しゅ〜る之助の夢日記

京都で「坐禅とラン」で生き抜く!そんな暮らしの中で、思ったことや感じたこと、あるいは、自分が見た夢の解釈を通じて、自分の心の世界を綴ります・・・・。

「わが子よ!どうかいい人にあってくれ」



高倉通りの五条下るにある浄土真宗東本願寺の施設「高倉会館」の伝道掲示板は、時々「どきっ」とするような言葉が力強い筆致で書かれている・・・。

今回のこれも、非常にストレートに真理を突いている・・・。

特に子供から青年に至る成長期には、非常に重要な要素だと思う・・・。

高倉会館ーわが子よ

師や友達も含めて、どんな人に出会って、どんな影響を受けるか・・・それはその子の将来の人格や人生に、ストレートに影響を与えるだろう・・・。

親として、「健康」以外に、我が子にひとつだけ願う、神仏に祈ることがあるとするなら、この言葉以外ないだろうと思った・・・。

栖賢寺に吹く風 栖賢寺坐禅会参禅記2


一炷目が終わった・・・。坐禅のアトなのに、なぜか、非常に疲れていた・・・。リラックスするための坐禅なのに、何故こんなに疲れたのだろう・・・と、不思議だった。

二炷目もそんな感じだった・・・。

三炷目が終わったアト、疲れ切った僕は、栖賢寺の観音堂の板張りの縁側でうなだれていた・・。

すると、そこに一陣の涼しい風がふっ、とよぎった・・・。

僕は思わず顔を上げて周囲を見回した・・・。

眼前には、遠く借景のような比叡山の稜線を臨み、近くには境内の木々が美しいモザイク模様を描いて、何とも言えずさわやかな印象を醸し出していた・・・。

街の喧騒を離れたここは、まるで別世界のようだな〜と思った。或いは異界か・・・。

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そしてまた、一陣の風が僕の頬を撫でた・・・。

前回、ここは、山の湧き水のせいか、湿気が多いように感じた・・・。

しかし、今回は全く違った・・・。

吹いてくる風自体が、非常に爽やかなのだ・・・。

いつまで、この風に吹かれていたい、と思った。

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最後の一炷は、師匠の「信心銘」の提唱の声が、背中から聞こえてる一炷だった・・・。

今回の師匠の提唱は「坐禅を続けながら、私の声を、セミの鳴き声と同じように聞き流して下さい。ただし、今のあなたに必要な言葉には、何かが必ず反応しますから。」という言葉で始まった・・・。

・・・いつものように、足が痛みだし、足を組み直そうか迷っている時、師匠の静かだが、気迫のこもった言葉が、僕の魂を射抜いた・・・。

「追うな、求めるな、何かになろうとするな!」

その一言一言に、僕は追い詰めてられていく・・・。

「すべてをそのままに、放っておきなさい!」

浮かび上がり、湧き出てくる「思考」に対してだけではなく、それを受け入れようとする自分の「計らい」からも、離れろ・・・ということなのだろう。

「難しいな〜・・・」と、思ったが、やるしかない・・・。いつの日か、そういう境涯に至る日が、訪れるのを信じて・・・。

坐禅会が終わった・・・。

僕は少し饒舌になっていた・・・。

心が軽かった・・・。

師匠や禅友たちに別れを告げて、栖賢寺の山門をアトにした・・・。

何故か、栖賢寺の隣にある「崇導神社」の境内に、まるで何かに導かれるように、入って参道を登った・・・。

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無人の境内には、静謐な雰囲気が漂っていた・・・。それは地続きである栖賢寺境内と同じような、厳粛でありながら、かつ心を落ち着かせる雰囲気だった。

本殿にお参りした・・・。

崇導神社の祭神は悲劇の皇子「早良親王」である。早良親王は、父親の桓武天皇により幽閉され、自死し、怨霊と畏れられた祟り神となった・・・。

そういう意味で、ここの境内には死のイメージがつきまとうのだが、僕の足が自然とこの神社の参道に向いたのも、僕の魂が、神社の死のイメージに共鳴したのかも知れない、と思った。

