やさいのいぶき〜有機農園 けのひの日常〜

脱サラ夫婦が神奈川県愛川町で新しく農業をはじめた日常を綴る。畑と食卓、畑と街、畑と社会を繋いでいきます。

新型コロナウイルスの影響による休校措置から二週間が経過した。世の中では通勤を避けるためにテレワークを導入したり、仕事そのものを休んだりと様々な対策を講じている。我が家では小学校が休みで子どもたち二人が家にいるため、保育園児も休ませて三人とも家にいる状況にした。最初の一週間こそ学校ごっこということで、朝から時間割通りに読書をしたり、漢字練習をしたり、絵を書いたりして過ごしていたけれど、やはり二週目ともなるとみな飽きてきてストレスが溜まってきているように感じる。それでも庭や畑で放牧さながらに放っておくこともできるのでずっと部屋にいなくてはならないような子と比べたらずっと恵まれていると思う。

この二週間、子どもたちの顔が見えて三食一緒にご飯も食べられるような状況で過ごしてきたけれど、農業という仕事はつくづく生活に近い職業だなと感じる。普段から言っていることだけれど、生活と仕事の場がほぼ同じだし、必然的に生活と仕事の境界があいまいな部分も多々ある。そして大震災のときもそうだったけれど、こういう非常時は家族が近くにいるということが何よりも安心感につながる。オンとオフのメリハリがついていないといえばそうなのだけれど、生活するために仕事をしている一方で、仕事が生活そのものみたいな部分もまたこの仕事のよさの一つなのではと改めて感じている。そんなだから農家は儲からない、と揶揄されそうだけど、そんなだから農家は面白いと言えるし、そう言い切ってしまいたい。

朝から晩までマスクもしないで、家族が近くにいて、大地に近い暮らしをする。とりあえず農家であることで今はこんな暮らしをさせてもらっている。

IMG_6107有機農家だし、肥料くらい自分で作れるようにならないと、と思って去年から始めたぼかしづくり。今年もやってみました。

去年は2回作って、1回目は基本の米ぬかぼかし、2回目はいたずらにその辺にあるものを何でもぼかして肥料にしてみた。米ぬかは一次発酵が始まるとデンプンが糖に変わっていくために甘い香りが漂いはじめ、その後二次発酵でアミノ酸になっていく過程で醤油とか味噌みたいな香ばしい匂いに変わっていった。

意外と簡単にできたので2回目は米ぬかに菜種油粕とひまわり油粕と大豆かすとかカニガラとかモロモロをとにかく混ぜて肥料にしたのだけど、これが強烈だった。まず色が真っ黒。そして見たことないカビが発生してとにかくなにやら発酵している!という風になり、見るからにタダモノではない気配が漂っていた。

そして二次発酵まで終えて畑に散布。

するとその夜は発熱して寝込んだ。
もしやと思ったけど、回復してからまた散布するとその夜もまた発熱して寝込んだ。
3回撒いて3回とも発熱してしまった。

きっと見知らぬ微生物なのか、微生物の量が多すぎるのか、とにかく身体の免疫系が反応しているようだった。それくらい強烈な肥料だった。この肥料を使った作物はとてもよく育ったのだけど、もう正直撒きたくない…。

今回はおとなしいやつを仕込んでいます。
10日くらい経ってただいま45℃。甘い匂いが漂っています。

数年前に同じ神奈川県の三浦半島へ視察に行ったのだが、そのときにはたと目にとまる畑があった。

そこには大根とキャベツが交互にみっちりと植わっていた。この2種の野菜の収穫を時差で行うことで生育スペースを有効活用しているという。2つの作物を共生させて絶妙なタイミングで収穫をしてスペースを確保していくというのは簡単なようでそう単純にはいかない気がした。播種時期、品種選び、そして何より生育の揃い。一歩間違えると共生どころかお互いの生育に悪影響が出てしまうからその仕掛けは圧巻だった。ちなみにその時に見た大根とキャベツの畑は微妙にスペースの幅が違う場所があり、そこは大根を収穫した後にスイカと冬瓜を植え、キャベツが収穫される頃にそのスペースまで伸びてきて全体が埋まるんだそう。これらの作物で一年間を無駄なくカバーするという。まるで3Dパズルのようなこの組み合わせ、考えた人は凄い。

