やさいのいぶき〜有機農園 けのひの日常〜

脱サラ夫婦が神奈川県愛川町で新しく農業をはじめた日常を綴る。畑と食卓、畑と街、畑と社会を繋いでいきます。

カテゴリ: 現場の事情

畑作業や草刈り、収穫に出荷調整と追われまくりの日々を送っていると、袋詰めくらいなら手伝うよ、と母から電話がきたりします。助け船!と思いきや、なんだかんだ教えるのも逆に大変なのであっさり断ります。袋詰めくらい。いかにも簡単そうですが。

袋詰め、パッキング、調整作業、荷造り、ところ変わればなんとやらで、農家さんによってその呼び名は様々ですが、ようは畑からとってきたものをキレイに整えて、袋に詰めて、出荷できる姿にするということをさしています。もちろん、袋にいれない野菜もありますし、農家さんによっては結束テープを使って丸めたり、新聞紙でくるんだりとその方法も様々です。しかしながら、実はこのたかが袋詰め作業というのを失敗すると、今までやってきたことが全て台無しになってしまいます。

土づくりをして、施肥設計をして肥料を撒き、種を播いて、防虫して、草をとり、剪定したり誘引したりして、収穫して、ようやく袋詰めに至ります。そんなわけでこの袋詰めというのは農家さんたちの思いや個性、感性が表現される最後の重要な工程なのです。

なんか、大きさも形も不ぞろいだし、汚いし、まずそうだね。

そう思われたら店頭で手にとってもらえませんし、やさいセットのお客さんもとてもがっかりしてテンションが下がってしまいます。一番思いを込めるべき作業、それが袋詰め、というわけです。

では時間をかけて、丹精を込めて仕上げていけばいいかといえば、そういうわけでもなく、速さ、正確さ、丁寧さが重要になります。なんせ1つを完璧に仕上げればいいというわけではなく、鮮度のあるものを決められた時間内で過不足なく仕上げていけなければなりません。そしてその日の天候や旬の移ろいもあって、野菜の状態も毎日違います。それを仕上げきるクロージング力も要求されるのです。

三鷹の森ジブリ美術館に「アニメーターに必要なものは、理解と表現と作業能力(スピード)」そして「愛情」と掲げられていますが、野菜を送り出す私たちにもそっくりそのまま当てはまることだと思います。

とはいえ、おそらく袋詰めが軽視されがちな理由はその呼称のせいで、例えば「最終最高重要作業」と名付ければ安易にうちの母も「最終最高重要作業を手伝おうか?」なんて言ってこないんだろう。そんなことをぼんやりと考えていた雨の一日でした。


東京で農業を初めて3年目が終わろうとしています。

千葉県は成田で2年間修業をしてきたわけですが、成田周辺は畑も広く、大きな面積を作付けて人参やサツマイモや落花生などをダイナミックに作っていて、北海道は別にして、これが農業っていうもんなんだと感覚として身体で覚えてきたのでした。

ところが東京にきてみると、一枚の畑をドカンと耕作している人など本当に稀で、そのほとんどが1〜2反歩くらいの畑を何枚も耕作するというスタイルでした。それによってやはり千葉とは使う機械も違うし、畑のレイアウトも違うし、最初は結構戸惑いました。堆肥クサいって怒られたり。

でも、だんだんと東京にいることの良さ、面白さというのも身に染みてわかってきました。

東京のよさは、まず第一にお客さんが目の前にたくさんいるということ。スーパーや直売所、飲食店などがそこいら中にあります。そして人口も多いので消費量そのものが多い。また、お祭りやイベントなどでの直売もやりやすく、採りたてのものをすぐに地元の人たちに提供できるというのも面白さの一つでした。また、特に八王子は地元色(地元愛?)が強いようで、様々な取り組みをして街を盛り上げようという人たちにたくさん出会いました。その都度地元の農家の野菜ということで一緒になって楽しむことができました。また、東京産の野菜を東京に住む方々が大切にしてくれているという風にも感じました。

一年を通じて戦略的に作付けをし、自分自身で販売方法をいかようにも選ぶことができる、多様性があったように思います。そしてなにより畑と人の距離が近かったです。東京の農業はおもしろい!そういう東京の農家は少なくありません。