「静謐で、穏やかで、厳粛なる死」

参拝を終えて、参道を下って歩いた・・・。

その時、また一陣の風が僕の頬をなでた・・・。栖賢寺の境内の方から吹いてきたのか・・・。

「さて、今から又、ど〜再生するかだな・・・。」と、ふと、そんな言葉が口の端から漏れた・・・。

仏光寺の伝道掲示板


今朝の朝ランの帰路、仏光寺に寄った・・・。

月イチで変わる、塀沿いの「伝道掲示板」の確認の為である。ここの伝道掲示板は、担当者委員会があって、毎月会議を行って、掲示する内容を決定する、という本格的なものである。

数年前「アナ雪」がヒットした年に、「ありのままで」という歌詞がネット上でいろいろ議論されてことがあった。その時に、ここの伝道掲示板が「ありのまま」という言葉ひねって掲示した「仏のお言葉」が、ネット上で有名になったことがあって、それ以来、僕も注目して、毎月確認しに来るようになった・・・。

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この言葉は、真宗の教義を見事に端的に表現しているという点でも、実に素晴らしい「仏のお言葉」だったと思う・・・。

ただ、残念だったのは、このヒットを意識するあまり、その後委員会から出てくる「お言葉」はイマイチなものが続いたことだ・・・。

そして、今朝確認した「お言葉」は、久々によかった・・・。

仏光寺タッチの差

過ぎ去った過去に執着している姿勢を、厳しく批判した内容で、「後悔」というものが全く無価値、いやそれ以上に有害でさえあることを訴えていると思った・・・。

同時に「不安」のモトとなる未来には、人は手を付けられない・・・。

ならば、過去と未来への執着を断って、「今」を生きるしかないではないか・・・と訴えているのだろう・・・。非常に仏教的であり、心に響いた・・・。

「生老病死」


寺町通の四条下がったところにある「聖光寺」の伝道掲示板・・・。

聖光寺ーなまけたくもなる

お釈迦様が説いた「四苦」のうち、「老病死」の三苦はすぐ分かる。しかし「生」については、,海寮い棒犬泙譴觸个覿譴靴澂∪犬ていく苦しみ・・・ということなのだろうが、ど〜もぴんと来ない面はある・・・。何故「生」が苦しみなのか・・・。

ここに書かれていることも「生」の苦しみのひとつなのかな〜・・・。

う〜ん、ちょっとニュアンスが違うかな?

この言葉は、逆説的な意味で「人間賛歌」であり「生」の喜びを謳歌しているよ〜に感じる・・・。

栖賢寺に吹く風(栖賢寺坐禅会参禅記)

先日、先月に引き続いて、上高野の栖賢寺さんでの、坐禅会に参禅した・・。



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実は、これまでの坐禅会への参禅で、今回が一番気が重かったのだ・・。