そして自分の畑。やはりスペースの有効活用にと似たように行っているのが紅菜苔などの早春収穫の菜花類と赤カブの組み合わせ。

秋のお彼岸頃に赤カブと紅菜苔を直に交互に播いていく。すると12月頃になると赤カブはいい大きさになり、それがとり終わる頃には紅菜苔が大きくなるという仕組み。三浦のパズルには足元にも及ばないけど、これがうちの定番の組み合わせの一つ。ちなみにお彼岸頃に播くというのがミソで、これより早いと当地では虫害が出てしまうので、防虫を全くしないという時期を狙うとするとやはり秋のお彼岸というのが一つの目安になると思われる。ちなみにもう一つ、この組み合わせはなぜかヒヨドリも見向きもしないため、鳥よけもしなくて大丈夫というおまけつき。

IMG_562711月中旬の様子。

右から赤カブ、紅菜苔、赤カブ、紅菜苔、赤カブ…

もはやパッと見てもどれがどれだかわからない








IMG_61012月初旬の様子。

赤カブがなくなって紅菜苔だけになった畑。

暖冬の影響もあって豊作。

たまたまということもあるかもしれないけれど、とりあえず2回目(2年目)の成功事例。

これは紅菜苔だけでなく、他の菜花、例えばのらぼう菜などにも応用可能。





年が明けて早々に行う仕事の一つに、踏み床温床づくりがある。枠の中に落ち葉と米ぬかを混ぜながら入れていき、水を含ませて発酵を促す。そしてその発酵の過程で発生した熱を利用して苗を育てる、というもの。毎年行い何度かこのブログにも書いてきたので詳しい作り方は今回は割愛。それを今年も例年通りに作ってみた。

例年通り、とはいっても実は去年作ったものはほとんど失敗と言っても過言ではないものだった。落ち葉に対して米ぬかの量が十分でなかったのか、温度があまり上がらず、ダンゴムシが大量発生し、病気まで出てしまった。キチンと温床を作ると60℃くらいまでは上がり大抵の菌は弱ってくるし、ダンゴムシの発生もなくなる。この反省を踏まえ、昨年より米ぬかの量を増やし、気持ち丁寧に踏み込んだ。

踏みこみから一週間が経った今日、温度計は35℃を指していた。若干の発酵臭もするし、感じとしてはいい具合に進んでいくように見えるけど果たしてどうなるか。

ところで、この原始的ともいえる踏み床温床になぜこだわるのか。電熱マットを引いて育苗すればたやすいのにあえてなぜか。声を大にしていうような大層な理由は実はない。ただ、その辺の山に落ちている落ち葉を集めて、米屋で廃棄する米ぬかを譲ってもらって、それで熱を発生させることができるというのがなんだか気持ちいいというか、おもしろいと思うのだ。そして数年経って落ち葉が分解されつくしたときに今度はその落ち葉が育苗用の土になり、最終的に畑の土となるというのが無駄がないというか、人為的で不自然な行為ではあるけれど、自然にとって無理がないのがなんとも心地よく感じる。

農業って人の命を支える仕事だ。地味でシンプルだけど、大昔からいつの時代であってもなくてはならないものだ。そう思っている。であるならば、それが持続可能でなくてどこに未来はあるのだろうか。最近はSDGsという単語を流行り言葉のようによく聞くけれど、事業がSustainableであることは資源の枯渇が視界に入り、気候変動を肌身で感じられるようになった昨今では必須のことだと思う。自分自身も見直さなければならないことがたくさんある。

しかし思えば、踏み床温床も含めて昔の人が行っていた技術って自然に負荷をかけず、持続可能なものばかりだからすごい。時計を前に戻すという意味ではないけれど、先人の知恵に学ぶところは大きい。

