やさいのいぶき〜有機農園 けのひの日常〜

脱サラ夫婦が神奈川県愛川町で新しく農業をはじめた日常を綴る。畑と食卓、畑と街、畑と社会を繋いでいきます。

カテゴリ: 思うこと

先日、農家さんたちと話しをしているときに有機農業についての議論があった。
「有機でやっている人は虫だらけ」とか、「試しに農薬使わないでやったら虫くいがすごくて大変なことになった」、「有機は理想論で経営ではない」、「だから有機は根強い信者に支えられている」などなど。
こういうことは普段からそこかしこでいわれることだけれど、今までそんなに気にしたこともなく、スルーすることが多かった。でも今回、いろいろな方々との議論の中で、とても違和感を覚えた。彼らの話のニュアンスとして、40年前の、有機農業が興った頃の思想や生き方としての側面の強い有機農業が語られている気がしたからだ。

また、昔の有機農業のことではないにしろ、慣行農業をされている方や消費者にとって、「有機農業=無農薬・無化学肥料栽培」という認識があるようなのだけれど、これはある側面から言えばあっているとも言えるけれど、本質をついているわけではない。確かに、有機農業と慣行農業を比べるとき、わかりやすいのは肥料の違いや農薬の有無となる。しかし本当の意味で決定的に違うのは、その畑の土にある。有機農業、最近では自然農法や炭素循環農法などあるけれど、それらの農法も含めて、それらの畑の土には共通して微生物がたくさん棲んでいる。そして肥料や水持ちのよい構造になっている。生物的観点、化学的観点、物理的観点と専門的にはもっとさまざまなことになっているのだけど、そういった土の中で植物は根をしっかりと張ることができる。そしてその根のまわりにはさまざまな微生物が集まり、植物と共生をして互いに助け合いながら生きていく。豊かな生態系が根を健全に育て、健全な作物となり、結果として病害虫に強く、力強い生命力にあふれた野菜へと育っていく。

無農薬でもボロボロにならないのは作物自身の生命力が抵抗力を高めているからであり、化学肥料ではなく、有機肥料なのは炭水化物を効率よく身体づくりに回せるから。そういったサイクルを土中で実現するために土を育てていく、ということなのだ。

先に書いたように、ともすれば「有機農業=無農薬・無化学肥料」と語られがちだけれど、それは結果であって、そうするには過程があるということはあまり認識されていない。家庭菜園などでいきなり「無農薬・無化学肥料」でトライしたけれど、結局ダメだったという話は、上述したような過程が抜けているから当たり前なのだ。

とはいえ、有機農家がみんなこんな風に実現できているかといえば、そうではなく、とてもうまくやっている人もいれば、その途上にいる人もいる。もっと言えば、同じ農家でもそういう土になっている畑とまだその途上にある畑を両方耕作しているということも往々にしてあるということ。

全ては畑や自然が教えてくれる、というけれど、それがなかなか難しくて、奥が深い。
そしてそれらの技術を飛び越えて、40年前に有機農業を興した師匠たちの想いやヨーロッパ方面の有機農家が当たり前のように抱いている地球環境や生態系への考え方などはこの有機農業というものに厚みを持たせてくれていて、私たちにとって、人生をかけるに値すると強く思えるのだ。

しかし「有機農業は絶対にいいものだから、みんなやるべきだ!」とは思わない。それぞれの役割があるのも認識している。だから、あまり農法うんぬんで熱くなるより、これからの農地の問題とか、後継者の問題とかを語り合っていく方がいいと思うし、消費者の方もその役割というのを十分に認識してくれたらなと思う。

二十四節気の大寒に入ったとたんの大雪。昼前から降り始め、結局夜の22時くらいまで降り続いて、積雪量は推定35僉しばらく人参もゴボウも掘れない状況。葉物やキャベツ、ブロッコリーの様子はまた明日、明るくなってから見に行くとします。

今日の作業中の話。

スタッフと袋詰めをしているときにふと「私たちは殺すのが仕事だよね」と言われてハッとした。言葉そのものが尖っていて強烈なのは間違いないが、農業ってそういえば命を奪ってばかりだ。草を取れば草は死に、虫をつぶせば虫が死に、野菜を収穫すれば野菜も死ぬ。そうやって命をいただいて人間は生きている。今まで何度もそういうことを考えてはいたけれど、「命をいただく」という言葉と「殺す」という言葉には本質的には同じであっても受ける印象には大きな隔たりがある。視点をずらせばその存在やその命を「活かす」という風にもなるのだろうし、意味もなく殺めているわけでもない。それでも原点に立ち返ると私たち農業者含め、林業や漁業など、一次産業の人たちはみんなそうやって命と向き合っている。そう考えるとなんだか身が引き締まる思いだし、社会の構造が俯瞰的に見え、自分たちの役割というのもクッキリとしてくる。