原因は、漠然とした不安だった・・・。


前々回の坐禅会で、僕は自分の坐禅に対する心構えが非常に甘かったことを痛感させられ、落ち込んだ。

そして、次の坐禅会では、もう一度自分の覚悟を確かめるべく、なんとか参禅した。それが栖賢寺での初回の坐禅会だったのだ・・・。


その時は、僕は、最初から「自分を捨てきる」ことを目指して坐った・・・。


結果、僕は、自分の復活の手がかりを掴んだような気がした・・・。


そして、今回である・・・。


逆にその復活の手がかりが、重しになって、心の中によどみ始めていた・・・。


上手く説明できないが、説明のつかない不安な思いが栖賢寺に向かう足取りを重くしていた。

「俺は坐りにいくだけだ」と何度も言い聞かせながら一歩一歩前に向かって歩いた・・・。


坐禅会が始まった・・・。


一炷目が終わった時、僕はあることに気づいた。いつも自室で座っている時より、むしろ数倍集中していることに・・。


上手く説明できないが、確かに思考は湧いているのだが、その思考の内容を後から「何を考えていたっけ」と自分に問うても、全く思い出せないのだ。


思考は湧き続けているのだが、あまりそれに関心が向かない、というのか、まさに思考を眺めてるだけの状態が、ず〜っと続いていた・・・。


「師匠がいつも言ってることは、このことか・・・」とふと思った・・・。


僕は最近、坐禅中の思考に関してはこう思うようになった・・・。


よく観察していると、坐禅中の思考というものは、どかから湧いてくるのかというと、自分の無意識の中から、まるで表層に浮かび上がってくるかのように、湧いてくるのだ。


ということは、無意識の自我が、何らかの必要性があって、浮かび上がらせているような気がしてきたのだ。


であるなら、その思考を無理やり封じこめようとしたり、抑圧したりすべきではないのかも・・・。


必要性があって浮かび上ってくるものを、拒絶すべきではないだろう。その必要性とは、浄化であったり、メッセージであったりするのかも知れないのだから・・・。


最近読んだある本には「思考という対象と真正面に対峙し、それを封じ込めようとすると、ますます自我が肥大してしまう」という意味のようなことが書かれていたのを思い出した・・・。


続きます。

臨済録「赤肉団上編」



ちょっと時間が経ち過ぎた感があるが、先月のT和尚主催の坐禅会の備忘録を残しておこうと思ふ・・・。

7月27日(水)この日の参加者は13人ほど・・・・。いつものメンバーに、今回は初顔で西宮から来られた男性が一人参加されていた・・・・。

少しお話をしたが、何故西宮からわざわざ、T和尚の坐禅会に参加されたのかは不明だったが、僕はいつもこの「何故坐禅に興味を持ったか」という事が非常に気に成る・・・・。それは、自分自身が「何故坐禅を続けるのか」その明確な理由がいまだに分からないからである・・・。

最近では、その理由を知りたいがために坐っているという一面もないではない・・・・。むしろそれが分かった時こそ、実は悟りを開いた時なのかも知れない・・・とさえ思っている。

さて、真夏の酷暑の中での二炷の坐禅のアトのT和尚の提唱は、今回から「臨済録」であった・・・・。

正式名は「鎮州臨済慧照禅師語録」。分かり易く言えば、臨済宗の祖「臨済義玄禅師」の語録である。

今回は「臨済録」の中でも特に有名な「臨済赤肉団上の話」であった・・・・。

例の「さあ看よ!さあ看よ!」のやつである・・・・・。

臨済禅師がある日の提唱で「赤肉団上(しゃくにくだんじょう:人の肉体の意味)に一無位の真人(多分仏性の事)が出たり入ったりしている」と言うと、一人の僧が「その無位の真人とは何者ですか」と質問した・・・・。

臨済禅師はその僧の胸倉をつかんで「さあ言え!さあ言え!」と迫った。その僧は「疑義(一体何のことやと意味不明状態になった、とでもいう意味か?)した。そこで臨済禅師は「これでは無位の真人も糞かきべら(価値のない例え:別解釈では乾燥したウンコそのものとも・・・)同然であると言い残して居間に帰って行った・・・・。

臨済宗でよく使われる「無位の真人」とは、この臨済録から来ているのだと思うのだが、非常に分かり易い話しだと思う。

「すべての人の中に仏性があって、それが常に現実の生活の中で、気づかぬままに、影響を与え続けけている。あるいは、仏性そのものがあなたを生きている」という意味なのであろうが、この話が有名なのは人の肉体の事を「赤肉団上」と表現したことと、いくら「無位の真人」があっても、それが自覚できないのであればその仏性も糞かきべらに等しいと表現したことだろう・・・。

「人の体」と表現するよりも「赤肉団上」と言った方が、より生々しさが増し、そのアトの無位の真人が、色も形もない霊的なものであることをより一層強烈に印象づけているような気がする。