明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

さて、大変久しぶりの投稿になります。ここ数年は主にFacebookの方にいろいろな情報や畑の様子などを投稿していますが、今年はこちらの方にも少しずつ書き残していこうかなと思っています。Instagramはやっていませんが、FacebookやTwitterのようなSNSはどちらかというと情報の鮮度が速いというか、あっという間に消費されていってしまうように思います。自分自身、その時々の様子を投稿しても、何を投稿したのかすら忘れてしまうし、振り返って確認するための媒体としてはあまり向いていないなと思っています。そう考えると、SNSがファストメディアなら、こういったblogはスローメディアにあたるのかなとも思い、今年はそちらも重視していこうと思った次第です。

ところで、年も明けて例年ならグッと冷え込むところですが、今年はいつもと違って寒さはあるものの冷え込みが弱いです。ここ愛川町でも1月中旬ともなれば−5℃くらいまでは冷えるはずが、零下まで冷え込むことすらほとんどありません。おかげで野菜の生育は速いのですが、一方で普段なら越冬しないような虫まで畑にちらほら見られ、ブロッコリーなどには真冬にも関わらずアオムシが歩いています。冬は虫の心配がなかったのにこうなってくると冬でも虫の対策が必要になってきます。ちなみに我が家は築50〜60年くらいの古民家的な家のため、冬は非常に寒いのですが、今年は凍えるほど寒い、ということは今のところありません。これは暮らしやすく、ありがたいことなのですが…。

北海道では雪が記録的に少なく、オーストラリアでは記録的な乾燥に起因する大規模な森林火災が起きています。そしてうちの畑には真冬なのにアオムシが。比べるべくもありませんが、あちらこちらで気候変動の影響が出てきているようです。

有機農園けのひでは一緒に働く仲間を募集中です。神奈川県愛川町で年間約80種類の野菜を、農薬や化学肥料を使わずに育てている家族経営の小さな農園です。

畑での仕事は、暑い日も寒い日も雨の日も風の強い日もあり大変なこともありますが、春夏秋冬以上の季節のうつろいを日々感じることができます。また、元気に育った野菜はたくさんのご家庭で日々の食卓に上ったり、飲食店さんで様々に形を変えて楽しませてくれます。そんなお仕事です。

畑に立って、たくさんの日を浴び、風に吹かれ自然を感じて一緒に働きませんか?

〈仕事内容〉:野菜の収穫、袋詰め、畑での軽作業など(日替りで色々やります)

〈勤務日〉:平日 週2〜3日、半日程度
                       ※曜日・時間は応相談

〈募集人数〉:数名程度
                       ※未経験者歓迎です
☆詳細は面談のときにお話しましょう

季節ごとに色々な野菜のお土産もあります。
興味がある方はお問合せフォームからご連絡ください。
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先日、農家さんたちと話しをしているときに有機農業についての議論があった。
「有機でやっている人は虫だらけ」とか、「試しに農薬使わないでやったら虫くいがすごくて大変なことになった」、「有機は理想論で経営ではない」、「だから有機は根強い信者に支えられている」などなど。
こういうことは普段からそこかしこでいわれることだけれど、今までそんなに気にしたこともなく、スルーすることが多かった。でも今回、いろいろな方々との議論の中で、とても違和感を覚えた。彼らの話のニュアンスとして、40年前の、有機農業が興った頃の思想や生き方としての側面の強い有機農業が語られている気がしたからだ。

また、昔の有機農業のことではないにしろ、慣行農業をされている方や消費者にとって、「有機農業=無農薬・無化学肥料栽培」という認識があるようなのだけれど、これはある側面から言えばあっているとも言えるけれど、本質をついているわけではない。確かに、有機農業と慣行農業を比べるとき、わかりやすいのは肥料の違いや農薬の有無となる。しかし本当の意味で決定的に違うのは、その畑の土にある。有機農業、最近では自然農法や炭素循環農法などあるけれど、それらの農法も含めて、それらの畑の土には共通して微生物がたくさん棲んでいる。そして肥料や水持ちのよい構造になっている。生物的観点、化学的観点、物理的観点と専門的にはもっとさまざまなことになっているのだけど、そういった土の中で植物は根をしっかりと張ることができる。そしてその根のまわりにはさまざまな微生物が集まり、植物と共生をして互いに助け合いながら生きていく。豊かな生態系が根を健全に育て、健全な作物となり、結果として病害虫に強く、力強い生命力にあふれた野菜へと育っていく。

