やさいのいぶき〜有機農園 けのひの日常〜

脱サラ夫婦が神奈川県愛川町で新しく農業をはじめた日常を綴る。畑と食卓、畑と街、畑と社会を繋いでいきます。

二十四節気の大寒に入ったとたんの大雪。昼前から降り始め、結局夜の22時くらいまで降り続いて、積雪量は推定35僉しばらく人参もゴボウも掘れない状況。葉物やキャベツ、ブロッコリーの様子はまた明日、明るくなってから見に行くとします。

今日の作業中の話。

スタッフと袋詰めをしているときにふと「私たちは殺すのが仕事だよね」と言われてハッとした。言葉そのものが尖っていて強烈なのは間違いないが、農業ってそういえば命を奪ってばかりだ。草を取れば草は死に、虫をつぶせば虫が死に、野菜を収穫すれば野菜も死ぬ。そうやって命をいただいて人間は生きている。今まで何度もそういうことを考えてはいたけれど、「命をいただく」という言葉と「殺す」という言葉には本質的には同じであっても受ける印象には大きな隔たりがある。視点をずらせばその存在やその命を「活かす」という風にもなるのだろうし、意味もなく殺めているわけでもない。それでも原点に立ち返ると私たち農業者含め、林業や漁業など、一次産業の人たちはみんなそうやって命と向き合っている。そう考えるとなんだか身が引き締まる思いだし、社会の構造が俯瞰的に見え、自分たちの役割というのもクッキリとしてくる。

普段、農業って楽しいなぁ、クリエイティブだなぁ、いろいろ可能性があってワクワクするなぁって思うことが大半。だけどそれだけでこの仕事をしていると大事なことを見落としてしまいそう。来週から始まる種まきシーズンのスタート前に、改めて思い出せてよかった。

ちなみに冒頭のタイトルは修業時代に先生が最初に発した言葉。
「奪うだけではいかんのだよ。この意味がわかるかな?」

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ぼーっとしているうちに2週間が経ってしまいました。一年はたったの52週間。一年はあっという間なので、毎週毎週やりたいこと、やるべきことをしっかりやって、いい一年にしていきたいです。

ところで、最近野菜が高いですね。キャベツが498円とか、白菜が1/4で198円とか。小松菜もほうれん草も大根も軒並み高くてちょっと手がでない。メディアでもそれをネタに大騒ぎするので、そこいら辺の井戸端会議やら世間話でも「野菜が高いですね〜」って言われています。

そんな話を受けるとき、いくつかの論点というか話手の主張が含まれている気がします。「野菜が高いからこんなとき農家は儲かっていいですね」とか、「あなたたちが値を上げてるんでしょう」っていう暗黙の圧迫は論外なのですが、「家計を圧迫して困る」というのは聞いていて、はたと考えることがあります。本当にそうですか?と。

総務省統計局というところが、『家計調査報告』というものをだしていて、月ごとの支出の分析をしているのですが、生鮮野菜の支出は5000円台で推移しているようです。だいたい私たちの野菜セットを考えてみても、隔週で2700円(送料込み)でだいたい月に5400円くらい。3000円のセットを組んでいるときは食べきれないという人が続出したため、現在はこれくらいに抑えているという経緯があることを考えてみても、野菜に対しての支出というのはやはりだいたいこれくらいが妥当な線なんだと思います。
それが例えば高騰して2倍とかになっていると言います。全部が全部2倍というわけでもないので、月額にして最大で5000円くらい上がるということになるのかもしれません。
確かに高い!かもしれないけど、これって本当に家計を圧迫しているって言えるんでしょうか。

この『家計調査報告』によると、肉はだいたい7000円台、魚は6000円台で推移しています。それにお菓子類はだいたい生鮮野菜と同じ額で5000円程度消費しています。前年比200%とか言われるとすごい大きな数字に見えますが、結局100円の小松菜が200円になっても差額はたったの100円。近頃のi-phoneとかが2年に一回くらい買い替えなくてはいけなくて、その都度何万円も支払わなくてはならないことを考えると家計の圧迫を野菜のせいにしているのはちょっと短絡的なのではないかと考えてしまいます。飲み会1回で3000〜5000円くらい支払いますが、だいたいそれくらいが今の野菜の上乗せ分と考えてもいいと思います。

