じがあります。
よい経験だと思っています。

そしてその後、病院では母娘の作戦が無事成功して、診断書を出していただけましたよ。

インド翻訳評議会 卒業式

先日インド政府公認の専門学校、翻訳協議会の卒業式に、参加してきました。知り合いに祝辞をお願いされて、初めてそういう機関がインドにあることを知りました。
デリーの他、パンジャブ州、ハリヤナ州、ゴハティ、アッサム州など6か所でも翻訳過程が学ばれていて、主に英語ヒンディー語間の翻訳について学ぶようです。
設立は1964年なので、歴史は結構古く、同年から今日まで定期的に発刊されている機関紙「翻訳(anuvaad)」は政府からの受賞作品。
大学卒業後、一年間の翻訳専門コースを修得すると政府から正式な証書が授与され、政府機関などに翻訳専門官として就職できるそうです。政府機関以外の主な就職先は、病院、銀行、大学、教育機関、軍関連機関など。
今回は、その証書の授与式でした。
卒業生は100名くらいでしょうか。ひとりひとりに証書が手渡されます。生徒に授与して、記念撮影が100回くらい繰り返されます。
その他成績優秀者には別の証書と賞金!が授与されるので、その作業だけで、1時間はかかりました。
大学卒業後のコースなので、みんなとても若いけれど、30代くらいの卒業生もいて、年齢にはばらつきがあるようでした。
ひとりひとり撮影もあるので、みんな着飾って集っています。
90%が女性で、キチンとサリーの正装の人もいれば、夜遊び仕様のドレスの人もいて、普段着の人も。
経済的にもばらつきがあるようでした。
開会から1時間くらい遅刻して入場する学生も多くて驚きましたが、それより驚いたのは、機関側がその遅れてきた学生のために授与式を再開したこと。
インドならよくある緩さで、もう慣れました。。。。
こちらは同じ動作を100回繰り返すだけだけれど、卒業生ひとりひとりにしてみたら、一年間頑張ってきたハレの日。
さすがに疲れてくるけれど、できるだけひとりひとり丁寧におめでとうを言って写真に納まる努力をしました。
「ありがとう」と言う顔は誰もが本当に愛らしかった!

その後祝辞では、日本とインドということで、やはり仏教について話すのが一番わかりやすいかと、鳩摩羅什の話などをしました。
古代、仏典をサンスクリット語から中国語に翻訳した素晴らしい人物。
インド、中国、韓国を通って、仏教とともにたくさん文化が日本にやってきて、この過程にはたくさんの翻訳家の貢献があったに違いありません。
遠い昔から翻訳は文化の懸け橋で、たくさんの人々を繋いできました。
皆さんも偉大な翻訳家、文化大使としてこれからも頑張ってくださいという感じの祝辞を贈りました。
cfffe8b1-0e5b-467b-ba88-79f671a1420b

式終了後、知り合いと話していたら、次回の翻訳過程での特別講師もお願いされたので、今から楽しみ!
IMG_7419
IMG_7416

【ありふれたインド】#38「トランプ禁止」

学生仲間と初めてインド旅行したのは30年前。
カルカッタの有名な安宿「パラゴンホテル」に泊まって南京虫に刺されたり、
マンゴーが美味しすぎて三食たべておなかを壊したり、
人気のない海辺を歩いて強盗にあったりと
大変な旅だった。
してはいけないことを知らないというのは恐ろしい。
今なら、健康のために清潔なホテルを選ぶし、
マンゴーも一日ひとつくらいにする。
どんなに面白そうでも人気の無いところに一人では行かない。

そのころ仲間内でトランプのスピードが流行っていて、
旅行中も暇さえあればみんなで遊んでいた。
ある日、レストランで食事を注文してからまた遊び始めると、
店員がものすごい勢いでテーブルにやってきて、
ものすごく迷惑そうな顔でやめろと言う。
なぜトランプ禁止なのかとみんなで不思議に思った。
あとで知ったことには、
トランプはガラの悪い賭博なので公共の場でするものではなかった。
日本のイメージでいえば、
花札やサイコロ賭博をレストランで始めてしまった感じだろうか。