むしろ興味深かったのは、この語録の後日談で、臨済禅師の弟子の「定上座」という僧と、三人の客僧との話しである。客僧の二人は、その無位の真人の話しを聞いて感服したのだが、一人の若い僧が「何故、臨済禅師は非無位の真人と言わなかったのか」と質問したのだそうだ。

それを聞いた定上座は、その若い僧の胸倉をつかんで「無位の真人と非無位真人」との間のどんな違いがあるのか、言ってみろ、と迫ったのだそうだ・・・・。

自分なりにこの逸話を解釈するに、そもそも仏性を説明するのに言葉を持って説明するのは不可能(言葉にした途端、モノの本質から遠ざかるから)なはずなのに、あえて、それを承知で、臨済禅師は「無位の真人」という言葉で説明した。

それに対して、若い僧が「何故非無位の真人と表現しなかったのか」と質問したことで、その僧自身が実は分別智(言葉によって説明しようとした)に堕したことになるのではないかろうか・・・・・。

それで、定上座は、臨済禅師の真意から掛けなはれた質問をしたその若い僧に、腹を立てたのかも・・・・。

さて、臨済録とは公案の有名なテキストのひとつである・・・。

この「赤肉団上編」が修行僧に公案として与えられる時、どのような形になるのか、T和尚に質問してみた・・・。

この時、T和尚は「無位の真人とは何か、という公案になります」、と明確な返答をされたのである・・・・。

怖い気もするが、一度ぐらいは接心でこの公案にまともにぶつかってみたい、という気がしないでもない・・・。




「呼吸」をしているのは誰?


前回の暁天坐禅会の時、T和尚の法話で「釈迦の言葉」の中から「自己」についてお話をされたことは、先日の記事で紹介した・・・。

その時、T和尚は「釈迦は無我と言いましたが、無我とは、自分は無い、あるいは自分はいないという意味ではありません」という話をされたのであった・・・。

「自分はいない」は最近のスピ界では、O女史がしきりに言われている言葉で、阿部さんによって、随分有名になった言葉である。ただ「何も言ってないとの同じでは」という根強い反対意見も多く、実は僕もそう思っている一人である・・・・。

T和尚が言われたのは、それとは違う意味かも知れないが、T和尚は、切られた「自分の」爪や切られた「自分の」髪の毛が「自分のものかどうか」という話を引き合いに、そこから徐々に説き起こされたのであった・・・。

「そもそも、自分の体で自分の自由になるものがどれだけありますか?自分のものというなら、それは自分の自由意志でどうにでもなるものでしょう。心臓は自分の意志で止められますか?内臓諸器官は自分の自由意志で動かせますか?腕でさえ、間接とは逆方向には曲げられませんね」

では、「自分とは一体なんなんでしょう」・・・・。

「自分」というものの概念を問い直す、あるいは「これが自分です」と指し示せない「自分」とは何か・・・それを釈迦は「無我」と言い表したのです・・・という話をされたのであった・・・。

話しは飛ぶが、今朝の坐禅中にふと気づいた事があった・・・・。

以前、ある日の坐禅会で、T和尚は坐禅中に「呼吸に意識を載せなさい・・・。呼吸はあなたの意志とは関係なく、繰り返されます。呼吸を止めようと思っても、止められません。あなたに呼吸をさせているのは一体なんなのでしょう?」という意味の事を言われた・・・。