無農薬でもボロボロにならないのは作物自身の生命力が抵抗力を高めているからであり、化学肥料ではなく、有機肥料なのは炭水化物を効率よく身体づくりに回せるから。そういったサイクルを土中で実現するために土を育てていく、ということなのだ。

先に書いたように、ともすれば「有機農業=無農薬・無化学肥料」と語られがちだけれど、それは結果であって、そうするには過程があるということはあまり認識されていない。家庭菜園などでいきなり「無農薬・無化学肥料」でトライしたけれど、結局ダメだったという話は、上述したような過程が抜けているから当たり前なのだ。

とはいえ、有機農家がみんなこんな風に実現できているかといえば、そうではなく、とてもうまくやっている人もいれば、その途上にいる人もいる。もっと言えば、同じ農家でもそういう土になっている畑とまだその途上にある畑を両方耕作しているということも往々にしてあるということ。

全ては畑や自然が教えてくれる、というけれど、それがなかなか難しくて、奥が深い。
そしてそれらの技術を飛び越えて、40年前に有機農業を興した師匠たちの想いやヨーロッパ方面の有機農家が当たり前のように抱いている地球環境や生態系への考え方などはこの有機農業というものに厚みを持たせてくれていて、私たちにとって、人生をかけるに値すると強く思えるのだ。

しかし「有機農業は絶対にいいものだから、みんなやるべきだ!」とは思わない。それぞれの役割があるのも認識している。だから、あまり農法うんぬんで熱くなるより、これからの農地の問題とか、後継者の問題とかを語り合っていく方がいいと思うし、消費者の方もその役割というのを十分に認識してくれたらなと思う。

二十四節気の大寒に入ったとたんの大雪。昼前から降り始め、結局夜の22時くらいまで降り続いて、積雪量は推定35僉しばらく人参もゴボウも掘れない状況。葉物やキャベツ、ブロッコリーの様子はまた明日、明るくなってから見に行くとします。

今日の作業中の話。

スタッフと袋詰めをしているときにふと「私たちは殺すのが仕事だよね」と言われてハッとした。言葉そのものが尖っていて強烈なのは間違いないが、農業ってそういえば命を奪ってばかりだ。草を取れば草は死に、虫をつぶせば虫が死に、野菜を収穫すれば野菜も死ぬ。そうやって命をいただいて人間は生きている。今まで何度もそういうことを考えてはいたけれど、「命をいただく」という言葉と「殺す」という言葉には本質的には同じであっても受ける印象には大きな隔たりがある。視点をずらせばその存在やその命を「活かす」という風にもなるのだろうし、意味もなく殺めているわけでもない。それでも原点に立ち返ると私たち農業者含め、林業や漁業など、一次産業の人たちはみんなそうやって命と向き合っている。そう考えるとなんだか身が引き締まる思いだし、社会の構造が俯瞰的に見え、自分たちの役割というのもクッキリとしてくる。

普段、農業って楽しいなぁ、クリエイティブだなぁ、いろいろ可能性があってワクワクするなぁって思うことが大半。だけどそれだけでこの仕事をしていると大事なことを見落としてしまいそう。来週から始まる種まきシーズンのスタート前に、改めて思い出せてよかった。

ちなみに冒頭のタイトルは修業時代に先生が最初に発した言葉。
「奪うだけではいかんのだよ。この意味がわかるかな?」

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ぼーっとしているうちに2週間が経ってしまいました。一年はたったの52週間。一年はあっという間なので、毎週毎週やりたいこと、やるべきことをしっかりやって、いい一年にしていきたいです。