インド最古の大叙事詩「マハーバーラタ」でも
両家の対立が深まったのは賭博が原因で、
やがては壮大な争いに発展する。
賭け事が諸悪の元凶となった。

しかし実はインド人は賭け事が大好きで、
インドのお正月ディワリ祭では
親族や友人と夜通しで少額をかけて
トランプ賭博やタンボーラーというビンゴのようなゲームをする。
内内ではかなり堂々と賭け事を楽しむ。

ママ友のニトゥも先日親戚の家でトランプを楽しんできた。
デリーやムンバイなど、
最近の都会は近所付き合いもさっぱりしているが、
少し地方へ行くと親戚やご近所の行き来がとても頻繁になる。
ニトゥの親戚の家にもいろいろな人が出入りしているようで、
トランプが始まったら近所からわんさか女性が集まってきて、
賭け事で大賑わいになったそうだ。
80歳のおばあさんが一番張り切っていて、
あんなに元気だとは知らなかったと
本当に楽しそうに話してくれた。

インドの女性だけの集まりには独特の雰囲気がある。
結婚式の前日に女たちだけで花嫁を囲んで延々と歌い続ける儀式「マヒラーサンギート」にも、
なんとも言えない独特の居心地の良さと安心感と高揚感がある。
同じく女性だけの集まりでも、
有閑マダムのキティパーティーとは対極の雰囲気だ。

サイコロ賭博

マハーバーラタの挿絵。サイコロ賭博が行われている。

【ありふれたインド】#37「インド・レストラン事情今昔」

download
おいしいと評判のイタリア料理レストランへ行った。
レトロ調の内装も可愛らしく、
リゾット、窯焼きピザは本格的。
衛生上心配なので普段の外食では避けているサラダも
この店なら安心して食べられる。
おなじようなイタリアンレストランがあちこちにある。
この20数年、インドの食事情はガラリと変わった。

90年代、私はアグラとジャイプルという地方都市の学生だった。
家でも外でも一律インド料理。
名ばかりの中華料理店のメニューは、自分のほうが美味しく作れた。

たまに首都デリーに上京すると、
ニューデリー駅近くの安宿に泊まり、
メインバザールにある安食堂でバッファローステーキを食べるのが楽しみだった。
牛肉御法度のこの国で、水牛でもビーフ系のメニューは希少価値。
私はベジタリアンだったので、野菜コロッケステーキだったけど。
飲酒は男性でもマイナスイメージなインドで、
各国バックパッカーの集うその食堂なら、
女性でも大っぴらにビールを注文できた。

あとは、
コンノートプレイスのレストラン「ZEN」で
MIZUTAKIという怪しい日本食みたいなスープを飲んだり、
中華っぽい麺系を食べるのも楽しかった。
このレストランは、今もたぶんある。
メニューは改善されただろうか。

大学時代の2000年ごろ、
デリーにマクドナルドができ、ビザハット、ドミノ、
そしてカフェと続き、学生たちは大歓喜した。
この頃から食事情がどんどん豊かになっていく。
今や、カフェならBARISTA, CAFÉ COFEE DAY, COSTA, STARBACKSなどなど国内外の店がひしめきあう。
ぱさぱさのパンや、砂糖ジャリジャリで甘いだけだったケーキも、
SIBANG, SONYA, BEANSTALKなどおいしいベーカリーがたくさん増えた。

五つ星ホテルでしか味わえなかった高級料理も
イタリアンならTONINO, AMOUR, DI GHENT など、
フレンチならLE BISTRO DU PARCそして、PAULまで開店した。

怪しいメニューばかりだった日本食レストランも
KUFURAKU, MANAMI, EBISU, ICHIZEN、吉野家系IPPONなどなど、
本格的な店がしのぎを削る。

アジアンフードやメキシカン、
生ビール樽の並ぶビアホールは大人気だ。

お金さえあれば!
何でも食べられるようになったなあ。

食事情、IT事情、インフラ事情、交通事情などなど挙げたらキリが無いほど、
この20数年のインドの変貌ぶりは目を見張るものがある。
このスピードで成長したら、どんな先進国になるのだろう。