普段、農業って楽しいなぁ、クリエイティブだなぁ、いろいろ可能性があってワクワクするなぁって思うことが大半。だけどそれだけでこの仕事をしていると大事なことを見落としてしまいそう。来週から始まる種まきシーズンのスタート前に、改めて思い出せてよかった。

ちなみに冒頭のタイトルは修業時代に先生が最初に発した言葉。
「奪うだけではいかんのだよ。この意味がわかるかな?」

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ぼーっとしているうちに2週間が経ってしまいました。一年はたったの52週間。一年はあっという間なので、毎週毎週やりたいこと、やるべきことをしっかりやって、いい一年にしていきたいです。

ところで、最近野菜が高いですね。キャベツが498円とか、白菜が1/4で198円とか。小松菜もほうれん草も大根も軒並み高くてちょっと手がでない。メディアでもそれをネタに大騒ぎするので、そこいら辺の井戸端会議やら世間話でも「野菜が高いですね〜」って言われています。

そんな話を受けるとき、いくつかの論点というか話手の主張が含まれている気がします。「野菜が高いからこんなとき農家は儲かっていいですね」とか、「あなたたちが値を上げてるんでしょう」っていう暗黙の圧迫は論外なのですが、「家計を圧迫して困る」というのは聞いていて、はたと考えることがあります。本当にそうですか?と。

総務省統計局というところが、『家計調査報告』というものをだしていて、月ごとの支出の分析をしているのですが、生鮮野菜の支出は5000円台で推移しているようです。だいたい私たちの野菜セットを考えてみても、隔週で2700円(送料込み)でだいたい月に5400円くらい。3000円のセットを組んでいるときは食べきれないという人が続出したため、現在はこれくらいに抑えているという経緯があることを考えてみても、野菜に対しての支出というのはやはりだいたいこれくらいが妥当な線なんだと思います。
それが例えば高騰して2倍とかになっていると言います。全部が全部2倍というわけでもないので、月額にして最大で5000円くらい上がるということになるのかもしれません。
確かに高い!かもしれないけど、これって本当に家計を圧迫しているって言えるんでしょうか。

この『家計調査報告』によると、肉はだいたい7000円台、魚は6000円台で推移しています。それにお菓子類はだいたい生鮮野菜と同じ額で5000円程度消費しています。前年比200%とか言われるとすごい大きな数字に見えますが、結局100円の小松菜が200円になっても差額はたったの100円。近頃のi-phoneとかが2年に一回くらい買い替えなくてはいけなくて、その都度何万円も支払わなくてはならないことを考えると家計の圧迫を野菜のせいにしているのはちょっと短絡的なのではないかと考えてしまいます。飲み会1回で3000〜5000円くらい支払いますが、だいたいそれくらいが今の野菜の上乗せ分と考えてもいいと思います。

天候によって価格が乱高下して、目に見えやすいから目の敵にされている気がしますが、メディアが騒いでいるほど大し話ではありません。大丈夫です。

ちなみに、今回の野菜の高騰は10月の長雨と日照不足で種まきができなかったり、生育不良だったりと、水に浸かって腐ったり、12月が例年より寒くて生育が鈍ったのが原因だと思います。10月の台風ではみんなさんざんネギを折られたので、それもネギ不足につながっている気がします。
とはいえ野菜は2〜3か月で育つものがほとんどなので、2月半ばになれば葉物野菜もわんさかでてくると思います。大根は3月頃。4月になれば春野菜もいっぱい。高いのなんて今だけだから、年間通してみれば野菜の支出が200%になるなんてことはなく、単純計算でせいぜい7%増。

とはいえ高く感じるのはしょうがないので、今だけどうにかしのぎましょう。

8月も終わってしまいました。今年も残すところあと4か月ですが、あっという間に忘年会のシーズンがやってきて、一年も終わるんだと思います。最近はなんだか一年がとても短く感じます。歳のせいだと人は言うけれど、一年なんてたったの365日しかないんですものあっという間です。