しかしながら、東京で新規就農するがゆえの問題もいくつかあります。

その一つが家です。

農業をするに当たり、家は生活の場であるだけではなく、畑から収穫してきたものを保管したり、調整・袋詰めをしたり出荷をしたり、はたまた数多くある農業資材や機械を保管するという機能も必要になってきます。そしてまた車を数台くらいは置けるスペースも必要です。昔ながらの農家さんはやはり広い敷地に母屋、作業小屋、倉庫などを擁したいわゆる農家住宅に住んでいます。家こそ新しいこともありますが、そこには代々引き継がれてきた農家としての歴史、貫禄すら感じます。

現在私たちはアパートに住み、車で5−10分のところにある畑に通い、その側にある作業小屋を生産組合から間借りしているという状況でなんとか営農しています。これはこれで非常にラッキーなシチュエーションです。

しかし基本的には東京で新規就農者すると、その機能を備えた家を見つけることが非常に困難となります。

リアルな話、朝起きて畑に行き、お昼ご飯に帰ってきて、また畑に行き、作業をしたり、収穫作業ならば倉庫に運ぶか作業小屋に運んで荷造りをして出荷をして…日が暮れてしまったならば夜ご飯を食べてまた荷造りして…と忙しいときはこんな感じになります。また、用事があれば仕事も休みますが、とはいえ農家に就業時間はないので例えばちょっとした収穫はしてから、苗の水やりをしてから、ちょっとトラクターで耕してからでかけるという風に合間合間で仕事をすることもよくあります。子どもの遠足から帰ってきてから収穫・配達などなど…。そうなってくるとどこからどこまでが仕事なのか明確な線引きをすることも難しく、生活と仕事が混然一体となってきます。

農家にとって、家というのはその生活と仕事の両面においての拠点となる場所です。もちろん今のように通っての農業も可能です。しかし、有機農園けのひとしてこれからやっていきたいこと、届けていきたいもの、伝えていきたいことを実現するにはちょっと窮屈になってきてしまいました。

東京で農業をやりたいけど、農家住宅も欲しい!
その可能性を探ってはきましたが、率直に言ってこれは贅沢なことだと思っています。
東京で庭の広い一軒家、一体いくらで、そしてどこに求めればいいのでしょう…。

東京で農業をすることのメリットとデメリット。
そして地方のメリットとデメリット。

これらを天秤にかけて自分たちのやりたい方向をしっかり見つめました。

「東京にいてお客さんもすぐ側にて、色々やれてその恩恵を受けているんだから住居は我慢しろ。それが嫌なら東京でなく、北総でもどこでも地方にいけばいい」。

東京で農業を始めるに当たりお世話になった人のその言葉は的を得ていると思います。

こうして、3年間いた八王子に別れを告げる覚悟を決めたのでした。

農家にとって、特に新規就農者にとって「家」というのはそれほど重要なファクターになると考えています。東京で新規就農という流れは出来てきていますが、畑さえあれば農業はできる、ということにはならないのです。
もし東京で新規就農を考えている方がいるならば、長い目でみてそれが自分のやりたい農業なのかを今一度考えてみた方がいいのかなと僭越ながらに思います。

もちろん、東京の農業は面白い。

それだけははっきり言い切れます。

今現在、私たち有機農園けのひは東京都八王子市で営農しているのですが、今後の長い農民人生を見据えてこの春、家と畑の移転をすることに決めました。

東京で行う農業の良さはこの三年間で身に染みてわかりましたが、東京であるが故の問題というか、農民生活をする上での悩みもよくわかってきました。端から見れば、それらは取るに足らないことと捉えられるかもしれないのですが、私たちが農業する意味、理由から考えると致命的とも言えるものでした。そして両者を比較検討し、時期を決めて移転した方がよいという結論に至ったのでした。

そして移転先に決めたのは神奈川県愛川町。私のふるさとです。
地理的に言えば八王子から20卞邁爾靴燭世韻任垢、駅がないせいか開発もされず、山と川に囲まれた風景が残っている素朴な町です。この町についてはまたおいおい触れていくことにして、新規就農を目指している方の参考までに、畑探しの行方を記しておきたいと思います。