天候によって価格が乱高下して、目に見えやすいから目の敵にされている気がしますが、メディアが騒いでいるほど大し話ではありません。大丈夫です。

ちなみに、今回の野菜の高騰は10月の長雨と日照不足で種まきができなかったり、生育不良だったりと、水に浸かって腐ったり、12月が例年より寒くて生育が鈍ったのが原因だと思います。10月の台風ではみんなさんざんネギを折られたので、それもネギ不足につながっている気がします。
とはいえ野菜は2〜3か月で育つものがほとんどなので、2月半ばになれば葉物野菜もわんさかでてくると思います。大根は3月頃。4月になれば春野菜もいっぱい。高いのなんて今だけだから、年間通してみれば野菜の支出が200%になるなんてことはなく、単純計算でせいぜい7%増。

とはいえ高く感じるのはしょうがないので、今だけどうにかしのぎましょう。

DSC_0936
【お知らせ】
年末特別便追加予約受付ます
けのひのやさいセットをご利用いただいているお客さんたちに毎年末ご用意する「年末特別便」というものがあります。
八つ頭、赤カブ、さつまいも、にんじん、小松菜などなど
年末年始に使いたい野菜を10品目程度詰めたセットです。
今年はお届けできるセットにあと10セットほど余裕がありますので、ご希望される方は12月23日(土)までにメールtokyo-no-min@live.jpまたはFacebookのメッセージでご連絡ください。ご自宅用以外にも、帰省先やお友達へのギフトとしても承ります。
DSC_0938
・着日   1228日(木)
・価格   送料、消費税込み3500

お送り先郵便番号、お送り先住所、宛名、電話番号、受け取り希望時間を添えてお申込みください。
送られてきた野菜を使って、お雑煮やおせちの数品つくってみてはいかがでしょうか?ゆく年くる年をおいしく、楽しく過ごせますように。


朝、家の外に出てみると、いつもより空気がキンと冷え切っていた。畑に行ってみると秋ジャガはすっかり枯れて、ブロッコリーは凍っていた。どうやら初霜が降りたようで、しかも初回から強烈だったみたいだ。昨日までは日中暖かだったので油断していたが、ついにやってきた。すでに暦の上では立冬は過ぎていたけれど、これで名実ともにというか、冬が始まった気がする。


今年の秋は10月に雨が降りすぎて、全体的に生育が遅かったり、停滞しているものが多かった。そのせいもあるのか地域では虫の発生が例年より多く、被害が出ている畑を散見した。台風も2つも直撃した。
ようやく天候が安定したのは11月に入ってからで、さぁ、収穫の秋!というくらい野菜がそろってきたのもここ一週間くらいのことだった。そして冬のはじまり。体感的には12月10日くらいの寒さというか、空気感で、ちょっと冬が早いなと感じる。秋がぐずぐずしていて、冬が早めにきちゃったなぁという感じ。


今年の秋はよくできたという農家さんはあんまり聞かない。みんなそれぞれに苦労していたみたい。
冬は秋の延長上のようなものなので、秋がダメだと冬もあまり期待できないけれど、そこは楽観的に行きたいですね。

畑作業や草刈り、収穫に出荷調整と追われまくりの日々を送っていると、袋詰めくらいなら手伝うよ、と母から電話がきたりします。助け船!と思いきや、なんだかんだ教えるのも逆に大変なのであっさり断ります。袋詰めくらい。いかにも簡単そうですが。

袋詰め、パッキング、調整作業、荷造り、ところ変わればなんとやらで、農家さんによってその呼び名は様々ですが、ようは畑からとってきたものをキレイに整えて、袋に詰めて、出荷できる姿にするということをさしています。もちろん、袋にいれない野菜もありますし、農家さんによっては結束テープを使って丸めたり、新聞紙でくるんだりとその方法も様々です。しかしながら、実はこのたかが袋詰め作業というのを失敗すると、今までやってきたことが全て台無しになってしまいます。

土づくりをして、施肥設計をして肥料を撒き、種を播いて、防虫して、草をとり、剪定したり誘引したりして、収穫して、ようやく袋詰めに至ります。そんなわけでこの袋詰めというのは農家さんたちの思いや個性、感性が表現される最後の重要な工程なのです。

なんか、大きさも形も不ぞろいだし、汚いし、まずそうだね。

そう思われたら店頭で手にとってもらえませんし、やさいセットのお客さんもとてもがっかりしてテンションが下がってしまいます。一番思いを込めるべき作業、それが袋詰め、というわけです。