25年前、
安宿街の食堂あたりで物乞いしていた人々と、
今、デリーの高級レストラン街あたりで物乞いしている人々は
まったく変わった様子がないけれど。

####

バリ島

高校の頃から30年越し、長年の思い叶ってやっとバリ島に来ることができた。
Bali 156
Bali 028

インド熱にかかっていた女子高時代の私が来ていたら、
大興奮しそうな芸術溢れる街並み。

イスラム教徒の多いインドネシアで
バリ島だけは何故かヒンドゥ教徒が大多数を占める。
でも、本場インドのヒンドゥ芸術とは一味違うデザイン。
インドネシアの芸術と融合したような
エキゾチック?な寺院や祠があちこちにある。
Bali 159
IMG_7045

バリ島は世界有数の観光地なのに
客引や観光客目当ての輩を目にしなかった。
みんな一様に親切。
というか、普通だ。
インドが結構特殊なのだ。
ここ何年か、夏休みは海外の海辺へ出かけることが多くなり、
今更気づいた。

インドで長年暮らしているうちに
何をするにもいちいち身構えるクセがついてしまった。

例えば、
海で朝日を見たい場合、
夜明け前の暗いうちにホテルを出発しなければならない。
インドだったら、何が何でも夫を起こして一緒に来てもらう。
何故なら
朝暗がりの人気のない場所は女性は避けたほうがいいし、
ビーチの場所が分からなくて誰かに聞いたりすると、
その人が頼んでもいないのに付いて来たり、
ビーチで一人でのんびりしたいのに、
誰かが周りに寄って来たりと、
女性ひとりだと、面倒な事になるのは目に見えている。
煩わしいことこの上ない。

今回のバリ旅行最終日、
私はどうしても夜明けの海が見たかった。
ここなら一人で何も身構えずに出かけられる。
楽しもうとしている私の気持ちを周りの人々が尊重してくれるから、
ひとりで満喫している私に誰も干渉しない。
タイやイタリアの島でもそうだった。
日本でも同じだろう。
男性だったら何処でもそうだろう。

そんな事を考えながら、有名なクタビーチに到着。 
夜明けの海をひとりで楽しむ贅沢。
波が高くて広々としたビーチが素敵だった。
IMG_7064

バリの離島ランボンガンは本当にのんびりしていた。
早朝から雄鶏のすさまじい鳴き声で起こされる。
だれかの目覚まし時計が鳴っているのかと本気で思った。

バリは手先が器用な人が多いと思う。
朝夕の祈りの時間、手の込んだ細工のお供えが玄関先や路を飾る。
よく作ったものだと感心するほど本当にかわいい。
夕方女の子が軒先に座って
もくもくとお供え制作しているのを目にした。
IMG_7044

ホテルの内装もインドなら雑に扱われがちな細部まで丁寧に作ってある。
部屋を開けると、ベッドの上には
象や孔雀など器用に折られたバスタオルの置物が鎮座している。
ジャスミンがあちこちに飾られている。

生活の中のひとつひとつに丁寧に手間がかけられ、
何もかもが愛らしい。
見る人のことを思いやる文化に心が癒される。
美しい文化にバリの人々は暮らしている。

アグラの留学生時代 、バリ島出身の男の子がいた。
名前が思い出せないけれど、
そういえば彼も手先が器用で、
いつもチマチマ何かクラフトを作っていた。
バリ島の柔らかな言葉を聞いて、思い出した。

スクーターを借りて、20年ぶりに運転した。
すぐに慣れて、島をあちこち見て回るのに大活躍だった。
時間が逆転していくようだ。
IMG_7040

バリ旅行のメインイベント、
ULWATUの寺院でケチャを見た。
友情や兄弟愛を意味するULWATU。

6時の夕暮れから、
高台にある寺院の野外舞台で、
海に沈む夕陽をバックに
30名ほどの男性が一斉に連呼する歌が始まる。
旋律がいくつも重なり響く調べは圧巻だ。
土着の賛歌は、太陽崇拝と海から魔物がやって来ないようにと歌われた。

Bali 171-2
今回はラーマーヤナの舞台と組み合わせて演出され、
エンターテイメント色が強い。
欲をいえばオリジナルのケチャを見たかった。
IMG_7061

時代を超えて続く文化に触れると、
時間が逆転していくような気がする。
長い長い間、大勢の人がこの祈りの歌を聞いてきた。
私もその一人になれた。

IMG_7071


【ありふれたインド】#36「善意の公害」

暑い。
2015年のあの暑さよりはマシだけど、
最近ずっと40度以上の日が続く。
朝起きた時から暑い。
さわやかな朝の風が無い。
朝はせめて体温より低い温度を感じたい。
窓を開けた時から熱風なのは結構つらい。