まず、2012年6月に町の農業委員会で就農の相談をし、自分たちがどのように営農していきたいかを農業委員さんたちの前でプレゼンテーションしました。研修先である成田でやってきたこと、八王子で今やっていること、愛川でやりたいことなどなど。そこで農業委員さんたちから激励を受け、とりあえず就農に向けて頑張ってくださいということになりました。それからは農業委員会の担当者の方のもとに伺ったり、電話したりして農地の情報を確認しました。

そうこうしている中、2013年の初夏の頃、愛川ですでに就農している仲間から「空き農地があるけど興味ある?」という知らせが入り、地元の町会議員さんをとおして地主さんを紹介していただき、畑を貸していただくことになりました。2枚お借りして、一枚は荒地(7畝)、一枚は何も作っていないまでもキレイに耕うんしてある畑(4畝)でした。
それだけでは足りないからさらに農政課の担当の方にお願いをして空いている畑をピックアップしていただき(2013年12月)、農業委員会の担当者、農政課の担当者、そして私の三人で地主さんの元へ畑を貸していただけるようお願いに伺いました。これが2014年1月。4つの畑の地主さんは神奈川県内の様々な市町に住んでいる方で現在も細々とながら耕作されている方、事情があって全く手を付けていない方など様々でしたが、どの地主さんもみなさん快く貸して下さることになりました。

これで登記簿上はあわせて7枚で7反歩となりました。それぞれの事情がありながらも見ず知らずの私に大事な財産である土地を貸して下さるということは簡単な決断ではなかったと思います。それぞれの地主さんに感謝しています。

また、畑探しから交渉、手続きまで尽力してくださった愛川町農業委員会、農政課のご担当者の方々には業務を越えた熱意を感じました。感謝、という言葉では足りない恩を感じています。

愛川町の畑探しをまとめるとざっと上述のようになってしまいますが、多くの人の力を借りて初めて一歩が踏み出せるという現実に、改めて新規就農ってシンドイことなんだなぁと思いました。

まだ早いですが、今後は愛川町で魅力的な農業をしてたくさん仲間を増やしたいです。そして野菜や季節を届けたり、農民ライフを伝えたり、畑と街を繋ぐ活動を行っていきたいと考えています。

3月に入ったというのに雨ばかり。オリンピックも終わってしまい、早く帰れるときは割り切って映画なんぞを見ています。昨年は年間で6本しか見れなかったのに今年は2月から3月にかけて4本も見てしまいました。勤め人からみると相当に怠惰な感じですが、晴耕雨読の百姓(見習い)ということで許してください…。

さてさて、春目前のこの時期は、先月撒いておいた葉物(サラダ菜、レタス、サニーレタス、キャベツ)の定植や播種などが盛りだくさんで少ない晴れ間をみつけては猛烈に作業をしています。外に直接撒く大根、カブ、ちんげん菜、ほうれん草、小松菜はそれこそ2日間くらい晴れて畑が乾いた頃に行い、育苗ハウスの中で撒くナス、ピーマン、伏見甘長、トマト、セロリ、スイカなどは雨や畑が乾いていないときなどに行います。

この種まき、単純に種をまくという行為に変わりはないのですが、失敗すると、もうそこで一年が終了してしまうというほど重要な仕事のため、まずは芽を確実にださせ、丈夫な苗を作るということを念頭において作業します。
この一見単純な種まきですが、農家さんの数だけ方法論があるというくらい様々で、誰かに聞くたびに違う答えが返ってきます。例えば、トレーに撒くまではいいのですが、その後に乾燥防止用に濡れた新聞紙をベタがけし、芽が動いてきたらすぐにはずすという農家さんと、断熱シートを芽が1〜2?動くまでかぶせ続けろという農家さんがいたりします。また、温度調節の方法としてハウスを開ける、ハウス内のビニールトンネルを開ける、断熱シートをトンネルの上からかぶせる、かぶせない、トンネルのすそはぴったり塞ぐ、塞がない、などなど要は温度、光、水分の管理を作物が喜ぶようにするということだけなのですが、数十年来の経験者の話を聞くと逆によくわからなくなったりします。「普通、そうはやらねえなぁ」なんて見せるたびに言われてる感じです。