坐禅終了後、僕はT和尚に「あの言葉の意味がわかりません」と質問したのだが、その時、T和尚は明確にお答えにならかった・・・・。

そこから、僕の心の中に「俺に呼吸をさせているものは一体何?」という疑問が内臓の隅々にまで、沁み渡っていった・・・。

そして、今朝坐禅中にその事に気づいた・・・。

「それは命に他ならない」と・・・・。

つまり「自分に呼吸させているものは・・・命そのものなのではないか・・・」という事に思い至ったのであった。

東本願寺の有名なテーゼ「今 命が あなたを生きている(Now,Life is living you)」とは正にこの事であろう・・・・。

つまり、「命」が自分の中で、内臓諸器官を動かし、呼吸を繰り返し、生命維持活動を続けているのである。僕の意志とは無関係に・・・・。

この「命」は勿論「自我=シンキングマインド」の上位にあって(ある部分では重なりながら)、それは普遍的に宇宙と繋がっているのかも知れない・・・。

そこまでは、頭(理屈として)で分かる・・・。

では、その次に来る問いは必然的に「命とは何か」・・・・という事になる・・・。

それがひいては、T和尚が提唱された「指し示せない自分=無我」を問いただすことになるのだろうか・・・。

「自己とは何か」「無我とは何か」「命とは何か」それらの問いは、すべて一つのところで繋がっているのかも知れない・・・・。

今朝の坐禅中、僕はそんな事に気づいたのであった・・・・。でも、純粋に坐禅としては、全く思考に絡まれた最低の坐禅だったのかもな〜・・・。



My Dear Life


この記事は、先日FBに揚げたものであるが、このブログのテーマとも関連深い内容なので、載せておこうと思う・・・。

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ある朝、店で慌ただししく開店準備をしていたら、FMラジオから流れたのが・・・渡辺貞夫の「マイ ディア ライフ」だった。

思わず、僕はその場に立ち止まり、手を止めてその曲に、聞き入った・・・。

それは、あの時の事を思い出したからであった・・・・。

 

1990年代前後のある夏だったと思う。その頃は夏になると、まだ野外でのジャズフェスがけっこうあちこちで開催されていたのだ・・・。

広島県の中央部に「白竜湖」というダム湖があって、その当時、そのダムの公園広場では、毎年「白竜湖ジャズフェスティバル」というコンサートが開催されていた・・・。

その日のトリは「渡辺貞夫クインテット」だったと思うのだが、彼のステージはトリに相応しく誰もが予想した通り、盛り上がっていた・・・。

時刻にして夜の10時を過ぎていたと思うのだが、「カルフォルニアシャワー」だったかの曲を演奏し終えて、ナベサダは、今まで持っていたアルトを、ソプラノに持ち替えた・・・。

雰囲気的には、ちょっと慌てた雰囲気で、僕は何があったのか違和感を感じたほどだった・・・。そして、彼はバックのメンバーに指示を出し始めた・・・。勿論内容は聞こえなかったが、メンバーからも、いくつか質問が返されたようだった・・・。

そしてスタンバって、いよいよ曲を演奏し始めようとした時、彼は斜め上の空をちらっと見上げた・・・。僕は思わず、その彼の視線を追った・・・。

そこあったものは・・・・夜空に冴え渡る満月だった・・・。

その日は、夕方に夕立があって、澄んだ大気のダム湖からは、涼しい風が吹き渡っていた・・・・。

演奏が始まった・・・・。

渡辺貞夫は、演奏が始まっても、ず〜っとその月を見ていた・・・。つまり斜め上を観ながらソプラノを吹いていたのだ・・・。

僕はその時のシーンがしばらく忘れられなかった・・・。

あの時、ナベサダは、夜空に冴えわたる月を見て、何かを感じて、演奏予定の曲を変更し、ソプラノに持ち替えたのだ・・・。

実に無駄な力の抜けた演奏で、その夜空に響くソプラノの音は、のびやかに澄み渡り、心に沁みたのを、はっきり記憶している・・・。

ひょっとして、彼はその時、ジャズの神様に出会ったのではないか・・・と、僕は思ったのだが、それは考え過ぎというものだろう・・・。

しかし、その時まだ30台半ばだった僕には、それ以上の事はなにも分からなかったが、あの時のナベサダは多分60歳前だろう・・・。そして今、僕はその時の彼と同じ年代になった・・・。

その僕が今思うのは・・・。

彼があの時、白竜湖の夜空に浮かぶ月を眺めながら、マイディアライフを選曲したのは・・・彼のそれまでの人生に対する喜びと感謝・・・そして深い祈りだったのではないか、と思うのだ・・・。

