先日花見の季節とともにまた一つ年を重ね28歳になった。
28。若さを売りにするのは限界に来ている年だと思うし、とはいってもまだそこまでマチュアーなわけでもない。そんな微妙な年齢に差し掛かっている。チェ・ゲバラであれば革命を起こした年であるし、ドストエフスキーはシベリアに服役、ニーチェが一作目を発表した年でもある。

誕生日の前々日、夜桜をテーマにした屋外飲み会を友人たちを集めて行い誕生ケーキで祝ってもらった。その後は我が家に雪崩れ込み、30人近くの友人たちと飲んで騒いだ。
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そしてこの週末二日間は、将来実現したいこと、そして社会について友人たちと学生時代のように熱く語り合った。しかし学生時代との大きな違いは、それぞれが既に自分の考えをベースにしたアクションを起こしており、話に現実性があるということ。
単なる夢物語や妄想をナイーブに話しているのではなく、様々な試行錯誤と実行を繰り返した結果の「手触り感のある現実」について話している。そんな話を酒を片手に出来ることは本当に素晴らしく楽しい。
馬鹿騒ぎと真剣な話をナチュラルに行き来できることは、28を迎えてようやく肩の力が若干抜けたことの表れかもしれない。それはポジティブに考えたいと思う。


10年前、18歳の自分を思い出すと、こんな形でその10年後を迎えられるとは夢にも思っていなかった。
18歳の頃、福岡の片田舎の底辺高校を卒業した当時、少なくとも自分には何か自己信頼の根拠になるようなものは存在しなかったし、あったのは漠然とした将来への期待だけだった。
それから10年。まだチェ・ゲバラのような偉業は成し遂げられてはいないが、それでもなんとか自分自身の土台を作り、その上に少しずつ何かを積み上げていくことはできたと思っている。



今の仕事を始めて以来、「この次は、将来は何をしたいの?」とよく聞かれるようになった。
前の仕事のときはそれは自明すぎて質問する意味がなかったのだと思うが、最近はこの質問を毎回のように受ける。ある種新鮮だ。
個人的には、将来何をしたいかという明確な考えを持つことにそれほどの重要性を感じていない。
自分にとっては今何をしたいかが最も重要であり、その延長線上に新しい何かが自然と繋がってくるものだと思っている。そして社会も変わるし自分自身も変わる、よって世界は変わり続ける。
1年前は今のような仕事をするとは夢にも思っていなかった。おそらく2−3年後は今は想像も出来ていないエキサイティングな何かを見つけているのだと思う。
このような変化を前提とすると、明確な将来プランを持つことにあまり意義を感じない。

とはいっても、現在の自分の思考を整理する意味において、今の自分のベクトルとアプローチを再確認する意味において「将来何をやりたいのか」という問いに答えることはそれなりに意義があるのかもしれない。
年も一つ重ねたことだし、シンガポール行きの飛行機の中での隙間時間を使って、自分が将来達成したいこと、その中でどのような役割を担いたいのかという2点についての現時点での考えを整理してみようと思う。


達成したいことはシンプルで、世の中により多くの雇用を創り出したい。ただの雇用ではなく、そこで働くことが労働者とその家族・コミュニティの生活を様々な意味で向上させるような雇用を創りたい。

前職マザーハウスの生み出している最も素晴らしい価値はこの雇用だったと思っている。
それまでは家族を養う金がなく単身赴任を余議なくされて線路脇のスラムに住んでいたようなスタッフが、あの会社の工場で職を得たことで家族を呼び戻して一緒にちゃんとした家に住むことができた。今まで短期での転職を繰り返してきたスタッフが、あの工場の家族的な雰囲気を気に入り、居心地が良い、働いていて楽しいと長期間働くようになった。今までやりたかったが諦めていたデザインの仕事に初めて携われるようになった。夢だった海外に行くことができた。このようなケースを多々見てきた。
今携わっている案件でも、その案件がとある国で生んでいる雇用が移民の人々の受け皿になり、新天地での生活基盤つくりに対して、金銭面だけではなくコミュニティへの包括も通じて大きな助けになっていることを知った。

