March 28, 2019

カテゴリ:創作三国。無双寄り。王子様と裏切りもの。
曹丕様と孟達さんの薄暗い日常の話。



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青い色の月光が振り注いでくる冷えた夜の中で、
己の左右を曹丕殿の近衛兵に挟まれながらも、
外見だけは「いつも通り」に、
日常通りの行動をなぞっているように、
存外、平然と開き直っている自分の態度に驚いている。

誰も言葉を発さないままで長い廊下を歩き、
己が昼間のうちは侍っていることを強要される場所、
所謂、魏帝の私室や居間を幾つも通り抜けて、
ようやく、今までに見たことのない区画に入ると、
幾つかの角を曲がった挙句に、
大きくて重厚な、装飾の多い深紅の門の前に立つ。

屋敷の中に門があること自体に面食らうが、
何よりもその装飾が凄まじい。

その大きな扉を形作っている木材の厚さと言い、
全面に施された螺鈿細工の嵌め込み装飾の細かさと言い、
引き手から長く垂れた黄金の絹房と言い、
説明されなくとも解る、此処は、魏帝の「寝室」だろう。

「陛下、孟子度を連れてまいりました。」
「中に入れろ、本人だけで良い。」

屈強な近衛兵が二人がかりで扉を押し開け、
背後を振り返る彼等に促され、
無言のうちに、其処への入室を促される。

「来たか、孟達。」

足を踏み入れた室内には強い香が焚かれていた、
嗅いだことのない、奇妙な甘い香りだった。

天井近くに設けられた玻璃の窓から月光が差し込み、
室内の様子は、淡くぼんやりと見えていた。

揃いで置かれている緋色の腰掛や黒檀の机や、
壁に飾られている見事な鳳凰の飾り織、
螺鈿細工や銀の装飾が施された見事な調度のたぐい。

細部まで抜け目なく金銀珠玉で埋め尽くされた部屋は、
成程、曹魏という国を譲り受けて発展させ、
後に帝位までも奪い取った傲慢な「魏帝」に相応しかった。

「ふん、どうした。生娘のように怯えているな。」
「……私は男です。」
「白い顔でびくびくと縮こまって、震えていてもか?」

来い、孟達と声をかけられたが、爪先が動かない、
一度落とした視線が上げられない。

本当に今更だ、今更、震えて、怯えているのか?
此処まで来てしまったというのに、
今夜が、注がれたツケを清算する時だと解っているのに、
寧ろ、今夜をこそ上手くやらなければと、
頭の中では強く思っているのに、身体がそれに従わない。

「…孟達、私に逆らうのか?」

面白がるような声で言われた言葉に、
辛うじて、かすかに首を振った。
逆らうつもりはない、ただ、身体が動かないだけだ。

「ならば、さっさと来い、来ないのならば其処で脱げ。」
「…」
「ふん、どちらも嫌か、困った奴だ。」

柔らかそうな長椅子に身体を預けていた長身の男が、
皮肉めいた笑みを浮かべて、立ち上がる。

刹那、私の身体は反射的に逃げを打って後じさり、
背を凭せていた扉を開けようと引き手を探るが、
すぐに、節くれだった掌に手首を握られて引き摺られ、
叫んで体勢を崩しそうになった時には、
既に、大きな寝台の中ほどに放り投げられていた。

魏帝が、真っすぐに私を見下ろしている。

体勢が縺れた反動で衣が捲れた脚を掴まれ、
既に、傷だらけの指がなぞっている。
自分の体温が低いのか、相手が熱いのかは解らないが、
今はひたすらに、伸し掛かる男のことが怖かった。

「孟達よ、お前は何を望む?」

それが何であれ、この私が与えてやろう、
お前の望みはすべて叶えよう。

「言え、お前は何を欲する?財か、地位か栄華か?」

押し退けようと抵抗する腕を片手で掴みあげられて、
嫌、と叫んで身体を捩じっても、
躊躇うことも無く薄い衣は脱がされていく。
怖い、やめて、と言っても圧し掛かる男は全く動じず、
扉の前に居る近衛兵たちも、声をかけてこない。

当然だろう、最初から――こうなると決まっていたのだから。

これは仕方がないことなのだ、と自分に言い聞かせる、
私はもう、何が在ろうと曹魏で生きるしかない。
好きではなくとも、此処以外に行くところなんてないのだから。
今更、蜀へは戻れもしないのだし、
今更、違う場所へ出奔することも出来ないのだから。
故に、これは、仕方がないことなのだ。
今現在、魏帝の座にある男に身体を任せておけば、
彼の「遊び」の対象になっておけば、
早々に飽きられ、切り捨てられることは無いだろうから。

仕方がない、諦めて彼に身体を任せてしまえば、
後は、黙っているだけですべてが終わる。

肌に噛みつき、悲惨な痕を残している男に、
視線を向けると同時に涙が流れた。
痛いのか怖いのか、悔しいか。或いは、そのすべてか。

「……曹丕、様、」
「何だ、」
「私よりも、先に、死なないでください。」

もう、これ以上誰かを、ひとりでも見送るのは嫌なので、
一秒でも良いから、私よりも長生きしてください。

「……望みは、それだけです。」
「まったく無欲な奴よ、だが、其処も愛い。」

望めば何なりと手に入る立場と状況でありながら、
何ひとつ望まずに長生きをしろ、など、
寝所で曹子恒に言ってのけるのは、
世にはお前くらいのものだろうな、私の孟達。

「叶えよう、だが、お前は私のものとなれ。」
「……私はもう、」
「将としての孟子度だけではない、お前のすべてだ。」

すべて、と言われても勿論この命は惜しい、
せっかく生き延びたというのに。
それでも、此処で首を振る選択肢はなさそうだった、
そんなことをして機嫌を損ねれば、
この男は、私なぞ欠片も躊躇わすに殺すだろう。

みっともなく身体が震えた、怖かった、
どうしようもないほど怖かった。

「代わりに、お前に相応しいものはすべてくれてやろう、」
「……私は、別に、」
「お前に任せておくと何も受け取らんようだからな。」

私の背に手を回していろ、爪を立てても構わない、
言われた言葉に頷いて従えば、
呼吸が苦しくなるほど長い口付けをされた、
気付いた時には、薄い衣はすっかり脱がされていた。

声を殺して泣いても、宥めるように口付けられるだけで、
彼は、一度も指先を止めようとはしなかった。

そうやって、私は曹丕様…曹子恒の鞘となったのだ、

彼は本当によくしてくれたと思う、
常に私を気遣ってくれた、
先に死なないと言う約束だけは、守られなかったけれど。

□□□

孟達さん見送り過ぎだよね。

(00:08)