では時間をかけて、丹精を込めて仕上げていけばいいかといえば、そういうわけでもなく、速さ、正確さ、丁寧さが重要になります。なんせ1つを完璧に仕上げればいいというわけではなく、鮮度のあるものを決められた時間内で過不足なく仕上げていけなければなりません。そしてその日の天候や旬の移ろいもあって、野菜の状態も毎日違います。それを仕上げきるクロージング力も要求されるのです。

三鷹の森ジブリ美術館に「アニメーターに必要なものは、理解と表現と作業能力(スピード)」そして「愛情」と掲げられていますが、野菜を送り出す私たちにもそっくりそのまま当てはまることだと思います。

とはいえ、おそらく袋詰めが軽視されがちな理由はその呼称のせいで、例えば「最終最高重要作業」と名付ければ安易にうちの母も「最終最高重要作業を手伝おうか?」なんて言ってこないんだろう。そんなことをぼんやりと考えていた雨の一日でした。


8月も終わってしまいました。今年も残すところあと4か月ですが、あっという間に忘年会のシーズンがやってきて、一年も終わるんだと思います。最近はなんだか一年がとても短く感じます。歳のせいだと人は言うけれど、一年なんてたったの365日しかないんですものあっという間です。

このブログでは何度か書いてきたかもしれませんが、会社を辞めて成田で有機農業研修を始めてから今日まで9年間、ずっと日誌を書いています。研修当初は人の名前から作業のこと、野菜のことまで覚えることだらけで、それこそ一日A4ノート2ページ分はギッチリ書いていたのですが、だんだんと省力化やデータ化も進み、今ではA4ノート2行に濃縮しています。その分、畑作業のことは別に作業日誌ファイルをつけています。ここ数年は毎月ごとに休んだ日数も確認してまとめているですが、この8月は半休4回で、のべ2日でした。子どもたちともっと遊びたかったな〜。そして、ふと気になって今年のこれまでの休みの日数を数えてみました。

1月 19日
2月 2.5日
3月 6日
4月 2.5日
5月 2日
6月 4日
7月 1.5日
8月 2日
計 39.5日

この8か月、平均すると約5日となりました。もっと休んでるような気がするのは、ほとんど全部半日休の積み重ねだからでしょうか。1月はお正月があったり、駅伝大会があったり、遠出したりしたので本当に派手に休みました。よく、「何月なら休みとれるの?」って聞かれるのですが、この傾向を見ると1月と3月ということになるでしょうか。2月も以外と忙しいみたいです。フランスとイタリアで出会った農家たちは「夏に休みなんてとれないよ 笑」って口をそろえて言ってました。ここは日本なので、彼らとは関係ないのかもしれませんが自分はこの2か月で3.5日も休んだので、まぁよしとします。夏ですから。

農家は基本的に自由ですが、自由というのは意思決定の多さだとも思っているので、イメージとは裏腹に結構時間的なゆとりは少ないようにも思います。もっとゆとりをもって、畑だけに振り回されず、家族やプラスアルファの活動に時間を割くことが目標です。

尊敬する農家さんが「遊びと仕事のはざまで生きていく」って言っていましたが、とてもシンパシーを覚えます。畑といっても、タイトな部分とのんべんだらりな部分とあるのです。そしてフィールドをとっても畑と街とあります。改めて俯瞰すると、つくづくおもしろい職業だなと思います。

先日、たくさんの方にお集まりいただいて、ヒマワリの種の収穫を行いました。連日雨が降る中、その日だけはピンポイントで晴れ渡り、久しぶりの真夏の日差しにうろたえるほどでした。大勢での作業の甲斐もあって、10~18時くらいまでやって、全体の2/3くらいまで終わらせることができました。ここまでいけば大方決着はついたもの、だったのですが、それからの一週間、まったく太陽が出てきませんでした。それどころか連日雨が降り続け、天日で乾かすことはおろか、外に出すことすらできませんでした。もともと湿っているヒマワリの種ですが、そんな状況だったので発酵して熱を帯び始め、部分的に発芽してきてしまいました。もう何年もやってますが、こんなのは初めてです。工業扇を回し続けること数日、それでもまだまだ乾きません。果たしてものになるのかどうか。

最近の話題はもっぱら天気のことになってしまうのですが、この夏の長雨は今現在の夏野菜の収穫量の落ち込みだけでなく、秋冬野菜の仕込みにまで影響を及ぼしています。苗は仕上がっているのに畑がぬかっていては入れないために植え付けができない。なんとか乾いたので畝立てをしても夕方にはまた豪雨。一向に進みません。それでも苗はどんどん大きくなっていく…。