子供たちは、この暑さの中サマースクールに通う。
朝夕送り迎えの路上では
有志のボランティアが薄いピンク色のミルク入りローズウォーターを配っていた。
この時期、シク教徒やいろいろな団体が道端で飲み物を配る。
私も窓越しに勧められたが、
水質におなかが耐えられそうにないので、
丁重にお断りした。
トラック、タクシー、オートのドライバーや
日雇い労働者、無職者など中流層以下の人だかりができ、
交通渋滞も起こる。
周りには使い捨てプラスチックカップが散乱している。
有志の方々は中流層以上で、この酷暑の中本当に頭が下がる。
それにしてもこの善意の公害、
ものすごい量のプラゴミだ。
公共清掃で片づけられるまで数日間風に吹かれ散乱し、
いくつかは地中に永遠に眠って環境ホルモンになる。
インドのごみ処理事情はいまだ整備中で
メタン発酵プラント、廃棄物エネルギー化プラントなど、
様々な処理施設はあるが適切に機能していない場合も多い。
不適切な埋めたても多く、地下水汚染は深刻だ。
なので、
酷暑の中わが身顧みず献身的に飲み水を提供する素晴らしい試みには、
昔懐かしい素焼きのカップを使ってはどうかとおもう。
これなら放置してもしばらくしたら土に返っていく。
昔は駅とかで売っているチャイはこれに入っていたものだ。

昨日やっと雨が降った。
気温はぐんと下がり、
連日の砂嵐で埃だらけだった木々の緑も洗われ鮮やかになった。
雨はもともと好きだけれど、
インドにきて、もっと好きになった。
インドでは今にも雨が振り出しそうな曇りの日に
「今日はいい天気ですね」とあいさつする。
インドに住んで四半世紀。
本当に心からいい天気だと思った。

173fa8b76907f0e8991d854a29264665
シク教後のボランティアがミルクローズウォーター配布中。

download

昔懐かしい素焼きのカップ

【ありふれたインド】#35「ゾマト革命」

ゾマトはインドのグルメサイト。
設立2008年当初は飲食店ランキングサイトだったが、ここ数年はデリバリーサービスも展開している。レストランのメニューが家で手軽に味わえるようになった。
スマホアプリから好みの飲食店を物色。もともとランキングサイトなので一目瞭然。食べたいメニューをクリックしてオーダー完了。
家族が別々のレストランからオーダーすることもできる。
後はバイクで届くのを待つだけ。
バイク配達員と連絡をとることも、現在地のモニタリングもできる。オンライン、現金決済どちらもOK。

一度体験するとあまりの手軽さに絶対クセになる。
まさに、インド食革命。
特に酷暑のこの時期は、買い物に出かけるのも嫌気がさす。
なにもかもデリバリーしたくなる。

最近のインドはデリバリー革命も進んでいて、野菜果物肉魚、日用品、書籍、クリーニングなどのサービス、血液検査もキッドを持った医療者がウチまで来てくれる。
オンライン決済だといろいろな割引もあるので、現金よりお得だ。
今のインド、スマホさえあれば何から何まで家から一歩も出ずに家事雑事を済ませられるかもしれない。

さて、唯一ゾマトで残念なのは、日本料理と韓国料理があまり食べられないこと。
特に本格的な日韓レストランはゾマトでデリバリーしないところが多い。出来立ての味を大切にするからだろうか。

そして気になるのがバイク配達員。
以前、配達中の料理をつまみ食いしている画像がSNSで大量に出回り一躍有名になった配達員がいた。
確かに容器を開けて少し食べても分からないだろうなあ。

ゾマト注文画面には、バイク配達員の名前とコメントも表示される。
先日は「ラジェーシュ(配達員の名前)の夢は自分の車を持つことです」とあった。
これを読んでしまうと、この酷暑の中、飲食店で料理を注文しバイクでうちまで届けてくれる彼のために、画面上にあるチップ送金ボタンをポチっとしたくなる。
ふつうに届けてくれただけでも★ランキングは最高の5つをあげてしまう。