このブログでは何度か書いてきたかもしれませんが、会社を辞めて成田で有機農業研修を始めてから今日まで9年間、ずっと日誌を書いています。研修当初は人の名前から作業のこと、野菜のことまで覚えることだらけで、それこそ一日A4ノート2ページ分はギッチリ書いていたのですが、だんだんと省力化やデータ化も進み、今ではA4ノート2行に濃縮しています。その分、畑作業のことは別に作業日誌ファイルをつけています。ここ数年は毎月ごとに休んだ日数も確認してまとめているですが、この8月は半休4回で、のべ2日でした。子どもたちともっと遊びたかったな〜。そして、ふと気になって今年のこれまでの休みの日数を数えてみました。

1月 19日
2月 2.5日
3月 6日
4月 2.5日
5月 2日
6月 4日
7月 1.5日
8月 2日
計 39.5日

この8か月、平均すると約5日となりました。もっと休んでるような気がするのは、ほとんど全部半日休の積み重ねだからでしょうか。1月はお正月があったり、駅伝大会があったり、遠出したりしたので本当に派手に休みました。よく、「何月なら休みとれるの?」って聞かれるのですが、この傾向を見ると1月と3月ということになるでしょうか。2月も以外と忙しいみたいです。フランスとイタリアで出会った農家たちは「夏に休みなんてとれないよ 笑」って口をそろえて言ってました。ここは日本なので、彼らとは関係ないのかもしれませんが自分はこの2か月で3.5日も休んだので、まぁよしとします。夏ですから。

農家は基本的に自由ですが、自由というのは意思決定の多さだとも思っているので、イメージとは裏腹に結構時間的なゆとりは少ないようにも思います。もっとゆとりをもって、畑だけに振り回されず、家族やプラスアルファの活動に時間を割くことが目標です。

尊敬する農家さんが「遊びと仕事のはざまで生きていく」って言っていましたが、とてもシンパシーを覚えます。畑といっても、タイトな部分とのんべんだらりな部分とあるのです。そしてフィールドをとっても畑と街とあります。改めて俯瞰すると、つくづくおもしろい職業だなと思います。

先日、ここ愛川町では雹(ひょう)が降り、これから盛りを迎える夏野菜たちに大きな傷跡を残していった。ゲリラ豪雨とはよく言ったもので、本当にゲリラ戦が行われた現場かのように、キュウリの葉は上から下まで穴だらけ、ぶら下がった実も半分から下がなかったり、本当に小さな実でさえも傷だらけになっていた。ナスも誘引紐が切られてなぎ倒されたり、やはり葉は上から下まで穴だらけ、成長点にある新芽はどれも折れて皮一枚残してぶら下がっていた。そしてミニトマトに至ってはまだ青い上の段の実まで打撲痕や裂傷を負っており、回復の余地は残されていなかった。
その後、一週間くらいはどの野菜もほとんど収穫できず、手入れに力を注いでいたのだけれど、その後ナスやオクラ、空心菜やツルムラサキなどの葉物野菜は回復傾向を見せてくれた。一方で、ミニトマトやキュウリはもう復活できない様子だった。幸いキュウリは別の畑にこの後のリレー収穫分を植えていたので、そちらが生育してくるのを待てばこれからまた収穫できそうで安心した。

今回まともに雹被害にあってみて、いつくるかわからないし、いざやってきてみても守る手立てはなく、なされるがままに見守るほかないという点で多少の対策ができる台風や大雪よりもタチが悪いということがわかった。しかも被害は割と狭い範囲に限定されるからもう運が悪かったと思うほかない。今回はピークの夏野菜の畑直撃だったので個人的には被害が大きかったのが残念だったけれど。

今回の被害で私自身、珍しく2~3日も落ち込んでしまったのだけれど、その間、修行時代に師匠が口酸っぱく言っていた言葉が鮮明によみがえってきた。

「農業は諦めが肝心」

「(台風などがくればなすすべもなく無になってしまう)夏野菜にはあまり手をかけすぎるな」

「身体をとるか、欲(お金)をとるか」

農業、とりわけ野菜農家にとって好都合なことは、季節のスパンが短く、すぐ次のステージがやってくることだ。今回の野菜が終わっても、9月になればまた次の野菜たちがスタンバイしている。10月、11月、年末とまたそれぞれ待っている野菜たちも違う。なので頭を切り替えやすい。

ということで、3日くらいクヨクヨして、自然とまた新たな日々が始まった。

ところが、8月に入った今日、今度は断続的に大雨に降られてしまった。そして人参をまいたばかりの畑も水没。どれだけキチンと作業してても、こういろいろあると無意味にすらなってしまうというのはわかってはいるけれど、種が流れた畑を見ていると、本当に無念だなぁと思ってしまう。