今週、地元の農家が集まって夏のお疲れ様会をする予定なのですが、この夏の不完全燃焼感をどこにもっていけばよいのか、肉なんて焼いている場合なのかと、心がザワッとしてきます。もともと真夏といえばこう、晩夏の仕事はこれで、初秋はこんな感じ、という風にだいたい季節によってやることが決まっている職業なのに、カレンダーと季節が一致していないような一か月を過ごしてきて、頭と心が若干パニックになっているような、そんな気がします。なんだか自分はいったい今どこにいるのだろうか、といったようなちょっとした迷子状態なのかも。

そうはいってもまた明日はすぐにやってきます。とりあえず半日ごとに天気予報がコロコロ変わるのはお見通しなので、それになるべく振り回されないように、平静をよそおって、いつもどおりに明日の準備、段取りを決めなくては。明日の天気は、まぁなんでもいいか。

地温の確保や防草、泥はね防止など、様々な効果のあるマルチ。透明、銀ネズ、黒、白、緑、紫など色によってその効果も様々で、季節や野菜の種類によって使い分ける必要があります。大まかにいって、寒くて地温を確保したい時期は透明、草の多い時期は防草効果の高い黒、真夏は地温を下げる白など。

だいたい真夏にかかる時期は暑くなりすぎて、太陽光をよく吸収する黒だと根が焼けてしまうので、日差しを跳ね返す白にするのが最近のセオリーともいえるのですが、今年はちょっとそうとも言えない感じです。

今収穫中のお盆キュウリは試しに黒と白を半々で使用しました。平年だと黒だと暑すぎてへたり、白が快適に伸びていくのですが、今年は梅雨が明けてから雨ばかり。日照も足りないので当然地温も上がりません。野菜って気温も大事だけど、根にとって快適な環境を維持するためにも地温というのがもっと大事なのです。そのため今年は白の方は生育が遅く、黒が当たりとなりました。

黒があたりになる年なんてほとんどないのですが、黒にしたナスは生育良好、白にしたピーマンは伸び悩んでいます。適度に夕立が降り、夏らしくガンガン晴れる、という正しい(!?)夏はもうこないのか、ここ数年はお盆以降は残暑もなく、秋になっています。今年も今日から先一週間は全部雨予報。現在畑にある作物も伸び悩むし、これから秋冬の作付けにも影響がでてきます。

マルチの色なんて悩むべくもないはずなのに、こうも気候が極端だと正解は毎年変わってきます。

なんだか在り方が定まらない南関東の夏です。

先日、ここ愛川町では雹(ひょう)が降り、これから盛りを迎える夏野菜たちに大きな傷跡を残していった。ゲリラ豪雨とはよく言ったもので、本当にゲリラ戦が行われた現場かのように、キュウリの葉は上から下まで穴だらけ、ぶら下がった実も半分から下がなかったり、本当に小さな実でさえも傷だらけになっていた。ナスも誘引紐が切られてなぎ倒されたり、やはり葉は上から下まで穴だらけ、成長点にある新芽はどれも折れて皮一枚残してぶら下がっていた。そしてミニトマトに至ってはまだ青い上の段の実まで打撲痕や裂傷を負っており、回復の余地は残されていなかった。
その後、一週間くらいはどの野菜もほとんど収穫できず、手入れに力を注いでいたのだけれど、その後ナスやオクラ、空心菜やツルムラサキなどの葉物野菜は回復傾向を見せてくれた。一方で、ミニトマトやキュウリはもう復活できない様子だった。幸いキュウリは別の畑にこの後のリレー収穫分を植えていたので、そちらが生育してくるのを待てばこれからまた収穫できそうで安心した。

今回まともに雹被害にあってみて、いつくるかわからないし、いざやってきてみても守る手立てはなく、なされるがままに見守るほかないという点で多少の対策ができる台風や大雪よりもタチが悪いということがわかった。しかも被害は割と狭い範囲に限定されるからもう運が悪かったと思うほかない。今回はピークの夏野菜の畑直撃だったので個人的には被害が大きかったのが残念だったけれど。