ところで、最近野菜が高いですね。キャベツが498円とか、白菜が1/4で198円とか。小松菜もほうれん草も大根も軒並み高くてちょっと手がでない。メディアでもそれをネタに大騒ぎするので、そこいら辺の井戸端会議やら世間話でも「野菜が高いですね〜」って言われています。

そんな話を受けるとき、いくつかの論点というか話手の主張が含まれている気がします。「野菜が高いからこんなとき農家は儲かっていいですね」とか、「あなたたちが値を上げてるんでしょう」っていう暗黙の圧迫は論外なのですが、「家計を圧迫して困る」というのは聞いていて、はたと考えることがあります。本当にそうですか?と。

総務省統計局というところが、『家計調査報告』というものをだしていて、月ごとの支出の分析をしているのですが、生鮮野菜の支出は5000円台で推移しているようです。だいたい私たちの野菜セットを考えてみても、隔週で2700円(送料込み)でだいたい月に5400円くらい。3000円のセットを組んでいるときは食べきれないという人が続出したため、現在はこれくらいに抑えているという経緯があることを考えてみても、野菜に対しての支出というのはやはりだいたいこれくらいが妥当な線なんだと思います。
それが例えば高騰して2倍とかになっていると言います。全部が全部2倍というわけでもないので、月額にして最大で5000円くらい上がるということになるのかもしれません。
確かに高い!かもしれないけど、これって本当に家計を圧迫しているって言えるんでしょうか。

この『家計調査報告』によると、肉はだいたい7000円台、魚は6000円台で推移しています。それにお菓子類はだいたい生鮮野菜と同じ額で5000円程度消費しています。前年比200%とか言われるとすごい大きな数字に見えますが、結局100円の小松菜が200円になっても差額はたったの100円。近頃のi-phoneとかが2年に一回くらい買い替えなくてはいけなくて、その都度何万円も支払わなくてはならないことを考えると家計の圧迫を野菜のせいにしているのはちょっと短絡的なのではないかと考えてしまいます。飲み会1回で3000〜5000円くらい支払いますが、だいたいそれくらいが今の野菜の上乗せ分と考えてもいいと思います。

天候によって価格が乱高下して、目に見えやすいから目の敵にされている気がしますが、メディアが騒いでいるほど大し話ではありません。大丈夫です。

ちなみに、今回の野菜の高騰は10月の長雨と日照不足で種まきができなかったり、生育不良だったりと、水に浸かって腐ったり、12月が例年より寒くて生育が鈍ったのが原因だと思います。10月の台風ではみんなさんざんネギを折られたので、それもネギ不足につながっている気がします。
とはいえ野菜は2〜3か月で育つものがほとんどなので、2月半ばになれば葉物野菜もわんさかでてくると思います。大根は3月頃。4月になれば春野菜もいっぱい。高いのなんて今だけだから、年間通してみれば野菜の支出が200%になるなんてことはなく、単純計算でせいぜい7%増。

とはいえ高く感じるのはしょうがないので、今だけどうにかしのぎましょう。

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【お知らせ】
年末特別便追加予約受付ます
けのひのやさいセットをご利用いただいているお客さんたちに毎年末ご用意する「年末特別便」というものがあります。
八つ頭、赤カブ、さつまいも、にんじん、小松菜などなど
年末年始に使いたい野菜を10品目程度詰めたセットです。
今年はお届けできるセットにあと10セットほど余裕がありますので、ご希望される方は12月23日(土)までにメールtokyo-no-min@live.jpまたはFacebookのメッセージでご連絡ください。ご自宅用以外にも、帰省先やお友達へのギフトとしても承ります。
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・着日   1228日(木)
・価格   送料、消費税込み3500

お送り先郵便番号、お送り先住所、宛名、電話番号、受け取り希望時間を添えてお申込みください。
送られてきた野菜を使って、お雑煮やおせちの数品つくってみてはいかがでしょうか?ゆく年くる年をおいしく、楽しく過ごせますように。


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