成功は手に入れたが、苦悩の連続の中で、あがき苦しんだであろう人生の果てに訪れた、精神の安定と安息、そしてその人生に対する深い感謝と、その感謝を回向する祈り・・・。

それらの思いが、ふとあの時彼の中で「マイディアライフ」という曲になったのではないだろうか・・・。

極言するなら、あの時、まさに月を見て、彼は「悟り」を開いたのではないだろうか・・・。

そこまで思い至った時、僕は自嘲的に「まさか・・」と呟いて、開店準備を再開したのだった・・・。



T和尚主催暁天坐禅会ー法話編



先週の土曜日(7月9日)に行われた、T和尚坐禅会の法話偏である・・・。

坐禅二炷のアト、今回はT和尚の周りに集まって和尚のお話しを聞くスタイルではなく、各自の単に留まったまま、各自の自由な姿勢で、和尚の話しを聞くスタイルだった・・・・。

この日参加したお坊さんの一人は、最後まで正座を保ったまま、じっと話しを聞いていた・・・さすがである。

僕は、半跏趺坐に結手の姿勢が一番楽なので、その姿勢のまま、目を閉じて、和尚の法話に集中した・・・。

いつもなら筆記具を片手に、メモを取りながら話しを聞くのだが、今回はとにかく、聞くことだけに集中した・・・・。

この暁天坐禅会(午前7時開始)での法話は「釈迦の言葉」というテーマが、和尚から予め、知らされており、和尚はこんな話から始められたのであった・・・。

「ある法要の場で、そこにお手伝いに来ていた婦人から、こんな話をお聴きしたことがあります・・・。」

「どこの宗派のお坊さんも、うちの開山さん(宗祖)はこんな話を残されている・・・というお話を聞くのですが、お釈迦様はこんな話をされた、と言うのを聞いたことがない。お釈迦様は仏教の始祖なのに・・・・」

「言われてみればその通りで、釈迦は仏教の開祖であり、今の日本の仏教各宗派は、仏教である限り、お釈迦様と繋がっているはずです・・・。ところが、お釈迦様については、それ程語られることはない。であるならば、一度仏教の開祖であるお釈迦様のお言葉を、辿ってみるのも、あながち無駄ではないでしょう・・・」

そもそも中村元著の「ブッダの言葉」は、以前一度読んだことがあるのだが、さっぱり意味が分からなかった、という経緯もある・・・。それに輪をかけて、仏教文献学の素養もないので、「ブッダの言葉(スッタニパーダ)」と「ダンマパダ(法句教)」の関連性さえ何も分からないのだ・・・。

したがって、危うい記憶だけを頼りに、T和尚のお話しの内容を再現するのは、かなり無理があるのは承知している。よって、できれば、すべては僕の妄想上の架空の物語、という位置づけで読んでいただけると少し気が軽くなる・・・。

そうでないと、僕は内容について、まるで責任が持てないので、「架空の存在Tオショウ」という人の話を聞き書きしてるだけ、と思っていただきたいのだ・・・。

さて、今回のお話しは、多分「ダンマパダ(中村元著 ≪真理のことば 感興のことば≫ 岩波文庫)」の中の第十二章「自己」(32P)だと思われる。

「もしひとが自己を愛しいものと知るならば、自己をよく守れ。」
「先ず、自分を正しくととのえ、次いで他人を教えよ」
「自己は自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?自分をよくととのえたならば、得難き主を得る」

和尚が今回読まれたのは、この部分だったと記憶しているが、まさに「自分を正しくととのえよ」というのは、前回の坐禅会での和尚のお話しの中にあった「アートマン(真我)」の事ではないか・・・。

仏教の真髄である、「無我」に至るには、発菩提心(発心)=瞑想的自我の養成が必要なのではないか、と僕は書いたのだが、あの時和尚は「自己の確立」という言葉を用いられた・・・。