今回の被害で私自身、珍しく2~3日も落ち込んでしまったのだけれど、その間、修行時代に師匠が口酸っぱく言っていた言葉が鮮明によみがえってきた。

「農業は諦めが肝心」

「(台風などがくればなすすべもなく無になってしまう)夏野菜にはあまり手をかけすぎるな」

「身体をとるか、欲(お金)をとるか」

農業、とりわけ野菜農家にとって好都合なことは、季節のスパンが短く、すぐ次のステージがやってくることだ。今回の野菜が終わっても、9月になればまた次の野菜たちがスタンバイしている。10月、11月、年末とまたそれぞれ待っている野菜たちも違う。なので頭を切り替えやすい。

ということで、3日くらいクヨクヨして、自然とまた新たな日々が始まった。

ところが、8月に入った今日、今度は断続的に大雨に降られてしまった。そして人参をまいたばかりの畑も水没。どれだけキチンと作業してても、こういろいろあると無意味にすらなってしまうというのはわかってはいるけれど、種が流れた畑を見ていると、本当に無念だなぁと思ってしまう。

まぁそれでも、「あれがダメでもこれがある」、というように作付けしてるので、
大丈夫なものたちと共に次の季節に向かおうと思う。

そういえば、師匠はよく「農民魂(のうみんだましい」って言葉も使ってたっけ。







2017-01-21-00-11-17ブルターニュ地方のサンマロを後にし、向かったのはノルマンディ地方のサンローという街。友人の車で移動しながら流れていく風景はブルターニュとノルマンディではどことなく違っていた。途中モンサンミッシェルを経由していたため海岸線付近を通過していたというのもあるのかもしれないが、平坦で広大な小麦畑がどこまでも広がっている。また、ときおり通過する小さな村々も丁寧に暮らしている様子が見て取れて、地方ののんびりとした空気感を感じとれる。
夕刻に到着したのは次なる目的地、サンローのLa Barberieという場所。ここには、けのひがお世話になっている八王子のチクテベーカリーのオーナーブーランジェである北村さんに紹介していただきたどり着いた。
2017-01-21-00-18-39
ここでは兄のセルジュさんがブーランジェとしてパンを焼き、弟のフィリップさんがオーベルジュでシェフを、そしてマミーがフランスで言うところのシャンブルドット、つまり民宿を経営している。また、地域で農業を志すチボーという青年がその敷地内で農業をしており、その全てを総称したのがLa Barberieということらしい。
ラ・バーバリーに到着すると日本語が堪能なフィリップさんが出迎えてくれる。そしてまずはシードルを作っているカーブへと案内してくれた。ノルマンディ地方は先に寄ったブルターニュ地方と同じく、ブドウではなくリンゴが取れる産地のため、ワインではなくシードルを呑むのが一般的。このラ・バーバリーではオーベルジュで提供するシードルとカルバドスというお酒を自らで醸造していた。その後に豚や鶏、畑などを順に案内してくれる。そして最後に案内されたのが、同じ敷地内で農業を営むチボーだった。

2017-01-21-00-31-47チボーは29歳の青年で、数年前から他の土地で仲間と農業をしていたが、先週からようやく自分の土地での営農を始めたとのことだった。そのため2haの敷地にはこれといって作物は植わっていない。しかし彼のすごいところはないものは何でも自作してしまうところにあった。まず、自分の住む家を自分で建てた。そしてその隣にある作業小屋、育苗ハウスはもちろんのこと、自動開閉式の鶏小屋まで自作していた。これは日が昇ると扉が開き、日没と共に扉が閉まるという仕組みになっているため、独り農業で忙しい中、最低限の労力で鶏を飼うための工夫がなされている。水は雨水を適切な場所に排水することで鶏が飲むことができ、餌は余った野菜クズでまかなわれている。全くムダのない仕組みが出来ていた。この次は、道路沿いに直売所を建てるらしいがこれもやはり自作するという。先日サンマロで出会ったレジスさんもそうだが、ここのオーベルジュのフィリップさん、この農場のチボーといい、出会うフランス人はみな、ないものは自らでクリエイトするという志向の持ち主たちだった。思い返せばだいぶ前に日本在住のフランス人であるパトリス・ジュリアン氏が『生活はアート』という本を著していたが、彼が特別なのではなく、多くのフランス人がそういったマインドを持っているのではないかと思わされた。フィリップさんは言う、あるものしか使わない。買うなんてつまらないし、したくない。なければ作ればいいし、それもできなきゃ別にいらない、と。なんだか自分の感覚がわからなくなってくる。

特に見せるものもないからと、つい先日まで耕作していたもう一つの農場を案内してくれる。その後、出荷を始めた直売所やビオコープという大手ビオスーパーを案内してくれて再びオーベルジュに戻った。