雇用の素晴らしい点は主に二つある。
1.「生存欲求」「所属欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の全ての欲求を満たす機能を持っていること。他の多くのアプローチはこの中の一つか二つにその機能は限定されてしまう。
2.雇用は企業の規模拡大に比例して増えていく変数であるため、市場・株式会社という資本主義システムにおけるイノベーションを最大限活用できること。

多くの多様な雇用の先には、やる気と才能を持った人が適切に評価され価値を生む社会がある。そのような社会は本当に素晴らしいと思う。そしてこれは日本、発展国、途上国関係なく当てはまるはず。
このように、人の生活を向上させるような雇用は疑いなしに素晴らしいことだと僕は信じており、そのような雇用を出来るだけ多く・多様な形で創りたい。
そして雇用の最大化のためには事業規模の最大化が必要条件であり、そのアプローチとしては
1.新しい事業を創る
2.既存の事業を成長させる
の2つの方法がある。前職では1のアプローチであり、現在は2のアプローチを取っている。将来は両方やるのかもしれない。


そしてそのために自分が担う役割は、リーダーシップと経営だと考えている。
僕にとってのリーダーシップの定義は、「これを実現しよう」という強い主観に他者を巻き込んでいくこと。前職の社長はこの能力が天才的に優れていた。
そして経営とは、目標を実現するためのリソース確保&配分の最適化を行うこと。
企業買収ファンドの案件となるような中堅規模の会社では、この二つ「リーダーシップ&経営」が欠けていることが事業の最大のボトルネックになっていることが多い。
一方ベンチャー企業では、創業者が強烈なリーダーシップは持っているものの、そのリーダーシップを事業として実現するための経営システムが欠けている場合が多い。
そして海外事業での成功も、この二点が必要条件となる。

僕のようなベンチャー叩き上げの人間が経営人材としてのキャリアを積むことで、リーダーシップと経営両方を実践できる存在になることができるのではと考えている。


日本だと上記2点を再現性のある形で実行できる存在、つまりプロ経営者の数は本当に少なく、数える程度しかいない。更にその中でもベンチャー出身の人は僕が知る限り皆無。0%。
そんな状況下で、ベンチャー出身のプロ経営者。リーダーシップと経営能力両方を兼ね備え更に現場にも強い存在になることは非常に意義があるし、最高に楽しくてエキサイティングなことが出来るのではないかと考えている。

ではそれを実際にどのような形で行うかという点については現状ノーアイディア。
ただ、上記のプロ経営者の道を追求していく中で、それは自然に容易に見つかることにはかなりの確信があるため、特に心配していない。
それは何か一つの事業にコミットするという形でも良いし、複数の事業に対して行うのかもしれないし、全く新しい事業を自分で立ち上げるということになるのかもしれない。



この考えが正しいかどうかは分らない。現時点では仮説に過ぎず、結局やってみなければ分らない。そしてそのような存在になれるかどうかは今後の自分次第。
ただ少なくともそのキャリアを追求できるような環境とポジションには現在いるわけで、ならばまずは四の五の考えずに最大限全力を尽くしてみようと思う。そう思うと、並行してどこかの組織をパートタイムで手伝ってみるのも面白いかもしれない。今まではこういうことをやりたいと思ったことは全くもってなかったのだけれど、最近考え方が変わった。色々と新しいことにトライしてみたい。


そして前述の通り、友人の中にも社会に対して新しい価値を生み出しているような人が増えてきた。そんな友人と話すだけではなく、何か一緒にできれば最高だとも上記とはまた別軸で思う。
やりたいことは沢山ある。そう考えると、本当に良い形で28歳を迎えられたと思う。この調子で20代の残り二年、更に楽しくしていきたい。