まぁそれでも、「あれがダメでもこれがある」、というように作付けしてるので、
大丈夫なものたちと共に次の季節に向かおうと思う。

そういえば、師匠はよく「農民魂(のうみんだましい」って言葉も使ってたっけ。







2015-03-07-20-51-36人参を食べるときに頭だけちょん切って、そのまま水に漬けておいたら芽がでてきました。 これを見てると、ぼくらは生ゴミとかいうけれど、彼らは生きてたんだなぁとしみじみ思うのです。

毎日のように出荷できない野菜とか、傷んだ野菜とか、それなりに色々と廃棄してますがこういうの見るとなんだか申し訳ない気持ちが湧いてきます。生きてるもの捨ててたんだ、って。

あんまり考えない方がいいなと思いつつちょっと気になってしまった啓蟄の夜です。

遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます。

昨年は大晦日まで仕事をしていたため、燃え尽きたのか、うまく燃えきらなかったのか、新年はなんだかスローなスタートとなっています。

去年のうちに振り返ることができなかったので、いまさらですが2014年を思い返してみます。

去年は2月の大雪から始まり、3月末には八王子から愛川に拠点を移すという大転換がありました。
それから開墾からの畑づくり、愛川と八王子の往復営農などなど、思い返してもなかなかハードな日々でした。
種をまいてもうまく育たないことも多々あって…。

一方で畑から街にでればたくさんの嬉しい出会いもありました。
八王子の河川敷で行われるピースなお祭り、「みんな違ってみんないい」、
八王子を盛り上げようとアーティストやデザイナーさんたちが主催した「AKITEN FARMART vol.1,2」、
関東三大十夜にも数えられる「大善寺お十夜」、
そしてそしてあひるの家での直売会。
どれもこれも楽しかった。

愛川町では農友クラブの一員として「にぎわいマルシェ」にも参加させていただきました。
そして「いなげや春日台店」さんでは有機農園けのひの産直コーナーを作っていただき、地元のみなさんにも食べていただく機会ができました。

街の中のイベントでのご縁は単発では終わらず、その後も色々な方たちと繋がれました。
そして新たに「チクテベーカリー」さん、「柿屋ベーグル」、「神田ワイン食堂パパン」さんとも一緒にお仕事させてもらえるようになり、このワクワクは形となって2015年へと続いていきます。

いつも通りとっても慌ただしかったけど、とても充実していたなぁとしみじみ思います。

食べ支えてくださったみなさま、応援してくださったみなさま、アドバイスをくださった先輩方、どうもありがとうございました!!たくさんの方々に支えられて営農できていることを実感しています。

そして今年、2015年は足元をしっかり固めた上で、いろいろなことに挑戦していきたいと思います。
(色々はまた改めて…)

今年も私たち有機農園けのひをどうぞよろしくお願いいたします!

このところ、朝晩冷えてきて虫害も少なくなるかなと思っていたが、ここにきて一気に虫害が増えた。防虫ネットに守られているはずの白菜やブロッコリー、カリフラワーの葉が虫に喰われてレース状になっている…。

そんな状況なのに昼間は特に虫らしきものが見当たらないので、夜になって畑に行ってみた。すると世にもおぞましい光景が。

ハスモンヨトウが一株につき20匹はついている。
そして葉をムシャムシャとむさぼっている。
みるみるうちに葉を食べていて、隣の株もその隣の株も同じような状況。まるで畑全体からムシャムシャと音が聞こえてきそうで、鳥肌がたった。焼石に水とわかってはいても手当たり次第に手で潰した。しかしもうああなってしまったブロッコリーや白菜は収穫にはいたらない。非常に悔しい結果となってしまった。

そして夜の畑の見まわりは大根の畑にも及ぶ。
まだそんなに被害がでていない畑でも、夜にいくとやっぱりハスモンヨトウが葉を食害している。
とりあえず大根は50m歩いて51匹を捕殺。
これで少しは溜飲が下がる思い。

日々殺生を繰り返しているが、思いを巡らせてみればきっと一次産業に従事する人たちはみなそうなのだろう。肉でも魚でも野菜でも森林でも、それらはみな命の現場だ。私たちの場合は虫に限らず、野菜そのものの命もいただいている。
ちょっと大げさだけど、私たち農家はみなさんを代表して殺生をしているんだろうなと、満天の寒空の下でふと思った。

