久しぶりにブログを読んでて本気で腹が立った。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/706ab37b90a9298056c88e3269435b91
この閉塞状況に対するもう一つの答は、選択の自由なんて幻想だと悟り、希望を捨てることかもしれない。この「東洋的な道」の先に何があるのかは、正直いってよくわからないが・・
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/6f12938eaad206d10b7629456f0a051e
「明日は今日よりよくなる」という希望を捨てる勇気をもち、足るを知れば、長期停滞も意外に住みよいかもしれない。幸か不幸か、若者はそれを学び始めているようにみえる。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/d03842c8b25388f0d9ab59112996acbd
すべての対立軸が溶解したいま必要なのは、ニーチェが説いたように、希望が存在しないという根源的不安に向き合うことかもしれない。
彼のような社会的影響力があり、しかもブログというツールを使って積極的に知を発信している人間の書くことじゃない。そもそも、若者(それが誰を指しているのかは知らないが)を馬鹿にしすぎだと思う。
彼のような悲観論を語る知識人(もはや死語か)が日本に溢れていることが、日本社会から希望が失われている元凶の一つではないかと思う。
私もデリダやニーチェなどの現代思想を一通り勉強したことがあり、彼の主張もその文脈で理解はできるし、思想的にそのような考え方があるということも元々知ってはいた。でもだからといって、彼のような影響力を持った人間がこのようなことを言うべきではないと思う。

悲観論はいつの時代も洗練して聞こえる。一方楽観論はどうしてもナイーブ/素朴に聞こえる。だけど私は彼のように悲観論に逃げず、楽観論を語り続けてみせる。なぜなら彼と違って、私の人生はあとおそらく50年以上残されている。その長い時間を彼の言うような「希望のない、選択の自由がない社会で生きる」ことなどまっぴらだ。彼のような学者がなんと言おうと、私は希望は捨てないし、「明日は今日よりもよくなる」ということを信じ続けてみせるし、身をもって証明してみせる。


まず、現在の日本社会の閉塞感の原因となっている固定化された既得権益について。私は池田氏が挙げている2つの選択肢のどちらにも与さない。
労働組合との連帯も、「戦争」による既得権益の打破も、現実的でもなければ本質的でもない。そんなことをしても問題の解決にはならない。
私は、既存の市場で既得権益に戦いを挑むようなことをするのではなく、新しいマーケットを作り出すことに賭ける。つまり、既存のパイを奪い合うのではなく、新たなフロンティアを切り開くことでパイを増大させる。

この戦略のポイントは2点ある。
1.フロンティアを切り開くことで経済のパイ自体を増大させ、”社会に必要とされている”既得権益層とは対決することなく、共存する。

2.時流を読み、遅かれ早かれ訪れるはずの経済的フロンティアを前倒しして早急に切り開くことで時代の流れを加速させる。その過程で社会にとって不要になった既得権益層には、彼らの寿命を待つことなく、早急に退場してもらう。つまり、既得権益層が椅子を明け渡すことをただ指を咥えて待つのではなく、資本主義/市場をより完全な形へと推し進め、そして市場原理を回すことによって椅子自体を自然消滅させる。


そしてこの「フロンティアを切り開く」ために必要なことはただ一つ。それはケインズの言うところの「アニマル・スピリット」だ。私はアメリカでそこそこ優秀な学生が集まるとされる大学に通ったが、日本に帰ってきて思ったことは、若者の頭の良さ自体は日米でそんなに大差がないということだ。前職の三菱商事の同期の中にも、非常に優秀な人間は何人もいた。
ただ、一つだけアメリカの若者にあって、日本の若者にないものがある。(厳密に言えば、そのような傾向がある) それこそが、未知なる不確実性の領域にリスクを取って挑戦していく精神、つまり、アニマル・スピリットだ。
ケインズが述べたように、資本主義というシステムの下で経済を発展させるためには、アニマル・スピリットとそれによって切り開かれるフロンティアが不可欠だ。それが欠けている日本社会の経済が停滞し、社会に閉塞感が漂っているのは至極当然だ。

そしてなぜ日本にアニマル・スピリットが欠けているのかというと、それは別に民族性だとか人種だとかのアプリオリな要因では全くない。ただ単に、日本社会における挑戦することへのインセンティブが弱いというだけだ。

