思い返せば、2008年に大学院すべて不合格になってから約4年。合格するために何が必要か。そもそも僕はこれまでアメリカ生活で何を体得してきたのか。納得いくまで悩みぬきました。結局「右へ倣えをやめ、叶えたい何かがあるなら妥協するな」これではなかったか、と。
すぐに台北に渡りました。落ち込んでいる時間などありませんでした。自分の経験の中に東洋美術がすっぽり抜けており、知る必要がある。ならば行かなければならない。さらに、アメリカ以外の国での生活体験、語学の上達も加えて必要だと考え、3年は必要だと考えていました。 GREを国語420点、数学690点という点数で出願したことも大いに悔やまれたことの一つです。学部時代のGPAが2.98という成績でGREの点数がこれでは落ちるのも当たり前だと。留学を何年しようと、猛勉強しなければ歯が立たないことを思い知らされました。この成績をカバーするためには、1250点から1300点は必要だと思いました。結果、2011年5月のテストでは国語590点、数学750点をとることができました。 大学院へ行くこと自体は何も保証してくれません。でも、なぜまた行くのか? 生きていると実感できる緊張感が好きであり、自身を追い込むことができるからです。閉塞感などなく未来を展望することができます。夢があるのなら、真剣に学ぶのか当たり前のことだと思うのですが、日本の多くの大学はそれがどうやら当たり前ではないようです。大学生活の多くの時間を就職活動に費やさなければいけないなど、だったらなぜ大学へ行くのか疑問に思うことばかりです。 また、私の世代やそれに続く世代の人々の多くは、海外に活路を求めるほか道がなくなるだろうと考えており、帰る場所が絶たれるのではないかと思っています。皆、日本は限られた椅子の取り合いをしているのではないでしょうか。しかもその椅子が劣化しかけている。私は、一足先に新しい椅子を作りに行きます。 「あなたにだけしか見えない宝石がある。途中ありとあらゆる出来事がそこへの道を阻もうとするだろうし、他人にとってそれはガラクタにしか映らないかもしれない。けれど、もしあなたが信じるのであれば、勇気を持って前に進むしかないのである」 ![]()