2014-09-04-12-03-15いつもはお盆頃までに終わらせる葉物野菜用の太陽熱マルチ。

それが今年はモロモロに追われてようやく今日張り終えた。

いつもならすでに2〜3週間経過して、一発目の播種を始めているところ。

だいぶずれ込んでしまった。

新しい土地にきて、色々と慣れないために作業の効率が悪く、結果すべてが後手後手に回ってしまうという悪循環はいまだに続いているけれど、新しく導入した機械を使いこなせなくて時間のロスだけでなく、クオリティの低下というのもたくさんある。

そのうちの一つがこのマルチ張り。

八王子ではクボタの管理機・べジマスター(TA800)に藤木農機の平畝成形マルチャーをつけてマルチを張っている。
成田の研修先ではトラクター一体型のマルチャーを使用していたので、最初こそ慣れなかったが、三年使って手足のごとく使えるようになった。
しかし、導入には二の足を踏んだ。

私自身が感じるメリット・デメリットをまとめると…

【管理機型マルチャー】
新車価格30〜40万円程度

●メリット
・小回りが利くので枕を作らなくてよい
・ロータリー幅が狭いので通路を最小限の幅にすることができ、結果的に畑を効率よく使える
・展張が容易でかなりピシッと張れる
・マルチの裾を止めるのにトラクターの乗降がない

●デメリット
・作業中は後ろ向きに歩かなくてはならないので疲れる
・少しでも登り傾斜だとエンジンの力だけでは進めず、自らの力で引っ張らなくてはならない。これが結構疲れる
・自走スピードが遅いので、基本的に畑への移動は軽トラの荷台に載せて行う必要があるため、ロープワークが結構テマ
・マルチの幅を変えるのに、ロータリー幅、成形板など、細かな部品調整に毎回30分弱かかる
→これが一番のネック
・トラクターに比べて馬力が絶対的に小さいので、作業スピードで劣る

【トラクター一体型マルチャー】
新品価格10万円程度

●メリット
・馬力があるので作業スピードが速い
・移動がラク
・マルチの幅を変える際の調整がラク

●デメリット
・裾を止めるのにトラクターの乗降をしなくてはならない
・作業中は基本的に前を向いているのでマルチの張り具合を確認するのに後ろを見なくてはならない(常に視認できてないのでときどき外れているのに気付かない)
・通路の取り方がトラクターのロータリー幅に左右される。(うちの場合は150僖蹇璽織蝓爾覆里如95僖泪襯岨藩兒に最低でも60冂度の通路をとる必要がでてくる)
・トラクターの幅で作業するので、枕を二本程度作る必要がある

2014-09-04-15-15-37上記のメリット・デメリット及び価格を考えて、アグリテクノ矢崎のトラクター一体型のマルチャーを購入したのだが…。

なかなかうまくいかない。

これまでに何度も途中でくじけそうになってヨメに「管理機型のマルチャーが欲しい」と言ったが「もう買っちゃったんだからダメ」と即答されていた。

逃げ場がないので松本の同期仲間に電話して聞いたり、埼玉の機械屋さんにLINEで聞いたりと散々調整して、この日の終わり頃にようやく感動の一本が引けた。

とりあえず、トラクターのレバーで高さを頻繁に調整する、一番最初の出だしでマルチをある程度引っ張っておく、集中してまっすぐ走ることでなんとかよい仕上がりになった。

それにしても史上最高に遅い太陽熱マルチとなった。



sonoko

本日、6月12日は、「児童労働反対世界デー(World Day against Child Labour)」です。

SOY for CACAOプロジェクトの寄付先でもある、NPO法人ACEが紹介している詩を読んでみてください。
そして、地球の裏側の子どもたちのことを思ってみてください。
 動画(約2分) → http://acejapan.org/sonoko/

私たちは日本で、平和に暮らせているけれど、同じ時代にうまれても場所が違えば全然違う人生。
個人の努力でなんとかできる範囲ではない、大きなグローバル消費社会の中の理不尽さ、不公平さをどう是正していけばいいのかすらわからない。

悪気はなくても、何も考えずに世にあるものやサービスを消費していることで、自分自身がこの残酷ともいえる不公平な世界を助長しているかもしれないという事実を胸に置くこと。自分の身のまわりのちいさな出来事にばかり一喜一憂していないで、もっと重大な問題について自分なりに考え、行動していくこと。現代社会に生きている以上、それは避けて通ってはいけないことだと思っています。

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