格差社会をも取り込み発展し続けるインドサイバー業界。
いまさらだが、インドのサイバー化はやっぱりすごい。

zomato

写真1)ZOMATOスマホ画面。近所で人気のレストランや、割引、お得な会員募集などが表示されている。

bento
SUSHI

写真2,3)
ちなみに私が最近美味しかったのは日本食レストランのお弁当とベジタリアン寿司。寿司はインドで知名度も高く人気だが、本格的な生寿司はあまりない。巻き寿司が主流。

【ありふれたインド】#34「青空トイレと女性」


世界奇妙な博物館ランキング第3位のスラブ国際トイレ博物館(Sulabh International Museum of Toilets)がニューデリーにある。
この博物館は国際ボランティアNGOスラブインターナショナルが運営している。
ビンデシュワル・パタク(Bindeshwar Pathak)氏が、ガンディーの影響や自身の幼少の体験から、高位カースト出身にも関わらず、トイレの普及のために創設した団体だ。
インドでは伝統的に各家庭の排泄物を下層カーストが手作業で集め処理してきた。現在は法律で禁じられているが、この習慣が完全に村から消えたわけではない。

トイレ博物館には、世界各国のトイレの歴史やモデルが紹介されている。
パタク氏の発明したスラブ式トイレも展示されている。トイレからの排泄物が溜まる同サイズの肥溜めが2つあるのがポイント。それぞれの肥溜めは家族の排泄物が2年でいっぱいになるサイズ。一方の肥溜めがいっぱいになったら、トイレの排管はもう一方の肥溜めにつながれ、はじめの肥溜めの排泄物は2年間放置される。その間に土に戻るという画期的なエコシステム。
実際2年モノの排泄物をみたが、匂いも何もないただの土だった。すごい。

このスラブ式トイレの展示場でキュレーターの女性がいろいろ説明してくれる。
創始者がトイレの普及にのりだした理由は二つ。
1)下層カーストの尊厳を守る。
2)野外排泄を失くす。
衛生上の問題もさることながら、トイレの無い村での野外排泄は女性にとって大変に辛い。男性がのぞきに後を付けてくることが多く、恥ずかしいので我慢して慢性便秘になったり、トイレに行く回数を減らそうと水分を取らず脱水症状になったりする。

村にトイレが普及することで、女性の生活はたいへん楽になったとキュレーターは語り、「そうそう、あるだろうなぁ。そういう男多いだろうなあ。トイレができてよかった」と私も納得する、が・・・・。

インドに長く住むと人権感覚が麻痺してくる。

多くの女性がこんなに深刻な健康被害に悩まされるのは、それが恒常的に行われる日常茶飯事だからだ。
なんらかの理由で青空トイレとなった女性を覗くなど、日本の日常であり得るだろうか。人間として許されない。社会が許さない。

しかし、インドのその社会はそれを容認している。
排泄を見られ、人としての尊厳が傷つけられても構わない存在なのだ、女は。
女性の野外排泄を覗く日常。この社会における女性の扱いが垣間見える。
一事が万事、女性の位置はここだ。


#########

1.sulabh toilet

写真1)スラブ式トイレ。二つの肥溜めにトイレがつながっている。


2.model
写真2)スラブ式トイレのさまざまなモデルが展示されている。価格も表示されていて、資金に合わせて注文できる。

サイト内検索
Loading
プロフィール

shraddha

1992年よりインド在住。アグラ、ジャイプル、デリーの留学を経て、ジャワハルラルネルー大学でヒンディー文学博士号を修得。
2012年 第9回世界ヒンディー語大会賞受賞(インド政府主催)
ヒンディー語の自著「महादेवी वर्मा की विश्वदृष्टि 」(MAHADEVI VARMA KI VISHVADRISHTI・マハーデーヴィー・ワルマーの世界観)をPARMESHVARI PRAKASHAN社より出版。絵本「ひろしまのピカ」、漫画「夕凪の街桜の国」、「わが指のオーケストラ」、写真絵本「さがしています」ヒンディー語訳。平和アニメ「つるにのって」ヒンディー語吹き替え版。
現地で平和や文学関連のプログラムを企画、インドと日本のヒンディー文学関係誌等に執筆。
https://about.me/indiatkikuchi/getstarted
indtmc@yahoo.co.jp

  • ライブドアブログ