挑戦の見返りとして富・名声・そして楽しさ(享楽だけではなく、意味を感じられる楽しさを含む)を獲得できるというアイディア/イメージが若者の間で共有されていないからこそ、挑戦へのインセンティブがなく、挑戦者が少ない。つまり、現状では挑戦することの費用が価値を上回っているという考えが共有されている。
挑戦の見返りとして、費用を超える価値(富・名声・楽しさ)が得られるというイメージを社会に広げるにはどうすればいいのか。それには、その3つの価値を体現しているロールモデルが必要となる。
アメリカではジョブズ、ゲイツ、ペイジ、ブリンなど、若者のロールモデルとなっている起業家が多数存在する。
日本には、若者にとってのロールモデルがいない。楽天の三木谷さんやサイバーエージェントの藤田さんなどの成功した起業家はいるが、彼らは正直自分にとっては一世代前(ITバブルの時代)の成功者にしか見えない。現在進行形でinnovativeなことをやっているようには見えない。そして堀江氏に至っては潰されてしまった。加えて、彼らは確かに企業家としてはすごいとは思うけれど、彼らのビジネスにはアップルやグーグルが持っているような強烈な哲学が感じられないため、「彼らのようになりたい!」とは思うことができない。

そんなロールモデル不在の状況でどうすればいいのか。
ロールモデルがいない→挑戦するインセンティブがない→挑戦者がいない→だからロールモデルがいつまで経っても生まれない、という負のスパイラルをどうやって断ち切ればいいのか。

ロールモデルがいないのなら、ロールモデルを自ら生み出せばいい。だからこそ私は自分なりのアニマル・スピリットを発揮して、三菱商事という安定した組織を飛び出し、マザーハウスという未知のビジネス領域で強固な哲学を持って事業を行っている会社に飛び込んだ。
この「途上国から世界に通用するブランドをつくる」というビジネスを経済的・社会的な意味両方で成功させることで、富・名声・楽しさの3つを全て実現し、ロールモデルとなりたい。

そうやってロールモデルが一度生まれさえすれば、社会には挑戦することへのインセンティブが生まれ、挑戦者は次第に増え、そのうち何人かは成功し、そうやってロールモデルが増え、また新たな挑戦者を創り出す・・・という正のスパイラルを回せるはず。その正のスパイラルさえ回れば、閉塞感を打破し、選択の自由を実現し、今よりは希望が持てる社会が実現できるはず。
そのことを、身をもって証明してみせる。
私以外にもそう考えている同世代はいるはず。

そうそう、最近このブログを通じて知り合って、昨日初めて会った彼なんかは正にそうだと思う。
http://babayuhei.blogspot.com/
(私立)中学中退、高校中退を経て、
早稲田大学政治経済学部政治学科7年

「教育再建」を20代のテーマとし、
早稲田の地で24時間を送っている。

道塾 代表(早稲田への道 主宰)
東京家学 アドバイザー
というプロフィールに惹かれ、一緒にビールを飲みにいった。
落ちこぼれから這い上がり、自分の原体験を反映した事業を既に二つ立ち上げて軌道に載せ、そしてその先には非常に大きな野望を見据えている。
私は日本社会でエリートと呼ばれるような層の同年代の知り合いは数多くいるが、彼のように明確な哲学を持ち、大きな理想と夢を自信を持って理路整然と語り、なおかつ実際に行動して結果を出しているような同年代には初めて会った。
彼のような同年代に出会えたことが本当に嬉しかった。いやぁ、今年で一番美味しいビールが飲めたね。意気投合して4時間以上ビール片手に語り合ったのだけれど、彼は近いうちに必ずメインストリームに出てくると思う。
希望・挑戦・ロールモデルというトピックでは、彼と私は非常に考えが似ている。彼も、まずは自分が挑戦者としてリスクを取り結果を残すことで、この社会に希望をつくろうとしている。


だから池田さん、悲観論という毒を放って若者の邪魔をすることは止めてください。もし何もできないのなら、黙って見ていてください。貴方の主張が間違っているということを、近いうちに実証的に証明してみせるので。
"Be the change you want to see in the world"
"まずは隗より始めよ。"