どれも間違いではない、だけど全部ミックスすると確実に失敗する。そんな危険性を感じながら情報の取捨選択をしているのですが、いまだイマイチ本質をつかみ切れておらず、どういうわけか苗が死んでしまったり、ヒョロヒョロの軟弱な苗になってしまったりと失敗を重ねています。

今夜は冷えるようなので断熱シートをかぶせましたが明日の朝どうなっているのやら…。毎日そんな風に、正しい行いを求めて試行錯誤しています。

ネギの墓場ネギ畑もそろそろ盛りを過ぎ、葱坊主が目立ちはじめました。もともとネギが大好きだし、研修参加初日の一番最初にやったことがネギの収穫だったため、ネギとのサヨナラはちょっと感慨深いものがあります。

さて、この坊主のたったネギ畑をどうするのかと思ったら300株くらいは翌年のために植え替えるのですが、それ以外の相当量(小型ダンプ1台分)は廃棄するとのこと。まだ食べれるのにという思いとは裏腹に、坊主のたったネギなど商品価値は全くありません。泣く泣くの大量廃棄。裏山はさながらネギの墓場のようになりました。

このネギに限らず、通常作物はトウが立ったら苦味がでるので商品価値を失います。出荷量よりもやや多めに作ることがほとんどのため、このような大量廃棄も特に変わった風景ではありません。

以前読んだ有機農業についての本に「間引き菜からとうがたつまで」食すことに有機の思想があるとありました。食べられるものと商品価値はイコールではないので一概には言えないのですが、この食べられるのに棄てられる野菜を見るとどうも心が痛んでしまいます。

カブの出荷が始まりました。土の上にひょっこり顔を出し、引っ張るとぷすっとまん丸アイボリーが抜け出てきます。畑で収穫待ちをしているカブは愛くるしく、とてもかわいいです。ところでカブにも色々な品種があるって知っていましたか。聖護院蕪、金町小蕪、天王寺蕪などというのではなく、スーパーで単に「カブ」として売っている一般的なカブの中にも色々な品種があるのです。例えば、研修先で作っているカブは「スワン」と「白鷹」という2種類。これらのカブは見た目には同じように見えるのですが、食べてみるとその違いがはっきりわかります。スワンはとても甘く、シンプルな食べ方、例えば浅漬けや塩茹でなどにすると甘みが引きたちます。一方で白鷹は甘みよりも辛みがまさり、炒めたりして食す方に向いているように思います。しかしこの2種類のカブ、出荷する段階においては同じカブとして流通に乗せています。袋詰めの段階においては複数種類のカブを混ぜることはないのですが、流通の過程で何軒もの生産者から「カブ」が集められ、店頭に並ぶ頃には複数品種が混合して並べられることになるといいます。つまり味が違う野菜が区別されずに同じものとして売られているらしいのです。

また、近所の農家さんに聞いた話によると、とうもろこしも品種によって旨さ、旬の時期、長さが異なるとのこと。ゴールドラッシュという品種は旨いが旬が短いため、旨さでは劣るが長い間安定して出荷できる品種を栽培していると教えてくれました。「おいしいものが一番だけど、適宜だせないとどんな旨いものも出荷できない」というお話が印象に残っています。結局その方は大好物のとうもろこし(ゴールドラッシュ)は自分用にだけ作っています。

この話はレタスもまたしかりです。シスコとオリンピアという別の品種の食べ比べを行ったのですが、シスコは肉に巻いたら旨いだろうなという歯ざわりと味だったのに対し、オリンピアはその甘みからサンドイッチに挟みたいと衝動的に思うほどの違いがありました。それでも両方「レタス」として売られます。

じゃがいもはきたあかり、メークイン、男爵など小売の時点でも区別され、消費者はその用途に合わせて選択できますが、その他の野菜は様々な問題があるのかあまり区別されていないように思います。将来宅配で皆様に野菜をお届けできるようになったらこういった品種の違いもお教えして、よりおいしく野菜を楽しんでいただけたら面白いかなと思っています。

↑このページのトップヘ