
夕刻に到着したのは次なる目的地、サンローのLa Barberieという場所。ここには、けのひがお世話になっている八王子のチクテベーカリーのオーナーブーランジェである北村さんに紹介していただきたどり着いた。

ここでは兄のセルジュさんがブーランジェとしてパンを焼き、弟のフィリップさんがオーベルジュでシェフを、そしてマミーがフランスで言うところのシャンブルドット、つまり民宿を経営している。また、地域で農業を志すチボーという青年がその敷地内で農業をしており、その全てを総称したのがLa Barberieということらしい。
ラ・バーバリーに到着すると日本語が堪能なフィリップさんが出迎えてくれる。そしてまずはシードルを作っているカーブへと案内してくれた。ノルマンディ地方は先に寄ったブルターニュ地方と同じく、ブドウではなくリンゴが取れる産地のため、ワインではなくシードルを呑むのが一般的。このラ・バーバリーではオーベルジュで提供するシードルとカルバドスというお酒を自らで醸造していた。その後に豚や鶏、畑などを順に案内してくれる。そして最後に案内されたのが、同じ敷地内で農業を営むチボーだった。

特に見せるものもないからと、つい先日まで耕作していたもう一つの農場を案内してくれる。その後、出荷を始めた直売所やビオコープという大手ビオスーパーを案内してくれて再びオーベルジュに戻った。
オーベルジュでは他のお客さん、この日はフランス土壁協会の人たちが20人とチボーとその友人の農家、私たち家族とサンマロ在住の日本人の友人たちで共に宴を過ごすことになった。すでに大勢の人たちがアペリティフを楽しんでいるオーベルジュの食卓に入ると、フィリップさんがフランス語で、「今日は日本からオーガニックファーマーが遊びに来てくれました!」といったニュアンスのことをみんなに言う。すると、おぉというちょっとしたざわめきが起こる。そして「彼女は完璧な英語を話します。彼は完璧な日本語を話します。そして彼女は完璧なフランス語を話します」とユーモアたっぷりに祥子、私、友人を順に紹介してくれた。
アペリティフを楽しみながら、チボーと農業談義に花を咲かせる。そして食事が始まり、スープ、自家製の豚のローストへと続いていく。お供にはもちろん自家製のシードル。
宴も盛り上がってきたところで私は子供たちに声をかけた。「あれ、やるよ」。「ほんとにやるの!?」と子供たち。「今やらなかったらいつやるの?やらないで後悔しても仕方ないじゃない。やって一生の思い出を作るよ」と皆の前に促す。
オーベルジュの食卓の端にギターが一本立てかけてあった。確認すると音があってないのでチボーにチューナーを貸してと頼む。彼の家を見たときに、部屋の中にギターがあったのを見逃さなかったからだ。ギターの音を合わせて、準備が済んだ。

そして私たち家族が歌いだしたのは、フランスのシャンソンであるオーシャンゼリゼの日本語バージョン。最初、よくわからないといったような顔をしていた会場の人たちも、サビになると驚きと笑いが起きる。そして2番、3番と進んでいくにつれ、サビでは「オー、シャンゼリゼ〜」の大合唱。子供たちも緊張したと思うけど、一生懸命に歌い、たくさんの拍手をもらえた。クオリティの問題はあれど、とにかくやりきったことに充実感があった。
そんな風にして宴の夜は更けていった。
翌朝、フィリップさんとマミーと共に朝食をとる。そのときに特に気になっていたフィリップさんが長年取り組む、フランスの学校給食のオーガニック化について質問する。彼は料理人でありながらその道のプロであり、いかにして給食をオーガニック化するかのプロセスなどを指南してくれた。そのアドバイスは的確であり、私たちが考えていたよりもずっとテクニカルに進めていかなくてはならないことを気づかせてくれた。
la Barberieでの滞在はこれで終わり、サンロー駅までの車内でフィリップさんは自身の今までのことなども話してくれた。彼自身、若い時からこのサンローを飛び出し、世界中を旅しながらも日本で13年間暮らしたという。だから生き方に関してはとても柔軟な発想を持っている。そういえば昨晩の宴のとき、こんな話をしてくれた。
毎年こういう旅ができるといいね!と話すフィリップさんに、さすがにそれは難しいですと即答する私。するとそんなことはない、と確信に満ちた表情で返される。「農家は忙しい忙しいというが、それはやり方次第なんだ。旅に出ることも必要。例えば、世界の農家たちと農家エクスチェンジをすればいい。同じ時期に互いの家と畑を交換する。そして最低限の農作業をしながら、その国を旅する。そんな風にしたっていいんじゃない」と。どうだい、チボー?と話を振られた彼は「まじっすか!?」と戸惑いの表情を見せる。彼も情熱的な男だが、まだまだ若いようだ。

パリ行きの列車に乗り込み、この旅で出会った様々な人たちの顔を思い浮かべる。そして、車窓から流れるノルマンディの広大な風景を眺めながら、そういえば自分たちの畑はどんなになっちゃってるかな、と今まですっかり忘れていたことが頭をよぎりはじめたのだった。