オーベルジュでは他のお客さん、この日はフランス土壁協会の人たちが20人とチボーとその友人の農家、私たち家族とサンマロ在住の日本人の友人たちで共に宴を過ごすことになった。すでに大勢の人たちがアペリティフを楽しんでいるオーベルジュの食卓に入ると、フィリップさんがフランス語で、「今日は日本からオーガニックファーマーが遊びに来てくれました!」といったニュアンスのことをみんなに言う。すると、おぉというちょっとしたざわめきが起こる。そして「彼女は完璧な英語を話します。彼は完璧な日本語を話します。そして彼女は完璧なフランス語を話します」とユーモアたっぷりに祥子、私、友人を順に紹介してくれた。

アペリティフを楽しみながら、チボーと農業談義に花を咲かせる。そして食事が始まり、スープ、自家製の豚のローストへと続いていく。お供にはもちろん自家製のシードル。
宴も盛り上がってきたところで私は子供たちに声をかけた。「あれ、やるよ」。「ほんとにやるの!?」と子供たち。「今やらなかったらいつやるの?やらないで後悔しても仕方ないじゃない。やって一生の思い出を作るよ」と皆の前に促す。
オーベルジュの食卓の端にギターが一本立てかけてあった。確認すると音があってないのでチボーにチューナーを貸してと頼む。彼の家を見たときに、部屋の中にギターがあったのを見逃さなかったからだ。ギターの音を合わせて、準備が済んだ。

2017-01-21-05-41-31祥子が英語でみんなに語りかける。「hello ,everyone! tonight we sing a japanese song. if you know it, let's sing along together! 」
そして私たち家族が歌いだしたのは、フランスのシャンソンであるオーシャンゼリゼの日本語バージョン。最初、よくわからないといったような顔をしていた会場の人たちも、サビになると驚きと笑いが起きる。そして2番、3番と進んでいくにつれ、サビでは「オー、シャンゼリゼ〜」の大合唱。子供たちも緊張したと思うけど、一生懸命に歌い、たくさんの拍手をもらえた。クオリティの問題はあれど、とにかくやりきったことに充実感があった。
そんな風にして宴の夜は更けていった。

翌朝、フィリップさんとマミーと共に朝食をとる。そのときに特に気になっていたフィリップさんが長年取り組む、フランスの学校給食のオーガニック化について質問する。彼は料理人でありながらその道のプロであり、いかにして給食をオーガニック化するかのプロセスなどを指南してくれた。そのアドバイスは的確であり、私たちが考えていたよりもずっとテクニカルに進めていかなくてはならないことを気づかせてくれた。

la Barberieでの滞在はこれで終わり、サンロー駅までの車内でフィリップさんは自身の今までのことなども話してくれた。彼自身、若い時からこのサンローを飛び出し、世界中を旅しながらも日本で13年間暮らしたという。だから生き方に関してはとても柔軟な発想を持っている。そういえば昨晩の宴のとき、こんな話をしてくれた。
毎年こういう旅ができるといいね!と話すフィリップさんに、さすがにそれは難しいですと即答する私。するとそんなことはない、と確信に満ちた表情で返される。「農家は忙しい忙しいというが、それはやり方次第なんだ。旅に出ることも必要。例えば、世界の農家たちと農家エクスチェンジをすればいい。同じ時期に互いの家と畑を交換する。そして最低限の農作業をしながら、その国を旅する。そんな風にしたっていいんじゃない」と。どうだい、チボー?と話を振られた彼は「まじっすか!?」と戸惑いの表情を見せる。彼も情熱的な男だが、まだまだ若いようだ。

2017-01-21-17-52-03サンローの駅につき、フィリップさんと固く握手をする。そして「いつか、日本のあなたの家に行きます。タダでオーガニックの料理教室を開いたり、オーガニック給食についての講演会を開くから、畳1畳分貸してね」とはにかんでいた。フィリップさんは暮らしについて、人生についての考え方そのものがとても刺激的な大人物。そしてラ・バーバリーはそれを体現した一つの世界。そんな人や場所に旅の最後に出会えたことはとても幸運だった。

パリ行きの列車に乗り込み、この旅で出会った様々な人たちの顔を思い浮かべる。そして、車窓から流れるノルマンディの広大な風景を眺めながら、そういえば自分たちの畑はどんなになっちゃってるかな、と今まですっかり忘れていたことが頭をよぎりはじめたのだった。

↑このページのトップヘ