今回の法話で、釈迦の言葉として「自己」を取り上げられたのは、この発菩提心によって、「自己をととのえよ」という趣旨のお話しではなかったのか。

具体的実践としては「八正道」であり「調身 調息 調心」であろう・・・。つまり、「坐禅の実践によって、自己を正しくととのえよ」という趣旨の法話だったと思われる・・・・。

ちょっと長くなりそうなので、続きは次回の記事で・・・・。



T和尚主催第二回暁天坐禅会・・・そのイチ



今朝は、T和尚主催の第2回暁天坐禅会だった・・・・。

梅雨空の雨の中、電車から降りてお寺の玄関を開けたら、T和尚が玄関の拭き掃除をしておられた・・・。

本来なら、坐禅会の前に、作務のお手伝いをするのも坐禅修行の一環だと思うのだが、他の人の事もあるので、こういう事はなかなか言い出しがたいものがある・・・。

そう言えば、最近気になっていることがひとつあって、この1年間、T和尚のご厚意に甘えるばかりで、全くの無料で坐禅会に参加させてもらってきた・・・。毎回、お寺の門を潜ったすぐにある、地蔵堂にお賽銭をお布施するぐらいの事で、それ以外は、全くのタダである・・・。

今後、T和尚は月3回の坐禅会を行うと宣言して下さったのだが、せめてお茶などの経費相当分ぐらいの負担は必要なのかもしれない・・・・。これも他の参加者との事もあり、なかなか言い出しにくい案件ではある・・・。

さて、今回は月3回の坐禅会のうち、土曜日7時開始の暁天坐禅会であるが、参加者は9名で、うちお坊さんが2名・・・。一人は以前からの参加者で臨済宗大徳寺派の僧侶の「カンさん」で、もうヒト方は真言宗のお坊さんで「カトウさん」という僧侶の方だった・・・。

いつものように、経行を挟んで30分1炷の坐禅を2炷坐った・・・。

しとしと降り続く雨の音が、一層静寂感を増すような雰囲気の中、いつものように「思考」だらけの坐禅ではあったが、この坐禅会で坐ると、不思議と禅定感が深まる・・・。ぼ〜っとした感覚の中に漂っていると、ふと意識が「融解」していくような感じになる・・・・。

それがとても気持ちよいのだが、かと言って思考が全く消えているわけでもない・・・・。

「シンキング・マインド」とはよく言ったもので、「自我」は常に、あれやこれやと思考を引きずり出してくる・・・・。

「アップデートする仏教」の著者の一人、鎌倉一法庵の山下良道禅師は、ある対談の中で「自我(エゴ)は自分の利益すら求めない」と言い放っていた・・・。

未来の事を、勝手な妄想であれやこれやと心配し、不安を取り込み、過去の嫌な体験を思い出しては、追体験を繰り返すそれが、エゴの本性であり、時にそれが過激に暴走すると、苦しみを生み、生き難さを生じる・・・・。

不安や課題や後悔はエゴの大好物なのだ・・・・。

「我々のエゴというのは、もっとねじまがっています。我々のエゴは自分の利益すら求めません。エゴはそれ自体が、ネガティブなエネルギーでできているので、その存続のために、より多くのネガティブものを求めて行きます。

エゴは自分が幸せになることは望んでいません。もっと破滅的です。その実例は世の中に簡単にみつかりますよ。「自分が苦しくなることばかりして、この人わざと苦しんでるんじゃないの?」という例は、みなさまのまわりにいくらでもあるはずです。」

自身の体験からしても、将来について何も課題のない状況になると、却って不安になることがある・・・・。自我というものは常に不安や課題を抱えてないと、退屈するのかも知れない・・・。


あたかも自分から不安や課題を創りだして、ほっと安心する・・・という不思議な心理状態が、実際にあるものだ。


話しがそれたが、この日も僕の「瞑想的自我」は、何度も「思考から離れよう」と警告を発してくれ、その度にはっとして、呼吸に意識を戻したのであった・・・・。


坐禅会のT和尚の法話の内容については、別記事で更新します・・・・。



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