家族狩り
天童 荒太
こんなに読むのに時間かけたの初めてってくらいかかりました・・・・。(かなり中断して、別の本、読んじゃいました・・・)
一言で言ってしまえば、家庭崩壊をテーマにした長編物語なんですが、とても一言では終わらせられないほどに家庭愛を訴えかけられ、読み続けていくのが苦しくなるんです。すべての登場人物がそれぞれ家庭にさまざま問題を抱えながらも、他人の家庭問題に奔走しながら、自らも悩み苦しみ、解決に向けてお互いが支えあい、自己努力していきます。幼少期や思春期での家庭が子供にとってどれほど重要なものかを思い直されます。
最近の少年少女が引き起こす事件は、一見、普通の子が家庭や学校内での問題に悩み、共に苦しんでくれるパートナーがいないために抱え込んでしまい、それがある契機にそのストレスが爆発して犯罪を引き起こしてます。最初は、ほんの些細なことなんだと思います。その些細なことであるうちに除去できる環境作りがあるかないか、この差もほんの少しなんだと思います。
自分も思春期にいろいろ反抗してきました。みんな、親との確執に苦しんで成長してきたはずです。学校でいじめの被害者にも加害者にもなったことがあるでしょう。反抗からなぜか警察の世話になったこともあるでしょう。自分も、殺意が芽生えたことが無いとは言い切れないです。それぐらい悩んできたから、相手の気持ちに立った対処をとれるようになったんだと思います。
また、大人になった今でも、思春期の傷が元で両親とうまく話せない家庭も存在します。うまく関係を修復できてる家庭は、本当に幸せだと思います。

そういった思春期から熟年期までの家庭の、子供や親、教師、児童保護管理師など、それぞれからの視点での描写が非常にうまく描けている小説です。自らの家庭を振り返りながら読むことになるので、当然、時間がかかります。非常にヘビーな内容なので、ふと、読むのが嫌になったこともありました。しかし、一読する価値は、十分すぎるほどあります。
著者:天童 荒太
1960(昭和35)年、愛媛県生れ。’86年、「白の家族」で野性時代新人文学賞を受賞。映画の原作、脚本を手がけたのち、’93(平成5)年、『孤独の歌声』が日本推理サスペンス大賞優秀作となる。’96年、『家族狩り』で山本周五郎賞を受賞。2000年、『永遠の仔』で日本推理作家協会賞を受賞している
幻世の祈り―家族狩り〈第1部〉
高校教師・巣藤浚介は、恋人と家庭をつくることに強い抵抗を感じていた。馬見原光毅刑事は、ある母子との旅の終わりに、心の疼きを抱いた。児童心理に携わる氷崎游子は、虐待される女児に胸を痛めていた。女子高生による傷害事件が運命の出会いを生み、悲劇の奥底につづく長き階段が姿を現す。山本賞受賞作の構想をもとに、歳月をかけて書き下ろされた入魂の巨編が、いま幕を開ける
遭難者の夢―家族狩り〈第2部〉
あの日の光景をふり払おうと酒に溺れていた浚介は、さらなる痛みを味わう。游子は少女をめぐり、その父親と衝突する。亜衣は心の拠り所を失い、摂食障害から抜け出せずにいる。平穏な日々は既に終わりを告げていた。そして、麻生家の事件を捜査していた馬見原は、男がふたたび野に放たれたことを知る。自らの手で家庭を破壊した油井善博が―。過去と現在が火花を散らす第二部。
贈られた手―家族狩り〈第三部〉
ピエロ。浚介は、生徒たちからそう呼ばれていたのだという。ふたつの事件を経て、虚無に閉ざされていた彼の心に変化が訪れていた。ピエロ。馬見原は今そう見えるだろう。冬島母子を全身全霊で守っているにもかかわらず、妻や娘との関係は歪んだままだから。また一つ家族が失われ、哀しみの残響が世界を満たす。愛という言葉の持つさまざまな貌と、かすかに見える希望を描く、第三部。
巡礼者たち―家族狩り〈第4部〉
孤立無援で事件を追う馬見原は、四国に向かった。捜査のために休暇を取ったのだ。彼はそこで痛ましい事実に辿りつく。夫に同行した佐和子は、巡礼を続ける者の姿に心を大きく動かされていた。一方、東京では、玲子のことを心配する游子と、逃避行を続ける駒田の間に、新たな緊張が走っていた。さまざまな鎖から身を解き放ち、自らの手に人生を取り戻そうとする人びと。緊迫の第四部。
まだ遠い光―家族狩り〈第5部〉
浚介は游子の病室を訪れた。二つの心は、次第に寄り添ってゆく。山賀と大野は、哀しみを抱えた家の扉を叩く。ふたりの耳は、ただひとつの言葉を求めている。冬島母子をめぐり争い続けてきた、馬見原と油井。彼らの互いへの憎しみは、いま臨界点を迎えている―。悲劇によって結ばれた人びとは、奔流のなかで、自らの生に目覚めてゆく。永遠に語り継がれる傑作、第五部=完結篇。